澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「一番はじめは 一の宮」

 汽車の窓 はるかに北にふるさとの山見え来れば 襟を正すも

この啄木の歌が好きだ。その気持がよく分かる。いつも、盛岡が近くなると車窓から岩手山を探す。人はふるさとに近づくと、自然に襟を正す気持になるのだ。今日は、幸運。名残の雪を戴いた岩手山が目に入る。その堂々と落ちついた姿が好もしい。そして夕刻、岩手山のシルエットを背に盛岡を離れた。

帰京までの新幹線の徒然に、なんの脈絡もなく次の数え歌を思い出した。母からではなく、父から教えられた記憶がある。

一番はじめは 一の宮
二は 日光東照宮
三は 佐倉の宗五郎
四は 信濃の善光寺
五つ 出雲の大社(おおやしろ)
六つ 村々鎮守様
七つ 成田の不動尊
八つ 八幡の八幡宮
九つ 高野の弘法さん
十は 東京泉岳寺
これだけ願をかけたなら浪子の病も治るだろう

庶民信仰の神社仏閣定番メニュー、あるいはベストテンランキングとしてまことに興味深い。もっとも、「一番はじめ」から「七つ」までは間違いないが、「八つ」から「十」まではうろ覚えで自信がない。

いろんなバリエーションがあるのだろうが、「村々鎮守様」や「宗五郎神社」があって、東大寺や法隆寺、伊勢神宮や明治神宮、そして京都五山も鎌倉五山も、歌に数えられていないのが面白い。国家鎮護の大伽藍は、庶民信仰になじまないのであろう。

とすると、靖国神社がないのが微妙なところ。
東京招魂社以来庶民に支えられてきた神社である。意識的に庶民と結びつき、花見や相撲、サーカス、演芸等々のイベントで賑わい続けてきた靖国である。しかし、典型的な「国家鎮護の大伽藍」でもある。数え歌に出てきてもおかしくないし、出てこないことに必然性があるようにも思う。

庶民と結びつき庶民に支えられた靖国ではあるが、国家の命令による戦争や戦死とも結びついた忌まわしさもつきまとう。庶民感覚は、アンビバレントな靖国神社評価をしていたのだろう。

靖国を読み込むとなれば、
五は 護国のご祭神
八つ 靖国ご大祭
九は 九段の大鳥居
十で とうとう倅も神様に
などと数え歌に乗り易い。

ところが、ネットで検索してみると「十は 東京招魂社」というバリエーションがあるそうだ。庶民信仰メニュー・ベストテンに顔を出す靖国神社、恐るべし。

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Published in 土曜日, 5月 25th, 2013, at 00:05, and filed under 未分類.

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