人権か、それとも「独裁&カネ」か ― 北京オリンピックをめぐって
(2021年11月29日)
北京冬季オリンピックが近づいている。来年(2022年)2月4日開会予定というからあと2か月余、正確には67日である。東京オリンピックについても誘致から開催強行まで不愉快極まりないものだったが、北京冬季オリンピックはさらにおぞましい。いったい誰のために、何を目指しての、このイベントなのか。
オリンピック憲章の中には、こんな条項がある。
「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。」
誰もが、この美しいまでに崇高な理念に共感せざるを得ない。目指すものは、「人間の尊厳」「平和な社会」である。オリンピックこそは平和の祭典であって、万難を排してでも開催することに意義がある。アスリートファーストに徹して政治を介入させるべきではない。私(たち)は、長くそう思いこまされてきた。
しかし、この思い込みの誤りが次第に明らかになってきた。世界はこれまで、崇高なオリンピックの理念とオリンピック運営の現実との極端な乖離に敢えて目をつぶり、あるいは混同してきたのだ。が、もうオリンピックの理想は絵空事の世界の話。実は、オリンピックの現実は商業主義と権力の汚辱にまみれているのだ。
我々は、昨年から今夏にかけて、IOCの胡散臭さを身に沁みて思い知らされた。そのトップに君臨するボッタクリ男爵の醜さ愚かさ、そしてその独善性も。「バッカみたい」という言葉に、もの欲しさのいやなニュアンスが付け加えられると、「バッハみたい」となる。北京オリンピック直前の今、またボッタクリがあの顔を出してきた。北京からの要請で北京の顔を立てようとしてのこと。逆効果になるに決まっているのに。
中国の著名な女子テニス選手である彭帥が、共産党の元最高指導部メンバーで副首相だった張高麗からの性的暴行被害をネットで告白した。これが11月2日のこと。短文投稿サイト微博への投稿は、相手が相手であるだけに相当の覚悟をもってのこと。この投稿は、わずか20分後に削除されたという。驚くべきことである。司法が介入する時間的余裕はない。誰かの一存で、被害者の声が瞬時に掻き消されるのだ。
この20分間に、彭帥の投稿をキャッチして拡散した人々がいた。こうしてこの投稿は世界中に大きな話題となったが、再びの彭帥の投稿はなく、その安否が気遣われる事態となった。中国社会の暗部と人権状況が露呈したと言うべきだろう。
当然のことながら、人権を重んじる国際社会からの批判や懸念の声は高く、北京オリンピックボイコットの声が大きく聞こえるようになった。中国当局は国際世論に糾弾されて窮地に陥った。そこに、つまらぬ顔である。例のボッタクリ・バッハ。唐突に、誰に頼まれて、なんのためのつまらぬ顔。
バッハやIOCが、幾重にも重なった彭帥の人権侵害を憂慮し、中国政府や中国共産党に対する抗議や要請を行った形跡はない。もっぱら、中国当局の窮状を救済する目的の行動に徹したとしか見えない。
バッハは、11月21日にテレビ電話に登場して彭帥の無事をアピールしたが、世界が納得したわけはない。さあ、69日後の北京冬季五輪はどうなるだろうか。
その中国は、相当に焦っている。日本にも声をかけてきた。「中国外務省の趙立堅報道官は25日の記者会見で、北京冬季五輪に関連し、『中国は既に、日本の東京五輪開催を全力で支持した。日本は基本的な信義を持つべきだ』と述べた」という。日本側で、中国の人権問題を理由に北京五輪に首脳や政府使節団を送らない「外交的ボイコット」を求める声が出ていることを牽制し、開催への支持を求めてものと理解されている。
私は知らなかった。『中国は東京五輪開催を全力で支持した』んだ。そんな怪しからんことをしていたのか。習近平政権と菅政権、悪党どもにも語るべき『信義』というものはあるんだ。
また趙は、林芳正外相の訪中に反対する自民党内の声に触れて、「北京冬季五輪と二国間の政治問題を関連付け、スポーツを政治問題化し、五輪精神を汚すものだ。中国は断固として反対する」と反発したという。あれっ、中国は「いかなる国も他国の内政に干渉してはならない」と言ってたんじゃなかったっけ? そもそも「五輪を政治問題化している」のはだあれだ? 「選手の人権を軽んじて、五輪精神を汚している」のはどこの国?
もともと、北京オリンピックをボイコットしようという動きは、人権問題での中国への抗議をきっかけとする各国人権団体の運動から始まった。新疆ウイグル自治区でのイスラム系ウイグル人への弾圧をジェノサイドだとする人権団体グループも多く、中国当局による少数民族への人権抑圧への抗議の声は高い。ウイグル、チベット、香港、内モンゴル、および中国の民主主義運動家の代表からなる広範な連合は、選手派遣の中止といった断固たるボイコットからいわゆる外交ボイコットまで、あらゆる対応を求めている。今、その動きは、現実に主要国の外交を動かし、「外交ボイコット」の動きとして現実化しつつある。
今北京オリンピックのあり方をめぐっては、世界が人権擁護派と非人権擁護派の二つに分裂してせめぎあっている。人権擁護派の先頭に立つのが、これまでは各国の人権擁護団体だったが、いま偶然の事情から毅然としたWTA(女子テニス協会)となった。そして、これに与するビリー・ジーン・キング、セリーナ・ウィリアムズ、大坂なおみであり、男子選手ではジョコビッチ等々である。
そして、非人権擁護派の陣営は、中国共産党とIOCの連合体である。はからずもその先頭の位置に立たされたのが、ボッタクリ男爵その人。中国共産党は一党独裁の威信にかけて北京オリンピックの成功が課題であり、IOCとバッハは、カネ・カネ・カネである。独裁政権と商業主義のこれ以上ない醜悪なハイブリッドというほかはない。
習近平とIOCのために、独裁政権の確立とカネ・カネ・カネを目指しての北京オリンピック。その正体が明らかになるにつけて、白けるばかりである。