澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

自民党改憲草案「緊急事態条項」の危険性宣伝が緊急課題だ。

私も、依頼あれば学習会の講師を務める。テーマは、スラップ・「日の丸君が代」・政教分離・消費者・医療・教育、そして改憲問題。最近改憲問題は、ほとんどが緊急事態条項についてのもの。今年になってから緊急事態条項をテーマの講師活動は6回となった。そのレジメを掲載しておきたい。参考になるところもあろうかと思う。

訴えの骨格は、次の諸点。
☆今、安倍政権は、解釈改憲を不満足として明文改憲をたくらんでいる。
☆その突破口が「緊急事態条項」とされている。
☆しかし、緊急事態条項は必要ない。
☆いや、緊急事態条項(=国家緊急権条項)はきわめて危険だ。
☆現行憲法に緊急事態条項がないのは欠陥ではない。
 憲法制定者は緊急事態条項を危険なものとして意識的に取り除いたのだ。
☆意識的に取り除いたのは、戦前の旧憲法下の教訓から。
☆それだけでなく、ナチスがワイマール憲法を崩壊させた歴史の教訓からだ。
☆緊急事態条項(=国家緊急権条項)は、
 整然たる憲法秩序をたった一枚でぶちこわすジョーカーなのだ。

レジメ《緊急事態条項は、かくも危険だ》
本報告(レジメ)の構成  同じことを3回繰り返す。骨格→肉付→化粧
 第1章 骨格編 ビラの見出しに、マイクでの呼びかけに。
 第2章 肉付編 確信をもって改憲派と切り結ぶために。
 第3章 資料編 資料を使いこなして説得力を

第1章 スローガン編
  いま、緊急事態条項が明文改憲の突破口にされようとしている。
  しかし、緊急事態条項は不要だ。「緊急事態条項が必要」はデマだ。
  緊急事態条項は不要と言うだけではない。危険この上ない。
  緊急事態条項の導入を「お試し改憲」などと軽視してはならない。
  自民党改憲草案9章(98条・99条)が安倍改憲の緊急事態条項。
   98条が緊急事態宣告の要件。99条が緊急事態宣告の効果。
  緊急事態条項は、立憲主義を突き崩す。人権・民主々義・平和を壊す。
  緊急事態とは、何よりも「戦時」のことである。⇒戦時の法制を想定している。
  「内乱等社会秩序の維持」の治安対策である。⇒大衆運動弾圧を想定している。
  緊急事態においては、内閣が国会を乗っ取る。政令が法律の役割を果たす。
    ⇒議会制民主主義が失われる。独裁への道を開く。
  緊急事態条項は、国家緊急権を明文化したもの。
  国家緊急権は、それ一枚で整然たる憲法秩序を切り崩すジョーカーだ。
  国家緊急権は、天皇主権の明治憲法には充実していた。
  その典型が天皇の戒厳大権であり、緊急勅令(⇒行政戒厳)であった。
  ナチスも、国家緊急権を最大限に活用した。
  ヒトラー内閣はワイマール憲法48条で共産党を弾圧して議会を制圧し、
   制圧した議会で、悪名高い授権法(全権委任法)を成立させた。
   授権法は、国会から立法権を剥奪し、独裁を完成させた。
  最も恐るべきは、緊急事態条項が憲法を停止し、
   緊急時の一時的「例外」状況が後戻りできなくなることだ。

