澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

私は何を書いて、DHC・吉田嘉明からスラップの標的とされたか。― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第162弾

10月4日スラップ「反撃」訴訟の勝訴判決以来、会う人ごとに「おめでとう」「よかったね」と言われ続けている。とても気分は良い。そして、「この裁判を知ってからDHCは買ってないよ」「ウチは、DHCは以前から買ってない」と,多くの人から聞かされる。面倒を厭わず闘い続けた甲斐があったと思う。本当によかった。弁護団や支援の皆様には感謝の言葉しかない。

しかし、なかには、「いったい、DHCと吉田嘉明にどんな悪口を言って、裁判までされたの?」という質問をする方もいる。かすかに、「裁判までされたのは、よほどのことを言ったからでしょう」というニュアンスが感じられる。

そこで、私が、名誉毀損として訴えられたブログのすべてを掲載しておきたい。そのブログは全部で5本。名誉毀損とされた表現の個所は合計16個所ある。これを並べてお読みいただきたい。私のブログは吉田嘉明を厳しく批判するものだ。吉田の耳に痛いことは当然として、この私の言論が許されざる違法なものであるかどうか、読者ご自身の憲法感覚でご判断いただきたい。

2014年3月27日、吉田嘉明の独占手記「さらば器量なき政治家・渡辺喜美」掲載の週刊新潮(4月3日号)発売になった。私は、これを批判するブログを3本書いて、DHC・吉田嘉明から、2000万円の損害賠償請求の訴えの提起を受けた。損害賠償請求と併せて、ブログ記事の削除と謝罪文掲載の請求もあった。私のブログ記事掲載は、同年3月31日、4月2日、4月8日のこと。これを違法とするDHC・吉田嘉明の訴え提起は、4月16日のことだった。

その3本の「2000万円相当ブログ」は下記のとおり。

http://article9.jp/wordpress/?p=2371 (2014年3月31日)
「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判

http://article9.jp/wordpress/?p=2386 (2014年4月2日)
「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻

http://article9.jp/wordpress/?p=2426 (2014年4月8日)
政治資金の動きはガラス張りでなければならない

この提訴の訴状に不備があったのか、訴状の私への送達は遅れて、5月16日となった。友人と相談して、弁護団態勢を組む目途が付いた頃から、私は不退転の決意反撃に出た。当ブログに、「『DHCスラップ訴訟』を許さない」シリーズの掲載を開始したのだ。その第1回が、同年7月13日のこと。
2014年7月
13日 第1弾「いけません 口封じ目的の濫訴」
14日 第2弾「万国のブロガー団結せよ」
15日 第3弾「言っちゃった カネで政治を買ってると」
16日 第4弾「弁護士が被告になって」
18日 第5弾「この頑迷な批判拒否体質(1)」
19日 第6弾「この頑迷な批判拒否体質(2)」
20日 第7弾「この頑迷な批判拒否体質(3)」
22日 第8弾「グララアガア、グララアガア」
23日 第9弾「私こそは『幸せな被告』」
25日 第10弾「『表現の自由』が危ない」
27日 第11弾「経済的強者に対する濫訴防止策が必要だ」
31日 第12弾「言論弾圧と運動弾圧のスラップ2類型」
同年8月
3日 第13弾「スラップ訴訟は両刃の剣」
4日 第14弾「スラップ訴訟被害者よ、団結しよう。」
8日 第15弾「『政治とカネ』その監視と批判は主権者の任務だ」
10日 第16弾「8月20日(水)法廷と報告集会のご案内」
13日 第17弾「DHCスラップ訴訟資料の公開予告」
20日 第18弾「満席の法廷でDHCスラップの口頭弁論」
21日 第19弾「既に現実化しているスラップの萎縮効果」
22日 番外「ことの本質は『批判の自由』を守り抜くことにある」
31日 第20弾「これが、損害賠償額4000万円相当の根拠とされたブログの記事」
同年9月
14日 第22弾「DHCが提起したスラップ訴訟の数々」
15日 第23弾「DHC会長の8億円拠出は『浄財』ではない」
16日 第24弾「第2回口頭弁論までの経過報告」
17日 第25弾「第2回口頭弁論後の報告集会で」
(以下略、現在162弾まで)

