澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

右翼が褒めてくれたから だから12月26日はヤスクニ記念日

ずいぶん迷ったんだけど、去年の今日、思いきって靖国に参拝して本当によかった。もちろん風当たりは覚悟していた。中国も韓国もそりゃ怒るさ。あたりまえのはなしだ。けど、そんなことは想定の範囲。日中・日韓の外交関係が冷え込めば、憲法改正だってやりやすくなる。「わが国をめぐる安全保障環境は、近年ますます厳しくなって…」というあのフレーズが使いやすくなる。そうすれば、明文改憲ができなくても、憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使容認に踏み切ることだってできるんじゃないかと思っていた。いや、我ながらみごとな戦略、ズバリうまく行った。

去年のこの日は、第2次安倍政権が発足してからちょうど1年目だったんだ。第1次安倍政権のときは、結局任期中に一度も参拝できなかった。もちろん、できることならやりたかったんだ。だって私を政権の座に押し上げてくれたのは、保守の皆さんではない。明らかに右翼の皆さんだからね。そのお礼の気持ちを表すのには、靖国参拝が一番じゃないか。なんたって「右翼には靖国」だよ。しかし、第1次政権では一度も靖国参拝ができずじまいで、「痛恨の極み」と言ったままだ。第2次政権になって1年たっても参拝できなきゃ、「安倍晋三は口だけの右翼政治家だ」と言われちゃうじゃないか。そんなことになったら、もっと右の誰かに支持を奪われてしまうかも。だから、頑張って参拝をやっちゃったんだ。

いや、右翼の皆さん心から喜んでくれた。あんなに喜んでもらって私も嬉しかった。右翼冥利に尽きたし、政治家冥利にもだね。だから、その嬉しさを日記に書き留めておいたんだ。
 「ボクの決断が右翼にウケたから だから12月26日はヤスクニ記念日」
出来がよくない? お粗末様。

でも、皆さん覚えておいででしょう。「もし私を右翼の軍国主義者と呼びたいのであれば、どうぞそう呼んでいただきたい」という私の発言。そのとおり、掛け値なしに私は正真正銘の「右翼の軍国主義者」なんですよ。右翼のための右翼首相の靖国参拝。どうしたって一度はやらなくちゃ。去年あのときにやっておいてよかった。

去年の12月26日午前11時半、私は靖国神社に昇殿参拝したんだ。「内閣総理大臣 安倍晋三」と札をかけた花を奉納して、肩書も記帳した。官房長官は私的参拝と言っていたけど、それじゃ右翼の皆さんが納得しない。やっぱり、公的資格における参拝でいいんじゃないの。

参拝後、記者に囲まれてね、こう言ったんだ。
「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対し、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊やすらかなれとご冥福をお祈りした」「日本は二度と戦争を起こしてはならない。私は過去への痛切な反省の上に立ってそう考えている。戦争犠牲者の方々のみ霊を前に、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を新たにしてきた。」とね。
これ、苦心の作なんだ。これなら右翼の期待をあんまり裏切ることなく、一般人の感情からもさしたる反発を招かないだろう。キーワードは「不戦の誓い」だ。ボクだって、けっこう考えているんだよ。

もっとも、ボクだって政治家だ。言ってることと思っていることが同じであるわけがない。IOC総会のときだってそうだ。本当は、福島第1から海に放射能がダダ漏れなのは分かっていたさ。でも、それを言っちゃおしまいだろう。「アンダーコントロール」と「完全にブロック」って言ったから、オリンピック誘致に成功したんじゃないか。このコツが大切なんだ。真実を言うことじゃない。

「中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは全くない。…中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたいと願っている」とも言ったけど、本当にそんな気持をもっていたら、靖国神社に参拝などできるものか。思い切り人をぶん殴っておいて、「あなたを傷つけるつもりなど毛頭ありません。今後とも、敬意を持ってあなたとの友好関係を築いていきたいと願っています」と言っているようなものだからね。