第2章 肉付編
1 憲法状況・政権が目指すもの
 ☆解釈改憲(閣議決定による集団的自衛権行使容認から戦争法成立へ)だけでは、
  政権は満足し得ない。
  彼らにとって、戦争法は必ずしも軍事大国化に十分な立法ではない。
  ⇒現行憲法の制約が桎梏となっている。⇒明文改憲が必要だ。
 ☆第二次アベ政権の明文改憲路線は、概ね以下のとおり。
  96条改憲論⇒立ち消え(解釈改憲に専念)⇒復活・緊急事態条項から
  改憲手続(国民投票)法の整備⇒完了 各院に憲法審議会
  そして最近は9条2項にも言及するようになってきている。
2 なぜ、緊急事態条項が明文改憲の突破口とされているのか。
 ☆東日本大震災のインパクトを利用
  「憲法に緊急事態条項がないから適切な対応が出来なかった」
 ☆「緊急事態への定めないのは現行憲法の欠陥だ」
  仮に、衆院が構成がないときに「緊急事態」が生じたら、
☆政権側の緊急事態必要の宣伝は、「衆院解散時に緊急事態発生した場合の不備」  に尽きる。「解散権の制限」や「任期の延長」規程がないのは欠陥という論法。
  しかし、現行憲法54条2項但し書き(参議院の緊急集会)の手当で十分。
 ☆それでも「お試し改憲」(自・公・民・大維の賛意が期待できる)としての意味。
 ☆あわよくば、人権制約制限条項を入れたい。
3 政権のホンネ
 ☆国家緊急権(規程)は、支配層にとって喉から手の出るほど欲しいもの
  大江志乃夫著「戒厳令」(岩波新書)の前書に次の趣旨が。
 「緊急事態法制は1枚のジョーカーに似ている。他の52枚のカードが形づく  る整然たる秩序をこの一枚がぶちこわす」
 ☆自由とは権力からの自由と言うこと。人権尊重理念の敵が、強い権力である。
  人権を擁護するために、権力を規制してその強大化を抑制するのが立憲主義。
  立憲主義を崩壊せしめて強大な権力を作るための恰好の武器が国家緊急権。
 ☆戦時・自然災害・その他の際に、憲法の例外体系を形づくって
  立憲主義を崩壊させようというもの。
4 天皇制日本とナチスドイツの国家緊急権
 ☆明治憲法には、戒厳大権・非常大権・緊急勅令・緊急財政処分権限などの
  国家緊急権制度が手厚く明文化されていた。
 ☆最も民主的で進歩的なワイマール憲法に、大統領の緊急権限条項があった。
  ナチス政権以前に、この条項は250回も濫発されていた。
 ☆ナチス政権は、この緊急事態法を活用して共産党の81議席を奪い、
  授権法(全権委任法)を制定して国会を死滅させた。
 ☆その反省から、日本国憲法は、国家緊急権(条項)の一切を排除した。
  戦争放棄⇒戦時の憲法体系を想定する必要がない。
  徹底した人権保障システム⇒例外をおくことで壊さない
5 自民党改憲草案「第9章 緊急事態」の危険性
 ☆旧天皇制政府の戒厳・非常大権規程が欲しい⇔「戦後レジームからの脱却」
  ナチスの授権法があったらいいな⇔「ナチスの経験に学びたい」
しかも、緊急事態に出動して治安の維持にあたるのは「国防軍」である。
 ☆自民党改憲草案による「緊急事態」条項は
  濫用なくても、「戦争する国家」「強力な権力」「治安維持法体制」をもたらす。
  しかも、濫用の歯止めなく、その危険は立憲主義崩壊につながる。
 ☆草案では、内閣が国会を乗っ取り、政令が法律の代わりを務める。
  内閣が、人身の自由、表現の自由を制約する政令を発することができる。
  予算措置もできることになる。
6 まずは、徹底した「緊急事態条項必要ない」の訴えと
  次いで、「旧憲法時代やナチスドイツの経験から、きわめて危険」の主張を

第3章 資料編
☆日本国憲法54条2項
「衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。」

☆自民党改憲草案(2012年4月27日)「第9章 緊急事態」
 98条 緊急事態の宣言
 1項 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる
 99条 緊急事態宣言の効果
 1項 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
 3項 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。

☆自民党「Q&A」(99条3項関連)
 現行の国民保護法において、こうした憲法上の根拠がないために、国民への要請は全て協力を求めるという形でしか規定できなかったことを踏まえ、法律の定める場合には、国民に対して指示できることとするとともに、それに対する国民の遵守義務を定めたものです。

