澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

哀しいかな、議席もカネで買える現実がある。河井案里を当選させた、巨額の「安倍マネー」。

「週刊文春」本日(1月23日)発売号の広告が目を惹く。《秘書4人派遣「安倍丸抱え」で公選法違反》 「河井夫妻『買収』原資は安倍マネー1億5千万円だった」「入出金記録LINE入手」「安倍 菅 全面支援で振り込まれた軍資金はライバルの10倍」と、この上なくセンセーショナルなもの。河井案里選挙違反問題の根の深さが見えてきた。「桜」だけではない。案里疑惑も安倍政権を直撃しそうな雲行きということだ。

文春も、河井夫妻の車上運動員への超過報酬支払いを『買収』と確認の上、その買収資金の出所が「安倍マネー」だとしている。もちろん、安倍晋三のポケットマネーではない。自民党のカネの配分ではある。しかし、その金額が半端ではない。1億5000万円だというのだ。「ライバル」とは、同じく自民党から定数2の広島県選挙区に出馬して落選した溝手顕正前議員のこと。河井克行は長く首相補佐官を務め,安倍側近と言われた人物。お友達への配分は、「ライバル」の10倍という手厚い配慮。いかにも、安倍晋三のやりそうなこと。こうなれば、誰が見ても案里選挙資金は「安倍マネー」というほかない。

文春がネットで配信している記事によれば、2019年4月15日から6月27日までの3か月間に、5回に分けて合計1億5000万円が河井夫妻がそれぞれ主宰する政党支部に送金されているという。19年参院選の公示日が7月4日、投票日は7月21日だった。その直前の巨額送金。誰が見ても案里選挙への「安倍マネー」の投入である。しかも、安倍の秘書4人を投入しての「安倍丸抱え」選挙なのだ。

1億5000万円がいかに巨額か。職選挙法(194条)は、「選挙運動に関する支出金額の制限額」を定める。極端にカネで選挙結果が左右されることのないよう、金権選挙に総枠の歯止めが掛けられているのだ。

この金額は、参院選広島県選挙区(定数2)の場合は、《選挙人名簿登録者数÷定数×13円、に2370万円を加えた金額》とされている。

選挙当日における広島県の有権者数は235万人だから、
235万人÷2×13円+2370万円≒3898万円である。4000万円に満たない。

1億5000万円の送金額は、それだけで「選挙運動に関する総支出金額制限額」の3.75倍となる。この時期のこの金額の送金は、違法な金権選挙断行の意思表示と見るほかはない。哀しいかな、議席もカネで買えるのだ。河井案里を当選させたのはこの「安倍マネー」だったのだ。

この「巨額安倍マネー」は、どう使われたのだろう。選挙運動費用収支報告書に真実が記載されているはずはない。検察には、捜査を徹底して明らかにする責務がある。

なお、一点だけ付言しておきたい。この「安倍丸抱え」選挙運動の中で、車上運動員に対する、上限超の報酬の支払いをごく形式的な選挙犯罪でしかないという見方についてである。

有権者にカネを渡す行為は、票を金で買うものとして「選挙人買収」となる。これは分かりやすい。だがそれだけではなく、選挙運動をする者にカネを渡す行為も、「選挙運動員買収」として処罰の対象となる。考えて見れば当たり前のことだ。本来、選挙運動とはボランティアのすることで、無償が大原則である。カネを持つ者が、カネの力で選挙運動員を集め金にものを言わせた選挙運動で集票することを認めてはならないのだ。

車上の拡声器を通じての投票依頼は典型的な選挙運動である。本来、これも無償でなくてはならない。ところが、保守陣営では理念で選挙運動を行う無償の運動員を確保することができない。もっぱら保守陣営の都合で公職選挙法が改正され、「公職選挙法第197条の2」という規定ができ、いわゆる「ウグイス嬢」に対して、一日1万5000円までの報酬支払いが許容された。

本来運動員買収行為の例外規定である。その違反には厳格に対処しなければならない。この限度を越える支払いは、運動員買収となる。もちろん、対抗犯として、金を支払う方にも支払いを受ける方にも犯罪が成立する。安倍丸抱え河井案里選挙には、厳正な捜査と処罰が必要である。

(2020年1月23日)

「桜疑惑」とは、まずは背任である。

通常国会は本日が3日目。野党の代表質問が始まった。立憲民主の枝野幸男代表の質問冒頭はやはり、桜疑惑だった。報道の見出しは、『野党いきなり“辞任要求” 「桜を見る会」「IR汚職」で追及』となっている。

「あなたが疑惑まみれのまま、そのまま地位に留まり続ければ、日本社会のモラル崩壊が続くばかりです。潔く総理の職を自ら辞すことを強く求めます」
まったくそのとおりだ。古来、右翼とは立ち居振る舞いの潔さを身上としたはずではなかったか。卑怯未練・ウソやゴマカシを嫌う美学を身につけていたはずなのだが、この安倍晋三の姿勢のみっともなさはどうしたものか。

この桜疑惑について、問題の違法性を調べようと、宮城県内の弁護士が17日までに「『桜を見る会』を追及する弁護士の会・宮城」を立ち上げたことが話題となっている。

中心人物は、小野寺義象弁護士。10人余の弁護士が、これから、「首相の政治資金収支報告書を精査したり国会議員と連携したりして、公選法違反や政治資金規正法違反などに当たるかどうかを調べる。刑事告発や民事訴訟を起こすことも検討する」という。同弁護士は、「法律家の目線で一つ一つの証拠を確かめる。運動が全国に広がってほしい」と語っているという。

その小野寺さんが、最新の自由法曹団通信(旬刊・1月21日号)に、「団の総力をあげて『桜を見る会』を追及しよう」と呼びかけている。これを紹介したい。

「『桜を見る会』問題には、次のような特質がある。
 第1に、安倍首相自身の問題(安倍後援会と内閣府・内閣官房)であるため、安倍首相は他に責任転嫁できない。
 第2に、単なる政治的道義的責任問題ではなく、公職選挙法・政治資金規正法違反等の刑事事件を含む違法行為が問題となっており、それが立件されると日本のトップが犯罪者になり、公職資格が剥奪される。
 第3に、問題発覚後の安倍政権の証拠隠滅・説明拒否の異常さである。この現象は安倍首相らが「桜を見る会」問題の恐ろしさを十分認識していることを意味している。
 第4に、問題が収束するどころか拡大し(消費者被害加害者・反社会的勢力の招待、「反社会的勢力」の定義、首相夫人枠、「60」番問題、公文書管理法違反等々)、様々な角度・分野からの追及ができる。
 第5に、「税金でタダで飲み食い」「5000円で高級ホテルで宴会」など庶民に分かりやすいテーマが問題になっている。そして、
 第6に、桜は「モリカケ」と異なり、今年も全国各地で咲き、国民は桜が味けば「桜を見る会」を思い出すので、事件が風化しにくい。

 このように「桜を見る会」は、安倍政権そのものを直撃する事件であり、それゆえ、相手方は「何としても安倍を守る」陣容で臨んでいる。その理由は、「安倍しか改憲ができない」からにほかならない。

そして小野寺さんは、「このような問題の特質を最大限生かして、以下のような取り組みが求められている」という。

 第1に、「桜を見る会」が刑事事件であり、安倍首相は犯罪者であることを国民に知らせる取組みをすること。
 第2に、国民の強い怒りに応える、国民参加型の取組みをすること。
 第3に、真相究明・責任追及運動を全国各地で拡大させ、安倍首相を包囲し孤立させる取組みをすること、
 第4に、抽象的な「政治の私物化・税金の私物化」批判だけにとどめず、違反している具体的な法規(◎法△条)を示し、攻撃のターゲットを絞り込んだ責任追及をすること。

まったく異存がない。安倍首相に対する背任告発も、同じ発想である。もうすぐ、日民協の「法と民主主義」1月号が発刊となる。その中に、2頁をいただいて私が、「なぜ、今、安倍首相告発罪名が背任なのか」を寄稿している。

告発状はやや長文だが、下記ブログに投稿している。
https://article9.jp/wordpress/?p=14139
併せて、下記にも目をお通しいただきたい。
https://article9.jp/wordpress/?p=14156

以下は、小野寺さんの問題意識に応える、「法民」寄稿の一部である。

「桜疑惑」には、様々な問題がある。そのうち、公職選挙法違反、政治資金規正法違反、公文書管理の不適切が主として論じられてきた。にもかかわらず、なぜ今、背任罪での告発なのか。飽くまで現時点での私見だが、整理をしておきたい。

国民の怒りの根源をとらえた告発
 森友事件・加計学園事件を曖昧にしたままの「桜疑惑」。広範な国民のこの疑惑に対する深い怒りの根源は、内閣総理大臣たる者の国政私物化にある。
 国政私物化とは、国民が信頼してこの人物に権力を負託し、国民全体の利益のために適切に行使してくれるものと信頼して権限を付与したにも拘わらず、その人物が国民からの信頼を裏切って私益のために権限を悪用したということである
 このことを、法的に表現すれば、内閣総理大臣たる者の国(ないし国民)に対する「信任義務違反」にほかならない。国民から負託された信頼を裏切る行為を本質とする犯罪が背任である以上、背任罪告発はことの本質を捉え、国民の怒りに形を与える刑事責任追及として最も適切と考えられる。
 にもかかわらず、これまで安倍晋三の背任を意識した議論が少ない。この告発によって、まずは大きく世論にインパクトを与え、世論を動かしたい。単に、「安倍首相は怪しからん」というだけの漠然とした世論を、「安倍首相は国民の信頼を裏切った」「これは背任罪に当たる」「背任罪で処罰すべきだ」という具体的な要求の形をもった世論を喚起したい。そうすることで、政権忖度で及び腰の検察にも本腰を入れさせることが可能となる。

◆ 安倍首相本人を直撃する告発
 公職選挙法違反・政治資金規正法違反・公用文書毀棄等々の告発の場合、主犯はそれぞれの事務の担当者とならざるを得ない。報告書の作成者、会計事務責任者、当該文書の作成者管理者等々。そこから、安倍晋三本人の罪責にまでたどり着くのは一苦労であり、さらに立証のための調査を重ねなければならない。
 しかし、背任罪なら、安倍首相本人の責任が明らかである。同人が「桜を見る会」の主催者であり、内閣府の長として予算執行の責任者でもある。そして、不適格者を大量に招待させたり、あるいは招待もないままに参加させた安倍晋三後援会の主宰者でもある。両者の立場を兼ねていればこそ、国民に対する信頼を裏切って行政を私物化し国費を私的な利益に流用することができたのだ。

◆ 政府側の弁明
 予算超過に関する内閣府大臣官房長の説明は、「最低限必要となる見込みの経費を前提に予算を計上し、結果的に支出額が予算額を上回った分については、『一般共通経費』で補填している」というものである。つまりは、予算の範囲で最低限必要なことはできるのだ。「桜を見る会開催要領」に従って、招待者1万人枠を遵守していれば、「一般共通経費」の「活用」は不要なのだ。国会が承認した予算を漫然と超過することは許されない。どのような事情で、何に、幾らかかったかの特定と、しかるべき理由とその証明がなければ、「一般共通経費」からの支出が許されようはずはない。
 以上のとおり、「桜疑惑」とは、まずは背任である。

(2020年1月22日)

