澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

アベシンゾウ施政方針演説のホンネ

アベシンゾウでございます。
昨日(1月20日)、第193通常国会における内閣総理大臣としての施政方針演説を行ったのですが、世の注目度がイマイチで面白くありません。あの乱暴者ドナルド・トランプにお株を奪われて、ワタクシ影がすっかり薄くなってしまったわけでございます。

皆さまご存じのとおり、ワタクシとドナルドは、政治上の価値観を同じくするリーダーであります。二人とも、強固な差別主義者で排外主義者であり、過去の国家の栄光を回復しようという守旧派でもあり、軍備増強主義者でもあります。反知性で、オバマ前大統領のような教養に欠けていることにコンプレックスを感じていることでも似た者どうし。

ワタクシも、トランプと同じように言いたいことを言えれば、どんなにか溜飲の下がることかと思うのですが、それは言えません。ホンネを言った途端に、政権はもたない。そのことはよく心得ているのです。言わば、小出しに、ダマシダマシの演説をするしかないのです。それでも、ある程度は、施政方針演説の中に秘められている私の本音を読み取っていただきたいと思うのでございます。

さて、昨年末、オバマ大統領と共に、真珠湾の地に立ち、先の大戦で犠牲となった全ての御霊に、哀悼の誠を捧げました。「全ての」とは、「日米の」という意味で、中国や朝鮮・韓国、シンガポール、マレーシャ、フィリピン、ミャンマー、インド、インドネシア、イギリス、オランダ、オーストラリア等々の旧敵国の犠牲者については、除かれているものであることを、私の強固な支持基盤である右翼の皆さまのために強調しておきたいと思います。

我が国では、300万余の同胞が失われました。数多の若者たちが命を落とし、英霊となったのです。ご存じのとおり、英霊とは、旧帝国陸海軍の軍人軍属の戦死者の霊を、天皇への忠死として美化するための造語です。皇軍の軍人軍属の死者は、敵国の死者や民間人の死者と区別して、美称をもって褒め称えなければならないのです。

真珠湾に同行したイナダ防衛大臣は、ワタクシと右翼的歴史認識を同じくし、軍国主義的な志をともにする同志でありますが、真珠湾からの帰国の翌日に、英霊をお祀りする靖國神社に参拝しています。もちろん、私の承諾なくしてなし得ることではありません。このあたりに、ワタクシのホンネを察していただきたいのです。

かつて敵として熾烈に戦った日本と米国は、米国の圧倒的な軍事的支配が貫徹し、強い主従の関係で結ばれた従属的同盟国となりました。しかし、日本が最も長く闘い最大の犠牲を強いた中国や、長い間過酷な植民地支配を続けて恨みを買った朝鮮・韓国とは、関係が冷え切ったままです。実は、それこそが我が政権の望むところなのですが…。

世界では今なお争いが絶えません。憎しみの連鎖に多くの人々が苦しんでいます。その憎しみの連鎖を断ち切る思想が、憲法9条なのでしょうが、憲法9条こそはワタクシの最も忌むところです。非戦の思想に代えて、私は「寛容の大切さ」を提案します。中国も韓国も、北朝鮮も、そして日本の侵略的行為によって辛酸を嘗めた諸国民の全てが、日本に対して「寛容」を示さなければなりません。それこそが、未来を見据えた平和の第一歩なのです。

これまでも、今も、そしてこれからも、日米同盟こそが我が国の外交・安全保障政策の基軸であります。日本の米国への従属こそが不変の原則であり、両国の絆の基本です。トランプ新大統領はワタクシの面子などお構いなしにTPP離脱を表明しましたが、なんとか翻意してもらえるよう、おすがりするために早期の直訴訪米をしなければなりません。聞き入れてもらうのは難しかろうとは思うのですが、それでも参勤交代の責務を果たして、臣下としての立場を更に明確化する考えであります。

ワタクシの政策は、ドナルドと同一で「アメリカ・ファースト」であります。「アメリカ・ファースト」とは「沖縄県民ラースト」ということです。辺野古・高江などの新基地建設については、最も大切な友人に迷惑をかけるようなことがあってはなりません。ワタクシは、オスプレイが墜落しようと、基地内の米兵の不祥事が続こうと、何が何でもオール沖縄の県民意思を踏みつぶし、全国の警察力や海保の実力を総動員し、沖縄の自然を破壊して断固基地建設に邁進することを、この場を借りてドナルドにお約束いたします。

かつて、民主党政権は、「最低でも県外」と言ったことすら実現せず、失望だけが残りました。威勢のよい言葉だけを並べても、現実は一ミリも変わりません。必要なことは、実行です。結果を出すことであります。アベ内閣は、沖縄の平和運動を弾圧して、米国との信頼関係の下、抑止力を維持しながら、辺野古・高江の新基地建設を強行し、南西諸島の自衛隊基地を強化して、一つひとつ着実に結果を出していく決意であります。

