澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

DHCスラップ訴訟控訴審結審、判決は1月28日ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第64弾

本日、東京高等裁判所第2民事部(柴田寛之裁判長)でDHCスラップ訴訟の控訴審第1回口頭弁論期日が開かれ、控訴理由書と控訴答弁書の陳述ののち、弁論を終結した。次回判決言渡しとなった。判決言渡期日は、2016年1月28日(木)午後3時00分。822号法廷。

1回結審での、年末年始休暇をはさんでの1か月先の期日指定。常識的には控訴棄却の定番コースではあるのだが…。「典型的なスラップ訴訟」「DHC・吉田嘉明は、勝訴の見込みないことを知りながらの提訴」ではあるが、判決は水物。言い渡しあるまでは、心穏やかではない。

被控訴人の控訴答弁書の陳述は、私が要旨を朗読する方法でした。やや長文だが、下記に全文を掲載する。

**************************************************************************
 弁護士の澤藤です。思いがけなくも訴えられて被告となり、いまは被控訴人本人の立場にあります。被控訴人本人として、控訴答弁書を要約して陳述いたします。

 最初に訴訟の進行について要請申し上げます。本件では当事者双方に、今後の主張・挙証の必要は考えられません。本日弁論終結の上、すみやかな控訴棄却の判決をお願いいたします。

 一審以来、本件における主要な争点は、名誉毀損とされた各表現が「事実の摘示」なのか、それとも「意見ないし論評の表明」なのか、という一点に集中しています。
 当該表現が、「事実の摘示」か「意見・論評」か。この論点設定は、名誉毀損訴訟において最高裁が示した枠組みに従ってのものです。当事者双方が、それぞれの立場で、この枠組みにしたがった主張を展開しています。

 しかし実は、問題の本質、あるいは実質的な判断基準は、別のところにあるように思われるのです。訴訟とは具体的な事例に則して、憲法あるいは法の理念をどう理解して適用すべきかという、優れて理念的な営みであり、憲法理念を社会にどう具現するのかという実践的な営みでもあるはずだと思うのです。その観点からは、判例の形式的な引用とは別の実質的な判断過程が必要と考えざるをえません。

 憲法的視点から見れば、本件は憲法21条が保障している表現の自由と、13条によって憲法上の権利とされている人格権とが衝突する場面での調整のあり方を問うものにほかなりません。本件具体的事例においてこの調整はいかになされるべきか。被控訴人は言論の自由保障という憲法価値の優越を主張し、控訴人らはこのような人の名誉を侵害する言論は憲法の保障の埒外にある、と言っていることになります。

 憲法が言論の自由を特に重要な基本権とし、その保障を高く掲げたのは、誰の権利も侵害しない、「当たり障りのない言論」を自由だと認めたのではありません。敢えて言えば、当たり障りのある言論、つまりは誰かの評価を貶め、誰かの権利を侵害する言論であってこそ、これを自由であり権利であると保障することに意味があるのです。
 もっとも、弱者を貶めて強者に迎合する言論を権利と保障する意味はありません。言論の自由とは、本来的に権力者や社会的強者を批判する自由として意味のあるものと言わざるを得ません。私のブログにおける表現は、控訴人吉田嘉明らを批判するもので、吉田嘉明らの社会的評価の低下をきたすものであることは当然として、それでも憲法上の権利の保障が認めらなければなりません。

 原判決は実質的に以上の理を認めました。
 原判決は、私の名誉毀損15個の表現を、いずれも「一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば」というキーワードを介して、「意見ないし論評を述べたものであり,事実を摘示したものとはいえない」と判断しました。その上で、「本件各記述は,いずれも公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図ることにあって,その前提事実の重要な部分について真実であることの証明がされており,前提事実と意見ないし論評との間に論理的関連性も認められ,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものということはできないから違法性を欠く」と結論しています。「長崎教員批判ビラ配布事件」平成元年12月21日最高裁判決が引用されていますので、明示はされていませんが、「公正な論評の法理」を採用したものと理解されます。

 原判決の以上の説示に異論のあろうはずはありません。しかし、おそらくは、実質的な判断の決め手となったものは、憲法21条の重視のほかには、以下の3点だろうと思われるのです。第1点が言論のテーマ、第2点が批判された人物の属性、そして第3点が言論の根拠です。
 
 その第1点は、私のブログでの各記述が政治とカネにまつわる、典型的な政治的言論であることです。
 私は、控訴人吉田嘉明が、政治資金規正法の理念に反して自分の意を体して活動してくれると期待した政治家に、不透明な巨額の政治資金を「裏金」として提供していたことを批判したのです。このような政治的批判の言論の保障は特に重要で、けっして封殺されてはなりません。

 第2点は、本件ブログの各記述の批判対象者となった控訴人吉田嘉明の「公人性」がきわめて高いことです。その経済的地位、国民の健康に関わる健康食品や化粧品販売企業のオーナーとしての地位、労働厚生行政や消費者行政に服すべき地位にあるというだけではありません。政治家に巨額の政治資金を提供することで政治と関わったその瞬間において、残っていた私人性をかなぐり捨てて、高度の公人としての地位を獲得したというべきです。このときから強い批判を甘受すべき地位に立ったのです。しかも、吉田は自ら週刊誌の誌上で巨額の政治資金を特定政治家に提供していたことを暴露しているのです。金額は8億円という巨額、政治資金規正法が求めている透明性のない「裏金」です。控訴人吉田嘉明が批判を甘受すべき程度は、この上なく高いといわざるを得ません。

 そして第3点が、本件ブログの各記述は、いずれも控訴人吉田自身が公表した手記の記載を根拠として推認し意見を述べているものであって、意見ないし論評が前提として依拠している事実の真実性については、ほとんど問題となる余地がなかったことです。加えて、本件ブログの各記述は、いずれも前提事実からの推認の過程が、きわめて明白であり、かつ常識的なものであることです。
 控訴人吉田はその手記において、行政規制を不当な桎梏と感じていることを表明しています。企業とは、何よりも利潤追求のための組織です。企業経営者が、行政の対企業規制に明確な不満を述べて、規制緩和を標榜する政治家に政治資金を提供したら、これはもう、規制緩和を推進することによる利潤の拡大を動機とするものと相場が決まっています。
 このような常識的な推論に、立証を求められる筋合いはありません。まさしく、推論を意見として述べることが政治的言論の自由保障の真髄と言うべきで、控訴人吉田は、対抗言論をもって弁明や反批判をすべきであったのに、判断を誤ってスラップ訴訟の提起をしたのです。

 以上の3点を実質的な決め手として請求棄却の判決に至った原判決には、いささかの誤りもありません。

 控訴人らは、原判決を不満とし控訴理由書においても、「動機の推認も事実の摘示」だと繰り返しています。私のブログでの意見表明について、いまだに「動機の真実性の証明を求める」とか、「その証明ない限りは違法」という控訴人らの主張の蒸し返しは、児戯に等しいと言わざるを得ません。私がした程度の推論は、常識に属するものです。このような見解の表明が許されないとすれば、言論の空間は逼塞し表現の自由は枯渇してしまうでしょう。訴訟とはある最高裁判決の文章を具体的事例に有利に引用しあうゲームではありません。最高裁が示した字句を機械的に引用して、形式論理の整合性の優劣を争う愚かな競争ではないはず、だと申しあげておきたいと思います。

 ところで、私は「澤藤統一郎の憲法日記」と題するインターネット・ブログを毎日連載しています。現在の形で立ち上げた、第1回が2013年4月1日。以来、一日も欠かさずに書き続けています。昨日のブログが連続997回目。明後日に1000回に到達します。このブログにおいて、私なりに憲法理念を書き連ねてきました。権力を担う者、社会的な力をもつ強者には、遠慮のない批判の言論を続けていますが、弱者を批判したことはありません。一貫して社会的弱者の権利を擁護する立場から、強者の側を批判する姿勢を堅持しています。私は弁護士として、社会から自由を与えられ、誰におもねることもない自由を享受しています。この自由を、弱者の人権を擁護し権力や強者を批判するために行使することが、弁護士としての使命だと考えてきました。私のブログはその立場で貫かれていることを自負しています。

 その連載ブログの365回目となる2014年3月31日に、「DHC・渡辺 8億円事件」を取り上げました。続けて4月2日と、4月8日にもこの件を取り上げました。私がこの事件に反応した理由の一つとして、私が消費者問題に関心を持つ弁護士として、消費者行政の規制緩和に反対する運動に携わってきたことがあります。私は東京弁護士会の消費者委員会委員長も、日弁連の消費者委員長も経験しています。消費者に安全を提供すべき企業経営者が、行政規制を煩わしいと広言しながら、政治家に「裏金」を渡すなどと言うことが許されてはならないと強く思いました。それだけでなく、これを発言することは私の責務だとも思ったのです。

 ところが、このブログの記述がDHCや吉田嘉明の名誉を侵害し、2000万円に相当する精神的損害を被ったとして損害賠償請求訴訟の対象とされました。私にとっては到底信じがたい訴訟です。私自身が典型的なスラップ訴訟の被告とされたことを自覚し、言論の自由のために、恫喝に屈してはならない、スラップに成功体験をさせてはならない、と決意しました。

 これも弁護士の使命として、口をつぐんではならないと覚悟して、ブログで「DHCスラップ訴訟を許さない」シリーズを書き始めました。途端に、請求が拡張され、6000万円に跳ね上がりました。この経過自体が、本件提訴のスラップ性を雄弁に物語っていると考えています。

 私は、原審の法廷陳述でも担当裁判官にお願いしました。まずは、私の5本のブログを細切れにせずに、丸ごと全体をお読みいただきたい。その上で、日本国憲法が最高法規とされている現在の日本社会において、この私の言論が違法な言論として許されざるものであるのかをお考えいただきたい。言わば、まずは常識的な憲法感覚において、私のブログが違法なものかどうかを判断願いたいのです。

 そして、お考えいただきたい。もし仮に、私の言論にいささかでも違法の要素ありと判断されることになれば、原告吉田を模倣した、本件のごときスラップ訴訟が乱発される事態を招くことになるでしょう。社会的な強者が自分に対する批判を嫌っての濫訴が横行するそのとき、市民の言論は萎縮し、権力者や経済的強者への断固たる批判の言論は、後退を余儀なくされることにならざるをえません。この社会の言論は萎縮せざるを得ません。およそ政治批判の言論は成り立たなくなります。そのことは、権力と経済力が社会を恣に支配することを意味します。言論の自由と、言論の自由に支えられた民主主義政治の危機というほかはありません。スラップに成功体験をさせてはならないのです。

 最後に、本件の判断を射程距離に収めると考えられる、憲法21条についての最高裁大法廷判決(昭和61年6月11日・民集40巻4号872頁(北方ジャーナル事件))の一節を引用いたします。

「主権が国民に属する民主制国家は、その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ、その中から自由な意思をもって自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され、かかる過程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としているのであるから、表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり、憲法21条1項の規定は、その核心においてかかる趣旨を含むものと解される」

 この最高裁大法廷判例が説示する「公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利」との憲法理念に則った判決を期待いたします。

**************************************************************************
なお、控訴審から新たに弁護団に加わっていただいた弁護士の中に、徳岡宏一朗さんがいる。本日の法廷と報告集会に参加していただいた。

その徳岡さんのブログにDHCスラップ訴訟が紹介されている。ありがたいこと。下記のURLをご参照いただきたい。私のブログとは段違い。見栄えがよく、読み易い。
  http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/0278962f4551fe0531c2218cb9b922d4

(2015年12月24日・連続第998回)

カフェイン過剰摂取死亡事件が示すサプリメント規制強化の必要性ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第62弾

「『エナジードリンク』と呼ばれるカフェインを含む清涼飲料水を大量に飲んだ九州の男性が中毒死した問題で、福岡大(福岡市)は(12月)21日、解剖の結果、カフェインの血中濃度が致死量に達していたことが分かったと発表した。胃の中からカフェインの錠剤も見つかり、解剖した同大の久保真一教授(法医学)は記者会見で『短期間の大量摂取は危険だ』と注意を呼びかけた。」(毎日)

「久保教授によると、男性は深夜勤務のある仕事に従事し、夜勤明けに自宅で吐き、その後亡くなった。死因・身元調査法に基づき解剖したところ、血液1ミリリットル中のカフェイン含有量は致死量に達する182マイクログラムで、胃からは粉々になったカフェインを含む錠剤も検出された。男性が服用したとみられる。
 男性に既往症はなかったが、亡くなる1年ほど前から眠気覚ましに、カフェインを含む『エナジードリンク』と呼ばれる飲料を飲むようになったと家族は教授に説明。3、4度吐いたことがあり、亡くなる1週間ほど前からは眠気で仕事に支障が出ていたとも話した。
 久保教授は、こうした状況から、摂取した時期や量は分からないものの、男性がカフェインを含む飲料や錠剤を比較的短時間にたくさんとったことにより、急性カフェイン中毒で死亡したと結論づけた。10月に神戸市であった学会で発表したという
。」(朝日)

コンビニに置いてある清涼飲料と気軽に入手可能な錠剤サプリメントでのカフェン過剰摂取。それが現実の死亡事故となった。サプリメント先進国アメリカでこそ相当数の報告があるものの、我が国では初めての報告という。しかし、解剖なければ死因は分からなかったはず。死因分からぬままの同種症例は他にもあったのではないか。また、死亡にまでは至らないカフェイン過剰摂取健康障害事例がなかったはずはない。この事件が示唆する、健康食品・サプリメントによる健康被害のひろがりは、深刻な事態といわねばならない。

カフェインもビタミンもミネラルも、自然食品に含まれている。普通の食生活において自然食品を摂取している限り健康に害はない。ところが、企業の宣伝に煽られて、過剰摂取におちいると健康被害が生じることになる。過剰な広告による過剰な商品摂取が危険なことはつとに警告されてきたところ。だが、健康食品もサプリメントも、取締法規と行政規制は「自己判断・自己責任」の問題として放置したままである。

過剰摂取が特に危険とされている微量栄養素として、ビタミンA・ビタミンD・鉄・セレン・ゲルマニウム・クロム・カルシウムなどが警告の対象となっている。また、病人特に腎不全患者は高用量のビタミンC摂取を回避すべきとされてもいる。(内閣府食品安全委員会・報告書)

