『消費者法ニュース』「スラップ訴訟(恫喝訴訟・いやがらせ訴訟)特集号」本日発売 ?「DHCスラップ訴訟」を許さない・第70弾
多くの方から、一昨日(1月28日)の「DHCスラップ訴訟控訴審勝訴判決」に、祝意のご挨拶をいただいた。あらためて御礼を申し上げます。
ほとんどの方が、「当然の勝訴とは思いますが、よかったですね」「当たり前の判決ですが、おめでとう」というもの。そして、「DHCや吉田嘉明は、こんなスラップを提起した責任をどうとるつもりなのでしょうか」というご意見も。
なかに、「判決主文には訴訟費用はDHC・吉田の負担とされている。具体的には、どのくらいの金額を支払わせることが出来るのか」というありがたい問合せもあった。残念ながら、これはDHC・吉田が訴状と控訴状に貼った印紙の代金について、「澤藤からはとれません」というだけのもの。私(澤藤)には1円もはいってこないのだ。これが、スラップのスラップたる所以。スラップの標的とされたものが、その訴訟に勝訴しただけではなんの見返りもない。弁護士費用も、応訴の時間消費も、その間の減収の補償もない。そこが、スラップを起こす者の付け目でもある。
もっとも、「こんなことをする、DHCの製品は決して購入しません」という声もあった。これは嬉しいことだし、本質を衝いた問題提起でもあると思う。
弁護士は別として、DHC・吉田の私に対する訴訟によって、「スラップ」「スラップ訴訟」という言葉を初めて知ったという方が、ほとんどのようだ。「スラップ」の陰湿でダーティーなイメージと、こんな提訴をする企業や経営者への社会的評価の低下は避けがたい。大きな規模でDHCの化粧品やサプリメントの商品イメージの低下にまでつながれば、再度のスラップの抑止効果を期待出来るところ。
「スラップに成功体験をさせてはならない」だけではなく、スラップ提起者への法的、社会的な制裁が必要である。そのために、まずは「スラップ」「スラップ訴訟」の実態と、社会的被害を世に知らしめなければならない。
そのような試みは、着実に始まっている。たとえば、本日発売の『消費者法ニュース』が「スラップ訴訟(恫喝訴訟・いやがらせ訴訟)」の特集を組んでいる。
『消費者法ニュース』は季刊誌である。消費者問題に携わる研究者・弁護士・司法書士・消費生活相談員・消費生活コンサルタント・市民活動家・消費者被害者らが寄稿して支えている。
2015年10月発行の前号(105号)の概要をご覧いただけば、その充実振りがご理解いただけよう。
特集1:不招請勧誘規制(Do Not Call制度、Do Not Knock制度)
特集2:公益通報者保護法の改正
シリーズ1:消費者庁・消費者委員会・国民生活センター・地方消費者行政、以下15の各テーマについてのシリーズが連載されている。続いて、学者の目、相談員の目、Q&A、判例・和解速報、国民生活センター情報、政府・政党・国会議員の声、消費者運動の歴史、判決全文紹介…とならぶ。
さて、本日(1月30日)発売の106号は、スラップ訴訟について30頁を超す盛りだくさんの特集。下記9本の論稿が並んでいる。もちろん、私も執筆者のひとり。
1 「スラップ概論」 弁護士(福岡)青木歳男
2 「伊那太陽光発電スラップ訴訟」 弁護士(長野)木嶋日出夫
3 「スラップに成功体験をさせてはならない─DHCスラップ訴訟の当事者として─」 弁護士(東京)澤藤統一郎
4 「ホームオブハート事件─ 消費者被害者に対する加害者側によるSLAPP事例─」MASAYA・MARTHこと倉渕グループ問題を考える会代表・山本ゆかり
5 「第一商品株式会社からの不当訴訟について」 弁護士(東京)荒井哲朗
6 「スラップ訴訟と名誉毀損の法理について」 弁護士(東京)飯田正剛
7 「カルト問題とスラップ」 やや日刊カルト新聞主筆・鈴木エイト
8 「スラップとメディア」 フリージャーナリスト・藤倉善郎
9 「アメリカにおける『戦略に基づく公的参加封じ込め訴訟』(SLAPP)」 創価大学法科大学院教授・藤田尚則
スラップに深く関心を持っている、当事者・弁護士・ジャーナリスト、そして研究者の深刻な問題提起と貴重な提言が持ち寄られている。消費者問題の切り口を主とする特集で、必ずしもスラップ全体をカバーするものではないが、これからスラップを語る出発点としての貴重な基本文献となっている。ようやくにして、スラップは人々の口の端に上るようになり、スラップの提起は唾棄すべき愚行であるとの社会通念が着実に形成されつつあると実感する。
スラップはさまざまに定義されているが、私は、「強者の側からの民事訴訟の濫訴を手段とした、表現の自由や市民活動の自由に対する侵害の試み」と考えている。弁護士費用・訴訟費用の負担を厭わない公権力や経済的強者の側の武器として、極めて有効なのだ。表現の自由・市民活動の自由に、重大な脅威をもたらし、我が国の民主主義を変容させかねない。
司法本来の主たる役割は、法がなければ守られない社会的弱者の権利救済にある。しかし、スラップは、その正反対の望ましからぬ役割に利用された提訴である。しかも、強者が弱者を提訴するそのことだけで、大半の目的を達する。被告とされた本人だけではなく、被告以外の多くの者、つまりは社会に対する表現や行動の萎縮効果をもたらすからである。スラップを默過し放置することは、司法の悪用を認めることにほかならない。
