澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

山上徹也起訴 ー 「暴力は許されぬ」か、「背景を徹底解明せよ」か。

(2023年1月14日)
 昨日、奈良地検は安倍晋三殺人の被疑者・山上徹也を起訴した。起訴罪名は、殺人とその手段としての銃刀法違反。報道の限りでは、銃撃の事実と責任能力の存在に問題はないと思われるので、審理の争点は自ずから犯行の動機に収斂することになる。動機とは、「背景事情」と置き換えてもよい。
 
 当然のことながら、被告人・山上徹也は、その殺人と銃刀法違反の犯罪行為に責めを負わねばならない。相応の刑罰を受けねばならないということだ。同時に、法廷は被告人の犯行に至る動機を十分に解明し、情状として酌むべき諸点を見落としてはならない。それなくして適正な量刑はあり得ないのだから。その審理を通じて、自ずから、統一教会の反社会性と、その統一教会と安倍晋三や自民党との癒着の実態が明らかにされることになろう。この点については弁護人の活動のみならず、公益の代表者としての検察官の姿勢にも期待したい。

 産経を除く本日の各紙朝刊が、この件について社説を掲載している。いずれも、《刑事責任の明確化》と《背景事情の解明》の両者に触れつつも、その軽重のバランスの取り方に温度差が見受けられる。より正確に言えば、前者に重点を置いている讀賣社説の立場が際立っている。同紙の治安重視の姿勢の表れと言ってよいのだろう。

 産経を除く5紙の各社説の標題を並べてみるだけでよく分かる。

 朝日 銃撃事件と社会 暗部の検証 ここからだ
 毎日 安倍氏銃撃 裁判へ 背景の徹底解明が必要だ
 東京 安倍氏銃撃起訴 法廷外でも背景に迫れ
 日経 安倍氏銃撃が日本社会に及ぼした衝撃
 読売 安倍氏銃撃起訴 どんな理由でも暴力許されぬ

 朝日・毎日・東京の3紙が「背景の徹底解明が必要」と強調している。「背景」とは、端的に言えば反社会的『宗教団体』と政権与党との癒着の実態ということである。東京新聞に至っては、「法廷外でも背景に迫れ」と気迫十分である。読売だけが、過度に「どんな理由でも暴力許されぬ」ことを強調している。そして、日経は「衝撃の深さ」を語る以外には内容はない。

 まずは、朝日である。「どんな理由があろうとも、許されない犯行だ。問答無用の暴力は、言論を積み重ねて形作るべき民主社会にとって最大の敵である。」とは言う。しかし、「(山上が語っている)動機から凶行へ至ったとすれば、その前に、孤立を深めさせぬ手立てや機会が社会の側になかったか。裁判を通じて、「心の闇」を生んだ環境と背景を解き明かし、検証を続ける必要がある」という。

 そしてまた、「いわゆる『宗教2世』問題の本質は、社会通念と相いれない活動を続ける教団に誘い込まれた親のもとで育った場合、自らの意思で信仰を選んだわけではないのに、人生を大きくゆがめられてしまう点にある」とも言う。

 さらに、最後をこう締めくくっている。「事件の背景には、自民党と旧統一教会の半世紀に及ぶ蜜月関係が横たわる。教団の問題を放置してきたばかりか、選挙協力を求め関係を深めた政治家もいる。民主政治の根幹にかかわる問題だ。春の統一地方選では、首長や議員の候補と教団との関係が厳しく問われる。この暗部を徹底的に解明・清算しなければ、国民の不信は拭えない。」

 次いで、「毎日社説」も、「いかなる事情があっても、人命を奪うことは許されない」とは言う。その上で、「ただ、銃撃に至った経緯は、詳細に明らかにされなければならない。安倍氏と教団の関わりも焦点となる」と述べている。また、「裁判とは別に、政治の取り組みも欠かせない。安倍氏と教団の関わりについて、岸田文雄首相は調査を拒んでいる。しかし、安倍氏が国政選挙で、教団の組織票を差配していたとの証言がある。自民党が教団と関係を持つようになったのは、安倍氏の祖父・岸信介元首相にさかのぼる。清和会(現安倍派)を中心に半世紀にわたって続いてきた。自民党も背景の解明に努めるべきだ」と、自民党に辛口である。

 東京新聞<社説>は、さらに厳しい。「事件後、世論は揺れた。理由はどうあれ殺人は許されず、厳罰に処すべきだという正論の一方、被告の生い立ちなどから少なからぬ同情論も生まれた。…同情論が漂った一因には、反社会的な行為を重ねてきた教団と親密な関係を築き、事件発生まで自省のなかった政治、特に自民党への強い憤りがあったからだろう」
 「2015年の教団の名称変更に当時の安倍政権が関与したのか否か、国政選挙で教団票を差配したと指摘される安倍氏の役割など、教団と自民党との親密な関係の核心部分には踏み込んでいない。その検証には今もなお、背を向けたままだ。銃撃事件の本質と、教団と政治との親密な関係が無縁とは言えない。裁判では解明に限界がある。法廷に加え、国会でも事件の背景に迫らねばならない」

 これに比較して、讀賣「社説」のトーンは明らかに異なる。
 「白昼堂々、選挙で演説中の政治家が銃撃された事件は、民主主義社会に深い傷を残した」「裁判では、山上容疑者の犯行時の精神状態に加え、教団への恨みを安倍氏への銃撃で晴らそうとした経緯なども焦点になるだろう。裁判所には、犯行がもたらした重大な結果や事件の背景を踏まえ、厳正に判断してもらいたい」「山上容疑者の境遇に同情する声があり、本や衣類のほか、100万円を超える現金が届いているという。ネット上には、教団の問題点を明らかにしたとして、英雄視するような投稿も見られる。だが、どのような事情があろうが、自分の目的を達成するために人の命を奪うことなど、あってはならない。犯行を正当化するような一部の風潮は極めて危険だ」

 最後に日経 [社説]である。
 「参院選のさなか、白昼の街頭で有力政治家が殺害されるという凶行は世界中に衝撃を与えた。民主主義が脅かされ、治安に対する信頼は低下した。招いた結果は極めて深刻である。事件は政治と宗教の関係など様々な問題を浮き彫りにした。山上被告は動機として母親が入信した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みを挙げ、教団による巨額献金の実態が注目された。…教団と政治家の不透明な関係が問題視され、自民党は関係の断絶を宣言した。いずれも対応は緒に就いたばかりである。成果や実効性を注意深く見守りたい」「背景や本人の心理を公開の法廷で明らかにすることが重要だ。それを通じて事件の教訓を社会全体で共有しなければならない」

 おそらくは、世論の心情は朝日・毎日・東京3紙の論調に近いものと思われる。だから、安倍国葬反対の世論が6割を越え、岸田内閣の支持率が下がり続けているのだと思う。この刑事裁判では、何よりも背景事情の徹底解明を期待したい。そして、政治もメディアも、訴訟を傍観するのではなく、独自に統一教会と自民党との癒着の解明に努力を継続していただきたい。

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