実は、これらの健康食品・サプリメント類の過剰摂取健康被害は表面化しにくい。通常因果関係の立証はきわめて困難である。しかし、解剖例から明確にされた、カフェイン過剰摂取死症例の存在は、他のビタミン・ミネラル類についても過剰摂取による隠れた健康被害が広範にあることを示唆するものと考えなければならない。

カフェイン死亡事件は、健康食品やサプリメントを行政規制の鎖から野放しにしておくことの危険を象徴するものと言えよう。とりわけ、錠剤サプリメントによる大量摂取が消費者の健康被害に危険を及ぼすことは明らかではないか。

DHC吉田嘉明は、「週刊新潮」2014年4月3日号に手記を寄せてこう言っている。
「私の経営する会社は、主に化粧品とサプリメントを取り扱っています。その主務官庁は厚労省です。厚労省の規制チェックは他の省庁と比べても特別煩わしく、何やかやと縛りをかけてきます」「私から見れば、厚労省に限らず、官僚たちが手を出せば出すほど、日本の産業はおかしくなっているように思います。つまり、霞ヶ関、官僚機構の打破こそが今の日本に求められている改革…」

要するに、「自社を縛っている行政規制が煩わしい。その規制チェックをなくすることが、今の日本に求められている。」という、企業のホンネをあからさまに述べているものと解するほかはない。サプリメント販売の行政規制強化などはとんでもない、ということになろう。

ところが、である。DHCのネット広告の中に次の一文を見つけた。
「今や日本人の6割以上が日常的にサプリメントを使用する時代となりました。しかし、日本の健康食品業界はサプリメントの先進国アメリカに比べると規制が緩く、それを逆手に取った価格や配合成分、効果に疑問を持たざるをえないサプリメントが存在します。残念なことに日本ではそのような“不健康なサプリ”があふれかえっており、“健康なサプリ”が少ないのが現状です。生活の質を向上させるためにサプリメントを購入する際には、企業の宣伝や広告を鵜呑みにするのではなく、自分自身で“健康なサプリメント”と“不健康なサプリメント”をしっかりと見極めましょう。」

この広告では、日本の健康食品業界に対する行政規制が緩いことを嘆いて見せているのである。一方では「規制を特別煩わしい」と言い、一方では「規制が緩い」と言うこのご都合主義は、いったいどういうことなのだろう。

消費者に読ませる広告において規制が緩いことを嘆く姿勢を見せることが、自社製品の安全性アピールに結びつくとの思惑からのことであろうが、企業の広告がホンネと乖離していることの見本と言うべきであろう。どの企業も、ホンネは規制の緩和ないし撤廃を望んでいる。しかし、消費者には規制を嫌っていると思われたくはないのだ。

そして、「価格や配合成分、効果に疑問を持たざるをえない不健康なサプリメント」は、業界のすべての企業の製品に共通している。厚労省も消費者庁も、そして内閣府食品安全委員会もその実態を明らかにしつつ、強く警告を発しているのだ。

企業としては、健康食品と医薬品の境界線上にある商品に関して、一面医薬品としての取り扱いによる規制は煩わしいと思いながらも、他面医薬品としての消費者の信頼は欲しいところ。これが、アンビバレントの本質。行政は1971年の「食薬区分」(「46通達」と言われる)で、一応その切り分けをしているが、なお明確ではない。

公表されたカフェイン死亡事故を無駄にしてはならない。「食薬区分」線上にある製品の行政規制を、今こそ「健康食品・サプリメントへの規制が緩い」と嘆いて、厳格化しなければならない。企業に「規制を特別煩わしい」などと言わせていてはならない。国民の健康のため、いや命をまもるために、である。

**************************************************************************
   DHCスラップ訴訟12月24日控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田嘉明が私を訴え、6000万円の慰謝料支払いを求めている「DHCスラップ訴訟」。本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は全面敗訴となりました。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之裁判長)に係属しています。

その第1回口頭弁論期日は、
 クリスマスイブの12月24日(木)午後2時から。
 法廷は、東京高裁庁舎8階の822号法廷。
ぜひ傍聴にお越しください。被控訴人(私)側の弁護団は、現在136名。弁護団長か被控訴人本人の私が、意見陳述(控訴答弁書の要旨の陳述)を行います。

また、恒例になっている閉廷後の報告集会は、
 午後3時から
 東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・Bで。
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちましょう。
 弁護団報告は、表現の自由と名誉毀損の問題に関して、最新の訴訟実務の内容を報告するものとなることでしょう。
 表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加ください。歓迎いたします。
(2015年12月22日・連続第996回)

健康食品・サプリメントの安全性は確認されていない。それでも導入された機能性表示食品制度ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第61弾

私は、昨年(2014年)4月2日のブログに、「『DHC8億円事件』大旦那と幇間 蜜月と破綻」と題する記事を掲載した。
  http://article9.jp/wordpress/?p=2386
これが、DHCと吉田嘉明から私に対する6000万円請求の訴訟において、その根拠とされている名誉毀損ブログ5本の一つ。

そのなかに、DHC・吉田にとっては不愉快であろうが、消費者には有益な次の一節がある。
「大衆消費社会においては、民衆の欲望すらが資本の誘導によって喚起され形成される。スポンサー(企業)の側は、広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。薄汚い政治家が、スポンサーから金をもらってその見返りに、スポンサーの儲けの舞台を整える。それが規制緩和の正体ではないか。」

機能性表示食品制度導入に反対し、健康食品・サプリメント業界から「裏金」としての政治資金投入を批判する文脈での記事である。規制緩和は企業にとって素晴らしいもの。消費者までが「規制緩和歓迎」などと愚かなことを言っていると、企業献金を介した資本と政治の結託によって行政規制が骨抜きになり、消費者利益を害することになる。そういう趣旨の警告の一文である。今読み直してみて、私はなんと真っ当なことを言ったのだろうと得心がいく。去年の自分を褒めてやりたい気持になる。少なくとも、このような意見を封殺することの不当・違法は明らかではないか。

本日のブログは、「(企業は)安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。」との個所の補充である。

企業とは、そもそもが利潤追求を目的とする組織である。資本主義社会において、利潤追求自体は非難に値するものではなく、利潤を追求しての企業活動は、憲法上の権利(日本国憲法22条・29条)でさえある。

しかし、利潤追求行為は得てして暴走となりかねない。規制のない企業の利潤追求が暴走すれば、労働者を不当に搾取し、消費者の利益を侵害し、中小業者との軋轢を生じ、地域社会に公害を垂れ流し、公正な競争原理を破壊し、さらには政治に介入して民主主義を破壊し、場合によっては戦争を引き起こしもする。企業の暴走に対する歯止めとしての規制は必要にして不可欠と言わなければならない。個別的な人権条項のうち憲法22条と29条とにだけ、「公共の福祉に反しない限り」との留保が付されていることが、企業規制の根拠である。

私が言及したのは、サプリメントないしは健康食品について、事業者の販売にきちんとした安全点検の歯止めが掛かっているのか、という疑問ないし警告だ。この業界では、規制が不十分なゆえに、安全性の点検不十分な商品が流通して、消費者の健康被害を招きかねないのではないか。にもかかわらず、さらに規制を緩めようという動きには反対せざるを得ない。

他律的な規制がなければ、利潤追求を内在的欲求とする企業は、安全性点検費用をカットすべき冗費と考える。それが、薄氷を踏む競争を勝ち抜かねばならない企業経営の冷徹な合理性というものである。はたして、健康食品やサプリメントに、安全性の点検は十分になされているだろうか。

この点を、内閣府食品安全委員会が本年12月8日に発表した、「いわゆる『健康食品』に関する報告書」から抜粋してみよう。
  https://www.fsc.go.jp/osirase/kenkosyokuhin.html

同報告書の基本姿勢は、報告書と同時に発表された「委員長・ワーキンググループ座長から国民の皆さまへ」と題する異例の呼びかけ文の中にある「『健康食品』は医薬品ではありません。品質の管理は製造者任せです」という一文の周知にある。「安全性の点検不十分」が大前提なのだ。

具体的には以下のとおりである。
※「健康食品」には「医薬品」と異なる特性があり、その安全性を考える場合には以下の点を考慮する必要がある。
① 健康に資する成分の含有量や製品全体の品質管理についての法的規制がなく、製造者の自主性に委ねられている
② 消費者自身が、自らに必要かどうか、摂るか否かを判断し、摂るならばどのように摂るかを自己選択しなくてはならない
③ 消費者が、健康への有害事象も有効性も自己評価しなくてはならない
(以上、報告書4頁)

要するに健康食品の摂取による安全性の確保については、行政が責任を持っていない。製造企業を信頼するもしないも消費者の自己判断・自己責任の世界だということなのだ。
医薬品については、行政が責任をもって監督し管理し、許可や承認を与える。しかし、健康食品やサプリメントのことまでは手がまわらない。行政が安全性の点検も確認もしない。そのような「法的規制の仕組みがなく、製造者の自主性に委ねられている」のだから、安全性についても消費者自身が自己責任で自己選択するしかない、と言っているのだ。

自己責任自己判断を気しなければならない消費者の選択は、健康食品について提供された情報に依拠するしかない。報告書は消費者が置かれている情報環境について次のとおり述べている。

※安全性・有効性に関する不確かな情報の氾濫と信頼できる情報の不足
効果があったというだけの体験談や、特定の研究者だけが主張していることを、安全性・有効性の証拠としている製品が多い。また、動物や細胞を用いた試験の結果のみを人での有効性の証拠としており、安全性の検証が乏しい製品もある。
「食品なので安全」、「いくら飲んでも安全」といった根拠のない説明がされる例がある。摂取者は、製品の質の管理がなされていない製品があることを知りづらい状況にあり、また、「健康食品」による健康被害の発生についてはそれを把握したり、原因を確かに究明できる体制が確立されていないため、健康被害の実態もつかみにくく、被害情報を得にくい。
「健康食品」も、これらの通常の食品と同様に、食品としてのリスクを持っている。過剰に摂れば健康被害を生じる可能性があり、微生物に汚染されていて健康被害を生じる可能性もある。
実際に東京都の調査等によれば、「健康食品」の摂取者の4%が「健康食品」によると思われる体調不良を経験しており、比較的よく摂られている「健康食品」にも健康被害の事例が見られている(例:ウコンによる肝障害)、キャンドルブッシュによる下痢・腹痛,イチョウ葉エキスによる出血傾向)。
「健康食品」の中にはアレルギー症状の発現が報告されているものがある。通常の食品の中にもアレルギー症状を起こす食品があり、食品のリスクとしては同じとも考えられる。一方、特に天然・自然の食品由来成分を原料とする「健康食品」はアレルギーの原因となりやすいとの情報が提供されている。
生理作用等のデータが比較的蓄積しているビタミン・ミネラルであっても、人が長期間摂った場合の慢性毒性について詳細に明らかになっているものは少ない。
ビタミン・ミネラルによる疾病の予防の研究も予想に反する結果が多い。かつて、抗酸化作用のあるビタミン類をサプリメントとして多量に摂ることが、心血管疾患やがんの予防につながる可能性が期待されていた。しかし2013年に報告された、複数の臨床試験の結果をまとめた総合評価(メタ・アナリシス)の論文では、ビタミンEのサプリメントによる心血管疾患の予防効果はないことが確認されている。また、この論文では、複数の論文の総合評価を踏まえて、喫煙者等の肺がんの高リスク集団が、β-カロテンのサプリメントを摂ることにより、肺がんの発生リスクがかえって高まるとの過去の報告が確認されたと報告されている。ほかにも、最近のメタ・アナリシスの論文では、カルシウムについて、食事からの摂取量を増加させても骨折予防の効果はなく、サプリメントを摂取しても、骨折予防に寄与するという根拠は弱く一貫性がないものであり、高齢者に広く摂取されているカルシウムのサプリメントは、意味のある骨折の減少に結びつかないであろうとの報告がされている。

(報告書9頁以下)

では、消費者は、どのように情報を選択すべきであろうか。報告書はこう言っている。

※自分にとって役立って、しかもリスクの少ない「健康食品」を選択するためには、健康情報の読み方(リテラシー)を身につけることが不可欠である。
「健康食品」を購入する際の情報収集にあたっては、主にインターネットやテレビ・ラジオのCMが利用されており、インターネットによる情報収集の場合、「健康食品」メーカーや販売店のサイト・ブログや、口コミサイト等から情報を得ている利用者の割合が多いとの報告がある。これらの媒体では、「健康食品」の安全性・有効性に関する不確かな情報が氾濫しており、自ら積極的に求めない限り、信頼できる情報には辿り着きにくい。
健康情報の信頼性は、以下のステップに基づき評価することができる。
ステップ1:体験談等ではなく、具体的な研究に基づいているか
ステップ2:研究対象は、実験動物や培養細胞ではなく人か
ステップ3:学会発表ではなく、論文報告か
ステップ4:研究デザインは「ランダム化比較試験」や「コホート研究」か
ステップ5:複数の研究で支持されているか
食品の研究、特にステップ4や5等の質の高い研究には、相応の多大な費用と時間がかかるため、科学的で信頼性の高い研究は豊富とは言えない。
なお、特定保健用食品では、人での比較試験等により特定の目的における安全性・有効性が評価されて保健機能の表示が認められている。しかし、有効性を示すための指標となる実験データに統計的有意差があったとしても、人に対する効果は限定的で緩やかなものであり、医薬品のような疾病を治療する効果があるわけではない。
安全性を確保するためには、摂るか否かを考えている「健康食品」について、確かな情報に基づき、自分にとってのメリット・デメリットを理解した上での選択をする必要がある。
「健康食品」の選択は安全性、品質等について「不明確な状況の中での選択」であることを理解しておくべきである。
「食品なので安全」といった根拠のない説明がされるぐらい、「健康食品」による健康被害の実態はつかみにくく、危害情報は消費者に届きにくいものである。「健康食品」の情報のほとんどは製造・販売業者から提供されており、安全性に関する情報提供における配慮が不足している。インターネットで出されているハーブサプリメントに関する情報を調査した報告では、安全性に関する重要な情報が提供されていないという実態が指摘されている。
(報告書25頁)

