澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「浜の一揆・訴訟」第1回口頭弁論意見陳述

審理の冒頭に、原告ら100名の訴訟代理人として、訴状の要旨を陳述し、若干の意見と要望を申し上げます。
1 本件は、三陸沿岸の漁民らが原告となって被告岩手県知事に対して、サケ採捕の許可を求める訴えです。
 決して無制限にサケを採らせろと要求しているのではなく、それぞれの小型漁船一隻について年間10トンの漁獲量を上限と設定した許可を求め、これに対する不許可処分を不服としてその処分の取り消しと許可の義務付けとを求めているものです。

2 訴状をご覧いただければお分かりのとおり、本件の請求原因はきわめてシンプルなもので、第1から第4の4節で成り立っています。
 そのうちの請求原因「第1 本件許可申請と不許可処分」は、提訴にいたる手続の経緯と、取消を求める対象の処分を特定する記載です。原告ら漁民がサケ採捕許可の申請をして申請が不許可となったこと。その不許可の理由が、「平成14年に本県が定めた固定式刺し網漁業の許可等の取扱方針」に該当しないからだというだけのことであること。そして、原告らは本件各処分に付記された不服申立方法の教示にしたがって農林水産大臣に対する審査請求をし、審査請求があった日の翌日から起算して3か月を経過して裁決がなかったこと。以上の各事実を主張し、これについて被告の争うところはありません。

3 請求原因「第2 原告らの本件各許可申請の正当性と切実性」は事情です。原告らの要求の正当性と切実性を知っていただくための叙述ですが、主要事実ではありません。

4 請求原因「第3 本件各処分の違法事由」で、本件各処分を違法とする根拠を述べています。違法事由には、手続的違法と実体的な違法との両者があります。
 手続的違法とは、付記すべき理由記載の不備です。本件各処分に付記された不許可の理由は、まったく形式的なもので、しかも単なる根拠法規の摘記に過ぎません。これでは理由を付記したことになり得ません。
 いったい何のために理由の付記が求められるのか。この点について、訴状で引用した2011年6月7日最高裁判決において、田原睦夫裁判官の詳細な補足意見が参考になります。同裁判官は通説的見解を次のように整理しています。
「? 不利益処分に理由付記を要するのは,処分庁の判断の慎重,合理性を担保して,その恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせることにより,相手方の不服申立てに便宜を与えることにある。その理由の記載を欠く場合には,実体法上その処分の適法性が肯定されると否とにかかわらず,当該処分自体が違法となり,原則としてその取消事由となる
 ? 理由付記の程度は,処分の性質,理由付記を命じた法律の趣旨・目的に照らして決せられる。
 ? 処分理由は,その記載自体から明らかでなければならず,単なる根拠法規の摘記は,理由記載に当たらない。
 ? 理由付記は,相手方に処分の理由を示すことにとどまらず,処分の公正さを担保するものであるから,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第三者においてもその記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければならない。」
 一見して明らかなとおり、本件各処分通知書(甲1・甲2)は、不許可の実質的理由を提示していません。要するに、「自分たちで許可しないことと決めたのだ」という形式的理由だけがあって、なぜそのように決めたのかという求められている理由については、まったく触れるところがないのです。
 これでは、「処分庁の判断の慎重,合理性を担保して,その恣意を抑制する」ことにも、「処分の理由を相手方に知らせることにより,相手方の不服申立てに便宜を与えること」にも、「処分の公正さを担保する」ことにもならないではありませんか。また、「単なる根拠法規の摘記は,理由記載に当たらない。」という指摘を噛みしめなければなりません。被告答弁書の弁明にもかかわらず、理由付記不備の違法は明らかだと考えます。

5 さらに、実体的違法事由があります。
 ここで指摘しておきたいのは、挙証責任の問題です。原告らは、岩手県漁業調整規則にもとづく県知事の許可申請をしています。この場合知事の許可の可否に関する規定は、同規則第23条1項です。
 ここには、「知事は、次の各号のいずれかに該当する場合は、漁業の許可をしない」との文言になっています。このことは、「知事は、次の各号のいずれかに該当する場合以外には、漁業の許可をしなければならない」ことを意味します。限定列挙された不許可事由のない限り、許可決定が原則なのです。もとより「許可」は行政裁量には馴染まないのです。
 限定列挙された不許可事由の中で、問題となり得るのは、第1項第3号「漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要があると認める場合」のみです。
 つまりは、「漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要がある」場合についてだけ知事は適法な不許可処分ができることになります。「漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要がある」ことは、飽くまで被告知事の側で主張挙証の責めを負うことになります。その立証に成功しなければ、被告の敗訴は免れないところなのです。
 ですから、この訴訟において被告知事は、自らが行っている水産行政の妥当性、合理性、合法性を堂々と主張しなければなりません。なぜ、原告ら漁民に固定式刺し網漁でのサケの採捕を禁じているのか。限りあるサケ資源を大規模な定置網漁の事業者だけに独占させて、零細漁民には配分しようとはしないのか。そのことについての行政としての説明責任を果たさなければなりません。答弁書を見る限り、そのような姿勢がまったくみられないことを残念というほかはありません。

6 原告に挙証責任のあることではありませんが、本件において「漁業調整の必要」が許可障害事由になるとは到底考えられないところです。
 有限な水産資源利用における漁業者間の利益配分の合理的な調整とは、「漁業の民主化を図ることを目的とする」という漁業法第1条の目的規定に則って理解されなければなりません。大規模定置網事業者の利益を擁護するために零細な一般漁民のサケ漁を禁止することが、法が想定する「漁業調整」に該当するはずはないのです。
 また、「水産資源の保護培養」の必要も許可障害事由とはなりえません。本件申請を許可することが、サケ資源の枯渇を生じたり、サケの保護培養に支障をきたすことはおよそ考えられないのです。原告らは自主的に自らの漁獲量の上限を設定しての許可を求めています。後継者を確保し漁業の持続性を最も切実に望んでいるのが、ほかならぬ原告らであることをお考えください。

7 そして、請求原因「第4 処分を義務づける理由」は、処分取消の請求原因として主張したことがそのまま、許可義務づけの根拠となるものです。むしろ、本件申請を許可することが積極的に漁業法ならびに岩手県漁業調整規則の理念に合致するものというべきだと確信するものです。

 貴裁判所には、以上の理念と法の枠組みに留意のうえ、本件の審理を進行していただくようお願いいたします。
(2016年1月14日)

本日「浜の一揆衆」100人が盛岡地裁に提訴

「浜の一揆」提訴決起集会にご参集の皆さまにご報告申し上げます。
先ほど、盛岡地裁に「浜の一揆」訴訟の訴状を提出して受理されました。事件番号は、盛岡地裁平成27年(行ウ)第9号です。いよいよ、訴訟が始まります。その内容をご説明し、原告の皆さまの主張の正当性に確信を持っていただきたいと思います。

本日の提訴の原告は、三陸沿岸の漁民100人。岩手県を被告とする行政訴訟です。裁判所では、この裁判を「サケ刺し網漁不許可取消・許可義務付請求事件」と呼びますが、これでは舌を噛みかねません。ぜひ、「浜の一揆訴訟」と呼んで、支援を広げていただきたいと思います。まぎれもなく、沿岸の漁民100人が、一揆の旗印を掲げ、権力に抗して起ち上がったのです。そのことに敬意を表します。

ご存じのとおり、サケこそ岩手県沿岸漁業の基幹魚種です。ところが、信じられないことに、岩手の一般漁民は沿岸のサケを獲ることができません。毎年2万トンを超すサケの水揚げは大規模な定置網業者に独占されている反面、一般漁民は最高刑懲役6か月の威嚇をもって、サケの捕獲を禁止されているのです。大規模な定置網業者とは、漁協と浜の有力者です。残念ながら漁協のサケの水揚げによる利益は必ずしも、漁民の利益に還元されません。

訴訟における請求の内容は、県知事の行った「サケ採捕申請不許可処分」の取消と、知事に対する「各漁民のサケ採捕申請許可」義務づけを求めるもの。小型漁船で零細な漁業を営む漁民に「サケを獲らせろ」という要求の実現を目指すものなのです。このことは、「漁民を保護して、漁業がなり立つ手立てを講じよ」という行政への批判と、「後継者が育つ漁業を」という切実な願いとを背景にするものです。

