(2021年12月27日)
幕藩体制に抵抗した農民を「立百姓」と言い、抵抗運動からの脱落者や裏切り者を「寝百姓」と言った。幕藩体制下の一揆は、文字どおり命を賭けた「立百姓」の団結と果敢な行動によって権力からの譲歩を勝ち取ったが、大きな犠牲を伴うのが常であった。「寝百姓」は、自ら危険に曝されることはなく、闘わずして「立百姓」が命を賭けて獲得した成果には均霑した。しかも、恥ずかしげもなく「立百姓」の足を引っ張り後方を撹乱することで、身の安全をはかった事例も多々ある。これは、昔話の世界だけのことではない。今なお、最前線で闘う多くの人々の成果だけを享受して、後方からこれを撃つ人々がいる。…恥ずかしげもなく。
昨日(12月26日)の毎日新聞に、「連合初の会長 芳野友子さん」の記事が掲載されている。1面トップと3面の大型企画記事。「提灯記事の如くで実は辛口」というべきか、「辛口の如くで、所詮は提灯記事」なのか。読む人によって、見解は分かれよう。辛口と思われる部分の一部を抜粋してみる。
連合会長に就任すると、(全労連議長の)小畑さんからコチョウランを贈られた。「ジェンダー平等実現のために頑張りましょう」とのメッセージが添えられていた。
「二つの全国組織のトップに女性が就いたのだから、ジェンダー平等を前に進めるチャンス」との思いを込めていたと小畑さんは明かす。でも、返事はないという。「それぞれが前に進もうということですかね」
女性同士の共闘が動き出さないばかりか「女性トップが変えていく」との期待は、暗転した。
きっかけは、衆院選投開票から一夜明けた11月1日にあった記者会見での発言だった。立憲民主党が議席を減らした結果について問われた芳野さんは「連合は、共産党や市民連合とは相いれない」と述べた。野党共闘を仲介する「市民連合」まで標的にした、と受け止められた。野党共闘の女性候補を応援した女性たちの間では「ジェンダー平等に取り組む人が、同じ志の仲間を排除するとも取れる発言はいかがなものか」といった失望感が広がった。
選挙期間中に予兆はあった。「立憲民主党と共産党がのぼりを立てて街頭で演説会をするのは受け入れられない」「連合票は(野党共闘で)行き場をなくした」とも述べていた。…報道機関のインタビューでは「民主主義の我々と共産の考え方は真逆」などと述べている。政治スタンスに関連する発言からは「反共」というキーワードが浮かび上がっている。
女性同士の共闘が動き出さないばかりか「女性トップが変えていく」との期待は、暗転した。
きっかけは、衆院選投開票から一夜明けた11月1日にあった記者会見での発言だった。立憲民主党が議席を減らした結果について問われた芳野さんは「連合は、共産党や市民連合とは相いれない」と述べた。野党共闘を仲介する「市民連合」まで標的にした、と受け止められた。野党共闘の女性候補を応援した女性たちの間では「ジェンダー平等に取り組む人が、同じ志の仲間を排除するとも取れる発言はいかがなものか」といった失望感が広がった。
選挙期間中に予兆はあった。「立憲民主党と共産党がのぼりを立てて街頭で演説会をするのは受け入れられない」「連合票は(野党共闘で)行き場をなくした」とも述べていた。連合が公表した芳野さんの遊説は選挙期間中12選挙区。会長に就任したばかりという事情があったにせよ、連日何カ所も掛け持ちした歴代会長と比べると、少ない。
報道機関のインタビューでは「民主主義の我々と共産の考え方は真逆」などと述べている。政治スタンスに関連する発言からは「反共」というキーワードが浮かび上がっている。
共産党に対する拒否感について、芳野さんに尋ねたことがある。その答えとして、出身労組の影響があると明かした。
概要は次の通りだ。就職したJUKIには共産党の影響を受けた組合があった。これに反発した組合員が同盟系の労組を作った。自分の入社時には、同盟系が多数派になっていたが、組合役員になると共産党系の組合と闘った過去を学んだり、相手から議論を仕掛けられたらどう切り返すかというシミュレーションをしたりした――。
このような経験から、共産系の組合が社内で宣伝活動などをしていると「会社に混乱を持ち込むのか」と嫌な気持ちになったという。労組専従の道を歩むとの決断が人生の転機になったのと同時に「共産アレルギー」が生まれ、徐々に膨らんでいったのかもしれない。
変化が見えないこともあってか、連合内には会長選びを巡って「誰も拾わない(会長という)火中の栗を女性に拾わせた」「女性を持ってくることで批判に蓋(ふた)をした」といった言辞がくすぶっている。
最終3行は、私(澤藤)の文章ではない。取材の東海林智記者の記事である。念のために。
(2021年12月22日)
昨日、臨時国会が終わった。なんとも、見せ場のない盛り上がり欠けた国会であった。野党から国会開けという要求は徹底して無視し、与党の都合だけで国会を開いて、補正予算が成立したらもう用はないという身勝手な姿勢。積み残したものを山積のまま、早々の幕引きが得策というわけだ。
国会で議論すべき緊急のテーマは無数にある。とりわけコロナである。コロナの蔓延を防止し、医療体制を充実させながら、国民生活の安全と生業の継続のためには、与野党の知恵を寄せ集めなければならない。抜本的なパンデミック対策も、保健所削減政策の根源にメスを入れ全面的な再編拡充も、そのための原資を調達するための税制の改革も課題であり、沖縄での米軍基地内クラスターにどう対処すべきかについても国民的議論が必要であろうに…。