このような問題を抱えている健康食品・サプリメントである。こんな状態で、企業の責任で効能をうたうことを認めることなどできるはずはないのだ。私のブログ記事の真っ当さをご理解いただけるものと思う。と同時に、私の口を封じようという、DHC・吉田の不当性についてもご理解いただきたい。

**************************************************************************
   DHCスラップ訴訟12月24日控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田嘉明が私を訴え、6000万円の慰謝料支払いを求めている「DHCスラップ訴訟」。本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は全面敗訴となりました。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之裁判長)に係属しています。

その第1回口頭弁論期日は、
 クリスマスイブの12月24日(木)午後2時から。
 法廷は、東京高裁庁舎8階の822号法廷。

ぜひ傍聴にお越しください。被控訴人(私)側の弁護団は、現在136名。弁護団長か被控訴人本人の私が、意見陳述(控訴答弁書の要旨の陳述)を行います。

また、恒例になっている閉廷後の報告集会は、
 午後3時から
 東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・Bで。
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちましょう。
 弁護団報告は、表現の自由と名誉毀損の問題に関して、最新の訴訟実務の内容を報告するものとなることでしょう。
 表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加ください。歓迎いたします。
(2015年12月21日・連続第995回)

判決が認定した「DHCに対する行政指導の数々」ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第59弾

DHC・吉田嘉明が私のブログ記事を名誉毀損として、6000万円の慰謝料支払いや謝罪文などを求めているのが「DHCスラップ訴訟」。本年9月2日に東京地裁民事第24部(阪本勝裁判長)で一審判決の言い渡しがあって、被告の私が全面勝訴した。全面敗訴となったDHC・吉田は、一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之裁判長)に係属している。

控訴人側の控訴理由も、被控訴人側の控訴答弁書も裁判所に提出済みで、おそらくは12月24日の第1回口頭弁論で即日結審となり、控訴審判決の言い渡し日が指定されることになるだろう。

控訴人らに、原審での主張の蒸し返し以上の新しい主張はない。目新しいことと言えば、同種訴訟での判決書1通と和解調書1通が書証として提出されたこと。本日のブログではその判決書(被告は、かなりの販売部数を持つ業界紙の発行会社)を紹介したい。

控訴人(DHC・吉田)の証拠説明書によると、この判決を証拠として提出した立証趣旨は、「控訴人吉田による8億円の貸付に関連する記事について,控訴人らに対する名誉毀損を肯定して損害賠償請求や削除請求が認容された事実等」となっている。この立証趣旨の記載だけをみると、別件とは言え「関連事件でそんな判決もあったのか」と一瞬幻惑されざるを得ない。しかし、内容を読んでみると何のことはない。「控訴人吉田による8億円の貸付に関連する記事について」は、DHC・吉田側の完敗判決である。むしろ、よくもまあこんな自分に不利な事実認定の判決をどうして提出してきたのだろうかと、首を捻らざるを得ない。

しかし、せっかくDHC・吉田自らが、自主的に私との訴訟で提出した判決書である。その内容を多くの人に知っていただくことが公共の利益に資することになるものと考え、被告に迷惑のかからない配慮をしつつ、なるべく正確にご紹介したい。

以下は裁判所が証拠によって認定した事実である。けっして、被告の主張ではない。私の感想を交えずに、判決書の記載を20頁から23頁まで、そのまま引用する。なお、原告会社とは、DHCのことである。

エ 原告会社に対する行政指導等
(ア)群馬県は,原告会社から製造委託を受けたコスメイトリックスラボラトリーズ株式会社が製造した清涼飲料「アロエベラ」を購入した消費者から腐敗臭がする等の苦情が寄せられたため,平成13年4月に同社工場を立ち入り調査したところ,食品衛生法の定める殺菌処理を実施していない等の製造管理上の問題が判明したことから,原告会社に対し,自主回収と製造自粛を指導した(甲14,乙2)。なお,原告会社は,当該商品を製造していなくとも,企画・開発に携わった「表示製造業者」として責任を負うべき地位にあった。

(イ)原告会社は,通信販売をしていた「アスタキサンチン」を利用した健康食品に未承認添加物が混入していた疑いが強まったことから,平成14年4月1日までに,販売した製品を自主回収して購入者に返金することを決定し,管轄する保健所に事実関係を報告した(甲15,乙3)。なお,同製品の原料調達には複数のサプライヤーが関与していた。

(ウ)厚生労働省は,平成15年5月30日,原告会社が販売していた健康食品「メリロート」の摂取が原因と見られる健康被害例を発表したが,原告会社がその後の消費者からの問い合わせに「調査中」などとして,自社製品であることを認めない説明をしている疑いがあったため,同年6月10日,原告会社に対し,メリロートが自社の製品であることを消費者に伝えるよう指導した(乙4)。それにもかかわらず,原告会社の対応が不十分であったことから,厚生労働省は,同年10月にも原告会社に対し,メリロートが原因と見られる健康被害事例に対する消費者からの問い合わせに自社製品であることを伝えるよう指導した(乙5)。
厚生労働省は,原告会社が上記指導に対して十分な改善を行わなかったことから,同月31日,ホームページに掲載している「いわゆる健康食品による健康被害事例」に「販売者」の欄を追加し,それまでに寄せられた健康被害事例のうちブルーベリーエキスの製造者及びメリロートの製品販売者が原告会社であることを公表し,消費者等に告知した(乙7)。
独立行政法人国民生活センターは,平成16年6月17日頃,メリロートを含む健康食品について有効成分や表示などを調査した結果として,原告会社の製品を含め,医薬品の基準を超えるメリロートを含有しているものがあったこと,表示に景品表示法や薬事法に違反する疑いがあるものが見られたことを公表し,消費者に対して注意喚起するとともに,販売会社に改善を要請した(乙1O)。
これに対し,原告会社は,同月,メリロートに含まれる有効成分「クマリン」の含有量は,ドイツ保健省の中にある医薬品と医療器具の安全性と効果を評価する専門機関が規定する基準の範囲内であり,薬事法,食品衛生法その他関連法規の観点でも問題はなく,上記機関の定める基準に沿った安全性の高いサプリメントであるから,販売を継続する旨表明した(甲17)。なお,当時,日本の健康食品において,クマリンの配合量に関する規制はなかった(甲17,乙10)。
もっとも,原告は,メリロートの摂取目安量の変更やパッケージ変更を行い(甲16),その後は厚生労働省から指導を受けていない。

(エ)厚生労働省は,平成15年10月,原告会社が発行する会報誌に掲載している健康食品の広告において,厚生労働省が許可する特定保健用食品だけに許される「コレステロールが気になる方に」「血圧が気になる方に」「血糖値が気になる方に」「体脂肪が気になる方に」などの表示を,許可を得ないまま行っていたことにつき原告会社を指導した(乙5,6)。

(オ)厚生労働省は,平成16年3月25日,コエンザイムQ10が承認なしで化粧品に使用することができない「医療品成分」に該当すると判断し,これを受けた各都道府県は,厚生労働省が化粧品にコエンザイムQ10を使用することを許可した「承認前例」が確認できない場合,同成分配合の化粧品の製造・輸入を自粛するよう化粧品メーカーに要請した。原告会社は,同要請後もコエンザイムQ10を配合する化粧品の製造を継続していたため,神奈川県は,原告会社の横浜工場に同成分配合の化粧品の製造等の自粛を指導したところ,原告会社は,同年4月23日以降は製造していないと回答した。原告会社は,同年5月,コエンザイムQ10を配合した化粧品の販売を休止したとホームベージ上で告知した(乙8,9)。
その後,原告会社は,安全性データを厚生労働省に提出して上記化粧品の販売を再開したが,その後は東京都や厚生労働省から指導を受けていない(甲18)。

(カ)厚生労働省は,承認なく化粧品へ配合することを禁じられている「医薬品成分」に該当すると判断したコエンザイムQ10を配合した化粧品を,平成16年4月に原告会社がテレビ等で公開したことを問題視し,同年5月に東京都に調査を依頼したところ,原告会社が発行する会報誌に薬事法に抵触する記載(効能効果等の広告)が残っているとして,これを改めるよう原告会社を指導した(乙9)。東京都は,その後も原告会社が薬事法違反の広告を行っているとして,同年9月28日までに,原告会社に対し,薬事法違反(無承認無許可医薬品の広告等)の指導を行った(乙12)。

(キ)厚生労働省は,平成18年7月28日,原告会社が通信販売する清涼飲料水について,WHO等が設ける基準値の7倍を超えるベンゼンが検出されたとして,原告会社に対し,製品の自主回収を要請した(乙13)。なお,日本では食品中のベンゼンに関する基準値は定められておらず,水道法上の基準値を超えた製品を一定量飲んだとしても健康に大きな影響はないが,厚生労働省は念のため自主回収を要請したものであり,原告会社は同要請に応じて商品の回収及び製造の休止を行った(甲19,20,21,乙13)。

(ク)厚生労働省は,平成19年4月13日付けで各都道府県に発出した事務連絡の中で,原告会社を含む健康食品販売会社10社に対し,効能効果を暗示させる健康食品名の改善を要請した(乙14)。なお,同要請に対しては,規制の基準が見えにくいとの批判もあった(甲22,23)。

(ケ)公正取引委員会は,平成21年2月3日,「シャンピニオンエキス」と称する成分を使用して口臭,体臭及び便臭を消す効果を標ぼうする商品の製造販売業者(原告会社を含む。)に対し調査を行ったところ,これらの業者が販売する上記商品に係る表示が景品表示法4条2項の規定により,同条1項1号の「優良誤認」に該当するとみなされ,同号の規定に違反する事実が認められたとして排除命令を行った(乙15)。

(コ)経済産業省中部経済産業局は,平成24年8月,原告会社が同局の委託による消費者が利用する機能性食品会社に関する調査結果を承諾なく新聞広告に掲載したことにつき,原告会社に抗議を申し入れた(乙16)。

私は、2014年4月2日のブログで、「『DHC8億円事件』大旦那と幇間 蜜月と破綻」と題して、機能性表示食品制度導入に反対の意見を書いた。その記事のなかで、次のように述べたことが、DHCと吉田嘉明の名誉を毀損したとされた。

「サプリの業界としては、サプリの効能表示の自由化で売上げを伸ばしたい。もっともっと儲けたい。規制緩和の本場アメリカでは、企業の判断次第で効能を唱って宣伝ができるようになった。当局(FDA)の審査は不要、届出だけでよい。その結果が3兆円の市場の形成。吉田は、日本でもこれを実現したくてしょうがないのだ。それこそが、「官僚と闘う」の本音であり実態なのだ。渡辺のような、金に汚い政治家なら、使い勝手良く使いっ走りをしてくれそう。そこで、闇に隠れた背後で、みんなの党を引き回していたというわけだ。
大衆消費社会においては、民衆の欲望すらが資本の誘導によって喚起され形成される。スポンサーの側は、広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。薄汚い政治家が、スポンサーから金をもらってその見返りに、スポンサーの儲けの舞台を整える。それが規制緩和の正体ではないか。「抵抗勢力」を排して、財界と政治家が、旦那と幇間の二人三脚で持ちつ持たれつの醜い連携。これが、おそらくは氷山の一角なのだ。」

前掲判決の事実認定をみれば、「スポンサーの側は、広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。薄汚い政治家が、スポンサーから金をもらってその見返りに、スポンサーの儲けの舞台を整える。それが規制緩和の正体ではないか。」という私の見解は図星ではないか。

もっとも、前掲の判決は、DHC・吉田の全面敗訴ではない。1%だけ勝っている。1億円の請求に対して100万円だけを認容している。訴訟費用は、100分の99が原告らの負担とされている。一部ウエブサイトの記事削除を命じられたが、謝罪文の請求は全面棄却である。

原告らが勝訴した1%分は、「吉田・渡辺間の政治資金8億円授受事件」に関わるところではない。被告が業界紙の掲載した、「(DHCは)人のものを真似るのが得意。だから訴訟も多い」との記述にまつわるところなのだ。およそ、私の事件となんの関わりもない。これも、公共の利益に資するものとして、判決書き中の裁判所の事実認定を引用しておく。

「オ 原告らを当事者とする訴訟等
(ァ)原告会社は,平成17年1月,解雇した従業員のうち,解雇無効を争ってネットワークユニオンに加入した4名が開設したホームページ上の記載等が名誉毀損に該当するとして提訴したが,原告会社が上記元従業員らに対し,1名当たり200万円から700万円の和解金を支払う内容の和解が成立した(乙19)。
(イ)原告吉田は,東京地方裁判所に対し,東京国税局の違法な税務調査により精神的苦痛を受けたとして,国を被告として約1億4000万円の支払を求める訴訟を提起した。同訴訟においては,平成17年7月14日,原告吉田の請求を棄却するとの判決が言い渡され,同判決は確定した。なお,同判決では,税務調査の際,原告吉田が「高額納税者であることを知っているのか。」「挨拶にも会わない。その辺の会社とは違う。」などと述べて,税務調査に協力できない旨の回答をしたとの事実が認定されている(乙18,22)
(ウ)株式会社ファンケルは,平成22年7月13日,東京地方裁判所に対し,原告会社を被告とし,原告会社が販売する製品がファンケルの特許権を侵害していると主張して,同製品の製造販売の差止め及び損害賠償を求める訴訟を提起した(乙20)。東京地方裁判所は,平成24年5月,原告会社に対して1億6500万円の支払を命じる判決を言い渡したが,原告会社はこれを不服として控訴したところ,知的財産高等裁判所において,原告会社は特許権侵害の事実を認めず,金銭の支払もしない内容で和解が成立した(甲25)。

以上の事実認定にもとづいて同判決は、「ファンケルから提起された特許権侵害に基づく損害賠償請求訴訟においては,控訴審において原告会社が特許権侵害を認めず,金銭も支払わないとの内容の和解が成立しており,同和解の内容からは原告会社がファンケルの商品を模倣していないと推認される。そして,他に原告らが人のものを真似したとの理由で訴訟を提起されたと認めるに足りる証拠はない」として、「原告らが人のものを真似することが原因で多数の訴訟が提起されているとの摘示事実が真実であるとは認められない。」と結論した。

