澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

自衛隊の中東派遣を撤回せよ

本日(2月20日)、「自衛隊の中東派遣に反対し、閣議決定の撤回を求める集会」。「改憲問題対策法律家6団体連絡会」と「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の共催。

半田滋さん(東京新聞論説兼編集委員)が、『自衛隊の実態・中東清勢について』報告し、永山茂樹さん(東海大学教授)が『憲法の視点から中東派遣を考える』として違憲論を述べた。次いで、野党議員の連帯挨拶があり、集会アピールを採択した。

「安倍内閣進退きわまれり」との雰囲気の中で、挨拶も報告もボルテージの高いものだった。自由法曹団団長の吉田健一さんが、閉会挨拶で「自衛隊の海外派兵をやめさせ、改憲策動をやめさせ、安倍内閣をやめさせよう」と呼びかけたのが、参加者の気持ちを代弁することばだった。

なお、《改憲問題対策法律家6団体連絡会》とは、「安倍政権の進める改憲に反対するため共同で行動している6つの法律家団体(社会文化法律センター・自由法曹団・青年法律家協会弁護士学者合同部会・日本国際法律家協会・日本反核法律家協会・日本民主法律家協会)で構成されています。これまでに、日弁連とも協力して秘密保護法や安保関連法の制定に反対し、安倍改憲案に対しては、安倍9条改憲NO!全国市民アクション、総がかり行動とも共同して反対の活動を続けています」と、自己紹介している。

本日の集会アピールは、以下のとおり。よくできていると思う。

 

「自衛隊中東派遣に反対し閣議決定の撤回を求める集会」アピール

1 安倍政権は、昨年12月27日、中東地域への自衛隊派遣を閣議決定し、本年1月10日に自衛隊派遣の防衛大臣命令を強行しました。そして、1月21日から海上自衛隊のP-3C哨戒機が中東海域での情報収集活動を開始し、2月2日には、閣議決定により新たに中東へ派遣されることとなった護衛艦「たかなみ」が海上自衛隊横須賀基地を出港しました。

2 すでに中東海域には、アメリカが空母打撃群を展開しており、軍事的緊張が続いていましたが、本年1月2日には、アメリカが国際法違反の空爆によってイラン革命防衛隊のガセム・ソレイマニ司令官を殺害し、これに対して、1月8日、イランがイラク国内にあるアメリカ軍基地を弾道ミサイルで攻撃するなど、一触即発の状態にまで至っています。
安倍政権は、今回の派遣を「我が国独自の取祖」と説明していますが、自衛隊が収集した情報はアメリカ軍に提供されることになっており、その実態は、アメリカのトランプ政権が呼びかける「有志連合」への事実上の参加に他なりません。そして、アメリカ軍との共同の情報収集・警戒監視・偵察活動に用いられているP-3C哨戒機、国外ではデストロイヤー(駆逐艦)と呼ばれている護衛艦、そして260名もの自衛官を中東地域に派遣すれば、それはイランヘの大きな軍事的圧力となり、中東地域における軍事的緊張をいっそう悪化させることになります。集団的自衛権を解禁した安保法(戦争法)のもと、中東地域で自衛隊がアメリカ軍と連携した活動を行えば、自衛隊がアメリカの武力行使や戦争に巻き込まれたり、加担することにもなりかねません。今回の自衛隊の中東派遣は憲法9条のもとでは絶対に許されないことです。

3 また、自衛隊の中東派遣という重大な問題について、国会審議にもかけないまま国会閉会後に安倍政権の一存で決めたことも大問題です。安倍政権は、主要なエネルギーの供給源である中東地域での日本関係船舶の航行の安全を確保するためとしていますが、これでは、政権が必要と判断しさえすれば、「調査・研究」名目で自衛隊の海外派遣が歯止めなく許されることになります。そもそも、組織法にすぎない防衛省設置法の「調査・研究」は、自衛隊の行動や権限について何も定めておらず、およそ自衛隊の海外派遣の根拠となるような規定ではなく、派遣命令の根拠自体が憲法9条に違反します。

4 現在の中東における緊張の高まりは、2018年5月にトランプ政権が「被合意」から一方的に離脱し、イランに対する経済制裁を再開したことに端を発しています。憲法9条を持ち、唯一の戦争被爆国である日本がなすべきは、アメリカとイランに対話と外交による平和的解決を求め、アメリカに「核合意」への復帰を求めることです。安倍政権も第1に「更なる外交努力」をいうのであれば、自衛隊中東派遣は直ちに中止し、昨年12月27日の閣議決定を撤回すべきです。

2 私たちは、安倍政権による憲法9条の明文改憲も事実上の改憲も許さず、自衛隊の中東派遣に反対し、派遣中止と閣議決定の撤回を強く求めます。

2020年2月20日

         「自衛隊中東派遣に反対し閣議決定の撤回を求める集会」参加者一同

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関連する日弁連会長声明は以下のとおり、

中東海域への自衛隊派遣に反対する会長声明

2019年12月27日、日本政府は日本関係船舶の安全確保に必要な情報収集活動を目的として、護衛艦1隻及び海賊対策のためにソマリア沖に派遣中の固定翼哨戒機P-3Cエ機を、中東アデン湾等へ派遣することを閣議決定した。
2018年5月に米国がイラン核合意を離脱後、ホルムズ海峡を通過するタンカーヘの攻撃等が発生していることから、米国はホルムズ海峡の航行安全のため、日本を含む同盟国に対して有志連合方式による艦隊派遣を求めてきた。
これに対し日本は、イランとの伝統的な友好関係に配慮し、米国の有志連合には参加せずに上記派遣を決定するに至った。
今般の自衛隊の中東海域への派遣は、防衛省設置法第4条第1項第18号の「調査及び研究」を根拠としている。しかし、同条は防衛省のつかさどる事務として定めている。
そもそも、自衛隊の任務、行動及び権限等は「自衛隊法の定めるところによる」とされている(防衛省設置法第5条)。自衛隊の調査研究に関しても、自衛隊法は個別規定により対象となる分野を限定的に定めている(第25条、第26条、第27条及び第27条の2など)。ところが、今般の自衛隊の中東海域への派遣は、自衛隊法に基づかずに実施されるものであり、防衛省設置法第5条に違反する疑いがある。
日本国憲法は、平和的生存権保障(前文)、戦争放棄(第9条第1項)、戦力不保持・交戦権否認(第9条第2項)という徹底した恒久平和主義の下、自衛隊に認められる任務・権限を自衛隊法で定められているものに限定し、自衛隊法に定められていない任務・権限は認めないとすることで、自衛隊の活動を規制している。自衛隊法ではなく、防衛省設置法第4条第1項第18号の「調査及び研究」を自衛隊の活動の法的根拠とすることが許されるならば、自衛隊の活動に対する歯止めがなくなり、憲法で国家機関を縛るという立憲主義の趣旨に反する危険性がある。
しかも、今般の自衛隊の中東海域への派遣に関しては、「諸外国等と必要な意思疎通や連携を行う」としていることから米国等有志連合諸国の軍隊との間で情報共有が行われる可能性は否定できず、武力行使を許容されている有志連合諸国の軍隊に対して自衛隊が情報提供を行った場合には、日本国憲法第9条が禁じている「武力の行使」と一体化するおそれがある。また、今般の閣議決定では、日本関係船舶の安全確保に必要な情報の収集について、中東海域で不測の事態の発生など状況が変化する場合における日本関係船舶防護のための海上警備行動(自衛隊法第82条及び第93条)に関し、その要否に係る判断や発令時の円滑な実施に必要であるとしているが、海上警備行動や武器等防護(自衛隊法第95条及び第95条の2)での武器使用が国又は国に準ずる組織に対して行われた場合には、日本国憲法第9条の「武力の行使」の禁止に抵触し、更に戦闘行為に発展するおそれもある。このようなおそれのある活動を自衛隊法に基づかずに自衛隊員に行わせることには、重大な問題があると言わざるを得ない。
政府は、今回の措置について、活動期間を1年間とし、延長時には再び閣議決定を行い、閣議決定と活動終了時には国会報告を行うこととしている。しかし、今般の自衛隊の中東海域への派遣には憲法上重大な問題が含まれており、国会への事後報告等によりその問題が解消されるわけではない。中東海域における日本関係船舶の安全確保が日本政府として対処すべき課題であると認識するのであれば、政府は国会においてその対処の必要性や法的根拠について説明責任を果たし、十分に審議を行った上で、憲法上許容される対処措置が決められるべきである。
よって、当連合会は、今般の自衛隊の中東海域への派遣について、防衛省設置法第5条や、恒久平和主義、立憲主義の趣旨に反するおそれがあるにもかかわらず、国会における審議すら十分になされずに閣議決定のみで自衛隊の海外派遣が決められたことに対して反対する。

2019年(令和元年)12月27日

日本弁護士連合会会長 菊地 裕太郎

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憲法学者126名の共同声明は以下のとおり。

ホルムズ海峡周辺へ自衛隊を派遣することについての憲法研究者声明

1、2019年10月18日の国家安全保障会議で、首相は、ホルムズ海峡周辺のオマーン湾などに自衛隊を派遣することを検討するよう指示したと報じられている。わたしたち憲法研究者は、以下の理由から、この自衛隊派遣は認めることができないと考える。

2、2019年春以来、周辺海域では、民間船舶に対する襲撃や、イラン・アメリカ両国軍の衝突が生じている。それは、イランの核兵器開発を制限するために、イラン・アメリカ等との間で結ばれた核合意から、アメリカ政府が一方的に離脱し、イランに対する経済制裁を強化したことと無関係ではないだろう。
中東の非核化と緊張緩和のために、イラン・アメリカ両国は相互に軍事力の使用を控え、またただちに核合意に立ち戻るべきである。

3、日本政府は、西アジアにおける中立外交の実績によって、周辺地域・周辺国・周辺民衆から強い信頼を得てきた。今回の問題でもその立場を堅持し、イラン・アメリカの仲介役に徹することは十分可能なことである。またそのような立場の外交こそ、日本国憲法の定めた国際協調主義に沿ったものである。

