澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

竹富町の八重山採択地区からの独立の意向を尊重せよ

参議院事務局企画調整室編集・発行の「立法と調査」誌(2014年4月号、№351)に、「教科書無償化措置法の改正ー問われる共同採択制度」という論稿が掲載されている。執筆者は、「参議院文教科学委員会調査室 平井祐太」氏。2014年3月14日に執筆されたもの。A4・10頁の分量だが、経過と論点が要領よくまとめられている。しかも、私の印象では客観的で公平。これを紹介しながら、竹富町への育鵬社教科書の押しつけの不当と、八重山採択地区からの独立の意向を尊重すべきことを論じたい。

なお、下記のURLで、PDF化された同論稿を読むことができる。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2014pdf/20140401011.pdf

同論稿は「教科書採択制度の概要」「沖縄県八重山採択地区における教科書採択問題」「本法律案の提出」「本法律案の概要」「論点」と解説し、今回八重山における教科書採択問題に対応する必要からの最小限の法改正案の提案に至った事情が述べられている。注目すべきは、文科省が法案を作成した当時から、「採択地区設定単位の柔軟化」が意図されており、竹富町の「八重山採択地区」からの離脱のあり得ることが想定されていたということである。

周知のとおり、2012年度から使用する中学校公民教科書の採択に関して、石垣市と与那国町が育鵬社本を採択し、竹富町は東京書籍本を採択している。

「問題の発端は、平成23年8月23日、八重山採択地区の採択地区協議会(各教育委員会の教育長・教育委員1名、PTA連合会代表、学識経験者の計8名で構成)が、中学校公民教科書について、育鵬社版の教科書を選定・答申した(引用者註ー5対3)ことに始まる。答申を受け、石垣市・与那国町は同社の教科書を採択した一方、竹富町は東京書籍版の教科書を採択し、同一採択地区内で異なる教科書が採択される事態が生じた。この事態を受け、8月31日、八重山採択地区協議会規約に規定される同協議会役員会(3市町の教育長により構成)において再協議が行われ、竹富町に対し、採択地区協議会の結果どおりの採択を行うよう要請された。一方、9月8日には、沖縄県の求めに応じ、3市町の教育委員全員で構成する地区教育委員協議会が開催され、東京書籍版の「選定」を多数決で決定した。これに対し、石垣市教育長と与那国町教育長が、上記の協議会は何ら法的根拠を有しないものであり、その協議は無効である旨の文書を文部科学省に提出するなど、事態は複雑化していった。これに対し、文部科学省は、9月15日、沖縄県に対し、採択地区協議会の規約に従ってまとめられた結果に基づき、同一教科書を採択するよう求める文書指導を行っ(た)」

留意すべきは、「9月8日には、3市町の教育委員全員で構成する地区教育委員協議会が開催され、東京書籍版教科書の「選定」を多数決で決定」しているのだ。地区協議会と教育委員協議会との判断が捩れたことになった。

この事態に、「10月26日の衆議院文部科学委員会において、中川文部科学大臣(当時)より、教科書の無償給与についての考え方が示された。
…文部科学省としては、8月23日に出された八重山採択地区協議会の答申及び8月31日の同採択地区協議会の再協議の結果が協議の結果であって、それに基づいて採択を行った教育委員会、これは石垣市と与那国町ということになるわけですが、これに対しては教科書の無償給与をすることになるものというふうにまとめていきたいというふうに思っています。 協議の結果に基づいて採択を行っていない教育委員会、これは竹富町になるわけですが、これについては、国の無償供与の対象にならないということでありますが、地方公共団体みずから教科書を購入して生徒に無償で供与するということまで法令上禁止されるものではないという解釈が法制局の方からも出てまいりましたので、これに従って淡々とやっていきたいということであります。」

その結果竹富町は、教科書の無償給与を得られないことにはなったが、東京書籍版教科書の採択は認められた。これで、一件落着のはずだった。ところが、ことは淡々とは進まなかった。安倍政権の誕生で事態は急変する。国家主義万歳、歴史修正主義大好きの政治家たちが、なんとか竹富町にも育鵬社教科書を押し付けたいと画策をはじめたからだ。

それが、文科相から沖縄県に対する是正要求となり、さらには前代未聞の本年3月14日付竹富町に対する直接の是正要求ともなった。そして、本年2月28日国会提出の、「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律の一部を改正する法律案」である。

