澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

弾劾裁判所は、岡口基一裁判官を罷免してはならない。

(2021年8月28日)
 三権分立の目的は、統合された強力な権力を望ましからぬものとして権力機構を分散させることであり、立法・行政・司法の各部のチェック・アンド・バランスを適切に保つことで、権力機構の一部門への過度の権力集中を抑制することでもある。

 現実には、立法・行政・司法という3部門の中では、得てして行政が肥大化し易く、司法が弱体化しがちである。そこで、「司法の独立」というスローガンが重要な意味をもつ。直接には立法権・行政権からの、そしてその背後にある政治権力からの、「司法の独立」がなくては、法の支配も民主主義政治も人権の擁護も実現し得ない。「司法の独立」あればこそ、数の力を恃む立法府や、強力な権力機構として国民個人と対峙する行政府の専断・暴走を阻むことが可能となる。

 司法の独立の核心は、個々の裁判官の独立にある。裁判官は、政治権力からも、社会的同調圧力からも、行政府からも、立法府からも独立していなければならない。そのために、裁判官には、憲法上の身分保障がある。

 にもかかわらず、現実の裁判官には、独立の気概に乏しい。その中にあって、司法行政の統制に服することなく意識的に市民的自由を行使しようという裁判官は貴重な存在である。最高裁にも政権にもおもねることなくもの言う裁判官の存在も貴重である。

 そのような貴重な存在としての裁判官として、岡口基一裁判官が目立った存在となっている。明らかに、司法当局の目にも、政権・与党の目にも、目障りな存在となっている。いま、この貴重な裁判官が訴追され、国会の弾劾裁判所にかけられている。その成り行きは、我が国の「司法の独立」の現状を象徴することになる。

 裁判官の身分剥奪は、衆・参議員各7人で構成される裁判官弾劾裁判所の罷免判決以外に手段はない。判決は罷免か否かである。中間の判断はない。
 
 岡口基一裁判官の罷免は、裁判官を萎縮させ、物言わぬ裁判官、政治権力に忖度する裁判官を再生産することにつながる。司法の独立の核心を揺るがすことであり、政治権力による司法部に対する統制を許すことにもなる。けっして岡口罷免の判決をさせてはならない。
 
 下記は、最近立ち上がった、「不当な訴追から岡口基一裁判官を守る会」の共同声明、そして、青年法律家協会・自由法曹団の各抗議・要請の声明である。

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 岡口基一裁判官の罷免に反対する共同声明

 本年6月16日、仙台高等裁判所判事である岡口基一氏が、裁判官訴追委員会により裁判官弾劾裁判所に罷免訴追された。訴追状によれば、都合13件にわたる訴追事由が挙げられているところ、いずれも職務と関係しない私生活上の行状であり、その全てがインターネット上での書き込み及び取材や記者会見での発言という表現行為を問題とする訴追となっている。
 訴追事由13件のうち10件は、殺人事件被害者遺族に関するものであり、その中には遺族に対してなされたものもあり、内容的あるいは表現的に不適切なものもないわけではなく、この点同判事にも反省すべき点があるのかもしれない。しかしながら、弾劾裁判による罷免は、裁判官の職を解くのみならず退職金不支給、法曹資格の剥奪という極めて厳しい効果をもたらす懲罰であり、裁判官の独立の観点から、軽々に罷免処分がなされてはならない。重大な刑事犯罪により明らかに法曹として不適任な者に対してなされてきた従前の罷免の案件とは異なり、本件には刑事犯罪に該当する行為はなく、行為そのものも全て職務と関係しない私的な表現行為であって、従前の罷免案件に比べ明らかに異質である。このような行為に対する罷免は過度な懲罰であり、岡口氏個人としての人権上も極めて問題であるばかりか、裁判官の独立の観点から憂慮すべき事態である。また、本件が先例となることにより、裁判官の表現行為その他私生活上の行状に対する萎縮効果も極めて大きい。本件行為に不適切性があるとするなら、話し合いや直接の謝罪等で解決されるべきであり、罷免とすることは相当ではない。