4、今回の自衛隊派遣は、自衛隊の海外派遣を日常化させたい日本政府が、アメリカからの有志連合への参加呼びかけを「渡りに船」で選択したものである。
自衛隊を派遣すれば、有志連合の一員という形式をとらなくとも、実質的には、近隣に展開するアメリカ軍など他国軍と事実上の共同した活動は避けられない。
しかも菅官房長官は記者会見で「米国とは緊密に連携していく」と述べているのである。
ほとんどの国が、この有志連合への参加を見送っており、現在までのところ、イギリスやサウジアラビアなどの5カ国程度にとどまっている。このことはアメリカの呼びかけた有志連合の組織と活動に対する国際的合意はまったく得られていないことを如実に示している。そこに自衛隊が参加する合理性も必要性もない。

5、日本政府は、今回の自衛隊派遣について、防衛省設置法に基づく「調査・研究」であると説明する。
しかし防衛省設置法4条が規定する防衛省所掌事務のうち、第18号「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」とは、どのような状況において、自衛隊が調査・研究を行うのか、一切の定めがない。それどころか調査・研究活動の期間、地理的制約、方法、装備のいずれも白紙である。さらに国会の関与も一切定められていない。このように法的にまったく野放し状態のままで自衛隊の海外派遣をすることは、平和主義にとってもまた民主主義にとってもきわめて危険なことである。

6、わたしたちは安保法制のもとで、日本が紛争に巻き込まれたり、日本が武力を行使するおそれを指摘してきた。今回の自衛隊派遣は、それを現実化させかねない。
第一に、周辺海域に展開するアメリカ軍に対する攻撃があった場合には、集団的自衛権の行使について要件を満たすものとして、日本の集団的自衛権の行使につながるであろう。
第二に、「現に戦闘行為が行われている現場」以外であれば、自衛隊はアメリカ軍の武器等防護をおこなうことができる。このことは、自衛隊がアメリカの戦争と一体化することにつながるであろう。
第三に、日本政府は、ホルムズ海峡に機雷が敷設された場合について、存立危機事態として集団的自衛権の行使ができるという理解をとっている。 しかし機雷掃海自体、極めて危険な行為である。また戦胴中の機雷掃海は、国際法では戦闘行為とみなされるため、この点でも攻撃を誘発するおそれがある。
このように、この自衛隊派遣によって、自衛隊が紛争にまきこまれたり、武力を行使する危険をまねく点で、憲法9条の平和主義に反する。またそのことは、自衛隊員の生命・身体を徒に危険にさらすことも意味する。したがって日本政府は、自衛隊を派遣するべきではない。

2019年10月28日

憲法研究者有志(126名連名省略)

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自由法曹団の申入書

自衛隊の中東海域への派遣命令の撤回を求める申入書

1 安倍内閣は、2019年12月27日、自衛官260名、護衛艦1隻を新規に中東地域に派遣し、すでに海賊対処行動に従事している哨戒機1機を中東海域へ転用する旨の閣議決定を行った。
自由法曹団は、同日、同閣議決定に抗議するとともに、自衛隊の派遣中止を求める声明を発表したが、自衛隊の中東海域への派遣を中止しないばかりか、河野防衛大臣は、2020年1月10日、自衛隊に派遣命令を発出し、派遣を強行しようとしている。

2 米国は、上記閣議決定後の2020年1月2日、イラン革命防衛隊のガセム・ソレイマニ司令官を空爆(以下、「本件空爆」という)によって殺害した。
そして、イランは、本件空爆に対する「報復」として、同月8日、十数発の弾道ミサイルを発射し、米軍が駐留するイラク西部のアサド空軍基地及び同国北部のアルビル基地を爆撃した。
両国の武力行使により、緊張がますます激化しているが、そもそも両国の関係が悪化したきっかけはトランプ政権がイラン核合意から一方的に離脱したことである。また、本件空爆は、国連憲章及び国際法に違反する先制攻撃であり、何らの正当性もない。
米国は、軍事力行使を直ちにやめ、イラン核合意に復帰すべきであり、国際社会は、これ以上の・・暴力の連鎖¨が引き起こされないよう外交努力を尽くさなければならない。

3 自由法曹団は、2019年12月27日の時点で、既に中東情勢は緊迫しており、自衛隊の中東海域への派遣は、「情報収集活動」にとどまらない危険性が高い等の理由から閣議決定に反対したが、現在の中東情勢は、その時点と比べても極度に緊迫した状態にある。
にもかかわらず、河野防衛相は、2020年1月10日、海上自衛隊の護衛艦1隻と哨戒機2機の中東への派遣命令を発出した。現在の中東情勢の下での自衛隊の中東海域への派遣は、中東地域の緊張をいっそう高めるばかりか、日本が米国の誤った中東政策を賛同する国として、米国の戦争に巻き込まれる危険性を高めるものであり、絶対に派遣を許してはならない。

4 日本は、憲法9条の理念に基づき、両国との信頼関係を活かしながら、対話と外交による平和的解決を目指すべきである。
自由法曹団は、米国及びイラン両国に対して自制を求めるとともに、憲法を踏みにじる自衛隊の中東海域の自衛隊の派遣に断固反対し、改めて閣議決定及び防衛相の派遣命令に強く抗議し、防衛大臣において1月10日になした派遣命令を撤回し、自衛隊派遣の中止を求める。

2020年1月14日

自由法曹団長 吉田健一

(2020年2月20日)

自衛隊の中東派遣、憲法9条の平和主義に反するだけではない。根拠法もおかしいぞ。

予てから懸念されていた中東海域への自衛隊派遣が、本日(12月27日)閣議決定された。来年2月上旬にも、新規に護衛艦1隻を派遣と、現在ジブチで海賊対処行動に従事している哨戒機P-3Cを活用するとしている。アメリカに追随した外交上の愚策であり、政治的に危険な行為として批判の声は高い。与党内からも懸念の声が上がっているとされるなか、国会閉会中の間隙を縫って、議論が尽くされないままの姑息な決定である。

憲法の理念に反することは明らかというだけではない。派遣の根拠法がまことに奇妙なのだ。自衛隊の海外派遣、それも紛争多発の危険な中東への派遣なのだから、根拠法は当然に自衛隊法だろうと普通は考える。自衛隊法には然るべき要件や国会の関与などの手続規定があって、議論のない派遣には歯止めがあるはずだとも。

ところが、この事実上の軍艦や軍用機を伴う実力部隊海外派遣の根拠は、自衛隊法によるものではない。本日の閣議決定では「防衛省設置法第4条第1項第18号の規定に基づき実施する」となっている。この海外派遣は、情報収集活動を行うもので、同号の「調査・研究」にあたるのだという。いくらなんでも、それはないだろう。これでは、法の支配も立憲主義も、画餅に帰すことになる。

行政法規のカテゴリーとして、組織法と作用法という分類がある。行政主体の組織をどう構成するかという規定と、行政主体の作用に関する規定とは別物なのだ。行政の活動における権限やその要件は、作用法の分野に定められる。防衛省設置法第4条」とは、所掌事務)を定めるもので、明らかに組織法に分類されるものに過ぎない。

具体的に条文を見ていただく方が、手っ取り早い。同法4条の規定は、以下のとおり、その第1項で25の所掌事務が列記されている。

第4条 防衛省は、次に掲げる事務をつかさどる。
一 防衛及び警備に関すること。
二 自衛隊の行動に関すること。
三 陸上自衛隊、海上自衛隊及び航空自衛隊の組織、定員、編成、装備及び配置に関すること。
四 前三号の事務に必要な情報の収集整理に関すること。
五 職員の人事に関すること。
六 職員の補充に関すること。
七 礼式及び服制に関すること。
八 防衛省の職員の給与等に関する法律の規定による若年定年退職者給付金に関すること。
九 所掌事務の遂行に必要な教育訓練に関すること。
十 職員の保健衛生に関すること。

十八 所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと。

防衛省は、「防衛及び警備に関すること(一号)」「自衛隊の行動に関すること(二号)」を所掌する。しかし、この規定から、防衛大臣がその判断で、「防衛及び警備に関すること」「自衛隊の行動に関すること」ならなんでもできるはずはない。「防衛及び警備に関すること」「自衛隊の行動に関すること」は、作用法としての自衛隊法6章に定められた手続に従ってなし得ることになる。

一八号も同様である。「調査・研究」と名目をつければ、防衛相限りで、実質的な海外派兵までできるとは、恐るべき法解釈と指摘せざるを得ない。

この件については、既に今月19日付けの法律家6団体連絡会の緊急声明が発せられ、政府に提出されている。以下に掲示する。
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 2019年12月19日

改憲問題対策法律家6団体連絡会
社会文化法律センター共同代表理事  宮里 邦雄
自 由 法 曹 団          団長 吉田 健一
青年法律家協会弁護士学者合同部会議長 北村 栄
日本国際法律家協会       会 長 大熊 政一
日本反核法律家協会       会 長 佐々木猛也
日本民主法律家協会       理事長 右崎 正博

自衛隊中東派遣の閣議決定に強く反対する法律家団体の緊急声明

 はじめに
政府は、自衛隊のヘリコプター搭載可能な護衛艦1隻を新たに中東海域に派遣することを閣議決定する方針を固めた。
中東派遣の根拠については、防衛省設置法の「調査・研究」とし、派遣地域は、オマーン湾、アラビア海北部、イエメン沖のバベルマンデブ海峡で、ホルムズ海峡やペルシャ湾を外したとしている。また、護衛艦の派遣に先立ち、海上自衛隊の幹部を連絡要員として派遣することを検討しているとされ、さらに、現在、ジブチで海賊対処の任務に当たっているP3C哨戒機2機のうち1機を活用するとしている。
しかし、海外に自衛隊を派遣すること、とりわけ、今回のように軍事的緊張状態にある中東地域に自衛隊を派遣することは、以下に述べるように、自衛隊が紛争に巻き込まれ、武力行使の危険を招くものであり、憲法9条の平和主義に反するものである。
私たちは、今回の自衛隊の中東派遣の閣議決定をすることに強く反対する。