南スーダンでは、明日にも何があるか分からない状勢です。それでも、駆けつけ警護の任務を帯びた自衛隊派兵の実績作りが大切なのです。今こそ、「積極的平和主義」という名で、軍事重視の旗を高く掲げ、能う限りの軍事的貢献をしていこうではありませんか。

経済政策は完全に失敗しました。アベノミクスは破綻しました。しかし、それを認めてしまってはおしまいです。数字の操作によって幻想を並べ立て、国民を煙に巻かねばなりません。ワタクシの経済ブレインのその悪知恵と厚かましさには、ワタクシ自身が驚き感服しているところです。経済政策については長々とお話申しあげますが、言ってるワタクシが気恥ずかしくなる始末。あまり、突っ込んでくださいますな。

憲法施行七十年の節目に当たり、日本国憲法をますます輝かしいものとして国政に生かしていこうと言いたい人もいるようではありますが、ワタクシは敢えて反対を申しあげます。ワタクシは、日本国憲法が嫌いなのです。ですから、憲法のどこでもよい、どんな理由でもよい、とにかく、1ミリでも憲法を変えたいのです。

確かに、強引に解釈改憲をして戦争法を成立させ、曲がりなりにも集団的自衛権行使ができるようにはなりました。しかし、憲法の制約がある限り、あの法律では思う存分の戦闘も戦争もできません。国民の皆さまには、少しずつ憲法改正に慣れていただき、最後は憲法9条を改正して、政府の判断で自由に勇ましく戦争のできる国にしたいのです。また、核武装の選択肢は残しておかねばなりませんから、原発再稼働は譲れません。

とはいえ、なかなかあからさまに、思うことが言えません。いま言えることは、「日本をどのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため、憲法審査会で具体的な議論を深めようではありませんか」。という程度。悔しいけれど、これが精一杯。

この次の機会には、もう少し踏み込んで、テーマを絞り込んだ具体的な憲法改正の提案をしなければならないと思っています。なかなか進展しないことに、正直のところ焦りもあります。国民の皆さまには、是非ともできるだけ早期に、できるだけ上手に、ワタクシに欺されていただくようお願い申しあげます。
(2017年1月21日)

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     「DHCスラップ」勝利報告集会は1週間後の土曜日
弁護士 澤藤統一郎
私自身が訴えられ、6000万円を請求された「DHCスラップ訴訟」。
その勝訴確定報告集会が1週間後に迫りました。
この問題と勝訴の意義を確認するとともに、攻守ところを変えた反撃訴訟の出発点ともいたします。ぜひ、集会にご参加ください。

日程と場所は以下のとおりです。
☆時 2017年1月28日(土)午後(1時30分~4時)
☆所 日比谷公園内の「千代田区立日比谷図書文化館」4階
 「スタジオプラス小ホール」
☆進行
弁護団長挨拶
田島泰彦先生記念講演(「言論の自由」の今日的意義)
常任弁護団員からの解説
テーマは、
「名誉毀損訴訟の構造」
「サプリメントの消費者問題」
「反撃訴訟の内容」
☆会場発言(スラップ被害経験者+支援者)
☆澤藤挨拶
・資料集を配布いたします。反撃訴訟の訴状案も用意いたします。
・資料代500円をお願いいたします。
言論の自由の大切さと思われる皆さまに、集会へのご参加と、ご発言をお願いいたします。

       「DHCスラップ訴訟」とは
私は、ブログ「澤藤統一郎の憲法日記」を毎日連載しています。既に、連続1400日になろうとしています。
そのブログに、DHC・吉田嘉明を批判する記事を3本載せました。「カネで政治を操ろうとした」ことに対する政治的批判の記事です。
DHC・吉田はこれを「名誉毀損」として、私を被告とする2000万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。2014年4月のことです。
私は、この提訴をスラップ訴訟として違法だとブログに掲載しました。「DHCスラップ訴訟を許さない」とするテーマでの掲載は既に、90回を超します。そうしたら、私に対する損害賠償請求額が6000万円に跳ね上がりました。
この訴訟は、いったい何だったのでしょうか。その提訴と応訴が応訴が持つ意味は、次のように整理できると思います。
1 言論の自由に対する攻撃とその反撃であった。
2 とりわけ政治的言論(攻撃されたものは「政治とカネ」に関わる政治的言論)の自由をめぐる攻防であった。
3 またすぐれて消費者問題であった。(攻撃されたものは「消費者利益を目的とする行政規制」)
4 さらに、民事訴訟の訴権濫用の問題であった。

私は、言論萎縮を狙ったスラップ訴訟の悪辣さ、その害悪を身をもって体験しました。「これは自分一人の問題ではない」「自分が萎縮すれば、多くの人の言論の自由が損なわれることになる」「不当な攻撃とは闘わなければならない」「闘いを放棄すれば、DHC・吉田の思う壺ではないか」「私は弁護士だ。自分の権利も擁護できないで、依頼者の人権を守ることはできない」。そう思い、自分を励ましながらの応訴でした。
スラップ常習者と言って差し支えないDHC・吉田には、反撃訴訟が必要だと思います。引き続いてのご支援をお願いいたします。

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