澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「元号さよなら声明」に、ご賛同のネット署名を。

本日(4月27日)、「元号さよなら声明」への賛同署名運動を開始しました。

署名は、下記のURLから。
http://chng.it/7DNFn7sCfz

目標は10000人。是非とも、拡散のご協力をお願いいたします。

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「元号さよなら声明」
もう使わない、使わされない!
元号の強制、元号への誘導、押し付けはごめんです。

また元号が変えられます。私たちは、一生の間にいったいいくつの元号を使わされるのでしょうか?

いま多くの人が元号はもう使いたくないと感じています。グローバル化が進んだ今日、日本国内にしか通用せず、また国内でも複数の年の間の年数をかぞえるにも元号は実に不便です。

日本の手帳には年齢早見表がついています。いくつもの元号にまたがって年数を数えるのは厄介だからです。グローバル化の時代に日本でしか通用しない元号は不便です。

それだけではありません。公的機関が元号だけを使っているため、改元の度に必要となる情報システムの改修には莫大な費用がかかり、IT社会は絶えずこのシステムの不安定性に振り回されます

元号を使うことは義務ではありません。しかし現実には、それが当然であるかのように元号を使うことを求められたりします。

元号を使いたくない人、元号を知らない人に元号を使うよう「協力を求め」たり、無理強いをしないでください。また、誰もが使ったり見たりする公的な文書や手続き書類は、元号を使いたくない人でも困らない、元号を知らない人でも分かるものにして下さい。

私たちは元号を使いたい人が元号を使うことを妨げようとしているのではありません。ただ私たちは、次の三つのことを求めたいのです。

1.届出や申し込みの用紙、Web上のページなどにおける年の記載は、利用者が元号を用いなくても済むものとし、また利用者に元号への書き直しを求めないこと。

2.公の機関が発する一切の公文書、公示における年の記載は、元号を知らない者・使わない者にも理解できる表示とすること。

3.不特定多数を対象とする商品における年の記載は、元号を知らない者・使わない者にも理解できる表示とすること。

* 上記の1・2は、衆参両院議長、内閣府、最高裁判所事務総局、地方自治体に要請します。また同じく3は、元号表示しかしていない金融機関や企業などに対して、各地の賛同者の皆さんと共に要請します。

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下記URLの拡散をよろしくお願いします。
http://chng.it/7DNFn7sCfz

また、下記のURLもご利用ください。
https://sayonaragengou.blogspot.com/p/httpssayonaragengou.html

https://www.facebook.com/gen5no/?modal=admin_todo_tour

よろしくお願いします!

(2019年4月27日)

国民に元号使用の義務はない。官公署への協力義務もない。

仲間内の雑談で、元号が話題となった。私の親しい友人たちは、元号拒否派が圧倒的だ。裁判所に提出の書類でも西暦を使用しているという。

私の場合、最初から西暦使用に徹していたわけではない。はじめは無自覚に元号を使用していたが、弁護士経験10年目のあたりで西暦使用に切り替えた。以来35年以上にわたって、訴状も、答弁書も、準備書面も、弁論要旨も、すべて西暦表記で一貫している。

元号表記一色の世界でのこと、はじめは目立った。たった一度だけの経験だが、担当の裁判官から、クレームを付けられたことがある。「自分は、昭和になじんでいる。西暦だと前後関係が分かりにくい。昭和を使っていただけないか」というのだ。

「私は西暦に深くなじんで、昭和だと前後関係が分からなくなる。また、信条として元号拒否にこだわってもいる。このまま、西暦使用を通させていただきたい」と言ったところ、裁判官は実に面白くなさそうではあったが、それ以上は何も言わなかった。

仲間の一人は、事務員さんが持参した西暦表記の書面を、裁判所から「和暦に直してください」と突き返されたことがあるという。抗議をして受領させ、以来トラブルはないそうだが、はて。法的な強制力はないことが明瞭なのに、どうして事実上の押しつけがまかり通っているのか、ひとしきりの議論となった。役所や銀行の窓口では、元号使用の強制を拒否して西暦貫徹を実践しようと盛り上がった。

元号使用に、法的拘束力のないことは明らかである。法が国民に元号使用を強制するには、国会における立法が必要であるところ、そのような法律はない。

元号法という法律はあるが、国民に元号使用の義務を課するものではない。

「元号法」 (1979年法律第43号)
1 元号は、政令で定める。
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
附 則
1 この法律は、公布の日から施行する。
2 昭和の元号は、本則第1項の規定に基づき定められたものとする。

以上が全文。国民の義務とも権利の制約とも、まったく無縁の法律。国民は、法によって元号使用を強制される立場にはない。国民に対する元号使用の強制は一切ないという触れこみがあっての元号法の法案上程であり、成立であった。いささかでも、元号使用強制の色彩が見えたら、元号法が国会を通ったはずはない。

元号・西暦のどちらを使ってもよいとなれば、圧倒的に便利なのは西暦であって、元号はどうしても分が悪い。何しろ、地域限定・通用期間限定の欠陥紀年法だからである。ところが、不便な元号が、廃れることなくいまだに生き残っている。官公署がこの不便な代物を使うからだ。そして国民に使わせるからだ。

問題は、官公署が当然のごとく、公文書を元号表記で書き、国民が官公署に提出する書類にも元号表記を要求していることである。このことに関して、以下のとおりの興味深い第108回通常国会参議院でのやり取りの記録が残されている。

「公的機関における元号の使用に関する質問主意書」の提出者は、日本社会党の野田哲議員。これへの1987年4月10日付けの答弁書は、中曽根康弘首相時代の政府によるもの。

広島県の県立学校54校で西暦表記の卒業証書授与があった。これを咎められた校長が県教委から戒告の処分を受けたという。野田議員の質問は、この件に関連して、一般論としての「公的機関における元号使用の義務の有無と強制力について」にまで及んでいる。

ハイライトとなる部分について抜粋して、質問と回答を紹介してみたい。

野田議員質問

本年3月30日、広島県教育委員会は、卒業証書の発行年月日を西暦で表記して交付した県内54校の県立高等学校及び養護・ろう学校の学校長に対し処分を行つたという。この問題は、憲法上及び法令上の重大な内容を含んでいると考えられるので、以下のとおり質問する。
質問一 広島県教育委員会が行つた処分の具体的内容等について以下の事項(略)を調査し、その結果を明示されたい。

政府答弁「一について」
 広島県教育委員会からの説明によれば、次のとおりである。
 広島県教育委員会においては、昭和三十七年から広島県教育委員会の公用文に関する規程で元号表示による書式を一般的に定め、事務処理を行つてきたところであるが、元号の使用は同和教育の推進を阻害するという理由から県立学校の卒業証書における年の表示について西暦を使用するよう教職員が校長に迫るという動きがあり、他方、教育委員会規則等で定められた個々の公用文の様式においては、必ずしもすべての公用文の年の表示方法が明確にはされていなかつたため、昭和六十二年一月、教育職員免許状に関する規則、広島県立高等学校学則施行細則など教育委員会規則等の一部改正を行い、個々の公用文の年の表示方法を元号表示とすることを明確にし、関係機関に対し周知を図るとともに、同年二月、県立学校長に対し、卒業証書における年の表示について前記規則等に基づく様式を遵守するよう指示文書を発した。
 しかしながら、同年三月の県立学校の卒業式において、五十四校で前記規則等に定められた様式に反する卒業証書が交付された。
 このため、広島県教育委員会は同年三月三十日付けで右五十四校の校長に対し、今後は法令等にのつとつた適正な職務の遂行に努めるよう文書訓告を行うとともに、監督責任者である教育長に対し戒告、教育部長及び高校教育課長に対し文書訓告を行つた。