但しこの国会、注目すべきは究極の不要不急というべき改憲論議についてだけは過剰に踏み込んだことである。多少なりとも憲法審査会が審議に入り、ハト派と思われていた岸田首相のタカ派ぶりの言動が目立った。岸田の改憲への積極姿勢や敵基地攻撃能力論への言及には少し驚ろかされた。これは手品か妖かしか、化かされた思いが強い。いや、これまでが化かされていたのだろうか。
まごうことなきタカであり、その爪を隠そうとしなかった安倍晋三の言動は分かり易かった。右翼もリベラルも、「安倍のいるうちが千載一遇の改憲のチャンス。安倍がその地位を失えば改憲の望みはなくなる」と、この点では見解一致であった。その安倍と安倍後継の失脚で、「改憲のチャンスは潰えた」はずだったのだが、どうやらこれまでは爪を隠していた新種のタカが現れた様子である。
岸田が、これまではハトを装ったタカだったのか、今はタカを装わざるを得ないハトなのか、実はよく分からない。が、その本性如何に関わらず、いまの岸田の言動を批判すべきことが重要なのだ。
その臨時国会閉幕の日に、自民党は党本部で、名称を新たにした「憲法改正実現本部」(本部長・古屋圭司)始動の総会を開いた。この席に岸田が出席している。岸田だけでなく、安倍も麻生も茂木も高市も、有象も無象も出席したという。
そこで岸田がなんと語ったか。「国会での議論と国民の理解を車の両輪と考えてしっかりと押し上げてもらいたい」「『憲法改正推進本部』から『憲法改正実現本部』への改組の狙いは、わが党の覚悟を示したもの」「憲法9条への自衛隊明記など党の4項目のたたき台(条文イメージ)は、いずれも国民にとって早急に実現しなければならない内容だ。総力を結集して結果を出したい」
会合では今後の活動方針について協議し、実現本部の中に「憲法改正・国民運動委員会」を設置し、全国遊説や対話集会などの活動を精力的に進めていくことを確認したという。もっと急がねばならないことがたくさんあるだろうに、不要不急の改憲のための全国遊説や対話集会とは恐れ入った次第。
なお、今国会では、維新がはしゃいで臆面もなく右翼的本質を露呈した。また、国民民主が与党に擦り寄ったことも印象に残った。その結果、改憲をめぐる政党レベルでの改憲派対改憲阻止派の対抗関係は、下記のとおりとなった。
《自・公・維・国》対《立・共・社・令》
改憲派に連合が与し、護憲派に市民連合が味方している。こうして、それぞれの陣営が、主権者である国民の支持を集めようと運動することになる。はっきり言えば、改憲派は国民を騙しにかかるのだ。騙されてはならないし、騙しを看過してもならないと思う。
(2021年12月21日)
《非核市民宣言運動・ヨコスカ/ヨコスカ平和船団》からの「たより 326」が届いた。発行日付が2021.12.17となっている。
総24ページの「たより」を開いて驚いた。メインの記事が11月23日開催の「横須賀基地問題シンポジウム」、その講師が頼和太郎さん(リムピース編集長)だったからである。
頼さんは、12月10日に亡くなられている。その死を報じる朝日の記事を引用させていただく。
頼和太郎さん(らい・わたろう=基地監視団体「リムピース」編集長)10日死去、73歳。米軍の艦船や航空機の動向を調べて発信するリムピースで、中心的な役割を果たしていた。横須賀海上保安部によると、神奈川県三浦市の三崎港で9日午前10時ごろ、頼さんのシーカヤックが転覆。別のカヤックに乗っていた妻(59)が海に飛び込んで抱え、近くの作業船に救助されたが、搬送先で死去した。
「たより」には、元気な頼さんの写真と講演録(要約記事)が掲載されている。そのリードを紹介したい。「たより」の雰囲気をよく醸し出している一文。
11月23日住民投票の会、基地問題シンポジウム。こういう集まりに出るのも2年ぶり。みんな元気そうで何より(ま、元気な人しか来ないもんね)。空白の期間を感じないほど、テキパキと準備して雑談して、すぐに解けこめる空間になるよね、この会は。
今日は司会なんだけどさ、他所もそう?、打ち合わせなんてほとんどない。大まかに時間決めて誰が話すか確認して、1分で打ち合わせが終わる。講演者の時間だけはっきりすれば、後はなんとかなる。そこが力量なんだろうけど。
講演がなんたって頼さんだからね(リムピース編集長頼和太郎さん)。攻めますよ、きっと。イヤな予感もちょっとする。
始まってすぐに、緊急事態発生。まさかの椅子が足りない。50人くらいかと思ってたのに。追加の椅子を出してもまだ足りない。そしてついに70部用意した資料もなくなってしまった。慌てて追加の印刷に行く。
●
頼さんの話はね、詳細なのよ、詳細すぎるのよ。「(難しすぎて)ちょっと何言ってるかわからないんですけど‥・」って思うんだけど、あの記憶力はすごいね。艦船や飛行機の名前、世界中の軍事問題をいつどこで何があったとすらすら出る基地問題第一人者だね。私が認定してあげるわ。(中略)
●
帰るときにね、頼さんからカンパを頂きました。講演お礼の封筒がそのまま戻ってきました。こういうとこも頼さんらしい、ありがとう。
その頼さんが、講演から3週間を経ずして亡くなられた。合掌するのみ。
もうすこし紹介したい。この「たより」発行団体が最近刊行した「横須賀鎮守府3人の反戦水兵」というパンフの宣伝。こんな上手な宣伝文句は滅多にお目にかかれない。私も、申し込むことにする。
「横須賀鎮守府3人の反戦水兵」のパンフ、読みました?お薦めですよ、難しくないです。「人生、悪いことばかりじやない」って感じです。
反基地運動(平和活動も)やっている人って、気難しくてひねくれ者で、いつも不機嫌なイメージありますよね。実際多いでしょ。たぶん読者全員が「自分以外はちょっと変わってる人達」と思っているでしょう。体制に反対するなんて、清い心だけでやれないし。