以上のとおり、私は猛烈に書き続けた。怒りこそが、エネルギーの源泉である。私のブログを検索していただければ、すべてを読むことができる。「『DHCスラップ訴訟』を許さない」シリーズの最初の方ものは、読み物としてもできのよい面白いものではないか。

しかし、吉田嘉明にしてみれば、黙れと恫喝したのに反撃されたことが面白くないものと映ったようだ。8月29日付の書面で、2000万円の損害賠償請求金額は6000万円に跳ね上がった。その根拠とされたものが、第1弾と、第15弾の2本のブログ、第1弾の5個所と、第2弾の1個所が名誉毀損の表現部分だという。

http://article9.jp/wordpress/?p=3036(2014年7月13日)
いけません 口封じ目的の濫訴ー『DHCスラップ訴訟』を許さない・第1弾

http://article9.jp/wordpress/?p=3267 (2014年8月8日)
「政治とカネ」その監視と批判は主権者の任務だ-「DHCスラップ訴訟」を許さない・第15弾

以上の経過で、損害賠償請求の根拠とされた私のブログは、合計2000万円相当の3本と、合計4000万円相当の2本となった。これを以下のとおり、再掲しておきたい。なお、赤字部分が名誉毀損表現として特定された文章である。

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「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判

「徳洲会・猪瀬」5000万円問題が冷めやらぬうちに、「DHC・渡辺喜美」8億円問題が出てきた。2010年参院選の前に3億円、12年衆院選の前に5億円。さすが公党の党首、東京都知事よりも一桁上を行く。

私は、「猪瀬」問題に矮小化してはならないと思う。飽くまで「徳洲会・猪瀬」問題だ。この問題に世人が怒ったのは「政治が金で動かされる」ことへの拒否感からだ。「政治が金で買われること」のおぞましさからなのだ。政治家に金を出して利益をむさぼろうという輩と、汚い金をもらってスポンサーに尻尾を振るみっともない政治家と、両者をともに指弾しなければならない。この民衆の怒りは、実体法上の贈収賄としての訴追の要求となる。

「DHC・渡辺喜美」問題も同様だ。吉田嘉明なる男は、週刊新潮に得々と手記を書いているが、要するに自分の儲けのために、尻尾を振ってくれる矜持のない政治家を金で買ったのだ。ところが、せっかく餌をやったのに、自分の意のままにならないから切って捨てることにした。渡辺喜美のみっともなさもこの上ないが、DHC側のあくどさも相当なもの。両者への批判が必要だ。

もっとも、刑事的な犯罪性という点では「徳洲会・猪瀬」事件が、捜査の進展次第で容易に贈収賄の立件に結びつきやすい。「DHC・渡辺喜美」問題は、贈収賄の色彩がやや淡い。これは、知事(あるいは副知事)と国会議員との職務権限の特定性の差にある。しかし、徳洲会は歴とした病院経営体。社会への貢献は否定し得ない。DHCといえば、要するに利潤追求目的だけの存在と考えて大きくは間違いなかろう。批判に遠慮はいらない。

DHCの吉田は、その手記で「私の経営する会社にとって、厚生労働行政における規制が桎梏だから、この規制を取っ払ってくれる渡辺に期待して金を渡した」旨を無邪気に書いている。刑事事件として立件できるかどうかはともかく、金で政治を買おうというこの行動、とりわけ大金持ちがさらなる利潤を追求するために、行政の規制緩和を求めて政治家に金を出す、こんな行為は徹底して批判されなくてはならない。

もうひとつの問題として、政治資金、選挙資金、そして政治家の資産状況の透明性確保の要請がある。政治が金で動かされることのないよう、政治にまつわる金の動きを、世人の目に可視化して監視できるように制度設計はされている。その潜脱を許してはならない。

選挙に近接した時期の巨額資金の動きが、政治資金でも選挙資金でもない、などということはあり得ない。仮に真実そのとおりであるとすれば、渡辺嘉美は吉田嘉明から金員を詐取したことになる。

この世のすべての金の支出には、見返りの期待がつきまとう。政治献金とは、献金者の思惑が金銭に化したもの。上限金額を画した個人の献金だけが、民意を政治に反映する手段として許容される。企業の献金も、高額資産家の高額献金も、金で政治を歪めるものとして許されない。そして、金で政治を歪めることのないよう国民の監視の目が届くよう政治資金・選挙資金の流れの透明性を徹底しなければならない。