質問三 公的機関における元号使用の義務の有無と強制力について
1 一般に、国・地方公共団体またはその他の公的機関が元号を使用すべき憲法上の義務は存在せず、また元号使用を強制する法令は存在しないと考えるが、政府の見解を伺いたい。
2 政府は、元号法案の国会審議に際して、「公的な機関の手続なりあるいは届け出等に対しましては、行政の統一的な事務処理上ひとつ元号でお届けを願いたいという協力方はお願いをいたします。しかし、たつて自分は西暦でいきたいという方につきましては、今日までと同様に、併用で、自由な立場で届け出を願つてもこれを受理すると、そういう考えでおるわけでございます。」(一九七九年四月二七日、参議院本会議における三原朝雄国務大臣の答弁)、また、「従来、戸籍などの諸届けの用紙に、不動文字で「昭和」と、こういうことを刷り込んでおることは事実でございます。これは申請者に便宜を与える、便宜を図るというだけの趣旨のものでございまして、強制するとか拘束するとかという趣旨ではございません。……この辺につきましては誤解が起こらぬように、強制する、拘束するものではないという趣旨を十分徹底して、行き違いがないようにいたしたいと思つております。」(同、古井喜實国務大臣の答弁)、また、「現在の住民基本台帳、それから印鑑登録のそれらの様式は、いずれもこれは市町村が自主的な判断で定めておるわけでございますが、一般に元号が使用されておりますけれども、これはもう御承知のように従来からの慣行によつて行われ、協力を求めておる、強制するというものでないことは言うまでもございません。」(同、澁谷直藏国務大臣の答弁)、さらに「教科書検定における元号の取り扱いについても、従来から、年代の表示については、教科の目標、内容等に照らし、適切な方法がとられるよう指導している……。」(同、内藤誉三郎国務大臣の答弁)など、公的機関における元号の使用は、あくまで「便宜的」「慣行的」なものであり、したがつて「協力を求める」ことはあつても「強制するとか拘束する」ものではないと、繰り返し答弁している。今日もその立場、見解は不動であると解するが政府の見解を示されたい。
3 右の政府見解によつたとしても、卒業証書は卒業生本人に手渡されるものであつて、公的機関内に保存される一般の公的文書に比べ、年号表示の特定の様式が便宜上求められる度合いは極めて小さいはずである。また、卒業証書が西暦で記載されたとしても、教育上特別に、混乱や問題を惹起するとは考えられない。したがつて、卒業証書に元号の使用を義務づけあるいは強制する合理的理由、法的根拠は存在しないと考えるが、政府の見解を示されたい。
4 卒業証書の年号表示の様式について、たまたま学校長、教師、父母、生徒などの意見、思想、信条等が、教育委員会の期待するところと異なり、西暦が使用されたからといつて、それを強権の発動たる行政処分でもつて処罰するがごときは妥当でなく、元号に関する政府見解の趣旨にも反し、かえつて教育的効果を損なう措置であると考える。したがつて、年号表示について、かかる処分発令を許容するがごとき規則や指導は不適切であり、改廃されるべきだと考えるが、政府の見解を示されたい。

答弁「三について」
1 国・地方公共団体等の公的機関が元号を使用すべき憲法上の義務はない。
 また、現在、国・地方公共団体等の公的機関の内部において事務の統一的な処理のため元号の使用を義務づけるような規則等は別として、国民又は国・地方公共団体等の公的機関に対し、一般に元号の使用を強制する法令は存在しないと考える。
2 国・地方公共団体等の公的機関の事務については、従来から年の表示には原則として元号を使用することを慣行としてきている。したがつて、一般国民から公的機関への届出等においては、公務の統一的な処理のために、書類の年の表示には元号を用いるよう一般国民の協力を求めてきているが、このような考え方は今日においても変わりがない。

3及び4 公立学校の卒業証書は、当該学校の全課程を修了したことを公に証明する公文書であるが、教育委員会がその所管に属する公立学校の卒業証書に関し、年の表示方法を含めその様式を定めることについては、当該教育委員会の権限の範囲に属するものと考える。
 また、教育委員会の規則等にその所管する学校の教職員が従うべきことは当然である。

以上のとおり、国・地方公共団体等の公的機関が元号を使用すべき憲法上の義務はなく、法律上の義務もない。また、「官公署は、書類の年の表示には元号を用いるよう一般国民の協力を求めてきている」に過ぎず、国民がこれに従うべき義務はない。

この代替わりに伴う、元号切り替えがチャンスだ。不便な元号の使用を拒否しよう。すっぱりと元号使用をやめよう。官公署からの元号使用協力も拒否しよう。
(2019年4月26日)

主権者として、天皇制と対峙する姿勢を ~ 天皇の交替に際して

天皇の代替わりをテーマに、何度か小さな学習会の講師をお引き受けした。その都度、自分なりにレジメを作り直している。4月29日に予定されている学習会のレジメの一部をご紹介する。これを骨格に報告することになるが、ほぼ趣旨はご理解いただけるだろう。

※日本の民主主義思想と実践は、天皇制と対峙して生まれ天皇制と拮抗して育った。
 今なお、その事情は基本的に変わらない。
 奴隷主を敬愛するに至った奴隷こそが、真の奴隷である。
 天皇制に囚われ、天皇に恐れ入った精神が、
  主権者としてあるまじき臣民根性にほかならない。
 今なお国民に根強く存在する臣民根性の残滓を払拭し、
  天皇制マインドコントロールをはねのけるために、
  「誰にも恐れ入らない反権威の精神」を身につけよう。

 近代天皇制とは、《権力》と《権威》をもって構成された。
  日本国憲法によって天皇の「権力」は剥奪されたが、
  天皇の「権威」は、事実上象徴天皇として残された。
  ひとえに、政権利用の便宜な道具としてである。
 天皇代替わりの今、その道具の有用性が明らかとなり、
 新たな権威付さえ、試みられている。

 今、日本の民主主義の成熟度が試されている。
 自立した主権者としての矜持をもって、
 天皇や天皇制に対する毅然とした姿勢を堅持しよう。

※天皇交替劇における主権者意識の検証
☆これから何が起きるのか。
4月1日 新元号発表(「令和」)
4月末日 天皇(明仁)退位    退位礼正殿の儀
5月1日 新天皇(徳仁)即位
剣爾等承継の儀(剣爾渡御の儀)
その後、一連の即位行事と宗教儀式
10月22日 即位礼正殿の儀
11月13日~14日 大嘗祭
20年4月19日 立皇嗣の礼
10月22日安倍晋三が発声する「テンノーヘイカ・バンザイ」の笑止千万
しかし、これは喜劇ではなく、民主主義にとっての深刻な悲劇である。
11月13日~14日 大嘗祭のおぞましさ
国民主権原理違反と、政教分離原則違反と。
☆狙われているものは、
象徴天皇の権威付けであり、主権者意識の鈍麻であり、
偏狭なナショナリズムの喚起であり、
社会の矛盾から目を背ける方向での国民統合であって、
総じて、保守政権による天皇利用である。
(天皇の全存在そのものが、権力の政治利用のためのものである)
☆この交代劇のありようは、本来憲法の許さざるところ。

※憲法における天皇とはロボットである。
☆天皇とは、国民主権を脅かす「唯一の国民のライバル」である。
☆天皇とは、日本国憲法上の公務員の一職種であって、それ以上のものではない。
☆象徴とは、なんの権限も権能も持たないことを意味するだけのもので、
象徴であることから、何の積極的法律効果も生じない。
☆本来、「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為(のみ)を行ふ」だけのもので、国事行為の外に「象徴としての行為」や「天皇の公的行為」を認めてはならない。
☆憲法は、内閣の助言と承認を離れた天皇のひとり歩きを厳禁している。天皇は、自らの意思をもって行動することを禁じられた「めくら判を押すだけのロボット」(宮沢俊義説)である。
☆天皇の地位は、「主権の存する日本国民の総意に基づく」ものであって、主権者である国民の意思によって天皇の地位を廃絶しうることは、もとより可能である。
☆皇位継承法である皇室典範は一法律に過ぎず、国会が改廃しうることに疑問の余地がない。
☆現行憲法においては、「天皇は神聖にして侵すべからざる」存在ではない。
天皇に対する批判の自粛が「菊タブー」をつくる。

