澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

ピケティ読了ー格差拡大理論は納得・格差解消策には疑問符

ヤットと言おうか、トウトウと言うべきか。とにもかくにもピケティの「21世紀の資本」を読了した。文京区立図書館から200番を越える予約順番待ちで借り出した貴重な書籍。私のあとには400人を超える人が順番を待ちかねている。日本人の知的欲求はたいしたもの。すくなくとも文京区には、反知主義のはびこりはない。

この書を借りて手許に置ける期間は2週間。その間モクモク、コツコツ、エンエン、いったりきたり、ページをめくり続けた。正確な理解はおぼつかないが、「ひとのするものをわれもしてみんとて」の野次馬根性を支えに読破を成し遂げた。600ページ分の滓みたいなものがついた感はある。新聞に掲載された関連書物の「書評」がスラスラ読めるようになった。これだけでも大変な進歩。

私の理解した限りでの「21世紀の資本」の内容は次のとおり。

日本についての記述はほんの少ししかない。フランス革命以来の資料がそろっているフランスとイギリス、そして新世界アメリカの分析が中心。予想に反して、フランス革命は富の格差解消にはたいして役に立たなかった。第一次・第二次の両世界大戦が、大なたを振るって貧富の格差を大いに縮小した。日本ではGHQが断行した農地解放や財閥解体で地主や富裕階級が没落したが、イギリス、フランスなどの戦勝国でも同様だったという。財産を爆撃された富裕層がタケノコ生活に落ちぶれていったというわけだ。戦争は勝っても負けても、経済社会の格差にガラガラポンの平準化がもたらされるようだ。格差社会に絶望した若者たちが戦争を恐れないということには一理ある。人々を経済格差の絶望に追い込むことは、戦争を誘発する危険があるということでもあるのだ。

戦争によって格差が縮まって、戦後は貧富の差の少ない社会が到来するかと思いきや、21世紀を迎える今、格差は戦前の状態にもどりつつある。富が生む配当や利子や賃料などの利潤が増える割合(資本収益率)の方が、経済成長による所得の増える率(経済成長率)より高いからだという。金持ちはどんどん持ち金を増やせるが、給料の増え具合はたかがしれているというわけだ。

「働けど働けどなおわが暮らし楽にならざりじっと手を見る」の啄木がピケティを読めば、「俺はそんなことは前から知っていた」と言うに違いない。ピケティも、自分の本を「『経済学については何も知らない』と言いつつも所得や富の格差についてきわめて強い関心を持っている人々に読んで欲しい。産業革命以来、格差を減らすことができる力というのは世界大戦以外にはなかったことがわかる」と書いている。

格差が近年ますます大きくなってきていることについて、ピケティはスーパー経営者(CEO)の莫大な報酬について、販売員があくせく働いているそばから「レジに手を突っ込んでいるようだと」と評し、「2050年や2100年の世界はトレーダーや企業トップや大金持ちに所有されているだろうか、それとも産油国や中国銀行に所有されているだろうか?あるいはこうしたアクターの多くが逃げ場にしているタックス・ヘイブンに所有されているかもしれない。」と書いている。

では、どうしたら、格差を埋めていくことができるのか。ピケティは「民主主義が資本主義に対する支配力を回復し、全体の利益が私的な利益より確実に優先されるように」すべきだと提案する。具体的には累進富裕税、それもタックス・ヘイブンに逃げることができないように、IT技術を駆使したグローバル課税制度の構築である。これを選挙で実現しようというものだ。

しかし、言うは易く実現は困難な提案ではないか。偏った富の分配で潤っている人々は、社会の強者であり、政治的な支配者でもある。政治的民主主義は、はたしてこの富の偏在の是正という難事をなし得るだろうか。

もしかしたら、大富豪のバフェットは賛成するかもしれない。が、それ以外には任意の賛成者を思い浮かべることはできない。ユニクロの柳井やソフトバンクの孫も反発するだろう。法人税を下げ、「富者からのトリクルダウンを待て」という安倍は指一本動かそうとはしないだろう。オバマは資本主義大国アメリカで全く動きがとれない。ロシアのプーチンや中国の習も黙り込むだろう。EU諸国ならいくらか可能性があるのだろうか。はたして、資本家や企業の抵抗を押さえ込んで、彼らの富を剥ぎ取ってこれを再分配の原資にできるだろうか。

おそらくは、「万国の労働者団結せよ」と階級闘争を呼びかけたマルクスの方が、「現代世界の政治担当者を説得せよ」と言うピケティよりも、遙かに現実を深く見つめ、正論を言っている。あるいは、民主主義的手続でやれるところまでやって、限界を見極めることが必要ということなのだろうか。

読了したピケティ。その富の集中と格差拡大の「実証的論証」については大いに説得力がある。しかし、格差解消策の政策提言についての説得力には疑問符の印象。600ページ読んで疲れて、いささか頭痛がしてきた。
(2015年5月11日)

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