澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

憲法に、「和をもって貴しと為す」と書き込んではならない

自民党の「日本国憲法改正草案」(2012年4月27日)は、安倍内閣のホンネを語るものとしてこのうえなく貴重な資料である。これが、彼らの頭の中、胸の内なのだ。このことについて、私もものを書き発言もしてきた。もう一つ付け加えたい。「和をもって貴しと為す精神」が、立憲主義にそぐわないことについて。

「草案」の前文は、皇国史観のイデオロギー文書となっている。
冒頭「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって‥」と始まり、その末尾は「日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する」と結ばれる。

どうやら、「日本国の長く良き伝統と固有の文化」とは、天皇を戴き、天皇を中心として国民が統合されていることにあるというごとくなのである。自民党の憲法は、この「良き伝統」と、「天皇を中心とする我々の国家」を末永く子孫に継承するために制定されるというのだ。

「君が代は千代に八千代に細石の巌となりて苔のむすまで」が、憲法前文に唱われているのだ。これではまさしく、自民党改憲草案は、「君が代憲法」ではないか。ジョークではなく、本気のようだから恐れ入る。

その前文第3段落を全文紹介する。次のとおりである。
「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。」

ここには、「日本国の長い良き伝統」あるいは、誇るべき「固有の文化」の具体的内容として、「和を尊び」が出て来る。
和を尊ぶ」→「家族や社会全体が互いに助け合う」→「国家を形成する」
という文脈が語られている。

この「和」については、自民党の改正草案「Q&A」において、こう解説されている。
「第三段落では、国民は国と郷土を自ら守り、家族や社会が助け合って国家を形成する自助、共助の精神をうたいました。その中で、基本的人権を尊重することを求めました。党内議論の中で『和の精神は、聖徳太子以来の我が国の徳性である。』という意見があり、ここに『和を尊び』という文言を入れました。」という。舌足らずの文章だが、言いたいことはおよそ分かる。

自民党の解説では、「自助、共助」だけに言及して、ことさらに「公助」が除外されている。「和」とは「自助、共助」の精神のこと。「和」の理念によって形成された国家には、「自助、共助」のみがあって「公助」がないようなのだ。どうやら、「和」とは福祉国家の理念と対立する理念のごとくである。

そのこともさることながら、問題はもっと大きい。憲法草案に「聖徳太子以来の我が国の徳性である『和の精神』」を持ち込むことの基本問題について語りたい。

「十七条の憲法」は日本書紀に出て来る。もちろん漢文である。その第一条はやや長い。冒頭は以下のとおり。
「以和爲貴、無忤爲宗」
一般には、「和を以て貴しと為し、忤(さから)うこと無きを宗とせよ」と読み下すようだ。「忤」という字は難しくて読めない。藤堂明保の「漢字源」によると、漢音ではゴ、呉音でグ。訓では、「さからう(さからふ)」「もとる」と読むという。「逆」の類字とも説明されている。順逆の「逆」と類似の意味なのだ。従順の「順」ではなく、反逆の「逆」である。続く文章の中に、「上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。」とある。

要するに、ここでの「和」とは、「上(かみ)と下(しも)」の間の調和を意味している。「下(しも)は、上(かみ)に逆らってはならない」「下は、上に従順に機嫌をとるべし」と、上から目線で説教を垂れているのである。これは、近代憲法の国民主権原理とは無縁。むしろ、近代立憲主義に「反忤」(反逆)ないしは「違忤」(違逆)するものとして違和感を禁じ得ない。

なお、些事ではあるが、「和爲貴」は論語の第一「学而」編に出て来る。「禮之用和爲貴」(礼の用は和を貴しとなす)という形で。論語から引用の成句を「我が国固有の徳性」というのも奇妙な話。また、聖徳太子の時代に十七条の憲法が存在したかについては江戸時代以来の論争があるそうだ。今や聖徳太子実在否定説さえ有力となっている。記紀の記述をありがたがる必要などないのだ。

ほとんど無視され、世間で話題となることは少ないが、産経も昨年、社の創設80周年を記念して改憲草案を発表している。「国民の憲法」要綱という。その前文に、やはり「和を以て貴し」が出て来る。次のとおりである。

「日本国民は建国以来、天皇を国民統合のよりどころとし、専断を排して衆議を重んじ、尊厳ある近代国家を形成した。‥‥よもの海をはらからと願い、和をもって貴しとする精神と、国難に赴く雄々しさをはぐくんできた。」

