澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

NHKによる「消された30秒」の意味と深刻さ

(2021年5月1日)
 「事件」は、ちょうど1か月前の4月1日、午後7時20分過ぎに起きた。場所は長野市善光寺本堂から市役所前広場までの約2・5キロの道路上。この2・5キロを30分かけて、12人が「聖火」を掲げて継走した。そのリレーの第7走者が走り始めて1分後、独占して中継しているNHKの音声が消えたのだ。

 音声が消える直前には、「オリンピックに反対」「オリンピックはいらないぞ」と沿道の抗議の声が中継に小さく入り込んでいたという。音声が消えた時間は約30秒。沿道には、「コロナ対策にこそ力をそそげ」「五輪やめて」と書いた横断幕を持ち拡声器を使って五輪開催反対を訴えた、地域の市民団体11人の抗議行動があった。消された声は、「長野オリンピックで残ったのは借金と自然破壊だけ」「メディアはオリンピックに協力するな」などであったという。

 要するにNHKは、オリンピックを国民が一丸となりこぞって成功に協力すべき国家的行事と位置づけ、これに反対する「一部市民の不届きな声」を、視聴者の耳に届かぬよう遮断したのだ。あからさまな「異論の排除」であり「表現の自由の侵害」である。国営・国策放送の所業と揶揄されても返す言葉はなかろう。

 毎日新聞の報道によれば、抗議行動を行ったのは、1998年の長野冬季五輪に反対した「オリンピックいらない人たちネットワーク(復刻)」のメンバー。五輪招致活動の段階から地域に根ざして活動してきた住民のネットワークであるという。同紙は、「大きな混乱もなかったというのに、なぜ中継の音声が突然、消えたのだろう」といぶかしんでいる。

 また、同紙が紹介する舛本直文(五輪研究、東京都立大・武蔵野大客員教授)は、こうコメントしている。
 「ヘイトスピーチやリレーの妨害行為でもないのに、現場の音声を中継しないのは異常ですね」「これまでのどんな五輪でも反対意見があって、抗議運動が行われてきました。沿道でデモがあっても、それは許されてきました。NHKが報道しないと判断をしたとしたら非常に不自然です」「中継に沿道の抗議運動が映り込むことはよくあることだ。例外は2008年の北京五輪。チベットの中国からの分離独立を叫ぶ沿道での抗議運動をカットして国内向けに放映した。」

 この事態を看過し得ないとして、NHK問題に取り組んでいる市民団体が、NHKに4点の質問と、会としての意見を述べた。これに、NHKから「回答」があり、この回答の問題点を指摘する「当会の見解」をNHKに送付した。
 以下にその3通をご紹介する。

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2021年4月15日

NHK会長 前田晃伸 様
NHK放送総局長 正籬 聡 様
NHK聖火リレーライブストリーミング担当 御中

  「消された30秒」 五輪聖火リレーに関する質問・意見

NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ

代表 醍醐 聰

皆様にはご多忙の毎日をお過ごしのことと存じます。
2021年4月1日夕刻、NHKは聖火リレーを伝える特設サイトで、長野市を男性ランナーが走行中の映像から約30秒、音声を消しました。その30秒間は沿道から走者に送る拍手や声援とともに、「オリンピックに反対」「オリンピックはいらない」という抗議の声も入っていたと言われています。
(注)NHKは2015年6月23日に行われた沖縄慰霊の日の式典報道においても、安倍晋三首相(当時)に対する抗議の声を低く絞り込むという操作を行いました。

この問題について、以下、質問を提出しますので、ご回答をお願いいたします。ご回答は質問項目ごとにお願いします。

〔質問1〕 この件について聖火リレーメディア事務局は、リレーの「ライブストリーミングはNHKの事業で、コメントする立場にない」と述べています(「NHK聖火リレー、30秒の空白 当事者に聞いたその時」『朝日新聞デジタル』2021年4月12日 19時00分)。上記の一部音声消去がNHK独自の判断だとしたら、その判断の理由を具体的に、視聴者にご説明ください。

〔質問2〕 音声の一部消去が、NHKと聖火リレーメディア事務局との何らかの取り決めに基づくのであれば、その取り決めの内容を示してください。
 取り決めに基づくものであるが、相手方との守秘の約束で公表できないということなら、放送番組編集の自律を制約するような取り決めを交わすことはNHKの番組編集の自主自律に反すると考えます。このような意見についてNHKの見解をお聞かせください。

〔質問3〕 「NHK放送ガイドライン2020 インターネットガイドライン統合版」の「6.表現」の項の中の「?映像・音声の加工」では、「ニュースや報道番組で映像・音声を加工する場合は、実名報道の原則とプライバシーなど取材相手の権利保護の両面から、その必要性を吟味する」と記されています。
 しかし、今回の聖火リレーの放送では、取材の相手方の権利保護やプライバシーを考慮すべきことがあったとは思えません。もしあったのなら、誰のどのような権利保護あるいはプライバシー保護なのか、分かりやすくご説明ください。

