澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「こんな仕打ちをするこの国を見ろ。こんな国に、まだいたいのか?」ー 国とはいったい何だろう。

(2023年2月6日)
 本日の毎日新聞朝刊1面トップに、「ウイグル族学者、消息なく」「ためらう娘に『米へ行け』 出国寸前、空港で拘束」というインタビュー記事。これは、渾身の告発記事である。トップに据えられるだけの迫力に満ちている。訴える力をもったドラマだ。読む人の胸を撃つ。そして、考えさせる。

 ちょうど10年前、2013年2月の北京空港。娘と一緒にアメリカ行きの搭乗手続を済ませた父が、出発直前で当局に拘束される。父は、泣きじゃくる18歳の娘の背を押して、一人でアメリカへ行かせようとこう言う。

 「周りを見ろ。あなたにこんな仕打ちをするこの国を見ろ。こんな国に、まだいたいのか?」

 娘は、アメリカに知り合いはなく、英語もほとんど話せない。アメリカがよい社会だから行け、というのではない。中国に絶望して、この国を出ろというのだ。こんなにも人を不幸にする国家とはいったい何だろう。中国は、どうして、いつから、「こんな国」になってしまったのだろうか。自由や人権の普遍性は、なにゆえかくも無力なのだろうか。こんな状態はいつまで続くのだろうか。手立てはないものだろうか。

 記事は、1面トップと7面に分かれている。ネットでは有料記事だが、URLは以下のとおり。
 https://mainichi.jp/articles/20230206/ddm/001/030/132000c

 娘の背を押した父とは、ウイグル族の経済学者イリハム・トフティさん(53)。ノーベル平和賞の候補に毎年名前が挙がる人だそうだ。娘は、ジュハル・イリハムさん(28)。二人は、あの日北京の空港で生き別れた。

 その後娘は、苦難を乗り越えて英語を学び大学を卒業して、いま世界の労働者の権利擁護を訴える団体で、新疆ウイグル自治区の人権問題を訴える活動を続け、父イリハム・トフティさんの解放を求め続けている。

 北京の空港で拘束された父は、その後自宅軟禁の状態に置かれ、14年1月当局に突如身柄拘束の上起訴される。同年9月には「インターネットを使って新疆の独立を呼びかけた」などとして国家分裂罪で無期懲役刑を言い渡された。さらに、17年に家族がウルムチの刑務所で面会したのを最後に消息が途絶えているという。その後、どこかに移送されたのか、今も生きているのかも分からない。中国とは、とうてい近代国家ではない。

 この父は無期懲役を言い渡された翌日、面会に訪れた弁護士にこう言った。「拘束されてからの8カ月間で、昨日が一番よく眠れた」。弁護士がいぶかって聞くと「死刑になると思っていた。無期懲役だ。まだ希望はある」と言ったという。ジュハルさんによると、父は自分の死が漢族とウイグル族の間に憎しみを生まないことを願っていた。

 中国政府は、ウイグル族らへの人権侵害は起きていないと否定し、黒人差別などの問題を抱える米国などが中国を批判するのは「ダブルスタンダードだ」と反発する。ジュハルさんは「どんな社会も完全ではない。だが、自己を見つめ、過ちを改善することができるのが民主主義だ。中国では間違いを指摘することもできない」と語り、こう続けた。「中国にはそもそもスタンダードがない」。あるのは中国共産党の意思だけだ。

 あの時、北京の空港で「また必ず会おう」と約束した親娘が再会できるときは来るのだろうか…。それは、歴史がどう遷るかにかかっている。

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