漁業の民主化と「浜の一揆」
これまで、足がすくむ思いがつよくて三陸沿岸を訪れる勇気がなかった。
たまたま、「たっての相談ごとがある」として地元から招かれ、昨日と今日(7月23・24日)岩手県の沿岸・宮古市・山田町と田老地区とを訪れた。宮古も山田も3・11後初めての訪問。
法律相談の件は、15年前の「浜の一揆」の続編である。思い起こすと懐かしい。
ちょうど15年前のこと。私は、山田町大沢漁協から依頼されて、ある仮処分事件と本訴とを担当した。その事件を地元では、「浜の一揆」と呼んだ。私は、一揆勢に加勢したことになる。幸い、仮処分も本訴も、事件はすべて勝訴で終了した。裁判だけでなく、「浜の一揆」前編は大きな勝利を収めた。
この闘いの途中、仮処分の勝利決定の段階で、漁協が中間総括として立派なパンフレットを発行している。タイトルが、ズバリ「浜の一揆」。あらためてこれを読むと、私も精力的によく働いている。そしてなによりも、3・11前の沿岸の風景を懐かしく想い出す。
漁業に関する基本法は、1949年制定の「漁業法」である。その第1条・法の目的に、「漁業の民主化を図ることを目的とする」と書き込まれている。他に、「民主化」という言葉のある法律を知らない。明らかに、戦後改革の一端を担う意気込みの立法である。
江戸期、漁業は封建領主あるいはその家臣団が専権を領有し支配するものだった。明治期に封建領主は姿を消したが、網元支配がこれを受け継いだ。そして、戦後の民主化の中で、「浜」に社会改革が必要なことが強く意識されたのだ。ここにも「戦後レジーム」がある。
しかし、理念は必ずしも現実とはならなかった。「民主化」の実現は、ボス支配と拮抗して一進一退、容易に実現しなかった。山田町の大沢漁協は、極めてドラスティックに「一退」と「一進」を経験した。
この中規模漁協に鈴木甚左エ門という人物がいた。おそらくは、リーダーシップに優れ、魅力的な人柄でもあったのだろう。たちまちに、三陸漁業界に頭角を表し大ボスとなった。
大沢漁協の組合長を務めること40年余。岩手県漁連の会長を7期務め、県内1万9000といわれる漁民の頂点に君臨した。全国漁連の副会長でもあり、地元保守政界の大ボスの一人でもあった。
ボス支配は「民主化」による利益配分の公平と相容れない。鈴木ファミリーによる漁業利益の独占に対する一般漁民の不満はくすぶり続け、とうとう燃え上がった。これが「浜の一揆」である。
1999年大沢漁協臨時総会で、鈴木甚左エ門氏とその妻、そして両氏が主宰する定置漁業生産組合2法人の計4名について、除名決議が成立した。議決権数327のうち、賛成307票の圧倒的多数だった。さらに、大沢漁協の漁民は県漁連の総会に乗り込み、8選確実とされていた鈴木甚左エ門氏を「不適格」と弾劾し、会長の座から引き摺り下ろした。これは、支配・被支配を逆転する社会革命だ。鈴木氏と癒着している県政への批判でもある。
このあたり、私には、オッベルと象の一節を彷彿とさせる。
「象は一せいに立ちあがり、まっ黒になって吠えだした。
『オツベルをやっつけよう』議長の象が高く叫ぶと、
『おう、でかけよう。グララアガア、グララアガア。』みんながいちどに呼応する。
さあ、もうみんな、嵐のように林の中をなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原の方へとんで行く。」
鈴木氏は、「法廷闘争に打って出る」と宣言。舞台は裁判所に移る。大沢漁協の除名決議が1999年6月15日のこと。同月17日には、決議無効の確認を求める本訴と、地位保全の仮処分とが盛岡の有力弁護士を代理人として申し立てられ、私が組合側の代理人として応訴を受任することになった。仮処分申立事件の却下決定は同年8月27日。これで、事実上勝負あったとなった。
もちろん、争いは経済的な実利をめぐってのものである。有限な資源の配分に際して、ボスによる独占を許すか、民主的に公平な配分を実現するかである。このことをめぐって「浜の一揆」がおこった。裁判の勝利は一揆の勝利であり、切実な経済的利益に結びつくものとなった。
その山田町・大沢を大津波が襲った。今回は漁協ではなく、漁民有志からの相談である。今、復興の途上にある漁民は、切実に新たな「浜の一揆」つまりは、漁業の民主化を必要としているという。漁業のボス支配とこれと癒着した県の漁業行政を是正することなしには、一般漁民の生計の復興ができない。後継者が育たない。地域の振興もできない。彼らは、「漁業従事者の生存権」を掲げて、再びの「一揆」に立ち上がろうとしている。これは、たいへん深刻な事態だ。
しかし、あれから15年。私の身体も衰えている。頭も固くなっている。さて、お役に立つことができるかどうか。
私の逡巡にお構いなく、私のブログをよくお読みの漁民と地域の方から、『DHCスラップ訴訟』支援の基金に多額のカンパをいただいた。あんまりありがたくて、義理にはまってしまいそう。
(2014年7月24日)