澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

天皇への態度こそは、精神のリトマス試験紙である。

とあるメーリングリストで、こんな投稿に出会った。

 自ら文化人とか知識人と自任しているであろうマスコミに登場する人達の実態は天皇制に対する立ち位置で簡単に判別できる。憲法の本質から外れる天皇制を容認するのか否か。これが、有名無名に限らずその人の認識を判断するリトマス試験紙だ。

 まったくそのとおり、「天皇制についての態度はリトマス試験紙」は至言である。天皇制を容認するか否かがその人の精神の在り方を映し出す。

権威に従うのか、自立の精神を尊ぶのか。
社会の主流におもねるのか、抵抗するのか。
同調圧力に屈するのか、反発するのか。
現状を容認するのか、変革を求めるのか。

天皇を敬う、天皇に恐れ入る、天皇を褒める、天皇を敬語で語る…そのときに、その人の蒙昧さが滲み出る。天皇の御代をことほぐ、天皇の弥栄を讃える、テンノウヘイカ・バンザイを叫ぶ…そのときその人の知的頽廃が顕れる。天皇制の永続を願うという…その人の臣民根性こそが救いがたい。

投稿の「憲法の本質から外れる天皇制」という断定が鋭い。
「憲法が天皇を認めているから、護憲派の私も天皇を認めざるを得ない」ではない。「憲法の条文に天皇が書かれてはいるが、それは『憲法の本質』ではない。護憲派の私なればこそ、天皇を容認しない」ということなのだ。

まずは、「憲法になんと書いてあろうとも、私は世襲や差別を認めない」と言わねばならない。「高貴な血という馬鹿げた迷信をこの世からなくそう」「戦争に利用された天皇制という危険な存在を容認してはならない」が、当たり前の感性であり、精神の在り方なのだ。

憲法とは核心(コア)をなす部分と、核心の外にある周辺部分とからできている。天皇制は、核心部分にはない。核心と矛盾するものだが、「国民の総意に基づく限りにおいて」憲法の周辺部の端っこに位置している。個人の尊厳が、憲法の「1丁目1番地」だとすれば、天皇の存在の位置は「番外地」なのだ。

憲法のコアをなす部分こそが、「憲法の本質」である。明らかに、「天皇制は憲法の本質から外れ」ている。平等原則とも、主権原理とも、もちろん民主主義とも。

「憲法を護ろう」とは、天皇が公布した日本国憲法という憲法典を守ろうということではない。「日本国憲法の本質としてのコアな部分」、つまりは近代市民社会の理性が到達した「人権体系」と「その人権体系を擁護し実現するための統治機構の原則」をこそ護ろうということなのだ。

だから、敢えて言えば、憲法の本質と明らかに矛盾した天皇制条項をなくしていくことこそが、真に憲法を擁護することなのだ。
(2019年11月20日)

安倍改憲阻止のために(その1)

※はじめに
本日(8月17日)の学習会。ご指定のタイトルが、「改憲阻止のために」。
そして、次のテーマに触れるよう、事前のご注文をいただいています。
第1 改憲の危機・情勢等
第2 立憲主義・個人の尊厳等
第3 天皇代替わり関連のこと

以上の第1が、「憲法をめぐる政治情勢」。第2が「憲法の構造をどう理解するか」という基本問題。そして、第3が象徴天皇制をめぐるトピックのテーマと理解して、報告を進めます。

なお、かなり長いので、第1を本日(8月17日)、第2・第3を明日(8月18日)の各ブログにアップいたします。

第1 改憲の危機・情勢等
1 憲法をめぐる大状況
実は、改憲の危機はこれまで常にあったし現にある、と言わねばなりません。日本国憲法成立以来、憲法は一貫して危機にあったのです。
自民党が、「自主憲法制定は結党以来の党是」としている如く、戦後の保守政権は、一貫して憲法を敵視し、あわよくば改憲を狙い続けてきましました。
ほぼ一貫して、このような保守政権を支え続けてきたのが国民であり、また、改憲策動を許さず、憲法を守り抜き、定着させてきたのもまた国民です。
改憲反対の側から見れば、保守が邪魔とする憲法であればこそ、護るべき意義があると言えると思います。

2 安倍政権の改憲志向
その保守のホンネを語る貴重な文化財が自民党改憲草案(12年4月27日)です。そのようなホンネを恥ずかしげもなく実現しようとする真正右翼・改憲主義者が政権を把握しました。それが、安倍晋三です。
安倍政権とは、
国家主義・軍事大国主義・歴史修正主義・新自由主義を理念とし、
「親大日本帝国憲法・叛日本国憲法」路線の政権です。

3 「安倍改憲」提案の経過
☆安倍ら改憲派にとっては、明文改憲が必要なのです。戦争法(安保関連法)はようやく成立させたけれど、憲法9条の壁を乗り越えられず、「不十分なもの」にとどまっている。「フルスペックの集団的自衛権行使」はできないままとなってる。今のままでは、同盟国・アメリカの要請に応じての海外派兵はできない。だから、何とかしての「9条改憲」なのです。
☆しかも、改憲ができそうな情勢ではありませんか。改憲派が、各院の3分の2を超える議席をもっている。今のうちなら、改憲の現実性がないとは言えません。
☆2017年5月3日 安倍は、右翼改憲集会へのビデオ・メッセージを送り、同時に読売新聞紙面で、「アベ9条改憲」を提案します。ご存じのとおり、現行の9条1項2項には手を付けず、そのまま残して、「自衛隊を憲法に明記するだけ」の改憲案です。この改憲を実現して、2020年中に施行するというのです。
☆実は、その種本は、日本会議の伊藤哲夫「明日への選択」に掲載された論文です。
彼は、一方では、「力関係の現実」を踏まえての現実的提案としていますが、もう一つの積極的な狙いを明言しています。「護憲派の分断」という戦略的立場です。
つまり、これまでの護憲派の運動は、「自衛隊違憲論派」と「自衛隊合憲(専守防衛)派」の共闘で成立している。この両者の間に楔を打ち込むことが大切だというのです。
☆その1年後の2018年3月25日、自民党大会がありました。予定では、この大会までに党内意見を一本化して、華々しく9条改憲を打ち上げる手筈でした。何とか、改憲原案については党内の「憲法改正推進本部長一任」までは取り付けましたが、全然盛り上がらない。現実には4項目の「たたき台・素案」作成にとどまるものでした。
☆その後速やかに、改憲諸政党(公・維)と摺り合わせ→「改正原案」作成、の予定とされていましたが、現在与党内協議さえ、まったく緒についていない現状です。
☆当初は、2018年秋の臨時国会にも、「改正原案」上程の予定でした。
衆院に『改正原案』発議→本会議→衆院・憲法審査会(過半数で可決)
→本会議(3分の2で可決)→参院送付→同じ手続で可決
『改正案』を国民投票に発議することになる。
☆60~180日の国民投票運動期間を経て、国民投票に。
国民投票運動は原則自由。テレビコマーシャルも自由。
有効投票の過半数で可決。
☆「安倍のいるうち、両院で3分の2の議席あるうち」が、改憲派の千載一遇のチャンスなのです。裏から見れば、安倍を下ろすか、各院どちかでも3分の2以下にすれば良い、と言うことなります。
☆そのような視点からは、2019年7月の参院選→改憲派の3分の2割れは由々しき事態です。しかも、自民は9議席減らして、相対的に公明の発言力が強くなっていますが、その公明が世論の動向を気にして、改憲協議に応じようとはしないのです。
☆しかも、現在、衆参両院の憲法審査会は機能していません。これを無理やり動かそうとした下村博文が、却って与野党の関係者から批判を浴びている現状です。大島衆院議長を批判した萩生田光一も肩身の狭い思いを強いられています。