1  自衛隊の中東派遣の目的・影響
今回の自衛隊の中東派遣決定については、米国主導の「有志連合」への参加は見送るものの、護衛艦を中東へ派遣することで米国の顔を立てる一方、長年友好関係を続けるイランとの関係悪化を避けるための苦肉の策だとの指摘がある。確かに、政府は、今年6月に安倍首相がイランを訪問してロウハニ大統領、ハメネイ最高指導者と首脳会談を行い、9月の国連総会でも米国、イランとの首脳会談を行うなど仲介外交を続けてきており、これは憲法の国際協調主義に沿ったものとして支持されるべきものである。
しかし、自衛隊を危険な海域に派遣する必要性があるのかという根本問題について、菅官房長官も日本の船舶護衛について「直ちに実施を要する状況にはない」としており、そうした中で、自衛隊を危険な海域に派遣する唯一最大の理由は、米国から要請されたからと言わざるを得ない。しかも、菅官房長官は記者会見で、自衛隊が派遣された場合「米国とは緊密に連携していく」とし、河野防衛大臣も同様の発言をしており、中東地域を管轄する米中央軍のマッケンジー司令官も、自衛隊が派遣された場合には「我々は日本と連携していくだろう」と日本側と情報共有していく意向を示していることからすれば、イランは、自衛隊の派遣を、日米一体となった軍事行動とみなす可能性があり、イランばかりでなく、これまで日本が信頼関係を築いてきた他の中東諸国との関係を悪化させる恐れがある。
また、自衛隊が収集した情報は、米国をはじめ「有志連合」に参加する他国の軍隊とも共有することになるため、緊張の高まるホルムズ海峡周辺海域で、軍事衝突が起こるような事態になれば、憲法9条が禁止する「他国の武力行使との一体化」となる恐れがある。

2  必要なのは米国のイラン核合意復帰と中東の緊張緩和を促す外交努力
自衛隊の中東派遣の発端となったホルムズ海峡周辺海域では、今年5月以降、民間船舶への襲
撃や拿捕、イラン軍による米軍の無人偵察機の撃墜とそれへの米国の報復攻撃の危機、サウジアラビアの石油施設への攻撃などの事件が発生しており、米国は、こうした事態に対応するためとして、空母打撃群を展開したり、ペルシャ湾周辺国の米軍兵力を増強するなどイランに対する軍事的圧力を強めており、軍事的緊張の高い状態が続いている。
しかし、そもそも、こうした緊張の発端となったのは、米国が、イランの核開発を制限する多国間合意(イラン核合意)から一方的に離脱し、イランに対する経済制裁を強化したことにあり、こうした緊張状態を打開するためには、米国がイラン核合意に復帰し、中東の非核化を進めることこそが必要であり、日本政府には、米国との親密な関係と中東における「中立性」を生かした仲介外交が期待されているのであり、今回の自衛隊の中東派遣は、それに逆行するものである。

3  法的根拠を防衛省設置法「調査・研究」に求める問題
また、政府は、今回の自衛隊派遣の目的を情報収集体制の強化だとし、その根拠を防衛省設置法第4条1項18号の「調査・研究」としているが、ここにも大きな問題がある。防衛省設置法第4条1項18号は「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」を規定しているが、この規定は防衛大臣の判断のみで実施できる。しかも、条文は抽象的で、適用の例示もないことから拡大解釈の危険が指摘されており、過去には、2001年の同時多発テロ直後に、護衛艦が米空母を護衛した際や、テロ対策特別措置法に基づく活動開始前に護衛艦をインド洋に派遣した際にも根拠とされており、海上自衛隊幹部からは「使い勝手の良い規定」との発言も出ている。
  自衛隊が憲法9条の禁止する「戦力」に該当し、違憲であるとの強い批判にさらされる中で制定された自衛隊法では、自衛隊の行動及び権限を第6章と第7章で個別に限定列挙しており、こうした自衛隊の行動については一定の民主的コントロールの下に置いている。これに対して、今回の自衛隊派遣の根拠とする「調査・研究」の規定は、自衛隊の「所掌事務」を定めた組織規程であって、どのような状況で調査・研究を行うかなど、その行動及び権限を何ら具体的に定めていない。そのため、派遣される自衛隊の活動の内容、方法、期間、地理的制約、装備等については、いずれも白紙で防衛大臣に委ねることになる。すでに政府が派遣目的を他国との武力行使の一体化につながりかねない情報収集にあることを認めていることは、白紙委任の問題性を端的に示すものといえる。このことは、閣議決定で派遣を決定したとしても、本質的に変わらない。
また、国会の関与もチェックも一切ないままで、法的に野放し状態のまま自衛隊を海外に派遣することは、国民的な批判を受けている海上警備行動・海賊対処行動・国際連携平和安全活動などの規定すら潛脱するもので、憲法9条の平和主義及び民主主義の観点から許されない。
しかも、今回の閣議決定は、臨時国会閉会後のタイミングを狙ったもので、国民の代表で構成される国会を蔑ろにするものである。
さらに、「調査・研究」を根拠に派遣された場合の武器使用権限は、自衛隊法第95条の「武器等防護のための武器使用」となるが、その場合の武器使用は、厳格な4要件で限定されており、危険な船が接近した場合の停船射撃ができないことから、防衛省内からも「法的に丸腰に近い状態」との声が出ており、派遣される自衛隊員の生命・身体を危険に晒すことになる。

4  自衛隊の海外での武力行使・戦争の現実的危険性
政府が、自衛隊を派遣するオマーン湾を含むホルムズ海峡周辺海域、イエメン沖のバベルマンデブ海峡は、前述のように軍事的緊張状態が続いており、米軍を主体とする「有志連合」の艦艇が展開している。しかも、日米ともに「緊密な連携」と「情報共有」を明言していることから、派遣される自衛隊が形式的に「有志連合」に参加しなくても、実質的には近隣に展開する米軍などの他国軍と共同した活動は避けられなくなる。
私たちは、2015年に成立した安保法制が憲法9条に違反するものであることから、その廃止を求めるとともに、安保法制の適用・運用にも反対してきた。それは、安保法制のもとで、日本が紛争に巻き込まれたり、日本が武力を行使するおそれがあるからであるが、今回の自衛隊派遣により米軍など他国軍と共同活動を行うことは、以下のとおり、72年以上にわたって憲法上許されないとされてきた自衛隊の海外における武力行使を現実化させる恐れがある。
先ず、行動中に、日本の民間船舶に対して外国船舶(国籍不明船)の襲撃があった場合、電話等による閣議決定で防衛大臣は海上警備行動(自衛隊法82条)を発令でき、その場合、任務遂行のための武器使用(警察官職務執行法第7条)や強制的な船舶検査が認められていることから(海上保安庁法第16条、同第17条1項、同18条)、武力衝突に発展する危険性が高い。
また、軍事的緊張状態の続くホルムズ海域周辺海域に展開する米軍に対する攻撃があった場合、自衛隊は、米軍の武器等防護を行うことが認められており、自衛隊が米軍と共同で反撃することで、米国の戦争と一体化する恐れがある。
こうした事態が進展し、ホルムズ海峡が封鎖されるような状況になれば、集団的自衛権行使の要件である「存立危機事態」を満たすとして、日本の集団的自衛権行使につながる危険がある。
さらに、政府は、ホルムズ海峡に機雷が敷設されて封鎖された場合、集団的自衛権の行使として機雷掃海ができるとしているが、戦闘中の機雷掃海自体が国際法では戦闘行為とされており、攻撃を誘発する恐れがある。

5  まとめ
以上述べてきたように、今回の自衛隊派遣は、その根拠自体が憲法9条の平和主義・民主主義に違反し、自衛隊を派遣することにより紛争に巻き込まれたり、武力行使の危険を招く点で、憲法9条の平和主義に違反する。
したがって、私たちは、政府に対して、自衛隊の中東派遣の閣議決定を行わないことを強く求めるとともに、憲法の国際協調主義にしたがって、中東地域の平和的安定と紛争解決のために、関係国との協議など外交努力を行うことを求めるものである。
以上

(2019年12月27日)

なるほど、天皇は「戦没者の位牌」なのか。

本日の毎日新聞夕刊、「あした元気になあれ」という連続コラム欄に、憲法を実行せよ」という、なんとも直截な、しかも大きな活字のタイトル。小国綾子記者の執筆で、「憲法を実行せよ」は中村哲医師の言葉。

 「憲法を実行せよ」。アフガニスタンで亡くなった医師、中村哲さん(73)が6年前、茨城県土浦市の講演で聴衆に向けて力強く放った言葉が忘れられない。憲法を「守れ」ではなく「実行せよ」。耳慣れない表現が心に刺さった。
 彼の講演はこんなふうだった。「この国は憲法を常にないがしろにしてきた。インド洋やイラクへの自衛隊派遣……。国益のためなら武力行使もやむなし。それが正常な国家だ、と政治家は言う」。そう苦言を呈したあと、中村さんは冒頭の言葉を口にしたのだ。
 パソコンに残るその日の私の取材メモ。<講演でまず心を動かされたのは、スライドに大きく映し出されたまぶしいほどの緑の大地の写真だった。干ばつで砂漠化したアフガニスタンの大地を、緑豊かな耕作地へと変えてきた中村さんの力強さ。この人のすごさは「実行」してきたことだ。「100の診療所より1本の用水路を」と。そんな「実行の人」が壇上で言う。「憲法は守るのではない、実行すべきものだ」>

 「…他国に攻め入らない国の国民であることがどれほど心強いか。単に日本人だから命拾いしたことが何度もあった。憲法9条はリアルで大きな力で、僕たちを守ってくれている」
 「リアル」という言葉にも、はっとさせられた。日本で平和憲法を「ただの理想」「非現実的」と言う人が増えていたあの頃、アフガニスタンで命の危険と背中合わせの中村さんは逆に「リアル」という言葉を使ったのだ。」

小国記者のいう「6年前」とは、2013年6月のこと。6月6日の毎日夕刊憲法よーこの国はどこへ行こうとしているのか」に、中村哲さんのインタビュー記事が載った。優れた記者によるインタビュー記事として出色。

私は、翌6月7日の当ブログにこの記事を引用して、「憲法9条の神髄と天皇の戦争責任」というタイトルをつけた。
http://article9.jp/wordpress/?p=506  (2013年6月7日)
憲法9条の神髄と天皇の戦争責任

