澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

朝鮮半島の平和は困る ― 9条改憲の好機を逃してしまいそう

最近、鏡に映る自分の姿がどうもはっきりしない。後ろの壁がぼんやりと透けて見えるんだ。久しぶりに陽の当たる道を歩いてみたら、自分の影だけが妙に薄いことに気がついた。こんなこと、以前にもあったっけ。そうだ、2007年夏に第1次アベ政権が崩壊したあのあたりのことだ。また胃が痛い。いや腸がキリキリと痛んできた。

内政外交とも八方ふさがりだ。森友・加計・南スーダンだけでない。イラク日報、財務省セクハラ問題で、内政は最悪だ。嘘つき内閣・改ざん政権・公私混同首相・行政私物化総理とさんざんだ。「アベ・やめろ」とうるさくてならない。こんなにまで言われる私には人権はないとでもいうのだろうか。とりわけ、右腕と便りにしてきた麻生さんが、セクハラ次官をかばって火だるまだ。それに、元首相秘書官だった柳瀬が国会で洗いざらいしゃべったら私はいったいどうなることか。どちらも気が気でない。

これまでは、内政の失敗を外交で挽回してきた。安倍得意の外交とさえ言われてきたが、そのメッキが完全に剥げ落ちてしまった。北朝鮮問題こそが私の独壇場だった。トランプ政権と一緒に、ヒトツオボエで「圧力・圧力」「最後までアツリョク」と言ってりゃよかったのだから、楽なもんだった。それで、選挙に勝てたのだから、北朝鮮様々だ。南の文政権に出過ぎたことをするなと釘を刺す役を馬鹿正直に務めていたんだ。

ところが、なんてこった。トランプの奴め、こっそり北と水面下の対話を進めていたんだ。アベの面子など眼中になく、「国際信義よりは中間選挙ファースト」と言うことだった。これまでトランプを「一貫して支持」し、「日米は100%共にある」と繰り返してきたことが、われながら情けなくも恥ずかしい。トランプも金正恩も馬鹿ではなかった。馬鹿を見たのは、私ばかり。今や、トランプが上機嫌で、「南北対話を100%支持する」「アメリカとそのすべての国民は今、朝鮮半島で起きていることをとても誇りに思う」なんて言っている。文在寅の株が大いに上がった。トランプは抜け目なく、習近平まで持ち上げている。私の面目は丸つぶれじゃないか。

さりとて、スネ夫の宿命としてジャイアンには逆らえない。トランプには「拉致問題をよろしく」って、辞を低くしてお願いするしかない。そのお願いはトランプにだけじゃない。南北会談の設定で意気揚々の文在寅にも、頭を下げるしかない。これまで、「最終的かつ不可逆的な合意と言ったろう」などと居丈高な物言いをしてきたように思うんだが、あれは夢の中のことだったのか。

トランプには、頻繁に電話をして日米の緊密をアピールするしかないが、奴はその電話の最中に、ツイートを発信していることがあとになって分かった。私だって、一国の首相だ。あまりに無礼な態度だとは思うが、抗議もできないことがなんとも歯がゆい。

そんなことから、南北会談の前には、「拉致問題が前進するよう、私が司令塔となって全力で取り組む」と言ってみたし、事後には「南北首脳会談はわれわれが決めていたラインにのっとって行われたことが確認できた」と虚勢をはってもみたんだ。こう言わざるを得ない私の立場は、支持者の右翼の諸君には理解も同情もしてもらえるだろうという読みでの発言。右翼以外の「あんな人たち」や「こんな人たち」には、さぞやバカにされることになるんだろうな。だから、キリキリと腸が痛い。

関係国は、みんなそれぞれ主体的に問題に関わっている。中朝首脳会談を皮切りに、南北会談、そしてもうすぐ米朝会談だ。日本だけが蚊帳の外。私の影がうすーくなっている。何とか蚊帳の中に入れてくださいと言わなきゃならないのが癪のタネ。拉致問題の解決には、ピョンヤンに行かねばならないのだが、気が重い。腰も重くなる。うまく行くだろうか。なんと言っても、植民地支配の清算ができていない相手だ。どんな条件を持ち出されることになろうやら。「最終的かつ不可逆的」などと一方的に言って通じる相手ではなさそうだ。

何よりも、思惑外れは北の核やミサイルについての態度の豹変だ。これには心底困った。昨年10月の総選挙は、「国難選挙」と名付けて闘うことができた。与党が勝てたのは、核やミサイルで挑発的な姿勢をとり続けた北朝鮮のお陰だ。Jアラートは頼もしい武器になった。ところがどうしたことだ。南北会談で一気の平和ムードだ。これでは、軍拡の口実もなくなる。防衛予算の拡大もできない。9条改憲進展も棚上げになってしまうではないか。下手をすると、国民世論は、「安倍こそ国難」と盛り上がりかねない。

今こそ、自衛隊増強と改憲の絶好の機会だったはずではないか。「アベのいるうち」「両院の改憲派議席が3分の2あるうち」が千載一遇のチャンスだったはず。このままでは、みすみすとその好機を逃してしまいそうだ。何とかしなければならないが…、よい考えも浮かばない。ああ、腸がキリキリ痛むばかりだ。これが、断腸の思いというものだろうか。
(2018年4月30日)

黙ってはならない ― 天皇制批判にもセクハラにも

4月29日。かつての天皇誕生日で、その前は天長節だった。戦争責任を免れた昭和天皇裕仁が誕生したこの日を選んで、「春の叙勲」受賞者が発表されている。その数4151人。かたじけなく、うやうやしく、天皇から格付けられたクンショウをもらってありがたがっているのだ。

この4151人に、芥川龍之介の言葉を贈ろう。

「軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅の鎧や鍬形の兜は成人の趣味にかなったものではない。勲章も―わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう?」

勲章をもらうのは軍人だけでない。なぜ良い齢をした大人が酒にも酔わずに、勲章をもらったことを人に知られて、それでも恥ずかしげなく往来を歩けるのであろうか。

たまたま、本日の東京新聞9面「読書」に、「沖縄 憲法なき戦後」(古関彰一・豊下楢彦共著)の書評が出ている。表題が、「米軍にささげた『捨て石』」というもの。沖縄を「捨て石」として米軍に捧げた人物、それがほかならぬ天皇裕仁である。

この書評が指摘するとおり、「沖縄に基地が集中したのは地政学上の理由ではなく、そこが『無憲法状態』にあったからだ」「沖縄の運命を決める政策決定の〈現場〉に、当の沖縄は不在だった。」「アメリカにフリーハンドを与えることを提案した昭和天皇の『沖縄メッセージ』の役割は大きい」(評者・田仲康博)。まことにそのとおりだ。今日は、この指摘を噛みしめるべき日だろう。

昭和天皇(裕仁)は、自由なき国家の主権者の地位にあったことだけで、責任を問われねばならない立場にある。のみならず、国の内外にこの上ない戦争の惨禍をもたらしたことについての最大の責任者でもある。さらに、敗戦後には何の権限もないはずの身で、沖縄を米国にささげたのだ。なんのために…。保身以外には考えられない。

そんな人物ゆかりの日に、クンショウもらってニコニコなどしておられまいに。

いま、天皇や天皇制を批判する言論に萎縮の空気を感じざるを得ない。アベやその取り巻きにおもねる言論が大手を振って、権力や権威の批判が十分であろうか。「国境なき記者団」が今月25日に発表した「報道の自由度ランキング・18年度版」では日本は67位とされている。昨年の72位よりも5ランク上げた理由は理解し難いが、43位の韓国や45位の米国の後塵を拝しているのは納得せざるを得ない。

言うべきことは言わねばならない。空気を読んで口を閉ざせば、空気はいっそう重くなるばかり。萎縮せず、遠慮せず、躊躇せず、黙らないことが大切だ。「私は黙らない」と宣言し続けねばならない。

昨日の新宿「アルタ」前での若者たちの『私は黙らない』行動。セクハラ批判に声を上げた彼らの行動を頼もしいと思う。持ち寄られたカラフルなプラカードには、「With You」「どんな仕事でもセクハラは加害」「私は黙らない」などの文字。

ここでも「勇気を出して声をあげる」ことが大切なのだ。一人の声が、他の人の声を呼ぶ。多くの人が声を合わせれば、社会の不合理を変える。「萎縮して黙る」ことは、事態をより悪くすることにしかならない。

集会は「いつか生まれる私たちの娘や息子たちが生きる社会のため、ここから絶対に変えていきましょう」との言葉で締めくくられたそうだ。

安倍や麻生が権力を握るこの時代。ときに絶望を感じざるを得ないが、社会の不当に黙ることなく声を上げる人々がいる限り確かな希望は消えない。天皇や天皇制や叙勲についての不合理の指摘や批判の言論についても、黙してはならない。
(2018年4月29日)

14%アップの韓国最低賃金ー「トリクルダウンを待つ」のではなく、「まずはボトムアップ」の発想

「ひろばユニオン」(発行・労働者学習センター)という労働運動誌がある。その2017年4月号から18年4月号まで、「施行70年 暮らしと憲法」を連載する機会を得た。原則4頁、ときに5頁の紙幅。時々の憲法に関わる話題を語って、1年で憲法の全体像をつかもうという企画。読者と編集者の期待に応えられたかはともかく、締め切りに追われながらも13回滞りなく楽しく執筆できた。

望外なことに、さらに1年連載継続をとの依頼を受けた。今度は、「憲法改正の危うさ」「憲法を破壊する『安倍改憲案』」の表題で、改憲問題の進展にしぼった新シリーズ。こんな執筆の機会をいただけるのはありがたい。

その第1回分掲載の5月号が本日届けられた。4頁分の字数指定だったが、おさまらず5頁となってしまった。その最後が「毎月この改憲問題レポートをお届けし、来年の5月号あたりで、改憲阻止の勝利宣言をもって連載を終了したいものと願っています。」となっている。是非とも、こうありたいもの。

原稿掲載誌として贈られた5月号。特集は、「2018年春闘の成果と課題」。俄然著名になった上西允子さん(法政大学教授)が、「『働き方改革』とどう向き合うか」という連載を担当している。他にも、沖縄問題、ベルギー便り、メーデー事情など充実しているが、最も興味深く読んだのは「韓国最賃事情と労組の活動(上)」という記事。金美珍という人の執筆。

リードが韓国の最低賃金が大幅にアップした。日本と同様に非正規雇用の増大が社会問題となる韓国で、何が起きているのか。そして韓国労組の取り組みは。2回の連載でお伝えする。」というもの。

「社会が注目最低賃金」という小見出しで、こう書かれている。

 韓国ではいま最低賃金をめぐる社会的な関心が高い。過去最大の引き上げ幅(1060ウォン=約100円)を記録した18年度の最賃(時給7530ウォン=約740円)が年明けから適用されたからだ。今回の引き上げによって全賃金労働者の18%、約277万人が直接影響を受けると推定される。主に若年層、60歳以上の高齢層、女性、非正規労働者がこれに含まれる。

えっ? ホント? それはすごい。18年度の最賃(時給7530ウォン)は、17年度の最賃6470ウォンから14%のアップとなる。統計を見ると、2013年以後の日韓両国の消費者物価の変動率は、韓国が若干上回る程度でほぼ変わらない。それで、最賃14%のアップは驚愕すべき数値だ。

