澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

有罪認定に合理的疑いの余地が残れば、無罪としなければならない。

(2020年7月24日)
注目の、民医連柳原病院・乳腺外科医師「冤罪」事件。一審判決は予想のとおりに無罪だったが、控訴審で意外の逆転有罪となった。しかも、執行猶予のない実刑。愕然とせざるを得ない。

7月13日、東京高裁第10刑事部(朝山芳史裁判長・代読細田啓介裁判長)は、一審無罪判決を破棄して、懲役2年の実刑判決を言い渡した。冤罪の可能性が高い。

事件は、2016年5月、全身麻酔下に乳腺腫瘍摘出手術を受けた女性患者が、執刀した外科医師から「術直後に左胸を砥めるなどのわいせつ行為をされた」と訴えたもの。医師は、同年8月に「準強制わいせつ罪」で逮捕されて105日間勾留されているが、一貫して無実を主張している。

一審での主要な争点は、
①患者証言の信用性 (麻酔覚醒時のせん妄の有無や程度に関連する)
②科捜研のDNA鑑定及びアミラーゼ鑑定の証拠としての信用性及び証明力

19年2月20日の一審判決は、各争点について、有罪とするには合理的疑いを入れる余地が残る、として無罪判決を言い渡した。これが、文明社会のゴールデンルール。

二審では、「術後のせん妄の有無」を争点として審理。高裁判決は、せん妄の専門家ではない検察側証人の見解を採用し、一審段階からのオーソドックスな専門家の知見を排斥した。ゴールデンルールが崩壊した。

DNA鑑定及びアミラーゼ鑑定については、データや抽出液廃棄が行なわれて再現性・科学的信頼性に欠けることが問題となったが、一審と二審で判断が分かれた。科捜研鑑定の採用について、記者会見での高野隆主任弁護人は、こう厳しく批判している。

「非常識かつ非科学的な判決。科捜研の技官が『ちゃんとやった』と言いさえすれば、何の裏付けがなくても裁判所は信用する。…こんなに非科学的な裁判が行われ、冤罪が生まれていることに衝撃を受けている」

判決後、外科医師は改めて「私はやっていません」と発言。「公正であるべき裁判官が公正な判断をしないことに怒りを覚えている。一度壊れた生活を、やっとここまで立て直してきたのに、再びこれが壊される。この生活を守るためにたたかっていく」と訴えた。

この件に関する、医師の立場からの二つの見解をご紹介したい。

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2020年7月17日

東京高裁 第10刑事部の乳腺外科医裁判逆転有罪判決に対する声明

一般社団法人 東京都保険医協会 代表理事 須田昭夫
(文責)同協会 勤務医委員会担当理事 佐藤一樹

 東京高等裁判所第10刑事部(朝山芳史裁判長 本年5月2日定年退官)は、本年7月13日、いわゆる乳腺外科医裁判控訴審(平成31年(う)第624号 準強制わいせつ被告事件)において、東京地方裁判所刑事第3部の無罪判決を破棄し被告人に懲役2年の実刑を言い渡した。
原審では、乳腺腫瘍摘出術後の女性患者の診察時に、執刀医が健側の胸をなめ回し、二度目の診察時に自慰行為をしたという事件があったとするには、合理的な疑いを挟む余地があると判示していた。
本控訴審判決における、1非科学的誤謬、2反医学的判断、3非当事者対等主義による人権侵害、4「疑わしきは被告人の利益に」の原則否定などは、医師団体としても一般市民としても絶対に許容できない。当協会はこの冤罪判決に強く抗議する。以下上記4項目についての当協会の見解を述べる。

1.非科学的誤謬:
科捜研の鑑定は、採取資料を証拠物として保存せず廃棄し、呈色反応結果を撮影せず、検査結果を消しゴムと鉛筆で数回にわたって修正するなどしており、科学的検証が行えないものである。再現性のないものには、科学的信用性もない。しかし、裁判所は、そのような科捜研のアミラーゼ活性検出試験結果やリアルタイムPCRによるDNA型検出検査結果と検証実験結果を基に、舐めた場合の唾液量と飛沫の唾液量の比較定量評価を行っている。これでは、非科学的誤謬があると言わざるをえない。
さらに、裁判所は、これらのアミラーゼ鑑定とDNA鑑定に関する、検察側証人である元科捜研職員の原審証言を弾劾した、DNA鑑定の専門家医師の証言を根拠なく排斥している。

2.反医学的判断:
有罪の根拠とされた原告の証言の真実性の評価を左右するせん妄について、学術的に世界共通認識であるせん妄の診断基準を根拠にした延べ3人のせん妄の専門医(精神科医2人、麻酔科医1人)の証言を排斥し、反医学的判断をしている。具体的には、プロポフォールなどによるせん妄状態での性的幻覚出現の可能性が高い点、LINEメッセージ送信は、せん妄状態であっても「手続記憶による行動」で可能である点などを根拠なく否定していることがある。これに対し、裁判官が依拠する医師証人はせん妄の専門家ではない司法精神医学の専門家であり、本訴訟の証人としてふさわしくない、いわば「検察お抱え医師」である。