三陸の漁民は、予てから沿岸でサケの採捕を禁じられていることの不合理を不満とし、これまで岩手県水産行政に請願や陳情を重ねてきましたが何の進展もありませんでした。とりわけ、3・11の被災後はこの不合理を耐えがたいものと感じることとなり、法的手続に踏み切りました。

まず、岩手県知事宛に、「小型漁船による固定式刺し網漁のサケ採捕許可申請」をしました。2014年9月30日に第1次申請、11月4日に第2次申請、そして今年2015年1月30日に第3次申請です。これに対して、今年の6月12日に、すべて不許可決定となりました。申請をして不許可となった者102名です。

その全員が、知事のこの不許可処分を不服として、農林水産大臣への審査請求に及びましたが、請求後3か月を経た今日農林水産大臣の裁決の見通しは明らかでなく、そのため予定のとおり、100人が原告となって本日の提訴に踏み切ったものです。

結局、「裁決を待たず審査請求3か月経過によって本日提訴した者が100名、訴訟提起を見合わせ審査請求に対する農林水産大臣の裁決を待つ者2名、と分かれたことになります。

本日の提訴において求める判決の内容は2点、
その第1点は、知事の100人に対するサケ漁獲申請不許可処分の取消請求、そしてもう1点は、知事に対する許可の義務づけ請求で、義務づける許可の内容は次のとおりです。
「年間10トンの漁獲量を上限とするサケの採捕を目的とする固定式刺網漁業許可申請について、申請のとおりの許可をせよ。」

本件の訴訟の争点は次のようなものになると思われます。
原告は、知事のした不許可処分を違法と主張しています。
まずは、手続的違法です。法は、行政処分には理由の付記を要求します。しかも、付記すべき理由とは形式的なものでは足りず、実質的な不許可の根拠を記載しなければなりません。しかし、本件不許可処分には、「内部の取扱方針でそう決めたから」というだけで、みごとなまでに実質的な理由が書かれていません。このことだけで、不許可処分は違法として取り消されなければなりません。

法は、許可申請あれば許可処分をすべきことを原則としていますが、許可障害事由ある場合にだけ不許可処分となります。?漁業調整の必要と、?水産資源の保護培養の必要の2点がサケ採捕の許可申請に対する障害事由として認められるか、これが問題となります。飽くまで、主張・立証の責任は岩手県側にあって、許可できない根拠を具体的に主張し挙証しなければならないのです。しかし、本件不許可処分にはそのような具体的な根拠を示すところはまったくありません。

原告らは、自主的に漁獲量の上限を年間10トンとして、許可を求めています。もしかしたら、被告(岩手県知事)は訴訟において、「水産資源の保護培養の必要から一般漁民に許可はできない、許可すればサケ資源は枯渇しかねない」などと言い出すかも知れません。しかし、10トン制限を付したサケ捕獲の許可が、「水産資源の保護培養」反するものであるか常識的にお考えいただきたい。各原告の年間漁獲量上限10トンは、全原告の総量として1000トンです。これは、各年の定置網漁による漁獲高20000トンのおよそ20分の1に過ぎません。元来、小規模な固定式刺し網漁は、定置網漁とは設置場所や深度、漁時の海水温などに差異があって、定置網漁と漁獲を競合するところは僅かなのですが、これに加えて漁獲量の自主的制限の設定は、水産資源保護にも定置網漁者の漁獲量の維持にも、およそ問題はないというべきことが明らかです。

しかも、三陸の漁民たちの運動として、IQ(漁獲量割当制度)あるいはITQ(譲渡性のあるIQ)の制度作りがあります。IQは、資源保護の立場からも、民主的で公平な資源配分の実現の観点からも、漁民間の競争ではなく協働への志向としても望ましい制度です。「漁獲量自主的10トン制限」は、まさに漁民のイニシャチブによるIQ(漁獲量割当制度)作りの第一歩と評価できるものと思います。

漁民が生計を維持し後継者を育成するために力を発揮すべきはずの行政が、実はまったく無為無策。これに代わる漁民側の具体的な提案として、10トンと制限を付した一般漁民のサケ漁許可の意味には大きいものがあるといわねばなりません。

さあ、本日一揆の旗が立ちました。押し出しが始まったのです。要求を貫徹するまで、自信をもってご一緒に闘い抜きましょう。
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「NHK包囲行動」第2弾が11月7日(土)実施されます!
 NHK包囲行動『アベチャンネル』はゴメンだ! にご参加ください
 日時: 2015年11月7日(土)
  PM 1:30?2:45 集会:NHK(渋谷)西門前でリレートーク
  PM 2:45?3:15 宮下公園北側へ移動
  PM 3:15?3:30 デモコースの説明・諸注意、コールの練習
  PM 3:30?4:00 宮下公園北側からデモスタート、神宮通公園ゴール
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 告知チラシPDFダウンロード 
   表→http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/20151107/a117omotehoi.pdf 
   裏→http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/20151107/a117urahoi.pdf
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カンパのお願い :『アベチャンネル』はゴメンだ!NHK包囲行動第2弾
前回の8.25行動ではみなさまの多大なご支援をいただきました。今回の11.7行動はその時のカンパの残金で進めてまいりましたが、前回に比べ
(1) 今回は”西門前”だけでのリレートーク、コールなのでかなり細長い集団になります。そのため端の人にまでトークが聞こえるように音響効果をうまく考えなければならず、機材、調整技術等に費用がかかる。
(2) デモに必要な車、機材、プラカード等の費用など
のため、大幅な赤字になってしまいました。
 そのため大変恐れ入りますがまたまたカンパのお願いをしなければならない状況です。よろしくお願い申し上げます。
                   2015.10.20 NHK包囲行動委員会
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下記口座へ振り込みをおねがいします。
(1)ゆうちょ総合口座番号 10420-21759161 名義「NHK包囲行動実行委員会」
これはゆうちょ口座から振り込むときの番号です。
(2)ゆうちょ以外の金融機関の口座からの振込む場合は口座番号が変わって
  〇四八-048-2175916 名義「NHK包囲行動実行委員会」になります。
 (〔店名〕〇四八 (ゼロヨンハチ)〔店番〕048 〔普通預金〕 〔口座番号〕2175916)
よろしくお願い致します。
(2015年11月4日・連続第949回)

「浜の一揆」は農水大臣に対する審査請求の段階に

三陸沿岸の漁民102人が岩手県知事に対して「固定式刺網によるサケの採捕」の許可を求めた「浜の一揆」。許可申請は、岩手県から不許可の決定に接した。達増拓也岩手知事の震災復興行政の姿勢に多少は期待もあったのだが、沿岸漁業のボス支配を追認する水産行政を確認する結論となった。

但し、不許可の理由はまったくの形式論に終始し、実質的には判断を避けたものとなった。見方によっては、県は判断を避けて国や裁判所に丸投げしたとも解しうる。注目されている知事選を目前にして、県の漁業界のボスたちにも一般漁民にも、悪くは思われたくないという動機がもたらした選択であるのかも知れない。