東京都の現在の最低賃金は、時給958円。17年10月1日に引き上げられているが、その額26円。率にして2.79%である。韓国の最賃引き上げ率は、東京の5倍となるわけだ。かなり無理な引き上げではないか、との思いが先に来る。社会に歪みをもたらしている面も多々あるのでは。もちろん、雇用の機会を狭めているとの批判も免れないだろう。それにしても、底辺の労働者にはこの上ない朗報。

記事は解説する。
  18年の最賃額はなぜ大幅に引き上げられたのか?
  その背景としてまず、17年に誕生した文在寅(ムン・ジエイン)政権による新たな経済政策パラダイムヘの転換があげられる。当選直後から、文政権は経済不平等の克服を重要な政策課題と提示し、「人が中心となる国民成長の時代を開く」ため「所得主導の成長」を主要経済政策の方向として打ち出した。
  「所得主導の成長」とは、質の良い仕事を提供することで家計の所得と消費を増やし、これが企業の生産と投資の増大、ひいては国家経済の健全な成長につながるという好循環経済のビジョンである。

文大統領は、選挙期から「2020年最低賃金1万ウォン(約1千円)」を公約として掲げ、政権交代後にも「所得主導の成長」の核心政策として最賃引き上げを強調し、家計所得の増大を試みている。

なるほど、アベノミクスとは正反対の発想。大企業と富者が儲かるように経済をまわせば、いずれは底辺の労働者にも、おこぼれがまわってくるというトリクルダウン論はとらない。真っ先に、最底辺の労働者の賃金を押し上げることで経済全体の活性化をはかろうというのだ。日韓、まったく逆の実験が進行していることになる。こんなことは初めて知った。これなら、韓国の民衆は、自分たちの政府、自分たちの政権と考えることができるだろう。日本の大企業が、安倍政権を、自分たちの政府、自分たちの政権と考えている如くに。

  実際、2020年までに「最低賃金1万ウォン」を達成するためには、年平均15.7%ずつ引き上げなければいけない。今回の引き上げは大統領選挙の公約を守るだけでなく、「所得主導の成長」を本格的に展開するために踏み出した第一歩として意味づけることができる。

続く記事によると、実のところこの政策はけっして政権の独走ではない。「最低賃金1万ウォン」の要求は、韓国で高い支持を得て、労働運動の主要テーマとなっているのだという。17年6月には、「最低賃金1万ウォン」を求めるストライキに多くの参加があったともいう。

この記事は、文政権の政策よりは、韓国の労働運動が、なぜ、どのように、「最低賃金1万ウォン」を目指しているかを描いている。

それにしても、われわれは(私は、というべきか)韓国のことを知らな過ぎる。これほどに学ぶべきことが多いにもかかわらず、である。
(2018年4月28日)

「板門店宣言」に、あらためて憲法9条を噛みしめる

先月(18年3月)韓国訪問の印象が強く、南北首脳会談の成り行きには期待をもって注目していた。その期待は裏切られず、本日(2018年4月27日)は歴史的な日となった。今日の日が、軍事緊張から平和へ、北東アジア国際情勢転換の記念日として、後日長く記憶されることを願う。

南の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と、北の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長。最初は多少の硬さもあったようだが、打ち解けて和やかな笑みがこぼれる会談となった。その演出はみごとで、両国の平和と統一への熱意を世界にアピールするものとなった。

あらためて思う。同じ民族の南と北が、何ゆえ骨肉相食むの悲劇に陥ったのだろうか。犠牲者500万と言われる朝鮮戦争は、いったいなんのための殺戮だったのか。本日の両首脳の笑顔を見ていると、過去の歴史が信じがたい。

いいや、「過去」のことだけではない。ヒステリックに、Jアラートで北への警戒を叫んでいたのは、つい先日のことではないか。現実は、願望をはるかに超えた。夢想だったことが、実現しつつある。

また、あらためて日本国憲法9条とその精神を述べた前文とを噛みしめる。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

相手国に対する不信は、自国に対する不信となって返ってくる。憎悪は憎悪を生むばかり。自衛の名による軍備も、互いに相手国の軍備を凌駕しようとして軍拡競争に陥ることになる。これを断ち切るのが、9条の精神ではないか。「平和を愛する諸国民の公正と信義への信頼」こそが平和の根源なのだ。南北の宥和が進展しつつある今、9条改憲などとんでもないことではないか。

本日の会談後両首脳は「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」に署名した。「平和」と「繁栄」と、そして「統一」の文字がまぶしい。

朝鮮半島の「完全な非核化」という目標だけでなく、直通電話での話し合いの継続や、5月1日からの軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布の停止など、具体的な事項も折り込まれている。今秋、文氏が平壌を訪問することも。

最も関心を集めた「非核化」について、「南北は完全な非核化を通じて、核のない韓(朝鮮)半島を実現するという共同の目標を確認した」「南北は半島の非核化のため、国際社会の支持と協力のため、それぞれ努力していく」と明記している。

ところで、恒久的な平和の構築に向けて、「南と北は停戦協定締結65年になる今年、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための『南・北・米3者』または『南・北・米・中4者』会談の開催を積極的に推進していく。」としている。けっこうなことだが、どうやら日本の出る幕はなさそうなのが、気にかかる。

ここは、南・北両国に積極的な外交的接触が必要な局面ではないか。そのときには、憲法9条を持つ国として、平和外交を押し進めていただきたい。9条改憲にこだわる政権では、なんとも権威に乏しいと嘆かざるを得ない。

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「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」

大韓民国の文在寅大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正恩国務委員長は、平和と繁栄、統一を念願とする全同胞の一致した志向を込めて、朝鮮半島の歴史的な転換が起こっている重要な時期に、2018年4月27日に板門店・平和の家で、南北首脳会談を行った。

両首脳は、朝鮮半島ではもはや戦争は起きず、新しい平和の時代の到来たことを8000万わが同胞と全世界に厳粛に闡明した。

両首脳は、冷戦の産物である長い分断と対決を一日も早く終息させ、民族の和解と平和、繁栄の新時代を果敢に作り出しながら、南北関係をより積極的に改善し発展させていかなければならないという確固たる意志を込めて、歴史の地、板門店で次のように宣言した。

1.南と北は南北関係の全面的で、画期的な改善と発展を遂げることにより、分断された民族の血脈をつなぎ、共同の繁栄と自主統一の未来を早めていく。

南北関係を改善し発展させることは、全同胞の一様な望みであり、これ以上、先送りできない時代の差し迫った要求である。

(1)南と北は、わが民族の運命はわれわれ自身が決定するという民族自主の原則を確認し、既に採択された南北宣言とすべての合意を徹底的に履行することにより、関係改善と発展の転換的局面を開いていくことにした。

(2)南と北は高位級会談をはじめとする各分野の対話と交渉を早期に開催し、首脳会談で合意された問題を実践するための積極的な対策を立てていくことにした。

(3)南と北は当局間協議を緊密に行い、民間交流と協力を円滑に確保するために、双方の当局者が常駐する南北共同連絡事務所を開城(ケソン)地域に設置することにした。

(4)南と北は民族の和解と団結の雰囲気を盛り上げていくために、各界各層の多様な協力と交流往来と接触を活性化することにした。

内においては6.15をはじめ、南と北の双方において意義ある日を契機に、当局と国会、政党、地方自治団体、民間団体など各界各層が参加する民族共同行事を積極的に推進して和解と協力の雰囲気を盛り上げながら、外においては2018年のアジア競技大会をはじめとする国際競技に共同で進出し、民族の英知と才能、団結した姿を全世界に誇示することにした。

(5)南と北は民族分断により発生した人道的問題を早急に解決するために努力し、南北赤十字会談を開催し、離散家族・親戚の再会をはじめとする諸問題を協議解決していくことにした。

当面、来たる8.15を契機に離散家族・親戚の再会を進めることにした。

(6)南と北は民族経済の均衡ある発展と共同の繁栄を達成するために、10.4宣言で合意された事業を積極的に推進して行き、一次的に東海線および京義線鉄道と道路を接続して近代化し、活用するための実践的な対策を取っていくことにした。

2.南北は、朝鮮半島で尖鋭な軍事的緊張状態を緩和し、戦争の危険を実質的に解消するために共同で努力してゆくものである。

(1)南と北は、地上と海上、空中をはじめとするすべての領域で軍事的緊張と対立のもととなる相手に対する一切の敵対行為を全面停止することにした。

当面、5月1日から軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布をはじめとするすべての敵対行為を停止し、その手段を撤廃し、今後の非武装地帯を実質的な平和地帯にしていくことにした。

(2)南と北は黄海の北方限界線一帯を平和水域とし、偶発的な軍事的衝突を防止し、安全な漁労活動を確保するための実際的な対策を立てていくことにした。

(3)南と北は、相互協力と交流、往来と接触が活性化されることによるさまざまな軍事的保障対策を取ることにした。

南と北は双方の間に提起された軍事的問題を遅滞なく協議解決するために、国防相会談をはじめとする軍事当局者会談を頻繁に開催し、5月中にまず、将官級軍事会談を開くことにした。

3.南と北は朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制の構築のために積極的に協力していく。

朝鮮半島で非正常な停戦状態を終息させ、しっかりとした平和体制を樹立することは、これ以上先送りできない歴史的課題である。

(1)南と北は、いかなる形態の武力も互いに使用しないことについての不可侵合意を再確認し、遵守していくことにした。

(2)南と北は軍事的緊張が解消され、互いの軍事的信頼が実質的に構築されるのに従って、段階的に軍縮を実現していくことした。

(3)南と北は停戦協定締結65年になる今年、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための南・北・米3者または南・北・米・中4者会談の開催を積極的に推進していく。

(4)南と北は、完全な非核化を通じて核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した。

南と北は、北側がとっている主動的な措置が朝鮮半島の非核化のために非常に意義あり、大きい措置だという認識を共にして、今後それぞれ、自己の責任と役割を果たすことにした。

南と北は、朝鮮半島の非核化のための国際社会の支持と協力を得るために積極的に努力することにした。

両首脳は、定期的な協議と直通電話を通じて、民族の重大事を頻繁かつ真剣に議論して信頼を強固にし、南北関係の持続的な発展と朝鮮半島の平和と繁栄、統一に向けた良い流れをさらに拡大していくため共に努力することにした。

当面して文在寅大統領は、今年の秋に平壌を訪問することにした。

2018年4月27日

板門店
大韓民国大統領           文在寅
朝鮮民主人民共和国国務委員会委員長 金正恩

  (デイリーNKジャパン編集部訳)
(2018年4月27日)

反撃訴訟の傍聴を。次回期日は6月8日(金)午前10時15分・415号法廷 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第130弾

本日(4月26日)の反撃訴訟口頭弁論。光前幸一弁護団長が、反訴原告準備書面(2)の要約を口頭で陳述し、書証を提出した。
次回は、反訴被告がこれに対する反論の準備書面を6月1日(金)までに提出し、次回は6月8日(金)午前10時15分と指定された。法廷は、本日と同様の415号。

なお、本日の期日終了後、弁護団と傍聴者で意見交換をし、議論がはずんだ。本日の準備書面(2)の要約は以下のとおり。

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DHCスラップ訴訟(平成29年(ワ)第38149) 
第5回期日(2018.4.26)