〔質問4〕 NHKは従来から、番組に関する当会の質問・意見に対して、「NHKの自主的編集(権)」を盾に具体的な回答を拒んできました。
 しかし、「放送法」第27条は「協会は、その業務に関して申出のあつた苦情その他の意見については、適切かつ迅速にこれを処理しなければならない」と定めています。また、「NHK倫理・行動憲章」は「視聴者のみなさまの信頼を大切にします。」「「お問い合わせには、迅速、ていねいにこたえます。ご意見、ご要望は真摯(しんし)に受け止め、番組制作や事業活動に生かします」と定めています。
さらに、「NHK放送ガイドライン2020 インターネットガイドライン統合版」は「18 誠意ある対応」の項の中で、「公共放送であるNHKは、視聴者によって支えられており、視聴者との結びつきが極めて大切である。ニュース・番組に対する問い合わせや意見、苦情などには誠意を持ってできるだけ迅速に対応する。批判や苦情も含め、視聴者の声は『豊かでよい放送』を実現するための糧である」と定めています。
「自主的編集(権)」を盾に、視聴者からの意見・質問にまともな応答を拒むNHKの姿勢は、こうした受信契約者たる視聴者に対するNHKの公約というべき定めに悖ると考えます。
そもそも、NHKの自主的編集権は、時の政権等の介入からNHKの自主自律を守るための盾であって、視聴者からの意見を遮る盾として用いるのは筋違いだと当会は考えています。
皆様はこのような当会の見解に同意されますか? されませんか? 同意されないのであれば、その理由をお聞かせください。

〔当会の意見〕
 五輪聖火リレーに関しては、各地の出場予定のランナーの中から辞退者が相次ぐなど、当事者・市民の間でも異論や疑問が少なくありません。東京オリンピック・パラリンピックの開催についても、直近のNHKの世論調査では、開催を前提にした予断込みの質問にもかかわらず、32%が中止すべきと回答するなど、コロナ禍のもとで五輪を強行実施しようとする政府・JOCの姿勢には批判が少なくありません。
 NHKが消した「オリンピックいらない」の声はこうした市民の声を代弁したものです。NHKがこれを作為的に消したのは異論排除にほかならず、公共放送としてあるまじき行為であり、当会は強く抗議します。

付記 前記の質問について、項目ごとのご回答を4月30日までに書面で下記宛てにお送りくださるよう、お願いいたします。

  「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」

                                                              以上
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2021年4月26日

NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ
代表 醍醐聡殿

                 日本放送協会
2020東京オリンピック・パラリンピック実施本部
               専任局長斎藤敦

謹 啓
 陽春の候、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。平素はNHKの活動にご理解とご協力を賜り、厚く御礼申し上げます。
 さて、貴団体から4月15日付で拝受いたしました「消された30秒」五輪聖火リレーに関する質問・意見」につきまして、以下、回答させていただきます。

 NHKの「聖火リレーライブストリーミング」特設サイトは、ひとりひとりの聖火ランナーの姿をライブでお伝えするだけでなく、ランナーの方々の地域への思いなどを丁寧に伝えることを目的に、NHK独自のサービスとして実施しています。聖火ランナー走行中の映像や音声については、走っているランナーの方々への配慮も含め、状況に応じ対応しています。
 また、東京オリンピック・パラリンピックをめぐるさまざまな意見については、これまでもニュースや番組などで取り上げておりますが、今後も、意見が対立している問題については、ご指摘の放送法や倫理・行動憲章、放送ガイドラインを踏まえ、できるだけ多くの角度から論点を明らかにしてまいります。
 このたびは貴重なご意見をいただき、誠にありがとうございました。いただいたご意見は、今後の対応の参考にさせていただきます。

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2021年4月30日

NHK会 長   前田晃伸 様
NHK放送総局長 正籬 聡 様
NHK東京オリンピック・パラリンピック実施本部 専任局長 斎藤 敦 様

ご回答に関する当会の見解

?聖火リレー「消された30秒」をめぐって?

NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ

 さる4月15日付で当会が皆様宛てに提出した「『消された30秒』 五輪聖火リレーに関する質問・意見」について、4月26日付で斎藤敦様名の回答をいただきました。ご多用のなか、早々に回答をいただいたことに、まずはお礼を申し上げます。
 ご回答を当会の運営委員会で熟読した結果、自主自律の公共放送の原点に関わる重要な懸念があると考え、それを以下のとおり、お伝えします。
 今後の東京オリンピック・パラリンピック(以下、「東京オリ・パラ」と略)をめぐる報道はもとより、NHKの今後の様々な報道・番組編集にあたって、ご一考いただくよう、強く要望します。

〔1〕名は体を表す
 まず気になったのは、回答者の部署名(「NHK東京オリンピック・パラリンピック実施本部」)です。東京オリ・パラもNHKにとって取材対象であることを考えれば、「NHK東京オリンピック・パラリンピック報道本部」とでもするべきところを、「実施」本部とするのはNHKが東京オリ・パラ開催準備の当事者と自認するに等しく、きわめて不適切だと考えます。
 むしろ、「実施」本部と自称してはばからない意識があればこそ、コロナ禍がいっそう深刻になり、「オリ・パラどころではない」という世論に背を向けて、NHKが東京オリ・パラの機運醸成に協賛する報道を続けているのではないかと思えます。
 NHKが東京オリ・パラ報道に関して、公共放送のあるべき自主自律の姿を堅持する証しとして、担当部署名を「実施本部」から「報道本部」(仮称)と改めるべきと考えます。

〔2〕メディアにたずさわる当事者なら持つべき表現の自由の価値に関する見識を
 「聖火ランナー走行中の映像や音声については、走っているランナーの方々への配慮も含め、状況に応じて対応しています」というご回答は、婉曲な言い回しですが、つまるところ、他者の心情やその場の雰囲気への配慮を理由に、表現の自由を排除することもあり得るという文意と受け取れます。
 しかし、皆様も先刻、ご承知と思いますが、公共の福祉はどのような場合に言論の自由を制約するのか、しないのかについては,学説、判例の蓄積があります。その中で、道路、沿道、公園、公の施設などで行われる集会やデモなどの表現行為、とりわけ、公共的関心事を扱う表現行為は最大限、尊重されなければならないという考え方は、定着した解釈です。そして、こうした表現行為を、周囲の雰囲気・美観・他者の心情といった漫然とした要素と比較考量して、制限することは抑制的でなければならないということもおおむね定説となっています。
 (注)例えば、衆議院憲法調査会事務局作成「『公共の福祉(特に、表現の自由や学問の自由との調整)』に関する基礎的資料)shukenshi046.pdf (shugiin.go.jp)、基本的人権の保障に関する調査小委員会(平成16年4月1日の参考資料)。特に、53?55ページ。

 今回のご回答の前記のくだりには、こうした表現の自由の価値に対する思慮が全く見受けられません。これは、言論・表現の自由を礎として成り立つメディアの一員であるNHKにとって、「たかが30秒」で済まされない深刻な事態です。
 この問題を一部署の案件で済ませず、NHK執行部において、問題の根源にある表現の自由の価値に関する深い理解にまで及ぶ検証をされるよう、強く要望します。

                                                                以上
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 ウソとゴマカシ追及に対する安倍晋三の「ご飯論法」は、心ある人々の非難の的となった。この国のトップと国民との間に真の意味での会話が成立しないのだ。安倍晋三は、国民に対して必要な情報を届け、その情報を基礎とした政策の妥当性を論理をもって説得しようとはけっしてしない。国民からの疑問に誠実に答える姿勢はなく、はぐらかしごまかすことにのみ汲々とした最低の総理大臣であった。

 その悪弊があちこちに感染し蔓延している。富は富裕層から下層にいささかもトリクルタウンしない。が、ご飯論法の悪弊は、随所に飛沫感染し手を付けられないほどに蔓延している。このNHKの「回答書」などは、その最悪の重症例の一つであろう。

 「質問項目ごとに回答を」という要求に耳を傾けるところはない。「聖火ランナー走行中の映像や音声については、走っているランナーの方々への配慮も含め、状況に応じ対応しています。」では、何の回答にもなっていない。いったいどんな状況を認識し、どのような配慮をしたというのか。「ランナーの方々への配慮も含め」とは、ランナー以外の人々への配慮を含むのかそうではないのか。そもそも、オリンピック反対の市民運動の関係者や意見には配慮をしたのかしなかったのか。さっぱり分からない。まるで、安倍晋三答弁なみの「迷回答」である。視聴者や国民の信頼を得ようという姿勢が感じられない。

 報道機関としてのNHKの基本姿勢の欠陥を露呈した「消された30秒」であるが、この件に関するNHKの「回答」の酷さは、さらに深刻なNHKの基本姿勢の欠陥を確認するものとなった。
 「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」のネーミングは、視聴者の立場から、「NHKを批判するだけではなく、激励もしよう」という思いが込められている。それが、こんな誠意を欠いた「ゴマカシの回答」では、真面目な視聴者のNHKに対する信頼を損なうばかりであろう。「NHKを批判する会」にしてしまってもよいというのか。 

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