秘密保護法アンケート調査 「こんな法律必要でしょうか」
私は学生時代に学問をしたという覚えがない。正規のカリキュラムに興味をそそられるものがなかったことがその原因。そう開き直って大学側に責任を転嫁している。無味乾燥なカリキュラムの中で、唯一の例外が「社会調査演習」だった。その分野での第一人者とされていた安田三郎さんという講師(後に広島大学教授)が、自著の「社会調査ハンドブック」をテキストに調査実技の指導をしてくれた。これが、たいへんに面白かった。そこで学んだことは、社会意識の正確な把握の難しさと、一見公正を装った調査による結果誘導の容易さである。
カードマジックに「フォース」という基本技法がある。演者が、相手(観衆の一人)に演者が意図する特定のカードを引かせ、しかも相手には自由な意思で選択したと思わせる心理的技法。上手に仕組まれた世論調査はマジックの効果を持ちうる。だから、世論調査には関心を持ちつつ、軽々には信用しない癖が付いた。
ところで、問題は世論調査における秘密保護法についての賛否の分布。
時事通信が9月6?9日に行った世論調査で、「機密情報を漏えいした国家公務員らの罰則を強化する特定秘密保全法案」について賛否を聞いたところ、「『必要だと思う』と答えた人は63.4%、『必要ないと思う』は23.7%だった」という。
さらに、産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が9月14?15両日に実施した合同世論調査では、「機密を漏らした公務員への罰則強化を盛り込んだ『特定秘密保護法案』について、必要だとしたのは83.6%、必要だと思わないが10.4%だった」という。
両調査結果とも、さしたる重みはない。なにしろ、内閣官房の9月26日発表によれば、特定秘密保護法案の概要に対するパブリックコメント募集に対して、9月3日から17日までの15日間に94000件の意見が寄せられ、そのうち反対が77%を占め、賛成は13%に過ぎなかったというのだから。この件数は凄い。反対の率も凄い。
ところが、本日の「毎日」に、10月1?2日実施の新たな世論調査の結果が発表されている。これが、見出しを付けるとすれば、「特定秘密保護法必要の世論 6割に近く」として不正確とは言えない内容。産経の83.6%はさすがに眉唾としても、毎日の「必要だ」は57%、「必要でない」は15%に過ぎない。毎日の社会的信頼度を考慮すれば無視しえない。
しかし、これは質問文の作り方がよくない。今は亡き安田三郎講師の「社会調査演習」の授業なら、「不正確ないしは意図的誘導の質問文」として落第点しか与えられないだろう。毎日の調査が、誘導を意図しているものとは思わない。そうではなくて、質問作成者自身が、特定秘密保護法の内容や問題点をよく理解していない。そのうえに熟慮の姿勢が足りないのがこの質問文となり調査結果となっている。
毎日の質問項目の全文は以下のとおり。
「政府は、外交や安全保障に関する国の秘密が漏れるのを防ぐ『特定秘密保護法』を制定しようとしています。重要な秘密を漏らした公務員らに最高で懲役10年を科す内容です。こうした法律は必要だと思いますか。思いませんか。」
調査対象者に、少なくとも次の大きな誤解を与える。
(1) 現在は重要な秘密を漏らした公務員らを罰する法律はないようだ。
だから、国の秘密はだだ漏れになっている現状があるにちがいない。
(2) この法律は公務員だけを処罰するもので、民間人には無関係のようだ。
だから、自分の権利や義務に関わるものではなく、他人事としてよい。
(3) この法律は、「重要な国の秘密の保護」というメリットだけをもたらすもののようだ。
デメリットなどは考えられず、法曹会や言論界に反対などあろうはずがない。
やや長文になるが、もっと正確に次のような質問項目とすべきであろう。そうすれば、調査結果は大きく違ったものになるはず。
「安倍内閣は、過去の自民党政権が何度もたくらみながら、世論の大きな反対にあってその都度潰されてきた『国家秘密の漏洩を厳罰をもって処罰する法律』案を今また制定しようとしています。『特定秘密保護法』と名付けられた今回の法案は、「国家秘密法」や「スパイ防止法」などと言われた過去の法案よりも、規制の網を広くかけ厳罰化するものとなっています。
法案は、外交や安全保障に関するものだけでなく、スパイ防止やテロ対策上の国家秘密を広く保護しようとするもので、その範囲の限定がないだけでなく、ことがらの性格上『何が秘密かは秘密』とならざるをえません。逮捕されて初めて、「あれが特定秘密だったのか」となり、自分の行為に法律違反があったことを知ることになります。もちろん、裁判の過程でも秘密の保持は貫かれますから、弁護権の行使に大きな支障が生じます。
公務員だけでなく民間人でも秘密を知り得る地位にある者や、公務員から秘密事項を聞き出そうとした民間人も処罰対象となります。過失でも、未遂でも処罰されます。場合によっては、教唆の未遂すら処罰されます。
現行法でも、公務員の秘密漏示は最高刑懲役1年、自衛隊員の場合は最高5年となっています。それで特に不都合はないのに、一挙に重要な秘密を漏らした公務員らには最高で懲役10年、秘密を聞き出そうとした新聞記者にも懲役10年と重罰化しようとしているのです。
ですから、政府が間違ったことをしていても、これを知った公務員の勇気ある外部への公益通報は封じられます。なによりも、新聞記者が政府の独断専行に切り込むことに萎縮し、新聞記事の筆が鈍ることが心配になります。主権者としての国民の知る権利が損なわれれば、日本の民主々義が萎縮し歪められることにならざるを得ません。
こうした法律は必要だと思いますか。思いませんか。」
あらためて思う。「毎日」世論調査担当者の意識レベルがこの程度とすれば、秘密保護法の問題点の世論への浸透度は未だしである。「国民の知る権利を害し政府の独断専行を助長する」法案の問題点を執拗に訴え続けねばならない。
(2013年10月4日)