DHC吉田はこの訴訟で、4本の記事における13個所の記述が、名誉毀損や侮辱に当たると主張した。その内の1個所だけがヒットして、1%の勝訴を得たことになった。しかし、「8億円政治資金授受事件」に直接関わる記述では、全部原告敗訴の完敗なのだ。もちろん、私の事件への影響などはあり得ない。

**************************************************************************
   DHCスラップ訴訟12月24日控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田嘉明が私を訴え、6000万円の慰謝料支払いを求めている「DHCスラップ訴訟」。本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は全面敗訴となりました。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之総括裁判官)に係属しています。

その第1回口頭弁論期日は、
 クリスマスイブの12月24日(木)午後2時から。
 法廷は、東京高裁庁舎8階の822号法廷。
ぜひ傍聴にお越しください。被控訴人(私)側の弁護団は、現在136名。弁護団長か被控訴人本人の私が、意見陳述(控訴答弁書の要旨の陳述)を行います。

また、恒例になっている閉廷後の報告集会は、
 午後3時から
 東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・Bで。
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちましょう。
 表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加ください。歓迎いたします。
(2015年12月19日・連続第993回)

あなたにドブに捨ててもよい金があって、健康被害のリスクを厭わない勇気をお持ちなら、「健康食品」をお求めなさいー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第58弾

私が、DHC吉田の批判記事を書いたのは、私怨や私憤の動機からではない。そもそも私はDHCという企業について格別の関心を持っていたわけではない。吉田嘉明の名前は、まったく知らなかった。私怨や私憤の感情が湧くはずもない。

私のブログ記事の動機は二つ。一つは、政治とカネの問題での意見表明である。政治が金で動かされてはならない。とりわけ国民の目の届かない「裏の金」が政治を支配するようなことがあってはならない、ということ。そして、もう一つが消費者問題の視点である。企業はその利潤を追求するために、消費者に対して、不要なもの、あるいは有害なものさえ売り付ける。これを防止するためには行政による厳格な規制は不可欠だが、業界は常にこれを嫌って規制をなくそうと画策する。このような消費者の利益に反する行為は許せないということなのだ。

だから、私はこう書いた。
「DHCの吉田嘉明は…、化粧品やサプリメントを販売してもっと儲けるためには厚生行政や消費者保護の規制が邪魔だ。小売業者を保護する規制も邪魔だ。労働者をもっと安価に使えるように、労働行政の規制もなくしたい。その本音を、『官僚と闘う』『官僚機構の打破』にカムフラージュして、みんなの党に託したのだ。」「自らの私益のために金で政治を買おうとした主犯が吉田。その使いっ走りをした意地汚い政治家が渡辺。渡辺だけを批判するのは、この事件の本質を見ないものではないか。」(2014年4月8日)

私は、40年余の弁護士としての職業生活を通じて、一貫して消費者問題に取り組んできた。消費者問題を資本主義経済が持つ固有の矛盾の一つとして把握し、資本の利潤追求の犠牲となる市民生活の不利益を防止し、救済しなければならないと実践し続けてきた。また、医療過誤訴訟や薬害などの医事訴訟にも、もっぱら患者の立場から取り組んできた。

健康食品やサプリメントの跋扈については心穏やかではいられない。消費者の無知に付け込んでの巧妙な広告で、種々の商品やサービスを売り付けるのが典型的な悪徳商法。健康食品の売り方も、まったく同じ構造と考え、DHCに限らずこの業界の問題点を広く消費者に啓発したいと考えてきた。

その気持が、「DHCといえば、要するに利潤追求目的だけの存在」「広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい」というブログの文章になった。もちろんこのことは、DHCだけについてだけではなく、数え切れないほどの「健康食品販売会社」「サプリメント販売業者」に通有のことなのだ。

今さら麗々しく言うまでもないことだが、健康食品として売られている商品は、医薬品ではない。医薬品は、その薬効や安全性について、厳格な審査手続を経て行政の許可や承認を得なければならない。薬効薬理試験・薬物動態試験・安全性薬理試験・毒性試験等々の過程を経て、薬効や安全性が確認されたものだけが厳重な管理のもとに処方され、あるいは売薬となる。国民の健康保持のために厳重な行政規制が行われているのだ。

そのような医薬品でさえ、副作用による健康被害は避けられない。これに備えた医薬品副作用健康被害救済制度が整えられている。

だから、医薬品ではない健康食品やサプリメントには、効能のエビデンスがないことは常識なのだ。効能のない商品を売るだけならまだしも、口に入れるものであるのに、その安全性のチェックはなされていない。もちろん、副作用が生じた場合の被害補償の制度もない。

薬事法は、厳格な手続を経て承認された医薬品以外の商品について、薬効を唱うことを禁じている。健康食品やサプリメントについて、「○○に効く」などと宣伝してはならない。薬事法違反だけではなく、「不当景品類及び不当表示防止法」(景表法)違反にもなる。

それを踏まえて、この業界は、「違法すれすれ宣伝」で商品を売り付け、莫大な利益をあげているのだ。高橋久仁子群馬大学教授の「フードファディズムーメディアに惑わされない食生活」(中央法規出版)には、このあたりの事情が分かり易くまとめられている。

「違法すれすれ宣伝」の工夫として編み出された常套手段は次の三つ。いずれも、メデイアに満載されている。このような宣伝にお目にかからぬ日はない。

(1) キーワードはずし
 「糖尿病に効く」と書けば薬事法違反。だから、「糖尿が気になる方へ」と、「効く」という効能のキーワードを外す手法。消費者が勝手に行間を読んで「効く」と誤解しても、業者の責任ではないというわけだ。

(2) 擬装「研究会」からの情報発信
 健康食品を売りたい業者が、「○○研究会」を名乗って情報発信するという形をとる手法。手の込んだバリエーションはたくさんあるという。

(3) 効果体験談
 業者が「効能・効果」を標榜しているのではなく、その商品利用者の体験談を紹介しているだけという体裁をとる手法。もっともこの体験談の真偽のほどは確認のしようがない。この人にたまたま効いたからとて、私にも効く保証はない。また、有害情報は語られることがない。

薬功がないのは当然の前提として、最大の問題は安全性についてである。医薬品のような規制や管理の整備はなく安全の確認はなされていない。企業がどのように都合のよい宣伝をしようとも、公正な立場からの安全性のチェックはないのだ。

まずは、ぜひとも、下記の各ホームページを開いてご覧あれ。その上で、健康食品やサプリメントの類を摂取しようという勇気のある人だけが、リスク覚悟の自己責任でカネを出せばよい。

国立健康・栄養研究所「『健康食品』の安全性・有効性情報」
  https://hfnet.nih.go.jp/

厚生労働省 食品の安全に関するQ&A
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/hokenkinou/qa/index.html

私は一昨日のブログで、「あなたが健康を願うのなら、健康食品の摂取はおやめなさい」と書いた。今日はそれを改めよう。「あなたにドブに捨ててもよい金があって、健康被害のリスクを厭わない勇気があるなら、「健康食品」をお求めなさい」と言うべきなのだ。消費者の利益のためにそう申しあげたい。

さて、内閣府の審議会「食品安全委員会」の「いわゆる『健康食品』の検討に関する報告書」を一部ご紹介したい。ぜひとも、下記のURLをクリックして、「報告書」「メッセージ」「Q&A」をご覧いただきたい。これを読めば、健康食品やサプリメントを買おうという意欲はなくなるはずだ。「これまで払った金を返せ」とも言いたくなるだろう。
  https://www.fsc.go.jp/osirase/kenkosyokuhin.html

まずは、異例の委員長の「国民の皆さまへ」と題する呼びかけを引用しておこう。誇大広告による健康食品健康被害を避けるために、このような呼びかけが必要な事態なのだ。

「若さと健康を願うあなたに」、「△△の健康のための○○」といったキャッチフレーズを、毎日たくさん見聞きします。そして、医薬品のようにカプセルや錠剤の形をしたサプリメント、「健康によい」成分を添加した飲料や食品など、さまざまな「健康食品」が売られています。今や国民のおよそ半分の方々が、こうした「健康食品」を利用されているという調査もあり、「健康食品」市場が拡大しています。これは、健康で長生きしたいという古来変わらない人々の願望の表れでしょう。

「健康食品」がこのような願いに応えるものならばよいですが、残念ながら、現代でも「これさえ摂れば、元気で長生きできる」という薬や食品はありません。それどころか逆に、「健康食品」で健康を害することもあります。しかも、そのような情報は皆様の目に触れにくいのが現状です。消費者は、「健康食品」のリスクについての情報を十分に得られないまま、効果への期待だけを大きくしやすい状態に置かれているといえます。

食品安全委員会ではこういった状況を憂い、幅広い専門家からなるワーキンググループを作り、「健康食品」の安全性について検討しました。まず「健康食品」から健康被害が起こる要因を挙げ、次にその要因ごとに、健康被害事例などを含めた文献などからの科学的事実を調べ、皆様に知っていただきたい要点として取りまとめました。そうして作成した報告書からさらに抜粋して、皆様に向けて19項目のメッセージをまとめました。これらには「健康食品」で健康被害が出ることをなくしたいという本委員会の願いを込めました。

その中でお伝えしたいことのエッセンスは下記のとおりです。「健康食品」を摂るかどうかを判断するときに、是非知っておいていただきたいことをまとめてあります。これらを読んで、「健康食品」についての科学的な考え方を持って、その判断をしてください。健康被害を避けるためにとても大切な知識です。

内閣府審議会の報告書でありメッセージである。多少のぼかしはやむを得ない。しかし、行間を読めば、「効能が確認されている健康食品はない。」「安全性が確認されている健康食品もない。」「むしろ有害を心配しなくてはならない。」と言っている。私の意見で補えば、「業者のあの手この手の宣伝に引っかかるのは愚かだ」「効き目はなく、安全性も確保されていないものを金を出して買うことはない」「あなたが、本当に健康を願うのなら、健康食品もサプリメントも直ぐにおやめなさい」と理解すべきなのだ。

さらに次のようにもいう。
「健康食品」は医薬品ではありません。品質の管理は製造者任せです。
・ 病気を治すものではないので、自己判断で医薬品から換えることは危険です。
・ 品質が不均一、表示通りの成分が入っていない、成分が溶けないなど、問題ある製品もあります。成分量が表示より多かったために健康被害を起こした例があります。
このことが繰りかえし語られている。

21項目の「Q&A」のうち、Q18が「健康食品は健康によいと言って販売されていますが、これまで健康被害が報告されたことはありますか?」というもの。
これに対する回答全文が、次のとおり。
「健康食品として販売されているものは、食品ですから、ほとんどのものは健康に対する効果や安全性は評価されていないので、安全が担保されているわけではありません。また、医薬品のような品質の管理はされていませんので、中には有害な成分を含んでいて健康被害を起こす例も見られます。
実際に、ビタミンやミネラルなど微量栄養素を過剰に摂取したために起こった健康被害や、痩身目的などの健康食品での死亡事故が報告されています」

この「Q&A」を読むと、子どもには摂らせるべきでない。妊娠中はやめてください。高齢者はサプリメントを摂るべきではない。病弱な人もおやめなさい。他人の効果を鵜呑みにしてはいけません。痩身効果をうたったダイエット食品で、人での安全性が実証されているものはほとんどない。現在の日本人にサプリメントでビタミンやミネラルを補う必要はない。むしろ、セレン、鉄、ビタミンA、ビタミンDの過剰症に要注意。注意は、トクホや機能性表示食品についても同じ。…

キリがないが、もう一つだけ引用しておこう。19のメッセージのうちの第14である。
⑭ ダイエットや筋力増強効果を期待させる食品に注意すること。
痩身効果をうたった食品は、医薬品と違い、効果が実証されているものは ほとんどありません。脂肪の吸収を阻害する、代謝を促進するといった宣伝をしていたとしても人で効果や安全性がきちんと調べられているものはほとんどありません。「運動や食事制限なしに痩せられる」といった類のメッセージには注意が必要で、多くは効果がないと思われますが、仮に通常の食品と異なる何らかの生理的効果があるとすれば、安全性の面で問題となるリスクが高いと考えられます。こういったものには医薬品成分や類似成分、規制対象となる成分が含まれているものもあり、過去にも痩身効果をうたい違法に 医薬品成分等が添加された製品で重篤な肝障害や死亡を起こした例もあります。また、筋肉増強効果をうたった食品でも死亡事例が起きています。医薬品成分が添加された製品は、食品ではなく、無承認無許可医薬品となりますが、行政が摘発しなければ「健康食品」と称して販売されています。これらの安易な利用には注意が必要です。

私の健康食品業界批判、そしてDHC吉田批判は不当だろうか。
 **************************************************************************
   DHCスラップ訴訟12月24日控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田が私を訴えた「DHCスラップ訴訟」は、本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は完敗となった。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之総括裁判官)に係属している。

その第1回口頭弁論期日は、
クリスマスイブの12月24日(木)午後2時から。
法廷は、東京高裁庁舎822号法廷。
ぜひ傍聴にお越し願いたい。被控訴人(私)側の弁護団は、現在136名。弁護団長か被控訴人本人の私が、意見陳述(控訴答弁書の要旨の陳述)を行う。

また、恒例になっている閉廷後の報告集会は、
午後3時から東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・Bで。
せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちたい。
表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加を歓迎する。
(2015年12月11日・連続第986回)

あなたが健康でありたいと願うなら、「健康食品」はおやめなさいー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第57弾

