澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその31

吉田万三さんは、人間的な魅力に溢れた人である。
話し相手を笑顔で包み込み、耳に痛い言葉も心を傷つけないような配慮を感じさせる。構えることなく、誰とでも胸襟を開いて会話のできる、できそうでなかなかできない特技の持ち主。

その万三さんと、昨日は都知事選をめぐってのスピーチによるバトル。とはいえ、ディベートではない。主催者の配慮で、各10分間のスピーチの交換だけ。私の発言は、昨日ブログに掲載したとおり。万三さんは、「澤藤は理想を求める余り人に厳しすぎる。不完全な人が集まって、よりより社会をつくるべく模索しているのだから、もっと寛容になるべきだ。そして、もっと高い次元から、最も優れた候補者である宇都宮当選のために力を尽くしてもらいたい」という趣旨を述べた。私の問題提起に応える内容として噛み合ってはいないが、万三さんがそう言えば、それなりの説得力があるから不思議なもの。さすがに、革新派から足立区長に当選し、都知事候補にもなった人だけのことはある。

ところが、その席で万三さんが配布したメモの下記の記載にちょっと驚いた。万三さんが口頭で言及していたことでもある。
「夏の参院選では、5人区の東京で明確な脱原発の候補が2人当選している。要するに、舛添だけでは(保守派は)勝利を確信できないのだ。このままでは脱原発の票がかなり宇都宮に流れる危険性もあるからこそ、多少のプラス・マイナスがあったとしても保守系脱原発候補が必要だったのではないか」

つまり、「細川護煕は、脱原発派有権者の票がそっくり宇都宮に流れ込むのを阻止するために、宇都宮の足を引っ張る目的で保守派が送り込んだ候補者だ」という論法。「謀略論」の一種だが、これはいただけない。我田引水というしかなく、万三さんのあの柔らかい滑らかな口調で喋られても説得力はない。

万三さんの気持ちが分からないではない。
世間は、脱原発を掲げた細川の出馬宣言に湧いている。前回選挙では宇都宮君を応援した文化人・著名人が、今回は成り行きを見つめて鳴りをひそめている。宇都宮陣営のウェブサイトの「宇都宮けんじへ応援の声!」ページは、今に至るも「只今、更新作業中です」として沈黙を続けている。わけても脱原発政策に重きを置く人々は、公然と「候補者一本化」という「宇都宮下ろし」の声をあげている。一本化の工作が不調となれば、今度は細川支持を打ち出すしかなかろう。宇都宮では勝てっこないが、細川なら勝てる見込みがある。しかも、細川には、小泉・菅・小澤等がついている。「脱原発の都政を築く千載一遇のチャンス」「脱原発に国政を動かすこれ以上ない好機」なのだから。

万三さんは、なんとか、そのような「脱原発派票の宇都宮離れ」を防ぎたいというわけだ。それが、「細川出馬は、保守派による謀略」という立論の動機。やや痛ましいという印象を否めない。

私が、初めて選挙権を手にしたころ、投票先に悩んだ。当時は中選挙区制。社会党は強かった。当選しそうにない共産党候補に投票するか、当選の可能性が高い社会党候補に入れるべきか。周囲の友人も様々だった。共産党を支持する友人は、「議席獲得よりも一票の積み上げが大切だ。どうせ当選できないからと票を社会党に流していたのでは、永遠に共産党の議席獲得はなくなる」という。これは党勢拡大の立論。社会党を支持する友人は、「今、現実的に最も大切なものは、国会の中に築かれている憲法擁護のための3分の1の壁を守ることだ。そのためには、社会党に投票を集中するしかない」と説得する。こちらは議席獲得最優先の立論。

おそらくは、多くの有権者が今同じような悩みを抱えているのだろう。知事の椅子はひとつ。脱原発シングルイシュー派の有権者にとっては、喉から手が出るほどに、そのひとつの椅子が欲しいのだ。「党勢拡大」や「運動の前進」のために選挙をやっているわけではない、と叫びたくなる気持ちであろう。この人たちは、もしかしたら、雪崩を打って細川支持にまわるかも知れない。万三さんとしては、なんとかそれを食い止めたいのだ。

その気持ちは分かるが、しかし、細川が、宇都宮の足を引っ張るために立候補したというのは、説得力に乏しい。むしろ逆効果だろう。そんなことをいえば、他の卓見まで、眉に唾を付けての吟味が必要と思われてしまう。

前回選挙の2012年12月時点では、現在よりも遙かに脱原発の世論が大きかった。宇都宮陣営の脱原発の足を引っ張るための立候補と言われる候補者はなかった。それでなお、宇都宮候補は惨敗した。いま、保守陣営が、舛添を勝たせるために、細川をぶつけねばならないとする理由はない。

「夏の参院選では、5人区の東京で明確な脱原発の候補が2人当選している」というのも一面的である。「夏の参院選では、5人区の東京で明確な非脱原発の候補が3人当選している。しかも、1位・2位がともに非脱原発派だ」と言い換えねばならない。繰り返すが、都知事選の当選者は1人だけ。ひとつの椅子を目指す選挙戦をしているのだから。

5人の当選者のうち、脱原発派は吉良・山本の両名、合計得票は137万。非脱原発派は、丸川・山口・武見の3名、合計得票数は247万票。この数字だけからは、脱原発派に勝算はない。にもかかわらず、いま俄然「脱原発」のスローガンが争点化しているのは、明らかに細川・小泉両名による発言のインパクトである。宇都宮君では脱原発を都知事選の争点とする力量に欠けていることを認めざるを得ない。

今夕、衝撃的なニュースに接することになった。「一本化」の調整工作に携わっていた河合弘之・鎌田慧さんらは、「原発ゼロを最優先政策として掲げる細川氏を支持する」と決めたという。「有志に名を連ねたのは河合、鎌田両氏、作家の瀬戸内寂聴氏、音楽評論家の湯川れい子氏ら31人。近く事務所を構え、インターネットを使って細川氏支援を勝手連として呼びかけるという」と報道されている。一個の雪片の崩落から雪崩は始まる。これは雪崩の始まりだ。

選挙とはそういうものだろう。当選の可能性のある候補に票は集中する。理念を語る者より、当選の可能性を語ることのできる候補者が強いのだ。当然の政治力学が、人の目に触れるようになったまでのこと。

宇都宮君、やっぱり君の先走った出馬宣言自体が大きな間違いだったのだ。残念ではあろうが、立候補はおやめなさい。
(2014年1月20日)

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Published in 月曜日, 1月 20th, 2014, at 22:38, and filed under 宇都宮君おやめなさい.

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