その忖度はともかく、結局のところ当初想定したとおりの結論となって、予定のとおりに農林水産大臣に対する審査請求を申し立てとなった。

以下は、その審査請求書の抜粋である。

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☆ 各審査請求人は、いずれも岩手県三陸沿岸に居住し、一覧表に特定されている各小型漁船を使用して現に漁業を営む漁民であるところ、
2014年9月30日(1次申請)、同年11月4日(2次申請)、2015年1月30日(3次申請)の3回に分けて、
岩手県知事に対して、当該の漁船を使用して、岩手県沖合海面における固定式刺し網漁業の漁法による「さけ」の採捕の許可を申請した。
但し、当該求める「さけ漁」の許可の内容について、自主的に漁獲量の制限を設け、年間漁獲量の上限を10トンとしての許可を求めた。
☆ 請求人らの上記許可申請に対する岩手県知事による不許可処分がなされた。その理由は以下のとおりとされている。
「岩手県漁業調整規則第23条第1項第3号においては、漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要があると認める場合には、漁業の許可をしない旨規定している。そして、同号の審査基準の一つとして本県が定めた固定式刺し網漁業の許可等の取扱方針(平成14年12月25日制定)においては、固定式刺し網漁業を新たに営もうとする者に係る許可は、知事が定めた新規許可枠の範囲内においてすることにしているところ、現在は当該許可に新規許可枠を設定していない。そうであるところ、取扱方針における許可をなしうる場合に該当せず、岩手県漁業調整規則第23条第1項第3号に該当するものである。このことから、本申請は不許可とする。
☆ 以上のとおり、不許可の理由は、まったく形式的なものに過ぎない。要するに、「予め不許可を決めているから不許可なのだ」というだけで、不許可の実質的理由を提示していない。
しかも、「取扱方針」なるものは、誰も見たことがない。そのようなものがあると説明を受けたこともない。純然たる内部文書に過ぎず、県民の権利義務に影響を与えるものてはあり得ない。
☆ 不許可決定は、自ら、「漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要があると認める場合には、漁業の許可をしない旨規定している」と、申請に対しては許可が原則であることを認めつつ、本件の許可申請が「漁業調整又は水産資源の保護培養のため必要がある」という例外に当たることについての実質的な理由をまったく提示していないのである。
これだけで、取消理由として十分である。
☆ 速やかな原処分取消裁決が得られない場合には、行政事件訴訟法に基づいて、岩手県知事を被告として、盛岡地裁に不許可処分取消訴訟を提起する予定である。

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請求人らは、いずれも2011年3月の震災と津波によって甚大な被害を蒙った三陸沿岸の漁民であるところ、漁業による生計を維持し生業を継続するための切実な要求として、さけ漁の許可を得るために本申請におよんだものである。

岩手県三陸沿岸の漁業においては、秋から冬を盛漁期とする「さけ」を基幹魚種とする。ところが、一般漁民には基幹魚種であるさけを採捕することが禁じられている。信じがたいことだが、一般漁民の不満を押さえつけての非民主的で不合理極まる水産行政がまかり通ってきた。
岩手県沿岸のさけ漁は、もっぱら大規模な定置網漁の事業者に独占されており、零細な一般漁民は刑罰をもってさけ漁を禁止されている。事実上、大規模定置網事業者保護のための水産行政であり、浜の有力者の利益を確保するために刑罰による威嚇が用意されているのである。一方に大規模なさけの定置網漁で巨額の利益を得る者がある反面、零細漁民は漁業での生計を維持しがたく、後継者も確保しがたい深刻な現実がある。
宮城県においても青森県においても、当然のこととして一般漁民が小規模な固定式刺し網によるさけ漁の許可を得て漁業を営んでいる。県境を越えて岩手県に入った途端、突然に「さけ漁禁止」「違反は処罰」となるのである。
本件許可申請は、このような不合理な水産行政に反旗を翻す「浜の一揆」の心意気をもっての権利主張である。

定置網漁業を営む大規模事業者は2種類ある。そのひとつは漁業協同組合であり、他のひとつは漁業界の有力者の単独経営体である。
漁業協同組合における民主的運営は必ずしも徹底されておらず、漁協の利益が組合員の利益に還元されない憾みを遺している現実がある。こと、「さけ漁」に関しては、一部の漁協と漁民の利益は鋭く相反している。
また、漁協以外の定置網事業者は例外なく業界の有力者であって、一般漁民をさけ漁から閉め出すことは、大規模事業者の不当な利益を確保する制度として定着している。行政は、この不合理を是正することなく、むしろ業界の有力者と癒着し庇護する体制を確立して今日に至っている。
請求人らは、いずれも岩手県三陸沿岸において小型漁船を使用して小規模漁業に従事する者であって、予てから岩手県三陸沿岸海域においては一般漁民に「さけ」の採捕が禁止されていることを不合理とし、岩手県の水産行政に不信と不満の念を募らせてきたが、「さけ漁禁止」の不合理は、3・11震災・津波の被害からの復興が遅々として進まない現在、いよいよ耐えがたいものとなって、本件申請に至った。

本来は、岩手県の水産行政や、県政が、漁業の振興と漁村集落の維持発展を図るため大規模定置網事業者のさけ採捕独占を問題としなければならない。具体的には大規模事業者によるさけ漁の上限を画して、小型漁船漁業を営む一般漁民の生計がなり立つような水産行政を積極的に展開しなければならない。県にその姿勢がないばかりに、請求人らは、県行政や県政と闘って、自らの権利を実現することを余儀なくされているのである。
岩手県の水産行政は三陸沿岸漁民全体の利益のためにこそある。大規模定置網漁事業者にさけ漁の利益独占を保障するための行政であってはならない。

本来、海域の水産資源は誰にも独占の権利はない。わけても沿岸海域における漁場の水産資源は沿岸漁民全ての共有財産である。
漁業法の理念からも、漁は合理的な制約には服するものの原則は自由である。制約の合理性の内容は「民主化」「実質的な公平」でなくてはならない。しかし、三陸沿岸の漁民は生活に困窮しながら、目の前の漁場において一尾のさけも獲ってはならないとされているのである。しかも、他方では大規模事業者が行う巻き網漁船や底引き網漁で混穫されたさけは、雑魚扱いされて事実上黙認されているなど、強者に甘く弱者にはこの上なく厳しい事態の不合理は、誰の目にも明らかというべきである。

都道府県の水産行政には、漁業法にもとづいて負託された漁業許可の権限があるものとされている。しかし、漁民の許可申請に対しては、飽くまで許可をなすべきことが原則であって、不許可は格別の事情ある場合の例外に限られる。
請求人らは、3・11震災・津波被災後の生活苦の中で、さけ漁禁止行政の継続は、生業の維持と生活再建を破壊するものとの認識のもと、小規模漁民において可能な固定式刺し網による「さけ」漁の許可を求めるものである。

請求人らは、これまでこの不自然で不合理な岩手県の漁業行政に甘んじてきた。しかし、請求人らの生活苦はその不合理に耐え難い限界に達して、ようやくにして公正な漁業資源の配分を要求するに至ったものである。

速やかな原処分取消の裁決を求める。 

(2015年7月30日)

「浜の一揆」に全国展開の兆し

昨日(2月21日)の午後、南青山で「『全国沿岸漁民連絡会』結成を目ざす交流集会」が開催され、私も応援団の末席に参加した。なかなかの盛会。熱気があふれんばかり。懇親会の席で、呼びかけ人の一人が「何年か経ったら、あの日の交流会が歴史的な出発点だったと、きっと思い起こすことになるでしょう」と挨拶していた。確かに、そうなりそうな印象だった。

集会は、北海道・岩手・福島・千葉・和歌山の各運動体の代表者5名が呼びかけたもの。静岡、長崎からのメッセージが届けられている。神奈川や高知との連携もあるという。漁業問題は各地にあり運動もあるのだから、いずれ全国的な運動と組織に発展するだろう、そう展望が語られた。

今のところは「交流集会」である。次に「準備会」にして事務局機能を整え、さらに「全国沿岸漁民連絡会」への発展が予定されている。全国組織とすることにより、経験を交流し知恵と力を出し合って相互に各地の運動を援助し合うとともに、全国組織の力で水産庁交渉の主体となろうということなのだ。

各地が抱える具体的問題の内容は、それぞれに異なる。北海道からの参加者は水産資源の持続性の課題を語り、福島は原発事故の漁業への影響を語った。千葉からは、大規模漁業者との軋轢や漁業振興政策の制度改善が問題として述べられた。岩手は、3・11による被災の深刻さと、その後の漁業復興過程における「サケ漁許可」申請問題が、裁判を予定しているものとして報告された。

司会は、手際よく、各地からの報告を「(1)水産資源持続性の問題、(2)漁業をめぐる制度改善の問題、(3)原発の問題」と3点にまとめた。とりわけ、原発問題については、「必ず海岸に設置されて漁場と接している以上、その影響は全国48個所の原発プラントを抱える全ての地域の漁民の問題」と総括されていた。なるほど。

ところで、「沿岸漁民」とは、零細な漁船漁民と海面養殖業者をいう。漁船漁業を営む者については、概ね20トン未満の漁船で漁をする小規模漁業をいうようだ。

配付された資料によると、20トン未満の漁船で漁をする小規模経営体は、昨年の調査で全国で73643を数えるという。漁業経営体総数94522の78%を占める。これが「日本漁業の主役」となのだ。ちなみに、20トン以上の大規模漁船をもつ経営体は2%、大規模な定置網の経営体数も4%にすぎない。

