1月7日仏週刊紙「シャルリーエブド」に対するテロには、大きな衝撃を受けた。こんなことがあってはならない。こんなことの連鎖を許してはならない。
「事件当日の7日に、各地で計10万人規模の抗議集会が開かれたことは強い怒りの表れ」(読売)であろう。世界中に抗議と連帯の声が拡がっている。合い言葉は、「JE SUIS CHARLIE(私はシャルリー)」である。私も声を上げよう。「私もシャルリーだ」と。「シャルリー」は、言論の自由を擁護しようとする決意の象徴である。けっして反イスラムではない。
「シャルリーエブドは反権力、社会風刺が売り物で、ローマ法王やオランド大統領をやゆするような風刺画も掲載している。2012年にイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載した時には、話題性を狙った商業主義との批判も受けたが、一貫して言論の自由を主張し」てきた(毎日)という。そして、たびたびの攻撃にも、萎縮することなく、自己規制をしないという姿勢を貫いてきた。
その気骨あるメディアが攻撃を受けたのだ。こんなときに、したり顔で「やられた側にも問題があった」などと言ってはならない。言論を標的にしたテロに対する徹底的な批判が必要だ。
言論に対する野蛮で卑劣な攻撃は日本でもあとを絶たない。朝日新聞阪神支局襲撃事件は「赤報隊」を名乗る右翼の犯行として印象が深い。リベラルな朝日の記者が狙われたのだ。亡くなった小尻知博記者(当時29)は、盛岡支局の勤務経験があるということだった。私も会っていたかも知れない。そして、今日、文春や西岡力を被告として提訴した植村隆さんは、もと朝日で小尻記者と同期であったという。その植村さんも、家族まで巻き添えにされてネットで右翼からの攻撃にさらされている。勤務先の北星学園も脅迫や業務妨害の犯罪行為の標的にされている。
右翼は暴力に親和性が濃厚だ。山口二矢、前野光保、野村秋介、そして三島由紀夫…。石原慎太郎が、テロ容認発言を繰り返していたことも記憶に新しい。こんなことを言っていることを思い出そう。
「こんな軽率浅はかな政治家はそのうち天誅が下るのではないかと密かに思っていたら、果たせるかなああしたことにあいなった」「何やってんですか。田中均というやつ、今度、爆弾を仕掛けられて、当ったり前の話だ」「爆弾を仕掛けることはいいか悪いかといったら悪いに決まっている。だけど、彼がそういう目に遭う当然のいきさつがあるんじゃないですか」「世の中にテロはなくなるかって言ったらあるじゃないですか。人間って、そういうものを最後に持ってる」「どんなやつか知りませんけども、昔ならそんな人間は殺されてますな。愛国の士もいましたから」
「愛国テロ容認」どころではない。「憂国テロ称賛」の姿勢なのだ。このような思想や感性を一掃しなければならない。
今回のシャルリー社襲撃事件を、石原慎太郎流に「天誅」「当ったり前の話」「そういう目に遭う当然のいきさつがあるんじゃないですか」「敬神の士の行為」などと言ってはならない。石原流を離れても、「やられた方にも問題があるのでは」「犯人側の気持ちも分からないでもない」「殉教者の行為ではないか」「一身を捨てた犠牲」などと美化してはならない。
イスラム観、イスラム過激派が肥大化する構造についての認識、南北格差の責任…。それらが大きな問題ではあるが、ここはひとまず置いて、「民主主義社会を擁護するために、言論に対するテロは絶対に容認できない」と叫ばなければならない。「私もシャルリーだ」と唱和しよう。この声を世界の隅々に響き渡らせよう。
(2015年1月9日)
今年は、戦後70年。ということは、広島・長崎の被爆から70周年の節目の年でもある。被爆体験を風化させることなく、核廃絶の運動を大きくしていきたいものと思う。
昨年暮れの共同配信記事が、新しい形の核廃絶運動を紹介している。オランダの国際平和団体「PAX」(「平和」)は、核兵器の開発や製造に携わる「核兵器関連企業」28社を抽出し、これと取引のある企業を調べあげて、411社のリストを公表した。核兵器が「絶対悪」である以上は、「核兵器関連企業」28社は、「絶対悪」を業務とする「絶対悪企業」である。核爆弾とその運搬手段の開発・製造・管理に直接携わる企業である。ロッキード・マーチン、バブコック&ウィルコックス、ボーイング、ベクテル…など名だたる軍産複合体の中核企業の名がならぶ。死の産業の死の商人たち。これは分かり易い。
しかし、この核兵器関連企業に融資をしたり、関連企業の株式を保有する形で、これを支えている企業となると外からは見えにくい。PAXの調査による提携411社のリスト公表はこれを見える形にしたものとしてインパクトが大きい。
この公開されたリスト411社の中に、日本企業が6社ある。
三菱UFJフィナンシャル・グループ
三井住友フィナンシャル・グループ
みずほフィナンシャル・グループ
オリックス
三井住友トラスト・ホールディングス
千葉銀行
これは、貴重な情報だ。市民は直接の接触の可能性あるこの6社に対して、何らかの形で、核廃絶のメッセージを送りうるからだ。核廃絶運動が、消費者運動や市場を通じてのSRI(社会的責任投資)運動と交錯する分野が生まれた。
核廃絶運動と消費者運動との交錯とはこんなイメージだ。
あなたが、この6社のどこかに預金口座をもっていたとする。その預金の運用先としてロッキード社があるということは、あなたの預金が、銀行口座を通じて核ミサイル製造に使われているということなのだ。あなたの預金先がこの6社のどこかに限られる理由がなければ、このような銀行との取引は避けるに越したことはない。住宅ローンやら消費者ローンなど融資を受けるのも似たようなもの。利息を支払ってこのような銀行を太らせれば、核兵器企業に回す金が増えることになるだろう。
賢い消費者行動とは、安価に商品やサービスの提供を受けることだけを求めるものではない。環境やフェアトレードや労働基準や、種々のコンプライアンスに配慮した企業との取引を意識的に選択することによって、企業活動を適切にコントロールし、社会の健全化をはかることなのだ。核兵器関連企業と提携する企業6社との取引をボイコットすることは、消費者としての積極行動を通じての核廃絶運動へ寄与することになる。
