細田博之・セクハラ疑惑報道に対するスラップの構造 ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第200弾
(2022年5月28日)
一昨日(5月26日)発売の「週刊文春」の広告に、「『うちに来て』 細田衆院議長の嘘を暴く 『セクハラ記録』」なる記事。
続けて、▶女性記者たちの告発「2人きりで会いたい」「愛してる」▶党女性職員が周囲に嘆いた「お尻を触られた」▶最も狙われた女性記者が漏らした「文春はほぼ正しい」▶カードゲーム仲間人妻の告白「抱きしめたいと言われ…」と、衆議院議長を務める78歳氏に関わる報道としては穏やかではない。
文春オンラインによれば、「『全く事実と違います』。先週号の“セクハラ報道”に対し、議運の場でそう述べた細田博之議長。だが、小誌に届いたのは、三権の長に対する女性記者たちからの相次ぐ告発だった。そして、細田氏の発言を覆す物証が―。」
さて、注目の細田博之衆院議長、準備よろしく週刊文春発売当日の26日午前中に、抗議文を発表した。「セクハラ」報道を改めて否定し「すでに事実無根として強く抗議したところだが、同趣旨の記事が掲載されていることに強く抗議する」というもの。それだけでなく、「通常国会の閉会後、弁護士と協議し、訴訟も視野に検討する」という。「提訴するぞ」ではなく、「訴訟も視野に検討する」という、いささか腰の引けた表現だが、訴訟の検討を口にした。
細田に真実提訴の意向があるか否かは判断しがたい。取りあえずは、「事実無根」のポーズを取りつつ、逃げの時間を稼ぐための「訴訟も検討」は、この種事案での常套手段なのだから。
とは言え、細田が事実無根報道の被害者であることを否定はできず、提訴発言はブラフだと決めつけることもできない。
仮に、細田が文藝春秋社を被告とする名誉毀損損害賠償請求訴訟を提起したとすれば、最も単純で基本的な構造の名誉毀損訴訟になる。その訴訟は、以下のように進行する。
まずは、原告(細田)が週刊文春記事のうちの名誉毀損記述を特定する。この典型的な事実摘示型の名誉毀損記述が、原告(細田)の社会的評価を低下させるものであることは自明と言ってよい。つまりは、疑いなく名誉毀損言論に当たるのだ。
次に、被告(文春)において、違法性阻却要件を主張することになる。よく知られたとおり、公共性・公益性・真実性である。政治家の不行跡報道が、公共性・公益性に欠けることはあり得ない。残る問題は「真実性」立証の成否のみとなる。「女性記者たちの各告発事実が真実であるか」をめぐる証拠調べが審理の焦点となる。
なお、「真実性」は「相当性」(文春側で各名誉毀損事実を真実と信じたことについての相当な事情)でもよい。そのばあいは、損害賠償請求の要件である、故意または過失がないとして、不法行為は成立せず、原告の請求は棄却される。
問題はそれに終わらない。この細田の対文春提訴はそれ自体が、不当なスラップとして違法となり得る。その理由は以下のとおりである。
民事訴訟とは、正当な自分の権利や利益を救済するための制度である。ところが、そのような民事訴訟法本来の趣旨からは明らかに逸脱した提訴がある。被告に応訴の負担をかけることで言論を妨害しようとするものが典型で、このような場合は、提訴自体が違法行為となり、提訴者において損害賠償の責めを負わねばならない。
? どのような場合に、提訴が違法になるか。1988(昭和63)年1月26日?最高裁判所第三小法廷判決は、このように定式化している。
「訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる」
これを本件に当て嵌めてみれば、次のとおりである。
「細田博之の文春に対する訴えの提起は、
(A)提訴者である細田が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、
(B1)細田がそのことを知りながら、又は
(B2)通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、
裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合は、文春に対する違法な行為となる。」
この(A+B(1or2))の充足が、スラップ違法の方程式。本件では、客観的要件である(A)も、 主観的要件である (B1)も、事前に細田にはよく分かっていること。
結局のところ、「2人きりで会いたい」「愛してる」「お尻を触られた」「文春はほぼ正しい」「抱きしめたいと言われ…」云々の記事が真実であれば、原告細田の名誉毀損損害賠償請求訴訟が敗訴となるだけでなく、その提訴自体が違法となって反対に損害賠償債務を負担することになる。
ちょうど、DHC・吉田嘉明が私を名誉毀損で訴えて6000万円を請求してゼロ敗しただけでなく、その提訴が違法なスラップとして165万円の損害賠償を命じられたように、である。