その法案提出の動機は、「自由民主党内においては、平成24年11月に設けられた教育再生実行本部教科書検定・採択改革分科会が、採択地区内で採択する教科書について意見が違った場合の対応について法制度で規定するための検討を行い、12月に発表した中間取りまとめにおいて、教科書無償措置法と地教行法の法的な整合性を図る旨が明記された。さらに、平成25年6月には、教育再生実行本部教科書検定の在り方特別部会が、議論の中間まとめを発表し、教科書採択の権限と責任が十分果たされるよう徹底を図ることを求めた。」

「その一方、こうした中、文部科学省は、平成25年11月、『教科書改革実行プラン』を策定し、同プランに基づいた、教科書制度全般の改革を表明した。特に教科書採択については、『共同採択について、構成市町村による協議ルールを明確化』、『市郡』単位となっている採択地区の設定単位を『市町村』に柔軟化…が記載された。」

この「柔軟化」に関する条文の変更は以下のとおりである。

これまでの教科書無償措置法第12条1項(採択地区)の文言は「都道府県の教育委員会は、当該都道府県の区域について、市若しくは郡の区域又はこれらの区域をあわせた地域に、教科用図書採択地区(以下この章において「採択地区」という。)を設定しなければならない。」というもの。
改正法では、この条文中の「市若しくは郡」が「市町村」に変更された。

法改正の趣旨は、「採択地区内で教科書が一本化できず、教科書の無償給与ができない事態の発生を防止すること等を目指し」とされている。八重山地区協議会内の自治体間で同一教科書採択の合意調整ができない現状を打破するには、竹富町に意に沿わぬ教科書の採択を強制するだけが方法ではない。文字どおり、「採択地区の設定単位を柔軟化」すれば済むことではないか。そのことによって、竹富町にも教科書の無償給与ができることになる。これこそ、住民自治団体自治の尊重であり、子どもたちの学習権を充足させる王道というべきであろう。

同論稿の「論点」には、「柔軟化」問題について、次のように述べられている。
「本法律案により、採択地区の設定単位が市町村となることで、より柔軟な採択地区の設定が可能となることが期待される。この点について、八重山教科書問題において、沖縄県教育委員会が、八重山採択地区から竹富町を分離することへの見解を文部科学省に対して求めたところ、同省は、今回の改正後においても、採択地区については教科書の調査研究が可能か、地理的に近接しているかなどの諸条件を踏まえ決定されることが必要で、八重山採択地区の分割は適当でないとの見解を示した。下村文部科学大臣も、今回の法改正はあくまで飛び地の解消が目的であり、共同採択の協議が難航した場合に採択地区の分割を可能とすることが目的ではないと述べている。しかし、本法律案が成立すれば、竹富町が八重山採択地区から分離することに、『法律上の問題はない』との声もある。本法律案によって、沖縄県が採択地区を分割して問題を解消することは法的に可能なのか等、確認していく必要があろう。」

前述のとおり、改正法は12条1項の文言を「市若しくは郡」から「市町村」に変更した。その趣旨は、「柔軟化」である。各教育委員会が不本意とする教科書の採択を強要されることを防止するための工夫の余地を拡げるということだ。

市町村立の小中学校においては、採択地区の設定は、都道府県教育委員会が、市長村教育委員会の意見を聴いて行うものとされている。もし、沖縄県教委が、竹富の八重山地区協から独立の意向を無視した場合には、軋轢が生じる。しかし、昨日(4月11日)の報道によれば、竹富町教育長は八重山地区協議会からの独立を表明、「沖縄県教委の諸見里明教育長は『町の判断を尊重する』と容認する方針」とのこと。今度こそ一件落着なのだ。

改正法の施行は、「平成27年4月1日から施行する。ただし、第12条第1項…の改正規定は、公布の日から施行する。」とされている。

「公布の日」とは、閣議決定を経て改正法が官報に掲載される日のことをいう。院の議長から内閣を経由して形式上天皇に奏上された日から30日以内に公布の手続をしなければならない。官報掲載がなされ次第、沖縄県教委は、竹富町教委の意向を確認して、採択地区再設定の手続を粛々と行えばよい。これで「違法の疑い」は完全に解消される。

文科大臣がこれに異を唱えるのは、大人げなくもあり、地方自治への不当な介入でもある。さらに、沖縄の県民感情を逆撫ですることにもなろう。よけいなことはしないことだ。
(2014年4月12日)

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Published in 土曜日, 4月 12th, 2014, at 23:11, and filed under 教科書.

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