この世界でも、事業体の規模の格差が政治的な力量の格差となり、零細漁民の不公平行政への不信と不満が横溢しているのだ。一つは、水産資源の持続性を確保して、次世代への漁業の継承を実現することが大きな課題だが、根こそぎに資源を取り尽くす大規模事業者への不満が鬱積している。それだけでなく限りある水産資源の公正な配分をどうするかについて、民主的な規制が切実な要求なのだ。

多くの零細漁民が同じような不満と要求をもっている。本来であれば、漁業協同組合が、協同組合の理念に基づいて零細漁民の声を代弁する役割を果たすべきなのだが、一般に現実はそのようになっていない。多忙な零細漁民のリーダーが、時間を割いて仲間の声を糾合し、運動を立ち上げていることは、最大限の敬意を表するに値する。

何人もの会の参加者が口にしていた。
「漁師は、魚を獲るだけで精一杯だし、それでよいと思ってきた」「でも、今のままでは漁業の未来がない。後継者に継承もできない」「やはり、知恵と力を合わせて漁業が継続できるように、運動もしなければならないし、行政との交渉もしなければならない」

もっとも、農業と同様、漁業も新自由主義的「改革」の対象として意識されている。震災からの復興の手段としての特区構想にどう対処すべきかなど問題は山積しており、方針の具体化はけっして容易ではない。

提案された行動指針の原案のなかに、「小規模漁業漁民・家族漁業経営体の生活と権利を守るための活動をおこなう」とある。この立場性が運動の原点だ。

この日の集会は、「浜の一揆」の全国版の萌芽ではないか。このような場に居合わすことができたのは、私の好運である。次の会合が、7月下旬に予定された。もっとたくさんの人々が集って、もっと具体的な運動方針や組織方針が出されることを期待したい。
(2015年2月22日)

岩手三陸「浜の一揆」第3次申請報告

昔、一揆に起ち上がった農民を「立百姓」と呼んだ。起てない者が「寝百姓」だ。前者には畏敬の念が込められており、後者にはやや軽侮のニュアンスがある。しかし、現実に自分の問題となったときに、起つことの決意はなまなかなものではない。

だからこそ、理不尽を見て見ぬふりをすることなく、すっくと起つ百姓が尊敬された。理不尽をなす者は、領主だったり、代官だったり、その手下の者であった。また、権力と結託する豪商でもあった。今も昔も、権力と経済力が理不尽権化であり、闘わざるを得ない敵対者なのだ。

岩手沿岸の浜の一揆は本日第3次申請となり、参加者数は113名となった。100人を超える漁民が、困難な中で「起ち上がった」ことに敬意を表したい。

第3次の申請に至って、私自身にようやく問題が見えてきた。その申請書の冒頭部分「申請の趣旨」と「申請の概要と理念」を掲載するのでお読み願いたい。そして、地方行政が、一般住民のためではなく、実は地元のボス支配と癒着し、地元のボスの利益を擁護するためのものになっていること、その変革の闘いが必要であることをご理解いただきたい。

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           漁業許可申請書
                 2015年1月30日
岩手県知事 達増拓也殿
                  別紙申請人目録記載12名代理人
                  弁 護 士  澤 藤 統 一 郎
第1 申請の趣旨
1 各申請人について、別紙申請人目録に記載の各「申請する漁業許可の内容」のとおりの許可を求める。
2 なお、本件各申請はいずれも「さけ漁」の許可を求めるものであるが、求める許可の内容について、自主的に漁獲量の制限を設け、年間漁獲量の上限を10トンとする許可を求めるものである。
3 また、本許可申請は、2014年9月30日付でなされた38名の同内容の申請を第1次申請とし、同年11月4日付でなされた63名による第2次申請に続く第3次申請にあたるものである。
累計113名が、求める許可の内容(固定式刺し網によるさけ漁の許可)とその理由を同じくするもので、行政においてもこれを一体のものとして取り扱われたい。

第2 本件申請の概要と理念
1 岩手県三陸沿岸の漁業においては、秋から冬を盛漁期とする「さけ」を基幹魚種とする。ところが、一般漁民には基幹魚種であるさけを採捕することが禁じられている。信じがたいことだが、一般漁民の不満を押さえつけての非民主的で不合理極まる水産行政が行われてきた。
岩手県沿岸のさけ漁は、もっぱら大規模な定置網漁の事業者に独占されており、零細な一般漁民は刑罰をもってさけ漁を禁止されている。事実上、大規模定置網事業者保護のための水産行政であり、浜の有力者の利益を確保するために刑罰による威嚇が用意されているのである。一方に大規模なさけの定置網漁で巨額の利益を得る者がある反面、零細漁民は漁業での生計を維持しがたく、後継者も確保しがたい深刻な現実がある。
宮城県においても青森県においても、当然のこととして一般漁民が小規模な固定式刺し網によるさけ漁の許可を得て漁業を営んでいる。県境を越えて岩手県に入った途端、突然に「さけ漁禁止」「違反は処罰」となるのである。
本件申請は、このような不合理な水産行政に反旗を翻す「浜の一揆」の心意気をもっての権利主張である。
2 定置網漁業を営む大規模事業者は2種類ある。そのひとつは漁業協同組合であり、他のひとつは漁業界の有力者の単独経営体である。
漁業協同組合における民主的運営は必ずしも徹底されておらず、漁協の利益が組合員の利益に還元されない憾みを遺す現実がある。こと、「さけ漁」に関しては、一部の漁協と漁民の利益は鋭く相反している。
また、漁協以外の定置網事業者は例外なく業界の有力者であって、その不当な利益をむさぼる制度として定着し、行政がこの不合理を是正することなく、むしろ業界の有力者と癒着し庇護する体制を確立して今日に至っている。
申請人らは、いずれも岩手県三陸沿岸において小型漁船を使用して小規模漁業に従事する者であって、予てから岩手県三陸沿岸海域においては一般漁民に「さけ」の採捕が禁止されていることを不合理とし、岩手県の水産行政に不信と不満の念を募らせてきたが、「さけ漁禁止」の不合理は、3・11震災・津波の被害からの復興が遅々として進まない現在、いよいよ耐えがたいものとなって、本件申請に至った。
本来は、岩手県の水産行政や、県政が、漁業の振興と漁村集落の維持を図るため大規模定置網事業者のさけ採捕独占を問題としなければならない。具体的には大規模事業者によるさけ漁の上限を画して、小型漁船漁業を営む一般漁民の生計がなり立つようにな水産行政を積極的に展開しなければならない。県にその姿勢がないばかりに、申請人らは、県行政や県政と闘って、自らの権利を実現することを余儀なくされているのである。
岩手県の水産行政は三陸沿岸漁民全体の利益のためにこそある。大規模定置網漁事業者にさけ漁の利益独占を保障するための行政であってはならない。
3 本来、海域の水産資源は誰にも独占の権利はない。わけても沿岸海域における漁場の水産資源は沿岸漁民全ての共有財産である。
漁業法の理念からも、漁は合理的な制約には服するものの原則は自由である。制約の合理性の内容は「民主化」「実質的な公平」でなくてはならない。しかし、三陸沿岸の漁民は生活に困窮しながら、目の前の漁場において一尾のさけも獲ってはならないとされているのである。しかも、他方では巻き網漁船や底引き網漁で混穫されたさけは、雑魚扱いされて事実上黙認されているなど、強者に甘く弱者にはこの上なく厳しい事態の不合理は、誰の目にも明らかというべきである。
都道府県の水産行政には、漁業法にもとづいて負託された漁業許可の権限があるものとされている。しかし、漁民の許可申請に対しては、飽くまで許可をなすべきことが原則であって、不許可は格別の事情ある場合の例外に限られる。
申請人らは、3・11震災・津波被災後の生活苦の中で、さけ漁禁止行政の継続は、生業の維持と生活再建を破壊するものとの認識のもと、小規模漁民において可能な固定式刺し網による「さけ」漁の許可を求めるものである。
4 申請人らの本件許可申請を拒否する合理的理由はおよそ考えがたい。
(1) 仮に不許可処分がありうるとすれば、岩手県漁業調整規則23条1項3号に該当して、本件申請の許可が「漁業調整」あるいは「水産資源の保護培養」に抵触して、不許可がやむを得ないというものとなろうが、いずれもその失当が明らかである。
(2) 「漁業調整」とは、必ずしも明確な概念ではないが、「広義には、漁場を総合的に利用し、漁業生産力の民主的発展を図るとの漁業法の目的を表す。狭義には、漁場の使用に関する紛争の防止又は解決を図ること」と説かれる。いずれにせよ、「漁業調整」それ自身は無内容であって、行政がその無内容を恣意的に不許可理由として援用することは許されない。
もっとも、有限な水産資源利用における漁業者間の利益配分の合理的な調整が必要であることは当然である。本件申請に許可を与えることが、漁業者間の利益配分の合理的な調整に著しく反するとなれば「漁業調整の必要からの不許可」はあり得るであろう。
しかし、本件においてかような事情はあり得ない。漁業者間の利益配分の合理的な調整とは、「漁業の民主化を図ることを目的とする」という漁業法1条の目的規定に則って考察しなければならない。「公平」が一般的な行政の理念であるが、「漁業の民主化を図る」ことを目的として掲げる漁業行政の理念は「実質的公平」でなくてはならない。強者と弱者との形式的平等が実質的な公平に反することが往々にして問題となる。実質的な公平とは、強者の利益を抑えても弱者の生存を確保するということにほかならない。ところが、岩手県のさけ漁に関しては現状はまったく逆である。経済的強者の利益を確保するために、弱者を切り捨てているのだ。大規模定置網事業者の利益を擁護するために零細な一般漁民のさけ漁を禁止するごときが「漁業調整」の名において許されてはならない。
今申請人らが求めているものは、経済的弱者の側からの、形式的平等にもおよばないささやかな要求なのである。
(3) 「水産資源の保護培養」の必要性は、概念としては分かり易い。乱獲によって水産資源が枯渇するような事態は避けなければならない。漁業者だけでなく広く消費者の不利益ともなるからである。仮に本件許可申請が三陸沿岸におけるさけという魚種の乱獲を招き、資源の枯渇に至る恐れがあるとすれば、不許可も考えられないではない。
しかし、本件申請への許可がそのような資源の枯渇をもたらす恐れはなく、漁業の持続性確保への不安を考える余地はない。本件は零細漁民の固定式刺し網漁の許可を求めるもので、その漁業規模が極めて小さいことと、網を設置している時間が短いことから、回遊魚であるさけの回帰への影響が極めて小さい。大規模にさけの回遊路を遮断し、常時網を設置したままにしておく定置網漁とは到底比較にならない。
しかも、本件各申請は漁獲高の上限を自主的に設定して許可を求めるものである。各漁業者に漁獲量を割当て、各人の漁獲量の上限を設けるべき(IQ制)ことについては、これまで申請人らが組織的に県に提言してきたところである。
申請人らは、自らに漁獲量の制限を設けることによって、本申請をIQ制導入の契機としたいと願うものである。いずれは定置網漁における漁獲量制限が実現して、真正な意味での「行政主導による漁業調整」が実現することを期待し、まず自らからに漁獲量の制限を課すものである。
県の水産行政が一般漁民の言に耳を傾け、真に持続的で公平な、漁民のための水産行政に転じるよう願ってやまない。…以下略
(2015年1月30日)