※日本国憲法体系の中で、天皇の存在は他の憲法価値と整合しない夾雑物である。
☆憲法体系のかたち
★「人権カタログ」+「統治機構」
人権を抑圧せず、人権を輝かせる統治機構(権力分立)
★3本の柱(国民主権・平和・人権尊重)
☆いずれの憲法体系理解においても、天皇は体系の中に位置づけられない。
体系の外にあって、憲法理念貫徹を邪魔せぬように釘を刺されている存在。
☆憲法の理念に地番を振れば、
1丁目には人権の尊重がある。
1番地には個人の尊厳、以下、精神的自由・人身の自由・経済的自由…
2丁目には、代議制民主主義。3丁目には、恒久平和…。
天皇は、番外地にある。
憲法体系の外にある。憲法が核としているものの例外である。
☆憲法に明記されている以上、天皇の存在は違憲ではない。しかし、憲法が中核としている価値や体系とは矛盾する。したがって、天皇の行為を厳格に制限して、存在を稀薄化する解釈と運用が望ましい。
☆言うまでもなく、人は平等である。貴も賎もない。天皇を尊貴な存在とすれば、その対極に卑賤を想定せざるを得ない。血統に対する信仰は、近代社会では、バカげた妄想でしかない。天皇の血統をありがたがってはならない。
   「生きとし生けるもの、万世一系ならざるはなし」
   「王侯将相寧んぞ種有らんや」
☆憲法自身がその99条で憲法尊重擁護義務を負う公務員の筆頭に天皇を挙げている。憲法解釈においては、人権・国民主権・平和等の憲法上の諸価値を損なわぬよう、天皇や天皇制をできるだけ消極的な存在とすることに意を尽くさなければならない。

(2019年4月25日)

 

私は、新天皇の即位を祝わない。祝意の強制は、まっぴら御免だ。

天皇の交代が近くなると、いろんなことが起きてくる。とりわけ、今回は天皇の生前退位である。象徴天皇制となってから、はじめてのことだ。政権の祝意ムード強調の意図が透けて見える。そのことから、象徴天皇制の政権にとっての利用価値が見えてくる。

一世一元を発明した明治政府は、天皇の生前退位を想定していなかった。おそらくは、生前退位を認めれば、政治の力学によって天皇への退位強制があり得ると考えられたからであろう。旧皇室典範第10条は、下記のとおり規定していた。

 第十條 天皇崩スルトキハ皇嗣即チ踐祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク

「践祚」(次の天皇への地位の承継)は、「天皇が崩ずるとき」に限られ、譲位は想定されていなかった。つまり、新天皇の即位は、常に前天皇の死去とセットになっていたから、皇位の承継は弔意と祝意とが、合い交じるものとされた。ところが、今回はその弔意の必要がない。あっけらかんとした、新天皇即位の祝賀だけとなった。

ついでに、旧皇室典範第2章(踐祚即位)3か条の条文を挙げておこう。

 第二章  踐祚即位
  第十條 天皇崩スルトキハ皇嗣即チ踐祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク
  第十一條 即位ノ禮及大嘗祭ハ京都ニ於テ之ヲ行フ
  第十二條 踐祚ノ後元號ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ從フ

これが、「天皇は神聖にして侵すべからず」(大日本帝国憲法第3条)とされた時代の皇位承継法だった。旧天皇が死ぬと、新天皇が直ちに即位して、皇位の正統性を証する「三種の神器」を受け継ぐ。その上で、「即位の礼」と「大嘗祭」が挙行される。そして、「元号を制定して一代の間に元号の変更はしない」というのだ。

ここに出てくる天皇位承継の小道具は、「三種の神器」「即位の礼」「大嘗祭」、そして「元号」である。天皇が神だった時代の、この小道具やらクサイ演出やらが、今の今、真面目くさってそのとおりに行われつつあることが、たいへんに不気味であり、恐いと言わざるを得ない。

この不気味と恐さの由来は、政権が躍起になって天皇フィーバーを盛り上げようしている異様さにある。こんなバカバカしいことを、よい齢をした大人たちが大真面目でやっていることだ。魂胆があるに違いなと思うのが、あたりまえの健全な感覚。

旧天皇制を支える、大道具小道具は無数にあった。その最大のものは、皇軍であり、旧憲法であり、伊勢神宮以下の神社であり、これとは系統を異にする靖国神社であり、教育制度であり、大逆罪であり、不敬罪であり、治安維持法であり、特高警察であり、憲兵であり、思想検事等々であった

いま、象徴天皇制を支える小道具は、元号・祝日・「日の丸・君が代」・叙位叙勲・恩赦・賜杯・天皇賞・恩賜公園……等々である。

天皇交代フィーバーを盛り上げるために、象徴天皇制を支える小道具も総動員されている。まずは、4月1日以来の新元号フィーバーである。バカバカしくも、このナショナリズムの空気が恐ろしい。

次いで、祝日である。新天皇即位当日の5月1日を休日とすることによる「10連休」が、祝意のムードを盛り上げる。さらに、即位礼正殿の儀の10月22日まで休日となる。その趣旨を内閣府は、こう述べている。

「天皇の即位に際し、国民こぞって祝意を表するため、天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日を休日とする法律が平成30年12月14日に公布され、即位の日及び即位礼正殿の儀が行われる日が休日(祝日の扱い)となりました。」

そして、国旗・国歌(日の丸・君が代)である。本年4月2日に、下記の閣議決定が行われた。

御即位当日における祝意奉表について

御即位当日(5月1日)、祝意を表するため、各府省においては、下記の措置をとるものとする。

1 国旗を掲揚すること。
2 地方公共団体に対しても、国旗を掲揚するよう協力方を要望すること。
3 地方公共団体以外の公署、学校、会社、その他一般においても、国旗を掲揚するよう協力方を要望すること。

「御即位当日における祝意奉表」という言葉使いがまことに怪しからん。国民への奉仕者である公務員には、「御即位」と尊敬語を使い、主権者国民の行為に「祝意奉表」と謙譲語を使っている。これは、主客転倒であり、倒錯ではないか。

「地方公共団体以外の公署、学校、会社、その他一般においても、国旗を掲揚するよう協力方を要望すること」は、出過ぎた行為だ。公権力が、主権者国民に天皇への祝意の要請などしてはならない。国旗掲揚の要請など、もってのほかだ。

ことは、国民主権の揺らぎをもたらしかねない。惑わされることなく、主権者意識をしっかりともたねばならない。国民こぞっての祝意のムードに乗せられているうちに、天皇批判がタブーになりかねない。天皇交代への祝意の要請は断固拒否する。祝意の強制など、絶対にあってはならない。はっきり言おう。今回の天皇の交代は税金むだ遣い。なんの目出度いことがあろうか。
(2019年4月24日)

「期待される人間像」に、象徴天皇制歪曲利用の原型を見る。

拝島に法律事務所を構え、基地問題をライフワークとしている盛岡暉道さんは、私と同期の弁護士である。出身は、盛岡ではなく福知山だと聞いている。司法修習の時代から活動を共にした仲だが、同輩という感じではない。先輩として、一目置き続けてきた。現天皇(明仁)より2歳年下という生まれの盛岡さんは、子どもの頃の戦争の記憶を人生の原体験としている世代なのだ。

普段はもの静かな盛岡さんだが、最近仲間内の通信に、天皇制についての考えを寄稿している。きっかけは、ある弁護士のこんな寄稿である。

「安倍晋三内閣総理大臣はじめ国務大臣や国会議員がこの義務(憲法尊重擁護義務)に公然と反する行動をとっている現実を目にするにつけ、象徴天皇制こそ日本国憲法に埋め込まれた『護憲装置』だったと痛感する。」

私も仰天したが、反論は書かなかった。盛岡さんが、旬刊の次号にこれをたしなめる一文を認めている。「『護憲装置としての象徴天皇』におもう」として、「そんなに天皇を持ち上げたり、恐れいったりするなよ」という論調。「護憲装置としての象徴天皇制」などという寄稿には、どうしても黙ってはおられないのだ。