反訴原告の「準備書面(2)」の骨

                     反訴原告訴訟代理人 光前 幸一外54名

1.準備書面(2)は第1から第3で構成されている。

2.第1は、反訴被告の答弁書に対する反論である。答弁書の主張は、前件名誉毀損訴訟は、反訴被告らの敗訴が明らかというようなものではなかったというものであり、其の理由として、主に以下の5点、すなわち、
① 前件訴訟では、反訴原告も、反訴原告のブログにより反訴被告らの社会的評価が低下したことを認めている。
② 前件訴訟において、裁判所は、反訴原告らが主張した訴え却下の主張をしりぞけた。
③ 反訴原告と事前交渉しなかったのは、事前交渉しても応じないだろうし、応じる意思があるのなら、訴訟を起こせば反訴原告はブログを削除し連絡してくると考えたから。
④ 前件訴訟は、請求額が非常識に高額と非難されるようなものではない。
⑤ 前件訴訟は、判断が微妙な事件だった。
といった事由を上げている。
 
これらの点に関する反訴原告の意見は反訴状で既に詳細に述べているが、要約すると、他人の言動を批判する論評がその人の社会的名誉を低下させることがあるのは当然のことで、問題はそのような論評が違法か否かであり、訴え却下と不当・スラップ訴訟の判断要素は異なるから、訴えが却下されなかったことが不当訴訟の責任を免れる十分要件となるものではなく、事前交渉の必要性に関する反訴被告らの主張は、その主張内容こそが、異なる意見の交流を認めない反訴被告らのスラップ性を示すもので、請求額については、およそ認容される余地のない非常識に高額なものであるということに尽きる。さらに、前件訴訟は、反訴被告吉田が週刊誌に公表した言動に対する意見、批判、すなわち、前提事実に誤りのない論評であって、違法性のないことは明らかであったということである。

3.準備書面の第2は、前件名誉毀損訴訟と関連する10件の判決結果に対する、反訴被告らの、およそ真に名誉回復を目指して裁判を提起しているとは思えない不合理的な控訴、上告等の姿勢、あるいは、和解、取下げ同意の態様から、前件名誉毀損訴訟は、裁判による権利回復を目指すものではなく、勝訴の可能性などは歯牙にもかけず、批判言論を力づくで封殺することだけを目的としたものであったことを論述したものである。裁判所におかれては、反訴被告らが、関連事件の全部敗訴事件と実質敗訴の一部勝訴事件において、本件のスラップ性を露わにした対応をしていることに注目していただきたい。

4.準備書面の第3では、前件訴訟が、東京地裁が平成17年3月30日に言い渡した「消費者金融会社武富士」のスラップ訴訟判決と同種のものであること、また、前件名誉毀損訴訟が提起された背景には、反訴被告会社のHPから窺われる反訴被告吉田の異なった意見は反日として徹底的に排除するという信条が根強くあり、今後も同様な事件が繰り返されるおそれのあることを東京MXテレビの「ニュース女子」事件等から論じている。また、本件に関連し、反訴被告らの威圧に屈し、裁判被告となる愚を回避するとして、ブログ記事を削除したあるブロガーの記事も紹介し、前件訴訟や関連訴訟のブロガーに対する威圧効果の一例を示した。
                                     以上
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本日提出の書証に関連して、下記のブログをご覧いただきたい。
ある連載ブログの2014-04-08の記事である。

この時期を確認しておこう。吉田嘉明が渡辺喜美に裏金8億円を交付したことを自ら明らかにしたのが、週刊新潮4月3日号に掲載された「さらば器量なき政治家」という手記。その号の発売が3月26日だった。

私は「週刊新潮」は買わない。が、大手各紙が週刊誌記事をネタに、渡辺喜美批判を重点に記事を書いたのを目にして、大きな違和感を覚えた。
そこで、「憲法日記」に次の記事を書いた。
2014年3月31日 「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判
2014年4月02日 「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻
2014年4月08日 政治資金の動きはガラス張りでなければならない
以上の3本が、名誉毀損として慰謝料2000万円の根拠とされた記事である。これを読み直して、あらためて怒りを禁じえない。これが違法か。これが表現の自由を逸脱しているというのか。

下記ブログは、私と同様に、新潮記事を素材に吉田嘉明を批判したもので、2014-04-08という日付は、提訴対象とされた私の3本目のブログと同じものである。

DHC・吉田嘉明は、4月16日に私を被告とする名誉毀損損害賠償訴訟を提起している。なんの検討もせず戦略もなく、提訴によって一刻も早く批判の言論を抑える意図であったろう。

4月8日の「さらば渡辺喜美」と題する下記ブログは、提訴されていない。提訴の代わりに、2014年8月19日付で「株式会社ディーエイチシー総務部法務課・杉谷義一」による「ブログ記事の削除要請の件について」と標題する通知が届けられている。その結果が下記のとおりとなっている。これは現代の検閲であり、伏せ字である。(なお、△△△△はブログの主宰者名で伏せ字ではない)

さらば渡辺喜美

DHC8億円事件を追及され、みんなの党の渡辺喜美代表が辞任を表明した。議員辞職はせず「一兵卒として出直す」つもりらしい。しかし、政治と金の問題で堕ちた政治家が、再び這い上がるのは極めて困難だ。事実上、政治家・渡辺喜美代は終わった。

つまらない終わり方だ。

△△△△は渡辺代表のことが嫌いだし、アジェンダもボロクソにけなしたし、みんなの党というネーミングにすらケチつけてきたが、一貫して変わらない政治理念だけは高く評価してきた。それが政策と無関係な不祥事で退場とか、自業自得だが残念でならない。

渡辺喜美が復活するには、8億円の使途について詳細を明らかにし、かつ、それが法的・倫理的に問題が無いことを説明せねばならない。辞任と完済でDHCの吉田は許しても、マスコミは微塵も納得しておらず、「説明責任を果たせ」の大合唱だ。

しかし、渡辺代表は金の使い道など公表できまい。8億円はどう見ても裏金で、猪瀬と同様に釈明内容が変化し始めているし、辞任会見で見せた余裕の無い態度からも推察できる通り、表沙汰に出来ないやましい理由があるに決まっている。

本当に清廉潔白ならば、法的に報告・公表義務があろうと無かろうと使途を明かし、金を管理していたという嫁の通帳も公開すれば良い。人生の命運を分ける瀬戸際だ、聞かれずとも自ら率先して説明責任を果たしたいと思うのが人情だろう。

それを法的に問題ないとか調査中とか、説明機会を与えられているのに消極的な態度で逃げ回る様を見れば、これはもう清廉潔白にはほど遠い。あるいは、説明することで別の誰かに迷惑をかけてしまうのかもしれないが、いずれにしろ真っ黒だ。

ただ、一つだけ擁護出来そうなのは、●●●●●●●結いの江田もとんだタヌキと言うことだ。事件発覚後、渡辺代表は江田の謀略を主張して失笑を買ったが、あれはあながち嘘とは言い切れない。江田と、●●●●●●●による陰謀は十分考えられる。

渡辺代表の辞任発表後、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

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さらに、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

「お金をきれいに返済したうえで党首を辞任したという行為は立派。」
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「辞任は誠意として認めてやる。」
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金を返しても、詐欺行為自体の罪は消えない。「盗品を返せば無罪放免」なんてあり得ないだろう。8億円は大金だ。●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●。

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事態は目論み通りに進行しているが、もし渡辺代表が自暴自棄になって、洗いざらい暴露されたら困る。●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●。本件の裏舞台はそんなところではなかろうか。

まあ、証拠も無しに妄想を膨らましても仕方ないけれど、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●、無関係を装い冷笑を浮かべる江田を見ていると、どうにもこうにも胸くそが悪くなるのだ。

他党が醜い政局争いを繰り広げ、政策をコロコロ変える中で、みんなの党は結党以来政策理念を守り、ジリジリと、しかし確実に支持を伸ばしてきた。個人商店だ独断専行だと批判も浴びたが、おかげで高いガバナンスが維持された。渡辺代表の功績だ。

渡辺代表の辞任を受け、みんなの党は後継者の選定に入っている。しかし、みんなの党は名実共に渡辺喜美の党で、他の人間では政策も党も守れまい。その他野党の仲間入りだ。浅尾?、無理無理(笑)。良くも悪くも渡辺喜美の代わりなどいない。

重ね重ね、こんなくだらない不祥事で渡辺代表が退くのは残念だ。難しいだろうけれど、いつかまた表舞台に戻り、政策で△△△△を熱くさせてほしい。

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現代の伏せ字は、恫喝によってもたらされた。その恫喝とは、「株式会社ディーエイチシー総務部法務課・杉谷義一」による「ブログ記事の削除要請の件について」と標題する通知である。2014年8月19日付の文面は以下のとおりである。

「ブログ記事を削除していただきたく、貴殿にご連絡いたします。
 今般、貴殿は、本ブログ記事において、全体として弊社代表者(註・吉田嘉明)を侮辱し、また、自ら「証拠もなしに」と何らの調査・取材も行っていないことを認めながら、弊社代表者が、「強烈な保身意識」のもとで渡辺議員を「警告、恫喝、口止め」している、「吉田のコメントは、念には念のヤクザの恫喝ではないのか」などと平然と書き、そのような人物が代表取締役会長をつとめている弊社(註・DHC)の社会的評価を低下させ、弊社の名誉を著しく毀損しています。
 貴殿が記事の削除に任意に応じて頂けない場合には、やむなく法的対応を検討せざるを得ませんので、できましたらそのようなこととならないよう何卒宜しくお願い致します。なお、本ブログ記事同様に、弊社代表者および弊社の名誉を毀損し或いは侮辱する記事を掲載した他のブログにおきましては弊社の指摘により記事の削除をして頂くことで円満解決しておりますことを、念のためお伝えしておきます。」

この通知を受けた同ブログ主宰者は、わざわざ「本ブログが(株)DHCから恫喝を受けました」と標題する記事を掲載して、DHCからの記事削除要請に不愉快を明言し、当該の記事が「訴訟を起こされて多額の慰謝料を支払う判決が下される様なエントリーとは思えない」と考えつつも、「現実問題として本当に裁判を起こされかねない」との判断のもと、「一時的削除」という判断に至っている。そして、伏せ字にして残すという対処を思いついたのだ。

スラップは、被告とした者の言論の自由を侵害するだけでなく、被告以外の論者の言論を萎縮させ、封殺している。DHC・吉田嘉明と、「総務部法務課・杉谷義一」による「ブログ記事を削除していただきたい」との通知の威嚇力は、スラップの提訴があって初めて可能となる。このブログの禍々しい伏せ字は、そのことをよく表している。
(2018年4月26日)

医師・医療者の皆様へ ー 患者側弁護士の立場での訴え

私も、依頼を受けて講演をする。月に1度、ときに2度というペース。テーマは、ほとんどが憲法・改憲・平和・靖国・政教分離・「日の丸・君が代」・司法制度・天皇制…、そしてDHCスラップ訴訟。どんな講演のときにも、アベ改憲阻止の運動への参加を呼びかける。そして、忘れずに「DHCの製品を購入しない」よう実践をお願いする。それが、民主主義を守ることになるからだ。

一昔以前には、消費者問題での講演依頼が多かった。弁護士として具体的に携わる消費者問題を通して見えてくるこの経済社会の具体的な矛盾。それをを語って、賢い消費者の選択と行動が、より暮らしやすい世の中を作ることになると訴えるもの。それなりに有益なものだったと思う。いま、「賢い消費者として、DHC製品の購入はやめましょう」と呼びかける素地は、40年来の弁護士活動で培われたものなのだ。