4 「安倍9条改憲」の内容と法的効果
★「自民党改憲草案・9条の2」は、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。」という勇ましいものです。自衛隊ではなく、堂々の国防軍をもちたいのです。これが、安倍晋三のホンネ。
★さすがにそれは無理。「たたき台素案・9条の2」はこうです。「前条(現行憲法9条)の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高指揮官とする自衛隊を保持する。」
☆安倍改憲では、堂々の国防軍は持たない。「自衛のための実力組織」としての自衛隊しか持ちません。しかし、よく読めばお分かりのとおり、9条1項2項の規定はそのまま置かれることにはなりますが、新しい定義の自衛隊を持てるというのです。これは、現行の9条を死文化することになります。自衛隊の中身は、時の多数派の意向次第。
「従って、本来ないはずの軍事力」が明文で合憲化されます。軍事の公共性が認められることにもなります。自衛隊員募集協力への強制や、土地収用法・騒音訴訟・戦争被害賠償訴訟にも、沖縄・辺野古基地関連訴訟にも大きく影響します。
☆しかも、戦争法を合憲化し、集団的自衛権行使が可能となり、海外派兵も容易になります。

5 緊急事態条項の危険性
制憲国会での金森徳次郎の次の答弁が示唆的です。
「緊急事態条項は、権力には調法だが、民主主義と人権には危険」

だから、新憲法には、緊急事態条項を盛り込まなかったのです。

権力と民主主義、調法と危険は、相反するのです。

(2019年8月17日)

関弁連「こども憲法川柳」入選作紹介

ご存じのとおり、弁護士会は弁護士法にもとづく公法人であり、全弁護士が会員となる強制加入団体である。どの国家機関からも統制を受けることのない自治組織であることを特徴としている。個別の弁護士は、その業務の遂行に関しては弁護士会からのみ指導監督を受け、最高裁からも官邸からも法務省からも容喙されることはない。全国に、52単位弁護士会があり、これを統括する日弁連がある。

余り知られていないが、単位会と日弁連との間に「中2階」の組織がある。通例「弁連」というようだが、全国8高裁の管轄内単位弁護士会の連合体である。

北から順次、北海道・東北・関東・中部・近畿・中国・四国・九州の各「弁護士会連合会」。その8弁連のうち最大の規模をもつのが、関東弁護士「会」連合会、略称「関弁連」である。東京高等裁判所管内13弁護士会によって構成されている。分かりにくいが、東京の三弁護士会(東京・第一東京・第二東京)と、神奈川県・埼玉・千葉県・茨城県・栃木県・群馬・山梨県・・長野県・新潟県・静岡県の各弁護士会の連合組織。

関弁連のホームページには、「関弁連に所属する弁護士の数は約2万人で,日本の弁護士の約60%が関弁連に属しています。」とある。

普段は目立たぬ関弁連だが、昨年(2017年)から「こども憲法川柳」の募集と入選作の発表を行っている。先日届いた「関弁連だより・2018年12月号」に、その入賞作品が発表されている。これがなかなかに面白いので、ご紹介したい。

(最優秀賞 1作品)

 改憲の前に議員よ開瞼(かいけん)を!   (山梨県 高校1年)

作品に込められた思い 「よく国会で、腕組みをしてうつむいて目を閉じている議員の方々をテレビで観ますが、憲法改正という国家の方向性を決める大事な議論をする時は、せめて目を開けていて欲しいという願いを込めました。」

(優秀賞 3作品)

 憲法を 知らないこわさに 気が付いて   (東京都 小学5年)

作品に込められた思い「知らないうちに憲法が変わっていって戦争にならないようにしなければならないと思って作りました。」

 校則に 子どもの人権 ありますか          (埼玉県 小学6年)
作品に込められた思い「進学予定の中学校の校則には理不尽
に思える内容が多かったので書きました。」

 無関心 私の未来 守れない                 (新潟県 高校3年)
作品に込められた思い「私達が、憲法について関心があると、もし憲法が変わるとなった場合、賛成や反対ができ、私達の求めるすばらしい未来になると思います。無関心で人任せだと、私達一人一人が納得いく日本はこないと思います。」

(佳作 5作品)
 分からない その一言で 終わらせない         (東京都中学3年)
(日本みんながしっかり憲法を理解して、考えてほしい。)

 憲法を みてみぬふりは いけんよ             (東京都中学3年)
(「いけん」はダメという意味と、「違憲」をかけました。)

 考えて 歴史と未未 つなぐ道                    (静岡県小学6年)
(時代の変化で新しいことを取り入れることも大事だけど、過去の経験と思いも忘れてはいけないという思い。)

 103の 先人の思い 変わらずに              (新潟県高校2年)
(憲法の改正はしてはいけない事だと思うので変わらずそのままつないでいきたい。)

 改正案 日本の未来 快晴か                      (山梨県高校1年)
(憲法9条の改正案が出されていてもし9条が改正された場合これからの日本の未来は本当に大丈夫なのが快晴になるのがという不安の思いを込めています。)

 

昨年(2017年)の第1回受賞作は、最優秀賞1点、優秀賞3点のほか、佳作13点となっている。

 考えろ 見るだけ聴くだけ もう終わり   (最優秀・群馬県 中3)

 軽はずみ 一字変換 戻せない              (優秀・群馬県 中3)
(これは、少し変えただけも、大きく変わってしまうことを表しています。)