襟を正すよう岩手県に求める

冬晴れの空に映える冠雪の岩手山。今日一日は、美しき山のある幸せの地に。

新幹線の車窓から岩手山を望むと、いつも啄木の歌を思い出す。
  汽車の窓はるかに北にふるさとの山見え来れば襟を正すも

タクシーの運転手さんが、誇らしげに言う。
「私らいつも見ていますが、見飽きるということがありません」「特にこの開運橋からの岩手山がみごとでしょう」「この橋で岩手山を見ると運が開けるって、受験生がやって来るんですよ」

本日は「浜の一揆」事件の対岩手県(水産振興課)交渉。その日程に合わせて、吉田さんから岩手県(県立中央病院)に対する医療過誤訴訟の提訴日とした。

盛岡地裁正門の前に地元テレビのカメラがならんだ。分かり易い事案の内容について幹事社を通じての事前のブリーフィングの効果もあったろうが、何よりも原告吉田さんが、自分の名前も顔も出して取材に応じるという勇気が大きな反響を呼んだのだと思う。

この吉田さんの事件はOさんの紹介。Oさんも、県立病院で奥さんを医療過誤事件で亡くされた方。羊水塞栓症での死亡とされ、県は発症の予測も結果回避も不可能として争った。一審盛岡地裁は羊水塞栓症の罹患を否定しての認容判決だったが、控訴審の仙台高裁判決は羊水塞栓症の罹患を肯定しながら医師の発症責任を認めた。羊水塞栓症の発症責任を認めた認容判例は空前である。もしかすると絶後かも知れない。

その困難な訴訟の最中に、Oさんが述懐したことがある。「私は、この裁判に負けたら地元に住み続けることはできません」というのである。県を相手に訴訟を起こすとは、そのくらいたいへんなことなのだ。よほど思いつめ、よほどの覚悟での提訴だということが痛いほどよくわかった。幸いに、一審、二審とも勝訴判決を得て、Oさんは昔のまま地元での暮らしを続けている。

ことほどさように、県を相手に裁判を起こすなどとは勇気のいること。吉田さんは本件事故当時20歳。その吉田さんが、胸を張って、名前を出して、カメラの前で県立中央病院の医原性医療事故の不当と、医療事故に関しての病院の対応の酷さを訴えた。

私が配布したレジメの概要は以下のとおりである。
※本日、盛岡市在住の吉田さんから県立中央病院の医療過誤にもとづく損害賠償請求訴訟を盛岡地裁に提訴した。請求金額は270万円だが、後遺障害未定のため、症状固定後に請求拡張の予定。

※本件は医療過誤事件としては小さな事件である。しかし、誰にでも起こりうる医療事故であり、医療機関側の対応の不誠実さは、患者の権利の問題として到底看過しえない。
☆「過失1」 典型的な医原性医療過誤。医療による過失傷害事件である。
研修医2名が大腿動脈穿刺による採血に失敗。採血は4回試行されていずれも失敗。患者の懇請で看護師に交替して5回目にようやく成功。患者は未熟な研修医の実験台にされた。その直後から下肢の痛み、しびれ、麻痺が生じて緊急入院。大腿神経の損傷があったものと推察される。2か月後に寛解し退院して現在リハビリ継続中。退院5か月後の現在なお松葉杖歩行。
☆「過失2」病院は自ら起こした事故に謝罪せず、不誠実極まる対応。
被告病院副院長は原告に対して、「研修医の彼らは何も悪くありません、普通の青年です」「吉田さんの体に問題があって、このようなことになりました」「吉田さんの態度に問題があったからこうなったんじゃない? 自業自得だよね」と言っている。
この不誠実対応自体が、損害賠償の根拠になる。

※原告は、本件医療事故によって、店員としての職を失い現在無職無収入。
被告病院は、暫定的な収入仮払い要求を拒絶。提訴やむなきに至った。

記者会見は1時間余に及んだ。記者から、吉田さんに、「名前も、顔も隠さずに、訴えたいというお気持ちになられたという動機を」との質問が何度か繰り返される。それに対する吉田さんの答えをまとめると以下のとおり。

「私には陰に隠れなければならない恥ずかしいことは何ひとつありません」「中央病院の名を挙げて自分の憤りを発言するのですから、自分の方も隠れず名前を出した方がよいと思いました」「私が勇気を出して名前を出して訴えることで、多くの人を元気づけ、医療事故で泣き寝入りをすることがなくなるよう願っています」

匿名の発言は無責任で卑劣、心ある人の耳に届くはずもない。吉田さんの姿勢はその対極。メディアに名前を出し、カメラに向かっての堂々の発言であってこその迫力である。吉田さんを映すテレビの幹事社名が「めんこいテレビ」。人を軽んじプライドを傷つける理不尽に対して、素直な怒りの発露を支えることが私の努めだ。

午後は浜の一揆の幹部の面々と一緒に、岩手県(漁業調整課長)との交渉。零細漁民からの「サケ漁の許可」を求める申請書類の補正をめぐって、形式的な打ち合わせがメインのアポではあったが、当然それだけでは終わらない。「なぜ、県は三陸の漁民に三陸のサケを獲らせないんだ」というテーマをめぐっての発言になる。漁民の声は切実でもあり、厳しくもある。