この私が被告とされ、6000万円の慰謝料請求を受けている「DHCスラップ訴訟」。その控訴審第1回弁論期日12月24日が近づいてきた。

何ゆえ私は被告にされ、6000万円の請求を受けているか。発端は、下記の3ブログである。これが違法な名誉毀損の言論だとされたのだ。何度でも掲載して、ぜひとも、多くの人に繰りかえしお読みいただきたい。はたして、私の言論が違法とされ、この社会では許されないものであると言えるのか。それとも民主主義政治過程に必要な強者を批判する言論として庇護を受けるべきものか、トクとお読みの上、ご判断いただきたい。

  http://article9.jp/wordpress/?p=2371 (2014年3月31日)
  「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判 

  http://article9.jp/wordpress/?p=2386 (2014年4月2日)
  「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻

  http://article9.jp/wordpress/?p=2426 (2014年4月8日)
  政治資金の動きはガラス張りでなければならない

以上の私のブログの記事は、政治がカネで動かされてはならないという問題提起であるだけでなく、消費者問題の視点で貫ぬかれてもいる。

例えば、次のようにである。
「(『徳洲会・猪瀬』事件と、『DHC・渡辺』問題とを比較し)徳洲会は歴とした病院経営体。社会への貢献は否定し得ない。DHCといえば、要するに利潤追求目的だけの存在と考えて大きくは間違いなかろう。批判に遠慮はいらない。」
「DHCの吉田は、その手記で『私の経営する会社にとって、厚生労働行政における規制が桎梏だから、この規制を取っ払ってくれる渡辺に期待して金を渡した』旨を無邪気に書いている。刑事事件として立件できるかどうかはともかく、金で政治を買おうというこの行動、とりわけ大金持ちがさらなる利潤を追求するために、行政の規制緩和を求めて政治家に金を出す、こんな行為は徹底して批判されなくてはならない。」(3月31日ブログ)

「たまたま、今日の朝日に『サプリメント大国アメリカの現状』『3兆円市場 効能に審査なし』の調査記事が掲載されている。『DHC・渡辺』事件に符節を合わせたグッドタイミング。なるほど、DHC吉田が8億出しても惜しくないのは、サプリメント販売についての『規制緩和という政治』を買いとりたいからなのだと合点が行く。」
「サプリの業界としては、サプリの効能表示の自由化で売上げを伸ばしたい。もっともっと儲けたい。規制緩和の本場アメリカでは、企業の判断次第で効能を唱って宣伝ができるようになった。当局(FDA)の審査は不要、届出だけでよい。その結果が3兆円の市場の形成。吉田は、日本でもこれを実現したくてしょうがないのだ。それこそが、『官僚と闘う』の本音であり実態なのだ。渡辺のような、金に汚い政治家なら、使い勝手良く使いっ走りをしてくれそう。そこで、闇に隠れた背後で、みんなの党を引き回していたというわけだ。」
「大衆消費社会においては、民衆の欲望すらが資本の誘導によって喚起され形成される。スポンサーの側は、広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。薄汚い政治家が、スポンサーから金をもらってその見返りに、スポンサーの儲けの舞台を整える。それが規制緩和の正体ではないか。『抵抗勢力』を排して、財界と政治家が、旦那と幇間の二人三脚で持ちつ持たれつの醜い連携。これが、おそらくは氷山の一角なのだ。」(4月2日)

「DHCの吉田嘉明は…、化粧品やサプリメントを販売してもっと儲けるためには厚生行政や消費者保護の規制が邪魔だ。小売業者を保護する規制も邪魔だ。労働者をもっと安価に使えるように、労働行政の規制もなくしたい。その本音を、『官僚と闘う』『官僚機構の打破』にカムフラージュして、みんなの党に託したのだ。」
「自らの私益のために金で政治を買おうとした主犯が吉田。その使いっ走りをした意地汚い政治家が渡辺。渡辺だけを批判するのは、この事件の本質を見ないものではないか。」(4月8日)

私は、40年余の弁護士としての職業生活を通じて、一貫して消費者問題に取り組んできた。消費者問題を資本主義経済が持つ固有の矛盾の一つとして把握し、資本の利潤追求の犠牲となる市民生活の不利益を防止し、救済したいと願ってのことである。

もっとも、「DHCといえば、要するに利潤追求目的だけの存在と考えて大きくは間違いなかろう。批判に遠慮はいらない。」「スポンサー(DHC)の側は、広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。」などという表現については、ごく少数ながらも「少し言い過ぎではないか」「ややきつい断定ではないのか」という向きもあるようだ。しかし、これは消費者問題に関心を持つ者の間では、誇張でも言い過ぎでもない。まさしく、常識的な見解なのだ。

「DHCといえば、要するに利潤追求目的だけの存在」「広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい」は、もちろん、必ずしもDHCだけについてだけのことではない。数え切れないほどの「健康食品販売会社」「サプリメント販売業者」あるいはその業界に通有のことである。

健康食品業界の実態が「利潤追求目的だけの存在」「広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けている」ことを裏付ける政府報告を紹介しておきたい。先日、このブログで「フードファディズム」とサプリメント広告規制を論じた。フードファディズムとは、「特定の食品が特に健康によいと言うことはありえない」という穏やかな主張。本日ご紹介する報告は、「健康食品に安全性は保障されていない」「むしろ、危険なエビデンスがいっぱい」というものなのだ。さすがに、政府機関の報告だから、「健康食品おやめなさい」と結論をはっきりとは言わない。「健康食品摂取の際には、正確な情報に基づいてご自分の判断で」というにとどまっている。しかし、どう考えても、「あなたが健康を願うのなら、健康食品の摂取はおやめなさい」としか読めない。

当ブログは、本日を第1回として今後何度も執拗に、この政府報告と関連情報を紹介し続ける。DHCにダメージを与える目的というのではなく、消費者の利益のために健康食品業界全体と闘いたいということなのだ。

食品安全基本法にもとづく内閣府の審議会として、2003年7月内閣府に「食品安全委員会」が設置されている。「国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下、規制や指導等のリスク管理を行う関係行政機関から独立して、科学的知見に基づき客観的かつ中立公正にリスク評価を行う機関」とされている。

食品安全委員会は7名の委員から構成され、その下に12の専門調査会が設置され、職員60人のほかに、食品のリスク評価を行う専門家100人を擁しているという。

その食品安全委員会の「いわゆる『健康食品』の検討に関するワーキンググループ」が、このほど「『健康食品』の検討に関する報告書」をまとめて公表した。一昨日(12月8日)のことである。

このことの報道に気が付いた人は少ないのではないか。ネットでは毎日新聞が、12月9日朝刊の記事として下記を掲出している。
見出し「健康食品 リスクを公開 食品安全委員会」
本文「健康食品の摂取リスクなどを検討してきた食品安全委員会(佐藤洋委員長)は8日、「いわゆる『健康食品』に関する報告書」を公表した。これに合わせ「健康食品で逆に健康を害することもある。科学的な考え方を持って、食品を取るかどうか判断してほしい」とする異例の委員長談話を発表し、注意喚起した。同委員会の専門家グループでは、食品のリスク要因を主に▽製品▽摂取者▽情報−−の3点から分析した。その上で「健康食品は医薬品並みの品質管理がなされていない」「ビタミンやミネラルのサプリメントによる過剰摂取のリスクに注意」など、健康食品を選ぶ時に注意すべき項目を19のメッセージにまとめ、ホームページで公開している。」

この報道内容に誤りはない。しかし、いかにも通り一遍の報道。この報告書の重大性や衝撃性は伝わってこない。健康食品やサプリメントを摂取している人への警告という視点がない。広告料収入に頼り切っているメディアの弱みが露呈しているのではないかと勘ぐられてもやむを得まい。もっと大々的に、全メディアが報道すべきなのだ。

この報告書を作成したワーキンググループの13人は、すべて医師ないし自然科学の研究者。報告書は42頁の大部なもの。117の引用論文が掲載されている。内容は、きわめて意欲的なものだ。健康食品やサプリメントが、アベノミクスの「第3の矢」の目玉などという思惑に対する遠慮は微塵も感じられない。この内容が国民に正確に伝われば、健康食品会社もサプリメント業界も生き残れるとは到底考えられない。業界は顔面蒼白になってしかるべきなのだ。それだけの衝撃性を持っている。

この報告書の要約版として「いわゆる『健康食品』に関するメッセージ」が同時に公表され、具体的な「19のメッセージ」が掲載されている。参考とするには、これが手頃だ。さらに食品安全委員会は分かり易い21問の「Q&A」まで作っている。その意気込みがすばらしいと思う。

ぜひとも、下記のURLをクリックして、「報告書」「メッセージ」「Q&A」をご覧いただきたい。これを読めば、健康食品やサプリメントを買おうという意欲はなくなるはずだ。「これまで払った金を返せ」とも言いたくなるだろう。
  https://www.fsc.go.jp/osirase/kenkosyokuhin.html

「DHCといえば、要するに利潤追求目的だけの存在と考えて大きくは間違いなかろう。批判に遠慮はいらない。」「スポンサー(DHC)の側は、広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。」などという表現が、けっして「少しも言い過ぎではなく」、「きつい断定というのも当たらない」ことを理解していただけよう。私の見解は、「消費者問題に関心を持つ者」だけの意見ではなく、政府の審議会報告に照らしても、「誇張でも言い過ぎでもない」、まさしく常識的な見解なのである。この報告書の具体的内容については、後日詳細に報告したい。

 **************************************************************************
   12月24日(木)控訴審口頭弁論期日スケジュール
DHC・吉田が私を訴えた「DHCスラップ訴訟」は、本年9月2日一審判決の言い渡しがあって、被告の私が勝訴し原告のDHC吉田は完敗となった。しかし、DHC吉田は一審判決を不服として控訴し、事件は東京高裁第2民事部(柴田寛之総括裁判官)に係属している。

その第1回口頭弁論期日は、クリスマスイブの12月24日(木)午後2時から。法廷は、東京高裁庁舎822号法廷。ぜひ傍聴にお越し願いたい。被控訴人(私)側の弁護団は、現在136名。弁護団長か被控訴人本人の私が、意見陳述(控訴答弁書の要旨の陳述)を行う。

また、恒例になっている閉廷後の報告集会は、午後3時から東京弁護士会502号会議室(弁護士会館5階)A・Bで。せっかくのクリスマスイブ。ゆったりと、楽しく報告集会をもちたい。表現の自由を大切に思う方ならどなたでもご参加を歓迎する。
(2015年12月10日・連続第984回)

「フードファディズム」とサプリメント広告規制ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第56弾

先日、私の母校である私立の高等学校が創立60周年を迎え、記念の同窓会を催した。久しぶりに懐かしい友人たちと旧交を温め、それぞれが近況を報告することになった。私はもっぱらDHCスラップ訴訟の経過を話題にした。もちろん、私の旧友は私の味方だ、口を揃えて「吉田嘉明とはひどい奴だ」「DHCがそんな会社とは知らなかった」と大いに憤慨してくれた。この友たちが、またどこかでDHCの所業を口コミで伝えてくれるに違いない。

その場に居合わせたなかに、国立大学で食品科学を教えていた旧友がいた。「調理を科学する」という幸せな研究生活を送って今は名誉教授になっている。私は彼に、「DHC・吉田が私を提訴したのは、健康食品・サプリメント販売の規制緩和問題が絡んでいる」ことを説明した。「吉田嘉明が渡辺喜美に対して、8億円ものカネを提供したのは、DHCのサプリメントを規制なく売って儲けを拡大したいからだ」と私はブログに書いた。そのことが吉田の疳に障って、6000万円の慰謝料請求の原因にされていることを話した。

その彼から、このことに関連した基礎的概念として「フードファディズム」という用語と、その提唱者である高橋久仁子群馬大学教授の存在を教えられた。不明にも、私はこの言葉自体を知らなかった。不思議なもので、教えられると「フードファディズム」なる用語にはその後たびたびお目にかかるようになっている。

「フードファディズム」とは、特定の食べ物や栄養が、健康や病気に与える影響を過大に評価したり信じたりする社会心理現象を言うようだ。巷に溢れる「あやしい食の情報」に消費者の食生活が振り回されている現象を否定的に捉えて、こんなことのないようにと警告を発するために提唱された概念と考えられる。

「納豆を食べるとやせられる」「ココアが高血圧や貧血に効く」「ニガウリが血糖値を下げる」「バナナがよい」「○○が△△に効く」という類の過剰な似非科学情報に踊らされる消費者に、しっかりした消費者マインドと広告リテラシーを持てと警告を発する際に、これは「フードファディズム」だ、という言葉が用意されていることはたいへんに説明に便利なのだ。ちょうど、DHC・吉田嘉明の私に対する提訴を「スラップ訴訟」と表現することで、説明の手間が省け明確なイメージが浮かぶようにである。

「フードファディズム」という概念提唱の前提には、「適当な量を守り適切な食事法を行っていれば、ある特定の食品を摂取した結果、急激に体によい状態、あるいは悪い状態になることはない」という経験科学の知見がある。

高橋久仁子・群馬大学教授によれば、フードファディズムとはアメリカで育った概念なのだそうだが、日本の社会には、フードファディズムが容易に蔓延する土壌が調っているという。まったく同感だ。

当然のことであるが、多くの人の健康志向や美容願望に付け込んでフードファディズムを煽るのは、これを売って儲けようという輩である。そして、一部のメディアがその提灯を持つ。企業の利益のために消費者の食生活に無用無益の混乱をもたらすもの、それがフードファディズムという現象なのだ。

これも当然のことながら、フードファディズムは、狭義の食品だけを問題にしているのではない。健康食品・栄養補助食品・サプリメントと言われる食品関連商品をも警告の対象としている。もしかしたら、こちらの方が弊害が大きく、それゆえメインターゲットなのかも知れない。

健康食品・サプリメントなるものが、気休め以上の効果のないことは常識と言ってよいだろう。少なくとも、科学的検証に堪える効果が確認できて、金を払っても摂取すべきほどの効果はあり得ない。

下記は、手近で手頃な情報源としてのウイキペディアからの引用である。
「健康食品は、健康の保持増進に役立つものであると機能が宣伝され販売・利用されることで、学術的な認識とは独立して社会的な認識においては他の食品と区別される一群の食品の呼称である。健康食品の一部は行政による機能の認定を受け『保健機能食品』と呼ばれるが、それ以外では効果の確認及び保証はなされない。また業界団体である日本健康・栄養食品協会は(旧)厚生省の指導により規格基準を設定し、1986年より『健康補助食品』の認定マーク(JHFAマーク)を発行している。『いわゆる健康食品』や『健康志向食品』などの用語も使用される。『サプリメント』も健康食品に含まれるが、2013年12月にはアメリカのジョンズ・ホプキンス大学の教授をはじめとする医師らが医学誌アナルズ・オブ・インターナル・メディシン誌上にビタミンやミネラルなどのサプリメントは健康効果がなく、十分な栄養を取っている人にはむしろ害になる可能性があるという研究結果を発表した。」