核廃絶運動とSRI(社会的責任投資:Socially responsible investment)との交錯とはこんなことだ。
どの上場企業も、証券市場から資金を集めるために株主の意向を尊重しなければならない。大衆投資家やその資金を束ねたファンドが、株式の収益性だけでなく、企業倫理や企業の社会的責任のあり方を基準に投資活動をするようになれば…、企業は環境や資源保護や福祉や人権や平和などに配慮の姿勢を採らざるを得なくなる。SRIとは投資を通じて企業倫理(CE)や企業の社会的責任(SCR)を追求する運動である。投票行動とは別次元での市民による社会参加であり、企業統制でもある。
核兵器に関与する会社の株などは買うまい、買っていたら引き上げよう。あるいは株主として会社に、核兵器企業とは縁を切るよう働きかけよう、というのがSRI活用の核兵器廃絶運動形態である。(もう少し用語を整理して、使いやすくならないものか)
ところで、共同通信は、国内6社に直接取材をしているようだ。どの社も、けっして開き直りの態度はない。核兵器関連企業と取引あることの公開を好ましからざることと受け止めてはいるようだ。
三井住友トラストは報告書について「個別取引については答えられない」としている。千葉銀は「核兵器関連企業と認識しての融資ではない。いまは融資していない」という。また、オリックスは「当社が90%の株式を保有するオランダの資産運用会社の金融商品に、指摘された会社が入っていると思われる」(広報担当者)と説明。資金を直接提供しているわけではないと話している、などの反応だ。このような社会的雰囲気がある限り、「核兵器廃絶を目指す消費者運動とSRI」は成功しうる土壌をもっている。
また、共同はSRIの実践者として筑紫みずえ氏のコメントを紹介している。
「大変意義がある情報だ。マララ・ユスフザイさんがノーベル平和賞受賞のスピーチで『戦車を造るのは易しいのに、なぜ学校を建てるのは難しいのか』と問いかけたが、それは私たちのお金が学校より戦車や核兵器に使われているからだ。企業も個人もこうした情報を生かして、それぞれの価値観に沿った投資をするべきだろう。」
このコメントは舌足らずで、どうしても補っておかなければならない。
問題は、「なぜ、私たちのお金が学校より戦車や核兵器に使われているか」であり、「企業も個人も、それぞれの価値観に沿った投資をするべきだ」が当たり前のことととされる資本主義社会で、投資の方向をどうしたら「核兵器から、学校へ」切り替えることができるだろうか、ということにある。
「なぜ、私たちのお金が学校より戦車や核兵器に使われているか」
その問に対する答は簡単である。その方が儲かるからなのだ。資本の論理が貫徹する社会では、集積された資金は最大利潤を求めてうごめくのだ。
だから、「企業も個人も、それぞれの価値観に沿った投資をするべきだ」と傍観していたのでは、けっして問題解決には至らない。どうすれば「核兵器から学校へ」と投資のトレンドを変えていくことができるのか、と問題を立てなければならない。個人もファンドも、そして企業も、利潤追求の価値観が支配する資本主義原則とは別の次元で、投資先を選択する文化を創っていかねばならない。どんなに効率よく儲けることができても、兵器や麻薬への投資は社会の恐怖や病理として結実することにしかならない。
消費者運動もSRIも資本主義の枠内での運動である。しかも、民主主義的政治過程を利用しての権力的規制ではなく、市場原理に基づいた取引ルールを使っての企業統制の試みである。いまは、消費者運動もSRIも、経済社会のメイントレンドではなく、核兵器を廃絶する力をもたない。しかし、将来は未知数である。三菱や三井の企業グループが、「これまでは兵器産業は儲けが大きいと考えていたが、グループ内に軍事企業を抱えているとイメージが極端に悪くなる。消費者は商品を買ってくれないし、個人投資家やファンドは株も社債も買ってくれない。核関連産業と手を切らないと、商品は売れないし株は下がりっぱなしだし…。結局儲からない」と思わせられるところまで社会の成熟があれば、企業を核兵器関連事業から離脱させることができることになる。欧米では、これを夢物語とは言わせない運動があるという。
消費者運動とSRI。市民による資本主義的経済合理性を逆手にとっての企業統制の手法である。体制内運動として、その限界を論じることはたやすい。しかし、その可能性を追求すること、その可能性を核廃絶に結びつけること、すこぶるロマンに満ちているではないか。
(2015年1月8日)
穏やかで目出度い正月だ。暮れの選挙では、この群馬5区から優子お嬢様がみごとに当選なさった。万々歳さ。これで、今年もまた明治座に行けるよね。今度の演しものはなんだろう。楽しみにしてんだから。
なんたって、自民党の公認で公明党の推薦なんだから、これだけで当選が決まったようなものだね。対立候補は社民党と共産党。社民の候補には民主も支援したそうだが、所詮束になっても勝負にならない。バラバラだからなおさらさ。社民党も共産党も、アベノミクスは失敗だとか、TPPは危険だ、憲法改正反対とか集団的自衛権行使容認は問題だとか、小難しいこと言っていたけど聞く人は少なかったよ。とりわけ共産党は「政治とカネ」問題について優子さんを糾弾するなんて強く言って、あれじゃかえって票を減らすんじゃないかね。
結局は11万票で圧勝だった。71%の得票率。残りの29%を、社民と共産の2候補が分け合った。もっとも、優子さんは2年前の選挙では13万票で、得票率は77%だったから、政治とカネの問題で法律違反があったという悪口の影響がなかったわけじゃない。フタを開けてみたら、共産党もけっこう票を増やしていたからちょっとびっくりだった。
でも、とにかく圧倒的に勝ったんだから、これでもう問題はなくなったんだろう。ミソギが済んだ、ということだよね。なんと言っても民主主義の世の中じゃないか。「小渕候補に政治とカネの問題あり」ってどんなにマスコミが騒いだところで、有権者が「カネや報告書の問題はもういいよ。優子さん、また議員を務めてくださいね」って、改めてお願いして選び直したんだのだから、外からとやかく言われる筋合いはないんじゃないの。