DHCの吉田嘉明も、みんなの渡辺喜美も、まずは沸騰した世論で徹底した批判にさらされねばならない。そして彼らがなぜ批判されるべきかを、掘り下げて明確にしよう。不平等なこの世の中で、格差を広げるための手段としての、金による政治の歪みをなくするために。
(2014年3月31日)

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「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻

「ヨッシー日記」と標題した渡辺喜美のブログがある。そこに、3月31日付で「DHC会長からの借入金について」とする、興味の尽きない記事が掲載されている。興味を惹く第1点は、事件についての法的な弁明の構成。これは渡辺の人間性や政治姿勢をよく表している。そして、もう一点は、DHC吉田嘉明のやり口に触れているところ。こちらは、金を持つ者への政治家の諂いと、金で政治が歪められている実態の氷山の一角を見せてくれる。いずれにせよ、貴重な読み物である。

渡辺の法的弁明は、一読して相当に腹の立つ内容。おそらくは、弁護士の代筆が下敷きにある。「本件は法の取り締まりの対象とはならない」という挑戦的な姿勢。政治倫理や、政治資金の透明性の確保などへの配慮は微塵もない。要するに刑事制裁の対象となる違法はないよ、という開き直りである。法的に固く防御しているつもりで、政治的には却って墓穴を掘っている。

ここでの渡辺の「論法」は、「吉田嘉明から渡辺喜美が、みんなの党各候補者の選挙運動資金調達目的で金を借りたとしても、その借入を報告すべき制度上の義務はなく、法律違反の問題は生じない」ということに尽きる。謂わば、法の隙間の処罰不能な安全地帯にいるのだという宣言である。

もちろん、「政治倫理の確立のための国会議員の資産等の公開等に関する法律」には違反している。この法律は、「(第1条)国会議員の資産の状況等を国民の不断の監視と批判の下におくため、国会議員の資産等を公開する措置を講ずること等により、政治倫理の確立を期し、もって民主政治の健全な発達に資することを目的とする。」として、政治家の資産と所得の公開を求めている。しかし、これには処罰規定がない。倫理の問題としては責められても、強制捜査も起訴も心配しなくて済む。

では、公職選挙法上の選挙運動資金収支として報告義務の違反にはならないか。渡辺は、「選挙資金として(渡辺から吉田に対する)融資の申し込みをしたというメールが存在すると報道がありました。たとえそれがホンモノであったとしても法律違反は生じません。」と開き直る。自分の選挙ではないからだ。報告義務を負うのは各候補者であり、各陣営の会計選任者だからということ。

では、政党の党首が選挙運動費用として党員候補者に使わせる目的で金を借りたら、その借入の事実を政治資金収支報告書に記載すべきではないか。これも、「党首が個人の活動に使った分は、政治資金規正法上、政治家個人には報告の義務はありません。そのような制度がないということです。個人財産は借金も含めて使用・収益・処分は自由にできるからです」とここでも開き直っている。

もっとも、渡辺がDHCの吉田から借りた金を、党の政治資金や候補者の選挙運動資金として貸し付ければ、その段階で、借り入れた側に、借入金として報告義務が生じる。この点はどうしても逃げ切れない。8億の金がどう流れたのか、調査の結果を待って辻褄が合うのかどうか検討を要する。

今の段階では、「一般的に、党首が選挙での躍進を願って活動資金を調達するのは当然のことです。一般論ですが、借り受けた資金は党への貸付金として選挙運動を含む党活動に使えます。その分は党の政治資金収支報告書に記載し、報告します。」という、開き直りでもあるが貴重な言質でもあるこの言葉を胸に納めておこう。

いずれにしても、みんなの党は総力をあげて渡辺の8億円の使途を追求しなければならない。でなければ、自浄能力のない政党として国民の批判に堪え得ず、全員沈没の憂き目をみることになるだろう。