もう一つ。10年前に肺がんの手術で体力を消耗する以前は、医療問題についての講演依頼も少なくなかった。患者側専門で医療訴訟に携わる弁護士として見えてくるものをお話しすることは、自分なりに有意義なものとの自負があった。

書類を整理していたら、たまたま、医療者に向けての講演のレジメが出てきた。10年前の2008年3月10日という日付。私は、その2週間後の24日に国立がんセンター東病院に入院して、26日に右肺上葉切除の手術を受けている。この講演は、手術直前のことだった。

このときの肺がんが私の人生最大の罹病。診察・診断・インフォームドコンセント、そして入院・手術。自らが患者の立場で医師・医療従事者と接する体験をした。その時期ならではの、切実に親切でよい医師・医療機関を望む気持での講演だったと思う。
そのレジメを、以下に全文掲載する。
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2008年3月10日

医師・医療従事者の皆様へ

 医療者が患者・家族とのより良い関係を築くには
   ー患者・家族は医療に何を望むか、
    患者の権利、医療の法律論についてなどを含めて

誰もが患者になります。
あなたも私も‥。
医師も看護師も‥。
患者・家族は、医療従事者に命を預けます。この上なく重く大きな責任と期待を背負う任務にふさわしく、医療従事者は感謝と敬意の対象となり、生き甲斐も生じます。すべては、患者の願いに応えるゆえに‥。
より良い医療は、すべての患者と家族の願い。
私が望むより良い医療とは、患者の人格が尊厳あるものとして遇されるというものです。
もっぱら患者の立場で法廷に立つ実務法律家として、「患者の人格を尊重された医療」についてお話しをさせていただきます。

1 法というものの基本的な考え方
法は弱者のためにある ー  法の存在意義
強者は法の規制を嫌い、弱者は法による保護を必要とする。
法は、個人の生命と健康を至高の価値と考える ー 人権という法思想
法は良識を反映するー法解釈の基本  良識(≠常識)=社会通念+理念
2 消費者問題の一分野としての医療
人の暮らしは消費生活として営まれ、すべての人が消費者となる。
消費者は生活の安全と快適を事業者の提供する商品と役務に依存する。
消費者に対する事業者の責任の根拠
力量の格差・非対等性(巨大企業対一個人)
形式的平等→実質的平等の原則
専門性 商品役務の高度化   買い手注意→売り手注意
危険性 薬品・食品・製品  無過失責任を基本とする製造物責任法
報償責任   利益あるところ責任もある。
医療においても、医療機関(事業者)と患者(消費者)とは非対等。
専門性と危険性は際だっている。
3 医療を規律する法の2系統
公法ー行政取締の法 厚労省・保健所
医師法・歯科医師法・保健師助産師看護師法・医療法
・薬事法・薬剤師法‥‥ 刑法・特別刑法
私法ー医療機関と患者との関係を契約として把握する。
どんな内容の契約で、どのような債権債務を発生するか。
*医療機関の権利(患者の義務)
報酬請求権・診療への協力を求める権利
*患者の権利(医療機関の義務)
法律で細かく決められているわけではない。
大まかな法原則と社会の良識に基づいて、判例として形成される。
説明を求める権利・情報の開示を求める権利
臨床医学の水準に基づく安全のための最善注意義務・万全注意義務
4 医療機関(医師)の診療における義務の特殊性
結果債務(与える債務)ではなく、手段債務(なす債務)である。
診療経過における医師としての注意義務違反→過失
過失とは臨床のセオリーとして、
してはならないことをしてしまった(作為態様の過失)
しなければならないことを怠った(不作為態様の過失)
5 法は判決で実現される
患者の権利が侵害されて損害が生じたときに、損害賠償請求訴訟となる。
患者が提訴によって求めるもの
事実の解明
謝罪
生活保障
義憤・公憤
患者の死を意義あらしめること
6 何よりも大切なものは医療者と患者の信頼関係の形成
そのためには、医師・医療従事者としての技量への信頼
情報の開示・十分な説明による信頼
不信の要素としての3つの壁 専門性の壁
密室性の壁
「組織の論理」の壁
患者の求める医療水準と、医療機関の意識とのギャップ
患者と共同する医療
インフォームドコンセント(患者の自己決定権を十全ならしめる基礎)
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レジメだけでは、言わんとするところが必ずしもよくは分からない。しかし、雰囲気程度は伝わるものと思う。最後の「患者の求める医療水準と、医療機関の意識とのギャップ」について、詳しくお話しした記憶がある。「医療者と患者が共同する医療」、具体的には「インフォームドコンセントのあり方」が最重要問題となる、ということだったはず。

過不足なく、十分なお話しができただろうか。医療者の皆さんに、患者の気持ちが届けられただろうか。講演のたびに悔いは残る。
(2018年4月25日)

「落とし前をつけます」と宣告して始められた、議員に対するスラップ訴訟

遅ればせながら、「高須クリニック」(高須克弥院長)の大西健介衆院議員に対する名誉毀損訴訟の提訴について取り上げたい。昨日(4月23日)原告高須側に敗訴の判決言い渡しがあったとの報道だが、この判決の内容は、あまりに当然の「陳腐」なものとして論評に値しない。注目しなければならないのは「判決」ではなく、もっぱら「提訴」の事実である。もちろん、訴権濫用の提訴という観点からの注目である。なぜ、こんな事案で提訴までなされたのか。

信頼できるメディアが以下のとおり報道している。
「美容外科『高須クリニック』を運営する愛知県西尾市の医療法人が、大西健介衆院議員(希望)の発言が名誉を毀損したとして、大西氏と当時所属していた民進党などに計1千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は23日、請求を棄却した。
 判決によると、大西氏は昨年5月17日の衆院厚生労働委員会で、美容外科の広告規制問題に触れ「『イエスまるまる』と連呼するだけのCMなど非常に陳腐なものが多い」と発言した。
 河合芳光裁判長は、発言は高須クリニックを指していると指摘したが「直接評価を加えたものではなく、社会的評価を低下させるものではない」と判断した。(毎日新聞)

議員の院内での発言をとらえての提訴も乱暴極まるが、所属政党を被告にしたことはさらなる驚愕というほかない。議員の発言に対する請求の根拠は不法行為(民法709条)であろうが、所属政党に対してはどのような構成をしたのだろうか。使用者責任(715条)なのか、それとも共同不法行為(719条)か。いずれにしても、およそ原告側に勝訴の見込みがない。のみならず、良識ある社会人においてこのような訴訟は提起すべきではないのだ。議員や政党が、厳重に抗議をしないのが不思議である。

何よりも、名誉毀損とされた大西議員の発言は、議院(衆院厚生労働委員会)での演説または討論に当たる。仮に、その発言内容に、刑事・民事の違法があったとしても、責任を問われることはない。憲法51条は、「両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。」と規定するからである。

国会議員が、議院において自由に発言を行うことの保障がなければ、その職責を全うすることができない。院内における言論の自由を手厚く保障することによって、議員の自由な活動を促進し議会制度の適正を確保しようとする制度の趣旨である。

もちろん、不適切な議員の発言があれば、言論による反論は保障されている。議員のレイシズムにもとづく発言や、セクシャルハラスメントによる人権侵害には、断固言論で反論すればよい。高須クリニックは十分に言論による反論の力量を持っているではないか。

少し長くなるが、大西議員の当該の発言は後掲のとおりである。極めて真っ当であり、真摯な姿勢でもある。一見して、特定の医療機関や医師を攻撃の対象としたものではないことが明白である。美容整形外科診療という、消費者問題でもあり医療問題でもある特殊な分野において、現実に増大している患者・消費者の被害を、どう防止するかという観点からの法改正について有益な議論を展開している。むしろ、立派な質疑をしていると称賛してもよい。

大西議員の発言に、高須クリニックの名前は出てこない。問題の個所は、前後を端折ると分からなくなるので、まとまった文章として引用する。

  一方で、医療分野においては、先ほど言ったように、原則広告が禁止になっていて、非常に限定的な事項しか広告することが認められていない、医療機関名であったり、連絡先であったりということでありますので。だから、非常にCMも陳腐なものが多いんですね。
  皆さんよく御存じのように、例えば、イエス○○とクリニック名を連呼するだけのCMとか、若い女性が、〇一二〇で始まる電話番号とクリニックの名前を言いながらごろごろごろごろ転がっているCMというのを皆さん見たことがあるというふうに思います。あるいは、テレビでおなじみのニューハーフタレントが音楽に合わせて踊りながら○○美容外科というのをずっと言い続ける、こういうCMがよく見られるんですね。
  選挙でも、我々、名前の連呼というのをやります、名前の連呼というのを。確かに、知らない人の名前は書けませんから名前連呼するわけですけれども、ただ、名前連呼だけだったら、その候補者が何を考えているのかもわからない、誰に投票していいのかわからないということがあります。
  そういう意味では、こうしたクリニックの名前とか電話番号だけを連呼するこういう広告というのは、患者が医療機関や治療方法を選択する上では私は有用なものではないというふうに思うんですけれども、こういう広告というのは非常に陳腐だと思いますけれども、大臣はどのように思われますでしょうか。

 「たとえば、イエス○○」との言及は、消費者にとって適正な選択をするのに有益な宣伝広告はいかにあるべきかという議論のためで、これが名誉毀損となるとは、言いがかりも甚だしい。

ところで、社会には、特定の職業人に対する特定のイメージがある。政治家・官僚・教師・宗教者・文筆家・スポーツマン、それぞれである。弁護士のイメージはあまり良くはなかろうとの自覚はある。医師の職業人としてのイメージは、ヒポクラテスの誓詞を胸に収めている人ではないだろうか。教養人で軽挙妄動せず、患者第一と考えている人というのが、少なくとも私のイメージ。そのような多くの医師を見てきてもいる。

しかし、高須克弥という人物は、そのような医師のイメージからはほど遠い。ネットを検索すると、彼の提訴当時の発言が残されている。

 明日、顧問弁護士に連絡しておとしまえをつけます。ただでは済まさせません」

「今、顧問弁護士に民進党中西健介(ママ)議員に対して提訴するよう指示したぜ。」

 「売られたら買います。僕はアホで馬鹿です。喧嘩強いです」

 「ホテルニューオータニに顧問弁護士の伊藤先生に来てもらって作戦会議終了。 明日の朝、民進党大西健介議員と連坊(ママ)代表を提訴するぞなう」

  いったいこれが、人の命と健康を預かる医師の発言だろうか。本当に、いついかなるときでも冷静であることを要求される医療従事者の言なのだろうか。信じがたい思いである。おそらく、彼は、当日の厚生労働委員会の議事録に目を通していない。

「顧問弁護士の伊藤先生」なる人物がこの事件を受任したようだ。医師もいろいろあるように、弁護士もいろいろである。
先年、私がDHC・吉田嘉明から、スラップを仕掛けられたとき、たまたま逢った同期の弁護士に顛末を説明した。二弁の会長経験者である彼がこう言ったのが印象的だった。

「澤藤君。その手の訴訟は、僕なんかには何件も依頼がある。『悔しいから、慰謝料を請求したい。負けてもいいから引き受けてくれ』というんだな。もちろん一応は話しを聞いて、辞めた方がよいと説得する。もっと不愉快な思いをすることになりかねないとね。でも、どうしても聞き入れてもらえないときは、『僕はそういう弁護士ではない』と言って断るんだ」

