澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

私が出会った弁護士(その2) ― 正木ひろし

正木ひろし(1896~1975)という著名弁護士がいた。私が学生のころ、戦後史を飾る数々の冤罪事件に取り組んで令名高く、弁護士の代名詞のような存在だった。硬骨、一徹、信念の人、在野、反権力に徹して虚飾のない生き方…。弁護士のイメージの一典型を作った人でもあった。

もちろん、褒める人ばかりではなく、敵も多かった。三鷹事件では、竹内さんの単独犯行説をまげず、被告団や自由法曹団主流の弁護士とは衝突して孤立した。丸正事件では真犯人を名指ししこれを出版までして名誉毀損で起訴されている。1審・2審とも有罪で、上告中に被告人として亡くなっている。

大学の1年生のとき(1963年)だったか2年生のとき(64年)に、私はこの高名な弁護士と会っている。秋に行われる大学祭(「駒場祭」)の企画として、この人の講演会を企画し、なぜ冤罪事件が生じるのかについて語ってもらった。たしか、市谷近辺にあった自宅にまで出向いて依頼のための面談をした記憶がある。

驚いたことに、書棚に並んでいた書籍やファイルが、逆さまに置いてある。「書棚から出して開くときに、この方が時間がかからない。毎日多数回の作業だから時間の節約になる」という説明だった。徹底した合理主義者なのだ。そして、70歳に近い身で、屈伸体操をして見せた。体の柔らかいことが自慢で、これが「真向法」という体操なのだと教えられた。残念ながら、正木がしゃべった内容はまったく記憶にない。

首なし事件や、八海事件、三鷹事件、丸正事件…。関わった事件の数々だけでなく、彼が有名だったのは、戦前戦後を通じての「近きより」という個人誌を出し続けていたことにもよる。そこでは、天皇や軍部に対する批判が徹底していた。

たまたま、色川大吉の「ある昭和史―自分史の試み」(中公文庫・2010年改版)を読んでいたら、その最終章が「昭和史の天皇」となっており、天皇に対する負の評価の典型として、正木の「近きよりからの論評が引用されていた。

戦後の天皇評価については、「忠誠と反逆」という節があり、こう書き出されている。

「一億、天皇の家畜だった!」と、敗戦直後に吐いて捨てるようにいった人がいた。
「陛下よ、あなたは日本人の恩人です」と涙ながらに跪いた人がいた。
その正木ひろしと、亀井勝一郎の二人の考え方は、日本国民の心理の両端を示しているばかりでなく、今日にまで流れてやまない二つの心情を代表するものとして、検討するに値しよう。

おそらくは、いまどき亀井勝一郎に興味ある方もなかろう。色川が要約して紹介する正木の天皇制に対する批判の舌鋒の鋭さを味わっていただきたい。

天皇族は史上一貫して「寄生虫的階級」であった。蜜蜂の女王のような座を占め、つねに他人の乳や命を吸うことで生きてきた。ここに日本の天皇制の不道徳の根源がある。日本の上層階級というのは、皆その役割を分担し、「天皇に利用されかつ天皇を利用した存在」だった。とくに軍人に対しては「朕が股肱」といって愛重し、自分を守る最後的番犬たらしめてきた。この番犬なくしては天皇は直ちに徳川時代の境遇に後退しよう。
従って、番犬階級や、カラクリを司る神官や御用学者、宮廷的幇間。野犬的右傾暴力団等は天皇制護持に欠くぺからざる要素である。日本の上層部の堕落は、この不合理な天皇制そのもの本質の中に伏在する必要悪である故、一人二人の首相や皇族を暗殺しても問題の解決にはならない。根本はこのような不合理を許してきた民衆の存在にある。当時の国民の大部分は無知蒙昧で、正当なる人間の道理は理解し難くなっていたことに由る。つまり、この戦争を回避せしめんとするには民族の全般的な向上進歩が絶対的の条件なのだ。

この点に関して正木ひろしはこんな比喩も使う。「これは真に二十世紀の奇蹟であった。人類の退化の大規模な実験であった。僅か三十年間に、日本の国民は、その知性において三百年、徳性において五千年の退化の実験をなした。(中略)この国情は一朝一夕に出来上がったものではないが、少なくとも過去三十年間に徐々に形成され、ことに満州事変前後から急速化し、日支事変直前には既に黴毒ならぱ第三期的症状を呈していたのである。試みに今、過去の社会状態を、その当時の新聞紙を取り出して回想して見るがよい。高級軍人、高級官史、右傾政治家、御用文士。御用思想家、御用商人等は、毎夜の如く待合に入りびたっていた(寺内大将や近衛の遊蕩は有名である。岸信介は待合で自動車を盗まれた)。しかるに彼らが待合から出て来ると、国民に向っては国体明徴を唱え、禁欲主義、滅私奉公を力説した」と。

正木ひろし。在野・反権力に徹した弁護士である。天皇への批判も仮借ない。その意味で、まぎれもなく正義の人であった。
(2018年8月7日)

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