澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

政府金融政策の一翼を担う日本銀行と、政権批判を本来の使命とするNHK。その基本理念を混同してはならない。

(2023年1月21日)
 毎日新聞一昨日朝刊の「記者の目」欄。「NHK会長人事 視聴者から見えぬ選考過程」というメインタイトル。「ささやかれてきた『首相官邸の関与』」「『透明性』のために多くの事実開示を」という二つの小見出しが付いている。執筆者は屋代尚則記者(東京学芸部)。NHK問題を論じつつ、ジャーナリズムのあり方や、民主主義的な組織論についての問題提起となっている。

 間もなくNHK会長が交替する。前田晃伸現会長が退任して、1月25日付で稲葉延雄新会長の就任となる。新会長は元日本銀行理事で、その後はリコーの取締役会議長だった人物とか。果たして、問題山積のNHKの会長としてふさわしい人なのかどうか。多くの国民の関心の集まるところだが、昨年からNHKや関係者への取材を続けてきた専門記者の目からも「視聴者から見えぬ選考過程」として違和感を抱かざるを得ないという。むしろ「ささやかれてきた『首相官邸の関与』」を嘆いている。これでよかろうはずはない。

 記者の疑義は、端的にこう表現されている。

 「NHKは視聴者の受信料で成り立つ公共放送だ。そのトップを担う人物が、私たちの目が届かない“密室”で決められ、そこに政権の意向が関わっているのではないかという疑念が、私には拭えない。」

 ジャーナリズムの本領は権力からの独立にある。権力におもねらず、権力批判を恐れぬ健全な言論のためには、政権の意向が関わっての会長人事などあってはならない。ところが、記者の目はこう見ている。

 「NHKは、報道機関として政治との適切な『距離』をどう保つかが常に問われる。しかし、会長の人選を巡っては近年、首相官邸の強い関与が指摘されてきた。今回の会長人事を巡っても、ある自民党の国会議員は『官邸が会長人事に関わる動きがあった』と明かし、永田町では、稲葉氏を推す声が岸田文雄首相の周辺から上がったのではとささやかれている」

 だから、会長人事の選考過程の透明性が重要になるのだが、会長選任権を持ち、この人事に責任をもつ立場にある経営委員会委員長の森下俊三は、記者の質問にこう答えるのみだという。

 「『人事に関することは基本的に非公表だ。ただ透明性は求められるので、おおむね過去(の会長人事の際)と同じフォーマットで公表している』というものだった。事前に政治家と話をしたのかという質問にも『人事の話なのでコメントは控える』」

 記者の問題意識は、民主主義の根幹に関わる。「国会議員も、首相も閣僚も、自治体の首長も、私たちの目が届かない“密室”で決められてはならない」。公共放送の会長人事も、同様である。「人事に関することは基本的に非公表」という論理こそが厳しく非難されなければならない。実は、政権肝いりの会長人事をカムフラージュしているだけのことではないか。これでよかろうはずはない。

 このような不透明な選考過程でNHK会長となる稲葉延雄なる人物、昨年12月の記者会見でこう言っているそうだ。

 「中央銀行(日銀)は自主性、独立性が求められる。NHKも不偏不党、公平公正な報道を追求する組織で、NHKが持つ使命には親近感を覚える」

 こりゃダメだ。この人は、報道機関のあり方を日銀と同等のものとしか理解していない。ジャーナリズムの基本理念など頭にないのだ。
 本来彼は、こう言うべきだった。

 「私は長く日銀に勤めて、政府の金融政策の一翼を担ってまいりました。その経歴から、私の基本姿勢が政府寄りで、NHK会長としては不適格ではないかという視聴者や国民の皆様のご疑念はよく理解しております。
 しかし、私は心機一転、民主主義におけるジャーナリズムとは何であるかについて虚心に学び直し、あの会長だからNHKは、政府寄り・政権寄り・権力寄りだと言われることのなきよう、放送を担当する現場の自主性を最大限尊重して、NHKを健全な報道機関とすることに鋭意努力をいたします」
 
 さらに、こう続けたら満点なのだが。
 「私のNHK会長人事打診が、経営委員会からのものではなく、官邸から直接のものであったことは、世に噂されているとおりです。火のないところに煙は立たないのです。しかし、私はけっして官邸に忖度はいたしません。おそらくは、官邸の期待を裏切ることになることでしょう。それが視聴者や国民からのNHKに対する信頼を維持するためにやむを得ないからです」

 なお、日銀法と放送法との差異を指摘しておきたい。

 日銀法第4条(政府との関係) 「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない

 当然といえば当然なのだが、日銀とは、「政府の経済政策の一環をなす」存在である。それゆえ、その活動は「政府の基本方針と整合的なもの」であることが求められ、「常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」と縛られているのである。政府からの独立はおこがましい。

 NHKは、他の民放と同様、第1条2号・3号で、こう目的を定められている。
「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること」「放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」
 
 仮に、日銀のごとくに、「政府の基本方針と整合的なもの」「常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図る」とすれば、報道機関の使命の死以外のなにものでもない。

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