だって今の世、主権者が一番偉いんだろう。昔は、天皇様だったけど。主権者の意思は選挙に表れる。選挙に勝った議員は主権者の代表だ。その議席は私たちのもの。大切にしてもらわなくっちゃ。せっかく選挙に勝ったのに、もしかして起訴されて有罪になって議席剥奪なんてことになれば、民主主義は終わりだ。こんなやり方を、検察ファッショとか、司法ファシズムというそうじゃないか。くれぐれも、慎重にやっていただきたい。今年も明治座に行けなくなったらたいへんなんだから。
政治は、義理と人情だよ。地元は優子さんのお父さんの代から支援し続けてきたんだ。苦しいときにこそしっかりと応援しなくっちゃ。それが、上州人の心意気というもんだ。ドリルでハードデスクに穴を開けたのは、その心意気の表れさ。上州人を侮るなっていう警告さ。誰がやったって? 民意がやったに決まってるさ。
だいたいが、優子さんはちっとも悪くはないんだよ。取り巻きが気が利かないというだけじゃないか。書類をどう作るかなんて些細なことに優子さんを煩わしちゃいけない。政治資金報告書なんてどうにでも書けるものだろう。どうにでも書ける書類の辻褄が合わないって大騒ぎするほどのことなのかね。そんな重箱のスミのミスをつついてどうする。大所高所から大局を見るべきなんで上州の大切な人に傷をつけちゃいけない。
政治は国民のためにある。政治家には国民が喜ぶように動いてもらわなくちゃ。有権者を喜ばせるのが議員の務めじゃないか。その点優子さんはよくやった。明治座公演なんて素晴らしいアイデア。出演者が、小林幸子、梅沢富美男、中村玉緒、それに石川さゆり、天童よしみと本当に私たちが見たい人を揃えているもんね。やっぱり、優子さんの後援会ならではのことだよ。たいしたものだ。
「国民はその程度にふさわしい政治家を選ぶ」のは当たり前だろう。優子さんは群馬5区にぴったりなんだ。どだい、日本全体で日本国民に相応しい政治家を選んで、日本の国民にぴったりの政治になっているんじゃないの。
(2015年1月7日)
昨日1月5日の月曜日が、どこも仕事始めであったろう。
歳時記に
何もせず坐りて仕事始めかな (清水甚吉)
とある。なるほど、情景が目に浮かぶ。
本郷三丁目の駅から、サラリーマン軍団が神田明神に向かっていた。「何もせず」ではなく、神事で結束を確認する儀式に参加なのだろう。もしかしたら、上司の強制かも知れない。報道では、この日お祓いを受けた会社数は3000を超えたという。恐るべし、神道パワーいまだ衰えず。
もっとも、神田明神は天つ神の系統ではない。典型的な国つ神と賊神を祀る。天皇制との結びつきは希薄だ。自らを新皇と名乗った平将門を祭神とする神社として印象が深いが、実は3柱の祭神を祀っているという。一ノ宮に大国主を、二ノ宮に少彦名を祀って、平将門は三ノ宮に祀られているという。大国主が大黒、少彦名が恵比須信仰と習合して、産業の神となり、とりわけ恵比須信仰が商売繁盛に霊験あらたかと、資本主義的利潤拡大祈願の集客に成功したようだ。
それでも、神田明神とは将門の神社と誰もが思っている。天皇に弓を引いて、賊として処刑され首をさらされたと伝えられる反逆の将を祀る神社である。ここに、仕事始めのサラリーマンが押し寄せる図は、なかなかに興味深い社会現象ではないか。
一方、天つ神系の総本山、伊勢神宮では安倍晋三クンが仕事始め。参拝しただけでなく、ここで記者会見を行い年頭談話とやらを発表している。安倍クン、そんなところで、そんなことをしてちゃいけない。官邸で、「何もせず坐りて仕事始め」をしていた方が、ずっとマシなのだ。
安倍首相の年頭談話の冒頭が次の一節。
「皆様あけましておめでとうございます。先ほど伊勢神宮を参拝いたしました。いつもながら境内のりんとした空気に触れますと、本当に身の引き締まる思いがいたします。先月の総選挙における国民の皆様からの負託にしっかりと応えていかなければならない、その思いを新たにいたしました。」
各紙が、首相の伊勢参拝は新春恒例のこと、と異を唱えずに見過ごしているのが気になる。確かに、伊勢には靖国と違って、軍国主義や戦争のきな臭さがない。だから、近隣諸国からの抗議の声も聞こえてこない。しかし、外圧があろうとなかろうと違憲なものは違憲なのだ。
伊勢こそは国家神道の本宗であった。最高の社格・官幣大社の中でも特別の存在。憲法20条の政教分離とは、国家神道の復活を許さないとする日本国憲法制定権力の宣言である。とすれば、「政」(国家権力)の最高ポストにある内閣総理大臣が、伊勢神宮という「教」(神道)の最高格式施設に参拝することを許容しているはずもない。明らかな違憲行為として、首相の年頭参拝に「異議あり」と声を上げずにはおられない。
違憲・違法は、回数を重ね、時を経ても変わらない。労基法違反も男女差別賃金も、「これまでずっとやって来たことだから、今さら違法と言われる筋合いはない」などという会社側の開き直った言い訳は通らない。「毎年のこと。恒例だから問題ない」と言っても、伊勢参拝が合憲にはならない。ダメなものはダメ。違憲は違憲なのだ。
安倍晋三クン、キミの悪癖だ。憲法をないがしろにしてはいけない。8月の戦後70周年談話をどうするかは先のこととして、まずは伊勢神宮への参拝を反省したまえ。これも、天皇を神の子孫とする天皇制を支えた制度の歴史認識の問題であり、憲法遵守義務の重要な課題でもあるのだから。
(2015年1月6日)
いまや、日本のジャーナリズムの良心は地方紙が担っている。事実と歴史に真摯に向き合う姿勢において、地方紙の良質さが際立っている。とても地方紙のすべてに目を通すことはできないが、紹介されたいくつかの地方紙社説を読んでみてその感を強くした。昨日(1月4日)の高知新聞社説「70年目の岐路ー日独に見る戦後の歩み」は、その典型。良質だし、語っていることの水準が高い。「自由は土佐の山間よりいづ」という伝統が息づいているからだろうか。
以下は、かなり長文の同社説の要約紹介。