高須クリニックの提訴に勝ち目はない。にもかかわらずの提訴には別の目的があったとしか考えられない。

 「弁護士に連絡しておとしまえをつけます。ただでは済まさせません」「売られたら買います。喧嘩強いです」という発言は、自らに対する批判を許さないという発信である。これが、批判の言論の萎縮を狙ったスラップである。「自分を批判すると面倒なことになるぞ」と恫喝する者に対する批判の言論に萎縮があってはならない。
(2018年4月24日)
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大西議員の発言は、2017年の第193回通常国会に提出された「医療法等の一部を改正する法律案(内閣提出第57号)」審議をめぐる厚生労働委員会でのもの。

問題とされた発言は5月17日のものだが、19日の議事録で、消費者委員会事務局長黒木理恵の答弁が、美容医療サービスの問題実態を簡明によく説明しているので、まずこれを抜粋する。

医療法等の一部を改正する法律案(内閣提出第五七号)
http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku%20/009719320170519021.htm

消費者委員会事務局長黒木理恵君
○黒木政府参考人 お答え申し上げます。
消費者委員会では、委員御指摘のとおり、平成二十三年の十二月二十一日に、エステ・美容医療サービスに関する消費者問題についての建議を発出しております。その中で、美容医療サービスに関しましては、不適切なインターネット上の表示の取り締まりの徹底及び美容医療サービスを利用する消費者への説明責任の徹底等を求めたところでございます。
これを受けまして、厚生労働省では、ガイドラインを策定される等、一定の対策を講じられたものの、全国の消費生活センターに寄せられました美容医療サービスに関する相談件数は、平成二十三年度の約千六百件から平成二十六年度には約二千六百件に増加をいたしまして、対策の効果は十分とは言いがたい状況にございました。
このような状況を踏まえまして、消費者委員会において美容医療サービスに関する問題を再度調査審議いたしましたところ、消費生活センターに寄せられた美容医療サービスに関する相談事例において、そのきっかけとなった広告媒体がインターネット上のホームページなどの電子媒体が最も多く、その割合も平成二十三年度に比べ高まっていることや、美容医療のホームページにおいてガイドラインが遵守されていない事例が見受けられること、また、美容医療の事前説明同意に際して、あたかもリスクが少ない施術と勘違いさせるような説明等が見受けられることがわかりました。
そこで、これを踏まえまして、二十七年七月七日に、医療機関のホームページを医療法上の広告に含めて規制の対象とすること、少なくとも、医療法等で禁止されている、内容が虚偽にわたるものあるいは誇大なもの等についてはホームページについても禁止すること、また、消費者がリスクなどを正しく理解した上で施術を受けるかどうか判断できるよう、患者の理解と同意を得た上で施術を行うこと、説明を適切に行うこと等について建議を行ったところでございます。

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名誉毀損とされた大西議員の5月17日発言は、多岐にわたっているが、当該部分の前後だけを抜粋して紹介する。これだけでも、美容医療業界の問題点がよく出ている。全文は、下記URLをご覧いただきたい。

http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku%20/009719320170517020.htm

○大西(健)委員 民進党の大西健介でございます。
テレビで盛んにCMをしている超有名な美容クリニックの医師のブログの中に次のような記述がありました。
最近は、美容クラークと呼ばれる専門のカウンセラーを雇っているクリニックも多く、美容クラークは個室で患者様と二人きりになって時間をかけて話し、括弧、これを専門用語でクロージングといいます、料金や効果の高い治療を受けるように説得し、場合によっては医療ローンを組ませるように促します。美容クラークさんは、生命保険の勧誘、セールスレディー出身の人が多く、人心掌握術にたけ、言葉巧みに勧めてきます。生命保険の勧誘と同じで、成約させた治療代金の何%かがインセンティブとして歩合給になるので、患者様の幸せよりも自分の利益を優先し、必死に勧めてきます。
これは実際にブログに書いてあるんです。有名な、テレビにも出ている美容クリニックの医師の先生が書いているブログです。その人は、うちはそういうことはやっていませんよということを書いているんですけれども。
消費者被害のパターンを実際に見ましても、無料カウンセリングを受けたらいろいろと強引に説得されて契約するまで長時間拘束されたり、廉価の、安い手術を受けるつもりだったのが、あなたの場合はこのコースでは効果が出ませんよと言われて、説得を受けて、オプションを追加するなど高額な契約に誘導されるというケースが多く見られるということであります。
私は、この後議論する広告のあり方もさることながら、こういう勧誘のあり方に問題があるのではないかというふうに思っていますが、こうした不当な勧誘行為に何らかの規制を行うことはできないんでしょうか。

○神田政府参考人 お答えいたします。
インフォームド・コンセントにつきましては、先ほど申し上げましたように、医療法に基づきまして、医師、看護師等の医療の担い手が医療提供するに当たっては、適切な説明を行って、医療を受ける者の理解を得るように努める旨、規定をしているところでございます。
厚生労働省では、美容医療サービス等の自由診療におけるインフォームド・コンセントの取り扱い等について通知等を発出いたしまして、医療を受ける者の適切な選択を阻害することがないよう、実施しようとする施術の有効性、安全性、費用等について説明しなければならないというふうにするとともに、虚偽、誇大な情報を用いて説明してはならないというふうにいたしております。
それから、その中では、美容医療というのは即日施術をしなければならないというものではございませんので、即日施術を強要する等の行為は厳に慎むべきであるということもお示しして、指導をしているところでございます。
厚生労働省としては、個々の事例について問題があれば、地方公共団体と連携をして、行政指導等の適切な対応を行っていきたいというふうに考えております。

○大西(健)委員 ちょっと何か答弁が私はずれているような気がしますけれども。
言っているのは、まさに部屋に閉じ込めてなかなか出してくれない、契約をするまで、あるいは、初めは安いものを受けるつもりで、あるいは無料カウンセリングを受けるつもりで行ったのが、どんどんオプションを追加したらどうですかと説得される、こういうやり方がおかしいんじゃないかということなんです。
これは、先ほどの特商法の改正が今検討されているということでありますけれども、そうなれば、クーリングオフや中途解約と同時に、こういう不当な勧誘行為も私は特商法の方で問題になるんじゃないかというふうにも思いますので、そこは消費者庁と連携をしてしっかりやっていただきたいというふうに思います。

さて、広告の話にちょっと入っていきたいと思うんです。
今回の医療法では、医療に関する広告規制の見直しが含まれているわけですが、そもそも医療分野は人の生命身体にかかわるものであり、また専門性が高いということで、広告が原則禁止のような非常に強い規制がかかっているということであります。
ただし、美容医療というのは、今、医政局長の答弁の中にも少しありましたけれども、普通の医療とはちょっと違う。つまり、何かすぐ治さないといけない病気があるわけじゃなくて、客観的な医療の必要性ではなくて、患者の主観的な意向に沿って施術が行われる、また、結果についても、きれいになったかどうかは患者の主観で決まる、また、美容医療を受けたことがある人は普通は他人には余り自分から言いませんから、私、美容医療を受けたのよというのは、ですから、口コミというのが余り機能しない、それから自由診療であるので非常に金額が高くなる、こういういろいろな特徴が医療の中でも少し違うんだろうなと。だから、派手な広告であったり、強引な勧誘による集客行為が行われやすい傾向があるのではないかというふうに思います。

一方で、医療分野においては、先ほど言ったように、原則広告が禁止になっていて、非常に限定的な事項しか広告することが認められていない、医療機関名であったり、連絡先であったりということでありますので。だから、非常にCMも陳腐なものが多いんですね。

皆さんよく御存じのように、例えば、イエス○○とクリニック名を連呼するだけのCMとか、若い女性が、〇一二〇で始まる電話番号とクリニックの名前を言いながらごろごろごろごろ転がっているCMというのを皆さん見たことがあるというふうに思います。あるいは、テレビでおなじみのニューハーフタレントが音楽に合わせて踊りながら○○美容外科というのをずっと言い続ける、こういうCMがよく見られるんですね。

選挙でも、我々、名前の連呼というのをやります、名前の連呼というのを。確かに、知らない人の名前は書けませんから名前連呼するわけですけれども、ただ、名前連呼だけだったら、その候補者が何を考えているのかもわからない、誰に投票していいのかわからないということがあります。

そういう意味では、こうしたクリニックの名前とか電話番号だけを連呼するこういう広告というのは、患者が医療機関や治療方法を選択する上では私は有用なものではないというふうに思うんですけれども、こういう広告というのは非常に陳腐だと思いますけれども、大臣はどのように思われますでしょうか。

○塩崎国務大臣 テレビコマーシャルで、今お取り上げをいただいたようなのを私も見たことがございますけれども、医療法の広告規制の対象にテレビコマーシャルについてもなっているわけで、医療機関の名称については現行の広告規制において広告可能な事項ということに一応なっています。

現行の広告規制の範囲内でいかなる広告を行うかというのは個別の医療機関の判断でありますけれども、そこはどういう、何というか矜持を持ってやっているのかということがそこに出るものでありますので、法律に触れていない限りはやってはいけないということにはならないんだろうなと思いますけれども、それと少し違う価値観はあり得るというふうに私も思っております。

○大西(健)委員 私はバランスが悪いと思うんですよね。

だから、一方では電話番号と名前しか連呼しない。でも、これで今回法改正が入るわけですけれども、ホームページに行けば今はホームページはもう全くフリーになっている。あるいは、後で言いますけれども、では、チラシとか、雑誌に掲載されている広告とか、フリーペーパーに出ている広告というのはどうなのかというと、これはもうまたひどいものなんですよ、後でこれは指摘しますけれども。

ですから、これは何か、ある部分で非常に厳しくしているんだけれども、その分何か別のところで非常にゆがみが生じてしまっている。

ですから、さっき言ったように、本来は、患者さんが治療方法とかクリニックを選択する上で有用な情報であれば私は別にテレビCMでも流してもいい。ただ、先ほど来言っているような、間違った誘引をするようなとか虚偽のとか、そういう内容についてはしっかりチェックをかけていかなきゃいけないけれども、今言ったように、ある部分ではすごく厳しくしているからクリニック名だけ言っているんですけれども、ある部分ではめちゃくちゃやっているわけですよ。このアンバランスというのを、大臣、どのように思われますか。

○塩崎国務大臣 なかなか難しい問題だと思いますが、やはり誇大広告とか明示的にやってはいけないことをやっていない範囲内でいろいろなことを考えておやりになっている方がおられるんだろうというふうに思いますが、そこのところをどう規制するかというと、やはりなかなかそう、違法なことをやっていない限りは規制がしづらいというのが実態で、それを見てどう思うかということは、いろいろあろうかというふうに思いますので。

実態として、人を間違った方向に引っ張っていくようなことがあればそれは当然規制をしなきゃいけないことになろうかと思いますが、そうではない範囲内であれば、なかなか直接的な規制を加えるというのは難しいのかなというふうに思っているところでございます。

○大西(健)委員 私はやはり個人的にちょっと規制の仕方を見直した方がいいんじゃないかなと思っているんですね。

というのは、派手なテレビCMを流すことで名前を刷り込みして、テレビCMでもやっているあの大手だから大丈夫というように信じ込ませるという、これはブランド戦略だと思うんですけれども、それは、できるところはばんばん金かけてやるわけですよ。ですから、これがちょっとゆがんでいると思うんですね。

