澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「森友・決裁文書」の改竄は犯罪である。

本日(3月6日)、財務省は参院予算委員会理事会で、学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る決裁文書改竄疑惑についての『調査状況の報告』を行った。その内容は以下のとおりである。

「現在、大阪地検において、背任のほか、証拠隠滅や公用文書毀棄について告発を受けて、捜査が行われている状況にあり、財務省としては、この捜査に全面的に協力している段階にある。
こうした状況の中、捜査に影響を与えないよう、以下の点に留意して、直接の担当である理財局・近畿財務局以外の職員も関与した上で、全省を挙げて、文書の確認、職員への聞き取りなど調査を進めていきたいと考えている。

1 文書の確認
調査にあたっては、多くの文書の確認が必要となるが、これら文書は、告発を受けた捜査の対象となっており、すべての文書を直ちに確認できない状況となっている。

2 職員への聞き取り
調査にあたっては、広く職員への聞き取りを行う必要があるが、決裁文書の作成にかかわった職員への聞き取りにあたっては、捜査状況に影響を与えないよう、捜査当局による事情聴取との関係に留意し行う必要がある。

3 事実関係の確認
事実関係の確認に当たっては、裏付けをとるなど慎重に行う必要がある。」

もったいぶった言い回しだが、何のことはない「ゼロ回答」。要するに、「現在受けている捜査に影響があってはならない」「だからすべてに慎重を要し、国会の要請には応じがたい」ということなのだ。もう少しはっきりいうと、本心はこんなものだ。

「捜査もいやだし、国会への回答も苦しい」「これまでは、『捜査に支障があるから』という理由で、国会議員からの質問を拒否してきた。今度だってこの手でなんとか乗り切りたい」「地検には国会の要請を口実に抵抗し、国会には地検の捜査を口実に審議拒否」「これで、両者の徹底追及から逃れたい。」

官僚が捜査対象となっていることをもって、国会における質疑での誠実答弁義務を回避する理由にはならない。このことは、先日(3月3日)の当ブログに掲載した。

本日は、もう一つの問題。朝日がスクープした「決裁文書改竄」が、果たして犯罪になるかを考えてみたい。

結論として、改竄の実行者について刑法上の犯罪が成立すると考えられる。その可能性は限りなく高い。

まずは公文書偽造罪(刑法155条)はどうか。条文(抜粋)は以下のとおりである。
「行使の目的で、公務所若しくは公務員の作成すべき文書を偽造し、又は公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した」という犯罪類型。

公文書偽造は、作成権限のない者が公文書を作成し、または真正な公文書の本質的部分を改ざんすることを処罰する規定である。財務省組織ぐるみの本件改竄について、この条文適用の余地はない。

これに対して、虚偽公文書作成罪(刑法第156条)は、作成権限ある者の犯罪である。つまり、財務省の担当者であれば、この罪の犯罪主体となる資格をもっていることになる。その条文の文言(抜粋)は以下のとおり。
「公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書を作成し、又は文書を変造したときは、印章又は署名の有る場合には1年以上10年以下の懲役に処し、印章及び署名のない場合には3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。」

本件の改竄は、状況から見て財務省組織ぐるみの文書改竄なのだから、当該新文書の作成は「公務員が、その職務に関し、行使の目的をもってなされたという各要件を充足していることが明らかと言ってよい。残る問題は、もっぱら、新たな改竄文書の作成が「虚偽文書の作成」あるいは「文書の変造」に当たるか、という一点にある。

「虚偽文書の作成」とは、権限をもった公務員が「真実に合致しない内容の文書を作成する」こと。また、「変造」とは、「作成権限のある公務員が、その権限を濫用して既存の公文書に不正に変更を加えてその内容を虚偽のものにすること」をいう。

本件において、伝えられている内容の文言の新文書の作成が、「真実に合致しない内容の文書を作成」したものとして、「虚偽文書の作成」に当たるかは微妙なところであるが、既に存在する原決裁文書の文言の重要な部分を削除した新文書を作成したことは、「その権限を濫用して既存の公文書に不正に変更を加えてその内容を虚偽のものにした」というべきであろう。したがって、本件において新文書を作成した財務省の担当者は、公文書を変造したものとして処罰対象となると考えられる。

仮に、「虚偽文書の作成」にも「変造」にも当たらないとした場合にも、公用文書毀棄罪(刑法第258条)には該当するものと考えられる。
同条の文言(抜粋)は、「公務所の用に供する文書を毀棄した者は、3月以上7年以下の懲役に処する。」となっている。これは、犯罪主体を公務員に限定した身分犯ではない。

原決裁文書が、公務所が使用する目的で現に保管されている文書として、同条にいう「公務所の用に供する文書」(公用文書)に該当することには疑問の余地がない。問題は、新文書の作成が「毀棄」に当たるか、ということだけである

判例上、毀棄とは、文書を損傷・滅失する行為に限らず、「文書の効用を失わせる一切の行為を指す」ものとされる。文書を書き換え、あるいは当該文書の改竄を行うことも、文書の利用を一時不能にする目的で、隠匿する行為も毀棄に当たる。

本件では、原決裁文書とは内容が異なる2枚目の新文書を、原決裁文書の如き外観をもって新たに作成した。原決裁文書上の文言を直接に書き換えたり改変したりしたわけではないが、原決裁文書の文言があたかも当初から新文書の通りであった如き外観を作出したことは、日常の用語法としての「改竄」に当たるものと言って差し支えなく、明らかに「原決裁文書の効用を失わせる行為」にほかならない。

したがって、新文書の作成は、少なくも原決裁文書についての、「公用文書毀棄」罪に当たるものと考えられる。

なお、以上の解釈には、公文書管理法の理念が重要な役割をもつ。
たとえば、その第1条(目的)は、次のとおりである(抜粋)。
「この法律は、国の諸活動の記録である公文書が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、行政文書の適正な管理を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。」

本件では、「行政文書の適正な管理」がなされなかった。「行政が適正かつ効率的に運営されるよう」にもならなかった。「国の諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務」は、まったく全うされなかった。「健全な民主主義の根幹」を揺るがす事態と言わざるを得ない。

これも、詰まるところは、アベノセイなのだ。
(2018年3月6日・連続更新1801日)

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