 私たちは、裁判官弾劾裁判所に対し、従前の案件との均衡や弾劾裁判所による罷免の重大性等を十分考慮の上、罷免しないとする判決をされるよう要請する。

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岡口基一裁判官に対する裁判官訴追委員会による訴追に抗議し、
弾劾裁判所に対し、岡口裁判官に対する罷免の宣告を行わないことを強く求める決議

1 岡口裁判官に対する訴追
 報道によれば、2021年6月16日、国会の裁判官訴追委員会(委員長・新藤義孝衆議院議員)が、岡口基一裁判官(以下「岡口裁判官」という)について、裁判官弾劾裁判所に対して罷免を求めて訴追することを決定したとのことである(以下「本件訴追」という)。

2 弾劾裁判のあらまし
(1) 身分保障の限界としての弾劾
 裁判官の独立(憲法第76条3項)を実効性あるものにするために、裁判官には強い身分保障が認められており、裁判官の罷免は、心身の故障のために職務をとることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない(憲法第78条)。
 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設けている(憲法第64条1項)。裁判官を罷免等する手続きは裁判官弾劾法に定めがあり、まず訴追委員会が開催され、訴追委員会の訴追に基づき、弾劾裁判が行われる。
(2) 訴追委員会の訴追と弾劾裁判
 裁判官弾劾法に基づき設置され衆・参議員各10人で構成される裁判官訴追委員会は、裁判官弾劾裁判所への訴追権を独占する機関である(裁判官弾劾法第5条、第14条)。
 衆・参議員各7人で構成される裁判官弾劾裁判所が、訴追された裁判官に罷免事由があると判断して罷免の裁判を宣告した場合には、当該裁判官は裁判官としての職を失うとともに(裁判官弾劾法第37条)、事実上法曹資格も失う(弁護士法第7条2号、検察庁法第20条2号)。
 弾劾による罷免事由は?職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき?その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき、のいずれかに該当する場合にのみ認められる(裁判官弾劾法第2条)。

3 過去の罷免事例
 日本国憲法制定後現在に至るまで、弾劾裁判所への訴追事件は9件である。
 そのうち罷免となったのは、?事件記録を放置して395件の略式命令請求事件を失効させたり知人の相談を受けて逮捕状を発したりした事案(1956年)?調停の申立人から酒食の饗応を受け、相手方の親戚の調停委員に酒を持参したりした事案(1957年)?検事総長の名をかたって内閣総理大臣に電話をかけた謀略電話の録音テープを新聞記者に聞かせた事案(1977年)?担当する破産事件の破産管財人からゴルフクラブ等の供与を受けた事案(1981年)?現金の供与を約束して児童買春した事案(2001年)?裁判所職員にストーカー行為をした事案(2008年)?電車内で下着を盗撮した事案(2013年)の7件である。
 いずれも重大な犯罪行為や違法行為もしくはそれに類する著しい不正行為が問題とされたものである。