興味を惹くもう1点は、政治家と大口スポンサーとの関係の醜さの露呈である。金をもらうときのスポンサーへの矜持のなさは、さながら大旦那と幇間との関係である。渡辺は、「幇間にもプライドがある」と、大旦那然としたDHC吉田嘉明のやり口の強引さ、あくどさを語って尽きない。その結論は、「吉田会長は再三にわたり『言うことを聞かないのであれば、渡辺代表の追い落としをする』、と言っておられたので今回実行に移したものと思われます。」というもの。

それにしても、渡辺や江田にとって、大口スポンサーは吉田一人だったのだろうか。たまたま吉田とは蜜月の関係が破綻して、闇に隠れていた旦那が世に名乗りをあげた。しかし、闇に隠れたままのスポンサーが数多くいるのではないか。そのような輩が、政治を動かしているのではないだろうか。

たまたま、今日の朝日に、「サプリメント大国アメリカの現状」「3兆円市場 効能に審査なし」の調査記事が掲載されている。「DHC・渡辺」事件に符節を合わせたグッドタイミング。なるほど、DHC吉田が8億出しても惜しくないのは、サプリメント販売についての「規制緩和という政治」を買いとりたいからなのだと合点が行く。

同報道によれば、我が国で、健康食品がどのように体によいかを表す「機能性表示」が解禁されようとしている。「骨の健康を維持する」「体脂肪の減少を助ける」といった表示で、消費者庁でいま新制度を検討中だという。その先進国が20年前からダイエタリーサプリメント(栄養補助食品)の表示を自由化している米国だという。

サプリの業界としては、サプリの効能表示の自由化で売上げを伸ばしたい。もっともっと儲けたい。規制緩和の本場アメリカでは、企業の判断次第で効能を唱って宣伝ができるようになった。当局(FDA)の審査は不要、届出だけでよい。その結果が3兆円の市場の形成。吉田は、日本でもこれを実現したくてしょうがないのだ。それこそが、「官僚と闘う」の本音であり実態なのだ。渡辺のような、金に汚い政治家なら、使い勝手良く使いっ走りをしてくれそう。そこで、闇に隠れた背後で、みんなの党を引き回していたというわけだ。

大衆消費社会においては、民衆の欲望すらが資本の誘導によって喚起され形成される。スポンサーの側は、広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。薄汚い政治家が、スポンサーから金をもらってその見返りに、スポンサーの儲けの舞台を整える。それが規制緩和の正体ではないか。「抵抗勢力」を排して、財界と政治家が、旦那と幇間の二人三脚で持ちつ持たれつの醜い連携。

これが、おそらくは氷山の一角なのだ。
(2014年4月2日)

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政治資金の動きはガラス張りでなければならない

本日(4月8日)の、朝日・毎日・東京・日経・読売・産経の主要各紙すべてが、みんなの党・渡辺喜美の党代表辞任を社説で取りあげている。標題を一覧するだけで、何を言わんとしているか察しがつく。

朝日新聞  渡辺氏の借金―辞任で落着とはならぬ
毎日新聞  渡辺代表辞任 不信に沈んだ個人商店
東京新聞  渡辺代表辞任 8億円使途解明を急げ
日本経済  党首辞任はけじめにならない
読売新聞  渡辺代表辞任 8億円の使い道がまだ不明だ
産経新聞  渡辺代表辞任 疑惑への説明責任は残る

各紙とも、「政治資金や選挙資金の流れには徹底した透明性が必要」を前提として、「渡辺の代表辞任は当然」としながら、「これで幕引きとしてはならない」、「事実関係とりわけ8億円の使途に徹底して切り込め」という内容。渡辺の弁解内容や、その弁明の不自然さについての指摘も共通。

毎日の「構造改革が旗印のはずだった同党だが最近は渡辺氏が主導し特定秘密保護法や集団的自衛権行使問題など自民党への急接近が目立ち、与党との対立軸もぼやけていた。いわゆる第三極勢自体の存在意義が問われている。」と指摘していること、東京が「『みんなの党は自慢じゃないけど、お金もない、組織もない、支援団体もない。でも、しがらみがない。だから思い切った改革プランを提示できる』と訴え、党勢を伸ばしてきた。党首が借入金とはいえ8億円もの巨資を使えるにもかかわらず、『お金がない』と清新さを訴えて支持を広げていたとしたら、有権者を欺いたことにならないか」と言及していることが、辛口として目立つ程度。これに対して、産経は「新執行部は渡辺氏にさらなる説明を促し「政治とカネ」の問題に率先して取り組み、出直しの第一歩にしてもらいたい」と第三極の立ち直りにエールを送る立ち場。

