神職こそ、日本国憲法擁護に徹すべきではないか。
神社新報(週刊・毎月曜日発行)は、株式会社神社新報の発刊だが、まぎれもなく神社本庁の広報紙。「神社界唯一の全国的メディア」を称し公称発行部数5万部という。全国の神職の数は2万人余とのことだが、神職を読者とした業界紙でもある。
その「神社新報」11月23日号の第2面に、「一万人大会を終へ 一千万署名と参院選に集中を」という表題の論説が掲載されている。部外者には、「何をスローガンとした一万人大会」であるか、「何を求めての一千万署名」であるか、また、なにゆえの「参院選に集中」であるか分かりにくいが、読者にはそんなことは言うまでもなく分かりきっているというタイトルの付け方。これすべて、日本国憲法改正を目指してのことなのだ。「安倍政権任期のあと3年が憲法改正のチャンスだ」、「今のうちになんとか憲法改正の実現に漕ぎつけなければならない」という、彼らなりの必死さが伝わってくる。
以下その抜粋である。論説だけでなく、記事全体が歴史的仮名遣いで統一されている。
「『今こそ憲法改正を!一万人大会』が十一月十日、東京・九段の日本武道館で開催された。当日は衆参両院の国会議員や全国の地方議会議員なども含め一万一千人以上の改憲運動推進派の人々が参集し、憲法改正を求める国民の声を真摯に受け止めてすみやかに国会発議をおこなひ、国民投票を実施することを各党に要望する決議をおこなった。
昨年十月一日に『美しい日本の憲法をつくる国民の会』が設立されて以来、日本会議や神道政治連盟が中心となって国民運動を推進してきたが、すでに賛同署名は四百四十五万人に達し、国会議員署名も超党派で四百二十二人を獲得するに至ってゐる。これは大きな運動の成果であるが、今後なほ一千万の賛同署名の達成と、国会議員署名及び地方議会決議の獲得を目指して邁進していかねばならない。」
改憲署名運動が445万筆に達しているとは知らなかった。もっとも、署名簿にどのような改憲案に賛成なのかは記載されてなく、かなりいい加減なものという印象は否めない。とはいうものの、今後の目標が「1000万人署名」「国会議員署名」そして「地方議会の決議獲得」と、具体的に提案されている。護憲の運動は、確実に彼らの「この目標」と衝突することになる。
彼らなりの情勢分析は下記のとおりで、なかなかに興味深い。
「自由民主党は立党六十年を迎へた。…国会の憲法審査会での早期の審議促進を誓ひ、立党以来、変はらぬ党是としてきた『現行憲法の自主的改正』を再確認し、安倍晋三総裁のもとで必ず憲法改正を実現することの決意表明をぜひともおこなってもらひたい。
先の国会における憲法審査会では、こともあらうに自ら選んだ参考人の憲法学者に安保関連法案は憲法違反と言はせる大失態を演じた。緊張感の欠如と言はざるを得ない。一連の安保法制は何とか成立を見たが、これは憲法九条改正までの、現在の厳しい国際情勢下におけるいはば緊急避難的措置に過ぎない。一方、これに反対してきた市民団体などが、『総がかり実行委員会』をつくって『戦争法』の廃止を求め、憲法を守る二千万人署名の活動を開始してゐる。勢ひを増してきた共産党がこれを応援し、同党で半分の一千万人署名を集めると表明してゐるのである。来年夏の参議院議員選挙が、改憲の大きな勝負時となってくるであらう。」
「来年夏の参議院議員選挙が、改憲の大きな勝負時となってくる」のは、まことにそのとおりだ。この勝負、負けてはならない。この点について神社新報のボルテージは高い。
「現在、憲法改正の秋がやうやく到来した。すでに衆議院では改憲派の勢力が三分の二に達してをり、安倍総裁の任期も三年ある。あとは来年七月の参院選で改憲派の勝利を目指して全力を集中することだ。参議院で改憲派が三分の二の議席を確保できれば、いよいよ国民投票に持ちこめる。」
