澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「貴方は、バカではないですか。」亀田得治議員の迫力満点の質問。

安倍政権は末期症状である。行政の不透明などという言葉で表現できるレベルの問題ではない。森友・加計・そして南スーダン、イラク…。どれもこれも、欺瞞・隠蔽・改竄・口裏合わせのオンパレード。これが全て政権の思惑から発していることが明らかになりつつある。

これを、何とか行政の責任に押し込めて、政権に累が及ばぬようにというのが、官邸と自民党。与党議員による国会質疑は、緊張感を欠くこと甚だしく退屈なのが通り相場だが、このところの質疑は、とりわけ噴飯物である。

この点で一躍有名になったのが、和田政宗と丸川珠代。和田については既述のとおりだが、丸川の「佐川さん、あるいは理財局に対して、安倍総理からの指示はありませんでしたね?」「安倍総理夫人からの指示もありませんでしたね?」という誘導質問は、議会史に残るだろう。こんな愚かな議員もかつてはいたんだという歴史遺産として不滅の存在になり得る。

昨日の参院決算委員会。太田理財局長は、自民党の西田昌司議員の質問に対して、「昨年2月20日に、理財局側から森友学園に、『撤去費用が相当かかり、トラック何千台も走った気がするといった言い方をしてはどうか』とうその説明をするよう持ちかけた」ことを認めた。この答弁には驚いたが、質疑に緊迫感はなかった。予め、打ち合わせができていた質疑答弁だったのだから。

西田議員は、「バカか本当に!」「国民の代表がここで聞いているんだ」と怒っては見せたが、迫力はなかった。「政権が責任を役人に押し付けており」「自民党質問者はこれに加担している」ように見えるからだ。

口先だけで、官僚に「バカか」という自民党議員とは異なり、腹の底から「貴方は、バカではないですか?」と言った議員もいた。

舞台は、1958(昭和33)年7月2日参議院法務委員会。質問者は日本社会党の亀田得治参議院議員(弁護士)、答弁者は、守田直最高裁人事局長(裁判官)だった。内容は、最高裁判所の全司法労働合に対する、裁判書き事件大弾圧に関する質疑である。

弾圧を受けた側の全司法元委員長吉田博徳さんが、当時を振り返って「法と民主主義」2005年6月号(№399)52~53頁に、次のとおり質疑の模様を報告している。これは迫力満点だ。この質疑で、裁判書き事件の概要も分かる。報告の題名は、「貴方は、バカではないですか? ―亀田得治先生の烈々たる質疑によせて―」というもの。

亀田「本件処分について最高裁判所は、全司法の浄書拒否事件と宣伝していますが、その浄書とはどんな意味ですか?。普通は裁判官が原稿を示してそれをきれいに清書することを言うのですが、本件についは裁判官の原稿はあったのですか?」
守田「あのー、それは原稿というものではなく、裁判所の窓口に提出されている決定・命令・令状等の申請書にもとづきまして、書記官や事務官らが浄書するものでございまして……」
亀田「それはまだその事件のことを裁判官が知らないうちに、申請にもとづいて書くのですか?」
守田「そういうことになります……」
亀田「それなら職員の文書作成そのものではないですか。日本語では浄書とは言いませんよ。最高裁の中しか通用しない勝手な日本語を作っては困ります。国民をごまかすものではないですか?」
守田「…………」(黙して語らず。以下同)
亀田「職員が窓口で作成する書面とは、後に裁判官のハンコを押せば裁判書き原本となる書面ですか?」
守田「そういうことになります。しかし裁判官は疎明資料をよく検討し、判断して(ハンコを押すのですから、その時に裁判書になるのであって、それまでは紙片にすぎませんので……」
亀田「貴方、そんなことを言ってよいのですか? 職員が書いたという事実が消えて無くなるのですか?『誰々を逮捕する。逮捕の理由はこれこれしかじか』、これは裁判の中身ですよ。それがハンコを押したトタンに裁判官が判断したことに変わるんですか」
守田「……」
亀田「行政文書ならそれでもいいですよ。行政文書は誰が下書きを書いてもよいのですから。裁判は違いますよ。裁判官は独立して職務を行い、何人も関与してはならない。貴方も知っているでしょ。例え裁判所職員でも裁判の中身を書いて行けば、『逮捕した方が良いですよ』となるではないですか、関与したことになりませんか?」
守田「…………」
亀田「最高裁がそんな姿勢だから全国に変なことが多発しているのでしょう。某裁判官が逮捕状用紙に記名押印した白紙令状を書記官に渡して、裁判官の知らぬ間にスイスイと逮捕状が出たとか、裁判官が囲碁に夢中になっていて、書類を見ないまま、(ンコを投げて出させたとか、ひどいのになると風呂の中で『出しといて』と命じたとか、まだいろいろありますが最高裁の姿勢が下部に影響しているのではないですか。」
守田「…………」
亀田「ところで裁判書きの下書を作成することは職員の職務内容になっているのですか?。なっているとすれば法律名と条項、通達書を教えて下さい。」
守田「あのー、法律や通達書などで決まっているものではございませんでして……」
亀田「そうでしょう、そんな法律があったら大問題ですよ。では処分の根拠はなんですか。裁判官の職務命令を拒否したとなっていますが、どんな職務命令があったのですか?」
守田「それは包括的職務命令と解しておりまして……」
亀田「聞き慣れない言葉ですね。どんな命令ですか?」
守田「一件一件について出されるのではなく、裁判所の窓口に提出されたものはすべて浄書するように…と。昔は、明治時代には事件も少なかったので裁判官が自分で書いたり、口授したりしたものと思いますが、大正・昭和と事件が急増し、裁判官は法廷実務と判決文に追われるようになりましたから、次第に決定・命令・令状等は職員に手伝ってもらう、そういう習慣となっているわけでございまして……」
亀田「そうすると裁判官の命令を拒否したのではなく、昔からの悪習を拒否したということですか?、逮捕される国民にとっては、一生に一度あるかどうかの大問題ですよ」
守田「…………」
亀田「貴方は東大出身の優秀な裁判官と常々聞いていましたが、今日の答弁は何ですか。子どもでもわかるような簡単な質問にも答えられない。貴方はバカではないですかバカでは……」