☆民主党「憲法提言」(民主党憲法調査会 2005 年10 月31 日)
違憲審査機能の強化及び憲法秩序維持機能の拡充
国家非常事態における首相(内閣総理大臣)の解散権の制限など、憲法秩序の下で政府の行動が制約されるよう、国家緊急権を憲法上明示しておくことも、重ねて議論を要する。
国家緊急権を憲法上に明示し、非常事態においても、国民主権や基本的人権の尊重などが侵されることなく、その憲法秩序が確保されるよう、その仕組みを明確にしておく。

☆公明党憲法調査会による論点整理(公明党憲法調査会、2004 年6 月16 日)
「ミサイル防衛、国際テロなどの緊急事態についての対処規定がないことから、あらたに盛り込むべしとの指摘がある。ただ、あえて必要はないとの意見もある。」

☆大日本帝国憲法の国家緊急権規程
 第14条(戒厳大権)
  1項 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス
  2項 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
 第8条(緊急勅令)
  1項 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
 第31条(非常大権)
   本章(第2章 臣民権利義務)ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ
 第70条(緊急財政処分) 
  1項 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得

☆戒厳令(明治15年太政官布告第36号)
第一条 戒厳令ハ戦時若クハ事変ニ際シ兵備ヲ以テ全国若クハ一地方ヲ警戒スルノ法トス
第二条 戒厳ハ臨戦地境ト合囲地境トノ二種ニ分ツ
第三条 戒厳ハ時機ニ応シ其要ス可キ地境ヲ区画シテ之ヲ布告ス
第十四条 戒厳地境内於テハ司令官左ニ記列ノ諸件ヲ執行スルノ権ヲ有ス
     但其執行ヨリ生スル損害ハ要償スルコトヲ得ス
  第一 集会若クハ新聞雑誌広告等ノ時勢ニ妨害アリト認ムル者ヲ停止スルコト
  第二 軍需ニ供ス可キ民有ノ諸物品ヲ調査シ又ハ時機ニ依リ其輸出ヲ禁止スルコト
  第三 銃砲弾薬兵器火具其他危険ニ渉ル諸物品ヲ所有スル者アル時ハ
     之ヲ検査シ時機ニ依リ押収スルコト
  第四 郵便電報ヲ開緘シ出入ノ船舶及ヒ諸物品ヲ検査シ並ニ陸海通路ヲ停止スルコト
  第五 戦状ニ依リ止ムヲ得サル場合ニ於テハ人民ノ動産不動産ヲ破壊燬焼スルコト
  第六 合囲地境内ニ於テハ昼夜ノ別ナク
     人民ノ家屋建造物船舶中ニ立入リ検察スルコト
  第七 合囲地境内ニ寄宿スル者アル時ハ時機ニ依リ其地ヲ退去セシムルコト

☆1923年9月3日 関東戒厳令司令官通知
(同司令部は、9月2日緊急勅令による「行政戒厳」によって設置されたもの) 
一 警視総監及関係地方長官並ニ警察官ノ施行スベキ諸勤務。
 1 時勢ニ妨害アリト認ムル集会若ハ新聞紙雑誌広告ノ停止。
 2 兵器弾薬等其ノ他危険ニ亙ル諸物晶ノ検査押収。
 3 出入ノ船舶及諸物晶ノ検査押収。
 4 各要所ニ検問所ヲ設ケ
  通行人ノ時勢ニ妨害アリト認ムルモノノ出入禁止又ハ時機ニ依り水陸ノ通路停止。
 5 昼夜ノ別ナク人民ノ家屋建造物、船舶中ニ立入検察。
 6 本命施行地域内ニ寄宿スル者ニ対シ時機ニ依リ地境外退去。
二 関係郵便局長及電信局長ハ時勢二妨害アリト認ムル郵便電信ヲ開緘ス。

☆ワイマール憲法 第48条2項
 ドイツ国内において、公共の安全および秩序に著しい障害が生じ、またはそのおそれがあるときは、大統領は、公共の安全および秩序を回復させるために必要な措置をとることができ、必要な場合には、武装兵力を用いて介入することができる。
 この目的のために、大統領は一時的に第114条(人身の自由)、第115条(住居の不可侵)、第117条(信書・郵便・電信電話の秘密)、第118条(意見表明の自由)、第123条(集会の権利)、第124条(結社の権利)、および第153条(所有権の保障)に定められている基本権の全部または一部を停止することができる。