この派手な宣伝広告には当然多額の費用がかかります。

例えば、これもちょっとあれですけれども、あるものに書いてあったんですけれども、スーツ姿の医師たちが、好きな言葉は向上心です、好きな言葉は感謝です、私たちは○○美容外科のクリニックのドクターです、こういうことを言っている、またこれは意味不明のCMなんですけれども、ここは、月、放映料に四千万かけている。これだけの金がかけられているわけです。それで自由診療ですよ。

ですから、美容クリニックでは売上高に対する宣伝広告費が三〇%から多いところでは五〇%に達する、こういうふうな指摘があります。こうした多額の費用をかけてこれを回収しようとするから、無理な勧誘だとかさまざまなトラブルが生じるその要因になっているんじゃないかというふうに私は思います。

この点、売上高に占める宣伝広告費の割合について、美容クリニックのまず実態調査、今私が指摘したみたいに、いろいろなものを調べると、売上高の三〇%から五〇%、それぐらいの割合を広告費にかけているという話がありますけれども、本当にそうなのか。まず、これは実態調査していただきたい。その結果、もしそういうことがあるんだったら、私が言ったように、それだけ宣伝広告費をかけたらそれを回収しようとするわけですから。ですから、必要があれば広告費の総量規制とか、そういうやり方もあるんじゃないかというふうに思いますが、いかがでしょうか。

○神田政府参考人 広告宣伝費について実態調査をしてはどうかということでございますけれども、使途を規制するということについてはなかなか難しいのではないかと思いますけれども、美容関係の団体の連絡会をつくりまして、私ども、規制の周知ですとか、そういう取り組みを進めていきたいというふうに考えておりますので、そういった関係団体を通じて、どれぐらい広告宣伝費をかけているのかということについては調査をすることは可能かと思いますので、そういったルートを通じて把握について検討したいと思います。

○大西(健)委員 よく病院の経営実態調査とかをやられるわけじゃないですか。ですから、私は、ぜひ、美容医院がどれだけ広告宣伝費を使っているのか、これを一回調べてみたらいいと思いますよ。ぜひやっていただきたいというふうに思います。

テレビCM以外でも、折り込みやポスティングのチラシ、週刊誌やフリーペーパーなどに掲載された広告なども、当然のことですけれども、医療広告の規制の対象になっています。でも、さっき言ったように、テレビのCMは名前と電話番号しか言わないけれども、この今からお話しする週刊誌とかフリーペーパーに載っている広告というのは、これはもう大変野放しの状態だと私は言っていいと思います。

きょう、私、ここに女性週刊誌、それからうちの地元で普通の店に置いてあるフリーペーパーを持ってきましたけれども、この中を見ると、さまざまな美容医療の広告が打たれているんですけれども、そのうち幾つかを皆さんのお手元に資料としてお配りしました。

まず、資料のちょうど一枚目の裏ですけれども、これは週刊女性に掲載されていた広告ですけれども、ここに書いてあるこの「アクアミド注射」というのは、そもそも法律の承認を得た治療法ではないので書けないんです。「九九%の人が非常に満足」、こういう客観的な根拠に欠ける記述もできないはずであります。あるいは、「糸リフト」「片側一本で二歳ぐらい」「片側三~四本入れれば六~八歳」「片側五本入れれば十歳ぐらい若く見えるようになる」、これも主観的な話なので書けないんです。

それから、次のページ、次の広告、これは私の地元のグルメ情報とかが書いてある普通のフリーペーパーです。これに入っていた広告ですけれども、これは先ほどの、女性がぐるぐる床を転がる派手なCMをしている、全国に二十七院を展開している大手の美容医院の広告ですけれども、これは、違反表示のオンパレードですよ。丸をつけたところを見てください。

まず、一番上に豊胸手術、「豊胸術」のやつが載っていますけれども、それ以外にも全部ビフォー・アフターの写真が載せてあるんです。これはやっちゃいけないことになっているんです。しかも、これは、きのうちょっと聞いてみたら、この胸のところがきらきらっとしているんですけれども、こういうのもだめだそうです。こういうのもだめだそうです。

また、あちこちに「口コミサイト」「愛知県」「第一位」という優良性を示す記述があります。これもだめです。それから、「ヒアルロン酸注入法」「バストアップ」とか「サーマクールCPT」、これも承認を得ていない治療法で書けないはずであります。あるいは、「初回特別限定価格」という、実際、標準的な価格が幾らなのかよくわからない、何かいかにも安くてお得なように誘引するような言葉が並んでいる。

これは、本当に、最大手でテレビでばんばんCMを打っているところですよ。だから、さっきも言ったように、テレビCMは名前と電話番号しか言わないけれども、このフリーペーパーに載っている広告は違反表示のオンパレードなんですよ。ですから、これが私はおかしいんじゃないかと。

次のページも、これはフリーペーパーに載っていたものですけれども、「初回トライアル半額」「リピート率No.1」「切らずに十才若返り」「人気No.1」、それから「特別技術指導医」という、この特別医というんですかね、こういうのも書けない記述になっています。また、「今まで何をしても効果のなかった目の下の小じわが気にならなくなりました(四十代女性)」、こういう意図的な体験談まで載せてある。

厚労省にはこの広告を事前に渡して、目を通してもらっているはずですけれども、今私が指摘したような記述は全て違反表示ということでいいか。また、一つの広告についてもこれだけ多くの違反表示がある。また、こうした広告は、私がきょう持ってきているこういう週刊誌とかあるいはフリーペーパーにもうあふれているんですよ。こういう現実を今厚労省はどのように受けとめているか、医政局長から御答弁いただきたいと思います。

○神田政府参考人 先ほど先生から御指摘ございましたように、ここに掲載されているものは、多くは自由診療ということでございますので、まさに広告が制限されている事項でございます。

それから、リピート率ナンバーワンですとか、そういった比較広告も禁止されているものでありますし、十歳若返るとか、そういったことも誇大な広告に当たるのではないかというふうに考えております。

それから、特別技術指導医というものも、医師の専門性に関する事項については一定のものしか広告ができないということですので、実体のないような資格については広告できないということでございますので、いずれも先生御指摘のとおりかというふうに思っております。

それから、価格が今行うと安いというような費用を強調した広告につきましては、ガイドラインの中で、適切な選択を阻害するおそれがあるということで、医療に関する広告として適切ではないとして厳に慎むべきものとしているところでございまして、今後、こうしたものについてさらに指導の徹底を図っていく必要があるというふうに考えております。

○大西(健)委員 大臣も今、これはちょっとちっちゃいですけれども、見ていただいたと思うんですけれども、御感想があればいただきたいと思います。

○塩崎国務大臣 今局長から答弁したように、違反のオンパレードになっているわけでありますので、そういうところはやはり是正をしていかなきゃいけないというふうに思います。

○大西(健)委員 先ほどの繰り返しになりますけれども、お金をかけてテレビCMを打てるところは、ばんばんお金をかけてテレビCMを流して、そして名前を刷り込む。そうやってテレビでCMを打っている大手だから大丈夫だろうと思ったら、その大手が、今私が示したこの事例の二ページ目のこの表のやつ、その最大手ですよ、左の上に「TVCM好評放映中!!」と書いてあるじゃないですか。ここが、この違反のオンパレードの広告を平気でフリーペーパーに載せているんですよ。
資料の最後に東京都が行った調査というのをつけていますけれども、平成二十七年に、東京都がチラシ等における美容医療の広告調査の結果というのを発表しています。ここに「調査の目的」云々と書いてありますけれども、「調査対象」、新聞の折り込みチラシ、ポスティングチラシ、町中のカフェ、駅頭のスタンド、地下通路、郊外ではスーパーマーケットの店舗内で配布されているクーポン雑誌等のフリーペーパー、一般雑誌、今の週刊女性のような週刊誌ですね、これを調査対象としたと。
これは、右を見てください。百四十件の調査員の判断、不当と思われる表示百三十四件、不当と思われる表示なし六件ですよ。まともなやつは六件しかないんですよ、百四十件のうち。百三十四件、ほとんどが違反。これが野放しにされているんですよ。これが私は最大の問題だと思いますよ。
これを野放しにしておいて、今回、ホームページを今度規制の対象にします、そして、ウエブの監視体制を強化すると。これは、外部の業者に委託してウエブを監視してもらうと言っていますけれども、さっきから私が言っているように、私の地元で普通にどこにでも置いてあるフリーペーパーとか、みんなが、美容院に行ったら奥様方が読む女性週刊誌とかにこれだけ違反の広告が堂々と載っていて野放しになっている状況でそんなことを言っても、私は全く信憑性はないと思いますよ。信頼性がないと思いますよ。

ですから、これは都道府県がやるということですけれども、大臣、ちょっとこの個別のケースを、私が言ったやつを都道府県に伝えておきますときのう厚労省が言っていたけれども、そういう問題じゃないんです。さっきの東京都のやつに、百四十件調査して百三十四件は違反表示なんです。まともな表示の方が少ない。これをちゃんとやらないで新たにホームページを規制対象にしますと言っても、ちゃんちゃらおかしいと私は思いますけれども、大臣、いかが思われますか。(以下略)

アベ改憲策動の現段階 ― 改憲阻止に楽観論と慎重論と

自民党の改憲策動は今どうなっているんだい。もう、アベ改憲はとても無理だろう。

いや、それは甘い。新聞に「改憲遠のく」の記事が出ているが、運動体には迷惑な話だ。気を抜いてはならない現状だと思う。

そうかな。常識的にはアベ政権は死に体じゃないか。こんな政権に、憲法改正などという力業ができるとは到底思えない。むしろ、運動の成果に自信をもつべきではないのか。

改憲は、内閣の仕事ではない。改正案の審議も発議も、もっぱら国会の仕事だ。アベの力が衰えても、与党がやる気になればできることだ。9月の総裁選でアベ三選が阻止されても、後継総裁が「アベなきアベ改憲」を強行しないとも限らない。

今、アベが火だるまになっているのは根底に改憲強行姿勢があるからじゃないか。アベが追い落とされれば、次の総裁が誰であれ改憲は仕切り直しで、しばらくはおとなしくするだろう。そのような、硬軟おりまぜた柔軟性が自民党のしたたかさだと思うがね。

アベ9条改憲は、12年4月の「改憲草案」よりは、ずっと妥協し後退したものだ。党内には、これを不満とし「改憲草案」の国防軍案を主張する強硬派も少なくない。アベなきあとも、せめてアベ改憲の実現をと、まとまる可能性を否定できない。

自民党が、そんなイデオロギー政党だろうか。自民党の議員が、憲法が票になると思っているはずはない。景気対策、産業振興、震災復興、雇用や年金、教育費援助、農林漁業支援などの現実的な政策に傾斜せざるを得ないところだろう。

いや、今両院ともに、改憲派の議席が3分の2を超している。党内には、いまこそ千載一遇のチャンスという雰囲気が横溢していると見るべきだろう。

その一方で、今のアベ総裁のままでは選挙は戦えないという声が党内に満ちているとも報じられている。アベのバスに乗り遅れまいと有象無象が群がった時代は夢のまた夢。今は、沈みそうなアベ丸から、みんなわれ先に逃げ出そうとしている図ではないか。

党内には、「この連休で気分が変わる。」「内閣支持率も5月中旬にはV字回復」という楽観論もある。これまで何度もの危機を乗り切ってきたアベのしたたかさを過小評価してはならない。