「今のままでは後継者が育たない。岩手の漁業は衰退の一途だ」「漁民の声に耳を傾けないで岩手の漁業を衰退させているのは行政じゃないか」「こんな苦しいときだから、復興のためにサケを獲ることを認めてもらわねばならない」「どうして、サケ漁を浜のボスの巨大な定置網だけ許可して、俺たち漁民には禁止するんだ」「県が漁業界の意見を聞いて判断するというのは納得できない」「県政がボス支配に追随しているというだけではないか」「漁民にサケを獲らせない理由として、浜のボスたちの利益を守ること以外にどんな理屈が立つのか」「どうして、漁民のための県政にならないで、ボスのための県政になってしまっているんだ」「私たちだって、岩手の漁業界の中にいる。どうして県は漁連の幹部の言うことだけを聞いて漁民の声を聞かないのか」「歴代の水産行政の幹部が漁連に天下りしているではないか。あなた方はどうなんだ」「海区調整委員会が県政のチェックにならないことは、メンバーを見れば明らかでないか」…。

漁民の生活を軽んじ、浜のボスと一体となった県行政の理不尽に対して、怒りの発露を法的な手段として支えることが私の努めだ。

岩手県立病院にも、岩手県の水産行政にも、岩手山を見て襟を正していただきたいと思う。夕暮れの岩手山も見応え十分だった。
(2015年1月21日)

「浜の一揆」の密謀

東北新幹線の車窓からの冬晴れの富士がこのうえない目の愉しみ。大宮を過ぎてしばらくは、冠雪のその姿がことのほか大きく美しかった。残念ながら盛岡は雪景色。岩手山は盛岡の町を覆う雪雲のなかに隠れて見えなかった。その雪雲の下の盛岡の某所で、三陸沿岸の各地から集まった「浜の一揆」の首謀者たちの密議が行われた。

かつての一揆の謀議はどのように行われたのだろうか。密告者の耳や目をおもんばかって、厳重な秘密会だったに違いない。どのように連絡を取りあい、どんな場所で会合をもったのだろうか。その苦労がしのばれる。今、我々の「浜の一揆」に格別の秘密はない。この作戦会議を地元のメディアに公開してもいっこうに差し支えない。この真剣で活発な討議の様子を行政にも、浜の有力者にも見せてやりたい。

サケは岩手沿岸漁業の基幹魚種である。そのサケを一般漁民は捕獲することができない。うっかりサケを捕獲すると「密漁」となり、県条例で「6月以下の懲役若しくは10万円以下の罰金に処せられる。刑罰を科せられるだけでなく、漁業許可の取り消しから漁船・漁具の没収にまで及ぶ制裁が用意されている。だから、網にサケがかかれば、もったいなくも海に捨てなければならない。これほど厳重に、一般漁民はサケ漁から閉め出されているのだ。

サケを獲っているのはもっぱら「漁協」と「浜の有力者」である。漁法はケタ違いに大規模な定置網漁。漁協が必ずしも漁民の利益のための組織となっていない実態があり、浜の有力者が不当に利益をむさぼっているボス支配の現実がある。

震災・津波の被害のあと、三陸沿岸漁業の復興の過程で、この浜の現状は漁民にとって耐えがたいものとなり、「漁民にサケを獲らせよ」という浜の一揆の要求になり、運動になった。この「浜の一揆」は三陸復興における大事件である。地域経済上の問題でもあり、民主主義の問題でもある。地元メディアが、もっと関心を寄せてしかるべきではないか。

今、岩手県知事宛に、俺たちにもさけを獲らせろと、「固定式刺し網によるサケ漁の許可」を求めている小型船舶所有漁民が101人。近々、もう少しその人数は増えることになる。人数がそろったところでどうするか、今日はその作戦会議なのだ。

私が口火を切って、いろいろと意見が交わされる。
「どうも県の担当課には緊迫感が感じられない。相変わらず、漁民が陳情や請願を繰り返しているとでも思っているのではないか。行政不服審査法に基づく審査請求から行政訴訟提起への行動に踏み出したのだということをよく理解しているのだろうか」
「それは、分かっているようだ。担当課長は『裁判はなんとか避けたい』とは言っている。『それなら許可を出せばよいことだ』と返答すると、『それでは、漁連が納得しない。なんとか、漁連が納得するような方法を考えてくれ』と言う」
「県は、けっして我々の要求が間違っているとか、できないことだとは言わない。漁連と話し合ってくれというだけなのだ。でも、それは行政にあるまじき逃げの姿勢でしかない。県は態度を決めなければならない」
「仮に行政が不許可なら裁判で争おうというこれまでの方針でよいと思う」
「ただ、裁判をすること自体が目的ではない。サケを捕れて、生計が立つようにすることが目的なのだから、早期にその目的を実現する方法があれば、その方がよい」
「『最終手段としては裁判を』という基本はしっかりと確認しながら、行政との交渉で要求が通るものなら、それも考慮の余地はあるのではないか」
「裁判では、県知事の不許可決定が違法として取り消されるか否かの二者択一しかない。しかし、県との交渉であればいろんな案を検討して、どこかに落ち着けることも可能だ」
「これまで要求してきた、TAC(漁獲総量規制)とIQ(個別漁獲量割当)を具体化して政策要求とすることはどうだろうか」
「判決に代わる落としどころとして『岩手版IQ』を漁民自身が提案し、これを実現するとなれば、画期的なことではないか」
「漁業の将来を考え、水産資源保護をもっとも真剣に考えているのは行政でも漁連でもなく私たちだ。けっして乱獲にならないような自主規制によって、漁業の永続を考えてのIQ提案なのだ」
「たとえば、TACはとりあえず過去3年の漁獲量の平均として定める。固定式刺し網にはその漁獲高の20%を割り当てる。」
「固定式刺し網と限定せず、延縄でも刺し網でも、小型漁船漁民に20%で良いのではないか」
「そうすると大型定置の取り分は、これまでの100%から80%に減ることになるだろうか」
「実際には減らないのではないだろうか。固定式刺し網の漁期を秋に限定するのは一案ではないか。この時期、サケは水温の低い沖のやや深いところを回流していて定置にはかからない。この時期に沖合の小規模の固定式刺し網漁は、岸に近い大型の定置網漁と競合しないはずだ」
「相互扶助という観点から『IQ』よりは『ITQ』(譲渡性あるIQ)の方が魅力がある。漁師が病気になって漁に出られないときは一時的にその権利を譲って凌ぐようにできればありがたい」
「病気だけでなく『漁運』というものもある。たまたま不漁の時に、他の好漁の人に枠を融通できれば便利だ」
「譲ることができる相手は、同じ小型船舶の漁民ということに限定しておかないと、大きな資本に買荒らされることになりかねない。歯止めをしっかりしておこう」
「そのような案を具体化し、請求人団として、代理人の弁護士を先頭に県との交渉をしよう。その際には、きちんとマスコミにもレクチャーをしておこう」
「一人くらいは、本気で漁業の問題を取材する記者も現れるのではないか」
「そこまでやって県がだめだというのなら、裁判をすればよいことだ。その腹はもう固まっている」

意見はまだまだ続いた。充実した3時間の議論。田野畑村から押し出した、かの三閉伊一揆のあのときの謀議の雰囲気もこのようだったのではなかろうか。
(2014年12月19日)

「浜の一揆」参加者は101名に

岩手県知事達増拓也殿
県水産行政担当者各位

本日(11月4日)、個人操業の固定式刺し網によるサケ漁の許可を求める三陸沿岸の漁民63名が、県知事に対して許可申請書を提出しました。

申請者たちは、このサケ漁の許可獲得運動を「浜の一揆」と名付けています。第1次申請者38名と併せて、「浜の一揆」参加者は101名となりました。

江戸時代の南部藩は、一揆の規模も回数も群を抜いていることで知られています。藩政が苛酷で無能だったこともありますが、農民・漁民の心意気の高さもあるのではないでしょうか。形は違いますが、幕末の弘化・嘉永の大一揆と同様に、今沿岸漁民が立ち上がっているのです。