その盛岡さんが、その通信の最近号に、「『象徴天皇』は、必ず悪用される」というタイトルで寄稿している。天皇について、しっかりと言うべきことを言っておかなければならない、という気持が伝わってくる。

占領軍のマッカーサーに強いられて、天皇を主権者から無権能の象徴に格下げするのだから、まあいいんじゃないかと納得していたら、やっぱり、人間を、しかも内外の人権蹂躙の頭に祭り上げられてきた人物本人やその子孫を、象徴の座に据えてしまったのは、取り返しのつかない間違いだった。

間もなく、天皇の代替わりを利用して、時代離れのした、国民の主権者意識を希薄にしてしまう行事が繰り広げられるが、それらがいかに憲法の精神に反したものであるかについて、多くの人々の間で、辛抱強く論議していくことが必要であろう。

この盛岡さんの寄稿で注目したのは、1966年の中央教育審議会(中教審)の答申「期待される人間像」を引用していることである。当時ごうごうたる非難に曝された、「期待される人間像」は、「後期中等教育の拡充整備について」という、答申の「別表」に付されたもの。私は、もっぱらこれについて、ものを言いたい。

「期待される人間像」の章立ては以下のとおりである。
第1部  当面する日本人の課題
第2部  日本人にとくに期待されるもの
 第1章  個人として
 第2章  家庭人として
 第3章  社会人として
 第4章  国民として

各章のすべてが問題だらけだが、象徴天皇制との問題は、第4章  国民として」にあり、
 1 正しい愛国心をもつこと
 2  象徴に敬愛の念をもつこと
 3  すぐれた国民性を伸ばすこと
の各項が立てられている。
第4章の、1~2項の全文を引用しておこう。

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第4章  国民として
1  正しい愛国心をもつこと
今日世界において,国家を構成せず国家に所属しないいかなる個人もなく,民族もない。国家は世界において最も有機的であり,強力な集団である。個人の幸福も安全も国家によるところがきわめて大きい。世界人類の発展に寄与する道も国家を通じて開かれているのが普通である。国家を正しく愛することが国家に対する忠誠である。正しい愛国心は人類愛に通ずる。
真の愛国心とは,自国の価値をいっそう高めようとする心がけであり,その努力である。自国の存在に無関心であり,その価値の向上に努めず,ましてその価値を無視しようとすることは,自国を憎むことともなろう。われわれは正しい愛国心をもたなければならない。

2  象徴に敬愛の念をもつこと
日本の歴史をふりかえるならば,天皇は日本国および日本国民統合の象徴として,ゆるがぬものをもっていたことが知られる。日本国憲法はそのことを,「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基く。」という表現で明確に規定したのである。もともと象徴とは象徴されるものが実体としてあってはじめて象徴としての意味をもつ。そしてこの際,象徴としての天皇の実体をなすものは,日本国および日本国民の統合ということである。しかも象徴するものは象徴されるものを表現する。もしそうであるならば,日本国を愛するものが,日本国の象徴を愛するということは,論理上当然である。
天皇への敬愛の念をつきつめていけば,それは日本国への敬愛の念に通ずる。けだし日本国の象徴たる天皇を敬愛することは,その実体たる日本国を敬愛することに通ずるからである。このような天皇を日本の象徴として自国の上にいただいてきたところに,日本国の独自な姿がある。

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なんとまあ、偏頗なイデオロギーに満ちていることだろうか。「正しい愛国心」論もさることながら、象徴に敬愛の念をもつこと」がヒドイ。逐語的にコメントしておきたい。

日本の歴史をふりかえるならば,天皇は日本国および日本国民統合の象徴として,ゆるがぬものをもっていたことが知られる。

そりゃウソだ。日本の歴史をふりかえるならば,古代の天皇とは覇権を争った武力闘争の偶々の勝者であったに過ぎない。武力による勝者は、その統治を強固なものとするために統治の正統性を権威付ける。どの権力者もやったことを天皇と名乗った者もした。宗教や説話や学問や芸術や詩歌や、つまりは文化と法制度を総動員して作りあげられたのが天皇の権威というものである。天皇の権力も権威も、支配者の支配者による支配のためのもので、「日本国および日本国民統合の象徴として,ゆるがぬものをもっていた」などとは、支配層のたわ言である。のみならず、天皇を象徴とする用語も概念も、歴史的に存在してはいない。

日本国憲法はそのことを,「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基く。」という表現で明確に規定したのである。

日本国憲法第1条の文言はそのとおりである。しかし、その文言が「日本の歴史における天皇の地位を確認した」というのは大間違い。むしろ、この象徴規定は、天皇のすべての権力を剥ぎ取ったことの宣言として意味をもつ。言うまでもなく、憲法の構造上剥ぎ取ったのは主権者国民である。

主権者国民は、天皇という存在から権力を剥ぎ取ったが、天皇の地位までは剥ぎ取らずに残した。権力を剥ぎ取って残された天皇の地位を、日本国憲法は「象徴」という言葉で表現した。象徴とは、存在はするもののなんの法律効果も生じない地位を表現したものである。

大事なことは、「国民の総意に基づいて、象徴としての天皇の地位が確認された」ということである。論理の必然として、天皇の地位は国民の総意によって廃止することができる。そのとき、抑制された天皇の人権も復活することになる。

もともと象徴とは象徴されるものが実体としてあってはじめて象徴としての意味をもつ。そしてこの際,象徴としての天皇の実体をなすものは,日本国および日本国民の統合ということである。しかも象徴するものは象徴されるものを表現する。もしそうであるならば,日本国を愛するものが,日本国の象徴を愛するということは,論理上当然である。

そりゃごまかしだ。このごまかしのレトリックが白眉である。ウソとごまかしは、今や安倍政権の専売特許だが、天皇制を支える「理屈」は、昔からウソとごまかしで塗り固められたものなのだ。
象徴という言葉をマジックワードとして、まずは「日本国=天皇」と結びつける。ならば、「日本を愛する」の『日本』に、『天皇』を代入することが論理上当然という。バカげた論理学。

日本も、日本国も、日本国民も、多様で多義である。無限の多面体と言ってよい。それぞれが多様なイメージで語るものなのだ。ところが、この「期待される人間像」のレトリックでは、天皇を措いての日本はなく、天皇を愛することのない愛国心はない、というのだ。恐るべきは、「象徴」というマジックワードの働きか。はたまた、高坂正顕・天野貞祐らの牽強付会ぶりか。

天皇への敬愛の念をつきつめていけば,それは日本国への敬愛の念に通ずる。けだし日本国の象徴たる天皇を敬愛することは,その実体たる日本国を敬愛することに通ずるからである。このような天皇を日本の象徴として自国の上にいただいてきたところに,日本国の独自な姿がある。

「天皇への敬愛の念をつきつめていけば,それは日本国への敬愛の念に通ずる」とは、論理でも実証でも、法解釈でもない。良く言えば、天皇教信者の信仰告白である。「戦後20年を経て、われわれは、いまだに戦前の教育で刷り込まれた、天皇への敬愛を捨てきれません」「誰がなんと言おうとも、天皇あっての日本で、天皇なければ日本ではない」という、マインドコントロールから脱し得ない心情の告白である。

悪く言えば、愚民観に基づく天皇の再利用(リユース)である。明治維新時に天皇制を作りあげた藩閥政権の領袖のごとく、天皇を「玉」として手中にし、天皇の権威を最大限に利用し尽くした、あの再現である。戦後の支配層の立場において、象徴天皇制をどう再利用できるか、その試みであったろう。

保守政権にとって、資本にとって、そして旧体制の残滓全体にとって、象徴天皇制はどのように使えるかが追求された。その暫定結論が、「天皇を自国の上にいただいてきた」という象徴天皇版國體論」である。その完成形を目指し、これを国民に刷り込もうという、うごめきは今なお、続いている。

盛岡さんの言うとおり、「間もなく、天皇の代替わりを利用して、時代離れのした、国民の主権者意識を希薄にしてしまう行事が繰り広げられる」ことになる。「それらがいかに憲法の精神に反したものであるか」について、私も多くの人々とともに、辛抱強く論議していくこととしよう。
(2019年4月23日)