同社説は、ワイツゼッカーの演説から説き起こす。「過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも、目を閉ざすこととなります」「非人間的な行為を心に刻もうとしないものは、またそうした危険に陥りやすいのです」。この言葉は、ヒトラーを選挙という合法的手法で生み出したドイツの人々の頭から離れなかった。そして、「戦後の思想、哲学、文化などの分野での、かんかんがくがくの議論によって、かの国は過去の記憶、戦争責任、そして未来を語り、過去を克服しようと努めてきた」と評価する。
「戦後25年目の1970年、旧西ドイツのブラント首相がポーランドを訪問し、ゲットー跡でひざまずき、痛恨の過去について許しを請うた。ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダ氏は昨年10月、高知新聞記者らと会談。氏は旧西ドイツ首相の謝罪を評価し、国のリーダーが果たす役割と記憶の風化を防ぐことの大切さを語った。ドイツは統一後も政府や企業が基金を積み立て、戦後賠償を続けた。何より彼らはナチス犯罪の時効をなくし、今も自ら戦争を裁いている。」
同社説は、読者に「被害と加害見つめよ」と語りかける。
日独両国とも敗戦国だが、戦後の典型戦争体験として国民に語り継がれたものが、日本では広島・長崎の「原爆体験」であり、ドイツでは「アウシュビッツ体験」ではないか。前者は「被害」の体験であり、後者は「加害」の体験となろう。
戦後の歩みの中で、ドイツは加害者として謝罪と反省を徹底して繰り返すことによって、近隣諸国からの信頼を回復し、今や欧州の盟主という地位にある。
ワイツゼッカー演説があった1985年、日本では「戦後政治の総決算」を掲げる中曽根首相による靖国神社への公式参拝があった。「英霊」の名の下に戦争の指導者をもまつる一宗教法人への参拝は、憲法の政教分離の原則からいっても果たして許されるのだろうか。安倍首相の靖国神社参拝も、中韓との「トゲ」をあえて刺激した。日独の大きな差異となっている。
社説の最後は次のように結ばれている。
「私たちはあの戦争の被害者意識にとらわれ過ぎていたのではないか。8月の全国戦没者追悼式の式典で安倍首相は、歴代首相が踏襲してきたアジア諸国への『加害責任』に2年続けて触れなかった。日本は今年、どのような戦後70年談話を出すのだろうか。」
強調されていることは2点ある。
まずは、戦争体験における「加害者意識」自覚の重要性である。ドイツでは深刻な加害者意識にもとづく国民的議論があったのに比して、日本では被害者意識が優り加害者意識が稀薄化されている。その姿勢では近隣諸国からの信頼回復を得られない。まずは、ドイツの徹底した反省ぶりをよく知り、参考にしなければならない。安倍政権の靖国参拝などは、信頼回復とは正反対の姿勢ではないか。それでよいのか、という叱正である。
次いで、ドイツの反省が、「ヒトラーを選挙という合法的手法で生み出したドイツの人々の責任」とされていることである。つまりは、ヒトラーやナチス、あるいは突撃隊や親衛隊だけの責任ではなく、ヒトラーを民主的な選挙で支持し政権につかせた全ドイツ国民の責任とし、国民的な「かんかんがくがくの議論」によって過去を克服しようとしたということである。この真摯さが、近隣被侵略国民の評価と許しにつながったということなのだ。
日本でも同じことではないか。天皇ひとりに、あるいは東條英機以下のA級戦犯だけに戦争責任を帰せられるだろうか。国民すべてが、程度の差こそあれ、被害者性と加害者性を兼ね備えている。天皇制の呪縛のもと煽られた結果とは言え、戦争を熱狂的に支持した国民にも、相応の戦争責任がある。再びの戦争を繰り返さないためには、戦前の過ちの原因についての徹底した追求と対応とについての国民的な「かんかんがくがくの議論」の継続が必要なのだ。
その議論においては、侵略戦争を唱導した天皇の責任の明確化と、天皇への批判を許さず戦争へ国民を総動員した天皇制への批判を避けては通れない。天皇の戦争責任をタブーとして、あの戦争の性格や原因を論じることはできない。
皇軍の兵士を英霊と称える姿勢は、加害者意識の対極にあるものだ。ここからは、あの戦争を侵略戦争と断罪し反省する意識は生まれない。皇軍が近隣諸国で何をしたのかについて、真摯に事実と向かい合いその責任を問うことができない。靖国神社とは、公式参拝とは、そのような重い意味をもつものである。
戦後70年。遅いようでもあるが、「被害者意識から脱却して、加害者としての責任の認識へ」国民的議論を積みかさねなければならない。
ところで、東京新聞は「東京の地方紙」として、全国各紙に比較してその良識を際立たせている。これも、元日付け「年のはじめに考える 戦後70年のルネサンス」という気合いのはいった長文の社説を書いている。全体の論調に異論はない。が、どうしても一言せざるをえない。
末尾を抜き書きすれば、次のとおり。新聞の戦争責任に触れたものとなっている。
「◆歴史の評価に堪えたい
戦争での新聞の痛恨事は戦争を止めるどころか翼賛報道で戦争を煽り立てたことです。その反省に立っての新聞の戦後70年でした。世におもねらず所信を貫いた言論人が少数でも存在したことが支えです。政治も経済も社会も人間のためのもの。私たちの新聞もまた国民の側に立ち、権力を監視する義務と『言わねばならぬこと』を主張する責務をもちます。その日々の営みが歴史の評価にも堪えるものでありたいと願っています。」
その言やよし。しかし、天皇が唱導した戦争を煽り立てたことを反省する、その同じ社説の中に、次のような一節がある。
「81歳の誕生日に際して天皇陛下は『日本が世界の中で安定した平和で健全な国として、近隣諸国はもとより、できるだけ多くの世界の国とともに支え合って歩んでいけるよう願っています』と述べられました。歴史認識などでの中韓との対立ときしみの中で、昭和を引き継ぎ国民のために祈る天皇の心からのお言葉でしょう。」
一瞬我が目を疑った。これが、私がその姿勢を評価してやまない東京新聞の意識水準なのだろうか。この姿勢では、天皇や天皇制に切り込んで戦争責任を論ずることなど、できようはずもない。