沿岸海域の水産資源は、本来沿岸漁民の共有財産です。漁民が、目の前の海で魚を捕るのは当然の権利。ところが、岩手県の漁民は目の前の漁場の豊富なサケをとることを禁止されています。誰も捕れないということではない。大規模な定置網事業者はごっそり捕って、大きな儲けを上げている。現行の水産行政は、定置網事業者の利益独占に奉仕して、この独占の利益を擁護するために一般漁民の権利を剥奪して、小規模な刺し網漁を罰則をもって禁止する実態となっています。101名の申請は、漁民の権利を回復し、生業と生計を維持するための「浜の一揆」なのです。

いうまでもないことですが、「許可の申請」とは、行政に対する陳情や要請ではありません。頭を下げ腰を折ってのお願いではないのです。三陸の漁民が沿岸海域の魚を捕るのは当然の権利。漁民はその権利の行使に着手したのです。県の水産行政が許可を認めなければ、農水大臣への審査請求手続きとなり、それでも許可がなければ、県知事を被告とする不許可処分取消の行政訴訟を提起することになります。そのときには、文字どおり、県の水産行政のあり方が裁かれることになります。

本来沿岸海域での漁業は漁民の権利なのです。もっとも、全漁民に、無秩序な権利行使を認めていたのでは、強い者勝ちとなって、経済的強者の独占を許してしまうことになります。また、乱獲によって資源が枯渇することにもなりかねません。そこで、「調整」が必要になります。弱い立場の漁民の権利を守るため、水産資源の保護のための「調整」です。これが、水産行政の本来の役割ではありませんか。

ですから、漁民の許可申請には、行政は許可を与えるのが原則で、不許可の処分は「そのような許可は強者の独占を許してしまうことになる」「明らかに資源の枯渇を来してしまう」などという、合理的な理由がある場合に限られるのです。

しかも、津波・震災からの復興が遅々として進まない今、ほかならぬこの時期にこそ、零細漁民のサケ漁はどうしても必要といわなければなりません。さけ漁の解禁は地域の復興にもつながります。漁民こそが漁業の主体です。有力者の大規模な定置網漁ばかりを保護するのは本末転倒も甚だしい。

キーワードは「漁業の民主化」です。漁業法がその目的の中に「民主化」という3文字を書き込んでいる意義を改めて確認しなければならないと思います。零細漁民の意見や権利を排斥しての「民主化」はあり得ません。いつまでも、浜の有力者のための漁業行政であってはなりません。

そして、IQ制(漁民単位での漁獲高割当制度)の導入は、資源保護と民主化の課題をともに解決する鍵になることでしょう。IQは、今漁民の側から行政に提案している具体的な「調整」手法です。これも含めて、本日の申請をきっかけに、ぜひとも県の水産行政を漁民の願いや声に真摯に耳を傾けるものとしていただきたい。

 **************************************************************************
101人を代理して、知事宛にかなり大部な申請書を提出した。県水産振興課の総括課長・調整課長以下のお歴々に漁民の集会の場まで足を運んでいただいたうえでの受領し。結果はまた、ご報告することとしたい。

ところで私は、この「浜の一揆」は三陸復興における大事件だと思っている。地域経済上の問題でもあり、民主主義の問題でもある。地元メディアが、もっと関心を寄せてしかるべきではないか。

今回も、地元の活動家が、漁民の集会の席に水産行政の責任者が足を運んで書類を受けとるのは「絵になる」構図と、県政記者クラブに事前に知らせていた。しかし、やって来たメディアは、赤旗の一名だけ。感性鈍いんじゃないの、記者諸君。県政記者クラブとは、県の担当者からのリリース情報を県民に伝える「広報官」ではあるまいに。

盛岡に出向いたときには、必ず帰りの汽車では岩手日報をひろげる。隅から隅まで読むのを常としてきた。が、今日は止めた。小さな経済制裁だ。

岩手日報の代わりに、車窓の岩手山を見つめた。昔とまったく変わらない悠然たる山容を。
(2014年11月4日)

「ノルウェー漁業」に学ぶー経済競争は果たして善だろうか

昨日(10月21日)の毎日新聞第11面。「地球INGー進行形の現場から」という月に1度の連載ルポが、「ノルウェー管理漁業」を取り上げた。ノルウェー漁業政策の成功譚である。「浜の一揆」衆に加担している私には、ノルウェー漁業が話題となること自体が欣快の至り。

調査の行き届いた内容の濃い記事を読んで、改めて考えさせられることが多い。漁業関係者ならずとも、興味をそそられる内容ではないか。長文の記事なので、私の関心にしたがって要点だけを紹介する。

まず、見出しをご覧いただきたい。これだけで、あらかた内容を理解していただけよう。
◇船ごとに漁獲量割り当て
 過当競争をやめ資源回復
 漁業者の生活も安定
◇危機直面 科学的助言を重視

何よりも、目を惹くのは、ノルウェーの漁民が経済的に豊かだということだ。後継者問題での悩みが深い日本の漁民の目からは羨ましい限り。
「ノルウェーの漁業は最近、高収入が期待でき、漁師の年収は600万〜1000万円にもなる。子が漁師を継ぐケースも多い」「管理漁業で漁業者の生活は安定した。20億円前後の大型漁船を購入して10年でローンを返済することも珍しくない。冷凍工場の社員が耳打ちしてくれた。『漁師は今、高級車を買って、大きな家を新築している』」

もう一つは、ノルウェー漁民の余裕である。
「『漁師仲間と電話で情報を交換する‥』と船長は言う。漁師同士はライバルではなく仲間なのだ」「船長は言う。『過当競争は水産資源を傷つけ、最終的に自分たちの首を絞める』」ここが最も印象に深い。

この成功をもたらしたのは、「船ごとに漁獲量を割り当て、漁業者同士で漁獲枠の貸し借りや、売買ができることを柱にした『漁船別漁獲割り当て(IVQ)』と呼ばれる管理漁業」の導入である。ノルウェーやニュージーランドでは、この制度の導入が成果をあげているのだ。

海洋資源は本来誰のものでもない。所有権が設定された農地に生産された農産物とは、根本的に性格が異なる。我れ勝ちに乱獲することの不合理は誰の目にも明らかではないか。まずは、資源保護のために漁獲可能の総量を科学的に算定する。これをTAC(Total Allowable Catch)制度と呼んでいる。この総量(TAC)は、多くの国において漁業経営の単位ごとに割り当てられている。この個別の漁獲高割り当て制度をIQ(Individual Quota)という。漁船単位の割り当てを(IVQ)というようだ。

IQが定められれば、漁民間の競争はなくなる。抜け駆けは不要、無理をすることもない。漁師それぞれが、自分にとって一番都合のよい時期に稼働すればよい。「ヨーイ、ドン」で解禁された漁場に出向いて、限られた時間で他人より多くの漁獲高を上げようとする不毛な努力は不要となる。そのような「オリンピック方式」がもたらす無駄もなくなる。

イカ釣漁業の集魚灯は、最初は小光量・小電力で十分な漁獲があった。それが、大光量化・大消費電力化の歴史をたどって、燃料依存度の高い産業となり、燃油高騰を背景に厳しい経営を余儀なくされている。大光量化・大消費電力化は、主としては漁船間の競争によって余儀なくされたものだという。一斉に漁場に出て、他の漁船に負けまいとする競争がこのような、不合理な結果をもたらしている。

日本では、何種類かの魚種にTACの制度が導入されているが、IQの導入はない。IQなしのTACは、漁民をさらなる競争に駆りたてることになる。「IQ制度は漁業経営単位ごとにあらかじめ期間中の漁獲枠が与えられているので,その枠をいかに効率的,経済的に利用していくかは,漁業経営単位の裁量に任されている。このことは漁業経営に安定性をもたらすほか,資源を持続的に利用できるという資源管理上の効果を期待できる点に特徴がある」と研究者は解説している。