もの足りないのは、巨額の金を融通することで、みんなの党を陰で操っていたスポンサーに対する批判の言が見られないこと。政治を金で歪めてはならない。金をもつ者がその金の力で政治を自らの利益をはかるように誘導することを許してはならない。

DHCの吉田嘉明は、その許すべからざることをやったのだ。化粧品やサプリメントを販売してもっと儲けるためには、厚生行政や消費者保護の規制が邪魔だ。小売業者を保護する規制も邪魔だ。労働者をもっと安価に使えるように、労働行政の規制もなくしたい。その本音を、「官僚と闘う」「官僚機構の打破」にカムフラージュして、みんなの党に託したのだ。

自らの私益のために金で政治を買おうとした主犯が吉田。その使いっ走りをした意地汚い政治家が渡辺。渡辺だけを批判するのは、この事件の本質を見ないものではないか。

政治資金規正法違反の犯罪が成立するか否かについては、朝日の解説記事の中にある、「資金提供の方法が寄付か貸付金かは関係なく、『個人からのお金を政治資金として使うのであれば、すべて政治資金収支報告書に記載する必要がある』として、違法性が問われるべき」との考え方に賛意を表したい。

仮に、今回の「吉田・渡辺ケース」が政治資金規正法に抵触しないとしたら、それこそ法の不備である。政治献金については細かく規制に服するが、「政治貸金」の形となれば一切規制を免れてしまうことの不合理は明らかである。巨額の金がアンダーテーブルで政治家に手渡され、その金が選挙や党勢拡大にものを言っても、貸金であれば公開の必要がなくなるということは到底納得し得ない。明らかに法の趣旨に反する。ましてや本件では、最初の3億円の授受には借用証が作成されたが、2回目の5億円の授受には借用証がないというのだ。透明性の確保に関して、献金と貸金での取扱いに差を設けることの不合理は明らかではないか。

主要6紙がこぞって社説に掲げているとおり、事件の幕引きは許されない。まずは「みんなの党」内部での徹底した調査の結果を注視したい。その上で、国会(政倫審)や司法での追求が必要になるだろう。

政治と金の問題の追求は決しておろそかにしてはならない。
(2014年4月8日)

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いけません 口封じ目的の濫訴ー『DHCスラップ訴訟』を許さない・第1弾

当ブログは新しい報告シリーズを開始する。本日はその第1弾。
興味津々たる民事訴訟の進展をリアルタイムでお伝えしたい。なんと、私がその当事者なのだ。被告訴訟代理人ではなく、被告本人となったのはわが人生における初めての経験。

その訴訟の名称は、『DHCスラップ訴訟』。むろん、私が命名した。東京地裁民事24部に係属し、原告は株式会社ディーエイチシーとその代表者である吉田嘉明(敬称は省略)。そして、被告が私。DHCとその代表者が、私を訴えたのだ。請求額2000万円の名誉毀損損害賠償請求訴訟である。

私はこの訴訟を典型的なスラップ訴訟だと考えている。
スラップSLAPPとは、Strategic Lawsuit Against Public Participationの頭文字を綴った造語だという。たまたま、これが「平手でピシャリと叩く」という意味の単語と一致して広く使われるようになった。定着した訳語はまだないが、恫喝訴訟・威圧目的訴訟・イヤガラセ訴訟などと言ってよい。政治的・経済的な強者の立場にある者が、自己に対する批判の言論や行動を嫌悪して、言論の口封じや萎縮の効果を狙っての不当な提訴をいう。自分に対する批判に腹を立て、二度とこのような言論を許さないと、高額の損害賠償請求訴訟を提起するのが代表的なかたち。まさしく、本件がそのような訴訟である。

DHCは、大手のサプリメント・化粧品等の販売事業会社。通信販売の手法で業績を拡大したとされる。2012年8月時点で通信販売会員数は1039万人だというから相当なもの。その代表者吉田嘉明が、みんなの党代表の渡辺喜美に8億円の金銭(裏金)を渡していたことが明るみに出て、話題となった。もう一度、思い出していただきたい。