1932年、治安維持法で刑務所に服役した、日本海軍の若き水平遠の活動が書かれているんだけど、こういう本はどうしても資料物が多いし、軍事戦略のことは難しくなりがち。でもこのパンフは時代背景の解説、当事者の日記、家族や身近な人達のインタビューと構成が多方面なので、読み物として人の生き様を感じられる「人物記」です。
たとえ戦時の兵士で、辛いこと悔しいこと悲しいことが多い暮らしの中にも、人は楽しさを見つけ、友情愛情を育み、未来への希望を持っている。元気になれる、久しぶりに良い本を読んだな?と思います。
ちなみに、私のお気に入りは「兵士の友」第1号に書かれた、「ぢや兄弟!俺は紙上で兄弟に握手をする!」ってとこ。な?んか小憎いのよね。
横須賀で運動している人はもちろん、全国の「ちょっと変わってる人達」にも読んで欲しい一冊です。
ちょっとだけ清い心が取り戻せますよ。
●横須賀鎮守府、3人の反戦水兵の「生き様」が問いかけるものは…。
A4・100ページ・200円
注文先は、下記(だと思う)。
非核市民宣言運動・ヨコスカ/ヨコスカ平和船団
横須賀市本町3-14山本ビル2F
tel/fax046-825-0157
市民宣言HPhttp://itsuharu-world.la.coocan.jp/
平和船団HPhttp://heiwasendan.la.coocan.jp/
郵便振込●00290-3-6512 非核市民宣言運動
(2021年12月20日)
かつて、安倍晋三という男が「積極的平和主義」を語った。彼が「積極的」という修飾語をつけると、「平和主義」は本来の意味の反対語に転化した。同様に、「民主主義」に「中国的」という3文字を冠すると民主主義は消え去る。民主主義社会の常識では、専制や独裁というべきものに転化するのだ。
その「中国的民主主義」に飲み込まれた香港立法会の「選挙」は、本来の意味の選挙ではあり得ない。中国はまたまた、香港を舞台にその醜悪な本性をさらけ出した。
選挙とは、民意を集約して権力を形成する営為を言う。正確な民意の反映という名分なくして選挙というに値せず、その名分を欠いた「選挙」によって形成された議会や権力に正統性はない。
誰がどう見ても香港立法会議員「選挙」は茶番に過ぎない。民意を反映する手続ではなく、民意を抑え込み、民意を弾圧する手続としての「形だけの選挙」「選挙まがい」の「似非選挙」である。いや、形だけはあるとも、選挙に似ているというも愚かである。こうして形作られた議会には何の権威もない。
むしろ、不思議でならない。中国共産党はどうして形だけの民主主義にこだわるのだろうか。《中国共産党の専制》《習近平の独裁》と、はっきり言うがよいではないか。専制・独裁こそ、多数人民の利益に適うのだ。しかも極めて効率よく。もちろん専制も独裁も、利益に均霑する多数者からの支持を失えば危うくなる。だから、少数者を多数者のために犠牲にするのはやむを得ない。人権やら民主主義やらを後生大事とし、党の支配に背き、愛国を軽蔑する輩を多数者の利益のために徹底して弾圧するのだ。そのどこが悪いのだ。
中国は大国として発展しつつある、経済は発展している。生活は格段によくなっているだろう。それ以上に、いったい何を望むことがあろうか。
人権や民主主義や反権力や少数者の権利などを価値として信奉する者は利口じゃない。それを口に出す者はバカだ。権力に反抗すればぶち込まれることを知りながら、敢えて行動する者はとうてい正気ではない。専制と独裁に身を委ねてみたまえ。こんな安楽なことはない。家族とも、親戚とも、近所とも、職場とも、社会とも、穏やかに付き合い、平穏な人生を送ることができるのだ。
中国がそう言っても、香港には民主主義を奉ずる多くの人がいる。この人たちを徹底して押さえ込んでの選挙だった。民主派の立候補者は事前審査で立候補の資格なしとされる露骨な選挙介入が実行された。名目は「愛国者」ではないということ。「愛国者」とは、中国共産党への忠誠を誓う者という意味である。
立法会の議席は70から90に増加したが、直接選挙による議席枠はわずか20人、15減である。この20の全議席を当然の如く親中派が占めた。選挙委員会による選出枠40議席、業界団体などによる職能枠30議席を含む全90議席が親中国派で占められ、民主派は一掃された。
注目された投票率は、30.2%だった。警察当局は白票や棄権を呼びかける行為を禁じた選挙条例に基づく取り締まりを強化し、市民を相次いで逮捕。19日も妨害行為の防止を名目に、銃を手にした特殊部隊員や警官らが1万人態勢で警戒に当たった。
投票ボイコットを呼び掛けて香港当局から指名手配されている区議会(地方議会)元議員(丘文俊氏(39))が、脱出先の英国で西日本新聞のオンライン取材に応じたという西日本新聞の下記の記事が衝撃的である。(北京・坂本信博)
香港返還の1997年、14歳の時に家族と広東省から香港に移住した丘氏は、民主派区議として10年間活動してきた。19年の区議選では民主派が圧勝し議席の8割超を獲得。危機感を募らせた習指導部は、香港の反政府活動を取り締まる国家安全維持法(国安法)を成立させ、今年5月に選挙制度も変えさせた。
現職議員への圧力が強まり、「政府にとって気に入らない発言をすると警告を受け、議員報酬の支給が数カ月遅れるようになった。尾行もされた。それでも、愛する香港を離れるつもりはなかった」と丘氏。
6月、民主派議員同士で新たな組織づくりを始めると、警察が連日のように早朝4時に民主派の人々の自宅玄関ドアを壊して身柄を拘束するようになった。「逮捕されても3?5年の懲役刑で、40代半ばで出所できるから大丈夫と思っていた。でも、国家転覆罪などで10年以上投獄される恐れがあると分かってきた。恐怖を感じて毎朝4時に目が覚めた。頭がおかしくなりそうだった」と振り返る。