小国記者の本日の記事。6年前と同じ中村医師の言葉が、以下のとおりに引用されている。

 最後に「あなたにとって9条とは?」と尋ねた時の、中村さんの答えをここに書き残しておきたい。忘れてしまわないために。
「天皇陛下と同様に、これがなくては日本だと言えないもの。日本に一時帰国し、戦争で亡くなった親戚の墓参りをするたび、僕は思うのです。平和憲法とは、戦闘員200万人、非戦闘員100万人、戦争で亡くなった約300万人の人々の『お位牌(いはい)』だと」
 この言葉をもう二度とご本人の口から聞けないことが悔しい。「憲法を実行せよ」という言葉の意味を今、改めて考える。

私は繰り返し、中村哲医師を尊敬に値する人と述べてきた。今も、その気持は変わらない。だが、この小国記者が引用するこの中村医師の言葉に限っては、どうしても違和感を禁じえない。疑問をもって問い質すことをせずインタビューを終えた小国記者の姿勢にも納得しかねる。

「憲法9条とは、これがなくては日本だと言えないもの。平和憲法とは、戦闘員200万人、非戦闘員100万人、戦争で亡くなった約300万人の人々の『お位牌』だ」。やや舌足らずだが、このことは分かる。中村医師は、憲法9条を戦争の惨禍か生んだ不戦の誓いと理解している。厖大な悲劇を象徴する位牌の前で、この悲劇を生んだ戦争を拒否することが、「憲法を実行」することだというのだ。

しかし、「天皇陛下と同様に、」というのは、理解不能である。文脈では、「天皇陛下も、これがなくては日本だと言えないもの。戦闘員200万人、非戦闘員100万人、戦争で亡くなった約300万人の人々の『お位牌』だ」ということになるが、これでは意味不明ではないか。

あるいは、「天皇陛下も、これがなくては日本だと言えないもの。」というだけの意味なのかも知れない。しかし、「天皇がなくては、この国は日本だと言えない」というのは、愚にもつかない戯言。いうまでもないことだが、主権者国民なくしてはこの国は成り立たない。しかし、天皇がなくてもこの国は立派に日本として成り立つのだ。「国破れて山河あり、天皇なくとも日本あり」なのだ。

現行憲法を改正して、天皇のない日本を構想することは極めて容易である。実は,天皇をなくして国民生活になんの不便もない。国費の節約にはなるし、国民主権の実質化と、権威主義的国民性の矯正に資することにもなろう。もちろん、天皇とは政治的な利用の道具としてあるのだから、危険を除去することでもある。

「天皇陛下は、戦闘員200万人、非戦闘員100万人、戦争で亡くなった約300万人の人々の『お位牌』だ」と、中村医師が言ったとすれば、天皇に対するこれ以上ない痛烈な皮肉ではないか。

皇軍の兵士は、天皇の名による戦争に駆りだされた。天皇の命令によって徴兵され、天皇の命令によって殺人を強要され、天皇のためとして犠牲の死を賜った。その数200万人。また、天皇が開戦し天皇が国体護持にこだわって終戦を遅らせたために犠牲となった非戦闘員が100万人。天皇が300万人の位牌だというのは、なるほど言われてみればそのとおりなのだ。死者一人に一個、その人の死を記録し具象化するものとしての位牌。天皇は、戦没者300万人の死に責めを負うものとして、永劫に死者から離れることのできない位牌なのだ。

6年前のインタビュー記事の最後は、次のとおり。そして、私の感想も。

窓の外は薄暗い。最後に尋ねた。もしも9条が「改正」されたらどうしますか? 「ちっぽけな国益をカサに軍服を着た自衛隊がアフガニスタンの農村に現れたら、住民の敵意を買います。日本に逃げ帰るのか、あるいは国籍を捨てて、村の人と一緒に仕事を続けるか」。長いため息を一つ。それから静かに淡々と言い添えた。
「本当に憲法9条が変えられてしまったら……。僕はもう、日本国籍なんかいらないです」。悲しげだけど、揺るがない一言だった。

未熟な論評の必要はない。日本国憲法の国際協調主義、平和主義を体現している人の声に、精一杯研ぎ澄ました感性で耳を傾けたい。こういう言葉を引き出した記者にも敬意を表したい。

(2019年12月17日)

司法の門を狭めた、現役自衛官の戦争法違憲訴訟最高裁判決

7月22日(月)、注目の最高裁判決(第一小法廷)が言い渡された。現役自衛官の戦争法(安保関連法)違憲訴訟である。この判決において争点とされたものは、「戦争法が、違憲か合憲か」ではない。当該の自衛官に、このような訴訟を提起して「戦争法が、違憲か合憲か」を争う資格があるか否か、ということだけなのだ。そして判決の結論は、最悪とは言えないが、非常に厳しいものとなった。

この件の原告となった自衛官は、たった一人で訴訟を提起した。仲間をかたらうことはなく、一審では弁護士を依頼することもなかったという。訴えの内容は、戦争法にもとづく「存立危機事態」において「防衛出動命令」に服従する義務がないことの確認請求である。

ところで、この訴訟を理解するために、「戦争法」のなんたるかを思い出していただきたい。「戦争法」と名付けられた独立の法律が成立したのではなく、集団的自衛権の行使を明文で認める一群の法改正の総体のことなのだ。閣法として、法案を上程した政権の側は、白々しく「平和安全法制」と呼んだ。メディアが「安保関連法」と呼称したのは、ご存じのとおり。

上程された法案の名称を正確に言えば、
(1)「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」(通称 平和安全法制整備法)と
(2)「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」(通称 国際平和支援法)
の総称。(1)が10本の法律にまたがる改正を内容とし、(2) が独立した1本の法律である。

自衛隊法にはもともと防衛出動の条文があった。自衛隊の存在自体を違憲とする立場からは、そもそも戦争法成立以前の防衛出動についても、その職務命令の有効性は認めがたい。しかし、原告自衛官の立場はそのことを問題とするものではない。戦争法が成立して自衛隊法が一部改正になり、これまでにはない新たな事態、つまり、一定の条件で集団的自衛権の行使を認める新制度での防衛出動の職務命令には納得できないということなのだ。

関連条文は、自衛隊法76条1項である。その骨格を引用する。

(防衛出動)
第76条1項 内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。
1号 我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態
2号 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態

上記の1号が「武力攻撃事態」であり、2号が「存立危機事態」である。お読みいただけばお分かりのとおり、「武力攻撃事態」とは我が国が外部から武力による攻撃を受けている事態であるが、「存立危機事態」は違う。「存立危機事態」では、我が国は攻撃を受けていないのだ。想定されているのはアメリカが第三国から攻撃を受けている場合である。アメリカが、どこかの国から攻撃されたら、その攻撃の理由の如何を問わず、日本が参戦しうることを明記したのだ。

おそらく、提訴した自衛官は、こう考えているのだろう。
「自分は、同胞を護るために自衛官を志した。我が国が武力攻撃を受けたとき、日本を防衛するための防衛出動命令には喜んで従おう」「しかし、日本が攻撃されてもいないときに、同盟国ではあれ他国のために戦うなんてまっぴらだ」「自衛官になるときに、他国のために戦うなんて宣誓はしていない」

その気持ちを支える憲法解釈が「専守防衛論」。日本国憲法9条は、すべての国家が普遍的に有する自衛の権利をもっているから、自衛のための限度を越えない武力を保持して、他国からの武力攻撃を受けたときは、自国を防衛するための武力行使も可能である。しかし、自国の防衛のためではなく、同盟する他国のための武力行使、即ち集団的自衛権の行使は憲法の認めるところではない。

だから、自衛隊法第76条1項2号に定める、「「存立危機事態」における防衛出動」は憲法違反であり、その出動命令にともなう職務命令に従う義務はないはずだから、その旨の確認の判決をいただきたい」ということになる。この裁判は、自衛隊法第76条1項2号に定める、「「存立危機事態」における防衛出動」の憲法適合性を争う訴訟として、大裁判であり注目せざるを得ないのだ。

しかし、問題は合違憲の判断にたどり着く以前にある。そもそも、そのような訴訟が可能なのかという、適法性のハードルをクリアーしなければならない。実は、これが難物。適法でない訴えは、実体審理に入ることなく、却下判決で終了する。

理論的には三権分立のバランスの理解にあるとされる。司法には、立法や行政の違憲審査をする権限が与えられているものの、出しゃばりすぎてはならないともされているのだ。飽くまでも、司法裁判所は、具体的な紛争解決のための審理に必要な限りで、付随的にのみ違憲審査権の行使が可能である。そもそも訴訟は、原告となる国民が自分の権利侵害を回復し、あるいは権利の侵害を予防する具体的な必要がある場合にのみ適法となる。

「違憲国賠訴訟」と呼称されるジャンルがある。一般国民が持つ、宗教的人格権や平和的生存権、あるいは納税者基本権などを定立して、立法や行政行為によって、これが侵害されたとして、国家賠償法を根拠に慰謝料を請求する訴訟の類型である。こうして、訴えの適法性を確保し、政教分離や平和主義などに違反する政府の行為の違憲性を明らかにしようという試みである。これまでのところ、工夫を積み重ね果敢に挑戦はしているが、例外的にしか成果を上げ得ていない。

本件自衛官訴訟は、事情が大きく異なる。彼は、一般国民ではない。現職自衛官として、防衛出動に伴い、現実に国外の戦地に出動するよう職務命令を発せられる可能性を有している。但し、存立危機事態が現実化しているわけではなく、出動命令も可能性の限りのもの。いったい、この訴訟をどのような類型のものと見て、適法であるための要件をどう考えるべきか。本件では、一審と二審が、まったく相反する結論を示した。

その上告審である7月22日最高裁判決は、「訴えは適法」とした二審・東京高裁判決を「検討が不十分」として破棄し、審理を同高裁に差し戻した。その理由は、すこし読みにくいが次のようなものである。

 本件訴えは,本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分の予防を目的として,本件職務命令に基づく公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟であると解されるところ、このような将来の不利益処分の予防を目的として当該処分の前提となる公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟は,当該処分に係る差止めの訴えと目的が同じであり,請求が認容されたときには行政庁が当該処分をすることが許されなくなるという点でも,差止めの訴えと異ならない。そうすると,同法の下において,上記無名抗告訴訟につき,差止めの訴えよりも緩やかな訴訟要件により,これが許容されているものとは解されない。