☆ナチスドイツの授権法(全権委任法)全5条
正式名称 「民族および国家の危難を除去するための法律」1933年3月23日成立
1.ドイツ国の法律は、ドイツ政府によっても制定されうる。
2.ドイツ政府によって制定された法律は、憲法に違反することができる。
3.ドイツ政府によって定められた法律は、首相によって作成され、官報を通じて公布される。特殊な規定がない限り、公布の翌日からその効力を有する。
4.ドイツ国と外国との条約も、本法の有効期間においては、立法に関わる諸機関の合意を必要としない。政府はこうした条約の履行に必要な法律を発布する。
5.本法は公布の日を以て発効する。本法は1937年4月1日までの時限立法である。

☆日本国憲法制定時の、対GHQ「3月2日」案
 明治憲法下の緊急命令及び緊急財政措置に代わるものとして、76 条において、「衆議院ノ解散其ノ他ノ事由ニ因リ国会ヲ召集スルコト能ハザル場合ニ於テ公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ必要アルトキハ、内閣ハ事後ニ於テ国会ノ協賛ヲ得ルコトヲ条件トシ法律又ハ予算ニ代ルベキ閣令ヲ制定スルコトヲ得」と規定されていた。GHQ側は、国家緊急権に関する英米法的な理解を根拠に、「非常時の際には、内閣のエマージェンシー・パワー(emergency power)によって処理すべき」としてこれを否定したが、その後の協議の結果、日本側の提案に基づき、参議院の緊急集会の制度が採り入れられることになった。(衆議院憲法審査会「緊急事態」に関する資料)

☆制憲国会(第90帝国議会)における政府(担当大臣金森徳次郎)答弁
「緊急勅令及ビ財政上ノ緊急処分ハ、行政当局者ニ取リマシテハ実ニ調法ナモノデアリマス、併シナガラ調法ト云フ裏面ニ於キマシテハ、国民ノ意思ヲ或ル期間有力ニ無視シ得ル制度デアルト云フコトガ言ヘルノデアリマス、ダカラ便利ヲ尊ブカ或ハ民主政治ノ根本ノ原則ヲ尊重スルカ、斯ウ云フ分レ目ニナルノデアリマス、ソコデ若シ国家ノ仲展ノ上ニ実際上差支ヘガナイト云フ見極メガ付クナラバ、斯クノ如キ財政上ノ緊急措置或ハ緊急勅令トカ云フモノハ、ナイコトガ望マシイト思フノデアリマス」
「民主政治ヲ徹底サセテ国民ノ権利ヲ十分擁護致シマス為ニハ、左様ナ場合ノ政府一存ニ於テ行ヒマスル処置ハ、極力之ヲ防止シナケレバナラヌノデアリマス言葉ヲ非常ト云フコトニ藉リテ、其ノ大イナル途ヲ残シテ置キマスナラ、ドンナニ精緻ナル憲法ヲ定メマシテモ、口実ヲ其処ニ入レテ又破壊セラレル虞絶無トハ断言シ難イト思ヒマス、随テ此ノ憲法ハ左様ナ非常ナル特例ヲ以テ――謂ハバ行政権ノ自由判断ノ余地ヲ出来ルダケ少クスルヤウニ考ヘタ訳デアリマス、随テ特殊ノ必要ガ起リマスレバ、臨時議会ヲ召集シテ之ニ応ズル処置ヲスル、又衆議院ガ解散後デアツテ処置ノ出来ナイ時ハ、参議院ノ緊急集会ヲ促シテ暫定ノ処置ヲスル、…コトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス」

☆法律による「緊急事態」への対処について(『改憲の何が問題なのか』(岩波、2013年)所収の水島朝穂「緊急事態条項」)水島さんのブログ「直言」から
 「日本の場合、憲法に緊急事態条項はないが、法律レヴェルには「緊急事態」という文言が随所に存在することである。例えば、「警察緊急事態」(警察法71条)、「災害緊急事態」(災害対策基本法105条)、「重大緊急事態」(安全保障会議設置法2条9号)である。これに「防衛事態」(自衛隊法76条)、「武力攻撃事態」(武力攻撃事態法2条)、「治安出動事態」(自衛隊法78、81条)が加わる。憲法9条の観点から合憲性に疑義のあるものもあるが、ここでは立ち入らない。」