7月、政府が現職区議に義務付けた香港への忠誠の宣誓式が開かれることになった。愛国者だと宣誓して議員を続けても政府の意向次第で資格が剥奪され、議員報酬の全額返還を求められる。辞職して香港を離れることを決め、渡英した。
民主主義の試練は続く。せめて、私たちの国をこんな状態にしてはならない。
(2021年12月19日)
昨日に続いて、「AERA dot.」が紹介する週刊朝日の記事。「皇室の今後はどうなる? 原武史、石川健治、河西秀哉、八木秀次の各氏が語るあるべき姿とは」に関連してもう一言。
https://dot.asahi.com/wa/2021120900077.html?page=1
この記事で八木秀次は、秋篠宮家長女の皇族からの離脱に関して、天皇制存続への影響をこう語っている(抜粋)。
「個人の自由意志を貫いて結婚した小室眞子さんをめぐる騒動は、天皇制の維持など、皇室のあり方に非常に大きな影響を与えたと思います。これが前例になることにより、他の内親王、女王の結婚にあたっても同じ形態がとれるようになりました。
一番懸念されるのは、悠仁親王の即位拒否に道を開いたことです。姉が自由意志を貫いたことが前例となり、即位拒否を主張されてもだめだとは言えなくなった。皇室典範上、皇太子になると皇籍離脱はできませんが、なったとしても特例法という「逃げ道」があるのです。
こうした道を開いたのは、上皇陛下の生前退位にあったと考えています。皇室典範には退位の規定はなく、むしろ解釈として禁止されていると考えられてきました。それを、当時の天皇陛下の思いを優先するという形にしました。結果として、皇族が自分の思いを貫くことを可能にしてしまった。その論理が提供され、眞子さんが自由意志を貫く結婚につながってしまったと考えるべきです。
制度として捉えると、退位を認めた瞬間に皇位安定性は一気に揺らぎ、不安定になります。当時、私は「退位を認めることが、即位拒否や、即位後まもなくの退位を認めることになる。これが何度か続けば、皇室は継承できる天皇が誰もいなくなってしまう」と指摘しました。」
なるほど、これが右翼の心情であり信条なのだ。皇統という血への信仰者(あるいはその集団)が予言する天皇制廃絶に至るドミノ理論である。少し補って解説すれば、最初のドミノが前天皇(明仁)の「8・8メッセージ」に始まる生前退位の実現であり、最後のドミノが天皇制の消滅、ないしは「天皇制の自然死」である。その因果を順序に並べると以下のとおりとなろうか。
(1) 前天皇(明仁)が自らの意志を貫いて生前退位
(2) ⇒個人の自由意志を貫いて皇嗣長女結婚・皇籍離脱
(3) ⇒他の皇族の追随(個人の自由意志による皇籍離脱)
(4) ⇒皇嗣長男(悠仁)の即位拒否
(5) ⇒天皇の自由意志による退位
(6) ⇒天皇位に就く者がなくなる
(7) ⇒象徴天皇という制度が消滅する
このドミノ理論におけるキーワードは、「皇族の自由意志」である。天皇もその余の皇族も、男性であれ女性であれ、自由意志を貫くことができるなら皇族の身分から離脱したいと願っているというのだ。だから、天皇制を維持するためには、天皇や皇族の自由意志を認めてはならない。籠の鳥に自由を与えてはならない。うっかりこの自由を認めれば、パンドラの箱が開いて、みんな箱から飛び出して逃げてしまうことになる、というわけだ。
この天皇制消滅に至るドミノ理論。八木は深刻な懸念として語っているが、私には素晴らしい希望に見える。皇族諸君も、不自由な籠から脱して、掛け替えのない自由やプライバシーを手に入れることができるのだ。天皇制維持にかかる数百億の国費の軽減にもなる。国民の主権者意識も成長するに決まっている。みんなハッピーではないか。
パンドラの箱を開ければ、皇族も天皇も飛び立って誰もいなくなる。制度としての象徴天皇制もなくなる。しかし、神話のとおり、豊かで明るい希望は箱の中に残るのだ。天皇あっての日本という馬鹿げた神話を清算して、自立した国民が形作る確かな希望である。
(2021年12月6日)
作日(12月5日)、第五福竜丸平和協会理事会の席上でNHK番組の予告編を観せていただいた。12月16日放送予定のコズミックフロント「地球科学者の先駆け 猿橋勝子」(NHK/BSプレミアム午後10:00?10:59、再放送12月22日午後11:45?午前0:44)というタイトル。女優でモデルの水原希子が、女性科学者「猿橋勝子」を演じるという。
猿橋勝子(1920―2007)は、女性科学者のパイオニアとして知られる人。女性初の日本学術会議会員でもある。専門は地球化学で、中央気象台(現・気象庁)に勤務し、1954年に行われたビキニ環礁での水爆実験で被曝した第五福竜丸の汚染調査や大気・海洋汚染を研究し、国際的な評価を得た。57年には理学博士(東京大学)の学位を得ている。
NHKの番組宣伝文句では、「地球温暖化や核実験による放射能汚染など、深刻な環境問題に取り組んだ女性科学者・猿橋を特集。再現ドラマでは、数々の困難に直面しながらも研究に突き進む猿橋を水原が熱演。」となっている。
女性が、自らの進路を選ぶことが困難であった時代に、猿橋は科学者を志し、初志を貫徹して研究者として身を立てる。そして分析化学者として米の水爆実験に関わることになる。
1954年3月1日、米国が太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で行った水爆実験は、160?離れた海域で操業中のマグロ漁船・第五福竜丸に白い灰を降らせた。乗組員の多くが体調不良に襲われ、帰国後急性放射線障害と診断される。
