韓国における大統領疑惑と民主化運動のダイナミズムー李京柱・仁荷大学教授に聞く
本日(12月9日)韓国国会は、朴槿恵大統領の弾劾訴追案を、賛成234票、反対56票で可決した。今後、憲法裁判所の審判で「職務上の重大な違憲違法がある」と認定されれば弾劾が決まって大統領は失職し、60日以内に大統領選が行われることになる。憲法裁判所の審理期間は180日以内とされているがその遵守の保証はないという。また弾劾には9人の憲法裁判所裁判官のうちの7人以上が採決に加わって6人以上が賛成する必要があるところ、3人は大統領府の推薦者、3人は国会の推薦だが2人が与党推薦だという。しかも、もうすぐ2人の裁判官の任期が切れる。はたして弾劾が成立するか予断を許さない。
国会が弾劾訴追を議決した本日、日民協憲法委員会は韓国仁荷大学の李京柱教授をお招きして「韓国における大統領疑惑と民主化運動のダイナミズム」と題する講演会を開催した。その講演記録は、「法と民主主義」1月号(1月20日刊)に掲載されるが、時宜を得た興味深い内容であった。
圧倒的な世論と大規模なデモが大統領弾劾訴追議決となったが、李教授は望ましいシナリオではなかったという。最も望ましかったのは、デモが呼号していたとおりに、大統領が下野(即時)するシナリオ。これなら、180日の憲法裁判所の審議を跳ばして、60日以内に次期大統領選挙が行われることになる。憲法裁判所の審判の結論を心配する必要もない。更に、理念の問題として、次の見解の紹介があった。
ホン・ソンス淑明女子大教授(法学)は「今の問題は、憲法の理念と民主主義の問題であり、市民の手で提起された政治的問題だが、それが憲法裁判所のエリート裁判官の判断に委ねられる状況を(国民が)認めるだろうか。弾劾は最後の手段であり、問題は法ではなく、政治で解決しなければならない」と指摘した。
即時辞任ではなくとも、「段階的辞任」という選択肢もあった、という。大統領が「期日を定めた辞任」を宣言して、与野党の合意で大統領選前倒し日程を決定するというシナリオ。弾劾による罷免は第3のシナリオだが、結局大統領の命運は憲法裁判所の手にまかせられている。憲法裁判所は、はたして民主主義の守護者か、それとも体制の守護者か。その回答は、審判の結論が出るまで分からない。
今回の激動の要因としては幾つかが考えられる。韓国の民主化は一定の成果をあげたものの、今回の大統領疑惑(権力型汚職事件)問題がその民主化の到達点からの逆戻りという自壊感を多くの人に与えたのではないか。また、大学入試不正(梨花女子大学)問題も若年層に大きな怒りの衝動を与えた。さらには、韓国でも新自由主義の蔓延による格差社会化が進行しており、社会不安や不満が充満している。また、現政権による外交安保、統一政策などへの不安感(THAAD配備,慰安婦問題合意が典型)も要因として考えられる。
今回の事態を「民主化」という物差しだけでは測れない。「保守の分裂」の結果という側面も見なければならない。問題の根治のためには、経済民主化やマスコミの改革までが必要だが、おそらく、今日の弾劾訴追決議の成立で、路上のデモの規模は縮小することになるだろう。これからのことは楽観できない。大騒ぎがあったが、結局何も変わらなかったとしてはならない。
話題は多岐に及んだが、「路上の民主主義」という文化の定着可能性が語られた。立憲主義破壊に対する抵抗というだけでなく、憲法理念の実現をはじめとするさまざまな政治課題について、「普通の人々」が日常の茶事として声を上げるような政治文化を創造していけるかがなお重い課題として存在する、という問題提起。韓国は、そのような政治文化の定着に近い。少なくとも日本に比較して。
あの大規模デモに逮捕者が出ていないという。デモ参加の市民は意識的に挑発を避け、ゴミの片づけまでしているとのこと。軍隊の出る幕のないことはもちろん、機動隊出動の口実もないという。デモの規模が小さいときの警察は規制しようとしていたが、今は交通整理に没頭しているとか。家族や友人同士が連れだってのデモが、その参加の規模を大きくしているという報告だった。
タイムリーな話題が、そのまま貴重な問題提起であった。
(2016年12月9日)