(解説)「四方を海に囲まれた海洋国家としてのありようは、聖徳太子の十七条憲法や明治天皇の御製を織り込んで、和の精神と雄々しさを表した。とくに、戦後の復興や東日本大震災後に示した日本人の高い道徳性を踏まえ、道義立国という概念を提起している」

右翼は「和」がお好きなのだ。この「和」は、天皇を中心とする「和」であり、下(しも)が上(かみ)に無条件に従うことをもってつくり出される「和」なのである。

憲法改正の試案に「和を以て貴し」が出て来るのは、私の知る限りで、本家は日本会議である。
日本会議の前身である「日本を守る国民会議」が「新憲法の大綱」を公表したのが1993年。日本会議・新憲法研究会は、これをたびたび改定している。その2007年版は次のとおりである。

「前文<盛り込むべき要素>(抜粋)
?国の生い立ち
・日本国民が、和の精神をもって問題の解決をはかり、時代を超えて国民統合の象徴であり続けてきた天皇を中心として、幾多の試練を乗り越え、国を発展させてきたこと。」

ここでも、「和」とは天皇中心主義と同義である。現在も日本会議ホームページでは、
「皇室を敬愛する国民の心は、千古の昔から変わることはありません。この皇室と国民の強い絆は、幾多の歴史の試練を乗り越え、また豊かな日本文化を生み出してきました‥」「和を尊ぶ国民精神は、脈々と今日まで生き続けています」
「戦後のわが国では、こうした美しい伝統を軽視する風潮が長くつづいたため、特に若い世代になればなるほど、その価値が認識されなくなっています。私たちは、皇室を中心に、同じ歴史、文化、伝統を共有しているという歴史認識こそが、『同じ日本人だ』という同胞感を育み、社会の安定を導き、ひいては国の力を大きくする原動力になると信じています。私たちはそんな願いをもって、皇室を敬愛するさまざまな国民運動や伝統文化を大切にする事業を全国で取り組んでまいります。」

ここでは「和」とは、明らかに「皇室を敬愛する日本人」の間にだけ成立する。それ以外は、「非国民」であり、もしかしたら「国賊」である。外国人との「和」はまったくの想定外でもある。ということは、内向きの「和」とは、外に向かっては排外主義を意味する言葉でもあるのだ。

決して憲法に「和を以て貴しと為す」などと書きこんではならない。それは、一握りの特殊な人々の間にだけ通じる、特殊な意味合いをもっているのだから。また、近代憲法の原理には、根本的に背馳するものなのだから。

大切なのは「和」ではない。権力に対する徹底した批判の自由である。また、天皇を崇拝する人たち内部の「和」は、排外主義に通じるものとして危険ですらある。憲法に盛り込むものは、もっと普遍的な理念でなくてはならない。
(2014年10月26日)

PL学園硬式野球部の再生に期待する

「昔軍隊、今体育部」と言われる。相当に当たっているのではないか。
かつて国民皆兵時代の国民教育においては、学校だけではなく軍隊も重要な役割を担った。徹底した上命下服の規律をたたき込むには、軍隊以上に適切な場はない。とりわけ、軍人勅諭・戦陣訓で律せられた旧日本軍の「精神注入性」はすさまじかった。組織の論理だけが横行し、兵の人間性は徹底して排除された。「敵」の人権だけではなく、軍内の人権も否定された。かくして、自分ではものを考えず、ひたすら上級の指示に従う国民精神が涵養された。

この精神構造は、富国強兵に邁進する天皇制国家が臣民に押しつけたものであったが、民間企業の組織運営にも好都合であった。兵と同様に、組織に従順な労働者は資本の望むところでもあった。

その旧軍隊の役割の悪しき伝統を今学校の体育系が承継している。体育・スポーツは人間性の開花を目指してのものではなく、ナショナリズムの高揚に利用され、忠誠心や従順の精神涵養に裨益するものとなった。そのために体育部・体育系の就職希望者は企業が歓迎するところとされている。企業の視点からは、学校スポーツにおいて「思想の善導」がなされていると映るのだ。

そのような学校スポーツの巨大な山塊の頂点に甲子園がある。世人の関心を呼び、もてはやされているだけに、高校硬式野球は学校スポーツの負の部分を色濃く体現している。とりわけ、「甲子園常連の名門校」に問題は大きい。