 つまり、本件訴の形式は「公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟(行政事件訴訟法が定めている法定抗告訴訟以外の抗告訴訟)」だが、その実質は、行政訴訟法に法定されている「行政処分差止めの訴え」と変わらない。だから、「適法要件として、差止めの訴えより緩やかとしてよいことにはならない」という。

そして,差止めの訴えの訴訟要件については,救済の必要性を基礎付ける前提として,一定の処分がされようとしていること(同法3条7項),すなわち,行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることとの要件(以下「蓋然性の要件」という。)を満たすことが必要とされている。

 だから、公的義務の不存在確認を求める無名抗告訴訟を排斥はしないが、その適法要件としては、蓋然性の要件が必要で、これを満たさない場合には不適法却下となる。高裁の判断は、この点をきちんと審理してのものとなっていないので、差し戻しとされた。

 要求される、「蓋然性の要件」は、「行政庁によって一定の処分(防衛出動にともなう職務命令)がされる蓋然性」なのだから、実はなかなか厳しいハードルということにならざるをえない。

 内閣は違憲の立法を上程し、国会は数の暴力でこれを押し通す。一方、これを違憲と争うことができるはずの司法の門は狭まるばかり。いったい、これでよいものだろうか。
(2019年7月26日)

憲法擁護のお気持ちを、日本共産党と野党共闘候補へ。

ご無沙汰をお詫びし、暑中お見舞い申しあげます。

いつになく梅雨寒の日が長く続きますが、既に季節は小暑。そして、七十二候では「蓮始開(はすはじめてひらく)」の侯となっています。このところ、朝の日課としている散策では、ようやく開きはじめた上野不忍池の蓮の華が目の楽しみ。
早咲きの華あり、晩咲の華あり。競って高く咲く華もあれば、葉裏にひっそりと咲く華も。蕾もあれば、盛りの花も、そして既に散った花弁も。人の様々と変わらない蓮の華の風情。

気候はやや不順ですが、ご家族の皆様には、健勝にお過ごのことと存じます。

 ところで、第25回参議院議員選挙の投票日が目前に迫っています。来たる7月21日(日曜日)の投票日には、日本共産党と野党共闘の候補者に一票を投じていただくよう、お願いを申しあげます。

「安倍一強」と言われる異様な事態が続いていることに不安を禁じえません。この社会はいったいどうなってしまったのだろう。この先さらにどうなって行くのだろう。このままであってはいけない、今のうちに何とかしなければならないという、焦りに似た気持ちを感じ続けています。

とりわけ、このまま安倍一強の政権を存続させておくことによって、日本国憲法が「改正」されてしまうのではないかという強い危機感を持たざるを得ません。仮に、今度の選挙で、自民党や与党勢力、あるいは政権に擦り寄る維新などが、大勝して議席を増やすようなこととなれば、憲法「改正」の手続が具体化することになりかねません。

また、反対に、憲法「改正」に反対する勢力が大きく議席を増やすことができれば、憲法改悪のたくらみを打ち砕くことになります。その意味で、今度の選挙には日本国憲法の命運がかかっているのだと思います。

日本国憲法の命運は、この憲法の理念として国民に受容されてきた、平和や国際協調、そして民主主義や人権の命運でもあります。安倍政治がたくらむ改憲とは、平和や民主主義や自由、そして経済的弱者の生存の権利を危機に追い込むものと警戒せざるを得ません。けっして、改憲を許してはなりません。

本日(7月18日)の赤旗一面のトップに、安倍9条改憲の阻止 共産党が伸びてこそ」という大見出しがあります。私は、そのとおりだと思うのです。

その記事のリードには、こう述べられています。
「安倍晋三首相が各地の遊説などで改憲を前面にすえ、9条の自衛隊明記を公然と訴えるなか、9条改憲に向けた暴走を止めるかどうかが参院選の重大争点として浮上してます。…何としても、この野望を止めなくてはなりません。止める一番確かな力は、日本共産党の躍進です。」

まったく、そのとおりではありませんか。船が大きく右舷の側に傾くとき、平衡を取り戻すには、できるだけ左舷の側に集まらねばなりません。今まさにそのときなのだと思うのです。しかも、船が沈まぬうちの緊急の課題として。

安倍晋三という人物は、極右の勢力に担がれて、改憲を使命に頭角を表してきた政治家です。彼は、支持勢力をつなぎ止めるためにも、改憲を言い続けなければならない立場にあります。とりわけ、右翼勢力が目の仇とする「憲法9条」を変えようと口にし続けねばならないのが、彼の背負った使命でもあり、宿命でもあります。

もちろん、国民世論は、けっして安易に改憲を許すものではなく、首相の思惑とは大きな隔たりがあります。改憲実現のハードルが高いことは自明のことですから、安倍自民党は、できるだけ、耳に甘い言葉で、有権者を欺そうと考えます。今回も、奇策を編み出しました。いや、詐欺の発案といった方が適切なのかも知れません。

それが、「9条1項2項は全文そのままにして、9条の後に、新たに『第9条の2』1か条を追加する」という、自民党の改憲案(自民党は、条文イメージ(たたき台素案)」と言っています)です。その文言は以下のとおりです。

第9条の2
1 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

これが、安倍自民党の「安倍9条改憲」案です。よくお読みください。念のため、現行の9条の全文を引用しておきます。

第9条
1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

現行9条2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定めます。つまり、日本国憲法は、「戦力」の保持を禁じているのです。では、「戦力」とは何でしょうか。「陸海空軍その他の戦力」というのですから、「陸軍・海軍・空軍」は当然に戦力に当たります。陸海空軍に当たらなくても、それに準じる実力組織は、「その他の戦力」に当たることになります。

つまりは、戦力とは、対内的な治安のために必要な警察力の範囲を超えて、外敵との交戦をなしうる人的・物的な組織体を指すとするのが常識的な見解でしょう。憲法上、警察力の保持は当然として、それを超える軍事力の保持はなしえないと覚悟を決めて、この憲法を作ったのです。

ところが、1954年に政府は、戦力をこんな風に定義しました。「自衛のため必要な最小限度を超える実力組織」というのです。

自衛のため必要な最小限度」が分かれ目です。これを超えるれば「戦力」に当たりますが、「自衛のため必要な最小限度」の範囲内の実力組織であれば、「戦力」に当たらない。こうして、自衛隊が生まれ、育ってきました。

今や、自衛隊はその実態からは、世界第6位とも5位とも言われる「陸・海・空軍」といわざるを得ませんが、建前は飽くまでも「戦力=軍隊」ではなく、憲法に認められた「自衛のため必要な最小限度の実力組織」なのです。

実は、この「戦力」についての解釈は、自衛隊を創設するために政府がひねり出した解釈ですが、今や、自衛隊の拡大増強を縛るものとなっています。

以下は、防衛省・自衛隊自身のホームページからの引用です。
「わが国が憲法上保持できる自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならないと考えています。その具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面があり、毎年度の予算などの審議を通じて国民の代表者である国会において判断されます。憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」にあたるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題であって、自衛隊の個々の兵器の保有の可否は、それを保有することでわが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かにより決められます。
 しかし、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されません。たとえば、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は許されないと考えています。」

今の自衛隊は、政府自身の憲法解釈上、このような「縛り」(厳密な縛りとは言えない、緩いものではありますが)がかかっていることになります。しかし、安倍自民党は、このような手枷足枷の桎梏を取り払って、自衛隊を堂々の「国防軍」としたいのです。そのホンネを語っているのが、2012年4月28日発表の「自民党憲法改正草案」です。現行の憲法第2章「戦争の放棄」は、安全保障」に置き換えられ、堂々と自衛隊の海外派兵も治安出動も憲法上可能となります。軍法会議も整備されます。

このような、安倍自民党のホンネを視野に入れて「安倍9条改憲」の提案を読まねばなりません。たたき台とされている「9条の2」の案が、「前条の規定(9条1項・2項)は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」となっているのは、9条1項・2項をまずは、ご破算とすることを意味します。

その上で、「そのための実力組織として、法律の定めるところにより、自衛隊を保持する。」「自衛隊の行動は、法律の定めるところによる」とは、結局法律の作り方次第、国会の過半数の勢力が、これまでの憲法9条の縛りを離れて、広範な裁量のもと、新たな自衛隊を設計し運用することが可能となるのです。

この改憲は、何としても阻止しなければなりません。そのためには、これまで安倍9条改憲と最も厳しく切り結んできた日本共産党に活躍してもらわねばなりません。そして、13項目の共通政策を作成した野党共闘は、共通政策の第1項目を「改憲阻止」としています。

ぜひとも、今回は、「安倍改憲」阻止のための選挙として、
32ある地方区の一人区では「野党共闘候補」を複数区では「日本共産党の公認候補」を、そしてもう一票の比例区では、「日本共産党」と政党名を記入して投票ください。

以上、日本国憲法と平和と民主主義に成り代わって、お願いを申しあげます。
(2019年7月18日・連続更新2299日))

この参院選を、《年金一揆》に、《税制一揆》に。

普段はご無沙汰ばかりで、選挙になると、とたんに親しげな顔をして折り入ってのお願い。評判の悪いことは承知ですが、やっぱり今回も恒例の「折り入ってのお願い」です。

今回の参院選挙は、いつもの選挙とはひと味違う大事な選挙なんです。ええ、もしかしたらこの前も同じことを言ったかも知れませんが、今度こそ、本当に大切な選挙。日本国憲法の命運がかかっています。

もしこの選挙で、安倍自民党とその下駄の雪や取り巻きの連中が勝って、参議院の3分の2の議席を占め続けるようなことになると、本当に憲法があぶない。憲法改悪の手続が始まってしまうことになりかねません。

74年前に、310万人もの日本人が犠牲になった、あの忌まわしい戦争が終わりました。その戦場は海外でした。日本の侵略戦争だったのですら、当然といえば当然のこと。侵略軍である日本軍によって殺された近隣諸国の死者は日本人犠牲者よりも遙かに多数で、2000万人に及ぶとされています。