3.非当事者対等主義による人権侵害:
一審で証言した看護師証言を完全に排斥し、カルテの記載事実を実臨床に即さない恣意的解釈で評価している。例えば、「不安言動は見られていた」と記載があるのに「せん妄である旨の記載はない」ことを理由にせん妄症状ではないと判断している。看護師が実臨床において、医師のように診断して診断名をカルテに記載しないからといって、症状が存在しなかったことの証明にはなるはずがない。
なお、客観的な立場にある病室患者の証言について何も判示していない。

4.「疑わしきは被告人の利益に」の原則否定:
証拠調べを尽くして事実の存否が明確にならないときは被告人の不利益に扱ってはならないという刑事訴訟法の原則を無視している。「原判決は、合理性の観点から疑問を入れる余地がある」「DNAは、被告人の口腔内細胞を含む唾液に由来する可能性が高い」などと疑問を残したり絶対的真実性が存在しないのに、明確な根拠もなく被告人の不利益になる判断を行っている。
また、せん妄に幻覚が生じるのは、原審証拠で30%程度、控訴審証拠で20から50%あることを認めながら、性的幻覚体験の出現を完全に否定している。
なお、原審では被告人が自慰行為をしたという患者の証言の信用性を徹底的に否定しているが、控訴審判決では判決結果に不都合となる事柄について何の判示もされていない。

総じて、本控訴審判決では、明確に判示できない判断根拠については何の論証もなく唐突に「論理則、経験則等に照らして」という文言が随所に見られ、飛躍した結論を導いている。これは、有罪を支えようとする恣意的判断を論理的には説明ができないために、誤魔化しているとしか考えられない。ある著名な法律家が、「東京高等裁判所は、東京地検公判部東京高裁出張所(というべきで)、東京地検公判部の後ろ盾である」と評した通りである。
現在、世界的COVID-19の感染拡大によって、一般国民であっても会話時の飛沫の動態や、PCR検査の評価方法や、各検査間の感度や特異度の相違などの医学的基礎知識が高まり、サイエンスリテラシーやメディカルリテラシーのレベルが上がっている。そのような背景において、「検証可能性の確保が科学的厳密さの上で重要であるとしても、これがないことが直ちに本件鑑定書の証明力を減じることにはならないというべきである。」と嘯く傲慢な姿勢は、医師や医療者だけでなく一般国民からも批判を浴びている。誰が読んでも、常識から大きく乖離した冤罪判決である。
裁判官は科学の専門家ではない。だからこそ、科学技術の専門家証人の意見に公正に耳を傾けねばならない。本控訴審判決で真の専門医の証言を排斥し、科学的証拠の認定よりも裁判官の経験則を優先したことは、医療界を愚弄し、日本の刑事司法への絶望感を増長するものである。
最高裁においては、誤った原判決を破棄のうえ被告人を無罪とするか、あるいは原審裁判所へ差し戻して、被告人とされている医師を冤罪から救済しなければならない。

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令和2年(2020年)7月16日(木) / 「日医君」だより / プレスリリース

乳腺外科医控訴審判決に関する日医の見解について

 今村聡副会長は、7月13日に東京高等裁判所が、一審で無罪判決を受けた医師に対し、無罪を破棄し、懲役2年の実刑判決を言い渡した控訴審判決について日医の見解を発表した。

同副会長はまず、平成31年2月20日の一審の無罪判決についての記者会見時に、判決は妥当であり、検察は控訴を控えるべきと主張したことなど、本件に関する経緯を説明。

今回の控訴審判決については、

(1)報道等によれば、控訴審判決では、せん妄の診断基準について、学術的にコンセンサスが得られたDSM-5(米国精神医学会の精神疾患診断分類)に当てはめずに、独自の基準でせん妄や幻覚の可能性を否定した医師の見解を採用している、

(2)全身麻酔からの回復過程で生じるせん妄や幻覚は、患者にとってはリアルな実体験であり、現実と幻覚との区別がつかなくなることもある。このような場面は全国の医療機関で起こる可能性があり、もし、それが起こった場合には、医師や看護師が献身的にケアに当たっているのが実際であるにもかかわらず、そのことが理解されていない、

(3)科捜研のDNA鑑定等では、1.データを鉛筆で書き、消しゴムで消す、2.DNAの抽出液を廃棄する、3.検量線等の検査データを廃棄するなど、通常の検査では考えられない方法がとられるなど、一審の無罪判決の記者会見時でも述べた通り、再現性の乏しい杜撰な検査であるにもかかわらず、検査の信用性を肯定している―ことなどの問題点を挙げ、「もし、このような判決が確定すれば、全身麻酔下での手術を安心して実施するのが困難となり、医療機関の運営、勤務医の就労環境、患者の健康にも悪影響を及ぼすことになる」とした。

その上で同副会長は、「医師を代表する団体として、控訴審の有罪判決に強く抗議する」と述べるとともに、日医として今後も支援を続けていく考えを示した。

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Published in 金曜日, 7月 24th, 2020, at 23:05, and filed under 刑事司法, 医療.

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