要するに、健康食品には、限定された「行政による機能の認定を受けた保健機能食品」以外に健康によいというエビデンスはない。むしろ、「サプリメントは健康効果がなく、十分な栄養を取っている人には害になる可能性がある」とエビデンスがあるというのだ。

そのエビデンスとは、下記のとおりである。
「2013年12月にはアメリカのジョンズ・ホプキンス大学の教授をはじめとする医師らが医学誌アナルズ・オブ・インターナル・メディシン誌上に栄養不足のない人にはビタミンやミネラルのサプリメントをとっても慢性疾患の予防や死亡リスクの低減効果はなく、一部の疾患リスクを高める可能性があるという研究結果を発表した。論文によれば、栄養が十分な人においては、心臓血管疾患、心筋梗塞、ガン、認知症、言語記憶、そのいずれに対してもビタミンやミネラルのサプリメントは予防効果はなく、ベータカロチンが肺がんリスクをむしろ高める可能性や、ビタミンEや高容量のビタミンAの摂取が死亡率を高める可能性などを示唆し、それらのサプリメントに明確な利益はなく、有害であるかもしれないとした。ビタミンDに関しては、不足している人にとっては有意な効果がある可能性もあるが、現在は利益が害を上回るという確かな根拠に基づかずに使用されているとした」

以上のとおりサプリメントに効能のエビデンスはない。むしろ害になる可能性さえある。にもかかわらず、あたかも大きな効能ある如き誇大な宣伝がメディアに満ち満ちているのが現実であることは周知の事実。

どの宣伝も、まずは「具体例の効能」を写真入りで大書する。そして、小さな字で、「※コメントは個人の感想です。効果・実感には個人差があります。」(DHCのホームページより)と書き加えるのが定番の手法。

さらに、こんなことも、小さな字で書き加えられる。
「※お名前はご本人の希望により仮名にしてあります。」(DHCのホームページより)

このような宣伝手法にどう対処すべきか。消費者の立場から規制を強化すべきか、あるいは企業の立場に立って規制を緩和すべきなのか。これは優れて消費者問題なのだ。

発達した大量消費社会においては、個々の消費者は大企業に欲望までもが操られた存在となる。高度な企業戦略によって洗練された広告の手法は、消費者の消費意欲を喚起し、不要な商品まで買わされる。場合によっては害になる可能性さえある商品までもなのだ。健康食品・サプリメントはその典型といえよう。

薬事行政・食品行政、そして消費者行政は、恣意に流れると危険であるがゆえに、健康食品・サプリメント企業の行為を規制しなければならない。それは経済的規制とは区別された、弱い立場にある国民の生命・健康や財産を護るために必要な社会的規制である。規制は悪、官僚と闘う、などとして、この必要な規制を緩和してはならないのだ。

DHCスラップ訴訟は、企業の利潤追求の立場から、私のような消費者サイドに立つ意見を封殺しようという側面を持っている。消費者問題としても、私はDHCスラップ訴訟に負けてはならないのだ。
(2015年12月6日・連続第979回)

消費者の利益と企業行動の自由とー憲法25条対憲法22条

A 「傾いたマンション」は、企業への信頼が傾いていることの象徴だね。特定の技術者、特定の企業のモラルの問題ではない。全国でいったいどれだけの欠陥住宅が放置されていることか。監督行政をもっと厳しくやってもらわないと安心できない。

B 君はいつもそんなふうにものを言う。僕は行政規制を肥大させることには反対だね。基本は市場原理に任せておくことだ。見えざる神の手がすべてうまく解決してくれるさ。

A おや、そうだろうか。見えざる神は万能ではない。むしろ、消費者被害を見殺しにする「死神」ではないか。

B 神とは、時には人に厳しい試練も与えるし残酷なこともするものさ。それでも、長い目で見れば、経済社会の繁栄をもたらしてくれる、やっぱり福の神というべきだろう。

A 納得できないね。「市場原理」という君の神は、結局は企業の神でしかない。消費者、つまりは多くの国民にとっては、疫病神にしか過ぎないんじゃないか。

B 君は何かというと、企業と消費者、資本と労働というふうに、意識的に対立構造でものを見るクセがある。もはや今の世に企業性悪説など通用する余地はない。社会全体の繁栄の基礎は、企業活動の活発化にあるというのが厳然たる事実ではないか。

A 君こそ、何かというと、企業と消費者、資本と労働というふうに、厳然と存在する利害の対立構造を敢えてぼかしてしまおうとする悪いクセがある。企業の繁栄と民衆の生活向上とは必ずしも一致しない。

B 私の言いたいことは、近視眼的に行政規制を強化することは、企業活動を萎縮させ、市場の機能を歪めてしまうということだ。余計なコストがかかって、そのコストは最終的には消費者にかぶせられることになるのだから、消費者の利益になるとも言いがたいのではないか。

A マンション基礎の杭打ちデータ改ざんなんて購入者に分りっこない。住宅の基礎杭が支持層にまで到達しているかどうか。一人ひとりの消費者がどんなに賢くなっても、市場原理に任せていたのでは消費者被害を防ぐことはできない。行政の規制や監督強化の必要性は自明ではないか。

B 短期的には消費者被害が生じても、長期的には事故を多発し補償もできない企業は淘汰されて、消費者の信頼を勝ち得た企業だけが生き延びることになる。結局行政の出る幕はない。

A 市場での競争原理が有効に働くのは、消費者が合理的な選択をできる限りではないか。建物にしても、あるいはサプリメントや薬品にしても、実はその安全性や危険性、あるいは表示された効果や効能を消費者が判断できないのだから、実は市場の機能が働く余地はない。見えざる神の手に代わって、目に見える行政や第三者機関の出番でなければならない。

B 商品の安全性や危険性、効果や効能を消費者が判断できなければ、できないなりでよいではないか。消費者被害が出れば、事後的に厳格に補償させればよい。長い目で見れば、それが悪質企業を淘汰して経済的繁栄につながる。

A 消費者被害が出てもよいという発想がおかしい。人命にも関わる。経済的に人生を奪われることにもなる。憲法13条、25条が、消費者の利益を擁護している。

B 資本主義社会で、軽々に企業の行動を制約してよいという発想がおかしい。憲法29条と22条が、企業活動の自由を保障している。

**************************************************************************
「NHK包囲行動」第2弾が11月7日(土)実施されます!
 NHK包囲行動『アベチャンネル』はゴメンだ! にご参加ください
 日時: 2015年11月7日(土)
  PM 1:30~2:45 集会:NHK(渋谷)西門前でリレートーク
  PM 2:45~3:15 宮下公園北側へ移動
  PM 3:15~3:30 デモコースの説明・諸注意、コールの練習
  PM 3:30~4:00 宮下公園北側からデモスタート、神宮通公園ゴール
******************************************************************************
 告知チラシPDFダウンロード 
   表→http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/20151107/a117omotehoi.pdf 
   裏→http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/20151107/a117urahoi.pdf
─────────────────────────────────────
カンパのお願い :『アベチャンネル』はゴメンだ!NHK包囲行動第2弾
前回の8.25行動ではみなさまの多大なご支援をいただきました。今回の11.7行動はその時のカンパの残金で進めてまいりましたが、前回に比べ
(1) 今回は”西門前”だけでのリレートーク、コールなのでかなり細長い集団になります。そのため端の人にまでトークが聞こえるように音響効果をうまく考えなければならず、機材、調整技術等に費用がかかる。
(2) デモに必要な車、機材、プラカード等の費用など
のため、大幅な赤字になってしまいました。
 そのため大変恐れ入りますがまたまたカンパのお願いをしなければならない状況です。よろしくお願い申し上げます。
                   2015.10.20 NHK包囲行動委員会
─────────────────────────────────────
下記口座へ振り込みをおねがいします。
(1)ゆうちょ総合口座番号 10420-21759161 名義「NHK包囲行動実行委員会」
これはゆうちょ口座から振り込むときの番号です。
(2)ゆうちょ以外の金融機関の口座からの振込む場合は口座番号が変わって
  〇四八-048-2175916 名義「NHK包囲行動実行委員会」になります。
 (〔店名〕〇四八 (ゼロヨンハチ)〔店番〕048 〔普通預金〕 〔口座番号〕2175916)
よろしくお願い致します。
(2015年11月4日・連続第948回)

欠陥議員を製造した安倍自民党は責任をとれ

商品には、消費者が期待する品質の保証が必要だ。品質の不良にも、商品の欠陥にも業者は消費者に責任を負わねばならない。
議員にも、選挙民が期待する品質の保証が必要だ。議員の資質不良にも欠陥にも、政党が責任を負わねばならない。

武藤貴也という、安倍自民党が粗製濫造した議員の欠陥が明らかとなった。安倍自民党はこれに責任を負わねばならない。邪魔な尻尾として切って捨てて、「それは仕方がない」というだけの安倍晋三の姿勢は無責任の極みだ。

商品に欠陥があって消費者被害が生じたときには、欠陥商品を製造・輸入・販売した事業者に無過失の賠償責任が生じる。消費者保護の思想から導かれる製造物責任(product liability)の観念である。何を欠陥とし、どの範囲の業者に、どの範囲の賠償をさせるか、具体的な立法政策には幅があるものの、資本主義的財産法の大原則とされた「過失なければ責任なし」を大転換するものである。

我が国でも、1995年に製造物責任法(PL法)が施行されて20年となった。消費者保護の思想が実定法化されて既に定着している。経済社会でのこの常識が、政治の世界でも通用しなければならない。自民党は、自らが公認して当選したこの議員の欠陥を洗い出し、謝罪した上、しかるべき責任のとりかたを考えなければならない。それが最低限の常識的な政党のありかたであろう。

武藤貴也という、このいかがわしい人物は、滋賀4区で当選し「安倍チルドレン」の一人として衆議院議員となった。当選すれば議会での貴重な一票をもつ。もちろん、戦争法案の強行採決に加わっている。安倍応援団の一人として、「マスコミ弾圧勉強会」参加者の一員でもあった。

未熟で実績のないこの人物が当選できたのは、偏に自民党公認であったからである。安倍自民党が製造した議員といってよい。あるいは、安倍自民党が保証マークをつけて売り出した議員だ。その欠陥が明らかになった途端に、離党届を受理して「ハイ、おしまい」。それはないよ。

武藤貴也が何者であるか、選挙民はよくは知らない。それでも投票したのは、自民党公認だったからだ。自民党の保証マークを信用したからだ。その安倍自民党印議員の欠陥が明らかになったのだから、自民党が責任をとらねばならないのは当然ではないか。

私は、議員の品質のレベルを、「選良」というにふさわしいものと考えているわけではない。自民党議員に、市民の意見に耳を傾け、これを政策化して実現する誠実さと能力など求めていない。そんな品質を望むことは、木に縁って魚を求むるの類であろう。武藤のお粗末さは、常識的通常人には遙かに遠い恐るべきレベルなのだ。

武藤なる人物をいかがわしいと言い、議員としての資質に明らかな欠陥というのは、週刊文春が報じる彼の友人Aへの「LINE(ライン)」の記録による。

「来月新規公開株の取引の話しがあり、最低でも2倍になると言われています。内々で俺(武藤)に取引を持ちかけているのだけど元手がありません」「株の枠を抑(ママ)えてもらっていることは本当なので」「この件はクローズだからね。正直証券会社からも、『うちが国会議員のために枠を抑えてるのが一般に知れたら大変だ』と言っています。その辺呉々も注意してください」というもの。

8月19日発売の週刊文春によれば、武藤は昨年「国会議員枠で買える」と未公開株購入を知人らに勧め、その結果23人が計4104万円を武藤の政策秘書名義口座に振り込んだ。しかし、株は実際には購入されず、出資金の一部は戻っていないという。また、Aは、「新宿の喫茶店で武藤本人から直接説明を受けた」と述べている。

武藤は、その後弁明はしているものの、週刊文春の記事を否定していない。ラインの記録もAへの説明の内容も事実上その正確性を認めている。武藤とAとのトラブルについては、武藤側の言い分があるようだが、23人に4104万円を振り込ませて一部を流用し今なお700万円を未返還であることは争いないと見てよいようだ。

ラインに残る武藤の「勧誘文言」は、詐欺罪の構成要件に該当する欺罔行為となる公算が高い。未公開株詐欺と同様の手口なのだ。議員自身が「国会議員枠」の存在を強調している点は明らかに欺罔であり、ばれないように秘密を守れといっている点などは、タチが悪く常習性すら感じさせる。

自民党は、武藤の離党届を受理してはならない。党公認の議員としての適格性を検証し吟味しなければならない。事実関係を洗い出し、とりわけ詐欺の故意の有無を徹底して検証の上、除名を含む厳正な処分をしなければならない。そして、当該選挙区の選挙民を含む主権者国民に経過を報告するとともに、責任の所在を明らかにして謝罪しなければならない。さらには、粗製濫造の安倍チルドレンの中に、他にも欠陥議員がないかを十分に点検しなければならない。

以上が常識的なところだが、私はこれでは済まないと思う。自民党は、自分が当選させた欠陥候補者の選挙をやり直す責任があると思う。商品に欠陥ある場合、消費者は完全な他の商品の引渡を求める権利がある。いわゆる代物請求権である。

滋賀4区の有権者は、いや国民は詐欺犯もどきの欠陥議員をつかまされっぱなしで、衆議院議員としての居直りを許していることになる。いまや滋賀4区の恥となった欠陥議員についての代物請求権の行使が認められなければならない。こんな人物と知っていればよもや有権者が投票したはずはない。この議席はだまし取られたものなのだ。自民党が選挙民の代物請求に誠実に向き合う方法は、武藤を説得して議員辞職をさせることだ。それができれば、選挙民は欠陥議員に代えた新たな議員を選任する機会をもつことになる。再びの欠陥議員選任のリスクは…、まあ少なかろう。
(2015年8月20日)