このとき国は白い灰の分析を試みるが、白羽の矢を立てたのが気象研究所の研究官・猿橋勝子。当時34歳であった。猿橋は、地球化学者三宅泰雄のもとで大気や海水の化学分析に携わり、自ら極微量拡散分析装置まで開発して「微量分析の達人」と評されていたという。
猿橋は期待に応え、白い灰の正体がサンゴの粉末で、炭酸カルシウムの変性を定性的にも定量的にも特定する。さらに、日本近海における放射性物質の測定や、水産庁が派遣した調査船・俊鶻丸によるビキニ海域の汚染データも踏まえ、海流によって日本近海が米国沿岸より数十倍も汚染されていることを明らかにした。水爆によって環境に排出された核種の析出にまで成功したという。
ところが米国はこれを否定した。「分析技術が未熟。日本のデータは誤り」との批判。このことがきっかけとなって、日米化学者がその分析能力の優劣を競争することになる。1962年4月、猿橋は自ら開発した分析機器や試薬を携えて単身渡米し、カリフォルニア大学の海洋研究所で、アメリカの化学者チームと対決した。
日米それぞれの測定法で海水中の放射性物質セシウム134を濃縮・回収し、ガンマ線の線量を測定して含有量を測定する競争が行われた結果、圧倒的に猿橋の精度の高さが確認されたという。
これを機に、猿橋は被爆国の女性科学者として、核廃絶と国際平和の重要性を訴える活動にも取り組むことになる。
猿橋は、1980年に退官するが、自身の退職金や、退官記念パーティーに集まった人たちからの拠金を基に、自然科学分野の研究に従事する女性科学者の奨励と、その地位向上を目指して「女性科学者に明るい未来をの会」を創設した。後に同会を母体として「女性自然科学者研究支援基金」が設立され、猿橋賞受賞者に賞金を贈呈している。「猿橋賞」は50歳未満の優れた女性科学者を顕彰するもので、様々な分野の女性科学者を勇気づけ、受賞者の多くが自然科学の第一線で活躍している。
また、猿橋は1981年1月、日本学術会議第12期会員(?1984年)となっている。当時、学術会議会員は有権者登録をした22万人科学者の郵便投票によって選出する仕組みであった。設立から30年余の間、女性が立候補したことは一度もなかった。猿橋が女性第1号、1025票を得て第6位で当選し、初の女性会員となった。
猿橋さんは、第五福竜丸平和協会設立以来、協会の運営に深く関わった。私が監事として役員に加わった頃は、既に高齢ではあったがとても元気だった。遠慮なく、ものをいう人という印象で、ちょっと恐かった。妥協なく、厳しい人生を生き抜いてこられた人だからであろうか。
そんな人をNHKの科学番組が再現ドラマで紹介することになる。願わくは、この放映を機に核廃絶運動への理解者が拡がり、3・1ビキニ水爆実験と第五福竜丸被爆事件の恐怖を国民が思い起こして、第五福竜丸展示館の来館者が増えんことを。
(2021年12月5日)
一昨日(12月3日)作家であり作曲家でもある新井満さんが亡くなられた。この人が作詞作曲されたという「千の風になって」という作品に、強い思い入れがある。この歌を捧げられた川上耕さんが、私の親しい友人だからだ。
「千の風になって」は、作者不詳の英語の詩を、新井満さんが訳詞し作曲したものとされている。そのきっかけは、新井さんと同郷で幼なじみの川上耕さんの妻・桂子さんが亡くなったことだった。桂子さんが亡くなったのは1998年、48歳の若さでのこと。夫と3人の子を残しての逝去。さぞ本人も心残りであり、周囲の方々も心を痛めたに違いない。
耕さんと桂子さんには、多くの仲間があって桂子さんの死を惜しむ追悼文集が編まれた。この追悼文集に収められた一編に、「千の風になって」の訳詞が紹介されていたという。新井さんは、この間の事情を文藝春秋に「千の風になって・誕生秘話」として、大要次のような一文を寄せている。
私の幼なじみだった川上耕さんは、妻の桂子さんを48歳という若さでなくしてしまった。最愛の妻である桂子さんとの別れは、あまりにも切ないものだった。翌年、彼女を慕う70名以上の人々による追悼文集が作られたが、その中に「1000の風」なる作者不詳の西洋の詩が紹介されていた。
12行ほどの長さしかないこの詩を一読して、私は心の底から驚いた。この詩の作者が“死者”だったからである。生者が死者の気持ちを慮って書いた詩は、いくらでも見たことあるが、これほど明確に死者が生者に向かって発したメッセージを目にしたのは初めてのことだった。
私はこの「1000の風」― のちに南風椎(はえしい)さんという方が翻訳したものだと知った ― にメロディーをつけて川上さんに贈ろうと思い、ギターを持ち出した。しかし何度やってもうまく行かなかった。数年後、ふと思いたって今度は英文からの翻訳を試みた。英文を朗読したあと、まぶたを閉じて、この詩のイメージだけを感じようとした。すると、改めて詩の一節にある「a thousand winds」の「winds」という言葉が大きく浮かび上がってきた。
風 ― 。そう、このとき私は、大沼(北海道駒ヶ岳周辺)の森の中を自由自在に吹きわたる風を想い出していたのである。風、鳥、草木はそれぞれに命を宿し、ざわめいている。そのざわめきは命の音。私はすでに大沼の森の中で、この詩と同じ世界観、“再生されたさまざまな命”に触れていたのではなかったか。
名も知らぬ作者の心と私の心が何かつながったように感じた。呻吟していたのがウソのように訳語が頭に浮かび、作曲も仕上がった。(30枚ほど作った)CDの一枚は桂子さんの五周忌の会で流され、会場にいた人々はみな一様に涙したという。この詩の力を借り、また大沼の自然の力を借りて、妻を亡くした友人をなんとか慰めることができた。
