包茎を「商品」にした高須克弥の「医は算術」
(2021年4月4日)
澁谷知美著『日本の包茎 男の体の200年』(発刊2021年4月4日、筑摩選書)が話題である。一つは、ジェンダーやセクシュアリティに関しての学術的な関心からの話題であるが、もう一つは「消費者問題」や「医療・医師のあり方」としての話題である。しかも、後者の話題には、大村知事リコール問題での大規模な署名偽造問題の渦中にある高須克弥が絡んでいることで関心は高い。
澁谷知美とは1972年生まれの社会学者。東大大学院で教育社会学を専攻し、現在は東京経済大学教育センター准教授という肩書。ジェンダー及び男性のセクシュアリティの歴史を専門分野としているという。学問の世界も多様化してきたものだ。
昨日(4月3日)の毎日新聞書評欄に渡邊十絲子(詩人)がこの書を取りあげ、大要、こう述べている。
「包茎は日本人男性の多数派なのに、なぜ恥ずかしいのだろうか。病気でないのに手術を受けるのは、不自然ではないのか。…この書にまとめられた熱意あふれる調査研究は、これが男性の自意識や生き方にかかわる大問題であることを示している。
著者(澁谷)が調べた文献は、江戸後期から現代まで、医学書から週刊誌までと幅広い。包茎を恥とする文化は「男性による男性差別」であると著者は見ている。その背景にあるのは、男性の自己肯定感の築き方がとても偏っているという事実だ。
このような事情で男性は劣等感を抱きがちだが、それを巧妙に刺激して大儲けしたのが、包茎手術を勧めるクリニックだ。ひところは、いくつもの男性向け雑誌がタイアップ記事(実質的には広告)で「女は包茎が大嫌い」というキャンペーンを展開した。そこで「女性の意見」として紹介されていたのは、実は男性が作為的に用意した言葉だ。本来は必要のない手術を受けさせるために包茎をこきおろし、でも「悪口を言っているのは女性」という体(てい)にしたずるさに、強い怒りをおぼえる。」
同じ4月3日。文春オンラインが、同じ問題意識の記事を掲載した。
「手術失敗を苦にして自殺した14歳少年も…多数派なはずの“仮性包茎”が“恥ずかしい”ものになってしまった理由とは」
https://bunshun.jp/articles/-/44070
「包茎は過去の商品になってしまったな」“常識”を“捏造”して日本を包茎手術大国にした仕掛け人の本音
https://bunshun.jp/articles/-/44071
その記事の中に、「手術の不要性と消費者問題」という小見出しがある。なるほど、これは歴とした消費者問題なのだ。以下はその一節。
「仮性包茎は医学上、病気ではなく、手術の必要性もない。しかし、「そのままでは女性に嫌われる」といった喧伝から、手術に走る男性は後を絶たなかった。こうしたコンプレックス商法はいったい誰の手によって、どのように市場をつくりだしてきたのだろうか。
ここでは、社会学者である澁谷知美氏の著書『日本の包茎 男の体の200年史』(筑摩書房)を引用。コンプレックス商法で包茎手術が一大ブームとなった背景、そして、男性性を手玉に取り、包茎を「商品」にした仕掛け人の言葉を紹介する。」
文春オンラインは、澁谷論文を引いて、包茎手術を「コンプレックス商法」による消費者被害と構成する。大衆消費社会では消費者の需要や、消費者の欲望すらも、企業の操作によって創出される。つまり、本来要らない商品やサービスを売り付けられるのだ。そのようにして、ぼろ儲けする仕掛け人がいる。数々の悪徳商法に共通の構図である。その仕掛け人こそ高須克弥なのだ。
ネットで検索すると、澁谷知美論文を読むことができる。
戦前期日本の医学界で仮性包茎カテゴリーは使われていたか
―1890-1940 年代の実態調査の言説分析―
https://repository.tku.ac.jp/dspace/bitstream/11150/10920/1/jinbun140-07.pdf
その中(61ページ)に、下記の記述がある。
「包茎手術をビジネス化し,「金勘定ばかりの“実業家”」(大朏博善,『美容(外科)整形の内幕』医事薬業新報社。1991:149)とも評価される,美容整形外科医の高須克弥がこのような証言をしている。
『僕(高須)が包茎ビジネスをはじめるまでは日本人は包茎に興味がなかった。僕,ドイツに留学してたこともあってユダヤ人の友人が多いんだけど,みんな割礼しているのね。ユダヤ教徒もキリスト教徒も。ってことは,日本人は割礼してないわけだから,日本人口の半分,5千万人が割礼すれば,これはビッグマーケットになると思ってね。雑誌の記事で女のコに「包茎の男って不潔で早くてダサい!」「包茎治さなきゃ,私たちは相手にしないよ!」って言わせて土壌を作ったんですよ。昭和55年当時,手術代金が15万円でね。〔中略〕まるで「義務教育を受けてなければ国民ではない」みたいなね。そういった常識を捏造できたのも幸せだなぁって(笑)』(「鈴木おさむの伝説の男10人目 高須クリニック院長 高須克弥」『週刊プレイボーイ』2007年6月11日:81?82ページ)
包茎を「商品」にした消費者問題の仕掛け人とは、ほかならぬ高須クリニック院長・高須克弥なのだ。この男のこの語り口のなんという下劣さ。これが人の生命と健康を預かる医師の言葉だろうか。
文春オンラインに戻る。高須は、「包茎は過去の商品になってしまったな」と見切りを付けているという。これも、澁谷の引用である。
「2013年は「ひとつの時代の終わり」を感じさせる出来事がふたつ起きた。ひとつは、包茎ビジネスを牽引してきた高須がその終焉を宣言するかのようなツイートをしたことである。「香料、お茶、阿片と儲かる商品は移り変わる。今度は何かな?包茎は過去の商品になってしまったな」と書いている(8)。包茎手術が意図的に作り上げられた「商品」であることを高須は2007年のインタビュー(9)ですでに暴露していたが、その商品も売れなくなっていることを示唆する内容である。」
*(8)https://twitter.com/katsuyatakasu/status/304393036325076992、2020年9月18日アクセス
*(9)『週刊プレイボーイ』2007年6月11日、81?82頁
なるほど、この男の頭の中では、包茎手術は、「香料、お茶、阿片」と並ぶ、「儲かる商品」だったのだ。しかも、その商品需要はこの男が「捏造」したことを得意げに語っているのだ。「今度は何かな?」というのは、医師の職業倫理から出てくる言葉ではない。まことに、「金勘定ばかりの“実業家”」と呼ばれるにふさわしい。これが、「ネトウヨ」として高名な高須の本性なのだ。澁谷知美の学術書が、思わぬ副産物をもたらしている。