澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「猪瀬ー徳洲会」事件の幕引きには納得できない

猪瀬直樹前都知事が知事選立候補直前に徳洲会から5000万円を収受していた事件は、公職選挙法上の「選挙運動資金収支報告書虚偽記載」の罪名で略式起訴となる模様だ。各紙が、「関係者の話で」「関係者への取材で」「関係者によると」として報道しているが、各紙べったり同様の内容をみれば、検察の意図的なリークであることは明らかといってよい。

東京地検特捜部が公選法違反容疑で猪瀬氏の個人事務所(港区)を家宅捜索したのが3月21日である。徳田前理事長と猪瀬を仲介した右翼「一水会」の木村三浩の自宅と一水会の事務所(新宿区)も同時に捜索されている。形式犯としての「虚偽記載罪」での立件であれば、必ずしも家宅捜索までは必要とならない。これは収賄まで視野に入れた捜査ではないか。そう思わせておいて、25日には略式のリークである。捜索は、略式を決めたあとの形づくりであったか。

検察リークの垂れ流し情報なのだから、「金は手つかずのまま全額返された」「都知事辞職という社会的制裁も受けた」「実際に選挙で使用されていなかった」などというばかりで、社会が関心を寄せることは記事になっていない。捜査はどこまで進展したのか、真実に肉薄する報道が欲しいところ。

略式による幕引きには、大きくは2点で納得しがたい。

その一は、この件は贈収賄として立件すべき事件である。到底略式で幕を引くべき事件ではない。それを、公職選挙法上の虚偽記載程度に落ち着けていることに納得しがたい。

野心的な積極姿勢で知られる病院経営者から、都知事選立候補直前の副知事に5000万円の現金がわたったのだ。ことさらに銀行送金を避けて、キャッシュで5000万円の札束の手渡しだ。当事者双方に後ろ暗い金との認識があったと見るのが常識ではないか。

当然のことながら、なにゆえに一面識もなかった両名間でこのような後ろ暗い金の授受が行われたのか、その動機の究明がなされなければならない。社会の関心も怒り理由もそこにあった。授受された金の性質を選挙資金と認定することは、賄賂性認定へのステップではあっても結末ではない。なにゆえに5000万円もの選挙資金の授受が行われたのか。この点を検察はどこまで追求したのだろうか。

金を渡す方は、東京都の許認可を期待し、許認可権行使の在り方に死活的な利害関係を有する立ち場にある病院経営者。金を受けとる方は許認可の権限を実質的に掌握する立ち場にある副知事であり、やがて東京都のトップに立つことが確実視されている猪瀬その人である。都民の行政の廉潔性への信頼を繋ぎ止めようとするのなら、検察は徹底して金銭の授受と許認可権限との関連性の有無を明らかにしなければならない。

単純収賄罪(法定刑は5年以下の懲役)は、請託の存在を要件とせず、公務員の不正行為も要件ではない。猪瀬が徳洲会に「便宜を図った」か否かは、犯罪成立には無関係である。唯一、賄賂の収受と職務との関連性だけが要件である。その要件で、職務の公正に対する社会の信頼という保護法益を損うに十分とされているのだ。

ここでいう職務は、必ずしも「法令に明記された職務」に限られない。「法令に明記されていない職務」であっても、あるいは、「職務に密接に関連する行為」(「準職務行為」や「事実上所管する行為」)でも、さらには「事実上の影響力を利用して行われる行為」をも含むとするのが判例の立ち場である。

もちろん、東電病院の売却や入札業務は、東京都の業務ではなく、株式会社である東電の業務ではある。しかし、東京都は東電の大株主としてその動向に絶大な影響力を持ち、猪瀬は副知事として自ら東電の株主総会に乗り込んでまでして、東電病院売却を決定させている。この件については猪瀬自身が職務に関連する大きな影響力を持っていたというべきである。この影響力の行使において、職務の公平性についての社会的信用を毀損してはならない。

しかも、2012年11月6日、猪瀬が徳田虎雄に面会した際、徳田は猪瀬に、東京電力病院の取得を目指す考えを伝えた。このとき猪瀬は、自らが東電に売却を迫ったことを話したという。この阿吽の呼吸がぴったりあったその直後(11月20日)に、5000万円が提供された。このことは、関係者の話でわかった旨報道されているが、捜査機関のリークの可能性も高く、信憑性は高い。