聞きたいのは、アベ改憲スケジュールの現段階だ。もともとは「2020年東京オリンピックまでに改正憲法施行」で、逆算すると、今通常国会中に国会に「改正原案」を発議し、今年の末までに、国会が「改正案」を国民投票に発議しなければ間に合わない。それが頓挫したということではないのか。

当初予定のスケジュールが、かなり難しくなっていることは疑いない。しかし、頓挫したということではない。

少し、詳しく説明してくれないか。

3月14日に、自民党改憲本部が9条改正案の7案を提示した。この中には、9条2項削除案と存続案が混在しているが、初めから最有力だったのは、「9条1項2項はそのまま残して、自衛隊を憲法に明記する」というアベ提案に沿った、「9条2項を維持して、9条の2に、『必要最小限度の実力組織として、自衛隊を保持』」という案だった。

それでまとまらなかったのか。

3月15日が自民党改憲本部の全体会議だった。細田博之本部長は、一任を取り付けようとしたが、まとまらなかった。第2項維持派が「自衛隊」明記案と「自衛権」明記案に分かれたためだと言われている。ここで、アベの求心力低下が表面化した。

その後に、一任を取り付けたと報道されたんじゃないのか。

3月22日に再度の全体会合が開かれた。報道では、「安倍晋三首相の意向に沿って9条第1項(戦争放棄)と第2項(戦力不保持)を維持しつつ自衛隊の存在を明記する憲法改正について、これまでの有力案から『必要最小限度』を削除する修正案が提示された。会合では修正を支持する意見が多数を占め、同本部は今後の対応を細田氏に一任。細田氏は修正案に基づき条文化を進める。」となっている。確かに、一任取り付けとはなった。

これまでの有力案から、「必要最小限度」を削除すると、「実力組織として、自衛隊を保持する」ということか。

おそらくは、条文としてはこうなるだろうということだ。
「9条の2第1項 前条(註・現行9条1・2項)の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
同第2項 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」

「おそらくは」って、3月25日の自民党大会までに条文案を一本化して、この党大会を具体的な改憲発議に向けての決起集会にするはずだったのだろう。

それが、そうはならなかった。翌日の朝日新聞の一面トップの見出しが、「改憲発議 年内厳しく 支持急落 日程窮屈に」。「党改憲推進本部が急いでまとめた『改憲4項目』の条文案が大会で披露されることはなかった」と報じられている。

改憲テーマは、「9条」・「緊急事態」・「参院選の合区」・「教育充実」の4項目だった。どの項目についても、改憲本部長からの条文化が示されなかったのなら、改憲スケジュール頓挫、ということではないのかね。

いや、今のところは「日程窮屈に」なった程度ということだろう。水面下では、公明党との摺り合わせが進行しているはずだ。

ボクは、3月2日に神風が吹いたと思っている。その日の朝日新聞・朝刊のトップ記事が、森友・決裁書「書き換え疑い」の報道だった。「書き換え疑い」は、すぐに「疑い」がとれ、「改ざん」となった。

その記事がもとで3月27日佐川証人喚問までは漕ぎつけたが、尋問では官邸の責任を否定し、細部は証言の拒否だった。

さらに加計問題だ。愛媛県の文書が出てきて、15年4月2日の官邸での面会が話題となった。これに「首相案件」とあった。さらには農水省、内閣府、文科省から内部文書が出てきた。当時の首相秘書官だった柳瀬が窮地に立たされている。

法的な問題としては、イラク派兵の日報が出てきたことは大きい。1万5000頁もの文書が報告されていなかった。シビリアンコントロールはどうなっているのか。

統合幕僚監部の三佐が、国会前の路上で民進党小西洋之参議院議員の「国民の敵」と罵倒した事件はもっと大きい。こんな、危険な自衛隊を憲法上の組織として位置づけるなど、とんでもないことだ。

このことへの反論として、「憲法に自衛隊の規定も、自衛隊へのシビリアンコントロールの規定もないことが問題だ。憲法に規定すればよい」などという珍論がある。

そして、おまけは財務事務次官福田淳一のセクハラ報道だ。福田の言動もひどいが、麻生の対応が致命的だった。これは、安倍内閣の断末魔の図ではないかね。

アベにとっての起死回生の望みが日米首脳会談だった。結局はなんの土産も持ち帰ることができなくて、安倍外交の失敗が際立つ結果となった。朝鮮半島をめぐる国際問題で、まさしく日本は蚊帳の外だ。

アベが倒れれば、アベ改憲策動はなくなる。アベの失点は、護憲勢力に朗報だろう。

アベが取りこぼして、「オウンゴールでアベ政権が倒れた」ではダメなんだ。改憲阻止の国民運動がアベを打倒したという構図にならなければ、アベ後継の改憲策動が始まることになる。

いま、アベが倒れたとして、これを「オウンゴール」というのは引っかかる。アベを糺弾する運動や言論があってのアベ退陣だろう。アベ改憲阻止とは、何よりもアベ政権を倒すこと。行政を私物化し、隠蔽・改ざん・捏造の、腐敗したアベ政権を糺弾することが今大切だろう。

何よりも、「改憲にこだわっていたのでは、選挙民がアベ自民党を見限る」「改憲論では選挙に勝ち目がない」という世論喚起の運動を高めなければならない。3000万署名を積み上げることが、喫緊の課題だ。

そこのところは異論がないね。いかなる改憲策動も、衆・参どちらかの議院で、護憲派が3分の1の議席をとればよい。今の世論分布なら、護憲野党の共闘で可能となるはずだ。それまで頑張ればよい。

もちろん、そのとおりだ。私は油断せぬよう、楽観せぬよう、世論喚起の運動を押し進めたい。

ボクの方は楽観しながら、市民と野党の共闘が実現するよう運動に参加するつもりだ。
(2018年4月23日)

「あやめた母と妹 遺言の九条守る」 ー辛い 12歳の戦争体験

戦争は絶対にごめんだ。戦争とは理不尽な暴力であり、陰惨な殺し合いだ。恐怖であり、別離であり、飢餓であり、絶望であり、人間性否定の極致でしかない。戦争は醜悪で悲惨だ。雄々しくも、格好良くもない。戦争こそは、最大の愚行であり、不幸の集大成である。戦争を起こした者、戦争を利して財をなした者を徹底して糺弾しなければならない。そして、戦争の惨禍の被害者は社会全体が救済しなければならない。それが、文明社会のせめてもの責務ではないか。

戦争の惨状は、この世の地獄と語られてきた。しかし、地獄絵図を語ることができるのは、好運な生存者である。地獄のまっただ中に放り込まれて生還できなかった最も悲惨な犠牲者は、地獄のありさまを語り伝えることができない。

辛くも生き延びた者も、地獄の惨状など思い出したくもないだろう。語ることは苦痛だろう。ましてや、生死を分けた地獄の入り口で、死者に後ろめたさをもっている生還者が口を閉ざすのも当然ではないか。

そのような「地獄」として語られてきたのは、レイテであり、ミンダナオであり、ガダルカナル、インパール、ニューギニア、硫黄島…。あるいは、731部隊であり、南京事件である。そして、東京大空襲、沖縄、広島、長崎等々であった。さらに、戦後の満州逃避行やシベリア抑留も…。けっして、戦場だけが地獄ではなく、民間人の生活の場も地獄になった。

その「地獄」についての多くの記憶が語られぬままに墓場に埋められた。戦争という地獄についての語られた惨状は、氷山の一角でしかない。黙していた人が、自らの体験を明らかにする決意をすることがある。まことに貴重なことだが、どうして沈黙を破る決意に至ったか。そこを知りたいものと思う。

昨日(4月21日)の東京新聞・朝刊21面「あの人に迫る」は、「あやめた母と妹 遺言の九条守る」の大きな見出し。望月衣塑子のインタビューに、「戦争の語り部」という村上敏明(83歳)さんが語る、鬼気迫る戦争体験。

この人は、小学校5年生(11歳)のときに満州の四平で終戦を迎えている。翌年引き上げ前に「母と妹を自らの手であやめた」という体験をもつ。引き上げの旅に足手まといとなる病弱者や衰弱者は殺害せざるを得なかった。医師が毒薬を処方して、12歳の彼がスプーンで飲ませたという。これは、文字通りの生き地獄だ。

このつらい体験は、口にしたくはないところ。事実、彼は60年余も沈黙を続けた。その長い沈黙のあとに、この人が「戦争の語り部」となった。8年前、76歳でのことだという。

望月記者は、こう解説している。

「愛する母や妹をあやめたことへの罪の意識を背負い、長い沈黙を続けたが、政治の進む方向に危機感を募らせ『今こそ言わねば』と、2010年に「四平小学校同窓会記念誌」で満州での自らの体験を記し、それ以降、積極的に語るようになった。不思議と毎晩見ていた悪夢を見なくなったという。」

どうも、これだけでは、沈黙を破った心境の変化の原因がよく分からない。

それはともかく、長いインタビューの最後に、髙橋さんは、こう語っている。

「芙美子(妹)や母は、なぜ私に殺され、死なねばならなかったのか。戦争という不条理がそれを肯定した。戦争に正義などない、あるのは不条理と戦争から生まれる癒えることのない、憎しみと悲しみの連鎖だけだ。」

「戦争しない国を掲げた憲法9条は、母と芙美子が私に残してくれた遺言だ。戦争を知らない世代が権力を牛耳り、若い世代で、戦争につながる行動が肯定されていると感じる。社会の分断を食い止め、戦争への道を止めるため、いまやれることをやらねば。」

同じ紙面に、「あなたに伝えたい」という欄があり、村上さんの読者への言葉をこう伝えている。

「戦争を知らない世代が権力を牛耳り、若い世代で、戦争につながる行動が肯定されていると感じる。」

この人が言えば、なるほどそのとおりだ。安倍晋三とその取り巻きのことだ。

そして、「インタビューを終えて」という望月記者の解説と感想がある。
「『戦争は絶対だめ』と繰り返し、太い眉の下のつぶらな瞳の奥に揺るぎない意志が見え隠れするようで圧倒された。」「村上さんの心のバトンを私たちが引き継いでいかなければ。」と締めくくられている。

あらためて、戦争体験の記録を重要と思う。そして、戦争体験を風化させない努力継続の必要性を痛感する。

なお、このインタビュー記事は、ネットでも全文を読むことができる。
http://www.chunichi.co.jp/article/feature/anohito/list/CK2018042002000247.html
(2018年4月22日)

反撃訴訟次回期日の傍聴をー4月26日(木)13時30分・415号法廷 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第129弾

DHCと吉田嘉明が、私(澤藤)に6000万円を請求したスラップ訴訟。私がブログで吉田嘉明を痛烈に批判したことがよほど応えたようだ。人を見くびって、高額請求の訴訟提起で脅かせば、へなへなと萎縮して批判を差し控えるだろうと思い込んだのだ。そこで、「黙れ」という恫喝が、当初は2000万円のスラップ訴訟の提起。私が黙らずに、スラップ批判を始めたら、たちまち提訴の賠償額請求額が6000万円に跳ね上がった。なんと、理不尽な3倍増である。この経過自体が、言論封殺目的の提訴であることを雄弁に物語っているではないか。

当時の弁護団会議のメモには、「請求拡張はさらに続くことになるだろう。澤藤が批判をやめない限り、事実審の終結まで何度でも。請求金額はどこまでも大きくなるだろう」と、記載されている。DHC・吉田嘉明の意図は、2000万円から6000万円への請求拡張時には、澤藤が批判の言動を繰り返すのなら、際限なく請求の拡張を繰り返すことを考えていたに違いない。