覚えておこう、安倍晋三が語るべくして語らなかったこと。

昨日(1月20日)、第201回通常国会が開会した。さあ、いよいよウソとゴマカシの安倍政権に引導を渡して、改憲断念の駄目を押す機会だ。

それにしても、「無内容」、「薄っぺら」、「我田引水」、「つまみ食い」、「手前勝手」、「厚顔無恥」と悪評のみ高い施政方針演説だった。

印象に残るのは、随所にオリンピックへの言及が繰り返されたこと。安倍が引用する2020オリンピックなのだから、薄汚いに決まっている。ますます、東京オリンピック(安倍は、「日本オリンピック」と言った)の印象が悪くなる。嫌いになる。

そして最後に、何の論理の脈絡もなく、唐突に「憲法改正」が叫ばれる。この部分を官邸のホームページから引用しておこう。

七 おわりに
 「人類は四年ごとに夢をみる」
? 一九六四年の記録映画は、この言葉で締めくくられています。新しい時代をどのような時代としていくのか。その夢の実現は、今を生きる私たちの行動にかかっています。
? 社会保障をはじめ、国のかたちに関わる大改革を進めていく。令和の新しい時代が始まり、オリンピック・パラリンピックを控え、未来への躍動感にあふれた今こそ、実行の時です。先送りでは、次の世代への責任を果たすことはできません。
? 国のかたちを語るもの。それは憲法です。未来に向かってどのような国を目指すのか。その案を示すのは、私たち国会議員の責任ではないでしょうか。新たな時代を迎えた今こそ、未来を見つめ、歴史的な使命を果たすため、憲法審査会の場で、共に、その責任を果たしていこうではありませんか。
? 世界の真ん中で輝く日本、希望にあふれ誇りある日本を創り上げる。その大きな夢に向かって、この七年間、全力を尽くしてきました。夢を夢のままで終わらせてはならない。新しい時代の日本を創るため、今日、ここから、皆さん、共に、スタートを切ろうではありませんか。
? 御清聴ありがとうございました。

 何ともアホラシくも、出来の悪いシラけた演説。論理でも情念でも、聞く人に訴える内容をもっていない。オリンピックが改憲のダシに使われるのなら、人類は四年ごとに悪夢をみる」というしかない。その悪夢実現阻止の成否は、自立し自覚した主権者国民の行動にかかっている。安倍ごときの、浅薄きわまる煽動に乗せられてはならない。

言うまでもないことだが、憲法99条は、天皇と内閣総理大臣を筆頭とする公務員に憲法尊重擁護義務を課している。安倍晋三は、憲法を擁護しなければならない。彼は、施政方針演説において、主権者から命じられるとおり、憲法に準拠して、憲法を拳拳服膺する姿勢を見せなければならない。

にも拘わらず、令和の新しい時代が始まり、オリンピック・パラリンピックを控えた今こそ、改憲審議を実行すべき時」と敢えて言うのだ。憲法に対する理解を欠いた行政府の長、内閣総理大臣として不適格も甚だしい。

「令和」やオリパラについては、明るい話題として取りあげながら、彼は不都合なことは語らない。安倍に不都合なことは、憲法と民主主義に大切なことなのだ。語られるべくして語られぬことを、しっかりと確認しておかねばならない。

忘れちゃならない、もり・かけ・さくら、テストにカジノ。辺野古にイランと中東派兵。環境破壊と原発推進。大事な文書は隠匿・改竄・廃棄して、丁寧に丁寧に、何も説明しないこと。それに加えて菅原一秀・河井克行・河井案里のやったこと。
(2020年1月21日)

スラップの本質は、「社会の公器」を「強者の凶器」とすることにある。 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第170弾

DHCスラップ「反撃」訴訟控訴審第1回口頭弁論期日が1週間後に迫った。来週の月曜日・1月27日の午前11時開廷となる。法廷は、東京高等裁判所511号法廷(高裁庁舎5階)である。是非、多くの方に傍聴いただきたい。どなたでも、何の手続もなく傍聴できる。閉廷後のミニ集会にもご参加をお願いする。

この訴訟の、ことの中心は表現の自由という問題だが、政治とカネの問題とも関わり、消費者の利益侵害という問題でもある。

DHCというサプリメント製造の大手企業と、そのオーナー経営者である吉田嘉明が、私(澤藤)を被告として、6000万円の高額慰謝料請求訴訟を提起した。私のブログ記事がDHC・吉田嘉明の名誉を毀損するというのだ。これが典型的なスラップ訴訟である。DHC・吉田嘉明は、私のブログ記事の内容が面白くないのだ。「黙れ」という代わりに、裁判を起こしたのだ。

吉田嘉明にしてみれば勝訴の見込みの有無などどうでもよい。高額の賠償請求をすれば、被告にされた者は驚いて批判の言論を慎むことになるだろう。被告にされた本人だけではなく、被告にされなかった多くの人々が、「DHC・吉田嘉明を批判すると裁判までされて面倒なことになる」「DHC・吉田嘉明に対する批判は遠慮した方が賢明だ」と思うだろう。そこが狙いだ。自分に対する批判の言論の封殺、あるいは萎縮を狙っての民事訴訟の提起なのだ。

DHC・吉田嘉明は、スラップ訴訟の常習者として知られる。今回も、甘い気持で、スラップを掛けて来た。事件の発端は、吉田嘉明が週刊新潮に独白手記を掲載したことにある。この記事の内容が凄まじいものだった。厚労省の規制下にあるサプリメント製造の大手企業経営者が、規制緩和をスローガンとする政治家に、8億円もの選挙資金を用立てたというのだ。もちろん、裏金である。

カネを渡した方が吉田嘉明。受け取ったのが「みんなの党」(当時)の渡辺喜美である。政治を金で操ろうというこの汚いやり口を、私だけでなく、多くの言論が批判した。DHC・吉田嘉明はこのうち、10人を選んで、スラップを提起したのだ。もちろん、こうすれば、黙るだろうとの思惑あってのこと。

しかし、私はけっして黙ってはならないと決意した。むしろ、徹底してDHC・吉田嘉明の批判を続けようと覚悟を決めた。日本国憲法の表現の自由は、私の言論を保障している。その権利を行使しないでは、せっかくの表現の自由が錆び付いてしまうことになる。こうして始めた、DHC・吉田嘉明を批判するブログの「DHCスラップ訴訟を許さない」シリーズは、本日で第170弾となった。

そして、スラップ訴訟に被告として勝訴しただけでは足りない。DHC・吉田嘉明のスラップ訴訟提起を違法行為として、損害賠償を求める反撃訴訟を提起した。そして、一審では勝訴し、これを不服とするDHC・吉田嘉明の控訴を受けて、被控訴人として控訴審に臨もうというのが、今の段階である。

なお、私の吉田嘉明批判の言論の内容は、経済的強者がそのカネで政治を動かしてはならないと言うことにある。一人の富者がカネで政治を動かしてはならない、政治に絡むカネの動きには透明性を確保して、国民の批判に曝さなければならない。こういう理念にもとづく法が、政治資金規正法である。吉田嘉明の行為は、明らかにこれを僣脱している。改めて批判が必要なのだ。

また、吉田嘉明は、その手記の中で、無邪気に「厚労省の規制が厳しすぎる」と表白している。常識的に推論して、吉田嘉明の渡辺喜美への8億円の裏金提供は、DHCへの行政規制を嫌ってのものである。

言うまでもなく、薬品や食品に対する行政規制は、消費者の健康を擁護するためにある。私の言論は、消費者利益擁護のために有益なものなのだ。

この訴訟において私が勝つことは、言論の自由の勝利であり、民主主義の勝利であり、また消費者利益擁護の理念の勝利でもある。仮に、DHC・吉田嘉明が勝つようなことがあれば、敗北するのは、言論の自由であり、民主主義であり、また消費者の利益である。

スラップとはなんであるか。弁護団長の光前幸一弁護士が、いみじくもこう言っている。「『社会の公器』を『強者の凶器』とすることにほかならない」と。

民事訴訟は、本来『社会の公器』である。権利を侵害された者は、法や司法の助力を得て侵害された権利を回復することが可能となる。しかし、経済的な強者が私益のためにこの公器を凶器として濫用することがある。それがスラップである。

民事訴訟を『強者の凶器』とさせてはならない。今、控訴審を迎えているDHCスラップ「反撃」訴訟では、DHC・吉田嘉明の意図を挫いて、『強者の凶器』としての制度利用が許されないことを確認しなければならない。
(2020年1月20日)
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 DHC・吉田嘉明の控訴理由書に対する反論の書面を本日提出した。
 その中の一部だけを抜粋してご紹介したい。

本件ブログは人身攻撃ではない
(澤藤の)本件ブログは,控訴人吉田が公表した政治家への金8億円の密かな貸付行為について,「民主政治とお金」という視点から警鐘を鳴らす公共性の高いものであり,その批判は峻厳なものとならざるをえない。このテーマにおいて,生半可な批判は論評として価値を持たないし,さりとて,生硬な表現のみでは一般読者の関心や理解は得難い。
この観点から,本件ブログについて控訴人らが問題視する表現を見れば,いずれも,あくまでも控訴人吉田が公表した吉田自身の行為への徹底した批判にとどまるものであって,これを超えた人身攻撃ではない。
勿論,行為は人柄の表出という側面を否定できないから,当該行為の批判は行為者の人格評価の低下につながる可能性があることは避けがたい。しかし,上記最判や控訴人らが引用する東京地裁判決が言明するとおり,論評の本来的性格や役割を重視すれば,その表現が論評を超えた人身攻撃を意図していると評価されるのは,極めて例外的な場合に限られ,本件ブログの表現が,論評としての域を超えていないことは,上記各裁判例の判断を踏まえれば明らかなことであり,先例を検討すれば,容易に判断できたことである。

民事訴訟法208条の適用について
控訴人ら(DHC・吉田嘉明)は,吉田が原審裁判所の呼び出しに応じず,出頭しなかったものの,内海証人の証言及びその他の証拠によって,不当提訴でないことは明らかで,民訴208条(不出頭のペナルティとして、裁判所は尋問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができる)を適用することは相当でないという。
すなわち,控訴人らは,名誉毀損となる記述について訴訟提起することの判断は控訴人吉田によることを認めつつも,具体的に違法性のある記事をピックアップし,どの記事が違法となり,損害賠償請求額をいくらにするかの判断は証人らがしており,控訴人吉田はその過程に関与していないし,そのことについては,内海証人の法廷証言等で明らかとして,民事訴訟法208条の適用を否定する。
しかし,内海証人は,弁護士から確実に勝てるとの助言を受けたものを提訴対象としたと述べているが(内海証人尋問調書17頁),「確実に勝てる」とされた根拠について,「法的に名誉毀損の程度が著しいので。」と答えた以外の点については何ら言及しなかった(同17頁)。また,「法的な評価は弁護士のほうに任せて,我々は事実無根ここが違うというようなことの説明をいたしました。」とも述べているが(同19頁),「事実無根」以外の点について相談したという証言はなかった。さらに,内海証人は,控訴人吉田は弁護士との相談には参加していなかったとも証言しており(同12頁),控訴提起についても内海証人と弁護士が決めたことを控訴人吉田に「追認」してもらうだけで(同27?28頁),訴訟の遂行の経緯について「会長に聞いたところで本件訴訟の細かいことは全然わからない」という(同26頁)。
加えて,内海証人は,「吉田の視野は,凡人とは異なる高いところにあり,これまで同人の意見や指示が不合理であったことなど一度もなく,いつも日本国をよりよくしたいという大きな視点から,社会に問題提起しているのである。」(原審での控訴人らの準備書面3)との主張は会社の共通認識であり,控訴人吉田の言うことは絶対であるとも述べ(同25?26頁),控訴人吉田の権威が,いかに批判を許さない絶対的なものであるかを強く示唆した。
いずれにしても控訴人吉田は本件手記を自ら公表した者であり,本件手記に記載された事実の真偽について最もよく知っているはずの者である。
この絶対的存在である控訴人吉田を差し置いて,一社員である内海証人の上述のあいまい且つ不合理な証言などを信用することなどできないのであり,内海証人の証言などをもって訴訟提起に至る控訴人吉田の内心を立証できたとは到底言い得ない。