 亀田先生は右腕を伸ばして守田氏をにらみつけていた。守田氏は立つたまま下を向き流れる汗をふいていた。後に控えていた裁判官は誰も助け舟を出そうとしなかった。

議長「亀田君、バカはやめなさい」
亀田「やめません。議長もよく聞いて下さい。最高裁といえば憲法の番人、基本的人権擁護の最高責任者ですよ。その最高裁がお膝元の職員に対し、懲戒免職十三人、退職金のでないクビですよ。死刑にも匹敵する極刑を、先程からお聞きのようなあいまいな理由で、これが黙っておれますか」
議長「亀田君、質問を続けて下さい」
亀田「もう一度聞きますが職務命令はどんな形でいつ出されたんですか? 被処分者は誰も聞いていないと言っていますよ。包括的職務命令なんていうのは、本件処分を行うために作り出した新語ではないですか?」
守田「…………」
亀田「それでは次回までによく調査して、一件ごとにどんな職務命令であったのかを書面で提出して下さい」

 当日の参議院法務委員会の議事録では、議長の職権でこの部分が削除されているので、議事録上での確認はできないが、私達は終始傍聴席で直接見ていたのだからまちがいないのである。最高裁の高官が国会の場で。バカと言われたのは、おそらくこの件の外にはないであろう。バカと言われながらも一言の抗議もできず、下を向いて立っているだけだった。これこそが本件処分の自信の無さと、裁判官としての良心の呵責を感じさせる光景であった。
(略)
裁判員制度など新しい司法制度が発足し、司法の民主化に役立つものといわれているが、裁判所の隅々までに民主主義の風が吹き、裁判官をふくむ総ての職員の人権感覚が高まるように努力しなければ、どんな制度を作っても民主化とは結びつかないだろう。

この裁判書き事件は、裁判官が弾圧者なのだから、どうにもタチが悪い。懲戒免職13名の裁判闘争は、18年継続したという。そして、1976年2月に至って、当時職場復帰を望んでいた6名全員を再採用という形式で職場に戻すことで解決した。復職した5人は、まったく同期と同じく18年間の定期昇給も、年金も補償されたという。

なお、守田直裁判官は、第6代の司法研修所長である。私(澤藤・23期)の入所時は鈴木忠一所長だったが、修習終了時(1971年)には守田直所長だった。この所長の下での修習修了式(卒業式)の際に、同期の阪口徳雄君が所長に任官差別の抗議の意を込めた質問をしたことで、罷免とされた。「貴方はバカではないですかバカでは……」と言われてもしょうがないことを繰り返したというべきだろう。

大阪の弁護士だった亀田得治さんは、後に阪口徳雄君を温かく自分の事務所に迎え入れている。
(2018年4月10日)

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