私は、「陛下」や「殿下」「閣下」などの「差別語」は使えない。「お言葉」もそうだ。「陛下」や「お言葉」をちりばめた紙面で、「権力を監視する義務と『言わねばならぬこと』を主張する責務」を果たせるだろうか。本当に、「その日々の営みが歴史の評価にも堪えるものでありたい」と言えるのだろうか。
魯迅の「故郷」の中の名言を思い出そう。
「希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えぬ。
それは地上の道のようなものである。
地上にはもともと道はない。
歩く人が多くなれば、それが道となるのだ。」
「天皇の権威などというものは、もともとあるものではない。
それは地上の道のようなものである。
天皇の権威を認め敬語を使う人が多くなれば、
それが集積して天皇の権威となるのだ。」
だから、「陛下」や「お言葉」を使うことは、自覚的にせよ無自覚にせよ、天皇の権威の形成に加担することであって、戦争の惨禍への反省とは相反することとなる。とりわけ言論人がこの言葉を使うことは、自らの記事の価値をおとしめ、センスを疑われることになろう。
(2015年1月5日)
正月に多くの方から年賀状をいただいた。中には何通か「毎日のブログを楽しみにしています」などというお世辞も。とてもありがたいことと思う。だが、私の方はこの20年ほどは賀状を出していない。汗顔、無礼をお詫びするばかり。
年賀状はそれぞれのメッセージに満ちている。なるほどごもっとも、と膝を叩くようなご意見をたくさん頂戴した。以下はそのうちの一つ。学生時代同級だった多菊和郎さんからのもの。多菊さんは、元はNHKの国際放送局国際企画部職員。NHK放送文化研究所のメディア経営研究部長の任にもあった。退職後には、江戸川大学の教授として、その紀要に「受信料制度の始まり」という優れた論文も書いている。(http://home.a01.itscom.net/tagiku/)
ご承諾を得て、挨拶の部分を割愛してご紹介する。
「broadcastという英語の第一の語義は『種を播く』という意味です(OED)。とすると40?の貸農園で少しの野菜を作る私も一人のbroadcasterということになりますが、さて東京・渋谷の大農場ではどのような采配の下にbroadcastingの事業が営まれているのでしょうか。
去年の夏NHK退職者有志が呼びかけた『籾井会長の罷免を求める活動』には1,500人を超える元職員が賛同の意思を表明しました。古巣の組織の変事というよりは民主主義を毀損する、節度を欠いた権力主義的人事との問題意識が多くの人の脳裏にあったと思います。
原発再稼動、集団的自衛権行使、言論統制、沖縄‥。暴走する戦車を傍観していてはいけないと私は考えます。」
さすがにメディアの人らしいセンス。ネギやキャベツ、レタスなどが青々とした農園の写真が添えられている。これが彼のbroadcast成果。対して、本家のbroadcasting事業者の方は、豊かな成果どころではない。芽生える緑を踏みつぶすブルドーザーと化そうとしている。「民主主義を毀損する、節度を欠いた権力主義的(会長)人事」とは、事態の本質を喝破したものだ。
OBと現職、思想信条も感性も大きく異なっているはずはない。1500人の「もの言うOB」は、明らかに現職の気持を代弁し現職を励ましていることだろう。がんばれ、NHK職員諸君。
多菊さんの目には、「暴走する戦車」が映っている。NHK人事を通じての言論統制だけでなく、原発再稼動、集団的自衛権行使、沖縄‥等々。同感だ。いま、あらゆる分野で「暴走する戦車」の脅威が目に余る。暴走する戦車を止めなければならない。まずは暴走にブレーキをかけよう。そして止めた戦車には退場を願おう。いまなら、まだ間に合うのだから。
なお、多菊さんの賀状の冒頭に、「謹賀新年 2015年元旦」とある。これが嬉しい。NHKはいまだに元号使用にこだわっているからだ。私も元号不使用にこだわりがある。元号使用は一世一元制の尊重という、体制に従順な姿勢の表明ではないか。なにしろ、「現天皇の即位を起算点として年を特定」しようというのだから。今年の年賀状を眺めると、元号使用派がめっきり減っていることを好ましく思っている。
(2015年1月4日)
毎日新聞が本日の社説で「ピケティ現象」を論じている。ピケティが説く「21世紀の資本」の内容よりも、「ピケティ現象」に刮目せざるをえない。毎日の社説の内容よりも、大新聞が社説として「ピケティ現象」を取り上げていることに注目し歓迎したい。時代の関心は、格差・貧困という社会病理を凝視するだけでなく、その病理の根源としての資本主義への懐疑にまで進展しているのだ。
社説は、先月8日発売の「21世紀の資本」日本語版の人気に触れて、「東京都文京区立図書館は所蔵3冊に予約が200人以上」と言っている。実はその200人の中には、わが家のリクエストもはいっている。書物の中身は、膨大な統計資料だというではないか。内容の理解にはいくつかの解説記事を読み較べたほうが賢そうだ。何よりも6000円と高価な書物。購入しようとまでは思わない。そこで図書館への予約だが、同じ考えの人がご近所で200人だ。今年中には順番が回ってきそうにない。
毎日社説の内容を要約すれば以下のとおり。
「英仏米、日本など20カ国の過去100年以上にわたる経済統計を解析。土地や株などの資産を活用して得られる利益の伸びは、人々が労働で手にする所得の伸びや国の成長率を常に上回ることを明らかにした。『資本主義のもとでは、資産を持つ人がますます富み、持たない人々との格差が広がり続ける。富も貧困も世襲されていく』と分析している。『資本主義の疲労』とも言うべき現状と今後への警告だ。」
700頁を費やして、「資本主義のもとでは、格差と貧困が拡大する」ことを実証的に述べているのだという。
これが世界のベストセラーとなっている。各地で論争を呼び起こし、体制側の人物からの賛意表明もある。この世界的関心はまさしく「ピケティ現象」である。