本件訴訟(原審)は,控訴人吉田の正当な理由なき不出頭により,証人内海のあいまい且つ不合理な証言だけを残して終了した。控訴人吉田の不出頭は,それ自体が被控訴人の主張を立証する重要な間接事実であるが,これに加えて,民事訴訟法208条の適用によっても,尋問事項に関する被控訴人の主張を真実と認めることができるものである。
すなわち,被控訴人は,控訴人らがその主張する権利等が根拠を欠くものであることを知りながら,言論封殺の不当な目的をもってあえて前件訴訟等を提訴し追行してきたものであると主張し,その具体的な意思決定過程において十分な検討がなされていないことを明らかにするために控訴人会社の代表者でもある控訴人吉田本人の尋問を請求し,裁判所はこれを採用した。しかるに、控訴人吉田は正当な理由なく出頭を拒否したのである。したがって,控訴人らが被控訴人の言論封殺のため十分な検討を行うことなくあえて前件訴訟等を行ったことは,民事訴訟法208条に基づき真実と認めることができるものである。

60年前の伊達判決に、独立した裁判官像の原型を見る。

60年前の今日、1960年1月19日に「新」日米安保条約が調印された。この条約批准に反対する国民的大運動が「安保闘争」である。高揚した国民運動に岸信介政権と自民党は議会の数の力で対抗した。

5月19日衆議院での会期延長強行採決が国民に大きな衝撃を与え、翌20日衆院での条約批准の単独採決が火に油を注いだ。対米従属拒否の安保闘争は、議会制民主主義擁護の運動ともなった。同年6月が、「安保の季節」となって、全国の津々浦々に「アンポ・ハンタイ」「キシヲ・タオセ」の声がこだました。参院での議決ないままの6月19日自然承認で新安保条約成立となったが、国民的なひろがりをもった大運動が遺したものは大きかった。私は、安保後の世代として学生生活を送り、学生運動や労働運動の熱冷めやらぬ70年代初頭に弁護士となった。

よく知られているとおり、60年安保闘争には、その前哨戦として砂川基地建設反対闘争があり、裁判闘争としての砂川刑特法刑事事件があった。59年12月の最高裁砂川大法廷判決が、安保条約を合憲として在日米軍駐留を認め、同時に司法のあり方についての基本枠組みを決めることにもなった。

砂川大法廷判決と、この判決を支えた司法の枠組みは、日本の対米従属という政治的な基本構造の憲法解釈と司法のありかたへの反映である。そのような事情から、政治的基本構造における「安保後60年」は、安保が憲法を凌駕する「二つの法体系」の60年でもあり、「日本型司法消極主義」の60年ともなった。

言うまでもなく、主権国家の憲法は、最高法規として一国の法体系の頂点に位置する。敗戦以来占領下にあった日本は、1952年4月28日の独立をもって主権を回復した。これに伴い、日本国憲法は、施行後5年を経て占領軍政の軛から脱して最高法規となった。しかし、日本国憲法の最高法規性は形だけのものに過ぎなかった。そのことを深く自覚させられたのが、砂川事件における最高裁大法廷判決であった。

「憲法 ― 法律 ― 命令 ― 具体的処分」という憲法を頂点とする法体系のヒエラルヒーに対峙して、「安保条約 ― 行政協定(現・地位協定) ― 特別法」という矛盾する別系統の安保法体系があって、この両者が激しく拮抗しており、事実上安保法体系は憲法体系を凌駕し、あるいは侵蝕していると認識せざるを得ない。これが、主唱者長谷川正安の名とともに知られた「二つの法体系論」である。

この二つの法体系論は、砂川基地反対闘争におけるデモ隊の米軍基地への立ち入りを、「刑事特別法」(「日米安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法」)違反として起訴したことによって、あぶり出された。

砂川闘争は北多摩郡砂川町(現・立川市)付近にあった在日米軍立川飛行場の拡張反対を巡っての平和運動である。闘争のバックボーンには、憲法9条の平和主義があった。再び、あの戦争の惨禍を繰り返してはならない。そのためには、軍事力の有効性も存在も否定しなくてはならない。日本国憲法が日本の戦力を保持しないとしながら、軍事超大国アメリカの軍隊の駐留を認めるはずはなく、その軍事基地の拡張などあってはならない。これが当時の国民的常識であったろう。

57年7月8日、東京調達局が基地拡張のための測量を強行した際に、基地拡張に反対するデモ隊の一部が、アメリカ軍基地の立ち入り禁止の境界柵を壊し、基地内に数メートル立ち入った。このことをとらえて、デモ隊のうちの7名が刑事特別法違反として起訴された。

こうなれば、当然に刑特法の有効性が争われることになる。行政協定(現・地位協定)と安保条約そのものの違憲性も問われることになる。それを承知での強気の起訴だった。徹底した平和主義を理念とし、戦力を持たないと宣言した9条をもつ日本に、安保条約に基づく米軍が存在している。誰の目にも、違憲の疑いあることは当然であった。

それでも検察は、安保合憲・米軍駐留合憲を当然の前提として、敢えて刑特法違反での強気の起訴をしたのだ。その法理論の主柱は、憲法9条2項が禁止する「陸海空軍その他の戦力」とは、日本政府に指揮権がある実力部隊に限られ、米駐留軍は含まない、とする解釈論だった。

この刑事被告事件には、対照的な2件の著名判決がある。東京地裁の伊達判決(59年3月30日)と、跳躍上告審における最高裁大法廷砂川判決(同年12月16日・裁判長田中耕太郎)とである。

一審東京地裁では、検察の強気は裏目に出た。主権国家における日本国憲法の最高法規性を当然の前提として、日本国憲法体系の論理を貫徹したのが、砂川事件一審伊達判決であった。59年3月30日、伊達裁判長は、起訴された被告人全員の無罪を宣告する。その理由の眼目である憲法解釈は以下のとおり、分かりやすいものである。
「わが国が外部からの武力攻撃に対する自衛に使用する目的で合衆国軍隊の駐留を許容していることは、指揮権の有無、合衆国軍隊の出動義務の有無に拘らず、日本国憲法第9条第2項前段によって禁止されている陸海空軍その他の戦力の保持に該当するものといわざるを得ず、結局わが国内に駐留する合衆国軍隊は憲法上その存在を許すべからざるものといわざるを得ない.」「合衆国軍隊の駐留が憲法に違反し許すべからざるものである以上、刑事特別法第2条の規定は、何人も適正な手続によらなければ刑罰を科せられないとする憲法第31条に違反し無効なものといわなければならない。」

これに対し、検察側は直ちに最高裁判所へ跳躍上告し、舞台は東京高裁の控訴審を抜きにして最高裁に移った。そうしたのは、日米両政府に、急ぐ理由があったからだ。60年初頭には、新安保条約の調印が予定されていた。安保条約を違憲とする伊達判決は、なんとしても59年の内に否定しておかねばならなかったのだ。こうして、最高裁大法廷は同年12月16日判決で、米軍駐留合憲論と、統治行為論を判示した上で、事件を東京地裁に差し戻す。

最高裁では破棄されたが、伊達判決こそは、政治支配からも立法権・行政権からも、そして最高裁の司法行政による支配からも独立した下級審裁判官による判決であった。

憲法76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定める。伊達判決を言い渡した3人の裁判官は、まさしく憲法のいう独立した裁判官であった。「法と良心」に従って忖度なしの判決を言い渡したのだ。このような硬骨な裁判官の存在は、政権にも最高裁上層部にも衝撃だった。望ましからざることこの上ない。

以後、最高裁は下級審裁判官の統制を課題として意識し、国民運動のスローガンは、「裁判官の独立を守れ」というものとなった。昨日のブログで取りあげた、伊方原発運転を差し止めた広島高裁の3裁判官も、60年前における伊達コートの後輩である。最高裁司法行政からの統制圧力と、国民運動による裁判官独立激励の狭間にあって、呻吟しつつ良心を擁護してきたのだ。

(2020年1月19日)

独立を貫いた裁判長の原発運転差し止め決定

昨日(1月17日)、広島高裁(森一岳裁判長)は、四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを認める決定を出した。これは、快挙である。3人の裁判官に、敬意を表したい。

事件は、山口県内の住民3人が求めた仮処分申し立てである。本案訴訟の判決言い渡しあるまでの仮の差し止めが認められた。申し立てたのは、伊方原発から50キロ圏内にある瀬戸内海の島の住民。山口地裁岩国支部が昨年3月、その申し立てを却下する決定を出したため、これを不服として広島高裁に即時抗告して、逆転の決定に至った。原発運転を差し止める高裁レベルでの司法判断は2件目だという。

抗告審で問題になったのは、国内最大規模の活断層「中央構造線断層帯」に関連する活断層が原発の沖合約600メートルにある可能性、約130キロ離れた阿蘇山(熊本県)の巨大噴火で火砕流が到達するリスク、あるいは事故が起きた際の島からのは避難の困難性などであったという。

報じられている決定の概要では、「活断層が原発の敷地に極めて近い可能性を否定し得ず地震動評価や調査が不十分」「阿蘇カルデラ噴火による影響についての想定は過小」「原子炉設置変更許可申請を問題ないとした原子力規制委員会の判断は誤りで不合理」と、踏み込んだ判断となっている。その判断の影響は大きい。

私が注目したのは、裁判長の定年の時期である。森一岳裁判長は、この決定の8日後今月25日に65歳の誕生日を迎えて定年退官する。決定を退官後の後任裁判長に先送りすることなく毅然とした判断を貫いたのだ。

あるいは、もう定年間際である。恐いものはないのだから、自分の思うところを貫こうと考えたのかも知れない。「鳥の将に死なんとする、その鳴くや哀し。人の将に死なんとする、その言ふや善し」というが、「裁判官の将に定年になろうとする。その判決や善し」なのだ。

憲法76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定める。ところが、独立した裁判官も、独立を貫いた裁判も、実は稀少なのだ。

歯に衣きせずに敢えて言えば、司法の本質は権力機構の一部である。この社会の体制から、あるいは社会の多数派が牛耳る立法権から、そして権力主体としての行政権から、司法は強い掣肘を受けている。それが現実である。

もちろん、法の論理としてはそうであってはならず、すべての裁判官が独立していなければならない。しかし、現実は甘くない。司法が他の権力からの掣肘を受けるだけでなく、個々の裁判官が最高裁当局から監視され締め付けを受けている。

