澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

サケ漁は三陸漁民みんなの憲法上の権利だ。大型定置網漁業者の利益のための不許可処分は違法だ。

浜の一揆の次回期日(8月5日)が迫ってきた。当日陳述予定の当方の準備書面を紹介したいのだが、長いし読むのも面倒。おもしろそうなサワリの部分を3個所読み易くしてみた。原告100人が、岩手県知事を被告として起こした、「サケ刺し網漁不許可処分取消請求事件」である。この3個所をつなげば、法律的な主張の骨格が見えてくる。

☆本件各固定式刺し網によるサケ採捕許可申請に対する被告岩県知事の不許可処分を違法とする根拠は大要以下のとおりである。
(1) サケを含む海洋の水産資源は無主の動産であって、その採捕は本来何人も自由になし得るところである。漁民が継続反復してサケを業として採捕して生計を営むことは、憲法22条1項の営業の自由に該当する経済的基本権の行使として保障されなければならない。
(2) 漁業法ならびに水産資源保護法は特別の定めを置き、「漁業調整」(漁業法65条1項)または「水産資源の保護培養」(水産資源保護法4条1項)の必要あるときに限って、これを一般的に禁止したうえ、申請によって各都道府県知事が許可することによってこの禁止を解除する制度を設けることを認めた。
(3) この両法の委任を受けた岩手県漁業調整規則7条および23条が、サケを含む魚種の固定式刺し網漁を一般的に禁止して、個別の申請による許可の手続を定めている。
(4) 原告らは、岩手県漁業調整規則に基づいて一般的に禁止されている固定式刺し網によるサケ漁について、同じく岩手県漁業調整規則に基づく手続をもって許可を求めたものである。
 原告らの憲法上の権利が軽々に制約されてはならず、飽くまでも許可が原則でなくてはならない。
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☆漁民が、いかなる漁法でいかなる魚種を採捕するかは本来自由である。原告ら沿岸の漁民が固定式刺し網の漁法で、三陸沿岸漁業の主力魚種であるサケの採捕を行うことで生計を立てることは憲法上の基本権たる、営業の自由に属することで、これを禁止することは、憲法上の基本権の重大な制約に当たるものとして、軽々になし得るものではない。
☆営業の自由に対する制約が軽々になし得るものでないことは、古典的なリーディングケースとなった最高裁判所大法廷判決(1975(昭和50)年4月30日)の判示するところとしてよく知られている。薬事法の薬局距離制限規定を違憲として、「薬局開設の許可申請に対する不許可処分を違法」と判断したものである。
同判決の結論は、15人の裁判官全員一致の判断で、「薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた薬事法6条2項、4項(これらを準用する同法26条2項)は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法22条1項に違反し、無効である。」というものである。
☆判決は、薬事法の薬局距離制限規定における「規制目的」を行政庁の主張から確認した上、当該の法の規制目的に照らして、当該距離制限規制が「必要かつ合理的な規制手段とは言えない」から違憲とし、それゆえ当該薬局開設不許可処分を違法と判断して取り消したものである。
☆同判決は、「目的と手段の均衡」が確保され、かつ「他の方法での目的の達成が不可能」な場合でなければ、必要かつ合理的な制約とは言えず、国民の営業の自由を不当に侵害して違憲という判断なのである。
☆本件では、大上段に不許可処分を違憲と主張するものではない。漁業法、水産資源保護法および水産業協同組合法の立法趣旨に照らして、各不許可処分を違法とする判断で十分という立場である。しかし、本件における各処分を違法とする判断の枠組みは、最高裁大法廷判決の違憲判断枠組みをそのまま援用することが可能である。本件における被告行政庁の主張は、「目的と手段の均衡」についても、「他の方法での目的の達成が不可能」に関しても、これを要証事実として主張・挙証の責めを尽くしたものではないことが明らかである。それゆえ、法が期待する重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であるとは言えず、不許可処分は違法を免れない、というべきなのである。
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被告(岩手県知事)は、原告ら漁民に固定式刺し網によるサケの採捕を禁止している理由について、ごく概括的に下記4点を挙げている。。
?「サケの固定式刺し網漁業が、サケ産業を自然の回遊魚の採捕ではなく各地漁協中心の孵化放流と定置網漁業の方式で振興している当県においては、定置網漁業者との漁業調整上の深刻な摩擦を生じる」
?「仮に被告がサケの固定式刺し網漁業を解禁すれば、原告らに限らず膨大な数の漁業者が参入し、漁業調整や資源保護の見地から深刻な問題が生じる」
?「固定式刺し網漁業により採捕されたサケは海産親魚として利用できず、種卵確保が困難となり資源減少の見地からも推奨できない」
?「他道県との漁業調整上の問題も生じること」
以上の???が漁業調整の必要の有無にかかわる問題で、調整を要する関係は、?が原告ら「零細漁民」と「漁協中心の定置網漁業者」、?は「漁業者間」、?が岩手県と他道県、そして??が資源保護の問題、だということになる。