しかし、そんなことがこの書物の内容なら、50年前の学生や青年たちの誰もが論じていたことではないか。貧困とはマルクス主義のいう「絶対的窮乏化」であり、格差とは「相対的窮乏化」であろう。もっとも、マルクスは演繹的に論理で語っていた。ピケティは統計で語っているという差はある。
半世紀前の一冊の書物を思い出す。ジョン・ストレイチーの「現代の資本主義」。学説史的な位置づけは知らない。が、教養学部時代に相原茂教授の経済学の授業でのテキストとして使用されたこの書に大きく影響を受けた。
私が理解した限りでのことだが、大意はこんなものだったと思う。
「資本主義は、それ自体としては不合理で矛盾を抱えた体制である。発達した現代の資本主義は寡占体制と国家との癒着を特徴とするが、絶対的・相対的窮乏化を必然とし、やがて誰の目にもその不合理が受け入れがたいものとなる。
しかし、この資本主義に対する民主主義的な統制は可能で、現にそれが実現しつつある。普通選挙や法治主義、あるいは表現の自由や労働組合活動の自由などに支えられて民主的な議会が成立する。その議会によって構成される権力は、所得の再分配や社会福祉を実行して、資本主義の病理を延命可能な程度にまで解決しうる。そのことなくしては資本主義の存続はない。謂わば、政治的な民主主義が、下部構造としての資本主義の延命を可能とするのだ」
ここでは、生産手段の社会化というマルクス主義理論の根幹には触れることなく、人民の政治参加という民主主義が語られている。民主的な権力が、ケインズ的な経済政策や社会福祉政策を実現することによって、よりマシな社会を漸進的に作りうるというメッセージである。
当時、「これは典型的な修正主義的立場ではないか」「資本主義の本質に切り込んでいないことにおいて限界がある」などと言ってはみたが、資本主義の矛盾を「修正」することが悪かろうはずはない。私は、ストレイチーのような立場は、もしかしたら反革命の反動的立場かも知れないなどと恐れつつ、長い目ではそれに説得されたことになる。
資本主義の矛盾・不合理を大前提として、これをいかに「修正」するか。資本の非人間性を押さえ込み、権力を民衆の立場で行使させる。このことを意識的に目指すこと、そんな運動なら自分にも参加が可能でないか。今ある矛盾を少しでも解決できるなら、改良主義といわれても修正主義といわれても、有意義なことではないか。民主主義や人権思想、そして立憲主義がそのような、資本主義の矛盾減殺の方向にに有益と考えての憲法擁護運動への積極的賛同である。
もっとも、ストレイチーには資本主義の終焉あるいは克服の視点があった。しかし、ピケティにはそのような視点はなさそうである。「放置すれば貧富の格差は拡大する」との法則性の指摘と、これを民主的に押さえ込むべきことの指摘とにとどまるようだ。それでも、格差や貧困が資本主義が必然化するものであることの指摘は重い。今の世に、その指摘がピケティ現象となる必然性があるのだ。
毎日社説は、やや遠慮がちに書いている。
「日本では、どうだろう。…現在進行中の経済政策は『持てる者に向けた政策こそが、すべての問題を解消する』といった考えに基づいている」
新自由主義、あるいは規制緩和論とは、資本主義の矛盾や不合理を認めない基本思想である。資本の活動の自由や市場原理に対するいかなる統制ももってのほか、という考え方である。「先ず富者をしてより富ましめよ。さればやがて貧者にもひとしずくほどは恩恵もあらん」というトリクルダウン理論が、小泉政権以来の、そして安倍政権で極端化した『持てる者だけに向けた優遇政策こそが、すべての問題を解消する』政策の根拠である。ピケティ現象は、このような政権のトレンドに、多くの人々が疑問を感じていることの証左である。そして、その疑問は資本主義体制そのものにまで向けられつつあるということなのだ。
毎日社説は、末尾で「ピケティ氏は、格差を解消するため、国際協調による『富裕税』の創設を唱えている。専門家は『非現実的だ』とそっけない。」と述べている。
さて、先ほどのストレイチーである。彼は、民主主義は資本の意を抑えて累進課税や富裕税の類の創設も社会福祉の充実も当然に可能と考えた。そうでなければ資本主義はもたないとしたのだ。ピケティのいう「富裕税」を非現実的とする人々は、資本主義の終焉を望んでいる、不逞の輩に違いない。
(2015年1月3日)
元日と2日、久しぶりに医療過誤訴訟の訴状を起案している。ようやく、ほぼ完成近くまでになった。近々、正月休み明けに提訴することになる。依頼者の承諾を得たので、敢えてその冒頭の一章を、当事者を特定しないかたちで掲載する。
世人の目を惹く大事件ではない。訴額も高くはない。しかし、当事者本人にとっては人生を左右しかねない大事件。そして、誰もが経験しうる医療への不信不満の問題点をよく表している、象徴的事件ではないだろうか。
理念としては、患者の人権の侵害をいかに回復するかを課題とする訴訟である。医師・医療機関との関係において弱者の立場となる患者の側に立って、その人間としての尊厳をどのように保護すべきか、という問題でもある。
もっと分かり易く表現すれば、「一寸の虫にも五分の魂」がテーマなのだ。人間である患者には、五分では納まらない魂がある。自尊心とも、矜持とも言い換えることができよう。医師や医療機関は、ルーチンワークとなってしまった日常の診療行為の中で、この当然のことを時に忘れることがあるのではないか。
起案中の訴状の依頼者は若い女性。とある大病院での研修医2名の動脈血採血の実験台とされて、採血失敗から神経を損傷されて2か月もの入院を余儀なくされた。この間に、職を失ってもいる。ところが、この大病院の副院長は、患者に向かって、「研修医の彼らは何も悪くありません、普通の青年です」「あなたの体に問題があって、このようなことになりました」などといい、さらに「あなたの態度に問題があったからこうなったんじゃない?自業自得だよね」とまで言ってのけたのだ。こう言われて怒らない方がおかしい。私は、話を聞いて依頼者と一緒になって大いに怒った。「あなたの私怨でしかない」などと聞き流す輩がいれば、その連中にも腹が立つ。
