宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその32
宇都宮陣営のメルマガ、「宇都宮けんじニュース」が私にも配信されている。その第14号(2014年1月18日号)に、「宇都宮けんじ・一本化で吠える!」と標題した下記の記事が掲載されている。1月16日(木)の拡大選対会議での発言とのこと。
「普段は温厚な宇都宮さんが、この日は半ば涙を浮かべながら、『(細川氏が)橋下徹みたいに変節したら、どうするのか』『知事選は人気投票ではいけない』『(細川氏に会って)どの程度の人間なのか確かめることもせず、降りろとはふてえ考えだ』『とにかく政策論争を!』『これは、勝てる選挙だ』と、あらためて決意と覚悟を語りました」
宇都宮君が吠えたのか泣いたのか、この記事ではよく分からないが、とにもかくにも、陣営にとっての動揺がよく伝わって来る。確認しておくべきは、宇都宮君自身も「一本化とは、宇都宮降ろしと同義」と心得ていること。つまりは、細川を降ろしての一本化はあり得ないという認識なのだ。だから、「降りろとはふてえ考えだ」という品性を欠いた表現になっている。「ふてえ考えだ」と言われたのは、「脱原発都知事を実現させる会」(共同代表 鎌田慧・河合弘之氏)の面々。後の報道で、瀬戸内寂聴・広瀬隆・村上達也・村田光平・柳田眞・湯川れい子・吉岡達也・宮台真司・木村結・三上元・高木久仁子・高野孟・川村湊などの諸氏が含まれていることを知った。宇都宮君のような、「3・11後の脱原発運動参加者」ではない。これまでの人生を脱原発運動に懸けて来た筋金入りの方々。これまで、脱原発運動の中核を担ってきた人々と言っても間違っていない。やはり、インパクトは大きい。
これも「宇都宮けんじニュース」第12号(1月16日)によれば、「実現させる会」は両陣営に宛て、「脱原発を明確に掲げる候補が二人いるということで脱原発票が分散し、結果として原発推進候補を利するのではないか」「お二人が虚心坦懐にお話合いになり、脱原発候補を統一してくださるよう申し入れます」と文書を発したとのこと。「会」の顔ぶれに品性を欠く人物はまったく見えない。長期にわたって真摯に運動を支えて来た人ばかり。申し入れの内容にも格別に礼を失しているところはない。これに対して、「ふてえ考えだ」との言葉の乱暴さは際立っている。宇都宮陣営の苛立ちを表しているのだろうが、こんな言葉を投げつけられて、「実現させる会」の諸氏はさぞ驚いたことだろう。
有権者は多様だ。命と健康を守るためになによりも脱原発が最重要課題と考える人は少なくない。脱原発だけが重要課題とは考えないが、現在の政治や社会の矛盾を象徴するものとしてこの一点を争点化すべきと考える人もいる。また、極右勢力としての安倍自民に政治的打撃を与える格好のテーマとして、「良心的保守層」を巻き込んだ幅広い勢力結集のために「脱原発都知事を実現」させたいという人もいるだろう。宇都宮君は、そのような人々の「脱原発候補統一」の申し入れを拒否しただけでなく、「ふてえ考えだ」と悪罵を投げつけた。その意味は小さくない。
「一本化」が不調となれば、脱原発を願う有権者は残った2候補のどちらかの選択を迫られる。「ふてえ考えだ」と悪罵を投げつけられた人々は、既に宇都宮君に背を向けて細川支持を明確にした。情勢のしからしむるところ。
前回惨敗の惨めな候補でなければ、脛に傷持つダーテイーな候補でなければ、事態は大きく違ったものとなっていただろう。革新共闘選挙の候補にふさわしい清新で魅力溢れる候補が力強く脱原発を含む運動をつくっていたら、反原発を看板とする細川の出る幕はなかっただろう。たとえ細川が出たとしても、こんなに右往左往することはなかったはず。革新側の拙速な候補者選びが今日の事態を招いたのだ。
宇都宮君、きみは、当初は「推す人があれば出馬する」と言いながら、その直後、推す人もないままに、他を制して都知事候補者として手を上げて飛び出した。その君のあさはかな行為の責任は大きい。告示まではもう少しの時間がある。やはり、立候補はやめた方がよかろう。
(2014年1月21日)