私の母校は、そのような「名門中の名門校」である。もっとも、私が在校していた当時には、甲子園出場はまだ「届かぬ悲願の夢」で、不祥事もなかった。その後、甲子園の常連校となり多くのプロ選手を輩出するようになって以来、野球部の不祥事が聞こえてくるようになった。野球部だけの寮生活における上級生の下級生に対するイジメや暴力が主たるもので、旧軍隊の初年兵イジメや私的制裁と変わらない。

問題が明るみに出るたびに、「真摯な反省がなされ」「新たな体制で再出発」と聞かされ指導者も交替した。しかし、不祥事は繰り返された。

最近の不祥事の発覚は昨年(2013年)2月のこと。部内暴力事件があって、高野連から6か月の対外試合禁止の処分を受けた。必然的に昨夏の甲子園大会の予選にも出場できなくなり、監督は辞任した。

対外試合禁止の処分が解けて、野球部は秋季近畿地区高等学校野球大会大阪府予選に出場した。興味深いのは、監督不在のままでの出場であったこと。不思議なことだが、高野連のルールではベンチに入る監督が必要とのことで、校長が監督を引き受けてユニホームを着てベンチに入った。この校長は、私の後輩でよく知った人。校長にふさわしい温厚な人格者だが、およそ野球とは無縁な人。技術指導も試合の采配もできない。部員は、指導者なしで練習を重ね、自分たちでレギュラーを選抜し、試合では選手が作戦を決めた。スクイズもヒットエンドランも、サインは選手自身が出しているという。

このチームがウソのように強い。勝ち上がって決勝戦まで進んで、履正社高校に3対4で敗れた。堂々の大阪第2位である。ベンチでにこやかにしている以外何もしない校長先生は、「好調先生」と呼ばれた。

私は、なんと素敵なチームができたものかと喜んだ。優勝はできなくても、すばらしいことになってきた。校長の監督兼任で不祥事はなくなるだろう。しかも、選手たちの自主性の尊重はきわめて優れた教育ではないか。「監督なしの名門校」という新たな神話が築けるのではないか。

今年(2014年)の夏も甲子園まであと一歩。大阪大会での準優勝だった。今度は、大阪桐蔭に決勝戦で敗れた。負けても、すがすがしい自主野球として話題を集めた。そして、今秋の近畿大会予選。履正社には勝ったが、決勝で再び大阪桐蔭に敗れた。それでも、レベルの高い大阪の準優勝である。胸を張って良い。10月18日始まる近畿大会に出場する。来春の選抜大会出場の可能性は高い。

その折も折、昨日ふと目にしたスポーツ紙の一面トップで思いがけないニュースに接した。母校の野球部は、来年(2015年)度の「硬式野球部新規部員の受け入れを停止する」というのである。スポーツ紙だけでなく、朝日も毎日も続報を出した。これは、大ニュースなのだ。

10月9日付で学校法人の理事長と校長が連名で発送した保護者宛ての説明書では、「監督適任者が見つからず」「このまま新たに新規部員を受け入れることは、本校の教育責任を十分に果たすことができず、学園の教育指針に反すると判断いたしました」とある。

メディアは先走って「廃部の危機」と報じている。せっかく、監督なしでの再出発ができたと喜んでいた矢先の「危機」である。OBの一人として、残念でならない。

ところで、私の母校は軟式野球部も強い。たびたび大阪大会で優勝し、全国大会の優勝経験もある。その軟式野球部には一切の特別扱いはないと聞いている。硬式野球部も軟式と同様で良いではないか。

リトルリーグの優秀選手を集める必要はさらさらない。特待生の制度も、野球部員の寮を設けることも、特別のカリキュラムを組む必要もない。入学試験における野球部員特別枠の設定も不要だ。そして、監督だってなくても差し支えないではないか。そのために強豪の名が廃れて、甲子園が遠くなっても、それはそれでもよい。大切なのは教育としての部活動の充実であるはずなのだから。

そういう新たなコンセプトを明確にし、入学したものの中から、新部員をリクルートすれば良いだけのことではないか。部員の一人一人を教育対象の生徒として大切にし、イジメも暴力もない、人権の擁護に徹した自主的な部活動こそが求められている。それこそが、教育としてのスポーツ。これまでスローガンとして来た「球道即人道」であろう。