ところが、現実に請求の拡張をして、その効果がないばかりか、明らかに不利になることを覚ったのだ。私は、既に120回を超える批判のブログを書いている。法律雑誌にもDHC・吉田嘉明の名を明確にした論文をいくつも書いてきた。DHC・吉田嘉明の名を明確にした講演も何度も行っている。DHC・吉田嘉明が、提訴の当時、本当に自分の権利を救済するために提訴が必要で、そのためには2000万円、6000万円の請求が妥当と考えていたとすれば、今頃は10億円を遙かに超す提訴を維持していなければならない。

結局のところ、「高額請求の提訴で脅かしてみたが、どうも効き目がないようだから請求拡張はあきらめた」ということなのだ。

地裁・高裁・最高裁までのスラップ訴訟を被告として闘って私の勝訴が確定した。今は私が反訴原告となり、DHCと吉田嘉明を反訴被告として、反撃訴訟を展開している。スラップの提起自体が違法で損害賠償の対象となるのだ。

係属は、東京地裁民事第1部。その次回口頭弁論期日が4月26日(木)13時30分、415号法廷である。是非、傍聴をお願いしたい。閉廷後に、控え室で弁護団と傍聴参加者とで、いつものように、資料を配付してのご説明と意見交換を行いたい。

4月19日、当方(反訴原告・澤藤)からの準備書面と書証を提出した。
前回、DHC・吉田嘉明側は、裁判所の勧告を受けて、10件の同種スラップの訴状や判決を提出した。今回の準備書面では、これを読み込んで、DHC・吉田嘉明がスラップの常習者で、自分の権利救済を目的とするのではなく、批判の言論に対する萎縮効果を狙った提訴を行っていることを明らかにしている。
1件だけの提訴や訴訟経過を見るだけでは分からないことが、同種の10件のスラップ全体を通覧すれば、はじめて見えてくるものがある。そのことを明確にして、DHC・吉田嘉明の私に対する6000万円請求提訴それ自身が、裁判を受ける権利を濫用した不法行為に当たる、という主張となっている。

主張の眼目は、
(1) (客観要素)DHCの澤藤に対する提訴には勝訴の見込みはなかった。
(2) (主観要素)提訴の目的は批判の言論の萎縮を狙ったものである。

4月11日の当ブログ(「DHCスラップ訴訟」を許さない・第128弾)で、格好の参考事例として『武富士の闇』訴訟判決の顛末を紹介した。
http://article9.jp/wordpress/?p=10188

本日は、今回の準備書面で引用する書証の一つ(乙15)をご紹介しておきたい。
当時たまたま目についた、「本ブログが(株)DHCから恫喝を受けました」と標題する、とあるブログ記事(2014年8月19日付)である。

その恫喝とは、「株式会社ディーエイチシー総務部法務課・杉谷義一」による「ブログ記事の削除要請の件について」と標題する通知。2014年8月19日付で、文面は以下のとおりである。

「ブログ記事を削除していただきたく、貴殿にご連絡いたします。
 今般、貴殿は、本ブログ記事において、全体として弊社代表者(註・吉田嘉明)を侮辱し、また、自ら「証拠もなしに」と何らの調査・取材も行っていないことを認めながら、弊社代表者が、「強烈な保身意識」のもとで渡辺議員を「警告、恫喝、口止め」している、「吉田のコメントは、念には念のヤクザの恫喝ではないのか」などと平然と書き、そのような人物が代表取締役会長をつとめている弊社(註・DHC)の社会的評価を低下させ、弊社の名誉を著しく毀損しています。
 貴殿が記事の削除に任意に応じて頂けない場合には、やむなく法的対応を検討せざるを得ませんので、できましたらそのようなこととならないよう何卒宜しくお願い致します。なお、本ブログ記事同様に、弊社代表者および弊社の名誉を毀損し或いは侮辱する記事を掲載した他のブログにおきましては弊社の指摘により記事の削除をして頂くことで円満解決しておりますことを、念のためお伝えしておきます。」

この通知を受けた同ブログ主宰者は、わざわざ「本ブログが(株)DHCから恫喝を受けました」と標題する記事を掲載して、DHCからの記事削除要請に不愉快を明言し、当該の記事が「訴訟を起こされて多額の慰謝料を支払う判決が下される様なエントリーとは思えない」と考えつつも、「現実問題として本当に裁判を起こされかねない」との判断のもと、「一時的削除」という判断に至っている。

本例は「恫喝による萎縮効果の」の好例となった。明らかに経済的強者の濫訴が言論の萎縮を招いているのである。スラップは、言論の自由を侵害する恐れがあるにとどまらない。既に現実化しているのである。

しかも、「本ブログ記事同様に、弊社代表者および弊社の名誉を毀損し或いは侮辱する記事を掲載した他のブログにおきましては弊社の指摘により記事の削除をして頂くことで円満解決しております」というのだから、被害は他にもあるのだ。

**************************************************************************
当該のブログでは、DHCから「恫喝」を受けて「萎縮」せざるを得ないとの判断に至った経過が、次のようにブログに残されている。生々しいし、痛々しいとも言えよう。

「2014年4月8日のエントリー「さらば渡辺喜美」について、株式会社ディーエイチシー総務部法務課の杉谷義一とやらが当該記事の削除を求めるコメントを書き込んできた。何でも、当該記事は代表吉田嘉明と会社の名誉を著しく毀損する内容で、削除せねば「法的措置」を検討するらしい。
一瞬、ただのスパムコメントかと思ったが、どうやらDHCは同様の方法で会社に不都合なブロガーに圧力をかけて回っている様だ。だとしても、こんな場末のパンピーブログにまで恫喝してくるとは、DHCとはケツの穴の小さい会社である。余程不都合な内容だったのだろうか(笑)。
笑ってばかりもいられない。と言うのも、DHCの恫喝はただの脅しではなく刃が付いている可能性が高いからだ。実際、東京弁護士会の澤藤弁護士が、◎◎◎◎(註・このブログ名)と似た様なことをブログに書き、つい最近DHCから2000万円の慰謝料を求めて訴訟を起こされている。
アップした画像の文章も、低能丸出しのスパムと比較して文章が本物っぽく感じられる。やばそうだ。ちなみに、澤藤弁護士は、「言論の自由を企業の力で潰すスラップ(見せしめ)訴訟だ」と徹底抗戦の構えで、77人の弁護団を組んで8月20日にも第1回口頭弁論に挑む。
さて、◎◎◎◎はどう対処しようか。訴訟を起こされて多額の慰謝料を支払う判決が下される様なエントリーとは思えないが、現実問題として本当に裁判を起こされても面倒だ。ついては、一時的に当該エントリーのDHCに関する記述を削除しようと思う。
もちろん、削除前のエントリーは保存しておく。澤藤弁護士の訴訟結果を待ち、澤藤弁護士が勝訴したら再アップしようと思う。」

これにいくつのコメントがついている。

☆おお、DHCの事なんかすっかり忘れていたのに、頑張って思い出せてくれましたね。そういえばニュースで渡辺利美(ママ)が出ていました。 臨時国会から復活したいようです。
これってDHCの事を書いたブロガーじゃなくて、渡辺義美復活阻止の嫌がらせカモ?
いずれにしてもろくでもない会社ですねえ。
ともかく一応削除は正解だと思います。馬鹿とキチガイの相手はしない事です。

☆戦略的撤退
こんにちは。
私も△△△さんのご意見に賛成です。
業腹なところも当然有るとは思います。
しかし、裁判そのものを楽しんでやろうというという類いの焔が心中になければ、ここはヒラリとかわす一手だと思います。

☆今は魚拓というやり方もありますし、私も今後注目されそうなブログニュースのエントリーは保存しています。
ネット上から削除すれば隠蔽できる、という時代ではありません。にもかかわらず、こんな木っ端(失礼w)ブログまで脅しにかかるとは、DHCなる企業のお里が知れるというものです。余程裁判が好きなのでしょう。
そういえば、今月20日がDHCスラップ訴訟の第一回公判でした。弁護士はあまり好きな人種ではありませんが、この件については奮闘して欲しいものです。

☆こんばんは。
あのエントリーは、推測で批判する負い目から手加減した部分もあって、あちらさんはその優しさ部分を見事に揚げ足とってきました。どこかの国とよく似てますね(笑)。
続報が無くて消化不良だったのですが、今回の一件でDHCがどんな会社なのか新しいエントリーを書くこともできて、私としては不満の無い展開です。
渡辺、復活しましたねぇ。「体調不良」の名目でお詫び行脚の毎日を過ごしていたそうです。まあ、謝るだけマシですね。今後の活躍に期待しますよ。

☆昨晩は怒り心頭で最悪の気分でしたが、一夜明けて平静を取り戻しました。それに悪いことばかりでもないな、と。
仰られるように、今は戦略的撤退の一手ですね。私はごく普通の社畜なので、仕事に支障をきたすことだけは避けねばなりません。

☆木端ブログの管理?です(笑)。
かような木端ブログを大企業様にお相手していただき光栄の至りですよ。おかげで箔がつきました(笑)。
スラップ訴訟の動向は、澤藤弁護士が自身のブログで随時情報をアップするらしいです。今日の情報も近日アップされることでしょう。
ただ、この弁護士さんを応援したいのは山々なんですが、どうも彼は私が日頃から批判している類の弁護なんですよねぇ。DHCもよくケンカを売りましたよ(笑)。
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なお、同ブログに以下の報道記事が引用されている。

DHCの吉田会長批判ブログ執筆者らを続々提訴
http://www.asiapress.org/apn/archives/2014/08/18142546.php
「みんなの党」の代表だった渡辺喜美代議員の失脚の原因となったのが、化粧品製造販売会社DHCの吉田嘉明会長が渡辺議員に貸し付けた8億円について自ら雑誌に告白したのがきっかけだったのは周知の事実だろう。その吉田会長が弁護士やジャーナリストなどを相次いで名誉棄損などで訴えていることが関係者への取材で分かった。訴訟の件数は10件に上るという。(アイ・アジア編集部)

この一連の訴訟の最初の口頭弁論が、東京地裁で8月20日に開かれる。訴えられているのは、東京弁護士会の澤藤統一郎弁護士だ。訴状によると、澤藤弁護士は自分のブログで、吉田会長が自分の儲けのために渡辺元代表に金を交付したが、自分の思い通りにならないので切って捨てたとの趣旨の記載を行い、「DHC側のあざとさも相当なもの」と記述したという。
その上で、吉田会長の側は、ブログがインターネット上で誰でも閲覧できるものである上、被告は社会的地位のある法律の専問家であるから読者は記述を高く信用してしまい、吉田会長の名誉が著しく損なわれたとしている。そして、澤藤弁護士に対して、吉田氏本人とDHC社に各1000万円、合わせて2000万円の損害賠償とブログへの謝罪広告の掲載を求めている。

これについて澤藤弁護士は次にように話し、裁判で争う姿勢を示している。
「経済的な強者が高額請求の訴訟を起こすことで政治的な言論を封殺しようとするもので、憲法上看過できない重大な問題を含んでいると思う。私のこの程度の表現が違法ということになれば、言論の自由は封殺されることになる。とりわけ、強者の違法に切り込む言論が封殺されてしまう」。
(2018年4月21日)

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