ここからは私の忖度だが、この副院長の思いは、洋々たる未来が約束されている研修医2名の将来だけに向けられている。その青年の未来の輝きに較べれば、患者となった20歳の女性店員の人生などは問題にならないという不遜な思いがあったのではないだろうか。大所高所に立って、副院長として、将来性ある医師らのために、患者を説得しようと考えたのであろう。高圧的な態度で接することによって、患者にものを言っても無駄たと思わせ、あきらめるよう仕向けたのではなかったか。
「医師の職業人生の出発点を汚すようなことは望ましくない。だから、あなたには騒いでほしくない。おとなしく身を退いていただきたい」。言外にそのような差別的な傲慢さを感じざるを得ない。
私はこの依頼者の怒り心頭がよく理解できる。しかも、この若い依頼者は、単に怒っているだけでない。私と打ち合わせを進める中で、記憶を整理し、自分の思いを反芻しつつ、次第に自分の怒りの根拠と正当性に自信を深めてきている。そのことが小気味よく、こちらが励まされている。
この依頼者は、「同じような事件は、他にもあるのではないか。このままでは同じような病院の傲慢がまかり通って、患者の被害が繰り返される」として、「自分の実名を挙げてもかまわないから、新聞記事として取り上げてもらいたい」と、某新聞社に顛末を投稿までしている。活きのよい五分の魂がキラキラ光っているではないか。さて、今度はメディアの人権感受性が試されている。
人権も人権侵害も、そして人権の擁護も、抽象的な問題ではない。常に具体的事件の中でのみ表れる。弁護士の仕事は、そのような人権に関わるひとつひとつの事案において、被害者とともに人権を救済することにある。
その原点は、人権侵害に対する怒りを被害者とともに共有することにあるのだと思う。怒ることはエネルギーを要するしんどいことではあるが、この「人権感受性」を失ったら弁護士は終わりだ。私は、まだ沸き上がる怒りを持ち続けていることを誇りに思う。
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(以下で被告とは、病院開設である法人をいう)
第1 事案の概要と特徴
1 研修医による単純な医原性傷害事故(「過失1」)
本件は、近時まれな典型的医原性医療過誤事件である。その加害態様は、医療過誤事件というよりは研修医による患者に対する単純な過失傷害事件と表現するにふさわしい。本件の責任論は、被告病院の研修医が未熟で乱暴な医療行為によって原告の大腿神経損傷の傷害を与えたという単純なものである。
到底単独で医療行為に従事する技量を持たない未熟な2人の研修医が、指導医不在の際に4回にわたって患者(原告)に対する動脈血採血を試みて失敗し、患者の大腿神経を損傷した。本件では、この過失傷害行為を「過失1」とする。
結局研修医らは採血に至らず、原告の強い懇請で研修医に替わった看護師がなんなく採血を行ったが、結果としてこの採血は原告に対する診療に何の役に立つものでもなかった。原告は、無益無用な医師の行為によって重篤な神経損傷の障害を得て、被告病院での2か月間の入院を余儀なくされ、退院後の現在も回復に至っていない。訴状提出の現在、症状未固定で後遺障害の程度は未確定である。
この間、原告は無収入の生活を強いられ、その上失職もして、経済的な困窮は甚だしい。
2 副院長の暴言に象徴される事故対応の不誠実(「過失2」)
近時、本件のごとき単純な医原性事件は訴訟事件とならない。医療機関が責任を認め、謝罪と賠償ならびに再発防止策を構築することによって患者の被害感情を慰謝するのが危機管理の常道として定着しつつあるからである。
ところが、本件における被告の原告に対する事故後の対応は、これまた近時の医療の世界において信じがたい不誠実極まるものであった。
被告は研修医の採血による原告への神経損傷の事実は認めながらも、責任を否定して原告の経済的困窮による生活補償を拒絶した。そればかりか、交渉担当責任者となった副院長は原告に対して、「研修医の彼らは何も悪くありません、普通の青年です」「あなたの体に問題があって、このようなことになりました」などと申し向け、挙げ句の果てには「あなたの態度に問題があったからこうなったんじゃない?自業自得だよね」との暴言まで吐いている。この副院長の暴言に象徴される被告の不誠実な事故対応を「過失2」とする。
本件は、医療機関が患者に対して負う医療事故を起こした場合の誠実対応義務の不履行が、それ自体で独立した違法な過失行為として損害賠償請求の根拠となることの判断を求めるものである。
以上のとおり、本件は上記2点を特徴とする医療過誤損害賠償請求訴訟である。
(2015年1月2日)
あらたまの初春。「戦後70年」と冠される2015年の、年の初めのブログの書き初めである。
「日記買ふ」が冬の季語で、「初日記」「日記始」が新年の季語だそうだ。一年の計を思いつつ、新しい日記の第一頁に筆を下ろす。この新鮮な気持はまた格別。手許の歳時記をめくると、その気持よく分かる、という句が並んでいる。
まっ白な月日あふるる初日記 (山口壤邇)
胸埋めるほどに雪降る初日記 (菅原多つを)
新日記三百六十五日の白 (堀内 薫)
日記まづ患者のことを書きはじむ(中台泰史)
記すこと老いて少なき初日記 (中 火臣)
ブログとて気持は日記と同じ。さて、いったい何を初ブログに書くべきか。
この数年、さして目出度いというほどの新年ではない。とりわけ、安倍政権下の正月となってからは。しかし、世の習いにしたがって申し述べる賀詞はけっして嘘ばかりではない。70年前の正月に比べれば、なんたる「目出度さ」であろうか。
この正月、戦争もなくテロもない。空襲警報は鳴らないし敵機の来襲もない。特高警察も憲兵も、徴兵も徴用もなく、町内会が物資の供出を求めて家々を回って来るでもない。治安維持法も軍機保護法も国家総動員法もない。宮城遙拝や「天皇バンザイ」の唱和を強制されることもない。日本の軍隊が海外に展開しているでもなく、ラジオの臨時ニュースが大本営発表として戦況の放送をしているでもない。ならば、十分に中くらいは目出度いと言ってよいではないか。
