澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

天皇交替の儀式は、滑稽な喜劇ではありません。日本の民主主義の未成熟を物語る深刻な悲劇にほかなりません。

ご近所のみなさま、ご通行中の皆さま。
私は、本郷5丁目に在住する弁護士です。日本国憲法とその理念をこよなく大切なものと考え、憲法の改悪を阻止し、憲法の理念を政治や社会に活かすことがとても大切という思いから、志を同じくする地域の方々と、「本郷湯島九条の会」を作って、憲法を大切しようという呼びかけを続けて参りました。

会は、毎月第2火曜日の昼休み時間を定例の街頭宣伝活動の日と定めて、これまで5年以上にわたって、厳冬でも炎天下でも、ここ本郷三丁目交差点「かねやす」前で、明文改憲も、解釈による壊憲も許さない。憲法理念を輝かせたいと訴えて参りました。とりわけアベ政権の憲法をないがしろにする姿勢を厳しく糾弾しつづけています。

9条の会は、「憲法9条を守ろう」「平和を守ろう」という緩やかな目的で集まっている市民団体です。政党ではありませんから、いろんな考えを持つ人々が参加しています。また、言うまでもないことですが、「憲法9条」だけを擁護しようということではなく、日本国憲法とその核となっている日本国憲法の理念を大切にしようという人々の集まりです。

日本国憲法は、きちんとした体系を持っています。私も、中学生の頃に、憲法全体を支える3本の柱として、その基本構造を教えられました。国民主権・恒久平和主義・そして基本的人権の尊重です。国民主権・平和・そして人権は、けっしてバラバラな理念ではなく、緊密に結びついています。戦前には、国民主権がなかったから、平和や人権を望む国民の声は国政に届かなかった。戦前には、平和を大切にする国家目標はなく侵略戦争や植民地政策に国民は動員され、人権が顧みられることはなかった。 戦前には、基本的人権という思想はなく国民には臣民として与えられた権利しか認められなかった。だから、国民は、天皇主権にも、戦争拡大政策にも抵抗する術を持たなかったのです。

戦前、男子はみな兵士となることを強要されました。一銭五厘のハガキ一枚で、徴兵されたのです。何しろ主権者で神さまである天皇の命令ですから、いやも応もありません。軍隊に行っても、どんな理不尽なことも「上官の命令は天皇の命令」として無理強いされました。抵抗は許されません。これが、平和も人権も、国民主権もない時代のあたりまえの風景でした。その結果が、内外に夥しい犠牲者を出しての敗戦でした。この国は、いったん亡びたのです。

 その反省から、日本国憲法ができました。一見大日本帝国憲法のリニューアルのようで、実は土台から基礎からすべて取り壊して新築されたものが日本国憲法です。施主も施工者も、設計の基本的コンセプトもまるで違ったものなのです。新しい憲法の、真新しい3本の柱は、お互いが支えあって、緊密に結びつけられています。つまり、体系を形作っているのです。

 ご注意いただきたいのは、この3本の柱が形作る日本国憲法の体系には、天皇も天皇制も出てこないということです。日本国憲法の核心をなす体系の中には、天皇も天皇制も出る幕はなく、はいりこむ余地もありません。天皇とは、いわば憲法体系の基本構造の中にはなく外に追いやられた位置にあるものなのです。それは、憲法の基本理念の例外として、かろうじて存在が認められたもの。けっして、憲法の体系を外から壊したり侵蝕したりしてはならないとされた異質なものなのです。

仮に、憲法の理念に、体系的な地番を付けるとすれば、1丁目1番地には、国民の「個人としての尊厳」が書き込まれねばなりません。続いて、1丁目には人権のカタログが並びます。思想・良心の自由、信仰の自由、表現の自由、労働組合を結成して争議を行う自由など。2丁目には国民主権や民主主義の仕組みが、そして3丁目には平和や国際協調が位置することになります。では天皇はどこにいるか、4丁目でも5丁目でもありません、完全に番外地なのです。地番が振られる憲法体系の外にあるもの、それが天皇あるいは天皇制という存在です。

