コタキナバルから情報なし
1941年に太平洋戦争開戦直後に日本軍は当時英領だったボルネオ島に上陸、1942年から1645年まで北ボルネオに軍政を敷いて占領軍として現地を支配した。その中心の街が当時の名称でアピ、現在のコタキナバルである。日本軍占領の記憶の残る街がTPP交渉の開催地となり、初めて日本が参加した。
日本の参加は、23日から25日まで、わずか3日間。この間何が行われ、交渉がどう進展したか、皆目分からない。日本代表団がどう発言したかすら、秘密のベールに包まれている。確かな情報は、交渉団の情報隠しの姿勢のみ。
いつもは歯切れの良い赤旗の特派員もお手上げの体だ。
【26日付赤旗】マレーシアのコタキナバルで15日から行われていた環太平洋連携協定(TPP)第18回交渉は25日、日本向けの説明会である2日目の「日本セッション」を開いて閉幕しました。次回の第19回交渉は8月22日から30日までブルネイで開かれます。
鶴岡公二首席交渉官ら日本政府関係者は、交渉参加時に署名した「守秘契約」を理由に、日本が主張した内容をいっさい明かしませんでした。
12カ国の首席交渉官は会合終了後、共同記者会見を開きました。日本がコメなどの関税撤廃除外を主張したかについて、鶴岡氏は「何を言ったかを明らかにすることは適切ではない」と言及を回避。一方、主催国マレーシアのジャヤシリ首席交渉官は「包括的な自由化が目標だ」と言明しました。
日本政府は25日も、利害関係団体に対する説明会を開催。しかし、「日本政府が何を主張したかを明らかにすることも、交渉内容を話すことになる」の一点張り。農業団体代表は「対策の立てようがない」と途方に暮れたようすでした。
「こんなの有りかよ」というのが偽らざる感想。なにゆえ、こうまで守秘の殻にこもらねばならないのか。本来行政には透明性が確保されなければならない。よほど、都合の悪いことが進行しているのだと推察せざるを得ない。100人の交渉団の中に、一人のスノーデンもいないのか。
TPPによる「包括的な自由化」は、けっして国民全体の利益にはならない。むしろ、国際的大企業の利益のための開国となることが目に見えている。あらゆる部門で関税障壁のみならず、「非関税障壁」の撤廃が求められる。これまで労働者や消費者の利益を擁護するためとして設けられた社会的規制のすべてが、外国資本からのクレームの対象となる。農業は壊滅的打撃を受け、医療保険は崩壊し、雇用の不安はいっそう促進し、消費生活の安全も環境行政も大きな後退を余儀なくされる。それでもなお、いったいなにを求めてのTPP参加なのだろうか。まったく理解に苦しむ。
とりわけ、司法に携わるものにとっての関心事は、TPPに付随することが確実なISD条項である。日本国内に投資した外国企業の法的権利として、実体法的な権利と、国内の裁判所をスルーして国際仲裁に付する手続的権利とが保障されている。そして、この仲裁の裁定がどのような結論となるかは予想がつかない。これは大ごとだ。
仮にの話し。自民党大勝で原発再稼動有りと読んだ海外投資家が、日本国内の原発に投資したとする。しばらくは、投資が実を結んで利益を出していたが、自民党の正体ばれて政権がひっくり返り、新政府が「即時原発ゼロ政策」をとったとした場合の問題。常識的には、その海外投資家は、「投資にはリスクが付きもの」と己の不明を恥じて出資の回収を諦めることになる。ところが、ISD条項は、この海外投資家が日本国に損害賠償を請求できるとするのだ。投資資金の元本だけでなく、期待した利益の回収もあり得る。国に、政策を転換して投資家の利益ないしは期待を侵害した責任をとれというコンセプトである。ISD条項とは、「これあるから、安心して遠慮なく他国に投資をしなさい」という投資誘導策として機能する。原発政策だけではない、消費者保護も、環境保全も、実例があるから恐ろしい。
そのようなときに、「TPPに反対する全国の弁護士のネットワーク」が作られることになったという呼び掛けが回ってきた。7月29日付で、「TPP交渉参加からの撤退を求める弁護士の要望書」への署名の要請もある。
呼びかけ人の筆頭に、宇都宮健児君の名があるが、要望書の起案者は愛知の岩月浩二さんだろう。これまでのISD条項を中心とするTPP問題での岩月さんの発言には刮目してきた。岩月さんの論文で多くのことを学んだ。論文の完成度が高いと評価もしてきた。TPP参加を鋭く糾弾する岩月説には最大限の敬意を評する。その方向に賛意を惜しまない。しかし、岩月説そのままの要望書に賛同の署名を求められると躊躇せざるを得ない。
他の弁護士が起草した案文に、賛同を求められることの機会は多々ある。しかし、私は軽々には賛同署名はしない。内容に責任が持てると確信した場合にだけ、賛同し署名に応じる。その事情は、他の弁護士も同様だ。弁護士だけでなく市民運動全体の常識でもあろう。私自身が起草して、他の弁護士への賛同を求めることも少なくないが、簡単に賛同署名は得られない。
昨年暮れの都知事選では、私が起案した宇都宮君推薦を内容とする「在京弁護士共同アピール」に賛同署名を求めたが、賛同者は400人に達しなかった。まことに難しいものだ。
岩月さんなどの先進的啓蒙活動の成果として、多くの弁護士がISD条項を中心とするTPP協定を、究極の新自由主義的政策の表れと理解している。消費者問題・労働問題などに携わる弁護士として、「TPP交渉参加反対」あるいは「TPP交渉からの即時撤退」のレベルであれば、多くの賛同者を得ることができよう。しかし、呼び掛けられた要望書の内容は、ISD条項を、憲法76条1項(「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」)に違反すると断定し、憲法41条(「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」)に違反する疑いがある、ことの論証に紙幅が費やされている。そこまでの合意を求めるのは、賛同者が少なくても内容のインパクトを求めるものであろう。
TPP問題は年内勝負。弁護士の世界にもようやく巻き起こった反対運動に期待したい。呼びかけ人の皆様に、お骨折りをお願いしたい。