澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

検事総長人事は余人をもって替えがたい。なんとしても、忖度総長を。

ワタクシ・アベシンゾウは、日本国の総理大臣でございます。「大臣」とは、畏れ多くもヘイカの臣民の中で重きをなす者の意味でございますが、なんと言っても私がソーリダイジン。大臣の中の大臣、つまりは権力者なのです。権力者とは、行政府の長であるのみならず、最高裁裁判官の任命権者でもある。つまり、なんでもできる立場にあるということ。現に私は閣議でなんでも決めてまいりました。

野党の皆さんには、その点のご認識がない。まるで私が、ペイペイの政治家と同様であるかのような印象操作を繰り返していますが、そういう無意味な発言はやめていただきたい。

皆さん何か勘違いなさっているのではありませんか。昨年の10月22日には、高御座のテンノウヘイカを仰ぎみて皇室の弥栄をお祈り申しあげ、万民を代表して「テンノーヘイカ、バンザイ」を三唱したワタクシですよ。ワタクシをないがしろにすることは、ヘイカを軽んじること。こんなこともお分かりにならないのでしょうか。嘆かわしい極みではありませんか。

ワタクシは権力者ですから、下々を揶揄したり、悪口を言ってもよいのです。でも、こともあろうに、下々の者がその分を弁えず、ワタクシに罵詈雑言など許されるはずがないではありませんか。

もちろん、ワタクシは野党の皆様には遠慮なく「嘘つき」と言いますよ。でも、ワタクシが「嘘つき」と言われることは許さない。ワタクシへの攻撃が間違っていれば、謝罪を要求します。でも、ワタクシが謝罪することはあり得ない。だって、ワタクシは、内閣総理大臣であり権力者なのですから。

考えても見ていただきたいのでございます。民主主義の世の中ですよ。選挙で選ばれた者が権力を握る、これがルールではありませんか。ワタクシは選挙で勝っているのですから、権力者として振る舞うことに、何の問題がありましょうか。

ワタクシに対するイヤガラセがひどいと思いませんか。ワタクシに対するイヤガラセは、日本に対するイヤガラセであり、ヘイカに対するイヤガラセでもあることが分からないのでしょうかね。

一番のイヤガラセは、ワタクシを犯罪者だという極端な印象操作です。森友事件、加計学園事件、桜疑惑、IR疑惑、菅原蟹メロン香典事件、河井1億5000万円事件などなどが、いかにもワタクシの周辺の犯罪だと言わんばかりの大騒ぎ。もちろん、ニッキョーソや、キョーサントーの怪しげな人びとの煽動によるものに決まっています。

すべては、これまでワタクシが丁寧に説明を尽くしてきたことで十分に解明されているところです。ワタクシが青天白日の身であることに一点の疑義もないことは明々白々ではありませんか。にもかかわらず、敢えてイヤガラセの告訴や告発をする人びとがまだいるのです。きっと、日教組の教育に毒され、破防法適用対象の共産党の宣伝を真に受けているような人たちですよ。

ですから、ワタクシもですね、降りかかる火の粉は払わねばならない。そのためにはですね。警察も、検察も、反日分子の策動にウカウカと乗せられるようでは困るのですよ。仮に、ワタクシの行為が、客観的な証拠に基づいて判断した場合には犯罪に当たるとしてもですね、これを形式的な判断で、強制捜査したり、起訴するような軽率な検察では大迷惑なのです。

いや、もっと正確に言えば、「桜、IR、菅原、河井」そのすべてについて、客観的な証拠に基づいて判断した場合には犯罪に当たるものであるからこそ、これを真っ当な判断で、強制捜査したり、起訴するような検察ではたいへん困るのです。そんなことをされたら、安倍内閣は瓦解します。安倍内閣が瓦解されたら、憲法改正も永遠にできなくなる。反日分子がほくそ笑むばかりではありませんか。

ですから、検察のトップには、信頼できる人物を据えておかねばなりません。危機管理上、当然のことですよ。もちろん、常識的な忖度のできる人物でなくてはなりません。現職の稲田伸夫検事総長が勇退してくれれば好都合なのですが、これが忖度をしない困った人。でも、その任期は8月14日まで。もう半年ほどで定年退職する。すると、そのあとは林真琴名古屋高検検事長か黒川弘務東京高検検事長かということになるのでございますが、黒川こそ信頼できる忖度官僚のお手本。「官邸の番犬」とか、「安倍内閣のお庭番」とか言われる人物。これを検事総長にしなければならないのでございます。

ところが、稲田検事総長の定年前に、黒川検事長が2月7日に定年になってしまう。彼を定年で失職させてしまうと、万事休すでございます。ここはひとつ、権力者として、黒川を検事総長とする策を講じなければなりません。こうして、黒川の定年を延長する閣議決定を1月31日に行ったのでございます。

もちろん、前代未聞。まったく前例のないことでございます。しかし、前例のないことは問題ではありません。うるさい連中が、「検察庁法には定年延長の規程はない」「違法だ。無効の人事だ」と騒ぎはじめました。こうなると、チト面倒。

で、「検察庁法には確かに定年延長の規程はない。しかし、検察庁法の一般法である国家公務員法にある定年延長の規程は検察官にも適用できる」で押し通そうとしたのですが、ちょっと具合が悪くなった。人事院が、上手に忖度してくれないのでございます。

国家公務員法が改正されて、定年や定年延長の制度を導入したのが1981年のこと。その際の衆院内閣委員会の議事録には、人事院事務総局任用局長が、「国家公務員法の定年延長を含む定年制は検察庁法により適用除外されている」。従って、「今次法案の定年制は、検察官については適用がない」ことを明確に答弁しているということが分かりました。

だから、当時の改正法提案者の意思も、これを審議して立法した国会の意思も、「検事に定年延長はない」ということだったということは、認めざるを得ません。もちろん、その後に、内閣にも国会にも法解釈変更の機会はございません。

ここで引き下がったのでは権力者の名が泣きます。現実にそれでは困ることになりますから、ワタクシは、2月13日の衆議院本会で、これまでの公権解釈では、検察官は定年延長ができないとされてきたことを認めたうえで、「今回従来の法解釈を変更した」と言明したのでございます。

閣議決定ってなんでもできるのです。都合が悪くなれば、憲法でも法律でも解釈を変更すればよいのです。それまで不可能だった集団的自衛権の行使。これを「憲法上集団的自衛権の行使は可能」と、憲法解釈だって変更したワタクシです。検察官の定年延長をやるくらいたいしたことじゃございません。

もちろん批判は覚悟の上、「1981年に国家公務員法改正を審議し成立させた国会の意思は、『検察官には定年延長を認めない』というのだったはず。閣議で法を破ることができるのか」という批判が噴出するでしょうね。でも、大丈夫。…多分。だって、ワタクシが、最高権力者で、ヘイカの信任厚いソーリダイジンなのでございますから。

それに、それにでございますが。これからの、我が身に及ぶ刑事訴追リスクを考えますと、こうするよりほかは方法がないのでございます。だから、…多分、…大丈夫…なはずなのでございます。
(2020年2月15日)

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