特定秘密の「外形立証」とは何か
1月27日のブログに、特定秘密保護法と国民の公開裁判を受ける権利との矛盾について書いた。同時に、同法違反で起訴された被告人の弁護を受ける権利侵害の虞について触れた。
この点について、国会審議では、森雅子担当大臣は、くり返し「外形立証」で足りることを口にしている。「刑事訴訟法上の秘密の立証というのは外形立証で足りるとされております。例えば、秘密文書の、立案、作成過程、秘密指定を相当とする具体的理由等々を明らかにすることにより、実質秘性を立証する方法が取られております」という具合にである。この点について、もう少し考えて見たい。
特定秘密保護法違反被告事件の刑事訴訟では、被告人の行為が「特定秘密を漏えいした」等の立証が必要である。秘密とは、「非公知の事実であって、実質的にもそれを秘密として保護に値すると認められるもの」という「実質秘」概念として定着している。被告人に「実質秘」を侵害する行為があったことの立証責任は、当然に検察官が負担する。
侵害された特定秘密そのものの公判廷における顕出が「最良の証拠」である。しかし、公開の法廷において秘密をそのまま証拠調べすれば、秘密の内容が公開される結果となり、法廷において不特定多数の者に秘密が漏えいされることになる。だからといって、特定秘密の保護を優先して、「秘密漏えいに関する被告事件については司法の判断が及ばない」などという考え方は、絶対に憲法が許容するところではない。
この「矛盾」をどう解決すべきか。論理の上では、次の3通りが考えられる。
(1) 裁判所が公開手続において秘密とされた内容を直接審査しない限り、検察官の立証が不成功として無罪判決を言い渡す。
(2) 裁判官だけが、非公開の手続でその秘密を審査する。
(3) 直接に秘密の内容を取り調べるのではなく、周辺の間接事実を積み重ねることによる立証で、裁判所は有罪か無罪かの心証を形成する。
このうち、分かりやすいのは(1)である。このような考え方で無罪を言い渡した下級審判決もある。刑事訴訟の原則において、訴因の特定が要求され、有罪には合理的な疑いを容れない程度の立証が必要とされる上は、当然というべきだろう。立証は、単に秘密の漏えいがあったというだけでなく、その秘密の「非公知」性と、「実質的に秘密として保護に値する」という、「実質秘性」の立証が必要となるのだから。
但し、このことが特定秘密保護法違反事件は常に無罪になるということを意味するものではない。当該被告事件の行為時の報道により、あるいは起訴の報道によって非公知性が失われれば、秘密の秘匿は無意味になる。その結果、公判廷において「最良の証拠」として当該秘密の内容が顕出され、証拠調べの対象となって、実質秘性について裁判所の判断を仰ぐことになる。毎日新聞西山記者事件における「密約」は、そのようなものとして公判廷に顕出された。
(2)は、憲法上の公開裁判を受ける権利(37条、82条1項、同条2項但書)の保障をないがしろにするものとしてあり得ない。民事訴訟や人事訴訟、あるいは情報公開請求訴訟などで限定的に制度化されている「インカメラ」方式は、刑事手続においては採り得ない。
(3)が、森雅子氏のいう「外形立証」なるもの。刑事訴訟の立証といえども、直接証拠によらねばならない原則はない。間接事実や経験則を積み重ねて、立証の程度が、合理的な疑いを容れざる程度に至ればよいのだから、秘密漏えいに関する事件に特有の立証の方式が認められたというものではない。「外形立証」というネーミングが適切であるかも検討の必要があろう。
一般論としては、裁判公開の原則を遵守しつつ、当該被告事件において漏えいされた特定秘密を直接公判廷に顕出することのないままに、裁判所に有罪の心証形成を求めることは不可能ではない。周辺の間接事実と経験則の積み重ねによって、立証が可能。それはその通りだ。
しかし、「国家の重大事に関わる秘密保護を優先して、例外的に被告人の利益を劣後したものとして取り扱う」「刑事訴訟の原則を枉げて、有罪の心証として要求される立証の程度を緩和してよい」などということは、絶対にあり得ない。強引に(3)で押し通して有罪判決に至るとすれば、何が秘密かが分からぬままに処罰されてしまうことになってしまう。とすれば、結局のところ、(2)なく、(3)なく、残る(1)の原則に戻らざるを得ないのではないか。
特定秘密保護法は、公開の法廷で裁判を受ける国民の権利については、何の言及もしていない。この法律違反の刑事被告事件には、なんの例外措置もなく、刑事訴訟の原則のとおりの、被告人の弁護権、防御権が保障されなければならない。
しかし、「有識者会議 報告書」の末尾にある下記の一文に、立法者の意図を懸念せざるを得ない。
「特別秘密の漏えいにより国や国民が受ける被害の重大さに鑑みれば、その保全体制の整備は喫緊の課題である。知る権利など国民の権利利益との適切なバランスを確保しつつ守るべき秘密を確実に保全する制度を構築することは、国民の利益の一層の実現に資するものである。」
ここには、もし公開の刑事訴訟手続において特定秘密の内容を明示することなく有罪判決をとれないようなら、それは「国家の安全保障政策上由々しき事態だ」という考え方が露呈している。そのような権力の意向が、裁判所を屈服させることになるかも知れない。あるいは、政権は新たな刑事手続法の制定に着手するかも知れない。要は、「刑事訴訟の原則があるから安泰」などとは言っておられないということである。
(2014年2月2日)