これは日本国憲法が保障している平和の世の目出度さである。戦後レジームによる平和であればこそ「目出度い」と言っていられる。うっかり、戦後レジームを脱却して、「天皇を戴く国」を取り戻されたのではたまらない。「天皇を戴く国」とは、皇国史観を強制されて、精神の内奥までに権力の支配が及ぶ恐るべき「御代」にほかならない。治安維持法や軍機保護法が猛威をふるい、国民すべてにスパイの嫌疑がかけられる世の中。特高や憲兵、思想検事が巾を利かせる世の中。人種差別や民族差別が横行する社会。個人の自由ではなく、国家の存立こそが唯一価値あるものとされ、個人は国家への服従を強制される。
新年は、そのような70年前に引き戻そうとするたくらみを許してはならないと、あらためて決意を固めるべき時であろう。
亡父が生きていれば、本日が101歳の誕生日である。そのスパンで、1914年から100年前に遡ると1814年となる。日本はまだ、将軍家斉の時代。ナポレオン・ボナパルトがエルバ島に配流された年だという。
戦後70年もずいぶん長い。1945年から70年を遡ると、1875年、明治8年ではないか。西南戦争以前、江華島事件の年となる。「戦前」を、目一杯明治維新から敗戦までとしても77年間でしかない。大日本帝国憲法制定から敗戦までだと、なんと56年に過ぎない。戦後は長く続いてきた。国民に定着してきた。日々国民が選び取ってきたのだ。
この日本国憲法がもたらす平和を大切にしたい。平和をもたらす日本国憲法を大切にしなければならない。そのことに役立つようなブログを書き続けたい。それが新年の決意。
そして、今年のブログを書き始めるにあたって、「短くしよう」「読んでもらいやすくしよう」「複数のテーマを盛り込むことは止めよう」と決意している。できるだけ…ではあるが。
(2015年1月1日)
たまたま目にした神奈川新聞に次の句があった。
余白なきページを重ね日記果つ(増田幸子)
日記は一年単位のもの。その日記の各ページを、年初からこつこつと余白なく埋めてきて、その繰りかえしがとうとう全ページを最後まで埋めつくしたという感慨が詠まれている。日記の記載は確実に自分の人生の一部である。年の終わりに、一年という時の経過と、その間の自分の人生のあゆみとを、余白のなくなった日記を読み返しての一入の感慨。今年1年、何ごとかを成し遂げたという充実感も読み取ることができよう。
私のブログも、本日大晦日の掲載で、今年365日は余白なきページを埋めつくした。一日の休載もなく、書き連ねたことにいささかの充実感がある。
私のブログは「憲法日記」と標題する。日々書き連ねていることにおいて日記ではあるが、我が国の伝統的な「日記」とはやや異なる。「日記」とは、通常他人の目に触れることを想定していない。あるいは、目に触れないことを前提とする体裁で書かれることが多い。自分だけの読み直しのために、自分の考えをまとめ、忘れてはならないできごとの私的な記録といってよい。
永井荷風の「断腸亭日乗」は、その典型であろうか。荷風37歳の1917年9月16日を第1日目として死ぬ前日まで42年間書き続けられたものだが、戦前には筆禍を怖れて誰にも見せなかった。見せなかったというだけでなく、懸命に隠していたともいう。隠さねばならないと思いつつも、書き残しておこうとするところが文人の文人たる本性なのだろう。「日乗」の戦後分の評価は高くない。晩年は殆どが一日一行という程度にもなっている。隠さねばならないと思いつつ、よほどの覚悟で書いた日々の文章が貴重であり、関心を呼んでいるのだ。
似た例では、神坂次郎が紹介する「元禄御畳奉行の日記」(中公新書)が実に面白い。荷風が漢学と西洋の教養を兼ね備えた風流人(相当に偏狭で自堕落ではあるが)であるのに比較して、こちらは一介の尾張藩士の日記である。取り立てて取り柄のない下級藩士朝日文左衛門は、恐るべき根気で筆まめに日記を書き続けた。その日記の名を「鸚鵡籠中記(オウムろうちゅうき)」と気取ってつけている。彼が18歳であった元禄4年6月13日から延々26年8か月、日数にして8863日間連綿と書き続けた。神坂の紹介による、ままならぬ人生模様を描いたその内容が実に面白く、「日記を書くためだけに生まれてきたような」生涯と評されている。その鸚鵡籠中記の8864日目のページには、知人の筆で「終焉」の2文字が書き加えられているという。この日記も、藩主の浪費やその生母の淫乱などについてまで書き留め、到底人に見せるつもりがあったとは考えられない。文左衛門も、自分の日記が後世こんなに多くの人に読まれる貴重な記録になろうとは夢にも思わなかったことだろう。
これに対して、ブログは社会への発信ツールである。自分だけの備忘録ではなく、後の自分ひとりを読者に想定するものではない。多くの人に知ってもらいたい情報を伝達し、意見を共有してもらいたいとする積極的な表現である。だから読んでいただくために文章を綴っている。
とりわけ、私の「憲法日記」は安倍晋三という右翼が政治家となり首相にまでなったことによる改憲への危機感を出発点としている。現在の憲法の危機を世に伝え、憲法の危機は人権の危機であり平和の危機であること、さらには多くの庶民にとっての生活の危機でもあることをうったえ、憲法を攻撃する勢力にともに対峙することを呼びかけることを本旨としている。
だから、独りよがりの文章は意味がない。「長すぎる」、「分かりにくい」という批判には耳を傾けなくてはならない。常々そうは思っているのだ。能力の不足のせいでこれが難しいのだが。
そしてブログの継続に意味があると考えている。毎日覗いていただけば、必ず何かしらの新しい情報や意見を提供できるように心掛けている。拙いブログも、継続することで私の真摯さをアピールすることもできるし、社会への発信力を獲得することができるのではないだろうか。
本日のブログ掲載で今年全日の更新をしたことになった。2013年4月1日から通算して640日連続更新ともなっている。しばらくは連続更新を続けたい。とりあえずの目標は1000回の大台である。それまでに、安倍政権が崩壊して頑張る必要がなくなることを祈りながら。
今年1年、「憲法日記」に少しでもお付き合いいただき、一部なりともお読みいただいた方に心から感謝を申しあげて、年を閉じるご挨拶といたします。
(2014年12月31日)