この戦争の惨禍を経て、日本人は決意しました。「勝とうと負けようと、二度とこの戦争の悲惨を繰り返してはならない」。新生日本は、「けっして再び、戦争はしない」と世界に誓い、この誓いを平和憲法として確定しました。日本国憲法は戦後日本の世界に対する平和の公約であり宣誓でした。これをなし崩しに変えてしまうことは、世界の歴史に対する裏切りというべきではありませんか。

自民党という保守政党は本来幅の広い国民政党でした。そのなかには、けっして戦争を繰り返してはならないとする大きな潮流があったはずです。ところが、いつしか自民党は変わってしまいました。どういうわけか、安倍晋三という右翼の政治家が、自民党を取り仕切るご時世になり、平和憲法を危うくしています。憲法9条の改悪に手を付けようというのが、安倍自民党の公約。けっして、これを許してはなりません。

もう一つ、今回の選挙は年金消費増税をめぐる選挙にもなっています。
私は、税制や社会保障政策というものは、富の再分配のあり方をどう決めるかに尽きるものと考えています。だから、立場によってあるべき政策が違ってきます。言わば、国民が所得や富の再分配をめぐって綱引きをしているのです。大きな綱の片方の端を少数の大企業と大金持ちが持ち、もう片方の端を無数の年金生活者・労働者・中小企業者が握っている。こうして、壮大な全国民的綱引きが行われているのですが、どうもいま、大企業・大金持ち派の勢いが強い。この綱引きのバランスを、年金生活者・労働者・中小企業者の側に戻さなくてはなりません。そのための選挙でもあります。

 今、私たちは、資本主義の世に生きています。資本主義社会は、身分制度の不合理を克服しましたが、けっして人を幸福にする制度でも社会でもありません。むしろ、冷徹な資本の論理が生身の人を搾取し収奪して、大きな格差や貧困を生み出す不条理な制度と言わねばなりません。この資本主義という暴れ馬を制御して乗りこなせるようにしようというのが、福祉国家思想と言ってよいと思います。

制御のない裸の資本主義とは、資本の衝動のままに資本の横暴の振る舞いを許す社会です。所得と富は、限りなく一極に集中し、その対極に非人間的な貧困が積み重なる社会。誰にも明らかなこの資本主義の矛盾を制御する手段が、政治的民主主義なのです。

国家という権力機構を、社会的強者の手から解放し、社会的弱者を有権者として構成される立法機関を中心とした民主的な権力機構を通じて、裸の資本の横暴を統御しようということです。

資本の横暴は、労働法規として、あるいは消費者保護法制として、あるいは公正取引ルールとして、規制の対象となりますが、今問題となっているのは、税や年金を通じての所得と富の再分配のありかたです。

安倍晋三は、大企業や大金持ちの代弁者として、最近よくこう口にします。
「年金制度の批判は簡単だが打出の小槌はない。具体的対案もなく不安を煽る無責任議論はいけない」「野党の皆さんは、『保険料は減らせ、受給額は増やせ』とおっしゃるが、そんな財源はない。消費税を上げてしっかり財源を作らなければならない」

打ち出の小槌でも手品でもない。財源の多寡は、所得と富の再分配をどこまでやるのかということできまります。これは政治的民主主義の制度においては、有権者が決めること。大企業優遇の租税特別措置法で、実効税率を下げてやる必要はない。累進度を緩和し続けてきた所得税率を元に戻す。方法はいくらでもあるではありませんか。要は、大企業と大金持ち優遇の税制にどこまで切り込むかの政治的決断なのです。

資本の論理に対抗するのは、人間の尊厳の論理です。人権の論理と言ってもよい。もともと、資本の論理を貫徹させた所得も、その集積としての富も、公正なものではありません。改めて、人権の論理に基づいて、公正に所得と富の再配分を実行させようではありませんか。その手段が、税と社会保障の制度の徹底した見直しです。どこまで徹底するか、それは有権者の意思次第。あなたの投票が決めます。

安倍政権が続く限り、抜本的な年金改革も、税制改革もあり得ません。どうでしょうか。今度の選挙を、年金一揆、税制改革一揆としませんか。
それなら、ふつふつと投票の意欲も、選挙運動の意欲も湧くことになりませんか。
(2019年7月7日)

ちょっと良い話 - 「本郷・湯島九条の会」街宣活動で

本日、お午過ぎ。恒例になった「本郷・湯島九条の会」の街頭宣伝行動。雨もようのなか、「9条改憲問題」と「天皇代替わり問題」と。参加者は少なかったが、とても励まされる「ちょっと良い話」があった。

下記が、世話役の石井彰さんからの、ご苦労さんメール。

 各位

「本郷・湯島九条の会」石井 彰      

ご参加くださった方々、お疲れ様でした。
本郷三丁目交差点を渡ろうとしていた白服の10人ほどの中学生にチラシを渡し話しかけました。皆さんチラシを食い入るように見入っていました。太平洋戦争も知らないようでした。
9条もまた然り。わたしたちの責任の重さを痛感させられた一幕でした。

わたしたちは毎月一回、第2火曜日の昼街宣をここ本郷三丁目交差点、かねやす前でおこなっていますが、”THE BIG ISSUE”を路上販売している方がいつからか街宣の準備を手伝ってくださるようになり、きょうはとうとうチラシ配りまでしてくださいました。担当が巣鴨になったのでこれから行きますが、来月のきょうもこの時間にここへ来てチラシ配りに参加するとのこと。仲間は大喜びです。

天皇代替わりに伴う改元改憲を許さないたたかいの大切さを訴えました。天皇制についてもしっかり戦前の絶対主義的天皇制下での侵略戦争の事実を訴えていこうと思います。

ご参加のみなさま、ほんとうにごくろうさまでした。次回は6月11日(火)昼、多くのみなさまのご参集をお待ちしています。

以上

本郷三丁目交差点・「かねやす」前は、ビッグイシューの売り場。担当の販売員が常時立っている。私たちはこの人に遠慮しながら街宣活動をしてきたが、考えて見れば、この人が私たちのスピーチを最も良い場所ですべてを聞く立場にあったのだ。しかも、1年余にわたって。その人が、私たち9条の会のスピーチに好感を持ってくれたことがこの上なく、嬉しい。そればかりか、最近巣鴨駅前に担当場所が変更になったのに、今日はわざわざ本郷三丁目まで来ていただいて、ビラ配りにご参加なのだ。

一同、すっかり嬉しくなったが、街宣が終わるとそそくさと姿を消した。「来月も参加しますよ」と言葉を残して。

思いもかけなかった、ちょっと良い話。

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ところで、石井彰さんがどんな人か、ご紹介しておきたい。彼は、親しい仲間からは、「社長」と呼ばれている。渾名のようで、渾名ではない。正真正銘の社長さん。株式会社国際書院という出版社を経営している。しかし、誰をも搾取したことはなさそう。自他共に許す「晴れ男」。石井さんのおかげで、われわれは街宣時に雨天の難を逃れ続けている。今日も、雨のはずが、街宣時だけは何とかもった。

国際書院のURLは、以下のとおり。

http://www.kokusai-shoin.co.jp/

最近、同窓会誌にユニークな論稿を寄稿されているので、その冒頭と末尾を抜粋して紹介の文とさせていただく。

ひとり出版社の果てない旅
 45歳の時ひとりで国際書院という出版社を始めた。3年が経っていた。新橋の知人の事務所に間借りをしていた。その日は霙(みぞれ)が降っていた。12月28日の夕方、知人はいきなり、「石井さん、3年の間仕事をみてきましたが、あなたは経営者にはなれない。今日中にここを出てください」。電撃がわたしの体を走った。この間、10点ほど新刊を出してきたが一向に売れる気配が無い。印刷・紙・製本、倉庫代がたまる一方であった。間借り賃も滞りがちだった。当然のこどであった。国際法・国際政治・法文化といった専門書と格闘しながらの毎日ではあったが、所詮お金が入らないことには話にならないのだ。言い捨てて彼は事務所を後にした。
 呆然としていても時間が過ぎてゆく。相変わらず霙が事務所の窓を打っていた。本郷で友人がプロダクションの仕事をしていて、いないだろうと思いつつ電話をした。彼はいた。「久しぶりだな」、高い声が返ってきた。事情を話すと急に低音になり、「まあとにかく来いよ」と言った。
 三田線の御成門から春日まで荷物を持って三往復した。渋い顔の友人は、「とりあえず、その隅に荷物を置けよ」と言ってテーブルにお茶を出し、「話してみてくれ」と言った。予想通りの答えが返ってきた。「言ったじやないか。初めから博士号論文などといった専門書はやめておけって。まず何でもいいから教科書とかあるいは売れ筋のものでカネを稼いでから、自分の出したいものを出していけって」。その通りなのだ。わたしは答えることができない。
 「年を越したらすぐ出て行くから少しだけ置かしてくれ」、そう頼むしかない。そして翌年どころか、またしても3年という歳月が流れていた。
 業を煮やした友人は、「石井、いいかげんにしろ。おまえには経営するってことは向いていない。商売替えをしたらどうだ」。そしてその年の暮れ、本郷の一室にヤドカリのように引っ越していった。当然カネはない。とにかく拝み倒して本郷の知り合いに借りた。毎月の家賃を支払うあてなどない。6年の月日が経っていた。以降、経営と生活のどん底と貧困は果てしなく続くのである。

(この間20数年分略)

この30年、「人類の平和的生存」を追い求めてきた。執筆くださっている研究者の方々とこの一点で仕事を続けてきた。夢と現実生活との葛藤を通してこの思いは一層募るようだ。『国連法序説』を執筆してくださった秋月弘子氏が国連の女性差別撤廃委員会の委員に選出され、そのお祝いの宴を国際法・国際機構研究会の方々が主催し、湯島の東京ガーデンパレスでおこなった。わたしも招かれ席に連なった。嬉しいことだ。宴の終わりの直前に、研究会の中心になっている渡部茂巳氏がいきなり立ち上がり、「石井さんに感謝状を差し上げたいと思います」と言ってこれまでの国際書院の事績をあげ、ここにいるみなさんはみな教授です。国際書院から単著を世に出していただいたからです。30年お付き合いさせていただき感謝する、といった趣旨の口上だ。
 驚いたことに続いて法文化学会から11月に淵野辺にある大会のあった桜美林大学で「感謝状」が岩谷十郎理事長から渡された。純粋に学問を通して歴史の歯車を一歩でも前へ進めようとしている研究者の方々を心から尊敬している。その方たちからいただいた「感謝状」だ。何より嬉しい。あと100年を30回ほど経過したら国際法というものが実定化し地球を舞台とした人類は平和のうちに生活できる時が来るのかもしれない。わたしの仕事もその礎石のひとつになっていれば良かれと思う。わたしの旅路はまだまだ果てなく続く。

