澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

首相の政治資金収支報告の虚偽記載には厳正な処罰が必要だー検察審査会の市民感覚に期待する

政治資金規正法の運用は厳正になされなければならない。なぜなら、それこそが政治の透明性を確保し、政治を市民の監視下におくことを通じて政治の腐敗を防止する主たる手段とされているからだ。政治資金収支報告書の作成に、厳格な正確性が求められることは当然である。

法の支配を政治の原理とする国家においては、行政府の長に厳格な法の遵守が求められる。日本にあっては、内閣総理大臣に厳正な法令遵守が求められる。とりわけ政治資金規正法にもとづく政治資金収支報告書の記載には、首相なるが故の厳格な記載の正確性が求められてとうぜんである。

首相の政治資金規正法の記載に16個所の虚偽記載が見つかった。明らかに、構成要件に該当する犯罪行為である。政治の透明性確保が、民主政治に死活的に重要であることと考える市民4人がこれを告発したが、東京地検は不起訴処分とした。

不起訴には納得しがたいとして、本日その4人が検察審査会に、起訴相当の議決を求めて審査申立をして受理された。
以下は、その申立書の全文である。
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                         2015年8月19日
             審 査 申 立 書
東京   検察審査会 御 中
   被 疑 者  下記の両名
        ◇  ◇  ◇  美
          住 所 不詳
          職 業 不詳(団体事務職員と思われる)
        安  倍  晋  三
    住 所  不詳(国会議員としての事務所所在地は、
              〒100-8981東京都千代田区永田町2-2-1
              衆議院第一議員会館1212号室)
          職 業  国会議員(内閣総理大臣)
   申 立 人  被疑者両名の告発人であった下記4名
        醍   醐        聰
        田   島   泰   彦
        湯   山   哲   守
        斎   藤   貴   男
   申立人ら代理人
        弁護士  澤 藤 統一郎
        同     阪 口 徳 雄
        同     神 原   元
        同     藤 森 克 美
        同     野 上 恭 道
        同     山 本 政 明
        同     茨 木   茂
        同     中 川 素 充

添  付  資  料
疎明資料(すべて写)      下記各1通
 1 処分通知書各申立人宛のもの各1通
 2 晋和会2011(平成23)年分政治資金収支報告書 訂正以前のもの
 3 同上訂正後のもの
 4 晋和会2012(平成24)年分政治資金収支報告書 訂正以前のもの
 5 同上訂正後のもの
 6 「サンデー毎日」2014年7月27日号関連記事抜粋
委任状                         4通

        申 立 の 趣 旨
 被疑者◇◇◇美及び同安倍晋三に下記各政治資金規正法違反の犯罪行為があって告発がなされたにもかかわらず、いずれの被疑者についても不起訴処分となったので、被疑者◇◇◇美については政治資金規正法第12条第1項・第25条第1項にもとづき、被疑者安倍晋三については政治資金規正法第25条第2項にもとづき、いずれも「起訴相当」もしくは「不起訴不当」の議決を求める。

        申 立 の 理 由
第1 告発と不起訴処分の経過
1 申立人らは、2014年8月18日東京地方検察庁検察官に対し後記の各被疑事実について被疑者◇◇◇美及び同安倍晋三をいずれも政治資金規正法違反の罪名で告発したところ、同告発については2015年7月27日付で不起訴処分(平成27年検第23108号・23109号)とする旨の通知に接した。
  同不起訴処分をした検察官は、東京地方検察庁廣田能英検事である。
2 前項の処分の当日午後2時過ぎに、廣田検事から申立人ら代理人の澤藤に処分内容を通知する電話があり、口頭で「不起訴の理由は、被疑者◇◇◇美については嫌疑不十分、被疑者安倍晋三については嫌疑なし」との説示があった。
  なお、翌7月28日付朝日新聞朝刊(第37面)には、同じ内容の記事が掲載されている。