嗚呼 天皇礼賛一色 ― 権力とメデイアと学者の”Ugly Harmony”

私は、毎日新聞の長年の愛読者である。そのクォリティと読み易さの工夫に敬意を払いつつ、50年以上も付き合ってきた。その私が、昨今の皇室記事は、気恥ずかしくて読むに堪えない。記者諸君に問いたい。君たちはこんなおべんちゃら記事を書くために、ジャーナリストを志したのか。食うための身過ぎ世過ぎと割り切ってのことなのか。読者を莫迦にして、「読者とはこの程度のものを欲しているから、提供しているだけだ」というのだろうか。天皇の交替に伴う、政権側の演出はまだ始まったばかり。これから先が思いやられる。

なかでも、4月1日以来の新元号フィーバーには驚かざるを得ない。政権の演出を、メデイアが積極的に後押ししてのこの事態。権力とメディアとの “Ugly Harmony”そのものではないか。これは恐い。メディアが、当然に権力を批判するものとは限らない。それは承知だ。産経や読売が政権に擦り寄ることを経営方針としていることには驚かない。令和まんじゅうや令和せんべいにも、令和新撰組などというトンチンカンにも驚かない。クォリティ紙をもって任じる毎日までが…、というのが驚きであり恐しいのだ。

その毎日が、昨日(4月16日)の夕刊ワイドに、ようやく新元号フィーバーを冷めた目で見つめる記事を書いた。「『令和』礼賛一色に疑問」「新元号 礼賛一辺倒だが…」「令和『負』の面にも目を」というもの。もっともその中身は、よくぞ書いたと言うべきか、なんだこの程度かと言うべきか…。

リードは、「世の中が新しい元号『令和』ブームに沸いている。各種の世論調査で7割前後の人が『好感が持てる』と回答。出典となった万葉集にも注目が集まり、関連本の増刷も相次ぐ。だが、そんな『礼賛一辺倒』に疑問を投げ掛ける人もいる。」という、やや腰の引けたもの。

東大史料編纂所の本郷和人(中世史)、青学大の小松靖彦(国文学)による、それぞれの令和論だが、本郷和人の言は極めて常識的な内容。批判の論陣と言うほどのものではない。小松靖彦の言には、「歌集は格下、戦争利用の過去も」と見出しを付けられている。新元号が万葉集を出典としたことを冷静に見て、「海行かば」や「醜の御楯」などの万葉発の言葉が、戦争に利用された過去を忘れてはならないとする。万葉集研究者として、確かな姿勢である。中西進などよりも、数段立派だ。

この夕刊ワイドの結びの言葉がまた、及び腰。「おめでたいムードにケチをつける気は毛頭ない。だが、こうした『負』の部分もしっかり見つめて、新しい時代に踏み出したい」というのだ。こんなカビの生えた古くさい元号で表示される時代を、「おめでたい」「新しい時代」というのか。真っ当な批判が、「おめでたいムードにケチをつける」ことなのか。

そして、本日(4月17日)朝刊に、またまた歯の浮くような皇室記事。「クローズアップ」蘭に、第3面をほぼ全面使っての「両陛下、きょうから最後の訪問」「平成流、地方に寄り添い」という例のごとくの提灯記事。これに、「河西秀哉氏・名古屋大学大学院准教授の話」が、くっつけられている。権力とメディアだけでなく、研究者を加えた”Ugly Harmony”の三重奏。

河西のコメントは、「取り残された地域を重視」「「2人で」戦後定着」というタイトルで、やや長文。冒頭が、「天皇、皇后両陛下の地方訪問を振り返ると、平成に入って社会の格差・分断が進む中、東京に代表される都市部の発展から取り残されている地域を重視しているように映る。被災地や島々に代表される過疎化した地方、基地を押しつけられている沖縄などへの訪問はその傾向が強い。両陛下の訪問によって、こうした地域の人々に『自分たちは忘れられていない』というメッセージが伝わっている。訪問がなければ、結果的にもっと不満が高まっていたかも知れない」というもの。

河西は、こう続けるべきだった。「天皇夫妻は、このようなかたちで格差や分断という社会の矛盾を覆い隠し、底辺の人々の不満をなんの解決もせぬまま宥和する役割を果たしてきた。失政に対する国民の追及や政権に対する抗議の行動を起こさぬように封じ込める安全弁として機能してきたのだ」と。

しかし、河西はそうは言わない。「天皇陛下の考える象徴天皇の本質とは、ただそこにいるということではなく、国民と触れあい、声を聞き、苦楽をともにすること。」と何の批判もなく言ってのける。これが学者の言か、研究者のあり方か。これこそ、曲学阿世の徒と言うほかはない。毎日にして、こんなものを使うのか。嗚呼。
(2019年4月17日)

「もう使わない、使わされない! 元号さよなら声明」にご賛同を

元号不使用声明への参加を呼びかけます。
新元号に切り替わりの今をチャンスとして、どんな理由でも、この日常生活に不便で、民主主義に有害な元号の押しつけはごめんだという趣旨で、「元号にさよなら」の声明へ賛同をお願いいたします。

この呼びかけは、稲正樹さん、三輪隆さん、根森健さんの3人の憲法学者が発起人となり、世話人ともなって企画されたもので、私も声をかけられて、呼びかけ人に加わりました。下記の文章も、3人の方の起案になるものです。

いま、「声明」の呼びかけ文とと声明文章がほぼ固まったところで、以下に、呼びかけと声明、そして背景説明を記します。

なお、下記ブログもご参照ください。
https://gen5no.blogspot.com

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 <元号不使用声明への参加を呼びかけます>

新元号が話題になっています。しかし、いまが何年か問われたり、複数の年にまたがって年数を数えるとき元号はとても不便です。また、このグローバル化の時代に日本にしか通用しない元号を使わされるのは、時代錯誤としか言いようがありません。

元号が切り替えられようとしているいま、多くの人が「この際、使わないようにしたい」と思っています。代替わりに1ヶ月先行して新元号を発表し、辟易するような元号キャンペーンが繰り広げられたりしているのも、実はこれからは使わない人がふえるかもしれない事態への「危機管理」なのかもしれません。

もし私たちが元号は使わない、元号はいらないと考えているのなら、今こそチャンスです! 新元号は発表されましたが、まだ定着していません。このタイミングで私たちが、単に「わたしは使わない」と内心で決意するだけではなく、元号を使わないと不便であるような状況をなくし、これ以上続かないよう積極的に声をあげていくならば、社会的にも意味ある成果をあげることができるでしょう。

「元号は使わない」、この決心を友人・知人に伝えていくと共に、全国の多くの皆さんと共に知恵と力を合わせて、元号使用への誘導や、公的な文書や表示に元号しか用いないことへの異議申し立てをしていきましょう!