私は改憲への危機感から「澤藤統一郎の憲法日記」と題する当ブログを毎日書き続けてきた。憲法の諸分野に関連するテーマをできるだけ幅広く取りあげようと心掛けており、「政治とカネ」の問題は、避けて通れない重大な課題としてその一分野をなす。そのつもりで、「UE社・石原宏高事件」も、「徳洲会・猪瀬直樹事件」も当ブログは何度も取り上げてきた。その同種の問題として「DHC・渡辺喜美事件」についても3度言及した。それが、下記3本のブログである。

http://article9.jp/wordpress/?p=2371 (2014年3月31日)
「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判

http://article9.jp/wordpress/?p=2386 (2014年4月2日)
「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻

http://article9.jp/wordpress/?p=2426 (2014年4月8日)
政治資金の動きはガラス張りでなければならない

是非とも以上の3本の記事をよくお読みいただきたい。いずれも、DHC側から「みんなの党・渡辺喜美代表」に渡った政治資金について、「カネで政治を買おうとした」ことへの批判を内容とするものである。

DHC側には、この批判が耳に痛かったようだ。この批判の言論を封じようとして高額損害賠償請求訴訟を提起した。訴状では、この3本の記事の中の8か所が、原告らの名誉を毀損すると主張されている。

原告側の狙いが、批判の言論封殺にあることは目に見えている。わたしは「黙れ」と威嚇されているのだ。だから、黙るわけにはいかない。彼らの期待する言論の萎縮効果ではなく、言論意欲の刺激効果を示さねばならない。この訴訟の進展を当ブログで逐一公開して、スラップ訴訟のなんたるかを世に明らかにするとともに、スラップ訴訟への応訴のモデルを提示してみたいと思う。丁寧に分かりやすく、訴訟の進展を公開していきたい。

万が一にも、私がブログに掲載したこの程度の言論が違法ということになれば、憲法21条をもつこの国において、政治的表現の自由は窒息死してしまうことになる。これは、ひとり私の利害に関わる問題にとどまらない。この国の憲法原則にかかわる重大な問題と言わねばならない。

本来、司法は弱者のためにある。政治的・経済的弱者こそが、裁判所を権利侵害救済機関として必要としている。にもかかわらず、政治的・経済的弱者の司法へのアクセスには障害が大きく、真に必要な提訴をなしがたい現実がある。これに比して、経済的強者には司法へのアクセス障害はない。それどころか、不当な提訴の濫発が可能である。不当な提訴でも、高額請求訴訟の被告とされた側には大きな応訴の負担がのしかかることになる。スラップ訴訟とは、まさしくそのような効果を狙っての提訴にほかならない。

このような訴訟が効を奏するようでは世も末である。決して『DHCスラップ訴訟』を許してはならない。

応訴の弁護団をつくっていただくよう呼びかけたところ、現在77人の弁護士に参加の申し出をいただいており、さらに多くの方の参集が見込まれている。複数の研究者のご援助もいただいており、スラップ訴訟対応のモデル事例を作りたいと思っている。

本件には、いくつもの重要で興味深い論点がある。本日を第1弾として、当ブログで順次各論点を掘り下げて報告していきたい。ご期待をいただきたい。

なお、東京地裁に提訴された本件の事実上の第1回口頭弁論は、8月20日(水)の午前10時30分に開かれる。私も意見陳述を予定している。

是非とも、多くの皆様に日本国憲法の側に立って、ご支援をお願い申しあげたい。「DHCスラップ訴訟を許さない」と声を上げていただきたい。
(2014年7月13日)
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「政治とカネ」その監視と批判は主権者の任務だ-「DHCスラップ訴訟」を許さない・第15弾

政治資金規正法は、1948年に制定された。主として政治家や政治団体が取り扱う政治資金を規正しているが、政治資金を拠出する一般人も規正の対象となりうる。政治資金についての規正が必要なのは、民主主義における政治過程が、カネで歪められてはならないからだ。

政治資金規正法第1条が、やや長めに法の目的を次のとおり宣言している。
「この法律は、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性及び公職の候補者の責務の重要性にかんがみ、政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする。」