そういえば、もう一つ苦心があった。こう言ったんだ。「また戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも参拝した」と。鎮霊社を持ち出したのは、なかなかの工夫だ。あんまり、皆さん鎮霊社って知らないでしょう。「靖国神社の構内には、天皇への忠死者以外の人たちみんなを祀る施設があるんだ」と納得してくれそうじゃない。

鎮霊社とは、靖国神社にもともとあったもんじゃない。靖国神社のパンフレットには、「戦争や事変で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊するために、昭和40年(1965)に建てられました。」とある。

私も、このときはじめてしげしげと鎮霊社を見て、正直のところちょっと驚いた。あんまり規模が小さいし、みすぼらしかったから。鳥居も付いてない。手入れも悪そう。本殿の立派さと比べて鎮霊社のみすぼらしさと粗末な扱われ方は極端だね。靖国における「魂の差別」「死者の差別」と言えば言えなくもない。そうとは思うけど、そうはけっして口に出したりしない。私だって政治家だもん。

本当に私が言いたかったことは、「不戦の誓い」なんかじゃない。「鎮霊社にも参拝した」は、言い訳のためのカムフラージュ。誰だって分かっていることだ。

そもそも、靖国で平和を語ることは不似合いだ。富士には月見草がよく似合う。鳩にはオリーブの葉。軍国神社靖国には軍服を着たおじさんの進軍ラッパがよく似合う。とうてい「不戦の誓い」が似合うところではない。それくらいのことは長州出身の私はよく心得ている。

ホンネはこんなところだな。
「英霊の皆様、とりわけA級戦犯として無念の死を遂げられた14柱の皆様。ようやく、臣安倍晋三が、皆様のご無念をお晴らし申し上げるときがやってこようとしています。国家が、富国強兵の目的のもと、版図を拡大するための戦争を行うのは、当然のことではありませんか。すべての独立国には戦争する権利がある。しかも、皆様がご苦労された戦争は我が国の自存・自衛のために敵国に攻め入って敵国で闘ったもの。反省すべきは、果敢に闘ったにもかかわらず戦争に敗れたこと。兵力の不足と、鍛錬の不足、そして武装のための経済力の不足でした。これからは、一意専念、アベノミクス効果で国力を増強し、武器産業を拡充し、国民には愛国心を叩き込み、軍事費拡大による軍備の増強と軍事法制の充実をはかります。幸いに、特定秘密保護法は国会を通過し、新たな大本営であるNSCもできました。集団的自衛権行使容認ももうすぐ。憲法改正だって夢ではありません。大っぴらに戦争を語ることのできない異常な時代はもうすぐ終わります。戦後のレジームを克服し、天皇をいただいた大日本帝国時代の日本を取り戻す計画が着々と進行しております。ですから英霊の皆様、とりわけA級戦犯の皆様、安らかに我が国の再びの軍国化の将来をお見守りください。」

あれから1年経った。私の靖国参拝が、中国・韓国・北朝鮮等の近隣諸国に対する挑発行為と受けとられたことは、事実だからやむを得ない。保守本流や財界からは、国益を損なう外交の拙劣とかいう批判もあるけど、たいしたことはないさ。もっとも、アメリカ政府までが、「失望した」なんて言い始めたのが想定外だったけど。

近隣諸国との緊張関係は確実に高まった。それが功を奏して7月1日に集団的自衛権行使容認の閣議決定まで漕ぎつけることができた。そして、評判の悪い第2次安倍政権だったが、なんとか乗り切ってきた。今回の総選挙も小選挙区制様々で、結果オーライだ。ボクには、持って生まれた何かがあるんだな。

今後とも、隙あらば、国民の批判がかわせるとの読みができれば、靖国参拝を重ねたい。その実績が、「靖国派」とか、「歴史修正主義派」とか言われている人々を励ますことになるからね。

そして、英霊やA級戦犯の皆様にこう誓うんだ。
「必ずや軍備を増強して日本を強い国にします。再び戦争に負けるような国にはしません。そのために、憲法を改正し憲法9条をなくして精強な国防軍をつくり、戦前の軍事大国日本を取り戻します」
この度の選挙で勝てたし、英霊との約束を果たすことができそうだ。

第1回目の「ヤスクニ記念日」バンザイだ。
(2014年12月26日)

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