(2019年5月14日)

アベ3選の今、アベの改憲意欲に吹く嵐。

自民党総裁選が終わった。「石破善戦・安倍意外の苦戦」というのが大方の評価。注目は、この結果を受けての改憲情勢。さて、どうなっているのだろうか。

もちろん、アベ自身は空元気にせよ、改憲を言い続けなければならない立場。3選後の記者会見では、用意したコメントの一番最後に改憲に触れた。

「全ての世代が安心できる社会保障改革。戦後日本外交の総決算。そして制定以来初めての憲法改正、いずれも実現は容易なことではない。いばらの道であります。党内の議論も、他の政党との調整も一筋縄ではいかないかもしれない。しかし、今回の総裁選を通して、党内の大きな支持をいただくことができました。これは、これから3年間、私が自民党総裁として強いリーダーシップを発揮できる、党一丸となって大改革を断行する大きな力になるものと考えています。」

いずれも実現は容易なことではない。いばらの道であります。党内の議論も、他の政党との調整も一筋縄ではいかないかもしれない。」は、だれもが頷くところ。しかし、「今回の総裁選を通して、党内の大きな支持をいただくことができました。私が自民党総裁として強いリーダーシップを発揮できる、党一丸となって大改革を断行する大きな力になるものと考えています。」はだれもが頷くところではない。むしろ、冷笑する向きが多いのではないか。

記者団の質問に答えてこうも言っている。
憲法改正は…今回も総裁選の最大の争点であったと思います。憲法改正推進本部の議論を経て党大会で報告された条文イメージの上に、次の国会に案を提出できるように党を挙げて取り組むべきだと申し上げてきました。そして総裁選の結果、力強い支持を得ることができたと考えています。結果が出た以上、この大きな方針に向かってみんなで一致結束をして進んでいかなければならないと思います。」
「しかし、党として案を国会提出に向けて幅広い合意が得られるように対応を加速してまいりますが、その際には友党の公明党との調整を行いたいと思います。その後のスケジュールは国会次第でありまして、予断を持つことはできないと思いますし、もちろん(衆参両院の)3分の2で発議をしていくことは相当高いハードルですし、できるだけ多くの方々に賛同していただく努力をしていくべきだろうと思います。これは党を中心にそうした努力を行っていただきたい」

アベ改憲を唱えるアベ自身の自信のなさが滲み出ているではないか。3分の2で発議をしていくことは相当高いハードル」との自覚はリアリティに支えられたもの。にもかかわらず、党内論議さえ不十分。友党である公明党との調整もおぼつかない。そしてその先は、まったくの無方針。「次の国会に案を提出できるように党を挙げて取り組むべきだと申し上げてきました。」「大きな方針に向かってみんなで一致結束をして進んでいかなければならない」という言葉が虚しい。あきらめの本心さえ窺うことができる。

アベ3選を踏まえての最初の世論調査を共同通信が発表した。
「自民改憲案提出に反対51%」「「安倍1強」57%が問題視」と見出しを打っている。
共同通信社が20、21両日、自民党総裁選で安倍晋三首相が連続3選を果たしたのを踏まえて実施した全国緊急電話世論調査によると、首相が秋の臨時国会に党改憲案の提出を目指していることに「反対」との回答は51.0%に上り、「賛成」の35.7%を上回った。首相が政治や行政の意思決定で大きな力を持つ「安倍1強」を「問題だ」と答えた人が57.4%、「問題ない」は33.6%だった。
 首相の連続3選を「評価する」は29.7%にとどまり、「評価しない」は24.9%、「どちらとも言えない」は44.7%だった。

これでは、軽々に秋の臨時国会に改憲上程とは行くまい。この世論状況では、議会内の3分の2の獲得がどだい無理な話。アベに義理立てして、うっかり改憲発議に加わると、政治的に大きく傷つくことになりかねないからだ。仮に、3分の2の獲得ができたところで、国民投票では否決される。そのときは、アベ内閣が瓦解するときだ。

同じ共同通信が、公明・山口代表の見解を記事にしている。「改憲世論熟さず―『自民は信頼向上を』」というのだ。これはまことに冷ややかな反応。

 公明党の山口那津男代表は21日、共同通信社の世論調査で、秋の臨時国会への自民党憲法改正案提出に反対が51・0%に上ったことに関し「改憲に向けて世論が熟していない。自民党がこの現実をどう受け止めて対応するか見守りたい」と述べた。取材に対し答えた。
 安倍晋三首相「1強」は問題だとする回答が57・4%だったことには「自民党が受け止めて、信頼感や安心感を高める必要がある」と強調した。

驚いたのは、あの小池都知事が「改憲ふさわしい時期か」と述べていること。
これは朝日。毎日も記事にしている。
 自民党総裁選で連続3選した安倍晋三首相が憲法改正に意欲を示していることについて、東京都の小池百合子知事は21日の記者会見で、「内外に山積する課題はとても大きい。今、日本のエネルギーを憲法改正に集約させていくことにふさわしい時期なのか。よく吟味していただきたい」と述べた。
 小池氏は改憲肯定派だが、首相の拙速な動きに異論を唱えた格好だ。
 首相の地方票の得票率が55%にとどまったことについては、「(国会)議員はいろいろと人間関係があるが、(地方票は)客観的な投票だと思う。選挙は最大の世論調査。地方の声が反映されている」との見方を示した。

山口も小池も、世論の動向を読むのに余念がない。その両名の風の読み方が一致している。いま、改憲に向けて追い風はない、という読み。

自民党総裁選はコップの中の波と風だったが、それでも改憲阻止を望む立場からはまずは波乱なくおさまった。沖縄知事戦は、コップの中の嵐ではない。3選直後のアベ政権を直撃する大嵐を期待したい。
(2018年9月22日・連続更新2001日)

文京区議会「『辺野古新基地』建設中止請願」を採択

下記が7月11日(10時43分)にアップされた、琉球新報(デジタル版)の記事新基地中止へ要望書 東京・文京区議会『地方自治反する』」という見出し。この請願者が「文京9条の会連絡会」なのだ。

 東京都の文京区議会(名取顕一議長)は6月25日に名護市辺野古の新基地建設の中止を求める要望書を政府に提出することを賛成多数で採択し、今月4日に首相、防衛相、外相宛てに送付した。
 要望書の送付について6月21日に開かれた委員会で審議し、自民党と公明党の3人が反対したが共産党ほか3会派5人が賛成し、25日の本会議で採択した。東京都の区議会や市町村議会で辺野古新基地建設の中止を求めた要望の採択は、2015年に武蔵野市議会が採択した事例がある。今回はそれに次ぐものとみられる。
 要望書は日本の防衛のためにある米軍基地の負担は全国で平等に負うべきであることや、弾薬庫などを備えた新基地は普天間基地の代替施設ではないことなどを指摘している。その上で「沖縄県民の反対を押し切っての新基地建設は、地方自治・民主主義の精神に反するもの」だとして、辺野古新基地建設中止を求めた。
 区議会に要望書を提出するよう請願したのは文京区の市民らでつくる文京区9条の会(平本喜祿代表)で、5月25日に請願書を提出した。請願書の作成に関わった文京区9条の会の山田貞夫氏は「新基地建設に関し、東京からも反対の声を上げることは意義があると思った。今後も積極的に活動する」と話した。

経過を追うと、以下のとおり。
5月25日 文京9条の会連絡会(代表 平本喜祿)請願書提出   
      紹介議員4名
5月31日 受理  総務委員会に付託
6月21日 総務委員会審議 賛成5 反対3(自・公)で可決
6月25日 本会議で採択
7月 4日 地方自治法99条に基づき、首相、防衛相、外相宛てに意見書提出

この請願の詳細は下記のとおりである。
受理年月日及び番号 平成30年5月31日 第3号
件 名  沖縄「辺野古新基地」建設の中止を求める請願
請願者  文京9条の会連絡会(代表 平本喜祿)
紹介議員 藤原美佐子 浅田保雄 関川けさ子 宮崎文雄
付託委員会 総務区民委員会

請願事項 沖縄の「辺野古新基地」建設の中止を国に求めること。

請 願 理 由

 沖縄にある米軍基地の大部分は、米軍占領下で造られたものです。米軍基地の集中に伴い、婦女暴行などの刑事犯罪が頻発し、加えて、ヘリコプターの墜落事故なども続発しており、沖縄県民の生活・安全が脅かされています。
 このような状況下で、沖縄県民は辺野古の新基地建設に反対しています。
 理由は、
①沖縄にとって命の源ともいえる海を埋め立てることは認められない。
②米軍基地は日本の防衛のためのものであり、その負担は全国で平等に負うべきである。沖縄だけへの押し付けは差別である。
③辺野古新基地は普天間基地の代替だと政府は言っているが、強襲揚陸船の係船護岸や弾薬庫などを備えた新基地であって代替基地ではない。
などです。
 わたしたちは、この沖縄県民の辺野古新基地建設反対の理由に賛同いたします。また、沖縄県民の反対を押し切っての新基地建設は、地方自治・民主主義の精神にも反すると考えます。これらの理由から、辺野古新基地建設は中止されるべきだと考えます。
 わたしたちのこのような請願の理由にご賛同いただき、下記請願を採択され、政府並びに関係省庁に対して要望書を提出していただけるよう要請いたします。

なお、この請願に賛成した会派は共産・未来・永久・市民・まちづくりの5会派。反対したのは自民と公明の2会派。

また、地方自治法99条は、「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の公益に関する事件につき意見書を国会又は関係行政庁に提出することができる。」としている。国民の声を国政に反映させるチャンネルの一つである。