多くの方が以下の声明に賛同し、参加されることを訴えます。

呼びかけ人(4月13日現在)
飯島滋明(名古屋学院大学)、井口真(東京YMCA主事)、稲正樹(元国際基督教大学)、河上暁弘(広島市立大学)、岸亮夫(東久留米キリスト者九条の会共同代表)、小林武(沖縄大学)、斉藤小百合(恵泉女学園大学)、澤藤統一郎(弁護士)、柴田智悦(横浜上野町教会)、清水雅彦(日本体育大学)、須永勇(豊島区労協)、砂山洋一(東村山市民)、永山茂樹(東海大学)、長峯信彦(愛知大学)、根森健(東亜大学)、濱野秀樹(さいたま教育文化研究所)、星出卓也(西武柳沢教会)、横山英信(岩手大学)、三輪隆(元埼玉大学)、最上光宏(所沢みくに教会)、森英樹(元名古屋大学)、若尾典子(元佛教大学)

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 < 声 明 >

もう使わない、使わされない!
元号の強制、元号への誘導、押し付けはごめんです。

 いま多くの人が元号はもう使いたくないと感じています。グローバル化が進んだ今日、日本国内にしか通用せず、また国内でも複数の年の間の年数をかぞえるにも元号は実に不便です。

 元号を使うことは法的義務ではありません。象徴天皇の制度があるとしても元号が用いられなければならない憲法上の根拠は何もありません。
 「公務の統一的処理のため協力を求める」などとして元号を用いるように仕向けることは、各人が元号を知っていることを前提とし、人によっては意に沿わない元号使用に応じさせれられるもので、これは憲法で保障される思想良心の自由に反する間接的な強制となります。

 また、国会、行政官庁、裁判所、地方自治体などの公の機関が、公文書などで元号しか用いないことは、元号を知らない者・使わない者を疎外する行為であり、公の機関のあり方として決して許されないことです。

 そして誰もが買い、使う商品に元号しか用いないことも、元号を知らない者・使わない者を疎外するものです。

私たちは、次のことを求めます。

1.届出や申し込みの用紙、Web上のページなどにおける年の記載は、利用者が元号を用いなくても済むものとし、また利用者に元号への書き直しを求めないこと。

2.公の機関が発する一切の公文書、公示における年の記載は、元号を知らない者・使わない者にも理解できる表示とすること。

3.不特定多数を対象とする商品における年の記載は、元号を知らない者・使わない者にも理解できる表示とすること。

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この声明に賛同される方は、下記ののメールアドレスまでご連絡ください。

gen5no@yahoo.co.jp

(必須) 氏名・ふりがな
(任意) 職業または所属、お住いの地域(県名など)、専門・職位など(10文字以内)
(任意) メッセージ

* 公表を望まない場合はその旨を明記してください。

また、この呼びかけ人に加わって下さる方は、その旨を上記メアドまでお知らせください。

(2019年4月14日)

中西進さん、「令和」批判への反論・弁明は、お見苦しい。

「世の中は三日見ぬまの桜かな」(寥太)という句がある。
作者の眼前には、満開の桜があるのだろうか。花はすっかり散った葉桜なのだろうか。三日見ぬ間に、花は咲いたのか、散ったのか。どちらとも解することが可能だ。

得意の人生を歩んできた者の眼前には満開の桜が見え、失意の人生を送った者には葉桜の句としか解せないのではなかろうか。句の解釈は、人それぞれである。また、人それぞれの立場やら人生経験が、解釈を決定することにもなろう。

さて、新元号「令和」である。私は、「令」も「和」も、いや~な漢字と繰り返し述べてきた。「令」は、命令・法令・勅令・訓令・威令・禁令・軍令・指令・家令・号令・布令…の令を連想させる。令とは、権力者から民衆に、お上から下々への命令と、これをひざまずいて受け容れる民衆の様を表すまことに嫌みな漢字なのだ。

ところが昨日(4月12日)、これを正反対に解する人物の言が話題となった。その人の名は中西進。大阪女子大の元学長という肩書。万葉集の講座を東京都内で開いた。令和の「令」は発音が美しいと評価し、「命令」の「令」との指摘は当たらないと説明した。そして、こう言ったと報じられている。「命令の令との指摘は、こじつけだ。令嬢や令夫人などと同様に、和を形容する意味に取るのが普通だ」と強調した。

この元学長は、「中西進という人が(「令和」という元号の)考案者と言われているが、ここにいるの(自分のこと)は違う人間だ」とも述べたという。私は、中西進著「万葉の秀歌 上・下」(講談社新書)の愛読者である。これまでは尊敬もしていたが、中西進という人が「令和」の考案者だとしたら、実につまらぬことをしたものと興醒めだ。さらに、「令和」への批判を快しとせず再批判を試みる態度は見苦しい。「裁判官は弁明せず」という法諺がある。その美学を見習うべきだろう。

「令嬢や令夫人などと同様に、和を形容する意味に取るのが普通だ」という言語感覚にはなじめない。それこそ、こじつけではなかろうか。大多数の国民は、「令嬢や令夫人や令室」などという言葉とは無縁の生活圏で暮らしている。「令」と出てきたら、「令嬢や令夫人」を連想しろというのが、どだい無理な話だ。

「令和」と2字をならべて、「令」を修飾語、「和」を被修飾語と解して、「令なる和」と読めというのはさらに無理な話。「令嬢・令夫人・令室」など、人や物に付く「令」はともかく、「和」に修飾語が付くとは、普通の言語感覚では思いもよらない。「令」を修飾語とする例で思いつくのは、「令状」の令であり「巧言令色」の令くらいのもの。

少なくとも、両様の解釈が可能なことを、一方だけが正しくて、他を「こじつけ」という尊大さが、元号というものにまつわる権威主義的な雰囲気をよく表している。

さらに、令和の「レイ」は発音が美しいとの自画自賛の評価となると噴飯物である。高村薫は、「「れい」という音も冷たい響きで、長く使いたくなるような明るい語感ではない」と言った。こちらが常識的な言語感覚だろう。

令和のレイからは、冷血、冷酷、怜悧…、確かに冷たい響きしか聞こえてこない。

また、報道では「令和の典拠である万葉集に先行する漢籍「文選」に類似の文章があるとの指摘には『並ぶべくもない。冷静に見ると、万葉集が出典というのはいいと思う』と解説した。」とある。「並ぶべくもない」の意味が不明である。文選が万葉集に並ぶべくもないのか、あるいはその反対なのか。

中西進「万葉の秀歌 上」131~133頁に「巻五・822」の旅人の梅花の歌の解説があり、その中で中西先生はこう書いておられる。「旅人は、32首に先だって、漢文で当日の模様を書いて序文としているが、その書き方も中国の王羲之の名篇「蘭亭序」を真似たものであり、華麗な四六文によるものである」と。

「蘭亭序」の文中には、「天朗氣清、惠風和暢」という文書があるそうだ。中西説では、令和のネタ元である梅花の歌32首序はこの「蘭亭序」の真似ということなのだ。

また、中西説では指摘がないが、つとに話題となっているとおり、文選」中に漢の張衡による帰田賦」があり、その一節に於是仲春令月、時和氣清」と「令和」がしっかり出てくるという。「冷静に見ると、万葉集が出典というのはいいと思う」などとがんばっても仕方なかろう。「万葉のどこを採っても、結局は漢籍に行き着くね」と、余裕で破顔一笑してみせれば、中西先生の風格と尊敬は保たれたのに。

中西進といえば、大先生。その道の権威である。だから、自分の解釈が正しい、他はこじつけという姿勢を露わにしたことが不愉快なのだ。天皇制も権威である。天皇という権威が、学問上の権威と一緒になって、「令和批判は間違っている」と言うその姿勢こそ、まちがっている。天皇制に対してのものにせよ、元号に対するものにせよ、批判があって当然なのだ。天皇に関わることだから、斯界の権威が言うことだから、と批判を躊躇してはならない。誰もが語り、読み書きする言葉のことだ。何が正しいか、何がまちがっているか、天皇も大先生も決める権利はない。天皇にも大先生にも恐れ入ってはならない。
(2019年4月13日)

「憲法日記」連続更新2200回を通過 ― 元号不使用のお勧め

当ブログは、毎日更新を宣言してその実行を続けている。一昨日(4月10日)が、連続更新2200回の節目だった。2013年4月1日を始点に連載を始めて、先月末で6周年。昨日が2201回目、本日(4月12日)は2202回目となる。その以前、日本民主法律家協会のホームページに連載した「事務局長日記」は連続更新800日余の程度だったから、今回は大幅に長期のものとなった。

連載を始めた当初、運動の現場で使ってもらえるものを書きたい、という発想があった。1970年代初めからの私の弁護士生活の前半部分は、労働組合や市民運動との付き合いが深かった。多くの小さな運動体の書記長や事務局長が、驚くべき勤勉さと有能さを発揮して、組織のミニ機関紙を発行していることに強い印象を受けた。