7月1日結審法廷での被告本人陳述予定稿ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第45弾

私が被告とされているDHCスラップ訴訟は、7月1日に結審予定となっている。、
その7月1日(水)の予定は以下のとおり。
 15時00分~ 東京地裁631号法廷 第7回口頭弁論期日。
         被告本人(澤藤)意見陳述。その後に弁論終結。
 15時30分~17時 東京弁護士会508号会議室 報告集会
         弁護団長 経過説明
         田島泰彦上智大教授 ミニ講演
          本件訴訟の各論点の解説とこの訴訟を闘うことの意義
         弁護団・傍聴者 意見交換
          判決報告集会の持ち方
          他のDHCスラップ訴訟被告との連携
          原告や幇助者らへの制裁など
         被告本人 お礼と挨拶DHCスラップ訴訟

7月1日法廷では、私が口頭で意見陳述をする予定。その予定稿を掲載する。やや長文だが、読み物としても面白いのではなかろうか。この日、結審となって次回は判決期日となる。ぜひ、ご注目いただきたい。憲法上の言論の自由に関わるだけではない。政治とカネの問題にも、消費者問題の視点からの規制緩和問題にも関連している。
心底から思う。こんなスラップ訴訟の横行を許してはならない。そのためには、まず勝訴判決を取らなければならない。

  **************************************************************************
       目   次
 はじめにー本意見陳述の目的と大意
 1 私の立場
 2 ブログ「憲法日記」について
 3 「本件ブログ記事」執筆の動機
 4 言論の自由についての私の基本的な理解
 5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
 6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題問題の視点
 7 原告らの「本件提訴」の目的とその不当
 8 原告DHC・吉田の関連スラップ訴訟
 おわりにー本件判決が持つであろう意味

はじめにー本意見陳述の目的と大意
 口頭弁論終結に際して、裁判官の皆さまに意見を申し上げます。
 本件の法律的な論点については、被告代理人が準備書面で主張し尽くしています。私の陳述は、必ずしも法的構成にとらわれることなく、被告本人として周辺の事情について裁判官のご理解を得たいとするものです。ぜひ、耳を傾けていただくようお願いいたします。

 私は、人生ではじめての経験として突然に被告本人となり、この1年余の期間、心ならずも被告として応訴を余儀なくされる立場に置かれて来ました。当初は2000万円、途中請求の拡張があって6000万円の支払いを請求される立場の被告です。当然のことながら、心穏やかではいられません。不当な提訴と確信しつつも、あるいは不当な提訴と確信するからこそ、不愉快極まりない体験を強いられています。
 どんな提訴に対しても、応訴には、時間も労力も、そしてある程度の費用もかかります。軽率で不当な提訴が、被告とされる者にいかに大きな有形無形の負担を強いるものであるか、身に沁みて実感しています。この理不尽極まる事態を受容しえません。到底、納得することができません。
 どう考えても、私に違法と判断される行為や落ち度があったはずはありません。私は、憲法で保障されている「言論の自由」を行使したに過ぎないのです。いや、むしろ、私は民主主義社会の主権者のひとりとして、社会に有益で有用な言論を発信したのだと確信しています。提訴され被告とされる筋合いはありえません。
 本件で問題とされた私の言論は、政治とカネにまつわっての民主主義的政治過程攪乱への批判であり、消費者利益が危うくなっていることに関しての社会への警告です。「民主主義の政治過程をカネの力で攪乱してはならない」という自明の大原則に照らして厳しく批判されるべき原告吉田の行為に対して、必要で適切な批判と警告の言論にほかなりません。
 この点についての私の真意を裁判官の皆さまに、十分ご理解をいただきたく、以下のとおり意見を申し述べます。
なお、もう一点お願いしておきたいことがあります。私の書いた文章が、原告の訴状ではずたずたに細切れにされています。貴裁判所の指示で作成された「主張対照表」においても同様です。原告は、細切れになった文章の各パーツに、なんとも牽強付会の意味づけをして、「違法な文章」に仕立て上げようとしています。貴裁判所には、くれぐれも、原告が恣にした細切れのバラバラ文章の印象で、違法性の有無を判断することのないようにお願いしたいのです。
 まずは原告が違法と非難する5本の各ブログの文章全体を、私が書いたとおりの文章としてよくお読みいただくようにお願いいたします。文章全体をお読みいただくことで、常識的な理性と感性からは、各記事が、非難すべきところのない政治的言論であることをご理解いただけるものと確信しています。

1 私の立場
 私は、司法修習23期の弁護士です。学生時代に、松川事件被告人の救援運動や鹿地亘氏事件の支援運動に携わったことなどから、弁護士を志望しました。修習生の時代に青年法律家協会の活動に加わり、「法は社会的弱者の権利擁護のためにある。司法は弱者の権利救済を実現するための手続である」と確信するようになり、そのような「法や司法本来の理念を実現する法曹になろう」と思い立ちました。
 1971年に弁護士登録して、今年が45年目となります。この間、労働事件、消費者事件、医療・薬害訴訟、教育関係事件、職場の性差別撤廃・政教分離・国旗国歌強制反対・平和的生存権などの憲法訴訟に携わってまいりました。常に弱者の側、つまりは、労働者・消費者・患者・市民・国民の側に立って、公権力や大企業、カネや権威を持つ者と対峙して、微力ながらも弁護士本来の仕事をしてまいりました。概ね、これまで初心を忘れることなく職業生活を送ってきたとのいささかの自負があります。
 とりわけ、日本国憲法を携えて実務法律家として職業生活を送ることができたことを何よりの人生の好運と考え、憲法擁護、平和・人権・民主主義の憲法理念の擁護のための姿勢を堅持してきたつもりです。
 本件に関連していえば、政治資金規正法や公職選挙法問題については、刑事弁護実務において携わった経験から、また、いくつかの選挙運動に関係したことから、関心をもち続けてきました。政治資金規正法の理念である政治資金の透明性確保の要求については、民主主義の基礎をなす制度として強く共感し、カネで政治を動かそうとすることへの強い嫌悪と警戒感を有してきました。
 また、市民が弱者として経済的強者に対峙する消費者問題にも強く関心をもち、広範な消費者事件の諸分野で訴訟実務を経験してきました。弁護士会内の消費者委員会活動にも積極的に関与し、東京弁護士会の消費者委員長を2期、日本弁護士連合会の消費者委員長2期を勤め、消費者問題をテーマにした日弁連人権擁護大会シンポジウムの実行委員長も経験しています。消費者問題に取り組む中で、官僚規制の緩和や規制撤廃の名目で、実は事業者の利益拡大の観点から消費者保護の社会的規制が攻撃され、その結果消費者保護行政が後退していくことに危機感を募らせてきました。この規制緩和策への警戒感は、現実の消費者被害や被害者に直接に向き合う中で獲得した心構えとして、貴重なものと考えています。
 
2 ブログ「憲法日記」について
 私は、インターネットに「澤藤統一郎の憲法日記」と標題するブログを書き続けています。これも、弁護士としての職業的な使命の一端であり、職業生活の一部との認識で書き続けているものです。とりわけ、弁護士としての行動の理念的な指針となるべき憲法を擁護する立場を鮮明にし、憲法や憲法の理念について、実務法律家の視点からときどきの話題のテーマを取り上げて書き続けているものです。
 以前にも断続してブログを書いた経験がありますが、現在継続中のものは、第2次安倍政権の発足に危機感を持ち、その改憲路線に警鐘を鳴らすことを主たる目的として、2013年1月1日から書き始めたものです。当初は、以前私が事務局長を務めていた、日本民主法律家協会のホームページの片隅を借りていたのですが、同年4月1日に自前のブログを開設し毎日連続更新を宣言して連載を始めました。幅広く憲法関連問題を題材として、途切れることなく毎日記事を掲載しています。もちろん顕名で、自分の身分を明示し、自分の言論の内容に責任をもっての記事です。
 このブログを書き続けて、本年6月9日で、連続更新記録は800日となりました。この間、私のブログは、公権力や権威や社会的強者に対する批判の姿勢で貫かれています。政権や大企業や天皇制などを批判することにおいて遠慮してはならないと自分に言い聞かせながら書き続けています。そのような視点で世の中を見据えて、批判すべきを遠慮なく批判しなければならない。そのような私の視界に、「DHC8億円裏金事件」が飛び込んできたのです。

3 「本件記事」執筆の動機
 2014年3月に週刊新潮誌上での吉田嘉明手記が話題となる以前は、私はDHCという企業とは馴染みがなく、主としてサプリメントを製造販売する大手の企業の一つとしか認識はありませんでした。もっともサプリメントについては、多くは実際上効果が期待できないのに、あたかも健康や病気の回復に寄与するかのような大量宣伝によって販売されていることを問題視すべきだとは思い続けていました。
 業界に問題ありとは思っていましたが、DHCや原告吉田には個人的な関心はまったくなく、訴状で問題とされた3本のブログは、いずれも純粋に政治資金のあり方と規制緩和問題の両面からの問題提起として執筆したものです。公共的なテーマについて、公益目的でのブログ記事であることに、一点の疑いもありません。

4 言論の自由についての私の基本的な理解
 本件訴訟では、原告(DHCと吉田嘉明)両名が、被告の言論によって名誉を侵害されたと主張しています。しかし、自由な言論が権利として保障されているということは、その言論によって傷つけられる人の存在を想定してのものにほかなりません。傷つけられるものは、人の名誉であり信用であり、あるいは名誉感情でありプライバシーです。
 そのような人格的な利益を傷つけられる人の存在を想定したうえで、なお、人を傷つける言論が自由であり権利であると保障されているものと理解しています。誰をも傷つけることのない言論は、格別に「自由」だの「権利」だのと法的な保護を与える必要はありません。
 視点を変えれば、本来自由を保障された言論によって傷つけられる「被害者」は、その被害を甘受せざるを得ないことになります。DHCと吉田嘉明の原告両名は、まさしく私の権利行使としての言論による名誉や信用の毀損(社会的評価の低下)という「被害」を甘受しなければならない立場にあります。これは、憲法21条が表現の自由を保障していることの当然の帰結といわねばなりません。
 もちろん、法が無制限に表現の自由を認めているわけではありません。「被害者」の人格的利益も守るべき価値として、「表現する側の自由」と「被害を受けるものとの人格的利益」とを衡量しています。本件の場合には、この衡量の結果はあまりに明白で、原告DHCと原告吉田嘉明が「被害」を甘受しなければならないことは自明といってもよいと考えられます。
 その理由の第1は、原告らの「公人性」が著しく高いことです。しかも、原告吉田は週刊誌に手記を発表することによって自らの意思で「私人性」を放棄し、「公人性」を前面に押し出したのです。
 もともと原告吉田は単なる「私人」ではありません。多数の人の健康に関わるサプリメントや化粧品の製造販売を業とする巨大企業のオーナーです。これだけで「公人」性は十分というべきでしょう。これに加えて、公党の党首に政治資金として8億円もの巨額を拠出し提供して政治に関与した人物なのです。しかも、そのことを自ら暴露して、敢えて国民からの批判の言論を甘受すべき立場に立ったというべきです。自分で、週刊誌を利用して、自分に都合のよいことだけは言いっ放しにして、批判は許さない、などということが通用するはずはないのです。まずは、この点が強調されなければなりません。
 その第2点は、私のブログに掲載された、原告らの名誉を侵害するとされている言論が、優れて公共の利害に関わることです。
 無色透明の言論というものも、具体的な言論の内容に関わらない表現の自由というものも考えられません。必ず言論の内容に則して表現の自由の有無が判断されます。原告吉田は、自分がした政治に関わる行為に対する批判の言論を甘受すべきなのです。しかも、政治とカネというきわめて公共性の高いシビアなテーマにおいて、政治資金規正法の理念を逸脱しているというのが、私の批判の内容なのです。これは、甘受するしかないはずです。仮にもこの私の言論が違法ということになれば、憲法21条の表現の自由は画に描いた餅となってしまいます。民主主義の政治過程がスムーズに進行するための基礎を失うことになってしまいます。
 さらに、第3点は、私の言論がけっして勝手な事実を摘示するものではなく、すべて原告吉田が自ら週刊誌に公表した事実に基づいて、常識的な推論をもとに論評しているに過ぎないことです。意見や論評を自由に公表し得ることこそが、表現の自由の真髄です。私の原告吉田に対する批判の論評が表現の自由を逸脱しているなどということは絶対にあり得ません。これを違法とすれば、それこそ言論の自由は窒息してしまいます。
 仮に私が、世に知られていない原告らの行状を暴露する事実を摘示したとすれば、その真実性や真実であると信じたことについての相当性の立証が問題となります。しかし、私の言論は、すべて吉田自身が公表した手記を素材として、常識的に推論し論評したに過ぎないのですから、事実の立証も、相当性の立証も問題となる余地はなく、私の論評がどんなに手厳しいものであったとしても、原告吉田はこれを甘受せざるを得ないのです。

5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
 私のDHC・吉田両原告に対する批判は、純粋に政治的な言論です。原告吉田が、小なりとはいえ公党の党首に巨額のカネを拠出したことは、カネで政治を買う行為にほかならない、というものです。
 原告吉田はその手記で、「私の経営する会社…の主務官庁は厚労省です。厚労省の規制チェックは特別煩わしく、何やかやと縛りをかけてきます」と不満を述べています。その文脈で、「官僚たちが手を出せば出すほど日本の産業はおかしくなっている」「官僚機構の打破こそが今の日本に求められる改革」「それを託せる人こそが、私の求める政治家」と続けています。
 もちろん、原告吉田自身、「自社の利益のために8億円を政治家に渡した」などと露骨に表現ができるわけはありません。しかし、原告吉田の手記は、事実上そのように述べたに等しいというのが、私の意見であり論評です。これは、原告吉田の手記を読んだ者が合理的に到達し得る常識的な見解の表明に過ぎないのです。そして、このような批判は、政治とカネにまつわる不祥事が絶えない現実を改善するために、必要であり有益な言論なのです。
 政治資金規正法は、その第1条(目的)において、「政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるように」としています。まさしく、私は、「不断の監視と批判」の言論をもって法の期待に応え、「民主政治の健全な発達に寄与」しようとしたのです。

