澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「パットを外した」のは、トランプ自身ではないか。

(2020年9月3日)
類は友を呼ぶ。アベシンゾーの友は、同類のトランプやプーチンであるという。「友」もいろいろ。シンゾーもひどいが、トランプやプーチンは、これに輪を掛けたムチャクチャぶり。それぞれにムチャクチャではあるが一定の岩盤支持層を有していることが、同類の所以。

トランプは退任表明をした朋友シンゾーについて「素晴らしい人物。最大の敬意を表したい」とお世辞を言っているそうだ。お互いにそう言い合おうとの魂胆が見え見えで、醜悪きわまる。もっとも、トランプの真意はこういうことだ。

「シンゾーこそ、これまでどんな無理なことも私の言うとおりに従順に従ってくれた素晴らしい人物。とりわけ、友情の証しとして、日本国民への苛酷な負担をも顧みず、ほとんど独断で不必要な大量の武器を私の言い値で購入してくれたことに、心の底からの敬意を表したい」

トランプとシンゾー。ゴルフ仲間だという。多分どちらも、パットは下手くそなのだろう。トランプが、「ゴルフの大会で、3フィートのパットでも外すことはある」と言ったことが話題になっている。もちろん、「3フィートのパット外し」は、比喩である。この出来の悪い比喩が、もしかしたら大統領選の命取りになるかも知れない。

トランプは8月31日放送のFOXニュースのインタビューで、米中西部ウィスコンシン州の警官による黒人男性銃撃事件を話題にして、警官を取り巻く非難の重圧がますます厳しくなっていると強調した。その上で、このような重圧の中では「ゴルフの大会でもそうだが、3フィート(約90センチ)のパットでも外すことはある」と述べたのだ。白人警察官が丸腰の黒人男性の背後から至近距離で7発もの銃弾を打ち込んで瀕死の重傷を負わせた深刻な犯罪行為を、お気楽に趣味のゴルフに例えたというわけだ。

「3フィートのパットを外す」という比喩は、「7度の発砲」についてのもの。恐ろしく下手くそで分かりにくいだけでなく不愉快極まる比喩ではあるが、重圧の中ではどんなゴルファーも、「3フィートのパットを外すというミス」を起こすものだ。同様に、非難の世論という重圧の中では、白人警官が「黒人男性に対する背後からの7度の発砲というミス」を起こしても不思議ではないと言いたいのだ。だから、パットミスと同様に、発砲した白人警官を責めることは酷に過ぎる、大目に見てやれ。そういう、白人層に対するアピールなのだ。白人警官の黒人に対する発砲行為が抱えている深刻な問題を見ようとせず、パットミス程度の問題と擁護しようというのだ。当然のことながら、ワシントン・ポスト紙を始め有力メディアが、批判の声を上げている。

パットミスを使った下手な比喩で、白人警官を擁護しようとしたトランプ発言だったが、実はパットを外してミスを犯したのはトランプ自身ではないか。彼は、自らの「3フィートのパットミス」発言で、差別主義者であることをさらけ出したのだから。確かに、厳しい環境に焦ると本性をさらけ出す発言で、取り返しのつかないミスを犯しがちではある。トランプがそれを証明して見せた。

ところで、トランプの友人というシンゾー君。ゴルフ仲間のシンゾー君よ。「素晴らしい人物。最大の敬意を表したい」とまでお世辞を言われているシンゾー君。そして、シンゾー後継を争う諸君。君たちもそう思うか。トランプの言うように、「白人警官が黒人男性の背後から7回も銃撃することは、パットミス程度のことか」と。また、こんな発言をするトランプと、今後も友人関係を続けようというのか、と。

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Published in 木曜日, 9月 3rd, 2020, at 20:47, and filed under アメリカ, 人権, 安倍政権, 差別.

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