 政治家よ 主権は国民 忘れるな      (優秀・東京都 中3)

 男女差別 憲法あっても 残ってる            (優秀・千葉県 高2)

佳作の中から、いくつかを

 改正は すればいいって もんじゃない

 憲法は 平和な募らしの 道しるべ

 国民の 2分の1が 決める国 (投票率の低さを指摘)

 伝えたい 世界に向けた 平和主義

なお、全句が憲法礼賛というわけではない。次の句も入選作。これもまた、結構ではないか。

 考えよう 時代に合った 憲法を

 我が国は 護憲で動けん 窮状だ

(2018年12月15日)

牛飼も大工も農民も漁民も、それぞれの目線で憲法を読み語れ。

 牛飼が歌よむ時に 世の中の 新しき歌 大いに起る

アララギに拠った伊藤左千夫のご存じの歌。「伊藤左千夫歌集」巻頭の一首だそうだ。この著名な一首を本歌として、ひねってみた。

 大工らが日本国憲法よむ時に 自由と人権 大いに起る

私の手許に、「大工の明良、憲法を読む:土台と大黒柱が肝心!」という新刊本がある。著者明良佐藤は1943年の生まれ、私と同い年のホンモノの大工だという。大工が書いた、大工目線の憲法の解説書である。憲法の成り立ちと構造を語り、前文から全条を解説している。これは快挙だ。

伊藤左千夫は、歌人としての高みから牛飼に歌作を薦めたのではない。伊藤左千夫自身が、乳牛を飼育して牛乳の製造販売に従事していた人。冒頭の一首は牛飼い自身の歌であればこその、生活者の歌としての清新さと骨太の逞しさを感じさせる。

大工の明良も、左千夫と同じことを憲法の分野でやった。研究者としての高みから、大工に憲法を解説したのではない。大工の仕事を比喩として、憲法の成り立ちを説明したものでもない。ホンモノの大工が、大工目線で憲法の全条文を読み、大工目線で憲法を解説したのだ。

この本の惹句がなかなかに秀逸である。
帯に「『君たちはどう生きるか?』の憲法版」とある。そう言って大袈裟でもなかろう。併せて、「『君たちはこの憲法をどう守るか?』と大工の明良さんは問いかける」ともある。徹底した護憲の立場。それを「若い君たち」に問いかけている。憲法に接した著者の感動と理解を若い世代に語り伝えようという情熱で書かれている。

上野千鶴子が帯で推薦の評を書いている。
「今さらながら、『えーっ、びっくり!』の連続。こんなわかりやすい憲法解説書はなかった」というもの。

出版元の現代書館はこう宣伝している。
「学者・弁護士・政治家の本では絶対に見られなかった“大工の憲法論”。大工の目で日本国憲法を読み解くと、それは驚きのベストホームだった! 従来の憲法論とはまったく異なる論点から明らかになる憲法の可能性を楽しく解説。」

この書の特徴は「大工目線」に尽きる。たとえば、憲法99条の「公務員の憲法尊重擁護義務」の解説で、立憲主義に触れる部分は、次のような書き方になっている。

 大工の目から言うと、家づくりの図面は、すべての職人等が守らなければならない最高法規といっていいものです。各職人が図面を勝手に解釈してつくったら、家づくりが順調に進みません。
 内閣総理大臣に相当する棟梁が率先して守らなければ、他の職人に示しがつかないどころか、他の職人から、棟梁が勝手に解釈するなら、こっちもやりいいようにするよ、となり、図面通りの家ができなくなってしまいます。
 それでは依頼主、つまり主権者である住む主人公の思いが実現できなくなります。
 憲法擁護義務は天皇、首相、大臣、議員、裁判官だけ。そこに国民が入っていない、というのは、家づくりでいえば当然です。家づくりをするのは大工等の職人で、家の設計図を守らなければならないのは職人です。依頼主である家の主人公が、家をつくる職人であるわけがないからです。
 建て主は、自分たちの思い通りの家ができていくのかを監視し、チエックしないとあとで欠陥住宅をつかまされたと、泣きが入るかもしれませんよ。

国民が施主、総理大臣以下の公務員が職人。施主から職人に渡された設計図が憲法に相当するもので、職人が勝手に設計を変えてはならない。施主は職人をしっかり監視しチエックしないと、思い通りの家が建たないというのだ。分かり易いではないか。

私はこの本のゲラの段階で目を通している。出版社からの依頼で校正に関わっている。忙しい折だったが楽しい作業だった。

改めて思う。牛飼いも大工も左官もサラリーマンも公務員も商人も教員も、女性も在日も障がい者も、学生も子どもも、犯罪被害者も冤罪に苦しむ人も、それぞれの目線で憲法を読み語れ。農民には農民の、漁民には漁民の目線があう。それぞれの立場で他の人たちが気付かない憲法を読む目線があるだろう。

「大工の明良」のように、憲法全文の解説をし、さらに「第2部 憲法を深く考えてみたら未来に光が見えてくる」と論文まで付するのは至難の業。条文のひとつでも、テーマのひとつでも、それぞれの目線で、憲法を読んで大いに語ろうではないか。

主権者国民がそれぞれの目線で主体的に憲法を読み語るまさにそのときにこそ、「新しき 憲法の時代」が到来するのではないだろうか。そして、民主主義も、自由も人権も、平和の風も、大いに起ることになるだろう。

この本の体裁は以下のとおりである。
単行本: 294ページ
出版社: 現代書館
発売日: 2018/10/8
1600円+税
http://www.gendaishokan.co.jp/new03.htm

(2018年10月27日)

「安倍9条改憲」を阻止するために

本郷にお住まいの皆さま、ここ三丁目交差点をご通行中の皆さま、私は本郷5丁目に在住する弁護士です。日本国憲法とその理念をこよなく大切なものと考え、安倍首相による憲法改悪の策動を阻止し、さらに憲法の理念を政治や社会に活かすことがとても大切との思いから、志を同じくする地域の方々と、「本郷湯島九条の会」というささやかな会を作って、憲法を大切しようという運動を続けております。

会は、毎月第2火曜日の昼休み時間を定例の街頭宣伝活動の日と定めて、これまで5年近くも、ここ本郷三丁目交差点「かねやす」前で、護憲と憲法理念の実現を訴え続けて参りました。とりわけアベ政権の憲法をないがしろにする姿勢を厳しく糾弾してまいりました。今は、「安倍9条改憲」阻止が私たちの最大関心事です。