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私は、「本郷・湯島9条の会」に所属する。「会」には会長がおり、会合は定期に行っているが、会費があるわけではなく、会員名簿も見たことはない。それでも、月一回の街宣行動はにぎやかに途切れることなく4年余も継続している。そして、ときおり、他の9条の会との共催で集会を企画する。

「本郷・湯島9条の会」以外に、文京区内には、各地域にも学園や職場にも少なからぬ「9条の会」があるようだが、正確な数は知らない。「文京9条の会連絡会」が行ったというこの請願のことも事前には知らなかった。また、請願採択に賛成した、文京区議会内の「共産・未来・永久・市民・まちづくり5会派」の連携についても、よくは知らない。

よくは知らなかったが、我が地元文京区には、市民運動においても、議会内の力関係においても、自・公の反対を押さえて、「沖縄「辺野古新基地」建設の中止を求める請願」を採択させるだけの力量と良識があるのだ。この請願採択を実現した関係者の努力に敬意と感謝の意を表したい。

二つ印象を書き留めておきたい。
一つは、冒頭に紹介した琉球新報の記事である。小なりとはいえ、1自治体の区議会がこのような請願を採択していることが、沖縄の運動体を励ます一助となっていることだ。
辺野古新基地建設問題については、沖縄と「本土」の運動の連携の必要が語られる。本土は具体的に何をすればよいのか。さまざまな試みがあるが、地元の地方議会での請願採択という方法もあるとを示した。

もう一つ。今回の請願採択は、市民と野党の共闘の成果にほかならない。文京区議会内の「共産・未来・永久・市民・まちづくりの5会派」が共闘に成功すれば、自・公という反平和勢力を凌駕するのだ。自・公は、少数派として孤立した途端に反憲法・反平和・反福祉の本性を露わにせざるを得ない。

毎月一度の街頭で喉を枯らしての訴えに、毎回確かな手応えを感じられるわけではない。しかし、今回の区議会での請願採択は、多くの人々の地道な努力の積み重ねの結果だろうと思わせる。

さて、もうすぐ8月。戦争と平和を熱く語るべき8月の「本郷・湯島9条の会」街頭宣伝行動は14日(火)の昼休み。おそらくは、炎天下真昼の本郷三丁目交差点は厳しい熱暑。しかし、アベにも負けず、夏の暑さにも負けぬ気概で、「9条の会」の活動に取り組みたい。
(2018年7月29日)

自衛隊の実像ー防大に横行する常軌を逸したイジメ・暴行

本日の赤旗トップ記事。大見出しの「防大 いじめ・暴行」。少しポイントを下げて、「月平均 規律違反10人・処分5人」「背景に『命令と服従』」。「幹部自衛官養成」「上級生から下級生へ」。3面に続いて、「防大『指導』の名で容認」「『ファイヤー』『食いしばき』悪質さ深刻」と、おどろおどろしい。

(リード)自衛隊幹部の養成機関である防衛大学校(学生数2010人、神奈川県横須賀市)で上級生らによる下級生への暴行、いじめ、セクシュアルハラスメントなど反社会的な「服務規律違反」が横行しています。過去10年間で平均して毎月10人が服務規律違反に問われ、うち5人が懲戒処分となるなど異常な事態が、防大の内部資料から明らかになりました。

内部資料は、2016年5月に国と加害学生を相手に損害賠償請求訴訟を起こした元防大生の弁護団が裁判手続きや情報開示請求で入手したもの。元防大生は、上級生らから暴行やいじめをうけ、2学年だった14年8月に休学に追い込まれ、15年3月に退学しました。

防大が開示した07年から16年までの10年分(16年は4月から7月)の「学生などの懲戒処分者」によると、服務規律違反は合計1136件に上ります。うち懲戒処分をうけたのは約半数の550件です。平均すると規律違反は月10件程度、懲戒処分が月5件程度になります。

 提訴した元防大生の被害実例にそって防大がまとめた「防衛大学校における不適切な学生間指導などに関する調査報告書」(16年2月)には、こんな実例が記述されています。

「13年秋頃、部屋のポットのお湯を交換していなかった罰として、被害学生らに対し、ズボンと下着を脱ぐように指示し、掃除機で陰茎を吸引した」「複数回、同様の行為を行った」

 防大の懲戒処分台帳には、4学年が「ポットのお湯を(下級生に)掛けさせた」「私的制裁 鼓膜破れる」など暴力行為も多く記載されています。

 これらのケースは氷山の一角です。防大生は全寮制です。学生寮での日常生活について上級生が下級生を指導します。その指示は自衛隊の「命令と服従」と同様で“絶対服従”です。「命令と服従」を基本にした訓練と「生活指導」を教育の根幹にすえる防大の姿勢が、反社会的行為に拍車をかけているのではないか―。“防大の闇”の実態に迫ります。

『ファイヤー』とは、陰毛に火をつけること。『食いしばき』とは「ラー油の一気飲みや靴墨などを混入させた食べ物を与えること」だという。常軌を逸しているとしか言いようがない。こうして育てられた自衛隊幹部が、中堅・下級の自衛隊員の教育に携わり、自衛隊全体を同じ体質に染め上げて、部隊の指揮を執る。自衛隊全体が、常軌を逸した集団であると考えざるをえない。

なぜ、こんなことが日常化しているのか。戦争が常軌を逸しているからであろう。戦争を任務とする組織においては、徹底した上命下服の関係が要求される。将は兵に、理「不尽な死」を命令できなければならず、兵は将の理不尽な「死ね」という命に服さなければならない。その関係や感覚が、常軌を逸したイジメやシゴキの横行のなかで培われる。それが、「防大『指導』の名で容認」の意味するところ。

実は、この赤旗記事をみて、少し驚き、すこし残念と思った。あと数日で「法と民主主義」7月号が発行となる。その特集が、「自衛隊の実像」なのだ。赤旗に先を越されたか、という少しの残念。

その「法民」特集に佐藤博文弁護士が、「防衛大学校における人権侵害の実態」を寄稿している。同弁護士は、「(防大は)社会常識からかけ離れた重大事案という認識に立って改善努力をしてきたのかまったく疑問」「『悪弊』などではなく、本音では容認している(ダブルスタンダード)と言わざるを得ない」「かれらに日本の平和と国民人権を守ることを委ねてよいのか」と述べている。

特集のコンセプトは、次のようなもの。
いま、「安倍9条改憲」の阻止が、憲法運動における焦眉の課題となっている。安倍首相(総裁)が、国民に向けて「現在の自衛隊を合憲であると明確にするだけ」のことであって、実質的に何の変更もないと宣伝に務めているが、その虚偽性は既に明らかと言えよう。しかし、自衛隊を憲法上の存在として確認することの正確な意味や影響を論じるには、現在の自衛隊の何たるかを多面的に明らかにする必要がある。限定的にもせよ集団的自衛権の行使を容認した安保法制(戦争法)成立後の自衛隊の法的位置付については、活発な論争ががなされてきたが、自衛隊の実態把握という点での議論は必ずしも十分とは言えないのではないか。
最近の自衛隊をめぐる諸事件の数々には、慄然とせざるを得ない。本特集は、安倍9条改憲案が、憲法上の存在として位置づけようという自衛隊と、隊員の実像をリアルに把握するための論稿集である。…

本特集には、佐藤論文を含めて6本の論稿が寄せられている。
◆「旧軍と自衛隊・シビリアンコントロールの視点から」(纐纈厚・明治大学特任教授)は、自衛隊の文民統制が危うくなりつつある現状を詳細に論述している。「文民優越の原則を守ることによってのみ民主と軍事は共存可能である」「なぜならば、私たちは素手で実力組織を統制していく宿命を負っているのだから」という。
◆「防衛計画の大綱改定への動向」(大内要三・ジャーナリスト)は、防衛大綱の見直し問題である。現在の「25大綱」が、賞味期限切れで「本年末を目指して」改定検討中だという。これで「自衛隊は明らかに外征軍となる」「安倍政権が憲法で認知させようとしている自衛隊の実態はこのようなものだ」という。
◆「現代の戦場経験から考える自衛隊の憲法明記問題」(清末愛沙・室蘭工業大学大学院准教授)は現代の戦場体験をリアルに語っている。筆者は、イスラエル占領下のヨルダン川西岸地区で、「国際連帯運動」のメンバーとして、イスラエル軍と非暴力で対峙する。その苛酷な体験を通じての「人は武器を持つと変わる」という言葉には説得力がある。
◆最後に、自衛隊関連文献解説の二編。
「読書ノート自衛隊」(小沢隆一・東京慈恵会医科大学教授)。自衛隊を違憲とする論者が、「自衛隊の実相を知っておく最低限の作業はしなければ」と読み込んできた「読書ノート」である。
◆「漫画に描かれた自衛隊」(澤藤大河・弁護士)。こちらは漫画編。漫画でもリアルにいじめやしごきの実態が描かれ、「これがあってこそ精強な軍隊を維持できるというイデオロギーが根付いている」という。

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本日(7月25日)時点では、まだ6月号【529号】「特集★性の尊厳をとりもどそう」が最新号として紹介されている。同特集の掲載論文は以下のとおり。
◆特集にあたって………編集委員会・小沢隆一
◆セクシュアル・ハラスメントの現状と課題………戒能民江
◆職場のハラスメントの法規制………内藤 忍
◆セクシュアル・ハラスメントとメディア──行動を起こした女性たち………明珍美紀
◆麻生財務大臣の言動とその裾野………角田由紀子
◆女性たちは何と闘っているのか~マタニティ・ハラスメント裁判原告女性の経験に着目して………杉浦浩美
◆刑法・強姦罪規定改正の意義と課題──「女性に対する暴力」根絶ツールとしての刑法を………谷田川知恵
◆旧優生保護法による強制不妊手術・謝罪と補償を………新里宏二
◆性的マイノリティと人権──LGBT/SOGIという概念が問いかけること………谷口洋幸
◆性の商業的搾取──規制が遅れた最後の性暴力?………中里見 博 

この号も充実している。両冊をお求めいただけたら、たいへん有り難い。
(2018年7月25日)

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