私もいずれ死んで風になる。私のお葬式には、この歌をかけてもらえばいい ― 。そんなことも考えていた。
私が新人弁護士として東京南部法律事務所に参加したのが1971年春のこと。その2年後に、川上耕さんは同じ法律事務所の同僚となった。以来4年余の間、机を並べて法律事務に携わった。もちろん、それだけでなく地域の人権諸活動をともにした。
事務所の宴会では、彼が十八番の佐渡おけさを唱って上手に踊った。その振り付けを真似た所員一同が列をなして彼の後に続いて輪を作った。そのような場には、桂子さんもたびたび参加していた。
記憶に鮮やかなのは、桂子さんが国会で意見陳述をしたこと。確か、公職選挙法の文書頒布規制を緩めるべきか否か、という問題。彼女は応募してビラの受け手となる一般人の立場からの意見を述べた。
南部事務所の何人かの弁護士と事務局員が、耕さんと一緒に傍聴に駆けつけた。私もその一人。応援のつもりだったが、その必要はなかったようだ。桂子さんは、堂々と「選挙ビラの自由な配布を歓迎する」旨を述べた。限られた公式情報では投票に必要な判断材料は得にくい。ビラ配布の自由は「デメリットに較べて、はるかにメリットが大きい」「とりわけ、社会参加が限定されている女性層にとっては」というものだったと記憶している。
私の子が生まれたときには、夫妻から鳩時計をお祝いに頂戴した。その後、私は盛岡に耕さんは新潟に帰郷して、顔を合わせる機会は減ったが、私のDHCスラップ訴訟弁護団には直ちに参加して知恵を貸してくれた。私が関弁連新聞でのアパホテル記事を問題にしたときにも、精力的に動いてくれた。
大きなヒットとなった「千の風になって」の、あの歌詞の「私」は桂子さんで、「泣かないでください」と呼びかけられているのが、耕さんなのだ。このことを知ったときには驚いたが、二人のために嬉しくもあった。二人を知る者としては、この歌詞はまことに二人にふさわしいのだ。
そして今度は、新井満さんが、千の風になって、あの大きな空を吹きわたっていくことになる。こう唱いながら…。
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
(2021年12月4日)
コロナの蔓延は今一休みの体。このまま終熄してくれればあり難いと思いつつ、オミクロン株感染者の出現に戦々恐々たる思い。街行く人はみなマスクを離さないが、それでも明らかに人出は多くなった。妹から連絡があって、久しぶりに係累が集まって昼食をともにしようということで集まった。総勢11人、私が最年長。
その席に中学生が一人。私の姪の次男で、2年生だという。この中学生に「弁護士とは何か」を説明してあげてと、声がかかった。弁護士とはいったい何だ。突然の依頼に私自身が戸惑い、上手な説明ができなかった。
この中学生に、学校で憲法のこと学んだ?と聞くと、「3年生になると公民で勉強する」という。そうか。人権も民主主義も、三権分立もまだ頭にない。その中学生に、弁護士とは何かをどう語ったらよいだろうか。
私は、弁護士の「反権力・在野性」を知ってもらいたいと思った。しかし、その前提として、「権力」というもののイメージがなくてはならない。併せて、「法の支配」や裁判制度の説明が必要だ。さらには刑事や民事や行政訴訟の違い、法曹養成制度についてもしやべらなければ。さあ、たいへんだ。うまくしゃべれるはずはない。
今回はうまく行かなかったが、次に備えよう。もし再び、中学生から「弁護士ってなんですか」と聞かれたときの回答の準備をしておこう。たとえば、次のように。
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この社会は大勢の人々が集まってできています。大勢の人々の間には、さまざまな紛争が生じます。どの社会にも紛争を解決するための決めごと(ルール)とそのルールに基づいて紛争を解決する手続が必要です。
この紛争解決のためのルールが「法」です。法がなければ、この社会は力の強い者の横暴がまかりとおるだけの、暗く住みにくい社会になってしまいます。法があればこそ、みんなが安心して暮らせる社会になります。
もちろん、誰が、どのような法をつくるかで、人々の生活は大きく変わってきます。昔は、一握りの権力者が自分たちに都合のよい法をつくりました。社会が進歩するにつれて、国民の代表が法をつくるようになっています。
それでも、もちろん紛争は絶えません。法にもとづいて、その紛争を解決する手続が裁判です。法を実現する手続が裁判であると言うこともできます。
社会が複雑になるにしたがって、法も厖大で複雑なものとなり、裁判に関わる専門家が必要になってきました。これを法律家と言いますが、法律家には3種類あります。裁判官・検察官・弁護士です。
このうち、裁判官と検察官は公務員です。それぞれ、国家から独立して職務を行わなければなりませんが、その給与は国家から支給されます。これに対して、弁護士は国家から独立した立場にあります。国家から給与の支給を受けることはありません。国民一人ひとりの権利を守るために、法を武器として、国家とも闘うことを使命とする職業なのです。
弁護士は、弁護士法という法律で定められた資格で、その使命を「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」とされています。国民の基本的人権は、往々にして国家と対立し、国家によって踏みにじられます。弁護士は、相手が国家であろうとも総理大臣であろうとも、一歩も退かずに、法律専門家として、人々の人権を守らねばなりません。
社会には、強い立場の人もいますし、弱い立場の人もいます。法の理想は、弱い立場の人が安心して生きていけるように保障することなのですから、弁護士本来の仕事は、弱い立場の人のために、法を活用することにあります。