原発の推進は国策である。行政のみならず、司法当局も、原発推進に逆行する判決を歓迎していないことは、誰の目にも明白である。最高裁当局の思惑を忖度して、それに逆らわない判決を書ける人を「賢い裁判官」という。賢いとは、上手に生きる処世の術に長けているということである。

最高裁当局の思惑を忖度せず、敢えてそれに逆らって「その良心に従ひ独立してその職権を行ふ」愚直な裁判官はどうなるか。当然のことながら、出世コースから外される。給料に差が付く。任地で差別される。若い裁判官との接触の機会を求めても裁判長になれない。影響の大きな重要裁判は担当させられない…。

森一岳裁判長がどうであったかは具体的には知らない。しかし、処世術に長けた「賢い裁判官」ではなかったようだ。そして、もう定年間際。恐いものなく、純粋に法と良心のみに従った決定を書いた。そうすれば、政府や財界にも、最高裁事務総局にもおもねりのない、原発運転差し止め決定となるのだ。

裁判官の独立は、真に貴重である。

(2020年1月18日)

あらめでたやな ― 吉田博徳さんの『日本と朝鮮の2000年』出版記念と白寿を祝う会

本日(1月17日)は、小平で「吉田博徳さんの出版記念と白寿を祝う会」に出席した。吉田さんは、1921年6月23日のお生まれ。今年(2010年)の誕生日で満99歳となる。少し早めだが、仲間が集まっての白寿を祝う会である。しかも、99歳にして単著の上梓である。重ねての目出度さ。

長寿と健康は、人皆が等しく望むところ。喜寿も米寿も目出度いが、親しい人の白寿のお祝いは、なかなかあるものではない。盛会の末席にあるだけで、慶賀のお裾分けという気分。

吉田さんは、1921年大分県で生まれ、6歳のとき一家で朝鮮(全羅北道金堤邑)に移住している。地元の金提尋常高等小学校を経て京城師範学校を卒業、1941年長安国民学校教師となった。世が世であれば教師だったはずが、翌年招集されて都城に入隊。次いで、ノモンハン事件直後の満州ハイラルに配属となる。そして1945年大分陸軍少年飛行兵学校で終戦を迎えた。

戦後福岡地方裁判所に就職し、労働運動に身を入れる。全司法労働組合中央執行委員として専従活動家となった。全司法労働組合中央本部書記長から,伝説の闘争を担った委員長となる。その後、日朝協会、原水禁、平和委員会で活躍。小平市長選挙にも立候補している。私とは、日民協でのお付き合い。

その多忙な活動の人生で、齢をとることを忘れてしまったのだろう。とても90代の人とは思えない。姿勢も、足取りも、発声もしっかりしたもの。お話しの論理に破綻がない。矍鑠という言葉はこの人にためにつくられたとさえ思わせる。高齢となってもこうでありたい、というお手本のような人。一部では「怪物」ともささやかれている。

今日の吉田さんは、挨拶に立って朝鮮語の歌を唱った。10歳の頃に朝鮮で覚えた、少年と少女の,春の喜びの歌だという。伸びやかで、実に楽しそうな唱いぶりだった。

その人が、昨年、地元小平で2回の連続講座「日本と朝鮮の2000年」を実施し、この連続講座の原稿を出版した。吉田さんは、「われわれは日本史の中で、近現代史をキチンと学んでいない」「日本の学校教育は、日本が朝鮮に何をしてきたかを教えていない」「日朝関係の歴史は、近現代だけでなく、古代からの通史として学び直す必要がある」という。その言を実践したのが、本日(2010年1月17日)発行の「日本と朝鮮の2000年ー日本と朝鮮の歴史を正しく知ろう」である。中学生にも分かるように、との注文で執筆されたという。著者の息遣いが、聞こえてくるような書となっている。

発行は,小平の「学びあい支えあう会」。本文300頁で、頒価は1300円だが、郵送料込みだと1500円となる。
以下、この書物の広告から引用する。

…日本と朝鮮の歴史は学校教育のなかで正しく教えられていません。
…朝鮮は日本に最も近い国ですし、最も長い交流の歴史をもっている外国なのですから、日本と朝鮮の歴史を知ることは、日本人と朝鮮人との真の友好関係を築き、北東アジアの平和と安定のために不可欠なことです。

 少年期、青年期を現地で学び教師として働いた経験を持つ白寿の著者が、労働運動、市民住民運動、平和運動を通じて得た、日朝の真の友好とは何かを提示する。中学生にもよくもわかる「講演」の記録。

申込先 「学びあい支えあう会」
奥 泉 二士夫 090-3806-8440
穂 積 健 児 090-3572-8445
川 村 征 治 090-8589-2660
小 嶋 弘 遵 090-3045-3735

吉田さん、次は何歳のお祝いをしましょうか。

(2020年1月17日)

なぜ、今、安倍晋三告発罪名が背任なのか。

一昨日(1月14日)、学者グループ13名が、代理人弁護士51名を立てて、安倍晋三を東京地検特捜部に告発した。告発罪名は背任罪(刑法247条)。私も告発代理人の一人として,地検に赴き告発状を提出した。
告発状全文は、下記URLを開いてご覧いただきたい。
https://article9.jp/wordpress/?p=14139

昨日(1月15日)、国会で桜疑惑追及の中心メンバーの一人、宮本徹議員から私の事務所に電話での問合せがあって、澤藤大河弁護士が応接した。

問合せの趣旨は、告発罪名が公職選挙法違反や政治資金規正法違反ではなく、なぜ背任だったのか、ということ。さらには、「法律家グループは、公職選挙法違反や政治資金規正法違反では告発は困難と考えているのか」と疑念あってのことのようだ。なるほど、これまでメディアで発信された見解からは、そのような誤解もありえようか。

改めて、なぜ今桜疑惑で背任告発か。飽くまで現時点での私見だが、整理をしておきたい。

1 ことの本質は、安倍晋三の国民に対する裏切りにある。この国民からの信頼を裏切る行為を法的に表現すれば、背任にほかならない。桜疑惑を犯罪として捉えようとすれば、内閣総理大臣が国民から付託された任務に違背する行為として、背任罪が最も適切なのだ。
森友事件・加計学園事件に続く桜疑惑である。なぜ、国民がこれほどに怒っているのか。それは、内閣総理大臣たる者の国政私物化である。国政私物化とは、国民が信頼してこの人物に権力を預け、国民全体の利益のために適切に行使してくれるものと信頼して権限を与えたにも拘わらず、その人物が国民からの信頼を裏切って私益のために権限を悪用したということである。この国民から付託された信頼を裏切る行為を本質とする犯罪が、背任罪である。背任罪告発は、ことの本質を捉え、国民の怒りの根源を問う告発であると考えられる。

2 にもかかわらず、これまで安倍晋三の背任を意識した議論が少ない。この告発によって、まずは大きく世論にインパクトを与え、世論を動かしたい。単に、「安倍晋三は怪しからん」というだけの漠然とした世論を、「安倍晋三は国民の信頼を裏切った」「これは背任罪に当たる」「背任罪で処罰すべきだ」という具体的な要求の形をもった世論とすることで、政権忖度で及び腰の検察にも本腰を入れさせることが可能となる。検察審査会の議決の勝負になったときには、この世論のありかたが決定的にものをいうことになる。

3 国民の怒りは、国政私物化の安倍晋三に向いている。安倍本人を直撃する告発が本筋であろう。
公職選挙法違反・政治資金規正法違反・公用文書毀棄等々の告発の場合、主犯はそれぞれの事務の担当者とならざるを得ない。報告書の作成者、会計事務責任者、当該文書の作成者等々。そこから、安倍晋三本人の罪責にまで行き着くのが一苦労であり、さらに調査を重ねなければならない。
しかし、背任罪なら、安倍晋三の責任が明らかというべきなのだ。何しろ、「桜を見る会」の主催者であり、内閣府の長として予算執行の責任者でもある。そして、何の功績もなく大量に招待させたり、あるいは招待もなく会に参加させた安倍晋三後援会の主宰者でもあるのだ。両者の立場を兼ねていればこそ、国民に対する信頼を裏切って行政を私物化し国費を私的な利益に流用することができたのだ。

4 しかも、安倍晋三に対する背任告発は、報道された事実だけで完結している。基本的に告発状に記載したもの以上の未解明の事実が必要というわけではない。このことは、野党の責任追及に支障となることがないことを意味している。国会で、安倍晋三やその取り巻きに、「告発されていますから、そのことのお答えは差し控えさせていただきます」という答弁拒否の口実を与えることはありえない。

5 背任罪は、身分犯であり、目的犯であり、財産犯でもある。信任関係違背だけでは犯罪成立とはならない。身分と目的を充足していることには、ほぼ問題がない。
財産犯であるから、被告発人安倍が国に幾らの損害を与えているかが問題となる。これを予算超過額とした。合計、1億5200万円である。
厳密には、招待すべからざる参加者に対する飲食費の特定が必要なのかも知れない。しかし、それは告発者に不可能を強いることになる。参加者名簿を破棄しておいて、資料の不存在を奇貨とする言い逃れは許されない。

このことに関して、昨年(2019年)5月13日の衆議院決算行政監視委員会議事録に、次のような、宮本徹議員の質問と、政府参考人(内閣府大臣官房長)の回答がある。

宮本委員 予算を積んでいる額は、今のお話では、二〇一三年は一千七百十八万円、二〇一四年以降ことしまで一千七百六十六万円。支出を聞いたら、三千万円、それから三千八百万、四千六百万、四千七百万、五千二百万と。ことしはもっとふえていると思います。
? 予算よりも支出が多いじゃないですか。これはどこからお金が出てきているんですか。

井野靖久政府参考人(内閣府大臣官房長) お答えいたします。
? 桜を見る会につきましては、準備、設営に最低限必要となる経費を前提に予算を計上しているところでございます。
? 他方、実際の開催に当たりましては、その時々の情勢を踏まえまして必要な支出を行っておりまして、例えば、金属探知機の設置等のテロ対策強化でありますとか、参加者数に応じた飲食物提供業務経費などがございまして、結果的に予算額を上回る経費がかかっております。
? このように、支出額が予算額を上回った分につきましては、内閣府本府の一般共通経費を活用することにより経費を確保しているところでございます。

宮本委員 情勢によってとかいって招待客をどんどんどんどんふやして、予算にもないようなお金をどこかから流用して使っているという話じゃないですか。とんでもない話じゃないですか。しかも、招待客の基準が全く不透明なんですよね。
? 安倍政権を応援している「虎ノ門ニュース」というネット番組があるそうです。レギュラー出演している方がブログに書いておりますが、いつも招待をもらっていたが、ことしは例年と異なり、ネット番組「虎ノ門ニュース」の出演者全員でというお招きだったので、虎ノ門ファミリーの皆さんとともに参加しましたと書いてあります。
? こうやって政権に近い人をどんどんどんどん呼んで参加人数が膨らんで、予算にもないような支出がどんどんどんどんふえているという話じゃないですか。
? こういう支出のふやし方というのは、官房長官、国民の理解は決して得られないんじゃないですか。