とすれば、徳洲会が、猪瀬が副知事としての職務権限を背景とする東電の入札事務への影響力に期待して、5000万円を提供したものと考えられ、猪瀬はこれを収受したものというべきである。それなら、収賄罪の職務関連性の要件は充足されたことになる。もちろんそれだけでなく、医療行政上の許認可や、補助金等への配慮への期待も、暗黙の応諾もあったであろう。

なお、この11月6日の機会に請託があれば、受託収賄罪となり刑罰は加重されて懲役7年以下となる。また、5000万円の提供が仮に貸金であったとしても、金融の利益自体(しかも、無利息・無担保)が賄賂に当たる。

もう1点。幕引きを納得し難いのは、猪瀬以外についての徳洲会マネーの行く先の追求のないことである。せっかく、氷山の一角が露呈したのだ。氷山全体の正体をさらけだす好機ではないか。このチャンスに、目をつぶって、幕を引いてしまうのか。なんと惜しい。なんともったいない。

いったい、猪瀬はどうして徳洲会に近づけたのか。誰がどのようにしてこの二人を固い「5000万円の関係」に結びつけたのか。右翼ではあるまい。徳田虎雄との親密さをよく知られている猪瀬のボスの仕事であったろう。ずいぶん早い時期から、「徳洲会マネーは、首都圏のある知事に3億、ある副知事に5000万円わたっている」と噂された。「ある副知事」の方は事実であった。「ある知事」についてはどうなのか。その徹底解明こそが、本丸ではなかったか。

東京都の百条委員会設置の寸前で、2度にわたる石原ー猪瀬会談が行われた。ここで猪瀬辞任の方向付けができたという。さぞかし、醜悪な内容であっただろう。おそらくは、疑惑が石原側まで飛び火せぬよう打ち合わせがあり、その結果としての知事辞任だったのではないか。

百条委員会による都議会での追及も、検察の捜査も、結局は猪瀬の責任止まりでその先には進まない。各紙の記者に、以上の2点に切り込む取材と報道を期待する。

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        イザベラ・バードの過酷な揚子江遡行

女性探検家イザベラ・バードの「中国奥地紀行」(平凡社・金坂清則訳)の紹介。今日は、120年ほど前の揚子江遡行の船旅の凄まじさについて。

揚子江の遡行といえば「三峡」に代表される、泡立ち逆巻く「急灘」が話の中心となる。「紀行」にも多くの紙数がついやされており、当時の荒々しいままの超大河の自然と取り巻く社会は想像を絶する。

イザベラは1897年、真冬の1月から2月にかけて、湖北省宜昌から四川省万県まで20トンほどの屋形船で遡行する。その小さな船に水先案内人、曳夫、漕ぎ手ら乗組員19名、船長家族4名、イザベラ一行合計25名前後が乗り組んだ。彼女にはわからない船荷も積み込まれている。狭い船上で、赤ん坊は泣くわ、大声で夫婦げんかをするわ、食事の煮炊きはするわ、煙草を吸うわ、アヘンをすうわの大騒ぎがくり広げられる。

冬は夏と較べて揚子江の水深は10から20メートル浅くなるので、船にとっては通行が比較的容易となる。しかし、水が浅くなれば岩が現れ、急流となり、別の困難がつきまとう。漕いだり、帆を張ったりしても遡行でない場所が多くなり、そこでは岸に下りた曳夫が船を曳かないと遡行できない。それどころか下流へ流されてもしまう。多くの曳夫が必要なのだ。そんな流れの場所に行くと、「水中曳夫」が水に飛び込んで、引き綱を岸まで運ぶ。曳き綱は直径8センチ、長さ370メートルもあるものが船に備え付けられている。岸といっても平坦なところは少なく、ごろごろした石の上や崖を登った上の足がかりを、曳夫は渾身の力で這いすすむことになる。

