澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「一般的意味での戦闘」も「法的意味では平和」である。

複数のメディアやジャーナリストから情報開示請求のございました「南スーダン PKO陸自部隊日報」の件。廃棄済みで不存在として、昨年12月いずれも不開示決定をしたところでございます。当該資料は、飽くまでも法的意味において廃棄したもので、一般的な意味においては廃棄によって不存在とはなっていなかったということでございますので、このほど開示請求に応じることにいたしました。

開示請求があったあの時期は、PKO部隊の駆けつけ警護新任務についての国会論議がかまびすしいときでございまして、資料公開がPKO5原則の根幹を揺るがす問題と誤解されかねない事態でした。ですから、あの時点での情報開示は政権にとって極めて不都合でございましたから、一般的な意味では隠蔽したと受けとられてもやむを得ないのでございますが、法的意味においては隠蔽にあたらず、何ら問題のないものであることをご理解ください。ようやく今は公開しても喉元過ぎれば云々で、もう良かろうと判断した次第なのでございます。

もとより、アベ首相が、「南スーダンは永田町と比べればはるかに危険だ」「任務が増えるからといって、その分だけリスクも増えるわけではない」「自衛隊員が実際に負うリスクは1足す1足す1は3といった足し算で考えられるようなものではない」と述べたとおりでございまして、こうした不誠実な姿勢は一般的には大いに問題と批判のご意見もあろうかと存じますが、法的にはなんの問題もないことなのでございます。

で、このたび情報開示に応じた資料は、2016年7月11、12日の南スーダン派遣施設隊の「日々報告」第1639、1640両号と、報告などに基づいて上級部隊の中央即応集団司令部がまとめた「モーニングレポート」同7月12、13日付の計4点の文書でございます。

この中には、確かに「戦闘」の表記が複数ございます。これは一般的には、政権に不都合な表現です。これあればこそ隠蔽したのではないか、飽くまで一般的には、そのように受けとられてもいたしかたないところではございます。しかし、これも法的にはまったく問題がないことなのでございます。

ご存じのとおり、PKO5原則というものがございます。
1 紛争当事者の間で停戦合意が成立していること。
2 国連平和維持隊が活動する地域の属する国及び紛争当事者が当該国連平和維持隊の活動及び当該平和維持隊への我が国の参加に同意していること。
3 当該国連平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
4 上記の原則のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は撤収することができること。
5 武器の使用は、要員の生命等の防護のための必要最小限のものを基本。(以下略)

戦闘が起こっている事態は、明らかに「停戦合意が崩壊」していることを意味しますし、南スーダンにおける政府軍と元副大統領派軍の戦闘は、PKO部隊の中立的立場厳守を事実上不可能にします。本来自衛隊は撤収すべきだったのでしょう。でもそれでは、なし崩しに自衛隊を国防軍化するというアベ政権の基本路線に矛盾することになってしまいます。そこで、この矛盾追及を切り抜けるために、「戦闘という用語は、一般的な意味で用いた。政府として法的な意味の戦闘が行われたとは認識していない」と説明申しあげた次第です。アベ政権の二枚舌。ごまかしは今に始まったことではありませんが、この「一般的な意味」と「法的な意味」の使い分け。便利なものですから、これからもちょくちょく使わせていただくつもりでございます。

一般的には、「ある」と「ない」、「存在」と「不存在」、戦闘の「有・無」は、対立する概念です。でも、真面目にそんなことを論じていては、政権の維持はできません。アベ政権では、「ある」は「ない」であり、いつでも「ない」も「ある」に変わります。融通無碍、変幻自在なのです。

ジョージ・オーウェルの「1984年」に出て来る、真理省のスローガンを想い起こしてください。このスローガンはまさしく、アベ政権のものなのです。
  戦争は平和なり
  自由は隷従なり
  無知は力なり

南スーダンにおいては戦争こそが平和であります。「戦闘」が起こっているとしても「衝突」に過ぎません。アベ政権を信頼して盲従している人々こそが自由なのです。そして、国民は無知でよろしい。知らないことほど力強いことはないのです。

それにしても生々しい。公開された文書のうち、7月11日の日々報告は、ジュバ市内で政府側と前副大統領派の戦闘が発生したことを受け、自衛隊の宿営地内での流れ弾による巻き込まれや、市内での突発的な戦闘への巻き込まれの注意を喚起。宿営地周辺で射撃音が確認されたこと、国連南スーダン派遣団司令部のあるUN(国連)ハウス周辺でも射撃事例があったと報告しています。

モーニングレポートの7月12日付は、政府側と前副大統領派の戦闘がジュバ市内全域に拡大し、10、11両日も戦車や迫撃砲を使用した激しい戦闘がUNハウスや宿営地周辺で確認され、UNハウスでは中国兵2人が死亡するなど国連部隊の兵士が巻き込まれる事案が発生していることを明らかにしています。また、日々報告には政府側と前副大統領派の関係が悪化した場合の予想シナリオとして、ジュバでの衝突激化に伴う国連の活動停止など、PKO活動が継続不能になる可能性も指摘しています。

こんな文書の公開が、激論が行われている国会審議のさなかに出せるわけがないではございませんか。そのことは、法的にではなく、一般的常識的にご判断いただきたいものと思います。

なお、最後に申しあげておきます。「法的意味の戦闘行為」を最初に言ったのは、あの頼りない泣きべそ稲田朋美防衛相です。昨年秋の臨時国会で、7月の南スーダン状勢に触れて、「国際的な武力紛争の一環として行われる人の殺傷や物の破壊である法的意味の戦闘行為は発生していない」と発言しています。この人、けっして泣きべそかいているだけの人ではありません。泣きながらも、けなげにアベ政権の防衛大臣としての任務を遂行しようというのですから、見上げたものではございませんか。

「一般的意味」と「法的意味」との使い分け。ずいぶん応用が利きそうです。アベ政権への国民の批判の声が小さいことをこれ幸いに、今後大いに活用させていただくことといたします。
(2017年2月8日)

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Published in 水曜日, 2月 8th, 2017, at 15:36, and filed under 安倍政権, 戦争と平和.

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