菅国務大臣 桜を見る会については、準備、設営に最低限必要と考えられる経費を前提に予算を計上しているところであり、来年度以降についても、これまでの計算上の考え方、実際の支出状況などを踏まえつつ対応していくことになるだろうというふうに思います。
? また、この桜を見る会は、昭和二十七年以来、内閣総理大臣が各界において功績、功労のあった方々を招き、日ごろの御苦労を慰労するとともに、親しく懇談される内閣の公的行事として開催をしているものであり、必要な経費については予算から先ほど言われましたように支出しているということであります。

宮本委員 功労、功績といいますけれども、「虎ノ門ニュース」の皆さんがどういう功績があったのかわからないですけれども、安倍内閣になってから、それまで一万人前後であったのが一万八千二百人にふえているわけですよ、参加者が。
? 功労を上げた人が急にふえた、政府の基準からいって、そういうことですか。

○海江田委員長 答弁は。(宮本委員「官房長官です」と呼ぶ)
菅官房長官、指名していますから。もう時間がありません。時間が過ぎておりますので、手短に。

○菅国務大臣 いずれにしても、各府省からの意見を踏まえて、幅広く招待をさせていただいているということであります。

○海江田委員長 もう時間が過ぎていますから、手短に。

宮本委員 こういうやり方は、国民の納得は絶対に得られないですよ。

つまり、最低限必要となる見込みの経費を前提に予算を計上し、支出額が予算額を上回った分については、「一般共通経費」で補填しているという。問題は明らかだ。予算で最低限必要なことはできるのだ。「桜を見る会開催要領」に従って、招待者1万人枠を遵守していれば、「一般共通経費」の「活用」は不要なのだ。最初から「一般共通経費」の「活用」を前提として予算を組むことなどありえないのだから。

国会が承認した予算を漫然と超過することは許されない。どのような事情で、何に、幾らかかったかの特定と、根拠となる証票がなければ、「一般共通経費」からの支出が許されるはずはない。

被告発人安倍晋三が遵守しなけばならないのは、「桜を見る会開催要領」と予算である。日本とは、内閣総理大臣自らが法を守る姿勢をもたない情けない国なのだ。まずはこの人物の背任罪の責任を徹底して追及しよう。

(2020年1月16日)

DHCスラップ「反撃」訴訟・附帯控訴状 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第169弾

DHCスラップ「反撃」訴訟控訴審第1回口頭弁論は、1月27日(月)午前11時? 511号法廷でおこなわれる。ことは、表現の自由にも、政治とカネの問題にも、消費者の利益にも関わる。是非、多くの方に傍聴いただきたい。

昨年(2019年)10月4日、東京地裁民事第1部で一審の勝訴判決を得た。この判決は、DHC・吉田嘉明が私(澤藤)を訴えたスラップは違法であると明確に断じた。だから、認容の金額(110万円)にかかわらず、勝利感の強い判決で、当方から積極的に控訴する気持にはならなかった。

ところが、被告側DHC・吉田嘉明が控訴し、私は被控訴人となった。控訴審に付き合いを余儀なくされる立場に立つと、660万円の請求に対する110万円の認容額の少なさに不満が募る。そこで、昨日(1月14日)、弁護団の議を経て、弁護団長の光前さんから附帯控訴状を提出してもらった。その抜粋を掲載する。

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附 帯 控 訴 状(抜粋)

2020年(令和2年)1月14日

東京高等裁判所第5民事部 御中

附帯控訴人(被控訴人、第1審原告) 澤 藤 統一郎
附帯被控訴人訴訟代理人弁護士    光 前 幸 一 外

附帯被控訴人(控訴人、第1審被告) 吉 田 嘉 明
附帯被控訴人(控訴人、第1審被告) 株式会社ディーエイチシー
代表者代表取締役          吉 田 嘉 明

損害賠償請求附帯控訴事件
訴訟物の価額    550万円
貼用印紙額   4万8000円

被控訴人(附帯控訴人)は、上記当事者間の東京高等裁判所令和1年(ネ)第4710号損害賠償請求控訴事件に附帯して、同控訴事件の第1審である東京地方裁判所平成29年(ワ)第38149号損害賠償請求反訴事件について2019年(令和1年)10月4日に言い渡された判決に対して控訴を提起する。

第1 附帯控訴の趣旨
1 原判決中附帯控訴人敗訴部分を取り消す。
2 附帯被控訴人らは、附帯控訴人に対し、連帯して660万円及びこれに対する2014年(平成26年)8月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第1、2審とも附帯被控訴人らの負担とする。
4 仮執行宣言

第2 附帯控訴の理由
1 原判決に対する附帯控訴人の不服
(1) 原判決は、附帯被控訴人両名による前件訴訟等(東京地方裁判所平成26年(ワ)第9408号事件、およびその控訴事件ならびに上告受理申立事件)の提起を附帯控訴人に対する違法な行為と認め、不法行為の成立を認定した。
従って原判決は、本来当該違法行為から生じた被害者(附帯控訴人)の全損害の賠償を加害者(附帯被控訴人)に命じなければならないところ、そうなっていない。財産的損害をまったく認めなかった点において、そのような体裁さえとっていないものと指摘せざるを得ない。
(2) 差額説に立つ限り、不法行為に因果関係を有する積極消極の全損害の金銭賠償によって、不法行為被害者の経済状態が不法行為以前に回復されなければならない。しかし、原判決は、その視点を欠き、附帯被控訴人(原審被告)の有責を認めながら、被害者(附帯控訴人)が打撃を受けた経済状態を回復しようとの観念がない。
原判決には、誠実に被害者の財産的・精神的損害の内容や深刻さに思いを致すところはなく、損害を金額に見積もる際の慎重さも欠いて、名目的あるいは象徴的な損害賠償額を命じる判決をもって足りるとしている。この原審裁判所の姿勢は、その点において明らかに誤っており、原判決の損害に関する判断は是正されなければならない。
(3) さらに、不法行為損害賠償制度の理念には、同種違法行為の再発予防の効果と機能を期待する側面がある。同種の違法行為の再発を予防するためには、相応の金額の賠償を命じる判決が必要である。
附帯被控訴人吉田嘉明は自らの経済力を誇示する人物であって、いわゆるスラップ訴訟の常習者でもある。経済力とスラップ訴訟常習とは無関係ではない。通常の金銭感覚をもつ者にとっては、弁護士費用や民事訴訟費用法に定められた手数料(以下、「貼用印紙」)などの費用負担が障壁となって、勝訴の見込みが薄い提訴には軽々に踏み切ることができない。経済的強者であって、かつ勝訴を目的とせず被告となる者に多大な負担を与える目的をもつ者のみが、いたずらに高額請求の提訴に及ぶことになる。これがスラップ訴訟であり、前件訴訟はまさしくその典型にほかならない。
前件訴訟の訴額は金銭請求部分だけで6000万円であった。その標準的な弁護士費用は、現在なお弁護士界で標準的な規準とされている「(旧)日弁連報酬等基準」によって算定されるべきであり、附帯被控訴人もこの規準に従って弁護士費用を負担したものと推認することに合理性がある。
附帯被控訴人らは、勝訴の見込みのない事件の提訴を訴訟代理人弁護士に依頼したのであるから、弁護士費用としては着手金の支払いだけが負担になるところ、同基準によれば、各審級ごとに必要な着手金額は、249万円である。結局、その3倍である747万円が前件訴訟において附帯被控訴人らが負担した弁護士費用である。確実な反証のない限り、そのように推認すべきである。
また、前件訴訟の訴状に貼付すべき印紙額は、6000万円の損害賠償請求部分に限っても20万円を要し、控訴状には30万円、上告受理申立書には40万円が必要となる。附帯被控訴人らは、少なくとも合計90万円の印紙貼付費用を負担した。
以上のとおり、弁護士費用と貼用印紙とを併せて計837万円となる。附帯被控訴人らはこの支出を負担と感じることなく、勝訴の見込みのない前件訴訟の提訴に及んだものである。
原判決が請求を認容した110万円は、この附帯被控訴人らの実費負担金額に比してまことに過小というほかはない。837万円の費用負担に110万を上乗せしても947万円である。見方によっては947万円の出捐を覚悟しさえすれば、同様のスラップ訴訟の提起を繰り返すことが可能ということなのである。同種事件を10件も提起した附帯被控訴人らにとって、自分を批判する言論を封じるための費用として、さしたる負担ではない。結局、附帯被控訴人らには、この程度の認容金額では到底同種違法行為再発の予防効果を期待することができないことになる。
この点からも、原判決の損害賠償認容額はまことに不十分で、再考を要するものと言わねばならない。

2 原審における損害額の主張(略)
(4) 以上の損害合計金額の内金として、660万円の賠償を請求する。

3 損害額についての原判決の認定
以上の請求に関する原判決の判断は以下のとおりである。
(1) 原告は、前件訴訟に係る弁護士費用500万円を損害として主張する。
しかしながら、原告は、前件訴訟及び本件訴訟を通じて、訴訟追行に関して原告自身が出捐した費用の総額が200万円である旨を供述している(原告本人14頁、15頁)。
当該供述を前提とすると、上記出捐に係る費用には、前件訴訟に係る弁護士費用以外の費用が相当程度含まれるものと推認するほかなく,一方で,原告は、前件訴訟に係る弁護士費用のうち、自らが出損した部分について、他の客観的証拠を提出していない。
以上によれば、前件訴訟の弁護士費用に係る損害の発生を認めるに足りる証拠はないものというほかない。
(2) また、被告らによる前件訴訟の提起等については、原告において、応訴の負担等があったものと認められる反面、以上述べたところに照らせば、敗訴の可能性(多額の損害賠償債務の負担)の観点から、原告の精神的な損害を過大に評価することは困難である。その他、本件に現れた一切の事情を総合すると、原告の精神的損害に対する慰謝料として100万円を認めるのが相当である。
そして、原告が本件を提起せざるを得なかったことについての弁護士費用としては、上記損害額合計100万円の1割に相当する10万円を認めるのが相当である。

