澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

級友と沖縄の旅・初日

本日(5月8日)から沖縄。学生時代の仲間9人で本島3泊4日の旅。8日(火)の昼前に那覇に集合して、11日(金)夕方まで。大型のレンタカーを借りて、4日間県内を廻ろうという企画。案内役は、元朝日の記者で退社後に張り切って沖縄に関わり続けている小村滋君。小凡というペンネームで発信を続けている。

宿泊先は、8日が那覇、9日が名護、そして10日が糸満。小村君の予約してくれた宿が、3100円(素泊まり)、5500円(朝食付き)、4000円(素泊まり)と、いずれもリーズナブルなのがありがたい。なにせみんな70代、年金生活者なのだ。

この仲間は、1963年に大学の教養課程に入学して、第2外国語として中国語を選択した「Eクラス」の同級生。当時中国語選択はごく少数派だった。ドイツ語、フランス語、そして理科ではロシア語などが主流だった時代、変わり者27人が中国語を学んだ。主任の教授が工藤篁というこれまた変わり者。およそ、出世主義や権力欲を小馬鹿にする雰囲気に満ちていた。だからなのか別の理由なのかはよく分からないが、Eクラス在籍者からは、学生運動や政治運動の活動家は輩出しても、立身出世や富貴に恵まれた将来とは無縁と信じられていた。

それでも、どこにも例外はあるものだ。27人の同級生のうち、官僚になったのが2人いる。1人は大蔵官僚になって、理財局長から国税庁長官(!)になった。もっともこの友はクラス会にトンと顔を出さない。もうひとりは警察官僚となって警察の位で警視監になっ手の退官と聞いている。多分よい官僚だったであろうが、いずれも異色。裁判官になったのが1人。順調に出世して仙台高裁長官から最高裁裁判官となった。リベラルな人物だったが、惜しいかな在任中に亡くなった。

以上の3人はEクラスの傍流。主流派は立身出世とは無縁の者ばかり。中には、何を生きる糧としてきたのかよく分からぬ魅力にあふれた人も少なくない。学者(哲学・歴史・教育)が3人。ジャーナリストが幾人か。ごく真っ当に民間企業で勤め上げた人もあるが、意外に教育に携わった人が少ない。弁護士になったのは私一人。

誰もが、何ものでもなかった頃に知り合った、氏素性の底が割れている仲間と一緒の旅。しかも沖縄だ。いかで、楽しまざらんや。

沖縄のどこに行くか何を見るかは、その日の風次第。小村君の気分次第。決まっているのは、少しの時間でも辺野古の座り込みに参加しようということ。大浦湾にボートを出して、辺野古を海から見ようということ。そして、瀬長亀次郎の「不屈館」には必ず行こうということくらい。

沖縄行のレポートは帰京後のこととして、5月8日~11日までは、出発以前に書きためた予定記事とならざるを得ない。本日がその第1回である。本日の訪問先は、沖縄戦の最激戦地である嘉数がメイン。それに、首里に王朝が移る以前の王都であった浦添に足を運ぶ。

(2018年5月8日)

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Published in 火曜日, 5月 8th, 2018, at 12:00, and filed under 沖縄.

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