昨年・2017年の5月3日憲法記念日が「安倍9条改憲」策動の始まりでした。彼は、志を同じくする右翼団体の改憲促進集会と、これも志を同じくする読売新聞の紙面とで、2020年までに、憲法を改正したいと期限を切って具体的な改憲案を提案しました。

「安倍9条改憲」の内容は、憲法9条の1項と2項は今のままに手を付けることなく残して、新たな9条3項、あるいは9条の2を起こして、自衛隊を憲法上の存在として明記する、というものです。安倍首相は、「全ての自衛隊員が強い誇りを持って任務を全うできる環境を整えるということになるだけで、この改正で実際は何も変わらない」と繰り返しています。

もし、本当に何も変わらないのなら、憲法改正という面倒で巨費を要する手続などする必要はありません。「自衛隊員が誇りを持って任務を全うできる」か否かは、国民が判断することで首相がしゃしゃり出ることではありません。

実は、「安倍9条改憲」で、憲法の平和主義の内容は明らかに変わるのです。現行憲法9条の1項と2項は、戦争放棄・戦力不保持を明記しています。これをそのままにして、戦争法(安保法制)が成立しました。このことによって、法律のレベルでは、自衛隊は集団的自衛権行使の名目で、海外で戦争のできる実力部隊と位置づけられたのです。しかし、憲法はこれを許していない、今ならそう言えます。

安倍9条改憲を許せばどうなるでしょうか。戦争放棄・戦力不保持の1・2項と、新たに自衛隊を書き込んだ憲法の新条文とが矛盾することになります。その矛盾は、新たな条文に軍配を上げるかたちで収められる危険が高いのです。「後法は新法を破る」という法格言があります。集団的自衛権行使可能な自衛隊の明記が、9条1項・2項を死文化させかねないのです。

それが、安倍晋三とその取り巻きの狙いだと考えられます。彼に欺されてはならないと思うのです。私は、安倍晋三という人物を、嘘つきで卑怯で、信用してはならないと固く信じています。そのことは、モリ・カケ問題での国会審議で、国民の大多数が共有している思いではありませんか。

そもそも、憲法99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と定めます。これは、立憲主義を明記した条文と理解されています。主権者としての国民が、権力を託した相手である公務員に対して、憲法を守れ、憲法に従えと命令しているのです。

権力者の筆頭の立場にある内閣総理大臣たる者、ひたすらに主権者の命令である憲法を誠実に尊重し擁護する義務を負うのであって、憲法が気に入らないから改正しようなどと言い出してはいけません。

内閣は国会に対して法律案の上程はできますが、もとより憲法改正原案の発議(上程)の権限はありません。憲法改正は本来主権者国民の権限に属するもの、その原案の国会への発議と審議は、最も国民に近い立場にある国会議員が行うべきもので、内閣も総理大臣も改憲手続きには関与しないのが法の構造です。

にもかかわらず、憲法尊重擁護義務を負うはずの安倍首相の改憲意欲表明が、相変わらず旺盛です。ことあるごとに「自衛隊を憲法上の存在として明記したい」と繰り返し発言しています。そして、憲法改正原案の国会上程時期を、「秋の臨時国会を目指して議論を進めてもらいたい」とまで踏み込んでもいます。

たとえば、9月3日、安倍晋三首相は、防衛省で開かれた自衛隊高級幹部会同で180人の自衛隊将官を前に、「全ての自衛隊員が強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは今を生きる政治家の責任だ。私は責任をしっかり果たしていく決意だ」と訓示しています。明らかに、憲法に自衛隊を明記するという改憲意欲を示した発言ではありませんか。

憲法尊重擁護義務を負う首相が、公的な場において公的資格で、厳正な政治的中立性を求められる自衛隊幹部に対して、憲法改正という政治性の高い「訓示」を述べる異様な風景といわねばなりません。

次いで、9月6日朝、安倍首相は、ネット右翼のテレビ番組『真相深入り!虎ノ門ニュース』に出演して、同様の発言をしています。この番組を作ったDHCテレビは、沖縄の基地建設反対運動への偏見をデマとヘイトで煽った「ニュース女子」を制作したことで有名になった真正右翼の会社。安倍政権を擁護し応援する立場で一貫しています。安倍首相としては、自分の岩盤支持層へのサービスとしての出演なのでしょう。安倍晋三とは何者であるか、とても分かり易い図柄ではありませんか。

さらに、安倍首相は昨日(9月10日)午前、自民党総裁選の共同記者会見で、憲法改正問題に触れて、憲法改正を今後3年のうちに果たしたいと訴えています。当初の20年改正憲法施行からは1年ずれましたが、まだ諦めてはいないのです。

彼は、「もう私は、今回しか総裁選挙に出られませんから。あとの3年で(憲法改正に)チャレンジをしたいと考えております」という言い方。その上で、「自民党総裁として一定の目標を掲げないといけない。秋の臨時国会を目指して議論を進めてほしい」と述べています。前のめりな姿勢。

これに対して石破茂候補が、「理解ないまま国民投票にかけちゃいけません。誠実な努力を着実にやっていく上で、初めてそれが俎上(そじょう)に上るもの」と、クギを刺しています。軍事オタクで、タカ派イメージの強い石破さんをハトに見せる安倍首相の前のめりの姿勢です。

皆様、もしかしたら安倍首相は、「本当にやりたい憲法改正は諦めて、ほんのちょっとだけ、ごくマイルドな改憲提案なのだから、楽々実現できるはず」と思い込んでいたのかも知れません。

しかし、ことは国の将来を左右する重大事です。こんな嘘つきで軽薄な人物に、軽々に国の運命を任せてはなりません。安倍政権を支えている右翼改憲勢力は、「今が千載一遇のチャンス」「アベのいるうち、両院に改憲派議席が3分の2あるうち」の改憲をたくらんでいるのです。

安倍首相がその座を去るか、両院どちらかの改憲阻止派の議席を3分の1以上にすれば、憲法と平和の危機を乗り越えることができます。みなさま、ご一緒にその声を大きくしようではありませんか。
(2018年9月11日・連続更新1990日)

改憲阻止の半鐘を鳴らせ! 鐘の音を響き合わせよう。

「戦争屋にだまされない厭戦庶民の会」から、ミニコミ誌・「厭戦庶民」第31号が届いた。B6よりやや小さな版だが54頁の堂々たるパンフレット。盛り沢山のイラストも楽しい。