4 本件訴追の問題点
(1)  本件訴追は裁判官の表現の自由を侵害するもの
 憲法第76条3項が、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定めているのは、裁判の公正を保つために、裁判官に対する不当な干渉や圧力を排除し、裁判官の独立を実現するためである。
 裁判官に強い身分保障を認めることで裁判官の独立を確保しようとした憲法の趣旨からすれば、国会議員により構成される弾劾裁判所によって恣意的な裁判官の罷免がなされることはあってはならず、罷免事由としての「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき」「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」は極めて厳格に解釈されなければならない。
 本件訴追の対象となった具体的事実は未だ明らかではないが、報道等によれば、SNSでの発信やラジオ番組での発言が対象となったようである。対象となった言動が重大な犯罪行為や違法行為を構成するものであるということは現時点では認められず、各種報道および岡口裁判官自身の発信からすれば、過去の罷免事由に匹敵するような「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があった」事実はうかがえない。
 そもそも、裁判官であっても、一市民として憲法上の権利を有することは当然であり、裁判官にも表現の自由は保障される(憲法21条1項)。SNSでの発信やラジオ出演といった表現行為も、当然憲法上の権利としてすべての裁判官に保障されるものであり、岡口裁判官以外にもSNSを利用している裁判官や書籍を出版している裁判官、テレビ出演をする裁判官は存在している。
 従前罷免事由に該当するとされた事案は主として重大な犯罪行為や違法行為等一見して明白な非行行為というべき事案であったところ、そのようなものに該当しない岡口裁判官の表現行為について本件訴追の対象とされたのであれば、訴追委員会の決定は岡口裁判官の表現の自由を侵害するものである。
 SNSやラジオでの発言等について、一般的には表現の自由の範囲内にとどまるものであるにもかかわらず、当該発言者が裁判官であるということをもって罷免事由とされ失職し法曹資格を失うという先例ができれば、裁判官の表現行為に対する絶大な委縮効果となり、他の裁判官の表現の自由も侵害される結果となる。
(2)  裁判官の独立を犯し市民の裁判を受ける権利の侵害につながること
 岡口裁判官の表現行為は、これまでの過去の罷免事由と比べても、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当するとは言い難く、表現行為そのものを理由としてなされた本件訴追は、恣意的・濫用的なものと言わざるを得ない。
 このような裁判官に対する弾劾制度の濫用がまかりとおれば、裁判官の独立は画餅に帰し、市民の人権を擁護すべき裁判官としての使命を十分に果たすことができなくなるのは必至である。その結果として犠牲になるのは市民の裁判を受ける権利である。
 これまでも、平賀書簡事件や宮本裁判官再任拒否事件、寺西判事補事件など、最高裁判所がその人事権を利用して裁判官の独立を侵害する行為が繰り返されてきた。岡口裁判官についても、その表現行為に対する戒告処分が最高裁判所によりなされているが、この戒告処分については、当部会は2018年12月1日、岡口裁判官の表現の自由を不当に侵害するとともに、裁判官の独立をも脅かすものであるとして「岡口基一判事に対する戒告処分に対し、強く抗議する決議」を挙げているところである。しかし今回の事態は、国会議員により構成される訴追委員会が裁判官の表現行為を問題視し、弾劾裁判所を通じて恣意的に露骨な統制を行おうとしているという点で、これまでとは次元が違うものであり、裁判官の独立を侵害する極めて深刻な事態である。
 とりわけ岡口裁判官は、2020年の検察庁法改正問題について政府・与党の立場とは異なる見解を法律家として発信したり、LGBTQなどの少数者の人権保障を推進する立場からの発信等をしたりしているが、本件訴追にはそのような岡口裁判官の存在について疎ましく思う勢力の意向が強く反映されている疑念を抱かざるを得ない。
 これは、岡口裁判官個人の問題にとどまらず、すべての裁判官、ひいてはすべての市民の人権にかかわる重大な憲法上の問題である。

5 結論
 当部会は、訴追委員会による本件訴追に対して、強く抗議をするとともに、弾劾裁判所に対し、岡口裁判官に対する罷免の宣告を行わないことを強く求めるものである。

2021年6月27日

青年法律家協会弁護士学者合同部会
第 5 2 回  定  時 総 会

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岡口判事に対する訴追及び職務執行停止決定に抗議し、
裁判官の独立の保障を求める声明