しかし、論説の最後はややしまりなく終わっている。
「神社界の中には未だ、なぜ神職が憲法改正の署名活動までやらなければならないのか、といった疑問を抱く人もゐると聞く。しかし、もしも神職が宮守りだけを務め、国の大本を正す活動に従事しなかったら、この国は一体どうなるのか。心して考へてみなければなるまい。我々自身の熱意と活動努力によって憲法改正はぜひとも実現しなければならないのである。」
「なぜ神職が憲法改正の署名活動までやらなければならないのか」。神社界の中にさえ、疑問はあるようだ。部外者にはなおさら分かりかねる。
この論説では、「神職が国の大本を正す活動に従事しなかったら、この国は一体どうなるのか」「憲法改正はぜひとも実現しなければならない」という。さて、「国の大本」とはなんだろうか。
安倍晋三の言う、「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」とよく似たものの言いまわし。漠然としていて、分かる人だけにしか分からない。
神道政治連盟のホームページに次のような組織の解説がある。
「世界に誇る日本の文化・伝統を後世に正しく伝えることを目的に、昭和44年に結成された団体です。戦後の日本は、経済発展によって物質的には豊かになりましたが、その反面、精神的な価値よりも金銭的な価値が優先される風潮や、思い遣りやいたわりの心を欠く個人主義的な傾向が強まり、今日では多くの問題を抱えるようになりました。神政連は、日本らしさ、日本人らしさが忘れられつつある今の時代に、戦後おろそかにされてきた精神的な価値の大切さを訴え、私たちが生まれたこの国に自信と誇りを取り戻すために、さまざまな国民運動に取り組んでいます。」
ここに述べられている「世界に誇る日本の文化・伝統」「精神的な価値」「日本らしさ」「日本人らしさ」とは何なのだろう。この人たちにとって、取り戻すべき「自信と誇り」とはなにを指すのだろうか。
それが、どうも次の5項目らしいのだ。
・世界に誇る皇室と日本の文化伝統を大切にする社会づくりを目指します。
・日本の歴史と国柄を踏まえた、誇りの持てる新憲法の制定を目指します。
・日本のために尊い命を捧げられた、靖国の英霊に対する国家儀礼の確立を目指します。
・日本の未来に希望の持てる、心豊かな子どもたちを育む教育の実現を目指します。
・世界から尊敬される道義国家、世界に貢献できる国家の確立を目指します。
キーワードは、天皇・改憲・靖国・教育・道義の5項目。だが、さっぱり具体的なことは分からない。むしろ、神職たちは次のように言うべきではないだろうか。
・現行憲法は、天皇の公的地位を、政治権力や宗教性から徹底して切り離すことで、天皇制を維持し安定したものとしています。私たち神職は、この象徴天皇制を擁護いたします。
・戦場に散った兵士だけでなく、敵味方を問わぬすべての戦争犠牲者を等しく慰霊することが神職たる私たちの務め。戦没者の慰霊を通して平和な社会の建設を目指します。
・日本の未来に希望の持てる心豊かな子どもたちを育むために、立憲主義・民主主義・平和主義、そして人権尊重の理念に徹した教育の実現を目指します。
・武力に拠らず平和主義の道義に徹することで世界から尊敬される国際的地位を目指すとともに、世界の貧困や差別の解消に貢献できる国家の確立を目指します。
・平和という日本の歴史と国柄をよく踏まえるとともに、世界の文明諸国と価値観を同じくする国家としての誇りを堅持するため、現行憲法を断固として護り抜きます。
そう。神職こそ、命と平和と自然を愛する立場から、断固として日本国憲法を擁護する立場を採るべきなのだ。そういえば、僧侶も同じだ。真摯な宗教者には、なべて護憲の姿勢がよく似合うではないか。
(2015年11月26日・連続第970回)