確かに憲法の第1章は「天皇」となっており、第1条から8条まで天皇について書かれた条文が並んでいます。しかし、そこに書かれていることは、「天皇には主権はない」、「天皇にはなんの権限も権能もない」、「天皇はひとり歩きしてはならない」などというないないづくしの、注意的な制限条項だけなのです。天皇のできることと言えば、内閣の指示のとおりに形式的なことをするだけ。憲法上、天皇とは存在はしますが、存在するだけで、けっして積極的な意味をもたないし、もってはならないと釘を刺されている存在なのです。

第1章以外にも出てくる天皇についての規定の中で重要なのは憲法99条です。公務員には、憲法尊重擁護の義務あります。その公務員の筆頭に挙げられているのが、「天皇と摂政」です。つまり、主権者である国民が、天皇に対して、この憲法を尊重し擁護護するよう命令をしているのです。天皇が、この主権者の命令に背くことはけっして許されません。

5月1日には、天皇が交替します。その前日に現職が退任して、後任が就任します。このことは、一つの公務員職の担当者が変更になるだけのこと。時代が変わるか? いいえ、何も変わりません。明るい話題か? いいえ、国民の大多数には何の関わりもありません。大事件なのか? いいえ、何の権限も権能も持たない天皇の交替が大事件であるはずはなく、あってはならないのです。いかにも大事件であるかのように騒いでいる人があるのは、何か思惑あってのことことと警戒しなければなりません。

政治的な意味で、天皇制とは何でしょうか。それは、為政者にとって便利この上ない小道具です。かつての天皇は、神であり、大元帥であり、統治権の総覧者でした。天皇は、政治的な権力であるだけでなく、権威をもっていたのです。何しろ、神さまが正義の戦争だと言ったのです。最後はカミカゼが吹いて必ず勝つ。国民をそう信じ込ませ、侵略戦争に国民を動員するためなくてはならない天皇の権威でした。天皇に戦争責任があったことは論じるまでもないことです。

便利この上ない天皇の権威を作り上げるために、為政者は涙ぐましい演出をしました。その最大の手段が教育であり、メディアの統制でした。そして、特高警察と憲兵が天皇の神聖や権威を冒す流言飛語を取り締まりました。こうして臣民に植えつけられた天皇の権威です。新憲法下、権力を失った天皇ですが、いまだにその権威は清算されていないのです。

憲法上、天皇は本来出しゃばらずひっそりとしていることが望ましいのですが、為政者にとっては、使いでのある権威を備えた天皇でなければ存在の意味はありません。代替わりは、さも大事件であるかのごとく仰々しく行われます。そのハイライトが、10月22日の「即位礼正殿の儀」。高御座の新天皇を見上げて、安倍首相が、「テンノーヘイカ・バンザイ」をやるのです。これは、滑稽な喜劇ではありません。日本の民主主義の未成熟を物語る深刻な悲劇にほかなりません。

4月1日には、5月1日以後に使われるという新元号が発表されました。この国際化の時代に、何ゆえこのような不合理で不便なものに固執するのか。すべては、天皇の権威を演出するための手段なのです。政府が、国民にこの元号を使わせたいとするのは、元号が密接に天皇制と結びついているからです。

みなさん、政府やメディアの新元号フィーバーの演出に乗せられてはなりません。しっかりと主権者として自立していることを確認しようではありませんか。為政者にとっては、権威を警戒することなく、権威を忖度し、権威に安住し、権威に服従する国民こそが、最も望ましい御し易い被支配者としての国民像なのです。天皇の権威はそのように利用されようとしています。眉に唾を付けて、うかつにも、天皇や天皇制や、これを利用しようとしている輩の策に乗せられぬよう気を引き締めようではありませんか。
(2019年4月9日)

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