巻頭論文となった、青木歳男「スラップ概論」の中に「便利でお得なスラップ」という一節がある。これが、「スラップの社会学」であり、「スラップの費用対効果」である。だから、スラップがはびこり、スラップが根絶されないのだ。
(1)組織力と財力に優れた大規模な組織から訴訟を提起されるという事態は、一個人からすれば経済的・心理的に大きな負担であり、確実に被告への過大な負担を与えることが可能となる。
(2)被告の周囲の者に対しても、提訴の可能性を示唆することができ、被告への協力を躊躇させることができ、反対運動のような場合であれば反対運動自体を抑制することが出来る。
(3)加えて、他の言論機関に対しても名誉毀損訴訟の可能性を示唆することができ、メディア全般への牽制にもなる。
(4)スラップを防ぐ手立てがなく、一度被告とされると、原告が納得するまで訴訟に付き合わなければならない(米国の反スラップ法では予備審にて却下という救済制度があることと対照的である)。
(5)提訴は合法な行為であり、表面上それ自体非難されるものでない。反訴により違法性を認定されなければ不当性を指摘されることは少ない。
(6)特に名誉毀損訴訟での提訴の場合、日本の判断基準は曖昧であるから、不当であるかどうか名誉毀損が成立するかどうか(考え方としては名誉毀損が成立してもスラップと考える場合もあるが)ハッキリしないので、不当だと批判されにくい。
(7)多くの被告は訴訟の長期化を避けるため(負担が増えるため)反訴提起は起こりにくいし、反訴において不当訴訟として認定されるための要件は大変厳格である。
(8)スラップを提起したことが広く社会に知られた場合、原告が社会的非難を受ける危険性はあるが、スラップが報道される例は多くない。
(9)原告は、社会的評価を低下させる表現を見つけて訴訟を弁護士に委任すればよく、その費用は大規模組織のメディア対策費とすれば極めて低廉である。不当訴訟と認容を受けても賠償額は弁護士1名分程度の費用が上積みされたに過ぎない(幸福の科学事件判決の認容額は100万円、武富士事件の認容額は120万円、伊那太陽光発電スラップ訴訟は50万円)。
(10)現実に言論の萎縮が生じており、大変効果的な手段であると考えられる。
オウム真理教は江川昭子さんを訴え、幸福の科学は山口廣さんを訴え、DHC・吉田は係争中の労組員や私を含む批判者多数を訴えた。提訴側は、スラップに敗訴したところで何の失うものもない。負けてもともと、やり得なのだ。負けても得るものがある。スラップ常連者は、自らを厄介な存在と社会に認識させることで、自らに対する社会からの批判の言論をブロックできるのだ。
スラップ提起によるイメージの悪化が、客離れや自然発生的なボイコットあるいは不買運動などによって、スラップ提起者に経済的な打撃が生じる状況が生じれば、抑止的な効果を期待することが出来る。しかし、そのことは常に期待できることではないし、スラップの主体が、顧客を抱えているとも限らない。何らかの法的あるいは制度的な制裁の仕組みが必要である。
この点については、カリフォルニア州の「反スラップ法」が典型として参考になる。「消費者法ニュース」の藤田尚則論文は、大要次のように紹介している。
「同法は、SLAPPの標的(被告)を訴訟から早期に解放するための手続を定め、『裁判所が、原告は請求において勝訴する蓋然性があることを立証したものと決定しない限り、特別の削除申立てに服さなければならない。』と規定し、特別の削除申立ては『原告の訴状の送達から60日以内に提起することができるものとし、又は裁判所の裁量で当該裁判所が適切と決定するその後の適切な時期に提起することができるものとする。申立ては、裁判所書記官によって申立ての送達後30日以内に裁判所の未決訴訟事件表の状況が後の審尋を要求しない限り審尋に付されるよう訴訟日程表に登載されなければならない。』と規定している。更に同法は、ディスカバリー(日本法にはない証拠開示手続)による負担から被告を保護するため、訴訟における全てのディスカバリー手続は…申立ての通知の提出まで停止される。…そのうえ被告の経済的負担軽減のために『特別の削除申立てに勝訴した被告は、彼又は彼女の弁護士費用及び訴訟費用を回収する権利を付与される。』と規定している。」
さらに、「ワシントン州反SLAPP法」がスラップ被害者の救済を強化したものとして、次のように紹介されている。
「原告が明白且つ確信を抱かせるに足る証拠に基づいて申立てに成功し得る蓋然性を立証できなかった場合、裁判所は『訴訟費用及び相当の弁護士費用を含まない10,000ドル』の支払いを原告に命じ、『裁判所が応答当事者〔原告〕の行為及び同様の立場に置かれた他者によるそれに匹敵した行為の反復を抑止するに必要と決定した、応答当事者及び当該当事者の弁護士又は法律事務所に対する制裁を含む付加的救済』を命ずると規定している」
このような立法例を参考にして、我が国の「反スラップ法」「民事訴訟におけるスラップ抑制制度」を創設したいものと思う。
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(2016年1月30日)