4 前件訴訟による財産的損害を認めない原判決の誤り
(1) 以上のとおり、附帯控訴人が主張する損害費目と損害額は次のとおりである。
?前件訴訟応訴のための財産的損害(弁護士費用)少なくとも500万円
?前件訴訟提起による精神的損害(慰謝料) ???  少なくとも500万円
?本件訴訟提起のための弁護士費用            100万円
?損害合計1100万円の内金660万円の請求
これに対する、原判決の認定は、以下のとおりとなっている。
?前件訴訟応訴のための財産的損害(弁護士費用)   ゼロ
?前件訴訟提起による精神的損害(慰謝料)???   100万円
?本件訴訟提起のための弁護士費用        10万円
?合計認容額                 110万円
(2) 以上の3費目の内、前件訴訟提起等による財産的損害(応訴費用)をまったく認めなかった原判決の判断が際だって不当というべきである。
弁護士を依頼して民事訴訟を追行する場合、その費用負担がゼロであることはあり得ない。しかも、原判決は「原告は、前件訴訟及び本件訴訟を通じて、訴訟追行に関して原告自身が出捐した費用の総額が200万円である旨を供述している(原告本人14頁、15頁)。」ことまでは認定している。にもかかわらず、前件訴訟に関しての訴訟追行のための弁護士費用出捐についての特定に欠けるとして、この費目での損害をまったく認めなかった。これは、極めて偏頗な認定というしかない。原告(附帯控訴人)自身が出捐した費用の全額が、違法な被告(附帯被控訴人)らの前件訴訟提起がなければ出捐の必要のない、相当因果関係を有する出捐であることが明らかだからである。
仮に原審裁判所が当該費目の損害額の認定のためには、出捐実額の主張と立証が必要だと考えたとすれば、その旨の釈明を求めるべきであった。あるいは、民事訴訟法248条の活用によって、相当な金額を認定すべきでもあった。このような手続のないまま、不意打ちでのゼロ認定は、民事訴訟におけるあるべき裁判所の姿勢ではない。
(3) 原審での原告(附帯控訴人)の応訴費用の損害額についての主張は、出捐の実額ではなく「通常生ずべき相当額」をもって認定すべきであり、その相当額の認定は「旧弁護士会報酬規程」における「弁護士報酬標準額」によるべきであるとの主張であった。附帯控訴人は、当審においてなお、主位的にはこの主張を維持するものである。
不法行為による損害の有無や金額の認定には、個別性の高いものとして、実損害額の証明を必要とする範疇のものと、損害実額の証明には馴染まず、規範的な相当額を認定すべき範疇のものとがある。
民事訴訟の被告とされた者が訴訟追行のために弁護士を依頼することはごく自然なことであり、その依頼には費用の負担が伴うことも自明である。必然的に生じるこの負担を損害として把握するに際しては、その額は実出捐額ではなく、規範的な相当額として認定すべきものである。
仮に、弁護士費用としての出捐実額が相当額を超えたとしても、その超過分は相当因果関係ある損害とは見なしがたい。また、仮に、実出捐額が相当額に満たないとしても、その偶然的事情を不法行為者の利益とすることは許されない。
また、不法行為制度における違法行為抑止の効果を期待する側面からも、被害者の出捐実額によらない「通常生ずべき相当額」を損害として認定することが求められる。そのことが、いたずらに高額な請求におよぶ不当訴訟の横行を抑止することになるからである。
(4) 原判決も、本件訴訟提起の弁護士費用については10万円を認めているが、これに関して出捐実額の証明を求めてはいない。個別の具体的証明ないまま、「相当の」損害額を10万円として、同額の賠償請求を認容している。
これは、不法行為被害者が、訴訟追行を余儀なくされたことに付随する財産的損害である訴訟追行費用を、出捐の実額を損害とするものではなく、規範的に定まる「通常生ずべき相当額」を損害と把握していることを示している。
本件訴訟の訴訟追行費用をこのように認めながら、前件訴訟の訴訟追行費用をまったく認めなかった原判決の判断には、明らかな矛盾がある。
(5) 前件訴訟における附帯被控訴人ら(前件訴訟・原告ら)の一連の違法行為は、提訴だけでなく、請求の拡張であり、控訴であり、上告受理申立でもある。本来訴訟委任契約は各審級ごとになされ、弁護士費用の負担も各審級ごとになされる。応訴費用の「相当額」は、各審級ごとの着手金と事件終了後の成功報酬となる。附帯控訴人は、依頼した弁護士の努力によって勝訴を得たのであるから、当然に標準的な各審級ごとの着手金と成功報酬を支払わねばならないことになる。旧弁護士会報酬規程から、その標準額を算出すると、
着手金は、249万円×3=747万円
成功報酬は、6000×0.06+138万円=498万円
総計では、1245万円となる。
この訴額を設定したのは、附帯被控訴人ら自身である。それに相応する負担を甘受すべきである。そのようにして始めて、違法行為を抑止し、再発防止を期待することが可能となる。
(6) これまで、違法な提訴による損害賠償を認容した判決例において、応訴費用(弁護士費用)を損害と認定することについて論じたものは極めて少ない。
しかし、最近いわゆるスラップ訴訟が横行する状況下に、応訴費用を違法な提訴の損害として認定する判決が現れている。
その典型判決が、判例時報2354・60に紹介されている、2017年(平成29年)7月19日東京地方裁判所民事第41部判決(平成28年(ワ)第29284号損害賠償請求事件)である。
同誌は、同判決の「判示事項」として、「NHKの受託会社の従業員が放送受信契約締結勧奨のために訪問したことが不法行為に当たるとして提起された別件訴訟につき、権利が事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら、業務を妨害する目的であえて提訴したもので、裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠く不当訴訟であるとして、別件訴訟の原告と提訴を促し訴状の作成に関与した者との共同不法行為責任を認めた事例」と紹介しているが、より注目すべきはその損害の認定である。
同事件においては、原告の請求が「別件訴訟」の応訴費用についてだけのものであり、判決は訴訟追行に必要な弁護士費用として原告(別件訴訟被告)が支払った54万円の全額を、「相当」と認めた。
このNHKを被告とする「別件訴訟」は、訴額10万円に過ぎない。しかも、本人訴訟である。松戸簡裁に提起されて、千葉地裁松戸支部に移送されたのが2015年(平成27年)10月8日。その後NHKが弁護士費用を支払い、翌16年(平成28年)2月19日には判決に至っている。考えうる限り迅速に審理が終了して判決に至った簡易な事案であって、この判決は控訴なく確定している。
引用の東京地裁民事41部判決は、訴額10万円の損害賠償請求事件における被告NHK側の応訴費用である弁護士費用54万円全額を損害として認定し、その賠償を命じた。
これに比して、本件附帯被控訴人DHCと吉田嘉明が提起した、本件における前件訴訟は訴額6000万円の損害賠償請求事件である。しかも原告側は本人訴訟ではなく訴訟代理人が付いている。さらに、一審だけでなく、控訴審も上告受理申立審まである。それでいて、応訴に不可欠な弁護士費用の負担を損害額としてまったく認めず、その部分の認容額がゼロだという。この極端な不権衡は明らかに不当というほかはない。
(7) なお、同判決の損害額に関する下記の判示が注目される。この考え方は、本件においても、十分に斟酌されるべきである。
「被告らは、訴額が10万円にすぎない別件訴訟の弁護士費用として54万円もの費用をかける必要はなく、因果関係がない旨主張する。しかしながら、応訴の費用として通常生ずべき金額は、弁護士に対する委任の有無、当該訴訟における訴額及び当該訴訟の有する社会的影響力等の諸要素を考慮して判断すべきものであるところ、受信契約締結の勧奨が不法行為に該当するとして、原告に対する損害賠償請求訴訟が相当数提起されており、その勝敗が、係属中の他の訴訟や今後同種の訴訟が提起される可能性に影響を及ぼし得るものであること等を踏まえれば、前記認定金額が不相当であるとか相当因果関係がないということはできず、被告らの主張は採用することができない。」
以上のとおり、同判決も、応訴費用の損害額を「応訴の費用として通常生ずべき金額」としている。また、その通常生ずべき金額の多寡を決するには、「当該訴訟における訴額及び当該訴訟の有する社会的影響力等の諸要素を考慮して判断すべきもの」「原告に対する損害賠償請求訴訟が相当数提起されており、その勝敗が、係属中の他の訴訟や今後同種の訴訟が提起される可能性に影響を及ぼし得るものであること等を踏まえ」るとしていることが、重要である。本件においても、前件訴訟の勝敗がスラップ訴訟提起常習者としての附帯被控訴人らが今後同種訴訟を繰り返し提起する可能性に影響を及ぼし得るものであるからである。
(8) 附帯控訴人は、違法な前件訴訟を提起されたために220万円の出捐を余儀なくされた。
なお、原審での本人尋問では附帯控訴人は自らの出捐額を200万円と述べているが、これは正確な金額ではない。同人は確実な記憶だけを控えめに述べたもので、その後確認したところでは、合計出捐額は220万円である。具体的には後述する。
これに対して、原判決が経済的損害として認めたものは、わずかに10万円に過ぎない。2件の民事訴訟の追行を弁護士に依頼し、しかも、いずれも上訴の審級を重ねるに至っている。その弁護士費用が10万円で済むはずはない。
違法な行為あれば、それに起因する損害を賠償せしめるということが法の正義である。原判決がその正義を実現をしていないことがあまりに明かというべきである。
前述のとおり、そもそも前件訴訟で成算もないままに6000万円という高額な訴額を設定したのは、違法な訴訟を提起した両名の反訴被告(附帯被控訴人)自身である。裁判所が、この不当訴訟の高額請求についての応訴費用負担の重大性を看過して、これに対する標準的な弁護士費用の損害賠償を認めないのでは、違法なスラップ訴訟の横行を黙認するばかりか、スラップ訴訟提起を奨励するに等しい。経済的強者である反訴被告(附帯被控訴人)らは自由に不当訴訟を提起することができる一方、訴訟提起を受けた者は応訴費用の負担をまかなうことができなくなるからである。このことは、表現の自由が逼塞した恐るべき社会を招来するすることに繋がる。
以上のとおり、附帯控訴人の前件訴訟における弁護士費用負担の損害は、出捐実額ではなく、標準的な弁護士費用である(旧)日弁連報酬等基準によって算定されるべきであり、その額は少なくとも500万円を下らない。

5 前件訴訟における精神的損害
(1) (略)
(2) なお、原判決は「敗訴の可能性(多額の損害賠償債務の負担)の観点から、原告の精神的な損害を過大に評価することは困難である。」と説示する。
つまりは、一見して請求認容となり得ない訴訟なのだから、こんな提訴の被告とされたところで痛痒を感じるところはなく、精神的被害が大きいとは言えない、との趣意だが、それは一面的な見方に過ぎない。
敗訴の可能性が小だということは、提訴の違法性がより大であることを意味する。一方敗訴の可能性が大だということは違法性の程度が小ということを示している。とすれば、原判決は、違法性が大なる場合には慰謝料額を低額とし、違法性が小なる場合には慰謝料額が高額になるという奇妙な相関を認めていることになる。通常の法感覚も、訴訟実務もその逆である。違法性の高い行為による被害には、高額の慰謝料をもって、精神的損害の慰藉が行われなければならない。
また、現実には、不当訴訟の被害者は、当該不当訴訟における敗訴可能性の有無・濃淡にかかわらず、応訴のためには全力を尽くさざるを得ず、その割くべき時間や労力にさしたる差異はない。荒唐無稽な不当提訴であればあるほど煩わしさや腹立たしさは募るものでもあって、精神的な被害は大きいというべきである。

6 本件訴訟追行費用について
(1) 原判決は、慰謝料として認容した損害額100万円の10%を本件訴訟追行費用とみとめた。当然に十分な金額ではない。10万円の弁護士費用で、訴訟追行が可能であるはずはなく、まったく非現実的で形式的な「損害」の認定である。
原審裁判所のこのような姿勢は、違法行為による損害回復のために不可欠な費用を非現実的で形式的なものにとどめるものとして、違法な被害を被った被害者に対して、被害回復の法的措置への意欲を抑制して、加害者の立場に加担するものと言わざるを得ない。
(2) この点についても、前記引用の2017年(平成29年)7月19日東京地方裁判所民事第41部判決の次の説示を参考にすべきである。
「応訴の費用として通常生ずべき金額は、弁護士に対する委任の有無、当該訴訟における訴額及び当該訴訟の有する社会的影響力等の諸要素を考慮して判断すべきものである」
これは本件訴訟追行費用については、次のように読み替えることができる。
「不法行為による損害を賠償すべき訴訟追行のための弁護士費用として通常生ずべき金額は、当該訴訟における訴額及び当該訴訟の有する社会的影響力、事件の複雑さ等の諸要素を考慮して判断すべきものである」
前述のとおり、同引用判決では訴額10万円の事件で、応訴費用として54万円の弁護士費用を損害として認めた。この程度の費用なくしては、弁護士を依頼しての本格的な訴訟追行は現実的に不可能なのである。この理は、本件訴訟追行費用においても、生かされなければならない。
(3) 事件の規模、社会的影響力、複雑さ等々の諸要素を考慮すれば、前件訴訟による損害額の如何にかかわらず、本件訴訟追行費用たる弁護士費用としては、100万円が相当である。