2021年8月27日

自 由 法 曹 団 
団長  吉田健一

1 国会の裁判官訴追委員会は、本年6月16日、岡口基一判事(以下「岡口判事」という)について、裁判官弾劾裁判所に対し罷免を求め訴追し、これを受理した裁判官弾劾裁判所は、本年7月29日、岡口判事の職務を停止する決定をした。これらは、いずれも憲法の保障する裁判官の独立を侵害するものであり、自由法曹団は裁判官訴追委員会、及び裁判官弾劾裁判所に対し、厳重に抗議する。
2 憲法は「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職務を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定め(憲法76条3項)、裁判官の独立を保障すると共に、それを実効あるものとするため、強い身分保障を定めている。そのため、裁判官は、心身の故障のために職務をとることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない(憲法78条前段)。弾劾による罷免事由は?職務上の義務に著しく違反し、または職務を甚だしく怠ったとき、?その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき、のいずれかに該当する場合にのみ認められる(裁判官弾劾法2条)。
3 このように裁判官の独立が認められ、身分が強く保障がされているのは、裁判が公正に行われ人権の保障が確保されるためには、裁判官がいかなる外部からの圧力や干渉をも受けずに職責を果たすことが必要であるからである。さらに司法権は非政治的権力であり、もともと政治権力からの干渉の危険が大きく、それを許すと司法の本来的役割である少数者の人権保障を図ることができなくなる。したがって、とりわけ政治権力からの独立を確保することが重要だからである。
4 弾劾裁判所への訴追権を独占する訴追委員会の委員も、罷免の判断をする弾劾裁判所裁判員も衆参両議院の議員のみで構成されるので(裁判官弾劾法5条1項、16条1項)、これが三権の相互抑制機能の一つとして国会に認められた権限(憲法64条)であるとしても、裁判官の独立が特に政治権力からの独立を強く要請されていることに鑑みれば、その権限行使は自ずと慎重かつ抑制的であることが求められる。
そのため、これまで弾劾裁判所へ訴追され罷免となった事案は、検事総長の名を語って内閣総理大臣に電話をかけた謀略電話の録音テープをメディアに提供したものや、児童買春、裁判所職員へのストーカー行為、電車内での下着の盗撮等の明白かつ重大な犯罪行為や違法行為等に限られているのである。
5 今回、訴追の対象となったのは、報道等によれば、岡口判事の自ら担当していない民事事件及び刑事事件のSNSや自らのブログへの投稿内容が問題とされたようである。しかし、その発言についても、少なくとも明白かつ重大な犯罪行為や違法行為、あるいはそれに匹敵するものは見当たらず、これまでの罷免事由とされたものと同等のものは存在しない。むしろ、裁判官であっても市民としての表現の自由は当然保障されるものであり、今回の訴追は、表現の自由の侵害という意味で重大であると共に、また当該表現内容についての評価が分かれるとしても、このような問題について弾劾の対象とすることは、政治権力からの干渉を呼び込む余地を常に残すものとなり、裁判官の独立は重大な危機に瀕することとなる。ひいては公正な裁判の実現が阻害され、司法による国民の人権保障そのものが機能しなくなることさえ危惧される。
6 職務の停止についても同様である。弾劾裁判所は「相当と認めるとき」に、訴追を受けた裁判官の職務を停止することができる(弾劾裁判所法39条)が、この「相当と認めるとき」についても、裁判官の政治権力からの独立が強く要請されていることに鑑みれば、当該裁判官が職務を行うことそのものが「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」と同視できる場合に限定されると解すべきである。そうでなければ罷免の結論が出る以前に、安直に同等の効果を及ぼすことが可能となり、裁判官の身分保障に真っ向から反することになるからである。
岡口判事は、犯罪行為を行ったものでも、違法行為を行ったわけでもないのであるから、同人が職務を行うことそのものが「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」と同視できる場合に該当しないことは明らかであろう。
7 裁判官の独立、身分保障は、公正な裁判を実現するための不可欠の前提である。これまで述べてきた通り、その中でも、とりわけ重要なのが政治権力からの独立であり、これが担保されなければ、国民の人権保障は実現されない。
岡口判事に対する今回の訴追、及び職務停止は、いずれも罷免事由としての合理性・相当性を欠き、結果として裁判官への政治的干渉となっており、到底看過することはできない。
 自由法曹団は、弾劾裁判所に対し、岡口判事の職務停止を直ちに撤回するよう求めると共に、罷免の裁判をすることのないよう強く求める次第である。
                              
以上

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