立派な目的ではないか。これがザル法であってはならない。これをザル法とする解釈に与してもならない。カネで政治を歪めることを許してはならない。

改めて仔細に読み直すと、うなずくべきことが多々ある。とりわけ、「議会制民主政治の下」では、「政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われなければならない」と述べていることには、我が意を得たりという思いだ。

キーワードは、「国民の不断の監視と批判」である。法は、国民に政治家や政権への賛同を求めていない、暖かい目で見守るよう期待もしていない。主権者国民は、政党・政治団体・公職の候補者・すべての議員への、絶えざる監視と批判を心掛けなければならない。当然のことながら、政治家にカネを与えて政治をカネで動かそうという輩にも、である。

砕いて言えば、「カネの面から民主主義を守ろう」というのが、この法律の趣旨なのだ。「政治とカネの関係を国民の目に見えるよう透明性を確保する。金持ちが政治をカネで歪めることができないように規正もする。けれども、結局は国民がしっかりと目を光らせて、監視と批判をしてないと民主主義の健全な発展はできないよ」と言っているのだ。

「政治資金収支の公開」と「政治資金授受の規正」が2本の柱だ。なによりもすべての政治資金を「表金」としてその流れを公開させることが大前提。「裏金」の授受を禁止し、政治資金の流れの透明性を徹底することによって、カネの力による民主主義政治過程の歪みを防止することを目的としている。

今私は、政治とカネの関係について、当ブログに何本もの辛口の記事を書いた。そのうちの3本が名誉毀損に当たるとして、2000万円の損害賠償請求訴訟の被告とされている。私を訴えたのは、株式会社DHCとその代表者吉田嘉明である。

どんな罵詈雑言が2000万円の賠償の根拠とされたのか、興味のある方もおられよう。下記3本のブログをご覧いただきたい。

http://article9.jp/wordpress/?p=2371 (2014年3月31日)
「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判

http://article9.jp/wordpress/?p=2386 (2014年4月2日)
「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻

http://article9.jp/wordpress/?p=2426 (2014年4月8日)
政治資金の動きはガラス張りでなければならない

いずれも、DHC側から「みんなの党・渡辺喜美代表」に渡った政治資金について、「カネで政治を買おうとした」とする批判を内容とするものである。

私は、主権者の一人として「国民の不断の監視と批判を求めている」法の期待に応えたのだ。ある一人の大金持ちから、小なりとはいえ公党の党首にいろんな名目で累計10億円ものカネがわたった。そのうち、表の金は寄付が許される法の規正限度の上限額に張り付いている。にもかかわらず、その法規正の限度を超えた巨額のカネの授受が行われた。はじめ3億、2度目は5億円だった。これは「表のカネ」ではない。政治資金でありながら、届出のないことにおいて「裏金」なのだ。

事実上の有権解釈を示している、『逐条解説 政治資金規正法〔第2次改訂版〕』(ぎょうせい・2002年)88頁は、法の透明性の確保の理念について、「いわば隠密裡に政治資金が授受されることを禁止して、もって政治活動の公明と公正を期そうとするものである」と解説している。

にもかかわらず、3億円、5億円という巨額な裏金の授受を規正できないとする法の解釈は、政治資金規正法をザル法に貶めることにほかならない。

この透明性を欠いた巨額カネの流れを、監視し批判の声を挙げた私は、主権者として期待される働きをしたのだ。逆ギレて私を提訴するとは、石流れ木の葉が沈むに等しい。これが、スラップなのだ。明らかに間違っている。

憲法と政治資金規正法の理念から見て、恥ずべきは原告らの側である。本件提訴は、それ自体が甚だしい訴権の濫用として、直ちに却下されなければならない。(2014年8月8日)

私に「6000万円支払え」と訴訟を提起した根拠が、以上のブログ記事である。これを違法として「6000万円支払え」と請求した人物が、DHCの吉田嘉明。読者諸賢の読後感はいかがだろうか。

問題は2段階ある。まずは、この内容の言論が違法とされてよいのか、ということ。そして、この内容の言論を違法として提訴し、表現者に応訴の負担をかけることが許されるのか、ということ。

私は、改めて読み直して、いずれの記事も正鵠を射たものであり、DHC・吉田嘉明の提訴違法について改めて確信を深めている。

(2019年10月9日)

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