ヘイトスピーチと闘う運動参加者の不当逮捕に抗議する
以下は、ヘイトスピーチ問題で活躍中の神原元弁護士による「反レイシズム」「反ヘイトスピーチ」運動弾圧への抗議を訴えるメールの要約。緊急のネット署名の要請に、是非ともご協力いただきたい。
「大阪府警は、さる7月16日朝、突如、反レイシズム団体『男組』のメンバー8人を暴力行為等処罰に関する法律違反で逮捕し、18日大阪地裁は10日勾留を認めました。私は17日に関東在住の6人と接見し、弁護人となりました。
今回の逮捕の被疑事実は、昨年10月のヘイトスピーチデモへの抗議の際のできごとです。8か月も前のことというだけではありません。その場には警察官が臨場していたのですから、いまさらの立件は不自然極まるものです。しかも、被逮捕者の中には、同種事件で今年の2月に東京地裁で執行猶予の判決を受けた者もいます。本来であれば、併合罪として一括して処理されていたはずの事案の蒸し返しなのです。
すでに終わっているはずの事案を今さら、しかも、7月20日に予定されている反レイシズムの祭典「なかよくしようぜパレード」の直前に、任意の呼び出しをすることもなく、いきなり逮捕した大阪府警のやり方には、強い憤りを感じます。
逮捕されたメンバーのうち2人は、前回(本年2月)、執行猶予判決を受けていますから、このまま起訴されれば、実刑になるおそれが十分です。有罪判決となれば、在特会は大宣伝をするでしょう。京都朝鮮人学校事件の敗訴で窮地に追い詰められていた彼らは、この逮捕に勢いづき、既に『反レイシズム運動の壊滅』等と宣伝を開始しています。
私たちは、担当検察官に働きかけるべく、大署名運動を展開することとしました。
木曜日(7月23日)までに1万人の署名を目標としています。そのために、皆様のご協力をお願いいたします。
ネット署名のサイトには下記の「署名運動」をクリックしてアクセスしてください。
幸い、担当検察官は、あの大阪地検特捜部の証拠ねつ造事件で内部告発をした塚部貴子検事です。聞く耳を持たないはずがありません。私は彼女に正義がどこにあるか説得したいと思っています。」
なお、8人の釈放を求める担当検事宛の要請署名のなかに、次の一文がある。
「昨年2月、レイシストたちは、東京新宿のコリアンタウンを襲撃しました。このときも、警察は、『朝鮮人をぶっ殺せ』という彼らのヘイトスピーチを止めようともしませんでした。そこで、立ち上がったのが多くの市民グループです。男組もその一つでした。男組のメンバーは、文字通り体を張って、レイシストたちを止めに入り、コリアンタウンの人びとを守りました。男組がいなければ、コリアンタウンの人びとは、京都朝鮮学校の子どもたちと同じ被害を受けていたでしょう。私たちは、男組がその活動の中でいくつかの逸脱行為を行ったことを知っています。しかし、これについては、今年2月、東京地裁で裁判が開かれ、男組のメンバーは一度処罰を受けているのです。それなのに、東京地裁の裁判より以前の事件を今更持ち出すとすれば、東京地裁の裁判はいったい何だったのか、ということになります。これは実におかしな話ではないですか。私たちは、大阪府警が、反レイシズムの祝典『なかよくしようぜパレード』の直前の時期を狙って、男組を逮捕した理由を知る由もありません。しかし、この逮捕は、結果的に、レイシストたちを喜ばせ、勢いづかせています」
上辺だけを見れば、表現行為と表現行為との衝突である。しかし、レイシズムを煽り立てるヘイトスピーチと、公権力の庇護から見捨てられた少数者の側に敢えて立った対抗言論集団の表現行為とを、皮相に「どっちもどっち」と言ってはいけない。
言論・表現の質において、自ずからその価値の軽重が存する。ヘイトスピーチを刑事的に取り締まれというには躊躇を感じつつも、ヘイトスピーチに敢然と立ち向かった集団への刑事弾圧を許してはならない。
もう一つ、表現の自由に関連して、こんな海外ニュースが話題となっている。
「〈ルサカAFP=時事〉アフリカ南部ザンビアのサタ大統領を『イモ』と呼び、罪に問われた野党党首に対し、北部カサマの裁判所は15日、『言論の自由』を認め無罪判決を言い渡した。
野党『より良いザンビアへの連合』のフランク・ブワルヤ党首は1月、ラジオの生放送中に大統領を『サツマイモ』と批判した。現地の言葉で『サツマイモ』は忠告に耳を貸さない人物を指す。
無罪判決を受け、ブワルヤ氏は『この国には表現の自由があり、野党党首の私には批判する権利があることを裁判所は明らかにした』と喜んだ。」
関連記事を総合すると事情は次のようである。
フランク・ブワルヤ氏は、元はカトリック系の僧侶で、今はミニ政党〈Alliance for a Better Zambia〉のリーダー。本年1月にラジオの生番組に出演し、マイケル・サタ大統領を『まるでイモのようだ』と発言して逮捕され、起訴された。
次のような当時の報道がある。
「ブワルヤ氏は、「人の話を聞こうという姿勢がない大統領への批判をこめ、『ねじれて歪んだサツマイモのようだ』と例えたのです。しかもこの表現は慣用句としてどこでも使用されています。彼のリーダーシップに関するもので、外見を侮辱したものではありません」と釈明。
しかし有罪判決が下れば、ブワルヤ氏には5年の懲役刑が言い渡される可能性が高い。」
問われているのは、大統領を「イモ」と呼ぶことの社会的な道義や妥当性の問題ではない。刑事制裁という国家権力の発動をもって、野党党首のこの発言を禁圧することが許容されるかという法的レベルの問題である。
無罪判決は目出度いが、報道では最終審の判断であるかについては分からない。さらに、こんなことで逮捕され起訴までされていることにおいて、明らかに表現の自由の成熟度が不十分なことをものがたっている。
ヘイトスピーチやレイシズムの示威行動は、批判や非難の対抗言論を甘受しなければならない。権力や金力を手にする者の行為についても同様である。政治的、経済的強者の言動に対する批判の言論は最大限に尊重されねばならず、その反面、政治的・経済的強者は言論による批判を甘受しなければならないのだ。
常に、この民主主義社会の基本ルールが問われている。わが国においても、民主主義の成熟度が問われ続けているのだ。「形式的平等」を隠れ蓑にして、男組への蒸し返し起訴を許してはならない。スラップ訴訟における請求認容もあってはならない。
(2014年7月21日)