「昔、軍隊」になぞらえられる不祥事続きの野球部から脱皮して、出直した新生硬式野球部に、OBの一人として惜しみない声援を送りたい。

私の母校は、大阪のPL学園という。
(2014年10月12日)

香港の若者よ、若者であることの特権を徹底して謳歌せよ

反体制であることは、しがらみからの束縛に自由な若者の特権である。
齢を重ね、生活のしがらみや、社会とのしがらみが複雑に絡みついてくると、人は生きるために右顧左眄せざるを得なくなる。心ならずも体制に屈し迎合し、理想や理念とは異なる行動をするうちに、やがては本心までが変わってしまうのだ。かつての理想や理念を「若気の至り」として、保守化した自分を合理化してしまう。「それが大人になるということなのだ」などと自分に言い訳もする。

香港の若者よ、若者であることの特権を徹底して謳歌せよ。怪我をせぬよう心しつつ、粘り強く闘え。あきらかに正義は君たちの側にある。

「一国二制度」下にある香港では、中国の全国人民代表大会が、2017年の長官選挙から「普通選挙」導入を認める一方で、民主派の立候補を事実上排除する決定をした。「行政長官選の候補者は指名委員会を構成する1200人の半数以上の推薦が必要だと定めた。この委員会のメンバーは親中派が多くを占めるとみられている。この決定に従えば、中国政府に逆らう候補者は選挙から除外される。『中国を愛する』候補者だけが立候補を申請できる」(日経)と報じられている。

被選挙権の剥奪である。民主々義の根幹にある選挙を選挙でなくしてしまおうというのだ。かくして選挙は、権力が正当性獲得するためのカムフラージュ手段と化する。若者ならずとも、怒るのは当然である。

中国外務省の報道官は今日(9月29日)、「香港での民主派団体による抗議デモのような『違法行為』を支持する国外の一切の動きに反対する」と表明し、「中国国内の問題に外国が介入すべきでないとの見解を示した」(ロイター)とそうだ。民主々義を求める集団行動が、彼の国では「違法行為」なのだ。体制に反するものを「違法」というのだろう。人権も民主々義も、体制の枠組みを逸脱すれば、「違法」となるのだ。この私のブログも、「違法行為を支持する国外の動き」なのだろうか。

体制も権力も醜悪だ。選挙制度すら、公正・公平なものにしようとせず、体制に奉仕するシステムにしようとする。民意にしたがって権力を形成し運営しようというのではない。権力の側が民主々義をも押さえ込み、選挙をも体制を維持するための道具にしてしまおうというのだ。

中国だけはない。日本も五十歩百歩。同罪といってもよい。政権の維持に好都合な小選挙区制の選挙制度導入強行によって、底上げの議席を積み重ねて「安定政権」を作っているのが自民党政権ではないか。憲法の平和主義が不都合として、閣議決定で解釈を変えることで、事実上憲法を変えてしまっているのが安倍内閣ではないか。

香港と違うところは、反政府デモの規模の圧倒的な格差である。香港の人口は700万余だという。その国で今回の街頭デモにはピーク時8万人が参加したという。7月1日以来の運動参加者は延べ50万人に及ぶという。これはすごい数字だ。なるほど中国がまっとうな選挙を押さえ込もうというわけだ。

体制の権力に無批判に迎合する姿勢も醜悪だ。私は、もう若くはないが、せめて批判を続けることで、老醜を避けたいと思う。
(2014年9月29日)

日弁連が、石原慎太郎元都知事の差別発言に3度目の人権救済措置

私には、「水に落ちた犬を打つ」趣味はない。首都の公教育から自由を奪った張本人である石原慎太郎(元知事)は、すでに「水に落ち目の犬」状態と思っていたら、なかなかそうでもない。

昨日(9月25日)「太陽の党が復活」と報じられた。各紙に西村・田母神・石原という極右トリオが手をつないだ写真が掲載されている。
「無所属の西村真悟衆院議員と元航空幕僚長の田母神俊雄氏は25日、国会内で記者会見し、2012年に石原慎太郎氏らが結成して休眠状態だった『太陽の党』を引き継ぎ、党の活動を再開すると発表した。代表に西村氏、代表幹事には田母神氏が就いた。所属国会議員は西村氏1人。次期衆院選で党勢拡大を図る。会見には、次世代の党の最高顧問を務める石原氏も出席した。太陽の党は、次世代の党との連携を視野に入れている。」(共同)との報道。

