「ある北大生の受難」を再び繰り返してはならない
本日の「毎日」「今週の本棚」欄に、中島岳志が「ある北大生の受難―国家秘密法の爪痕」(上田誠吉著・花伝社)について書評を寄せている。たいへん要領よく、書物の内容を紹介し、軍機保護法が民間人の身にもたらした理不尽な暴威に照らして、法案審議中の特定秘密保護法の危険性に警鐘を鳴らすものとなっている。
自由法曹団の団長であった上田誠吉弁護士(故人)の努力によってその全貌が明らかとなった、「宮沢・レーン事件」とは軍機保護法違反の刑事事件である。日米開戦の1941年12月8日の朝、北海道帝国大学の学生宮沢弘幸と同大学の英語教師ハロルド・レーン夫妻とが逮捕された。宮沢がレーンに話した旅行談の中に根室飛行場についてのものがあった。これが、スパイ行為とされたのだ。「軍機の取得と漏えい」があったとされた宮沢は、懲役15年の刑に処せられた。戦後軍機保護法が失効して釈放されたが、拷問と網走刑務所の極寒の中で患った結核によって、彼は1947年に27歳で没している。宮沢もレーンもスパイとは何の関係もなく、根室飛行場の存在は既に当時広く知られていた。宮沢は、軍機保護法に命を奪われたに等しい。
中嶋は、書評の末尾を、「軍機保護法『再来』である秘密保護法案を認める前に、我々は宮沢・レーン事件を知らなければならない。本書は、今こそ読まれるべき一冊だ」と結んでいる。警世の書であり、警世の書評である。
特定秘密保護法は、公務員の特定秘密保護法の漏えいだけでなく、民間人が「不当な手段で」秘密を取得する行為を最高刑懲役10年として処罰する。この法案が成立すれば、「ある北大生の受難」は再び繰り返されうる。
「あれは過去の話、今の世では起こりえない」か。そんなことはない。秘密の闇の中では同じことが必ず繰り返される。軍機の保護は正義であるとの固い信念が恐ろしい。特高も憲兵も、冷血な人物であったわけではない。皇国を守る正義感が、拷問まで辞さなくなるのだ。特定秘密保護法は、軍事立法としては軍機保護法とも国防保安法ともよく似ている。弾圧立法としては治安維持法と同様の効果をもたらしかねない。法の運用において、人権侵害の危険のある立法は絶対に容認してはならない。
さらに、特定秘密保護法は、公務員の特定秘密保護法の漏えいだけでなく、民間人が公務員に対して、漏えいを「教唆」「共謀」「煽動」した場合を独立の犯罪としている。つまり、正犯である公務員が秘密の漏えいに至らなくとも、その働きかけをした者には犯罪が成立し最高刑懲役5年になる。
本日の赤旗「秘密保護法案参院委 論戦ハイライト」では、仁比聡平議員の質問に答弁がよれよれ。よれよれではあるが、森雅子担当大臣は、「漏えいに対する『教唆』『共謀』『煽動』罪の成立には違法な目的を必要とせず、処罰対象となる」ことを明言している。
公務員の漏えい罪の成立には、極めて曖昧なものではあるにせよスパイなどの「目的」が必要。これなければ処罰はできない。ところが、一般人が漏えいを「教唆」「共謀」「煽動」した場合には、スパイなどの「目的」は不要で処罰はできるということなのだ。結局、民間人が特定秘密に携わる公務員に接触する場合だけでなく、漏えいをさせるべく「共謀」することも、スパイの目的がなくても犯罪となるというのだ。
一般人の会話に聞き耳が立てられ、逮捕や起訴の恐怖に怯えなければならない社会はご免だ。「ある北大生の受難」の時代の再来を許してはならない。今なら、まだ大きな声で反対を叫ぶことができる。叫ばずにはおられない。
(2013年12月1日)