(2021年12月3日)
本日の東京新聞朝刊に、「女子テニス中国大会中止 WTA発表 彭帥選手の安否懸念」の記事。中沢穣記者が北京から送稿しているものだ。現地特派員の存在は重要だと思わせる。
【北京=中沢穣】中国の女子プロテニスの彭帥(ほうすい)選手(35)が張高麗(ちょうこうれい)前副首相(75)に性的関係を強要されたと告白した問題で、ツアーを統括する女子テニス協会(WTA)は1日、香港を含む中国で開かれる全ての大会を中止すると発表した。女性の権利侵害に対して厳しく臨むべきだとの声が国際的に高まっており、来年2月の北京冬季五輪に政府高官などを派遣しない外交ボイコットの議論が各国で加速する可能性もある。
◆中国外務省「スポーツ政治化に断固反対」
WTAのスティーブ・サイモン最高経営責任者(CEO)は声明で「中国は極めて深刻な問題に、まともな方法で対応していない。彭さんが自由で安全かどうか、検閲や強制、脅迫を受けてないかについて、重大な疑念を抱いている」と非難した上で、「検閲なしで、透明性のある完全な調査の実施」を要求した。
中国では2019年に女子ツアー9大会が開催されており、中止がWTAの財政に打撃となるのは必至だ。しかしサイモン氏は「中国で大会を開いた時に選手やスタッフが負うリスクを憂慮している」と訴えた。
これに対し、中国外務省の汪文斌(おうぶんひん)副報道局長は2日、「中国はスポーツを政治化する行為に断固反対する」と述べた。冬季五輪の外交ボイコットへの飛び火を警戒しているが、中国は香港や少数民族問題などに加え、女性の権利侵害という新たな問題の火種も抱えた形だ。
なんとも胸のすくようなWTAの清々しい姿勢ではないか。そして、これと鮮やかな対照をなす中国当局の反吐の出るような薄汚い反応。
事態に複雑さはない。副首相の地位にあった権力者が、女子テニスプレーヤーに性的な暴行を加えた。被害者がネットに、そのように告発したのだ。もちろん、その真実性が確認されたわけではない。しかし、その内容は冗談で言えることではない。弱い立場にある者が、渾身の覚悟で社会に世界に訴えたものであることは、容易に理解可能である。
普通の社会なら、まずは性的被害を告発した被害者の言い分に耳を傾け、次いでその真偽を加害者とされた者に確認することになろう。社会的な糾弾も、刑事訴追も迅速におこなわれねばならない。当然のことながら党の体質に対する厳しい批判も徹底されることになろう。
ところが、そのような真っ当なプロセスは、断ち切られたままなのだ。中国のメディアは党幹部の違法を追求できないのだろうか。中国の刑事法は、権力者を処罰するようにはできていないのか。
むしろ、被害を訴えた者の消息が不明となり安否が気遣われるという恐るべき事態となっている。中国に人権はないのか。人権擁護のシステムはないのか。WTAの、「選手の人権を擁護するため」とする対抗措置は、道理のあるものと受けとめられねばならない。
中国外務当局の「中国はスポーツを政治化する行為に断固反対する」という声明は噴飯物である。要するに、中国にとって面白くないということを表白しているだけで、何も述べてはいないのだ。「政治化」をマイナスイメージのレッテル用語に使うと、自らに跳ね返って来ることにもなろう。
「スポーツを政治化する行為」とは、冬季オリンピック開催を中国の国威発揚の手段とし、あるいは共産党権力の強大さを誇示する機会として利用することである。女性プレーヤーの人権擁護のためのWTAの措置を「スポーツを政治化する行為」という発想が理解できない。そもそも、この局面でなぜ外務当局が出てくるのだろうか。それこそ、「スポーツを政治化する行為」ではないか。要するに、党のため・国家のために不都合な行為は、どんなレッテルを貼ってでも糾弾しようというだけのことでしかない。
そこまでの中国当局の反応には、さして驚かない。驚くべきは、次の中沢穣記者の報告である。
◆一方、この問題は中国では一切報道されていない。元最高指導部メンバーである張氏の性的スキャンダルは共産党の権威を傷つけかねず、習近平(しゅうきんぺい)指導部がサイモン氏の求める調査(「検閲なしで、透明性のある完全な調査の実施」)に応じる可能性は乏しい。
北京の現地で、下記URLのような現場写真や記事を送ってきている中沢穣記者が、「この問題は中国では一切報道されていない」というのだから、間違いなかろう。香港では難しかった報道統制、中国本土でなら徹底できるのだ。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/144438
共同通信も、「彭帥さんの放送中断 中国 NHK海外ニュース」という、次の記事を配信している。
【北京共同】中国で2日夜、NHK海外放送のニュース番組が中国の元副首相に性的関係を強要されたと告白した同国の女子テニス選手、彭帥さんの問題を伝えた際、放送が中断された。中国当局は国内で彭さんに関する騒動に注目が集まらないよう、徹底した情報統制を敷いている。
中国は「民主主義の形は一つではなく、各国それぞれの民主主義のスタイルがある」という。自国民の性犯罪被害を、加害者が党幹部だからという理由で秘匿し、徹底して報道を統制する。これが「中国流の民主主義」であり、中国流の「人権」状況なのだ。
(2021年12月2日)
秋篠宮(文仁)の誕生日が一昨日(11月30日)、天皇の長女(愛子)の誕生日が昨日(12月1日)だった。それぞれに、メディアへの露出を強制された。メディア側の対応は、これまでになくとげとげしい。国民の目が皇室や皇族に対するイジメの目つきになっている。