このパンフの全編が、「特集:改憲阻止の半鐘を鳴らせ!」の趣旨に貫かれている。最終ページ。後書きに相当するところに、次の文章がある。

どこかで半鐘が・・・

 郊外の、古い家々が残るようなひなびた街角に、小高い塔を見かけることがある。これは「火の見櫓」といい、その名の通り火事を見張るための塔。で、その天辺にぶら下がっているものが「半鐘」。火事などを知らせるために鳴らすものだ。
 それを見ていると、子供の頃を思い出す。夜、半鐘が鳴る。(これは60歳くらいから上の世代にしか通じないが)「カンカンカン」と、3回セットで鳴るのはどこかで火事が起きているということ。それが連打となると、火事が近い証拠で、急いで家を飛び出すと、裏山のあたりがぼうっとオレンジ色に照らされていた、などということもあった。
 しかし、それも今は昔で、半鐘はサイレンや防災無線にとって代わられ、今はもう鳴ることはない。と、いうより火の見櫓そのものが近代化・宅地化の波で古い町並みとともに消え、見かけることすら今やほとんど無くなった。
だが、空耳だろうか、最近半鐘が鳴っているのが聞こえる。激しく連打されている。憲法が火にくべられ、国全体が戦争という大火に向かっているのか。今日も幻の半鐘は鳴り続ける。(斎藤(好))

この幻の半鐘の音は、私にも聞こえる。特集のタイトルが、「改憲阻止の半鐘を鳴らせ!」となっているのは、幻の半鐘の音を聞いた者は、みんな「改憲阻止の半鐘を鳴らせ!」と言っているのだ。泉下の信太さんの声が聞こえる。

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幾つかの集会報告が掲載されている。中に、今年(18年)1月28日の「詩人・石川逸子さんを囲んで」がある。「戦争で虐げられた人々への鎮魂歌」との副題が付いている。そして、石川逸子の詩が2編。さすがに、訴える力がある。

風がきいた

知ってますか 風がきいた 夜の木々に
1895年10月8日
日本軍と壮士らが 隣国の王城に押し入り
王妃を むごたらしく殺害したことを
天皇が『やるときはやるな』首謀者をホメだことを

知ってますか 風がきいた 昼の月に
1919年3月1日
国旗をもって「独立万歳」 叫んだ朝鮮人少女が
右手 左手 次々 切り落とされ
なお万歳を連呼して 日本兵に殺されたことを

知っていますか 風がきいた ながれる川に
1923年9月2日
一人の朝鮮人女性が自警団に手足をしばられ
トラックで轢かれ 「まだ生きてるぞ」
もう一度轢き殺されたことを

知っていますか 風がきいた 野の花に
1944年末
与那国島に船で輸送されてきた
朝鮮人「慰安婦」たちが 米軍機に銃撃され
アイゴー 叫びながら 溺れ死んでいったのを

木々が 月が 川が 野の花が
きかれなかった 海 泥土 までが
一斉に答える
知ってます 知ってますよう
風が 日本列島を たゆたいながら吹いていった

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もう一つ、これも面白い。

よくある手口

●成功談から…
アベノミクス うまくいているよね?
株価も上がっているだろ?
 「うん うん」
だから議席も支持率も絶好調!
国民の大多数が
わが自民党を支持してくれてる!

●危機感を煽り…
北朝鮮はヤバイよね?
核ミサイル恐いよね?
 「アラやだ! 恐い」
中国も危険な国だよね?
尖閣も奪われるかも
韓国もむかつく国だし

●焦らせる
今にも 核ミサイルが
飛んでくるかもよ!
 「ひいっ」
そのうち 中国艦隊が
攻めてくるぞ!
さあ! どうする?

●そして本題!
危険な奴らに
対抗するのに
あの「変な憲法」が邪魔してる
 「コクン コクン」
今こそ国民の
絶大な信を得た
わが党のもと…
改憲だよね!

*こんな詐欺に引っかかりますか

この、パンフレットは立派な「半鐘」だ。鋭い音を鳴らしている。今、無数の鐘の音が必要だ。ジャンジャンジャンジャンジャンジャンと。
(2018年7月8日)

野党共闘候補の健闘がアベ改憲阻止のちからとなる。

本日の朝日時事川柳に、

 勝因は原発隠し安倍隠し(神奈川県 朝広三猫子)

言わずと知れた注目の新潟知事選。5野党1会派(立憲民主党、日本共産党、国民民主党、自由党、社民党、無所属の会)の共闘候補が敗れ、自・公推薦候補が当選した。自公の側から見ての勝因が、「原発隠し安倍隠し」だったというわけだ。

アベ9条改憲をめぐる厳しいせめぎ合いが続く今の時期、与野党対決の選挙結果は、直ちに改憲の動向に影響する。新潟知事選での野党共闘の勝利は改憲反対派に大きな影響を与えるものと大いに期待したが、無念の結果に終わった。

敗れたりとはいえ、両陣営それぞれの得票数は、以下のとおり。
546,670  花角英世(自・公)
509,568  池田千賀子(5野党1会派)
その差3万7000は僅差と言ってよかろうが、負けは負け。その原因を川柳子は、「原発隠し安倍隠し」と言ってのけたわけだ。

今後も、焦点ずらしの「争点隠し選挙」が続くのかも知れない。「アベ隠し」「アキエ隠し」「森友隠し」「加計隠し」「働かせ方隠し」「カジノ隠し」「隠蔽・改ざん・捏造隠し」「忖度隠し」「戦争隠し」「対米追随隠し」「麻生隠し」「セクハラ隠し」…。国民は欺しのアベ政権に対峙している。こんな輩に欺されているわけにはいかない。気をつけよう、オレオレ詐欺とアベ政権。

一方、中野区長選挙は野党共闘派の完勝となった。しかも、自民・公明・維新推薦の現職を破ってのこと。
36,758 酒井直人 (野党共闘)新
27,801 田中大輔 (自・公・維)現

本日(6月12日)の東京新聞に「中野区民 刷新を支持 新区長に酒井直人さん」の報道。同紙によると、「東京23区の区長選で現職が落選したのは、1999年の杉並区長選以来となる。」とのこと。

また、東京新聞は、「多選阻んだ野党共闘」という解説記事を載せている。
「中野区民は「刷新」を選んだ。野党統一候補となった酒井さんが幅広い支持を集め、自民、公明などが推した現職の五選を阻んだ。推薦政党のうち、中心的な役割を担った立民は、枝野幸男代表や地元選出の長妻昭代表代行ら幹部が連日応援に入り、国政選挙並みの運動を展開。独自候補の擁立を見送った共産が支援に回ったことも奏功した。野党共闘の成功に加え、現職の四期十六年の多選批判が追い風となった。酒井さんが元区職員の立場から訴えた「組織が停滞している」との指摘は有権者に対し説得力を持った。」「選挙戦を通じて浮き彫りになった課題の一つが、中野サンプラザを解体し一万人収容の巨大アリーナに建て替えるまちづくり。解体には反対の声が根強くあり、結論をどう導くのか手腕が問われる。」