第2 被疑事実ならびに罪責
1 被疑者◇◇◇美は、2011(平成23)年当時から現在に至るまで政治資金規正法上の政治団体(資金管理団体)である「晋和会」(代表者 安倍晋三、主たる事務所の所在地 東京都千代田区永田町2?2?1 衆議院第一議員会館1212号室)の会計責任者として、同法第12条第1項に基づき同会の各年の政治資金収支報告書を作成して東京都選挙管理委員会を通じて総務大臣に提出すべき義務を負う者であるところ、2012年5月31日に「同会の2011(平成23)年分収支報告書」について、また2013年5月31日に「同会の2012(平成24)年分収支報告書」について、いずれも「寄附をした者の氏名、住所及び職業」欄の記載に後記「虚偽記載事項一覧」のとおりの各虚偽の記載をして、同虚偽記載のある報告書を東京都選挙管理委員会を通じて総務大臣宛に提出した。
  被疑者◇◇◇美の以上の各行為は同法第25条第1項3号に該当し、同条1項によって5年以下の禁錮または100万円以下の罰金を法定刑とする罪に当たる。
2 被疑者安倍晋三は、資金管理団体「晋和会」の代表者として、同会の会計責任者の適正な選任と監督をなすべき注意義務を負う者であるところ、同会の会計責任者である被疑者◇◇◇美の前項の罪の成立に関して、同被疑者の選任及び監督について相当の注意を怠った。
  被疑者安倍晋三の以上の行為は、政治資金規正法25条第2項に基づき、50万円以下の罰金を法定刑とする罪に当たる。
3 虚偽記載事項一覧
  2011(平成23)年分 (2012年5月31日作成提出)
   ・寄付者小山好晴について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「NHK職員」あるいは「団体職員」
   ・寄付者小山麻耶について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「会社員」
   ・寄付者周士甫について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「会社員」
   ・寄付者すぎやまこういちについて職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「作曲家」
   ・寄付者神浩人について職業欄の「医師」という表示が虚偽
            →正しくは「法人役員」
   ・寄付者中川稔一について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「団体役員」
   ・寄付者井上時男について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「無職」
   ・寄付者吉永英男についての職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは弁護士
  2012(平成24)年分 (2013年5月31日提出)
   ・寄付者小山好晴について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「NHK職員」あるいは「団体職員」
   ・寄付者小山麻耶について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「会社員」
   ・寄付者周士甫について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「会社員」
   ・寄付者すぎやまこういちについて職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「作曲家」
   ・寄付者中川稔一 について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「団体役員」
   ・寄付者宇田川亮子について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「会社員」
   ・寄付者神浩人について職業欄の「医師」という表示が虚偽
            →正しくは「法人役員」
   ・寄付者井上時男について職業欄の「会社役員」という表示が虚偽
            →正しくは「無職」
4 本件虚偽記載発覚の経緯
  本件の発覚は、NHKの職員(チーフプロデューサー)である小山好晴が有力政治家安倍晋三(現首相)の主宰する政治団体(資金管理団体)に政治献金をしていることを問題としたマスメディアの取材に端を発する。
  「サンデー毎日」本年7月27日号が、「NHKプロデューサーが安倍首相に違法献金疑惑」との見出しを掲げて報道した。同報道における「NHKプロデューサー」とは小山好晴を指し、「NHK職員による安倍首相への献金の当否」を問題とするものであった。また、同報道は小山好晴の親族(金美齢)の被疑者安倍晋三への献金額が政治資金規正法上の量的制限の限度額を超えるため、事実と認定された場合は脱法行為となる「分散献金」を隠ぺいするために小山好晴からの名義借りがあったのではないかという疑惑を提示し、さらに、政治資金収支報告書上の寄付者小山好晴の「職業」欄の「会社役員」という表示について、これを虚偽記載と疑う立場から検証して問題とするものであった。
  小山好晴が「NHK職員」であることは晋和会関係者の知悉するところである。政治資金規正法(12条第1項1号ロ)によって記載を義務付けられている「職業」欄の記載は、当然に「NHK職員」あるいは「団体職員」とすべきところを「会社役員」と記載したことは、被疑者安倍晋三に対するNHK関係者の献金があることをことさらに隠蔽する意図があったものと推察される。
  「サンデー毎日」が上記記事の取材に際して小山好晴らに対して「会社役員」との表示は誤謬ではないかと問い質したことがあって、その直後の7月11日晋和会(届出者は被疑者◇◇)は小山好晴の「職業」欄の記載を、「会社役員」から「会社員」に訂正した。しかし、小山は「会社員」ではなく、訂正後の記載もなお虚偽記載にあたる。
  晋和会(届出者は被疑者◇◇)は、7月11日に寄付者小山麻耶(小山好晴の妻・金美齢の子)についても、「会社役員」から「会社員」に訂正している。この両者について、原記載が虚偽であったことを自認したことになる。
  さらに7月18日に至って、晋和会(届出者は被疑者◇◇)は、自ら、後記「虚偽記載一覧」に記載したその余の虚偽記載についても訂正届出をした。合計16か所に及ぶ虚偽記載があったことになる。
  申立人(告発人)らにおいて虚偽記載を認識できるのは寄付者小山好晴についてのみで、その余の虚偽記載はすべて政治資金収支報告書の訂正によって知り得たものである。当然に、訂正に至らない虚偽記載も、訂正自体が虚偽である可能性も否定し得ないが、申立人らは確認の術を持たない。
5 本件各記載を「虚偽記載」と判断する理由
  政治資金規正法第12条第1項・第25条第1項の虚偽記載罪の構成要件は、刑法総則の原則(刑法第38条第1項)に従って本来は故意犯と考えられるところ、政治資金規正法第27条第2項は「重大な過失により第25条第1項の罪を犯した者も、これを処罰するものとする」と規定して、重過失の場合をも含むものとしている。
  その結果、「虚偽記載」とは行為者が「記載内容が真実ではないことを認識した場合の記載」だけでなく、「重大な過失により誤記であることを認識していなかった場合の記載」をも含むものである。
  申立人らは、被疑者◇◇に、寄付者小山好晴の職業欄記載については、故意があったものと思料するが、構成要件該当性の判断において本件の他の虚偽記載と区別する実益に乏しい。
  刑法上の重過失とは、注意義務違反の程度の著しいことを指し、「わずかな注意を払いさえすれば容易に結果回避が可能であった」ことを意味する。本件の場合には、「わずかな注意を払いさえすれば容易に誤記であることの認識が可能であった」ことである。
  本件の「虚偽記載」16か所は、すべて被疑者◇◇において訂正を経た原記載である。小山好晴の職業についての虚偽記載を指摘されて直ちに再調査の結果、極めて容易に誤記であることの認識が可能であったことを意味している。すべてが、「わずかな注意を払いさえすれば容易に誤記であることの認識が可能であった」という意味で、注意義務違反の程度が著しいことが明らかである。
  以上のとおり、被疑者◇◇の行為は、指摘の16か所の記載すべてについて、政治資金規正法上の虚偽記載罪の構成要件に該当するものと思料される。
  なお、被疑者◇◇の犯罪成立は、虚偽記載と提出で完成し、その後の訂正が犯罪の成否に関わるものでないことは論ずるまでもない。
6 被疑者安倍晋三の罪責
政治資金規正法第25条第2項の政治団体の責任者の罪は、過失犯(重過失を要せず、軽過失で犯罪が成立する)であるところ、会計責任者の虚偽記載罪が成立した場合には、当然に過失の存在が推定されなければならない。資金管理団体を主宰する政治家が自らの政治資金の正確な収支報告書に責任をもつべきは当然だからである。
  被疑者安倍において、当該会計責任者の虚偽記載を防止できなかったことを首肯せしめる特別の事情がない限り、会計責任者の犯罪成立があれば直ちにその選任監督の刑事責任も生じるものと考えるべきである。
  とりわけ、被疑者安倍晋三は、被疑者◇◇が晋和会の2012(平成24)年分の政治資金収支報告書を提出した約半年前から内閣総理大臣として行政府のトップにあって、行政全般の法令遵守に責任をもつべき立場にある。自らが代表を務める資金管理団体の法令遵守についても厳格な態度を貫くべき責任を負わねばならない。
  なお、被疑者安倍晋三が本審査申立に対する決議の結果、起訴に至って有罪となり刑が確定した場合には、政治資金規正法第28条第1項によって、その裁判確定の日から5年間公職選挙法に規定する選挙権及び被選挙権を失う。その結果、被疑者安倍晋三は公職選挙法99条の規定に基づき、衆議院議員としての地位を失う。
  また、憲法第67条1項が「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」としているところから、衆議院議員としての地位の喪失は、仮にその時点まで被疑者が安倍晋三が内閣総理大臣の地位にあった場合には、その地位を失うことを意味している。
  そのような結果は、法が当然に想定するところである。いかなる立場の政治家であろうとも、厳正な法の執行を甘受せざるを得ない。本件審査申立における議決に、特別の政治的な配慮が絡むようなことがあってはならない。臆するところなく、厳正な議決を求める次第である。