漁民の漁獲高に個別の制限が設けられれば、漁民がコストの削減に意を用いることになるのは理の当然。漁船単位でも漁業界全体でも、省エネ省資源に資することが必定となる。

漁業政策の基本理念は、「水産資源の維持」と「漁業者間の利益の公平」の2点に尽きる。TACとIQの制度は、これを二つながら満足させることになる。この政策を採用するよう、強く要求しているのが「浜の一揆」の主体となっている岩手県漁民組合なのだ。ところが、岩手県の水産行政がいっこうにこれに応える姿勢がない。本来、行政が主導して、漁民のための政策を実行すべきなのだが、実態は真逆なのだ。漁民組合の有志は、ノルウェーまで出かけて行って、彼の地の制度の成功を学んでいる。弘化や嘉永の三閉伊一揆においても、一揆衆は周到に学習を積み上げていた。「浜の一揆」も同じなのだ。

毎日の記事によれば、ノルウェーも昔からこうだったのではないという。
「ノルウェーは1960〜80年代にかけ、乱獲で水産資源を枯渇させた。ニシンは69年からの約10年間、ほとんど漁獲量がなく、マダラは80年代後半に漁獲量が激減した。
 漁業関係者には『繰り返すな(ネバー・アゲイン)4月18日』という合言葉がある。89年のその日、海からマダラがいなくなり漁師は沿岸漁の停止に追い込まれた。この『事件』が危機感を呼び、政府は水産資源保護に本腰を入れた」

こうして、「漁船別漁獲割り当て(IVQ)」と呼ばれる管理漁業が導入された。複合的な政策が効果を上げ、水産資源は90年代から回復した。結果的に漁業者の生活も安定する。「81年に13億4500万クローネ(当時のレートで約516億円)だった漁業補助金は現在、ほぼ0だ」という。

 水産会社「極洋」(本社・東京都港区)の房田幹雄さんの話でルポは締めくくられている。「房田さんは34年間、この時期、現地で品質をチェックしている。房田さんは『しっかりと漁獲量を管理することで漁師は船を大きくし、冷凍会社は倉庫を広げた。日本にないほどの大きな船や倉庫がノルウェーにある。将来を見据えた水産政策が実を結んだ。日本が見習うべきことは多い』と語った」

「取材後記」として、記者の感想が述べられている。
「(両国の漁業事情の)違いを理解しながらも、水産資源を保護しながら、漁業者の生活を安定させたノルウェーから学ぶことは多い。水産資源が枯渇してしまっては文化や地域コミュニティーも維持できないからだ」

我々は、経済社会においては競争の存在こそが善で、優勝劣敗あることは当然との思想を刷り込まれてはいないだろうか。資源の有限性が誰の目にも明らかな時代に、力によるその分捕り競争を認めることは、実は全体の利益に反することとなるまったく愚かなことではないだろうか。

漁業という場において、限りある資源の合理的な配分を通じて資源の維持に成功すれば、これは文明史的な大事件ではないか。そのとき「浜の一揆」は大仕事を成し遂げることになる。もちろんその時点では、県の水産行政は一揆衆の味方になっているはずだ。
(2014年10月22日)

「浜の一揆」に集う皆様へ(集会メッセージ)

本日(10月18日)三陸沿岸・山田町で開催される「フォーラム 復興と漁業の展望を探る」は、事実上サケ刺し網漁の許可を求める集団申請運動の決起集会であろうと思います。それは、とりもなおさず「浜の一揆」の旗挙げの集会でもありましょう。
残念ですが私は出席できませんので、「浜の一揆」に寄せる思いをメッセージとしてお届けいたします。

今から160年ほど前のこと。世は幕末の動乱が始まる直前。ちょうどアメリカの提督ペリーが軍艦4隻を引き連れて、浦賀沖に投錨していた頃。南部藩では、藩を揺るがす大事件が起こっていました。もしかしたら、ペリー来航よりももっと大きくその後の歴史に影響したと考えられる大事件。ご存じ、南部三閉伊大一揆です。

嘉永6(1853)年6月3日、野田通(どおり)の田野畑村から一揆は押し出しました。「小〇」と大書した幟旗(のぼりばた)を先頭に、槍隊・棒隊、あるいはマタギの鉄砲隊など、それぞれの隊列を組んで浜通りを南下しました。一揆勢はどんどん膨らんで田老・宮古・山田の各村を通過するにつれ大群衆となり、大槌通りから釜石に集合した一揆の人数は1万6千余人に達したと歴史書に記されています。当時の三閉伊の総人口が6万人ほどでしたから、総人口の4分の1が、文字どおり立ち上がって行動を起こしたのです。一揆勢は篠倉峠の藩境を越えて、仙台領気仙郡唐丹村へ越訴(おっそ)しました。そして、仙台藩当局に政治的要求3ヵ条と、「百姓共一統、迷惑の事」についての具体的改善要求49ヵ条を提出しました。仙台藩を仲立ちとした南部藩との粘り強い交渉の結果、基本的にその全部を勝ち取ったと伝えられています。しかも、一人の弾圧犠牲者も出さないことまで南部藩に約束させ、その「安堵(あんど)状」まで書かせています。一揆は大成功でした。

一揆とは、難しい字を書きますが、元々の意味は、物事を成し遂げるためにみんなが心をひとつにすることだそうです。今の言葉を当てはめれば、「協力」・「協同」あるいは「団結」・「連帯」ということになるのでしょう。三閉伊の一揆では、農民だけでなく漁民も猟師も、鍛冶屋や大工も商人も、支配階級だった武士以外は、心を一つにして団結固く押し出したのです。しかも、周到に準備を重ね作戦を練って要求を勝ち取った、見事な勝利でした。

幕末期の南部藩では大規模な一揆が繰り返されています。農民や漁民を団結させたのは、バカ殿とその取り巻きの無能さでした。藩は、その財政逼迫(ひっぱく)の対策として領民から過酷に年貢・税金を取り立てました。まず、農民・漁民の生活を安定させ、そのあとに無理なく税金を課して藩財政を潤すという発想はなかったのです。だから、農民・漁民は果敢に藩政と闘わざるを得なかったのです。

160年を経た今、国政を見、県政を見るとき、基本的な構図に変わりのないことに驚かざるを得ません。政治や行政は、一人一人の労働者・農民・漁民の生活の安定にきめ細かな目配りをしているでしょうか。南部藩のバカ殿や無能な取り巻きとの違いがどこにあるでしょうか。

沿岸の漁民が東日本大震災・大津波による深刻な打撃にあえいでいるこのときに、「漁民が秋サケを獲ることはまかりならぬ」とは、血も涙もない何たる過酷さ。南部のバカ殿の無能なお触れとまったく同じではないでしょうか。私たちは、この県の水産行政の理不尽に対して、今一度「小〇」の幟旗を立てて、浜の一揆を起こして勝ちぬかねばならないと思うのです。

もちろん、今の時代。力だけでは勝てません。理屈でも勝ち、世論の支持の獲得でも勝たねばなりません。

まずは、「漁民がサケを獲ってはならない」という行政側の理屈の2点をつぶすことです。第1点は、「漁民にサケを獲らせると乱獲となってサケの資源が枯渇する」ということのウソを徹底して暴くことです。宮城でも青森でも漁民が固定式刺し網でサケを獲っていて枯渇などしていないではないか。むしろ、宮城は岩手よりもはるかに成魚の回帰率がよいではないか。定置網漁に比重を置きすぎている岩手の現状にこそ問題があることを立証していく努力を重ねたいと思います。

さらに、資源保護のために「各漁民に漁獲高を割当る制度」(IQ)創設の提案をしてきたのが、県ではなく漁民組合であることを声を大にして強調しましょう。

もう1点は、漁民にサケの採捕を許可すれば、漁民間の公平を崩すことになるという県側の「理屈」です。これはあきらかにおかしい。今の県の水産行政が、浜の有力者にばかり目を向けた不公平になっているのです。一方では岩手の漁民に秋サケを獲るなといって生活苦を押しつけ、一方で一握りの有力者の巨大な利益を擁護しているではありませんか。

私たちの要求は、道理に基づく切実なものです。とりわけ、震災・津波による生業と生計が破壊された現在、この状態からの自力での再生を果たすための切迫した要求なのです。この要求が、生存権を保障し、権利の平等を掲げている日本国憲法のもとにおいて、通らないはずはありません。

まさしく、「秋サケ捕獲禁止のお触れは漁民ども一統まことに迷惑の事」なのです。嘉永の三閉伊一揆に負けずに、現代の「浜の一揆」を押し出しましょう。
私も、勝利を手にするまで、皆様と一緒に隊列を組んで歩き続ける覚悟です。
(2014年10月18日)

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