アベの権威失墜が改憲の動きを阻止する。極右勢力である「アベ一派」以外に、アベ改憲を歓迎している勢力はない。あらゆる選挙での自民の敗退が、アベの権威失墜となり、それが憲法の擁護につながる。アベのいる内、両院に改憲派が3分の2を占めている内が、彼らにとっての現実的な改憲実現のチャンスであり、われわれにとってのピンチなのだ。

だから、一つ一つの選挙での野党共闘の成果が、アベ改憲の阻止につながる。3000万署名の推進と、各地方選挙での野党共闘の健闘、この二つが当面の具体的な課題だ。

ところで、今日の川柳欄。朝日だけでなく、毎日も面白い。

曖昧な記憶でピシャリ否定する(津 ちょちょ)
官邸の柳瀬コーチと安倍監督(千葉 姫野泰之)
セクハラ罪あるなしを問う場合かい?(奈良 一本杉)
改ざんも罪ではないと言い出しそ(射水 江守正)

しかし、この句がよく分からない。

 日本には大嘘つきが2人居る(野田 醤油樽)

2人と言うところがニクイ。アベとアソウ? アベとアキエ? アベとカケ? アベとサガワ? アベとヤナセ? アベとウチダ? それとも、シンゾーとユリコかな。
(2018年6月12日・連続更新1899日))

アベ改憲策動の現段階 ― 改憲阻止に楽観論と慎重論と

自民党の改憲策動は今どうなっているんだい。もう、アベ改憲はとても無理だろう。

いや、それは甘い。新聞に「改憲遠のく」の記事が出ているが、運動体には迷惑な話だ。気を抜いてはならない現状だと思う。

そうかな。常識的にはアベ政権は死に体じゃないか。こんな政権に、憲法改正などという力業ができるとは到底思えない。むしろ、運動の成果に自信をもつべきではないのか。

改憲は、内閣の仕事ではない。改正案の審議も発議も、もっぱら国会の仕事だ。アベの力が衰えても、与党がやる気になればできることだ。9月の総裁選でアベ三選が阻止されても、後継総裁が「アベなきアベ改憲」を強行しないとも限らない。

今、アベが火だるまになっているのは根底に改憲強行姿勢があるからじゃないか。アベが追い落とされれば、次の総裁が誰であれ改憲は仕切り直しで、しばらくはおとなしくするだろう。そのような、硬軟おりまぜた柔軟性が自民党のしたたかさだと思うがね。

アベ9条改憲は、12年4月の「改憲草案」よりは、ずっと妥協し後退したものだ。党内には、これを不満とし「改憲草案」の国防軍案を主張する強硬派も少なくない。アベなきあとも、せめてアベ改憲の実現をと、まとまる可能性を否定できない。

自民党が、そんなイデオロギー政党だろうか。自民党の議員が、憲法が票になると思っているはずはない。景気対策、産業振興、震災復興、雇用や年金、教育費援助、農林漁業支援などの現実的な政策に傾斜せざるを得ないところだろう。

いや、今両院ともに、改憲派の議席が3分の2を超している。党内には、いまこそ千載一遇のチャンスという雰囲気が横溢していると見るべきだろう。

その一方で、今のアベ総裁のままでは選挙は戦えないという声が党内に満ちているとも報じられている。アベのバスに乗り遅れまいと有象無象が群がった時代は夢のまた夢。今は、沈みそうなアベ丸から、みんなわれ先に逃げ出そうとしている図ではないか。

党内には、「この連休で気分が変わる。」「内閣支持率も5月中旬にはV字回復」という楽観論もある。これまで何度もの危機を乗り切ってきたアベのしたたかさを過小評価してはならない。

聞きたいのは、アベ改憲スケジュールの現段階だ。もともとは「2020年東京オリンピックまでに改正憲法施行」で、逆算すると、今通常国会中に国会に「改正原案」を発議し、今年の末までに、国会が「改正案」を国民投票に発議しなければ間に合わない。それが頓挫したということではないのか。

当初予定のスケジュールが、かなり難しくなっていることは疑いない。しかし、頓挫したということではない。

少し、詳しく説明してくれないか。

3月14日に、自民党改憲本部が9条改正案の7案を提示した。この中には、9条2項削除案と存続案が混在しているが、初めから最有力だったのは、「9条1項2項はそのまま残して、自衛隊を憲法に明記する」というアベ提案に沿った、「9条2項を維持して、9条の2に、『必要最小限度の実力組織として、自衛隊を保持』」という案だった。

それでまとまらなかったのか。

3月15日が自民党改憲本部の全体会議だった。細田博之本部長は、一任を取り付けようとしたが、まとまらなかった。第2項維持派が「自衛隊」明記案と「自衛権」明記案に分かれたためだと言われている。ここで、アベの求心力低下が表面化した。

その後に、一任を取り付けたと報道されたんじゃないのか。

3月22日に再度の全体会合が開かれた。報道では、「安倍晋三首相の意向に沿って9条第1項(戦争放棄)と第2項(戦力不保持)を維持しつつ自衛隊の存在を明記する憲法改正について、これまでの有力案から『必要最小限度』を削除する修正案が提示された。会合では修正を支持する意見が多数を占め、同本部は今後の対応を細田氏に一任。細田氏は修正案に基づき条文化を進める。」となっている。確かに、一任取り付けとはなった。

これまでの有力案から、「必要最小限度」を削除すると、「実力組織として、自衛隊を保持する」ということか。

おそらくは、条文としてはこうなるだろうということだ。
「9条の2第1項 前条(註・現行9条1・2項)の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
同第2項 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」

「おそらくは」って、3月25日の自民党大会までに条文案を一本化して、この党大会を具体的な改憲発議に向けての決起集会にするはずだったのだろう。

それが、そうはならなかった。翌日の朝日新聞の一面トップの見出しが、「改憲発議 年内厳しく 支持急落 日程窮屈に」。「党改憲推進本部が急いでまとめた『改憲4項目』の条文案が大会で披露されることはなかった」と報じられている。

改憲テーマは、「9条」・「緊急事態」・「参院選の合区」・「教育充実」の4項目だった。どの項目についても、改憲本部長からの条文化が示されなかったのなら、改憲スケジュール頓挫、ということではないのかね。