ガリ版で毎朝配布の「分会ニュース」を発行している全金の職場があった。その分会書記長の情熱やエネルギー、あるいは創意工夫の全能力は、もっぱら組合運動に費やされ、企業の欲するような従業員としての就業の余力はなかったようだ。それが、仲間からの信頼の源泉だった。

そのような活動家たちが望んでいたのが、「埋め草」である。狭いスペースの分会ニュースでも、全紙を埋めるのは容易なことではない。現場で切実な闘争課題だけでなく、労働運動や平和運動、憲法問題などのネタがあれば、余白を埋められる。そんなふうに使ってもらえるものが書ければよいと思いつつ、なかなか思い通りにならない。

本日は、初心を思い起こして、「埋め草風」に徹した文章にしてみたい。これまでの記事を再構成して、短かく読み易く、転載しやすいネタの提供。「元号不使用の勧め」である。

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元号は欠陥製品だ。この際、使うのやめよう。
明治・大正・昭和・平成という元号。年を表示するための道具だが、これは使い勝手の悪い、不便な道具だ。道具としては出来の悪い欠陥品というしかない。時は、切れ目なく続くのに、元号は何の合理性もなく不自然に、そして突然に時代を区切ってしまう。そこに、欠陥の本質がある。
ある人の生年月日と死亡年月日から、その人の死亡年齢を計算しようとする。西暦表示なら引き算一回で済むところを、元号表示だと、異なる元号を西暦に換算したうえでの計算を必要とする。この元号から西暦への換算は、あらゆるところで問題となり厖大なビジネスのコストとなる。
元号の欠陥は、その賞味期限限定性と、地域限定性にまとめることができる。
元号は有限であって、その期間は一世代分しかもたない。平均30年というところである。しかも、現在の元号がいつ終わるか、次の元号がいつから始まるかわからない。何よりも、次の元号が決まらないのだから、将来の年の表示ができない。これは、致命的な欠陥である。
もう一つ重大な欠陥は、このグローバルの時代に、元号は日本以外に通用しないということ。国内限定の製品なのだ。内向き、外向きで使い分ける? そんなバカバカしいことをする必要はない。すべて西暦で統一すればよいだけのこと。
4月30日に平成で表示される時代は終わる。これを期に、こんな不便な欠陥品の押しつけは拒否しようではありませんか。

 

元号は不便なだけでなく、有害なのだ。この際、使うのやめよう
元号とは、天皇の代替わりがあると、時代をリセットして年を数え直すという仕組み。一億人の日本人のうちのたった一人の都合に、ほかの全員が付き合わされるという無茶苦茶な年の数え方。
なぜ、誰が考えてもこんな不合理なことがまかり通るのか。為政者が国民に元号を使わせたいからだ。なぜ、為政者は国民に元号を使わせたいのか。元号と天皇制とが緊密に結びついており、国民生活に天皇制を刷り込むためには、元号使用が効果的だからだ。為政者は、なぜ国民生活に天皇制を刷り込みたいのか。天皇の権威を受容する国民こそが、御しやすい為政者に好都合な被治者だからだ。憲法が想定する、自立した主権者としての意識を確立した国民こそは、為政者のもっとも嫌うところなのだ。
だから、元号使用は「臣民」にこそふさわしい。主権者としての自立した国民に元号使用はふさわしくない。これを機会に元号使用はもうやめよう。

 

「令和」は、イヤーな漢字の組み合わせ。この際元号使用を止めよう。
「令」とは、普通の言語感覚の持ち主なら、まずは、命令・法令・勅令・訓令の令を連想する。さらには、威令・禁令・軍令・指令・家令・号令。布令…。この文字の原義は、権力者から民衆に、お上から下々への命令と、これをひざまずいて受け容れる民衆の様を表すイヤーな漢字。
さらに、「和」だ。この和は、本来なら、平和・親和・調和・柔和の和として悪かろうはずはない。ところが、天皇やら政権やら自民党やらが、この字のイメージをいたく傷つけ、ねじ曲げている。決定的なのは、右翼の改憲案には大抵「和」が出て来ることだ。たとえば、自民党の憲法改正草案。その前文にこうある。
「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。」
右翼は、みんな「和」が好きなのだ。自民党自身がこう解説している。
「『和の精神は、聖徳太子以来の我が国の徳性である。』という意見があり、ここに『和を尊び』という文言を入れました。」
「十七条の憲法」は日本書紀に出て来る。もちろん漢文である。その第一条はやや長いが、冒頭は以下のとおり。「以和爲貴、無忤爲宗」
「和を以て貴しと為し、忤(さから)うこと無きを宗とせよ」と読み下す。「忤」という字は難しいが、「逆」の類字と説明されている。従順の「順」ではなく、反逆の「逆」である。要するに、「和」とは、「上級官僚と下僚の調和」である。しかも、その調和のありかたは、「下は上に逆らわず、従順に機嫌をとる」ことを表している。これは、上から目線での説教以外のなにものでもない。これは、古き日本の伝統かも知れないが、近代憲法の国民主権原理とは無縁。
自民党改憲草案前文の「和」が、新元号の一文字として埋め込まれたことから、真っ当な言語感覚を持つ者には、「令和」とは、「『下々は、権力や権威に従順であれ』との命令」の意と解さざるを得ない。英訳すれば、令和はダブルのorderであって、「order and order」と言わねばならない。だから、令和の使用は恥ずかしい。一切使用は止めよう。

 

「元号使用」の拒否こそが主権者としてのありかただ。
元号使用の法的義務はありません。そんな押しつけができるわけはない。しかし、為政者は巧妙に元号を使わざるを得ないような仕掛けを考えます。役所に行けば、元号の世界。断固拒否するのは、やや勇気の要ること。また、問題は、元号使用強制の社会的圧力です。一人ひとりの個人が自由であるとは、自分を取り巻くいくつもの集団の圧力に縛られないということなのですが、これがなかなかに難しいことと言わねばなりません。
とりわけ、このところ少し社会の風向きがおかしいように思うのです。気になるのは、メディアの天皇への過剰な敬語や、皇族への過剰な遠慮。なんとなく恐れ入った態度の蔓延です。
もうすぐ5月1日。天皇が交替します。現天皇(明仁)からその長男(徳仁)へ。天皇が誰であろうと、私たちの暮らしに何の関わりもありません。あってはならないのです。この、騒ぐこともない、どうでもよいはずのことを、なんだかたいへんなことのように、大騒ぎする人々がいます。それを煽る人々がいます。天皇の交替で、時代が変わるもののごとくに。
その「時代が変わる」と思わせる仕掛けが元号の変更です。実際は何も変わりません。天皇の交替など、国民にとって、どうでもよいことなのです。元号という時の区切り方を発明した本家は中国です。こちらが、「皇帝が時を支配する」という大ウソの本家本元。中国の周りの国のミニ皇帝たちが、これを真似しました。ウソの分家です。日本もその一つ。本家の中国では、今は元号を使っていません。煩わしくて、ビジネスにも政治や経済にも日常生活にも、学問や科学技術にも、そして何よりも国際交流に、不便なことが明らかだからです。年代の表記はグローバルスタンダードである西暦一本とすることが最もシンプルで便利。いまや、元号というローカルなツールに固執しているのは、日本のみ。こんなもの後生大事に抱えていて、日本はホントに大丈夫なのでしょうか。
天皇制と結びついた、不便な元号など使わないことが、主権者としての国民に最もふさわしいありかただと思います。ところが、そうすると往々にして、社会的同調圧力が働きます。「あなたは日本人でありながら、日本に固有の元号を使わないの?」「もしかして、あなたは非国民では?」という圧力。イジメの構造と変わるところがありません。この圧力に負けてしまうと、国民主権の実質が失なわれかねません。天皇制を便利な道具としようという、政権運営の思惑を許してしまうことになってしまいます。
元号変更の機会に、ちょっとの勇気を発揮して、元号使用を止めませんか。役所や、銀行や、郵便局や、宅配業者などの窓口で、元号での年月日記入を求められることがあったら、必ず西暦で記入しましょう。それを咎められたら、「元号使用を強制するとおっしゃるのですか」「私は西暦使用にこだわります」とがんばってみてください。小さな抵抗の積み重ねが大切だと思います。勇気をもってのイジメからの離脱が、イジメをなくすることにつながるように、小さな元号使用拒否の動きが、再び天皇の政治利用を許さない、民主主義社会の形成につながるものと思うのです。
(2019年4月12日)