 原告吉田は、明らかに法の理念に反する巨額の政治資金を公党の党首に拠出したのです。しかも、不透明極まる態様においてです。この瞬間に、原告らは、政治家や公務員と同等に、いやそれ以上に拠出したカネにまつわる問題について国民からの徹底した批判を甘受し受忍すべき立場に立ったのです。これだけのことをやっておいて、「批判は許さない」と開き直ることは、それこそ許されないのです。

6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題の視点
 私はブログにおいて、8億円の拠出が政治資金規正法の理念に反するというだけでなく、原告吉田の政治家への巨額拠出と行政の規制緩和との関わりを消費者問題としての視点から指摘し批判しました。
 薬品・食品の業界は、国民の生命や健康に直接関わる事業として、厚労省と消費者庁にまたがって厳重な規制対象となっています。個々の国民に製品の安全に注意するよう警告しても無意味なことは明らかなのですから、国民に代わって行政が企業の提供する商品の安全性や広告宣伝の適正化についての必要な規制をしなければなりません。国民に提供される商品の安全を重視する立場からは、典型的な社会的規制である消費者行政上の規制を軽々に緩和してはならないはずです。しかし、企業は利潤追求を目的とする組織ですから、消費者の利益を犠牲にしても利潤を追求する衝動をもちます。業界の立場からは、規制はコストであり、規制は業務拡大への桎梏と意識されます。規制を緩和すれば利益の拡大につながると考えます。だから、行政規制に服する立場にある企業は、なんとかして規制緩和を実現したいと画策するのです。これがきわめて常識的な見解です。私は、長年消費者問題に携わって、この常識を我が身の血肉としてきました。
私のブログ記事は、なんのために彼が政治家に巨額の政治資金を提供したのか、という動機に関して、私は原告吉田の政治家への巨額なカネの拠出は行政の規制緩和を狙ったものと指摘し、彼のいう「官僚機構の打破」の内実として機能性表示食品制度導入問題を取り上げました。このようなものの見方は、極めて常識的なものであり、立証を求められる筋合いのものではありません。機能性表示食品制度は、アベノミクスの「第3の矢」の目玉の一つです。つまりは経済の活性化策として導入がはかられたもので、厳格な社会的規制の厳守という消費者利益の保護は二の次とされているのです。

 私のブログの記載のなかで、最も問題とされているのは次の記事です。
「サプリの業界としては、サプリの効能表示の自由化で売上げを伸ばしたい。もっともっと儲けたい。規制緩和の本場アメリカでは、企業の判断次第で効能を唱って宣伝ができるようになった。当局(FDA)の審査は不要、届出だけでよい。その結果が3兆円の市場の形成。吉田は、日本でもこれを実現したくてしょうがないのだ。それこそが、『官僚と闘う』の本音であり実態なのだ。渡辺のような、金に汚い政治家なら、使い勝手良く使いっ走りをしてくれそう。そこで、闇に隠れた背後で、みんなの党を引き回していたというわけだ。
 大衆消費社会においては、民衆の欲望すらが資本の誘導によって喚起され形成される。スポンサーの側は、広告で消費者を踊らせ、無用な、あるいは安全性の点検不十分なサプリメントを買わせて儲けたい。薄汚い政治家が、スポンサーから金をもらってその見返りに、スポンサーの儲けの舞台を整える。それが規制緩和の正体ではないか。『抵抗勢力』を排して、財界と政治家が、旦那と幇間の二人三脚で持ちつ持たれつの醜い連携」

 今読み直してみて、どこにもなんの問題もないと思います。消費者問題をライフワークとしてきた弁護士として、これくらいのことを社会に発信しなくては、職責を全うしたことにならないとさえ思います。
 「大衆消費社会においては、民衆の欲望すらが資本の誘導によって喚起され形成される」とはガルブレイスの説示によるものです。彼は、一足早く消費社会を迎えていたアメリカの現実の経済が、消費者主権ではなく生産者主権の下にあることを指摘しました。彼の「生産者主権」の議論は、わが国においても消費者問題を論ずる上での大きな影響を及ぼしました。ガルブレイスが指摘するとおり、今日の消費者が自立した存在ではなく、自らの欲望まで大企業に支配され、操作される存在であるとの認識は、わが国の消費者保護論の共通の認識ーつまりは常識となっているものです。
 このような基本認識のとおりに、現実に多くの消費者被害が発生しました。だから、消費者保護が必要なことは当然と考えられてきたのです。被害を追いかけるかたちで消費者保護の法制が次第に整備されてくるそのような時代に私は弁護士としての職業生活を送りました。ところが、それに対する事業者からの巻き返しを理論づけたのが「規制緩和論」です。「行政による事前規制は緩和せよ撤廃せよ」「規制緩和なくして強い経済の復活はあり得ない」という経済成長優先が基調となっています。企業あるいは事業者にとって、消費者保護の規制は利益追求の桎梏なのです。消費者の安全よりも企業の利益を優先する規制緩和・規制撤廃の政治があってはじめて日本の経済は再生するというわけです。
 アベノミクスの一環としての機能性表示食品制度は、まさしく経済活性化のための規制緩和です。コンセプトは、「消費者の安全よりは、まず企業の利益」「企業が情報を提供するのだから、消費者注意で行けばよい」「消費者が賢くなればよい」「消費者被害には事後の救済という対応でよい」という考え方です。消費者サイドからは、けっして受け容れることが出来ません。
 機能性表示食品制度は本年4月から実施されています。報道では「機能性表示食品として消費者庁に届け出した食品の中には、以前、特定保健用食品(トクホ)として国に申請し、「証拠不十分」と却下されたものも交じっている」とされています。「トクホ落ち」という業界用語で語られる食品が、今や機能性表示食品として堂々と宣伝されることになったのです。まさしく、企業のための規制緩和策以外の何ものでもないのです。
 原告吉田の手記が発表された当時、機能性表示食品制度導入の可否が具体的な検討課題となっていました。「経済活性が最優先。国民の安全は犠牲になってもやむを得ない」という基本路線に、業界は大いに喜びました。国民の安全を最優先と考える側からは当然に反発の声があがりました。もちろん、日弁連も反対の立場を明確にしています。そのような時期に、私は機能性表示食品制度導入問題に触れて、「DHC吉田が8億円出しても惜しくないのは、サプリメント販売についての『規制緩和という政治』を買い取りたいからなのだと合点がいく」とブログに表現をしました。まことに適切な指摘だったと思います。

7 「本件提訴」の目的とその不当
 カネをもつ者が、そのカネにものを言わせて、自分への批判の言論を封じようという濫訴が「スラップ訴訟」です。はからずも、私が典型的なスラップ訴訟の被告とされたのです。私の口を封じようとしたのはDHC会長の原告吉田嘉明。彼が不愉快として封じようとした私の言論は、私がブログ「憲法日記」に書いた3本の記事。政治とカネにまつわる政治的批判の言論。そして原告吉田の政治資金提供の動機を規制緩和を通じての営利追求にあるとした、消費者問題の視点からの指摘の言論です。これらが社会的に有用な言論であることは既述のとおりです。
 原告吉田が私をだまらせようとして、2000万円の損害賠償請求訴訟を提起したことに疑問の余地はありません。私は、原告吉田から「黙れ」と恫喝されて、けっして黙ってはならないと決意しました。もっともっと大きな声で、何度も繰りかえし、原告吉田の不当を叫び続けなければならない。その結果が、同じブログへの「『DHCスラップ訴訟』を許さない」シリーズの連載です。6月12日現在で、44回書き連ねたことになります。読み直してみるとなかなかに充実した内容で、貴重な問題提起になり得ていると思います。原告吉田は、このうちの2本の記事が名誉毀損になるとして、請求原因を追加し、それまでの2000万円の請求を6000万円に拡張しました。この金額の積み上げ方それ自体が、本件提訴の目的が恫喝による言論妨害であって、提訴がスラップであることを自ら証明したに等しいと考えざるを得ません。

8 原告DHC・吉田の関連スラップ訴訟
 原告吉田嘉明の週刊新潮手記が発表されると、政治資金8億円を裏金として受けとっていた「みんなの党」渡辺喜美代表に対して、ごうごうたる非難が巻きおこりました。8億円の内、3億円については借用証が作成されたとのことですが、5億円については貸金であることを示す書類はないようです。カネの動きも、貸金にしては極めて不自然。そのほかにも、渡辺側の不動産を原告吉田が渡辺の言い値で購入したことも明らかとなりました。このような巨額のカネが、政治資金規正法にもとづく届出のない裏金として動いていたのです。
 この事件について、渡辺だけでなく原告DHC・吉田側をも批判する論評も多くありました。原告吉田はその内の10件を選び、ほぼ同時期に、削除を求める事前折衝もしないまま、闇雲に訴訟を提起しました。明らかに、高額請求訴訟の提起という爆弾により、市井の言論を委縮させ、更なる批判言論を封じ込むという効果を狙ってのものというべきです。
 10件もの提訴自体が、明らかに濫訴であることを物語っています。また、原告吉田が公表した手記を契機に、同じような原告DHC・吉田批判が、彼らの経済的支配の埒外にあるミニコミに噴出したのは、その批判(言論)内容が多くの人に共通した、普遍的な推論と所見であることを推認させるものと考えられます。
 東京地裁に提起された訴訟10件の賠償請求額は最低2000万円、最高2億円です。私は当初「最低ライン」の2000万円でしたが、その後ブログに「口封じのDHCスラップ訴訟を許さない」と書き続けて、請求額は6000万円に増額となっています。
 その10件のうち、折本和司弁護士(横浜弁護士会)が被告になっている事件は今年の1月15日に第1号判決となり、次いで3月24日に被告S氏についての第2号判決が、いずれも「原告完敗・被告完勝」の結果となりました。私の事件がこれに続く第3号判決になることが予想されます。
 そのほかに、関連する2件の仮処分申立事件があって、それぞれに申立の却下決定(東京地裁保全担当部)と抗告却下決定(東京高裁)があります。判決2件とこの4件を合計して計6件、原告DHC・吉田は連戦連敗なのです。私は、可能な限りの記録閲覧をしていますが、今後も、原告DHC・吉田の連敗記録が途切れることはありえないと確信しています。
 本年3月24日に東京地裁民事第23部合議部(宮坂昌利裁判長)が、私のブログなどに比較して手厳しいツイッターでの発言について、なんの躊躇もなく、名誉毀損も侮辱も否定して、原告の請求を棄却しています。注目すべきはこの判決の中に次のような判示があることです。
 「そもそも問題の週刊誌掲載手記は、原告吉田が自ら『世に問うてみたい』として掲載したもので、さまざまな立場からの意見が投げかけられるであろうことは、吉田が当然に予想していたはずである」「問題とされているツイッターの各記述は、この手記の公表をきっかけに行われたもので、その手記の内容を踏まえつつ、批判的な言論活動を展開するにとどまるもので、不法行為の成立を認めることはできない」
 私の事件での被告準備書面は、原告吉田が週刊新潮に手記を発表して、「自ら政治家(みんなの党渡辺喜美)にカネを提供したことを暴露した」という事実を捉えて、「私人性の放棄」と構成しています。これに対して宮坂判決は、原告吉田が「自ら積極的に公人性を獲得した」と判断したのです。

おわりにー本件判決が持つであろう意味
 本件は本日結審して判決を迎えることになります。
 その判決において、仮にもし私のこのブログによる言論について、いささかでも違法の要素ありと判断されるようなことがあれば、およそ政治に対する批判的言論は成り立たなくなります。原告吉田を模倣した、本件のごときスラップ訴訟が乱発され、社会的な強者が自分に対する批判を嫌っての濫訴が横行する事態を招くことになるでしょう。そのとき、市民の言論は萎縮し、権力者や経済的強者への断固たる批判の言論は後退を余儀なくされるでしょう。そのことは、権力と経済力が社会を恣に支配することを意味します。言論の自由と、言論の自由に支えられた民主主義政治の危機というほかはありません。
 仮に私のブログの表現によって原告らに不快とするところがあったとしても、原告はそれを甘受し受忍しなければなりません。原告両名はこの上ない経済的強者です。サプリメントや化粧品など国民の健康に直接関わる事業の経営者でもあります。原告らは社会に多大の影響を与える地位にある者として、社会からの批判に謙虚に耳を傾けねばならない立場にあります。
 原告らの提訴自体が違法であることは明白です。貴裁判所には、このような提訴は法の許すところではないと宣告の上却下し、あるいは請求を棄却して、一刻も早く私を被告の座から解放していただくよう要請いたします。

 なお、最後に一言いたします。スラップ訴訟提起の重要な狙いとして、「論点すりかえ効果」と「潜在的言論封殺効果」があるといわれています。
 本来は、原告吉田嘉明が小なりとはいえ公党の党首(渡辺喜美)に8億円もの政治資金を拠出していたこと、しかもそれが表に出て来ないで闇にうごめいていたことこそが、政治資金規正法の理念に照らして重大問題であったはずです。私の指摘もそこにありました。ところが、その重要な問題が、いまは私のブログの記載が、あるいは原告DHC・吉田からスラップを受けて被告とされたライターの記述が原告DHC・吉田に対する名誉毀損にあたるか否かという矮小化された論点にすり替えられてしまっています。
 さらに、本件スラップ訴訟は、けっして私の言論だけを封殺の標的にしているのではありません。私に、あるいは他の9人に対しスラップ訴訟を仕掛けることによって、同じような発言をしようとした無数の潜在的表現者を威嚇し萎縮させて、潜在的言論封殺効果を狙っているのです。だから私は、自分ひとりが勝訴しただけでは喜べない立場にあります。
 本件不当訴訟を仕掛けたことに対して、原告DHC・吉田やこれを幇助したその取り巻きに対する相応のペナルティがなければ、スラップ訴訟は「やり得」に終わってしまいます。やり得を払拭し、再発の防止の効果を挙げるために有益な判決を期待しています。

 以上のとおり、本件は優れて憲法21条の問題ではありますが、それだけではなく政治資金規正法の理念の問題でもあり、消費者問題と規制緩和の問題でもあり、民事訴訟を濫用しての言論萎縮効果の問題でもあります。これらの問題にも十分配慮され、公正かつ妥当な判決の言い渡しによって、貴裁判所がその職責を果たされるよう、期待申し上げる次第です。
(2015年6月14日)

澤藤統一郎の憲法日記 © 2015. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.