7 前件訴訟追行費用についての主張の追加
(1) 附帯控訴人は、前述のとおり、飽くまでも前件訴訟追行費用としての損害額は、現実の出捐額ではなく、規範的な意味での損害と把握して、当該訴訟に必要な標準的弁護士費用額とすべきことを主位的主張として維持する。
しかし、貴裁判所の心証が必ずしも附帯控訴人の主位的主張に与しない場合に備えて、以下の負担実額の主張を追加する。
(以下略)
8 結論
以上のとおり、損害額の認定において過小な原判決の附帯控訴人敗訴部分は取り消されなければならず、改めて附帯被控訴人ら両名に、附帯控訴人に対して連帯して660万円及びこれに対する2014年(平成26年)8月29日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払うよう、求める。

附 属 書 類

附帯控訴状副本                  2通

(2020年1月15日)

被告発人安倍晋三に対する「桜疑惑」での背任罪告発状

本日(1月14日)、桜疑惑での安倍晋三に対する告発状を東京地検特捜部に提出した。告発人は、上脇博之さんら憲法専攻者を中心とする研究者13名。代理人は、阪口徳雄君を筆頭とする51名の弁護士。告発罪名は、背任である。

告発人の上脇博之さんと、代理人である阪口徳雄・澤藤統一郎・児玉勇二の3弁護士が午後1時地検に赴き、告発状を提出。その後、記者会見をした。

桜疑惑は多くの犯罪成立の可能性に満ちている。公職選挙法・政治資金規正法・公用文書毀棄等々。もしかしたら、贈収賄までも。森友疑惑の既視感がある。

しかし、多くの場合、安倍晋三本人の罪責にまで行き着くのは一苦労である。背任罪なら、安倍晋三の責任が明らかというべきなのだ。何しろ、「桜を見る会」の主催者であり、内閣府の長として予算執行の責任者でもある。その立場にある者が、国民に対する信頼を裏切って、行政を私物化し、国費を私的な利益に流用して国に損害を与えているのだ。

いかに、告発状本体の全文を掲載する。1月20日から始まる通常国会での安倍内閣追及の一助にもしていただきたい。
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?告 発 状

2020(令和2)年1月14日

東京地方検察庁 検察官 殿

告発人
別紙告発人ら目録記載の上脇博之含む13名
告発人ら代理人
別紙告発人ら代理人目録記載の51名共同代表

弁 護 士   阪 口 徳 雄
弁 護 士   澤 藤 統一郎
弁 護 士   徳 井 義 幸

 〒100?0014  東京都千代田区永田町2丁目3?1
被告発人   安 倍 晋 三

第1 告発の趣旨
被告発人安倍晋三の下記告発事実に記載の所為は、刑法第247条背任罪に該当すると思料しますので、捜査のうえ厳重に処罰されたく告発いたします。

1 告発事実
被告発人は、2015年(平成27年)から2019年(平成31年)まで、内閣総理大臣の地位にあって、下記の「会開催日」記載の各年月日に、新宿御苑(東京都新宿区内藤町11所在)における「桜を見る会」の主催者として、国の事務である「桜を見る会」に関する業務全般を統括・管理し、いずれの会においても予算額として定められた金1766万6000円の範囲で、内閣官房及び内閣府が定める各年の「桜を見る会」開催要領に基づき、「皇族、元皇族、各国大公使等、衆参両院議長及び副議長、最高裁長官、国務大臣、副大臣及び大臣政務官、国会議員、認証官、事務次官及び局長などの一部、都道府県の知事及び議会の議長などの一部、その他各界の代表者等」として制限列挙され合計約1万名と定められていたのであるから、招待者を上記開催要領に従い適正かつ慎重に厳選し、国家財政にいたずらに損害を与えることのないよう当該予算の範囲内で合計約1万名の招待者枠を厳守して当該事務を遂行すべき任務を有するところ、その任務に違背し、主催者であることを奇貨として、自己が主宰する後援会員,自己が所属する与党議員、妻の安倍昭恵夫人などの利益をはかる目的で、招待者枠を恣に大幅に拡大して多数招待して参加させ、しかも後援会が配布する招待状には知人、友人であれば誰でも「コピーして参加出来るよう」安倍後援会の桜を見る会の参加申し込み用紙を大量に配布する等して、下記「会開催日」欄記載の日に各「参加者」欄記載の通り約1万5000人ないし約1万8200人も開催要項に決められた人数を大幅に超過した人数を招待して参加させ、その為の飲食代金等を国に各「支出額」記載の通り支出せしめ、もって国に各「予算超過金額」欄記載の財産上の損害を各「会開催日」欄記載の各日に与えたものである。

会開催日    参加者   予算額   支出額   予算超過額
2015年4月18日 約15000人  17,666,000 38,417,000 20,071,000
2016年4月09日 約16000人 17,666,000 46,391,000 28,725,000
2017年4月15日 約16500人 17,666,000 47,250,000 29,584,000
2018年4月21日 約17500人 17,666,000 52,290,000 34,624,000
2019年4月13日 約18200人 17,666,000 55,187,000 37,521,000

2 罪名及び罰条
背任罪、刑法第247条

第2 告発の理由
1.はじめに
被告発人安倍晋三は、2012(平成24)年12月第二次安倍内閣の組閣以来、四次にわたり内閣を組閣し、既に7年余りの長期間にわたってその政権を組織してきた。昨年11月20日には、内閣総理大臣としての在任日数は2,887日となり、憲政史上最長となっている。この間、森友学園事件、加計学園事件を通じて、「国政の私物化」の強い疑惑をもたれ、国民の強い批判にさらされながらも、自己に関する事実に関しては全て否定し、官僚達はその意向を忖度して、関係証拠を隠匿、隠蔽等するなどして説明責任を果たさず長期政権が維持、存続されてきた。
今回発覚した「桜を見る会」の「私物化」は、この政権の長期化に伴うモラル・ハザードが治癒しがたい事態にまで立ち至っていることを示すものであり、安倍内閣は、国会内やマスコミの追及の前に早くも来年度の「桜を見る会」の開催の中止を発表したが、単なる中止によってモラルハザードは治癒するものではなく、真相の解明と法的責任の明確化によってのみ治癒するものである。
本件告発は、そのことを念願してなされたものである。

 2.「桜を見る会」の概要
(1)この会は、皇族、元皇族、各国大使等、衆議院議長と参議院議長及び両院副議長、最高裁判所長官、国務大臣、副大臣及び大臣政務官、国会議員、認証官、事務次官等及び局長等の一部、都道府県の知事及び議会の議長等の一部、その他各界の代表者等、計約1万人が招待され(甲1)、酒類や菓子、食事が振る舞われる公的行事であり、招待客の飲食費や新宿御苑の入園料は無料であり、これらの費用は税金から拠出される。安倍内閣は「内閣総理大臣が各界において功績、功労のあった方々を招き、日頃の御苦労を慰労するとともに、親しく懇談する内閣の公的行事として開催しているものであり、意義のあるものと考えている」と答弁している。
(2)この会は内閣総理大臣が主催するが、招待客の選定は各府省庁からの意見を踏まえて内閣官房と内閣府が最終的にとりまとめる(招待者名簿の作成、推薦者名簿の作成)とされるが、実態として、与党国会議員に推薦枠が割り振られているとも言われ、「桜を見る会」の案内状の発送は内閣府が一括し、必ず招待客一人ひとりに宛てて送付を行うとされている。芸能人やスポーツ選手が多数参加する様子が毎年メディアで取り上げられており、テレビ報道でその様子を見たことのある国民も多い。
(3)「桜を見る会」の前身として「観桜会」が戦前にはあった。この観桜会は1881(明治14)年に吹上御所で「観桜御宴」が行われたのを前史とし、1883(明治16)年から1916(大正5)年までは浜離宮、1917(大正6)年から1938(昭和13)年までは新宿御苑に会場を移し、いずれも国際親善を目的として天皇主催の皇室行事として開催されていた。戦後この観桜会を復活させる形で1952(昭和27)年に吉田茂が総理大臣主催の会として始めたのが「桜を見る会」であるとされている。
由緒ある「桜を見る会」を私利私欲のために汚れた行事としているのが被告発人安倍晋三である。

 3.第二次安倍内閣の下での「桜を見る会」の異常な肥大化
(1)戦後の「桜を見る会」は吉田茂によって、内閣総理大臣が主催する公的行事として開催されてきたが、第二次安倍内閣が登場するまでの「桜を見る会」は、その招待客数は計約10,000人前後であり、その予算の規模は1700万円台で、その支出も予算額程度であったと思われる。
回次 開催日  首相   出席者数
51?2004/4/17 小泉純一郎 約8000人
52?2005/4/09 小泉純一郎 約8700人
53?2006/4/15 小泉純一郎 約11000人
54?2007/4/14 安倍晋三? 約11000人
55?2008/4/12 福田康夫 約10000人
56?2009/4/18 麻生太郎 約11000人
57?2010/4/17 鳩山由紀夫 約10000人

(2)ところが、第二次安倍内閣成立後に開催された「桜を見る会」の招待者数と支出額は以下のとおりで、明らかに異常な肥大化を遂げてきた。
回次 開催日   首相   招待数   出席者数  支出額
58 2013/4/20 安倍晋三 調査出来ず 約12000人 17,180,000
59 2014/4/12 安倍晋三 約12800人 約14000人 30,053,000
60 2015/4/18 安倍晋三 約13600人 約15000人 38,417,000
61 2016/4/09 安倍晋三 約13600人 約16000人 46,391,000
62 2017/4/15 安倍晋三 約13900人 約16500人 47,250,000
63 2018/4/21 安倍晋三 約15900人 約17500人 52,290,000
64 2019/4/13 安倍晋三 約15400人 約18200人 55,187,000

第二次安倍内閣になって以降の招待者数は、従来の約10,000名前後から2019年4月の「桜を見る会」では15,400名に、また出席者数は招待者数を大幅に上回り約18,200名に、経費の支出額も予算額の1766万6000円の3倍を超える5518万7000円にまでも拡大して肥大化したのである。
この規模の拡大・肥大化の原因は、与党議員への推薦枠の拡大等だけでない。「安倍事務所」が桜を見る会への参加者への申込書に『参加される方はご家族(同居人を含む)、知人、友人の場合は別途用紙でお申し込み下さい(コピーしてご利用下さい)』と招待者を自らの後援会の会員に拡大するだけではなく、無原則にその「知人、友人」の場合でも参加申し込みを認め、しかも申し込み用紙を「コピー」でも良いとした事に起因すると思われる。
(3)安倍晋三による自身の後援会会員850名余りが招待されたと報道されているが、真実は、それ以外に安倍事務所の後援会会員の「知人、友人」が申し込み用紙をコピーして参加申し込みしている者が、大幅に参加して増えたと思われる。