天皇交替の儀式は、滑稽な喜劇ではありません。日本の民主主義の未成熟を物語る深刻な悲劇にほかなりません。

ご近所のみなさま、ご通行中の皆さま。
私は、本郷5丁目に在住する弁護士です。日本国憲法とその理念をこよなく大切なものと考え、憲法の改悪を阻止し、憲法の理念を政治や社会に活かすことがとても大切という思いから、志を同じくする地域の方々と、「本郷湯島九条の会」を作って、憲法を大切しようという呼びかけを続けて参りました。

会は、毎月第2火曜日の昼休み時間を定例の街頭宣伝活動の日と定めて、これまで5年以上にわたって、厳冬でも炎天下でも、ここ本郷三丁目交差点「かねやす」前で、明文改憲も、解釈による壊憲も許さない。憲法理念を輝かせたいと訴えて参りました。とりわけアベ政権の憲法をないがしろにする姿勢を厳しく糾弾しつづけています。

9条の会は、「憲法9条を守ろう」「平和を守ろう」という緩やかな目的で集まっている市民団体です。政党ではありませんから、いろんな考えを持つ人々が参加しています。また、言うまでもないことですが、「憲法9条」だけを擁護しようということではなく、日本国憲法とその核となっている日本国憲法の理念を大切にしようという人々の集まりです。

日本国憲法は、きちんとした体系を持っています。私も、中学生の頃に、憲法全体を支える3本の柱として、その基本構造を教えられました。国民主権・恒久平和主義・そして基本的人権の尊重です。国民主権・平和・そして人権は、けっしてバラバラな理念ではなく、緊密に結びついています。戦前には、国民主権がなかったから、平和や人権を望む国民の声は国政に届かなかった。戦前には、平和を大切にする国家目標はなく侵略戦争や植民地政策に国民は動員され、人権が顧みられることはなかった。 戦前には、基本的人権という思想はなく国民には臣民として与えられた権利しか認められなかった。だから、国民は、天皇主権にも、戦争拡大政策にも抵抗する術を持たなかったのです。

戦前、男子はみな兵士となることを強要されました。一銭五厘のハガキ一枚で、徴兵されたのです。何しろ主権者で神さまである天皇の命令ですから、いやも応もありません。軍隊に行っても、どんな理不尽なことも「上官の命令は天皇の命令」として無理強いされました。抵抗は許されません。これが、平和も人権も、国民主権もない時代のあたりまえの風景でした。その結果が、内外に夥しい犠牲者を出しての敗戦でした。この国は、いったん亡びたのです。

 その反省から、日本国憲法ができました。一見大日本帝国憲法のリニューアルのようで、実は土台から基礎からすべて取り壊して新築されたものが日本国憲法です。施主も施工者も、設計の基本的コンセプトもまるで違ったものなのです。新しい憲法の、真新しい3本の柱は、お互いが支えあって、緊密に結びつけられています。つまり、体系を形作っているのです。

 ご注意いただきたいのは、この3本の柱が形作る日本国憲法の体系には、天皇も天皇制も出てこないということです。日本国憲法の核心をなす体系の中には、天皇も天皇制も出る幕はなく、はいりこむ余地もありません。天皇とは、いわば憲法体系の基本構造の中にはなく外に追いやられた位置にあるものなのです。それは、憲法の基本理念の例外として、かろうじて存在が認められたもの。けっして、憲法の体系を外から壊したり侵蝕したりしてはならないとされた異質なものなのです。

仮に、憲法の理念に、体系的な地番を付けるとすれば、1丁目1番地には、国民の「個人としての尊厳」が書き込まれねばなりません。続いて、1丁目には人権のカタログが並びます。思想・良心の自由、信仰の自由、表現の自由、労働組合を結成して争議を行う自由など。2丁目には国民主権や民主主義の仕組みが、そして3丁目には平和や国際協調が位置することになります。では天皇はどこにいるか、4丁目でも5丁目でもありません、完全に番外地なのです。地番が振られる憲法体系の外にあるもの、それが天皇あるいは天皇制という存在です。

確かに憲法の第1章は「天皇」となっており、第1条から8条まで天皇について書かれた条文が並んでいます。しかし、そこに書かれていることは、「天皇には主権はない」、「天皇にはなんの権限も権能もない」、「天皇はひとり歩きしてはならない」などというないないづくしの、注意的な制限条項だけなのです。天皇のできることと言えば、内閣の指示のとおりに形式的なことをするだけ。憲法上、天皇とは存在はしますが、存在するだけで、けっして積極的な意味をもたないし、もってはならないと釘を刺されている存在なのです。

第1章以外にも出てくる天皇についての規定の中で重要なのは憲法99条です。公務員には、憲法尊重擁護の義務あります。その公務員の筆頭に挙げられているのが、「天皇と摂政」です。つまり、主権者である国民が、天皇に対して、この憲法を尊重し擁護護するよう命令をしているのです。天皇が、この主権者の命令に背くことはけっして許されません。

5月1日には、天皇が交替します。その前日に現職が退任して、後任が就任します。このことは、一つの公務員職の担当者が変更になるだけのこと。時代が変わるか? いいえ、何も変わりません。明るい話題か? いいえ、国民の大多数には何の関わりもありません。大事件なのか? いいえ、何の権限も権能も持たない天皇の交替が大事件であるはずはなく、あってはならないのです。いかにも大事件であるかのように騒いでいる人があるのは、何か思惑あってのことことと警戒しなければなりません。

政治的な意味で、天皇制とは何でしょうか。それは、為政者にとって便利この上ない小道具です。かつての天皇は、神であり、大元帥であり、統治権の総覧者でした。天皇は、政治的な権力であるだけでなく、権威をもっていたのです。何しろ、神さまが正義の戦争だと言ったのです。最後はカミカゼが吹いて必ず勝つ。国民をそう信じ込ませ、侵略戦争に国民を動員するためなくてはならない天皇の権威でした。天皇に戦争責任があったことは論じるまでもないことです。

便利この上ない天皇の権威を作り上げるために、為政者は涙ぐましい演出をしました。その最大の手段が教育であり、メディアの統制でした。そして、特高警察と憲兵が天皇の神聖や権威を冒す流言飛語を取り締まりました。こうして臣民に植えつけられた天皇の権威です。新憲法下、権力を失った天皇ですが、いまだにその権威は清算されていないのです。

憲法上、天皇は本来出しゃばらずひっそりとしていることが望ましいのですが、為政者にとっては、使いでのある権威を備えた天皇でなければ存在の意味はありません。代替わりは、さも大事件であるかのごとく仰々しく行われます。そのハイライトが、10月22日の「即位礼正殿の儀」。高御座の新天皇を見上げて、安倍首相が、「テンノーヘイカ・バンザイ」をやるのです。これは、滑稽な喜劇ではありません。日本の民主主義の未成熟を物語る深刻な悲劇にほかなりません。

4月1日には、5月1日以後に使われるという新元号が発表されました。この国際化の時代に、何ゆえこのような不合理で不便なものに固執するのか。すべては、天皇の権威を演出するための手段なのです。政府が、国民にこの元号を使わせたいとするのは、元号が密接に天皇制と結びついているからです。

みなさん、政府やメディアの新元号フィーバーの演出に乗せられてはなりません。しっかりと主権者として自立していることを確認しようではありませんか。為政者にとっては、権威を警戒することなく、権威を忖度し、権威に安住し、権威に服従する国民こそが、最も望ましい御し易い被支配者としての国民像なのです。天皇の権威はそのように利用されようとしています。眉に唾を付けて、うかつにも、天皇や天皇制や、これを利用しようとしている輩の策に乗せられぬよう気を引き締めようではありませんか。
(2019年4月9日)

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