☆東北弁連会長声明
災害対策を理由とする国家緊急権の創設に反対する会長声明
現在、与党自民党において、東日本大震災時の災害対応が十分にできなかったことなどを理由として、日本国憲法に「国家緊急権」の新設を含む改正を行うことが議論されている。
国家緊急権とは、戦争や内乱、大災害などの非常事態において、国民の基本的人権などの憲法秩序を一時停止して、権限を国に集中させる制度を言う。この制度ができると国は強大な権限を掌握することができるのに対し、国民は強い人権制約を強いられることになる。災害対応の名目の下に、国家緊急権が創設されることは、非常に危険なことと言わざるを得ない。
そもそも、日本国憲法の重要な原理として、権力分立と基本的人権の保障が定められたのは、国家に権力が集中することによって濫用されることを防ぎ、自由・財産・身体の安全など、国民にとって重要な権利を守るためである。大日本帝国憲法(以下「旧憲法」という)時代には国民の人権が不当に侵害され、戦争につながった経験に鑑みて、日本国憲法はかかる原理を採用している。また、旧憲法には国家緊急権の規定があったが、それが濫用された反省を踏まえて、日本国憲法には国家緊急権の規定はあえて設けていない。
確かに、東日本大震災では行政による初動対応の遅れが指摘された事例が少なくない。しかし、その原因は行政による事前の防災計画策定、避難などの訓練、法制度への理解といった「備え」の不十分さにあるとされている。例えば、震災直後に被災者に食料などの物資が届かなかったこと、医療が十分に行き渡らなかったことなどは、既存の法制度で対応可能だったはずなのに、避難所の運営の仕組みや関係機関相互の連絡調整などについての事前の準備が不足していたことに原因があるのである。東京電力福島第一原子力発電所事故に適切な対処ができなかったのも、いわゆる「安全神話」の下、大規模な事故が発生することをそもそも想定してこなかったという事故対策の怠りによるものである。つまり、災害対策においては「準備していないことはできない」のが大原則であり、これは被災者自身が身にしみて感じているところである。
そもそも、日本の災害法制は既に法律で十分に整備されている。例えば、災害非常事態等の布告・宣言が行われた場合には、内閣の立法権を認め(災害対策基本法109条の2)、内閣総理大臣に権限を集中させるための規定(災害対策基本法108条の3、大規模地震対策特別措置法13条1項等)、非常事態の布告等がない場合でも、防衛大臣が部隊を派遣できる規定(自衛隊法83条)など、災害時の権限集中に関する法制度がある。また、都道府県知事の強制権(災害救助法7?10条等)、市町村長の強制権(災害対策基本法59、60、63?65条等)など私人の権利を一定範囲で制限する法制度も存在する。従って、国家緊急権は、災害対策を理由としてもその必要性を見出すことはできない。
他方で、国家緊急権はひとたび創設されてしまえば、大災害時(またはそれに匹敵する緊急時)だけに発動されるとは限らない。時の政府にとって絶対的な権力を掌握できることは極めて魅力的なことであり、非常事態という口実で濫用されやすいことは過去の歴史や他国の例を見ても明らかである。国民の基本的人権の保障がひとたび後退すると、それを回復させるのが容易でないこともまた歴史が示すとおりである。
よって、当連合会は、東日本大震災において甚大な被害を受けた被災地の弁護士会連合会として、災害対策を理由とする国家緊急権創設は、理由がないことを強く指摘し、さらに国家緊急権そのものが国民に対し回復しがたい重大な人権侵害の危険性が高いことから、国家緊急権創設の憲法改正に強く反対する。
2015年(平成27年)5月16日
東北弁護士会連合会 会長 宮本多可夫
                  以  上
(2016年3月28日)

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