いや、今のところは「日程窮屈に」なった程度ということだろう。水面下では、公明党との摺り合わせが進行しているはずだ。

ボクは、3月2日に神風が吹いたと思っている。その日の朝日新聞・朝刊のトップ記事が、森友・決裁書「書き換え疑い」の報道だった。「書き換え疑い」は、すぐに「疑い」がとれ、「改ざん」となった。

その記事がもとで3月27日佐川証人喚問までは漕ぎつけたが、尋問では官邸の責任を否定し、細部は証言の拒否だった。

さらに加計問題だ。愛媛県の文書が出てきて、15年4月2日の官邸での面会が話題となった。これに「首相案件」とあった。さらには農水省、内閣府、文科省から内部文書が出てきた。当時の首相秘書官だった柳瀬が窮地に立たされている。

法的な問題としては、イラク派兵の日報が出てきたことは大きい。1万5000頁もの文書が報告されていなかった。シビリアンコントロールはどうなっているのか。

統合幕僚監部の三佐が、国会前の路上で民進党小西洋之参議院議員の「国民の敵」と罵倒した事件はもっと大きい。こんな、危険な自衛隊を憲法上の組織として位置づけるなど、とんでもないことだ。

このことへの反論として、「憲法に自衛隊の規定も、自衛隊へのシビリアンコントロールの規定もないことが問題だ。憲法に規定すればよい」などという珍論がある。

そして、おまけは財務事務次官福田淳一のセクハラ報道だ。福田の言動もひどいが、麻生の対応が致命的だった。これは、安倍内閣の断末魔の図ではないかね。

アベにとっての起死回生の望みが日米首脳会談だった。結局はなんの土産も持ち帰ることができなくて、安倍外交の失敗が際立つ結果となった。朝鮮半島をめぐる国際問題で、まさしく日本は蚊帳の外だ。

アベが倒れれば、アベ改憲策動はなくなる。アベの失点は、護憲勢力に朗報だろう。

アベが取りこぼして、「オウンゴールでアベ政権が倒れた」ではダメなんだ。改憲阻止の国民運動がアベを打倒したという構図にならなければ、アベ後継の改憲策動が始まることになる。

いま、アベが倒れたとして、これを「オウンゴール」というのは引っかかる。アベを糺弾する運動や言論があってのアベ退陣だろう。アベ改憲阻止とは、何よりもアベ政権を倒すこと。行政を私物化し、隠蔽・改ざん・捏造の、腐敗したアベ政権を糺弾することが今大切だろう。

何よりも、「改憲にこだわっていたのでは、選挙民がアベ自民党を見限る」「改憲論では選挙に勝ち目がない」という世論喚起の運動を高めなければならない。3000万署名を積み上げることが、喫緊の課題だ。

そこのところは異論がないね。いかなる改憲策動も、衆・参どちらかの議院で、護憲派が3分の1の議席をとればよい。今の世論分布なら、護憲野党の共闘で可能となるはずだ。それまで頑張ればよい。

もちろん、そのとおりだ。私は油断せぬよう、楽観せぬよう、世論喚起の運動を押し進めたい。

ボクの方は楽観しながら、市民と野党の共闘が実現するよう運動に参加するつもりだ。
(2018年4月23日)

高校生が書いた「私たちの憲法前文」

まいにち笑っていられる幸せ。
まいにちごはんが食べられる幸せ。
まいにち学べる幸せ。
まいにち安心して眠れる幸せ。
まいにち会いたい人に会える幸せ。
あたり前のまいにちは特別なまいにち。
もしまだ戦争が日本で続いていたら
もしまだ核兵器が使われ続けていたら
今、この瞬間のようにありふれた幸せに溺れることもできていない。
あたり前に感謝しながら
自分が幸せになるための努力をしていきたい。
頭の片隅に幸せになりたくてもなれない人がいることを覚えておきたい。
そうすることで世界が一歩幸せに近づく。
(「ほっととーく・145号」2018年2月3日号より)
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現代の高校生が、社会の理想を憲法に託して、まぎれもなく自分の言葉で書き上げた「私の憲法前文」だ。この前文を書く作業を通じて、自分と社会とが緊密に繋がっていることを明確に再認識したのではないか。自分の幸せは社会のありかたと無関係にはない。平和なくして、あたり前のまいにちはない。

この一文の素晴らしさは、徹底して「個人の幸せ」から出発して筆を進めているところだ。そのことが多くの人々の共感を呼ぶ。笑うこと、食べること、学ぶこと、安心して暮らすこと、自由に人と交際すること、それこそが幸せだ。ここには、国家も、民族も、王様も、党も、家も、神様も出る幕はない。「個人の幸せ」こそが第一義だ。その他の諸々は、個人の幸せのためのもの。そのような確信が、身についているのだ。まずは、そのことを素晴らしいと思う。

この書き手は思いをめぐらせる。「個人の幸せ」に敵対するもの、「個人の幸せ」を根こそぎ奪い去るもの。その危険なものは戦争だ。核兵器だ。「個人の幸せ」には平和が不可欠なのだ。「個人の幸せ」を守る平和への感謝をしつつ、平和を守り抜く努力をしていかねばならない、と。

さらに、思いはめぐる。「幸せになりたくてもなれない人がいる」現実についての認識である。「幸せになりたくてもなれない人」の具体的イメージは、この短い文章からは伝わってこない。

戦火に怯える紛争地域の人々、基地建設と闘わざるを得ない人々、原発被害によって故郷を追われた人々、過労死するまでの労働を強いられる人々、国籍や民族や思想や信仰による差別に苦しむ人々、公害や労災や職業病の被害者。そして、貧困にあえぐ多くの人々。この理不尽はすべて社会が作り出した不幸だ。不幸を作り出した社会が、その自覚と反省によって不幸をなくせないはずはない。

さらには、病気や自然災害や事故に苦しむ人々の不幸には、社会が手を差し伸べなければならない。この社会の理想に向けての一歩が、社会と世界の幸せの実現に一歩近づくということなのだ。

個人の幸せから出発して、個人の幸せの実現のためには世界の幸せが必要と考える。そして、この「前文」を書いた君の言うとおり、「幸せになりたくてもなれない人がいることを自覚しつつの、自分が幸せになるための努力」が世界の幸せを生み出す力になる。そう、1926年に、詩人(宮沢賢治)もこう言っている。
  近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
  世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない

賢治は、
 まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう
と言って散った。
この「前文」を書いた君は、今の世の無数の賢治の一人だ。私も、そうなりたいと思っている。
(2018年2月24日)