被告の真の関心とホンネは、?にある。他は些細な問題であり、容易に解決可能である。原告らの本件サケ採捕を認めるとすれば、「定置網漁業者との漁業調整上の深刻な摩擦を生じる」というのは不正確で、「定置網業者の利益を損なう」という表現が正しい。被告岩手県の水産行政は、あからさまに「定置網業者の利益を守る」ために、原告ら零細漁民のサケ漁解禁の要求を封じ込めているのである。「摩擦」は既に生じている。次第に「摩擦」は大きくなりつつあり、行政がサケ漁解禁の政策に転換するまで止むことはない。
被告は、「各地漁協中心の孵化放流と定置網漁業の方式で振興している当県」という言い回しで、岩手県の水産行政がサケの定置網漁業を振興しているのだから、これを擁護して深刻な摩擦を生じないように、原告ら零細漁民に固定式刺し網によるサケの採捕を禁じている、と露骨に述べたのである。これは、原告らにとっては、甚だしい行政の不公平であり、不正義である。
被告の言い回しの中には弁明が含まれている。「孵化放流」と「漁協中心」のキーワードがこれに当たる。しかし、両者とも弁明たり得ない。
サケの「孵化放流」は国や県の補助事業としてなされている。多額の税金が注ぎ込まれている。もちろん、原告らも担税者である。にもかかわらず、「孵化放流」事業の成果たるサケ成魚の採捕は定置網業者の独占するところとなり、原告らに利益が還元されるところはない。
また、「各地漁協中心の定置網漁業者」という微妙な言い方は、定置網漁業者が漁協に限られず、浜の有力者が好位置の定置網漁で巨額の利益を得ていることをカムフラージュしたいからである。
さらに、漁協が定置網漁を自営することの問題性も避けて通れない。本来、漁協は漁民集団の利益を擁護するための互助組織である。その漁協が、漁協組合員である漁民の営業を圧迫する態様での営業をすることは許されることではない。
水産業協同組合法4条は、(組合の目的)と題して、「組合は、その行う事業によつてその組合員…のために直接の奉仕をすることを目的とする」と定める。
漁協の任務は、飽くまでも「組合員のために直接の奉仕をすること」である。漁協が、組合員と利益相反する事業を行い、組合員の事業を圧迫するなどは本来あってはならないことなのである。
現実の事態は深刻である。漁協が大事業体となって大がかりな定置網漁を行って、サケ漁を独占し、その定置網漁の利益を損ねるからということで、原告ら漁民のサケ漁が禁止されている。本来中立でなければならない行政が、「各地漁協中心の定置網漁業者」を援護して原告らの許可申請を懸命に防止しているのである。
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古くから、漁業界では「浜の封建制」が問題となってきた。戦後漁業法は、経済民主化政策の大きな目玉のひとつとして制定され、第1条 (この法律の目的)に、「漁業の民主化を図ることを目的とする」と書き込まれたことで知られる。併せて、水産業協同組合法や海区漁業調整委員会の制度なども作られたが、「三つの対立」構造の克服が困難と言われ続けてきた。
「三つの対立」とは、地域対立、業種対立、そして階層対立である。階層対立の構造は根深く、結局はかつての浜の有力者が漁協の組合長や幹部となって権益を握る構図が各所に伏在している。原告ら100人は、このような「浜の封建制」と闘っているのである。
(2016年8月1日)

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