そんなわけで、石原慎太郎元知事について、打つこと、叩くことを遠慮することはなさそうだ。

日弁連は、毎月機関誌「自由と正義」を会員に配布している。その9月号が先日届いたが、日弁連人権擁護委員会の委員会ニュース「人権を守る」9月号が同封されていた。これは年4回刊である。

ここで、日弁連が石原慎太郎元知事に人権救済警告をしていることを知った。今年の4月下旬のことだが、おそらく、よくは知られていないことなので、全文を紹介しておきたい。

タイトルは、『差別発言で元都知事に再度の警告』『今回は少数者の人権侵害で日弁連からの照会も無視』というもの。担当者の苦々しさが、伝わってくる。

人権救済申し立てに対しては、「不措置」か「措置」の結論が出される。調査の結果、人権侵害またはそのおそれがあると認められる場合には「措置」となり、措置の内容としては、司法的措置(告発、準起訴)、警告(意見を通告し反省を求める)、勧告(適切な措置を求める)、要望(趣旨の実現を期待)、助言・協力、意見の表明等がある。

また、さらに、日弁連は人権擁護委員会による措置の内容を実現させるため、2009年4月以降、人権救済申立事件で警告・勧告・要望等の措置を執行した事例について、一定期間経過後(現在は6ヶ月経過後)に、各執行先に対して、日弁連の警告・勧告・要望等を受け、どのような対応をしたかを照会(確認)している。回答内容が不十分な場合、再度の照会を行うこともある、という。

今回の人権救済措置は同一人物に3度目のもの。紹介記事の内容は以下の通り。

「日弁連は本年4月22日、衆院議員の石原慎太郎元東京都知事に対し、知事時代に、同性愛者など性的少数者を蔑視し、社会から排除しようとする発言があり、性的少数者の人権を侵害しており、社会の差別意識を助長する危険性もあるとして、強く反省を求める警告をしました。

「石原元知事の差別発言に対する日弁連の人権救済措置は、いずれも知事時代の2000年8月の『三国人発言』に対する要望、03年12月の『ババア発言』に対する警告に続いて三度目です。石原元知事は今回、事実関係の確認を求める日弁連からの二度の照会を無視し、一切の回答を拒否。日弁連は、石原元知事からの主張や反論はないと判断した上で、石原元知事が、対象は異なるが差別発言を繰り返していると認定し、元職であっても知事による発言の影響力は大きいとして、再度の警告としました。

『繰り返される差別発言』
 警告の対象となった石原元都知事の発言は三つ。まず10年12月、青少年健全育成条例改正を求める要望書を提出に都庁を訪れたPTA団体などの代表者に「テレビなんかにも同性愛者が平気で出るでしょ。日本は野放図になり過ぎている。使命感を持ってやりますよ」などと発言し(第1発言)、この発言の真意を記者から問われると「(同性愛者は)どこかやっぱり足らない感じがする。遺伝とかのせいでしょうか」などと発言したこと(第2発言)が、いずれも新聞報道されました。
 さらに11年2月発売の週刊誌の記事では、「我欲を満たすための野放図な害毒は日本を駄目にする」「同性愛の男性が女装して、婦人用化粧品のコマーシャルに出てくるような社会は、キリスト教社会でも、イスラム教社会でもあり得ない。日本だけがあっていいという考え方はできない」などと発言していました(第3発言)。
 これに対して、国際的な人権NGOや性的少数者の人権保障を訴えるNGOがインターネット上で抗議活動をおこない、海外からも批判されるなど、社会的反響も確認できました。

『憲法や自由権規約を侵害』
 そこで日弁連は、事実関係を調査し、いずれの発言も都知事としての発言であると認定した上で「性的少数者はテレビなどに出演すべきではない存在だという誤った認識を社会に与え」「性的少数者を社会から排除すべきとの差別を招きかねない」「性的少数者は人間として不十分だと受け止められる危険性があり、差別を助長する」と判断。多様な性的指向や性自認を認めず、性的少数者の人権を否定し、その社会進出を拒否し、排除しようとする発言であり、憲法13、14条や国際人権規約などが保障する性的少数者の権利を侵害すると結論づけました。」

日弁連の石原に対する3回の要望・警告は、「民族差別」「女性差別」「性的マイノリティへの差別」についての公然たる発言を人権侵害と認定するものである。人権感覚の欠如に基づく差別発言は、同人の民主主義社会における政治家としての致命的欠陥を露呈している。