秋篠宮に対する記者会見では、無遠慮に「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された眞子さんの体調に影響を与えたと考えられる週刊誌報道やインターネット上の書き込みについて、どのように受け止めておられますか」と質問が出ている。
天皇の長女(愛子)の記者会見は来春までないが、この人を見る国民多くの目は、秋篠宮の長女の例に学んで皇室からの脱出を望んでいるのだろうというもの。が、一部には、将来の女性天皇への就位を望む人々もいる。どちらにせよ、なんとも重苦しい檻の中同然の20歳の誕生日。
このような皇室・皇族をめぐる状況を踏まえて、「皇族の人権」についての議論を耳にするようになった。私が憲法を学んだ頃、天皇に関して考えねばならないことは、他の統治機構における原理とどう整合するのかということだけで、天皇や皇族の人権などは視野になかった。
それが今や、天皇や皇族も社会の多数から、公私にわたる行為に対して好奇の目で見られるようになり、適正な批判だけでなく誹謗や中傷の類いも避けることができない。主観的には不当なイジメ被害に遭遇して、その防御のために「皇族の人権」援用が必要な時代となっているのだ。「開かれた皇室」標榜の必然の結果ともいうべきだろう。
人権とは、あらゆる自然人の誰にも、生まれながらに等しく備わったものである。だから、当然のこととして天皇や皇族個人にも人権は備わっている。
もちろん一定の人権は、憲法が世襲の天皇という制度を認めたことから、天皇や皇族に制約があることはやむを得ない。が、今問題はそのことではない。天皇や皇族に認められている人権は、天皇や皇族以外の一般人民と同等のものであって、それ以上に特に手厚く擁護されるべきものではないということである。
かつて我が国の刑法には、大逆罪という犯罪があり、不敬罪という罪もあった。天皇や三后、皇族の生命・身体や名誉は、臣民とは異なる特別に貴重なものとして厚い法的保護の対象とされたということである。もちろん、いま、そのような立法に許容の余地はない。
このことに関して、秋篠宮の誕生日会見で気になるところがある。当該個所の全文を引用する。
【記者】 複雑性PTSDと診断された眞子さんの体調に影響を与えられたと考えられる週刊誌報道やインターネット上の書き込みについてどのように思われますでしょうか。
【秋篠宮】そうですね、週刊誌これは文字数の制限というのはあります。一方で、そのネット上のものというのはそういう制限がほとんどないわけですね。それなので、その二つは分けて考える方が良いのかと思います。
娘の複雑性PTSDになったのが、恐らくその週刊誌、それからネット両方の記事にあるのだろうとは思いますけれども、私自身それほどたくさん週刊誌を読むわけでもありませんけれども、週刊誌を読んでみると、非常に何と言いましょうか、創作というか作り話が掲載されていることもあります。一方で、非常に傾聴すべき意見も載っています。
そういうものが、一つの記事の中に混ざっていることが多々あります。
ですので、私は、確かに自分でも驚くことが書かれていることがあるんですけれども、それでもって全てを否定するという気にはなれません。
一方、ネットの書き込みなど、これも私はそれほど多く見ることはありません。
何と言っても、一つの記事に対してものすごい数のコメントが書かれるわけですので、それはとても読んでいたら時間も足りませんし、目も疲れますし、読みませんけれども、中には確かに相当ひどいことを書いているのもあるわけですね。
それは、どういう意図を持って書いているのかは、それは書く人それぞれにあると思いますけれども、ただ、今そのネットによる誹謗中傷で深く傷ついている人もいますし、そして、またそれによって命を落としたという人もいるわけですね。
やはりそういうものについて、これは何と言いましょうか、今ネットの話をしましたけども、誹謗中傷、つまり深く人を傷つけるような言葉というのは、これは雑誌であれネットであれ私としてはそういう言葉は許容できるものではありません。
以上です。
これは危険な発言である。厳正な批判がなくてはならない。
読みようによっては、「皇族であった娘の複雑性PTSDをもたらした誹謗中傷の言論を取り締まるべきだ」と解することが可能ではないか。加えて、こういう発言もある。
「何かやはり一定のきちんとした基準を設けてその基準は考えなければいけないわけですけれども、それを超えたときにはたとえば反論をする、出すとかですね。何かそういう基準作りをしていく必要があると思います」
一般人がネットの中傷記事を取り締まるべしとするのは表現の自由に属することだ。しかし、これは皇嗣が口にすべきことではない。もちろん、そのような意図は毛頭ない、と釈明はできるだろう。「ネットによる誹謗中傷の被害者は皇族であった娘だけではなく、広く一般人が被害を受けているではないか」「娘だけを特別視した発言はしていない」「深く人を傷つける言葉は許容できるない、とは言論の取り締まりを求めたものではない」とこの人が言えばそのとおりだろう。が、恐ろしいのは、この皇嗣の言葉を忖度して、動こうという連中がいることなのだ。その意味で、皇族の人権を語ることには慎重でなくてはならない。しかも、皇嗣が皇族の人権を語ることはなおのこと危うい。
前天皇(明仁)が、生前退位の希望をビデオメッセージとして述べることで、皇室典範の特例法制定に漕ぎつけ、生前退位を実現した前例が苦い記憶として新しい。皇嗣に限らず、皇族の発言は、慎重の上にも慎重でなくてはならない。こんな発言が、万々が一にも不敬罪復活につながようなことがあってはならない。