第3 不起訴処分を不当とする理由
1 以上の次第で、被疑者◇◇についても、被疑者安倍についても、被疑事実の証明は添付の資料をもって十分である。
  しかるに、東京地検検事はこの両者を不起訴処分とした。しかも、口頭(電話)での説示によれば、被疑者安倍晋三については、「嫌疑なし」とのことである。到底納得し得ず、検察審査会の市民感覚に期待して、「起訴相当」あるいは「不起訴不当」の決議を求めるものである。
2 なお、被疑者安倍の罪責とされているものは、被疑者◇◇の選任監督における過失である。これを嫌疑なしとして免責するためには、◇◇の虚偽記載について嫌疑なしと結論づけることが、論理の必然として要求される。
  被疑者◇◇の嫌疑について、「なし」ではなく「不十分」であることは、嫌疑を払拭しえなかったということであり、その◇◇の選任監督の責任についても「なし」とすることは論理の破綻と指摘せざるを得ない。
3 本件は決して軽微な罪ではない
政治資金規正法は、政治資金の流れについて透明性を徹底することにより、政治資金の面からの国民の監視と批判を可能として、民主主義的政治過程の健全性を保持しようとするものである。
  法の趣旨・目的や理念から見て、政治資金収支報告書の記載は、国民が政治の動向を資金面から把握し監視や批判を行う上において、この上なく貴重な基礎資料である。したがって、その作成が正確になさるべきは、民主政治に死活的な重要事項といわざるを得ない。それ故に、法は刑罰の制裁をもって、虚偽記載を禁止しているのである。
  本件16か所の「虚偽記載」(故意または重過失による不実記載)は、法の理念や趣旨から到底看過し得ない。特に、現首相の政治団体の収支報告は、法に準拠して厳正になされねばならない。
  被疑者らの本件行為については、主権者の立場から「政治資金規正法上の手続を軽んじること甚だしい」と叱責せざるを得ない。
4 申立人らは、我が国の民主政治の充実とさらなる発展を望む理性ある主権者の声を代表して本件告発に及んだ。しかし、行政機関としての検察庁(検察官)は、この主権者の声を適正に受け止め得ず、不起訴処分とした。
  申立人らは、主権者を直接に代表する立場にある貴検察審査会の民主主義的良識に期待して、本申立に及ぶ。
以上
(2015年8月19日)

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