このような人物が関わる「太陽の党」は必然的に日陰を作る。日陰となる位置にある人を差別する政党の「党勢拡大」など許してはならない。
(2014年9月26日)

患者の人権、労働者の人権にリアリティを

久しぶりに、医療過誤事件の新件を受任し、今日(9月7日)付けで病院に損害賠償請求の通知書を発送した。請求額は小さい。しかし、当事者にとっては理不尽極まりない大事件である。

私は、癌の宣告を受けて手術をするまでは、身を粉にして働いた。6年前の手術の直前には、医療過誤訴訟だけで12件の受任事件があった。今では、とても考えられない。弁護士は医師と異なり応召義務がない。断る自由を謳歌しているのだが、それでも、紹介者によっては断り切れないこともあり、取りあえず会って話を聞こうということになる。今回の新件もそんな一つ。話しを聞いてしまうと、もう断れない。病院の対応が理不尽極まるといわざるを得ないからだ。

この方は、腹痛を主訴として総合病院の救急センターを受診し、その日検査のための採血で医療事故に遭遇する。鼠径部の動脈血採血の穿刺に失敗して、大腿神経を傷つけ、即日入院。ようやく2か月経って松葉杖で歩けるようになって退院するが、その間に出社できないことから解雇(形は自主退職)されてしまう。無収入で放り出されてしまうのだ。

日本社会の矛盾に翻弄されているようなこの方に、病院も企業も何とも冷たい。人権とか、人格の尊重という言葉のリアリティのなさが骨身に沁みる。

医療過誤事件としてはありふれたもの。大腿動脈からの動脈血採血を二人の研修医が担当した。後輩研修医が2度採血を試みて成功せず、先輩研修医に交代したが、これもできなかった。結局は諦めて上肢からの採血としたという。ところが、その直後から右下肢に疼痛と麻痺が生じた。歩行できなくなって、入院の憂き目となった。それも、2か月間。そして、入院期間1か月が経過したところで、勤務先からの解雇である。ひどい話だ。この患者さん、「採血」「注射」ど、針を連想させるものの名を聞くだけで恐くなり、ふるえが止まらなくなってしまっているという。

この病院のパンフレットは、よくできている。「親切であたたかい病院」との基本理念が掲げられ、患者と医療提供者の信頼関係を醸成するために、受診の患者に対して、
「人間としての尊厳が守られる権利」
「病気や治療について十分な説明を受ける権利」
「セカンドオピニオンを求める権利」
「自分の診療情報を得る権利」
が明記されている。
しかし、実態はこのとおりではない。

退院直前の説明の席で、患者は副院長や事務次長から、こう言われたという。
「こういうことはよくあるミスなんですよ。100回に1回くらいはこんなことになる」「今回の件は起こってはいけないことだが、人間なのだからミスは仕方がない」「医療事故だが医療ミスではない」「病院にはなにひとつ落ち度はない」「研修医2名は、ごく普通の青年ですよ。がんばってやっていますよ」「入院費は病院がもちますから、それ以上の補償はできません」

精いっぱい、「病院の針刺しで入院することになったのだから、誠意を見せて欲しい」と言った患者に対して、高圧的ににらむような態度で、弱い立場の人を押さえつけようとする姿勢だったという。

通知書で私は筆を抑えたが、次のようには書いた。
「病気を癒し健康を回復すべき病院において、通知人は、原疾患についての診察も診断もなされないまま、技倆未熟な研修医二人によって、過失による傷害を加えられたのです。その法的責任(民事・刑事両面において)はまことに重大と考えざるを得ません。このような未熟な研修医に、指導医のフォローないまま危険な診療行為をさせ、患者に重大な医療事故を起こしたことについて、貴院はもっと深くその責任を自覚し、万全の再発防止策を建てなければならないと思います」

「なお、敢えて一言付言いたします。
事故後の通知人に対する貴院の対応は、被害者となっている患者に対して『人間としての尊厳』を認めてのものとは評価し得ません。通知人やその家族の感情をいたずらに刺激して紛争を拡大するような愚を避けていただくよう、賢明なご配慮をお願いいたします」

解雇した企業にも通知書を発信した。

この世は人権課題に満ちている。力ある者の弱い者への理不尽には憤りを禁じ得ない。こうなると、年齢だとか、しんどいとか、病み上がりだとか、自分への言い訳を言っておれない。
(2014年9月7日)

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