4.「あべ晋三後援会」会員の「桜を見る会」への招待の実態
(1)参議院議員田村智子は、この問題を昨年11月8日の国会質問で取り上げ、その実態を以下の如く告発している(甲2)。
「安倍首相の地元後援会のみなさんを多数招待している」が「友田(有・山口)県議、後援会女性部はどういう功労が認められたのか」などと指摘して開催要項の定める招待者の範囲外の後援会員を選定しているとして、批判した。これに対し大塚幸?内閣府大臣官房長は「具体的な招待者の推薦にかかる書類は、保存期間1年未満の文書として廃棄している」と述べ、被告発人安倍晋三は「各界で功績、功労のあった方々を招いて開催している。地元には自治会やPTAなどの役員をしている方々もいるので、後援会の方々と重複することも当然ある」と述べた。安倍総理の地元の自治会やPTA役員などが各界の功労者、代表者であるとは到底言い難いものである。そして、この「招待者名簿」は既に廃棄されたとされるが、廃棄は宮本徹衆議院議員よりの資料提出要求のあった昨2019年5月9日当日であったことも発覚している。都合の悪い「招待者名簿」の隠蔽工作と言わざるを得ない(甲3)。
現に各省庁の推薦者名簿は保存されていたのであり、いわゆる政治家枠のもののみが破棄されていた(甲4)。
また、田村議員は「安倍事務所に申し込んだら、内閣府から招待状がきた」という下関の後援会員の証言があると指摘し、「税金の私物化が行われている」と指摘している。さらに、開催前日の後援会員との懇親会に被告発人安倍晋三の妻である安倍昭恵が出席している事を指摘し、「(桜を見る会が)まさに首相の後援会の一大行事になっている」と指摘している。これらのことから野党議員がこれが「事実だとすれば、内閣総理大臣がその地位を利用して個人の後援会活動にそれを利用していたこと。いわば税金で主催するこの国の公的行事で接待していたと受け取られかねない事案だ」と述べているのは当然のことである。
さらに、自由民主党の若林健太元参議院議員はブログで「大臣政務官(在職当時)としてご招待出来る枠を数件頂いたので、後援会役員の方に声を掛けさせて頂いた」「私が許された枠は5組だけ。お世話になっている地元関係者へご案内を申し上げている」と自身の権限で招待したと述べているのである。各界での功績・功労の有無とは無関係に政治家の後援会員へのサービス行事として悪用されている事態を示している。
(2)具体的に見れば、「あべ晋三後援会」は、この「桜を見る会」への後援会員の招待を前日の都内の有名ホテルで開催される前夜祭と称するパーティーへの参加と一体として取り組んでいることも判明しており、この点からも開催要領が招待者の範囲としている各界の功労者・代表者とは無縁の人を自己の後援会会員を招待していることが明白である。
すなわち、安倍晋三事務所が事務所名で「『桜を見る会』のご案内」と題する文書を後援会員に配布し案内したうえ、「出席を希望される方は、2月20日までに別紙申込書に必要な事項をご記入のうえ、安倍事務所または担当者までご連絡ください」との文書を発行し、この文書では前日にホテルニューオータニで関係される「あべ晋三後援会主催前日夕食会」の開催案内をセットで実施していることも明白である(甲5)。
さらに安倍事務所は「内閣府主催『桜を見る会』参加申し込み書」(甲6)、「『桜を見る会』について(ご連絡)」(甲7)、「『桜を見る会』アンケート(4月12日?4月13日)」(甲8)、「桜を見る会「懇親会」についてのお知らせ」(甲9)、「桜を見る会注意点」(甲10)の各文書を後援会員に配布して、「桜を見る会」への参加を案内しているが、これらの文書の記載よりして、「あべ晋三後援会」の主催する後援会行事であるホテルニューオータニで開催される前夜祭やその前に実施されるA、B、Cの三つのコースに分かれた安倍事務所ツアーと内閣総理大臣安倍晋三の主催する「桜を見る会」とは完全にセットになっており、後援会行事と「桜を見る会」は完全に一体化していることが判明する。
また、安倍晋三事務所自身が内閣総理大臣安倍晋三の主催する「桜を見る会」への参加申込をその後援会に配布して、募集しており、「各界の代表者」には該当しない人を開催要領に違反して招待者としていることも歴然としているものである。すなわち、この申込書では「桜を見る会」への参加資格を問題とすることが全くないことが前提となっているのである。
(3)そして、被告発人安倍晋三は、11月20日開催された参議院本会議において、「私自身も事務所から相談を受ければ推薦者についての意見を言うこともあった」として、招待者の選定に直接自ら関与したことを認めた。また当日の国会審議においては、招待者の内訳について各省庁推薦の各界功労者・大使などが6000人、自民党関係者が6000人、官房長官や副総理が1000人、安倍首相よりの推薦が1000人でその中には総理夫人の昭恵氏の推薦分まで含まれていたことが明らかにされている(甲11)。
森友学園事件において総理夫人昭恵氏の関与が重大な疑惑となったが、今日の「桜を見る会」をめぐる問題においても同夫人の関与が明らかにされたのである。同夫人は、私人であると内閣は位置付けており、何ゆえに私人が総理大臣主催の公的行事の招待者を推薦することができるのか、被告発人安倍晋三のモラル・ハザードと「国政の私物化」はここまでの腐敗に至っているのである。
(4)以上の通り、被告発人安倍晋三は「桜を見る会」という内閣総理大臣が主催する公的行事への招待を自己の後援会行事と一体化して実施し、開催要領にも明白に反する招待者の選定などの任務違背のあることは歴然としているものである。

5.背任罪の構成要件該当性
(1)背任罪について
刑法第247条は、「他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えた」ことを背任罪の構成要件とし、「5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」と法定刑を定める。
以下に、本件に即して、背任罪の構成要件としての「主体」「図利加害目的」「任務違背」「財産上の損害」について、略述する。
(2)主体
背任罪は身分犯であって、その主体は、「他人のためにその事務を処理する者」である。憲法第15条に基づき、「全体の奉仕者」として公共の利益のために職務を行うべき公務員が、身分犯としての背任罪の主体となり得ることは判例通説の認めるところである。内閣総理大臣の職にある者においてはなお当然というべきで、この点に疑問の余地はない。
本件の場合、「他人」とは国であって、被告発人は、各年の「桜を見る会」の主催者である。同「会」の遂行に関する一切の事務について国の利益のために適切に企画し実行すべき立場にある者として、構成要件における「他人のためにその事務を処理する者」に当たる。
(3)図利加害目的
背任罪は目的犯であって、「自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的」が必要とされる。本件の場合は、「自己若しくは第三者の利益を図る」図利の目的が明白なので、「本人(国)に損害を加える」積極的な加害の目的の有無は問題とならない。被告発人自身の利益、ならびに第三者である被告発人の妻・被告発人の政治的後援会員・被告発人と所属政党を同じくする国会議員らの利益をはかる目的があっての任務違背であることは、自明のことというべきである。
(4)任務違背
背任罪の本質は背信であると説かれる。被告発人の国に対する任務に違背する行為が、構成要件上の犯罪行為である。当該任務は、「法令、予算、通達、定款、内規、契約等」を根拠とする。その根拠にもとづく「任務に反する行為でその行為が、国に財産的損害を生ぜしめる性質のものである限り原則的に任務違背が成立する。」(西田典之著『刑法各論第6版』258頁など)
被告発人は内閣府の長として、本件各「桜を見る会」を企画し実施して必要な経費を支出するに当たっては、「桜を見る会開催要領」(甲1)と予め定められた歳出予算額とを遵守すべき義務を負っていたものである。
歳出予算は拘束力を持ち、いわゆる「超過支出禁止の原則」にしたがって、予算計上額を上回って超過支出することが禁止され、予算外支出も認められない。「会計年度独立の原則」にしたがって、それぞれの会計年度の支出は、その会計年度の収入によって賄われなければならないという原則も予算の拘束力を示す一例である。
にもかかわらず、被告発人は、前記の通り「桜を見る会開催要領」をまったく無視して、招待者の範囲を恣に拡大し、約1万名と限定されていた範囲を大幅に逸脱して無原則に招待者を拡大し、予算の制約を大幅に超えて費用を支出した点において、その任務に違背したものである。
(5)国の財産的損害
被告発人は、総理大臣になって以来、前記の通り毎年「桜を見る会」への招待者数を増やし、国に予算を超過する支出を余儀なくさせて、毎年前記各予算超過額に相当する損害を生じせしめた。その金額の総計は、1億5121万5000円にも及ぶものである。

年月日      予算額      支出額      予算超過額
2014年4月12日 1766・6万円 3005・3万円 1238・7万円
2015年4月18日 1766・6万円 3841・7万円 2075・1万円
2016年4月09日 1766・6万円 4639・1万円 2872・5万円
2017年4月15日 1766・6万円 4725・0万円 2958・4万円
2018年4月21日 1766・6万円 5229・0万円 3462・4万円
2019年4月13日 1766・6万円 5518・7万円 3752・1万円
予算超過総計                  1億5121・5万円

6 結論
以上のとおり、被告発人の行為が背任に該当することは明らかと言わねばならない。しかも、国が支出を余儀なくされた超過支出金額の大半は、「桜を見る会」に本来参加すべき資格なき者に提供された飲食費等としてのもので、被告発人は、本来自らが主宰する後援会が負担すべき支出を国費で賄ったという点において、総理大臣の職務の廉潔性を汚したものである。さらには、公職選挙法や政治資金規正法が重要な理念とする政治に関するカネの流れの透明性を侵害し、総理大臣としての職権を濫用して国政を私物化したと弾劾されるべき行為でもある。議会制民主主義擁護の観点から到底看過し得ない。
この被告発人の長年にわたる国政私物化と,忖度にまみれた安倍内閣のモラルハザードを一掃するには、御庁の巨悪を逃さない強い決意による捜査権限発動が不可欠である。
告発人らは、広範な国民の世論を代表して、本件告発に及んだ。御庁にあっては事案の真相を徹底して解明したうえで、被告発人に対する厳正な処罰をされるよう、強く求めるものである。

証拠目録
1の1.?甲1の1 「桜を見る会」開催要領(平成24年2月28日付)
1の2.? 甲1の2 「桜を見る会」開催要領(平成31年1月25日付)
2.甲2    しんぶん赤旗日曜版 2019年11月17日
3.甲3    朝日新聞 2019年11月21日
4.甲4    しんぶん赤旗 2019年11月23日
5.甲5    「桜を見る会」のご案内 平成31年2月吉日 安倍晋三事務所
6.甲6    「内閣府主催『桜を見る会』参加申し込み書」 あべ事務所
7.甲7  ?? 「『桜を見る会』について(ご連絡)」
平成31年2月吉日 あべ晋三事務所
8.甲8  ?? 「『桜を見る会』アンケート(4月12日?4月13日)」
あべ事務所
9.甲9 ??  「桜を見る会「懇親会」についてのお知らせ」
平成31年3月吉日 安倍晋三事務所
10.甲10 ?? 「桜を見る会注意点」
11.甲11 ??? 朝日新聞記事 2019年11月2日

添付書類

 1 甲各号証写し       各1通
2 委任状          11通

(2020年1月14日)

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