澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

アベ政治を許さない!「アベ政治十の大罪と七つの被害」

本日は、文京区民センターでの「アベ政治を許さない! 4・27文京区民集会」。熱気のこもったなかなかの集会となった。若者の姿も見えたのが頼もしい。

以下は、私の基調報告のレジメ。このレジメの行間をそれぞれの立場で読み込み、使いやすいように改変して活用していただけたらありがたい。

現在の状況を、「アベ政治の罪」と「国民の被害」と「処罰(退陣)」と構成してみた。医療に喩えれば、「病名(疾患)」と「症状」と「処方」と構成もできるだろう。アベ政治にレッドカードを突きつけて「ピッチから退場」させなければならない。その理由と方法を分かり易く整理したつもりである。
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        アベ政治十の大罪
1 憲法をないがしろにする罪         (解釈改憲と明文改憲)
2 平和を破壊する罪              (戦争法と7・1閣議)
3 民主主義を蹂躙する罪           (安保特での「採決」強行)
4 格差を拡大し貧困をつくり出す罪     (新自由主義経済政策)
5 メディアを規制し国民の耳と目をふさぐ罪(秘密保護法と停波・NHK)
6 原発再稼働と原発プラント輸出推進の罪(本音は核保有)
7 歴史の真実を曲げる罪           (靖国・慰安婦・教科書)
8 オール沖縄の民意を圧殺する罪     (辺野古新基地建設強行)
9 TPP交渉推進の罪             (秘密主義と主権の放棄)
10 劣化政治家濫造の罪           (甘利・宮崎・武藤・大西…)

        アベ政治による七つの被害
1 危うくされているものは平和
2 奪われたものは民意に基づく政治
3 覆われたものは真実
4 痛めつけられたものは庶民の生活
5 汚されたものは歴史の真実
6 断ち切られたものは未来と希望
7 損なわれたものは安全と安心

        こうしてアベ政治に引導を渡そう
 アベ政治の罪と被害を深く知ること、広く知らせること
 至るところでアベ・ビリケン(非立憲)政治批判の声を上げること
 声を上げた市民が幅広く連帯すること
 市民が野党の背を押して野党共闘を作り上げ選挙戦に勝ち抜くこと
 勝ち抜いた国会で、憲法改正の発議を許さず、戦争法を廃止すること

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アベ政治の基本姿勢は、「戦後レジームから脱却」して、「美しい日本を取り戻す」というもの。これは、戦後民主主義を否定して戦前回帰を呼号するものにほかならない。

なぜ、戦前回帰なのか。天皇制下の臣民こそが、政権にとって統治しやすく、資本にとって使い勝手がよいからだ。文句を言わず権利主張をせず、権威主義的で勤勉な国民、これこそ政権と政権を支える資本が望む国民像なのだ。

権力や資本に従属する臣民は、敗戦を経て主権者となり人権主体となった。この変化をもたらしたものこそ戦後民主主義であり、その制度の中核に日本国憲法がある。アベ政治は、この戦後民主主義体制を総体として否定し去ろうという政権である。だから、日本国憲法に激しい敵意をもっている。アベ政権はこれまでの保守政権とは違う。戦後民主主義と日本国憲法を否定する危険な存在と認識しなければならない。

アベ政治のもう一つの基本姿勢は、新自由主義の徹底である。資本を優遇し、資本の活動への最大限の自由を保障しようとする。具体的には、解雇の自由であり、労働条件差別化の自由であり、不当労働行為の自由であり、最大限の規制緩和であり、企業減税である。格差・貧困の積極的容認策でもある。

新自由主義政策と戦前回帰政策とが、奇妙なマッチングをしているのが、アベ政治の特徴ではないか。このマッチングは、必然的に軍事大国化路線を志向し、富国強兵を国策とすることになる。

だから、政治・経済・財政・外交・防衛・教育・福祉・労働…等々のあらゆる分野において、アベ政権は国民生活と軋轢をもたらす。一言で表現すれば、アベ政治とは本質的に反国民的政治なのだ。しかも、政権の好戦性は際立っている。

それを整理すれば、「アベ政治 十の大罪 七つの被害」となる。

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アベ政治にレッドカードを突きつけなくては、壊憲の動きは止まらない。引導を渡す手段は、何よりも選挙である。反アベ陣営が小異を捨てて選挙共闘の大同につかなくては選挙戦での勝利はできない。

反アベ陣営とは、市民と諸野党である。北海道5区の補選から貴重な教訓を汲むべきである。池田候補の惜敗を共闘の失敗とみてはならない。

NHKの出口調査による投票者の政党支持率のうち与党は次の数字だった。
 自民 44%
 公明  5%
 自・公の合計が49%となる。これに、1%未満の「大地」を切り上げて足せば、ちょうど50%。つまり、町村後継である和田候補の基礎票はほぼ50ポイント。

これに対する野党側は、以下のとおりである。
 民進 20%
 共産  5%
 社民  1%
合計して、26%。つまり、池田候補の基礎票は26ポイント。

アベ側の和田候補に、民進と共産と社民の候補がバラバラに対抗しても勝ち目はない。候補者を統一した場合の基礎票の割合は50対26。ほぼ2対1の差。当初は、「ダブルスコアでの和田勝利」と囁かれたことにはそれなりの根拠がある。

しかし、池田候補と支持者の奮闘にはめざましいものがあった。市民が各野党の紐帯となって選挙運動の母体を作り、市民候補を市民と各野党が一体となって推す形ができた。創意にあふれた自発性の高い運動の結果、ダブルスコアを伯仲まで押し戻したのだ。熊本震災前には逆転の声も聞かれたし、千歳・恵庭という基地の街を除けば池田候補が勝っていたという側面も見なければならない。

参院選が近い。一人区の共闘がどこまで出来るかがカギとなってきている。参院選の経験は、総選挙の小選挙区での共闘につながる。市民と野党の選挙共闘によって、議席を確保しアベ政権を退場させて、改憲を阻止しなければならない。切実にそう思う。

アベ政治跳梁の現事態は、紛れもなく非常時である。立憲主義も危うい。民主主義も自由も危うい。何よりも平和が危うい。明文改憲を許せば、悔いを千載に遺すことになる。ならば、この非常時を乗り切るために、市民の声を背にした野党の大同団結があってしかるべきだ。いや、憲法と平和と民主主義を守るには、この道以外にはないではないか。
(2016年4月27日)

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