光てふ縛れざるもの多喜二の忌

本日(2月20日)は多喜二忌。1933年の今日、小林多喜二は築地署で虐殺された。その葬儀の会葬者も一斉に検挙された。この無念の思い忘れまじ。天皇制権力の暴虐許すまじ。そう思いを新たにすべき日。再びあの暗黒の時代の再来を許してはならない。こんな時代の「日本を取り戻」させてはならない。思想・良心の自由、結社の自由、表現の自由、政治活動の自由の貴重さを銘記しよう。そして、その自由獲得のために闘った先人の気概と覚悟を偲ぶ学ぶべき日。

筆名「575fudemakase」氏のサイトに、多喜二忌を詠んだ俳人の50余句が集められている。転載をお許しいただこう。
http://fudemaka57.exblog.jp/23611557/
なお、下記のURLにも同じ句が集められている。
http://taka.no.coocan.jp/a5/cgi-bin/HAIKUreikuDB/ZOU/SHAKAIseikatu/932.htm#takiji

門外漢の私には、とても取捨選択などできない。全句を転載させていただく。(「かぎかっこ」は出典)
かなしげな犬の眼に逢ひ多喜二の忌 河野南畦 「湖の森」
ごぼりごぼりと今もこの川多喜二の忌 原田喬
てのひらで豆腐切らるる多喜二の忌 関谷雁夫
ふつつりと海の暮れたる多喜二の忌 成田智世子
もり塩に人の世灯る多喜二の忌 佃藤尾
スコップに雪の切れ味多喜二の忌 辻田克巳
タラバ蟹足括られて多喜二の忌 村井杜子
バラバラのパックの蟹買ふ多喜二の忌 斎藤由美
傷ぐるみ漉されしおもひ多喜二の忌 栗林千津
口シヤより蟹船の着く多喜二の忌 吉田君子
吹かれゐて髪が目を刺す多喜二の忌 角谷昌子
咽ぶごと雑木萌えおり多喜二忌以後 赤城さかえ
多喜二忌のあをぞらのまま夜の樅 大坪重治
多喜二忌の全灯点る魚市場 木村敏男
多喜二忌の埠頭に刺さる波の先 源 鬼彦
多喜二忌の夜空に白き飛行船 板谷芳浄
多喜二忌の崖に野鳥の骨刺さり 友岡子郷 「遠方」
多喜二忌の市電に走り追ひつくも 本多静江
多喜二忌の干して軍手に左右なし 長岐靖朗
多喜二忌の星大粒に海の上 菖蒲あや
多喜二忌の毛蟹抛られ糶(せ)られけり 菖蒲あや「あや」
多喜二忌の海真つ青に目覚めけり 木村敏男
多喜二忌の海鼠腸抜かれをりにけり 矢代克康
多喜二忌の焼いても口を割らぬ貝 飯田あさ江
多喜二忌の稿更けわたる廻套(まわし)かぶり 赤城さかえ
多喜二忌の肉食の眼のひかるなり 谷山花猿
多喜二忌の魚は海へ向けて干す 大牧 広
多喜二忌やまだある築地警察署 三橋敏雄
多喜二忌やベストの釦掛け違ふ 二宮一知
多喜二忌や地に嫋嫋と濡れわかめ 大木あまり「山の夢」
多喜二忌や工衣の襟のすりきれし 福地 豊
多喜二忌や焦げ目のつかぬ炊飯器 五十嵐修
多喜二忌や発禁の書を読み返し 遠藤若狭男
多喜二忌や糸きりきりとハムの腕 秋元不死男
多喜二忌や赤き実残る防雪林 佐々木茂
多喜二忌や鈍色の浪くづれたる 大竹多可志
夫若く故郷出でし日多喜二の忌 石田あき子「見舞籠」
指で裂く鰯の腹や多喜二の忌 生江通子
比内鶏噛みしめている多喜二の忌 有賀元子
汽罐車の目鼻の雪や多喜二の忌 平井さち子「完流」
沖どめの船が水吐く多喜二の忌 原田青児
洗ふ皿くきくきと鳴く多喜二の忌 岡部いさむ
海に降る雨横なぐり多喜二の忌 吉田ひろし
煙草火を借りて離任す多喜二の忌 国枝隆生
爪深くインク浸みをり多喜二の忌 鈴木智子
石斧のごとき残雪多喜二の忌 関口謙太
紅梅の夜空がそこに多喜二の忌 原田喬
蟹に指挟まれ多喜二忌の渚 石井里風
蟹缶の赤きラベルや多喜二の忌 有田 文
躍りゆく水の分厚さ多喜二の忌 佐々木幸
錐揉んでてのひら熱き多喜二の忌 伊藤柳香
音のして飯炊けてくる多喜二の忌 森田智子
饅頭に焼ごてを当て多喜二の忌 久保田千

このなかの一句。「夫若く故郷出でし日多喜二の忌」の若き夫とは、石田波郷のこと。あき子はその妻で自身も俳人。多喜二忌を悲惨な思い出とするのではなく、出立や希望に重ねているのだ。

多喜二忌やまだある築地警察署」と詠んだ三橋敏雄は、生年が1920年で2001年に没した俳人。多喜二虐殺の頃には13才だったことになる。

その年代の彼が、戦後に「まだある」と詠んだ感慨はどんなものだっただろうか。「あってはならないものがまだある」「忌まわしいものが厳然と滅びずにまだある」ということだったろう。そして、「まだある」のは築地署の建物だけでなく、戦後も続く権力機構としての警察の恐ろしさではなかっただろうか。

三橋敏雄が「まだある」と詠んだ当時の築地署は多喜二虐殺の現場を残したものであっただろう。何年か前、私も築地署に行きその周囲も見てきた。もちろん建て替え済みの庁舎となってはいたが、築地署の裏門近くには、多喜二の死亡診断書を書いた前田医院が残っていた。ここで多喜二が殺されたのか、現場は思いを深くする力をもっている。

なお、昨年の今日、市田忠義さんのツィートが、朝日の俳壇から次の句を紹介している。
『光てふ縛れざるもの多喜二の忌』(向日市・松重 幹雄)
大串章・選評 「今日は多喜二忌。拷問によって獄死した小林多喜二は時代の光であった。」(今朝の朝日 俳壇)

多喜二忌の今ころは、寒さは厳しくも、光の春。光とは希望だ。権力が人の身体を縛ることはできても、心の中の光てふ希望までは縛れない。
(2018年2月20日)

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