それでもすすめない「急灘地」には、季節的に曳夫が集まる臨時の集落ができる。120トン積みのジャンクには120人の船乗りが乗っているが、臨時の曳夫300人を加えてやっと引き上げることができる。そんなところでは何十隻もの船が何日も順番待ちをする場合もある。揚子江上流では7000から8000隻の船が航行し、25万人以上の船関係労働者が働いている勘定になる。年間20隻に1隻が難破して、10隻に1隻が座礁するといわれている。積み荷の1割は失われたり、水をかぶったりする。

「惨事の現場はたくさんあった。どの急灘でもその手前と先で、ジャンクの船乗りが積んでいたゴザをかぶって岸辺に野宿し、濡れた綿布を乾かそうと広げていた。また、水面からマストが突き出したり、静かな入江には打ち捨てられた船の一部が沈んでいた。そのような船には砂浜で修理されているものもあった。岩の上にはあちこちに気味悪い白骨死体が転がっていた。岩が命運を決したのである。」

「滝のような急流部の荒々しい激流。各々400人もの曳夫によって北側の水路を引き上げられる複数の大型ジャンク。大波をかぶり身震いしながらよたよたと進む曳夫。引き綱が切れて滝のような急流部を猛スピードで下り、恐ろしい災難に向かっていくジャンク。努力の甲斐あって静かな水域まではいることのできたジャンク。・・滝のようになった急流部よりも上流で、舷側ををまともに向けて穏やかな水面を下ってきた大型ジャンクの舳先が突然飛び上がった。そして50人ないし80人、船によっては100人もの漕ぎ手が前方に向かって櫂や揺櫓(ヨールー)の所に立ち、わめき散らしながら必死に船を漕いでいた。船が縦揺れすると舳先や甲板の前方部は泡と水しぶきによってみえたり隠れたりした。また、激しい流れのなすがままになってぐるぐる回りながらも船乗りの技術と頑張りのおかげで、しばらくすると再び舳先を持ち上げ、下流のそれほどでもない急灘へと向かった。実に壮観だった。」

「どんなに表現しても、『新灘』の喧噪がどんなものであるかを伝えることはできない。その後の数日間耳がよく聞こえなかったというのが一番いいかもしれない。滝のような急流部のすさまじいとどろきや、数百人の曳夫が船を曳くときの叫び声や怒鳴り声がきこえてくる。また、それに混じって、合図のためや悪霊を驚かすための銅鑼と太鼓の音も途切れることなく聞こえてくる。ここから生み出される大混乱は誰だって忘れえまい」

イザベラは少しの賃金で命を削る「非人間的なまでに過酷な仕事」をする曳夫たちに驚いただけでなく、同情の念を表している。「この階級の人々こそが、過去から今日にいたるまで、中国を作り、支えてきた中国人の巨大なエネルギーを象徴している。また、中国人が東アジアやアメリカ西部のいたるところへつましい移民としてわたって成功したのは、このエネルギーあってこそだ」「だから、読者には次のようなことを同情心を持ってぜひ心に留めておいていただきたい。わが国の貿易商品を、このようなありとあらゆる困難や危険に出会いながら、揚子江上流までもたらしてくれるこれらの貧しい人々が、長くて重たい引き綱によって重いジャンクにつながれていることを。また、彼らが大波や渦巻く流れや大渦を伴って荒れ狂う恐ろしい激流に抗してジャンクを上流へと曳いていることを。激しく引っ張り上げられる羽目に陥ることもしょっちゅうであることを。時には負担がきつすぎて完全に止まってしまい、激流の中でしばらくじっとしていなければならない状況に置かれることを。また、引き綱が切れて、鋭くとがった岩に顔や裸の身体をぶつけることもしばしばあることを。ひっきりなしに川に入ったり出たりしなければならないことを。さらには、無残に命を落としてしまう危険にも日常的にさらされていることを。そして、彼らがこのようなことのすべてをほとんど米だけの食事で行っているということを!」

今日の南北格差と基本は変わらない。120年以前から、アンフェアなトレードは、悲惨な低賃金労働力によって支えられて来たのだ。西洋列強が植民地覇権争いをし、日本が負けじと日清戦争をしかけ、大陸への野望を募らせているそのときに、イザベラは静かにペンによる帝国主義への抵抗を試みていたのだ。おそらく当時の日本には、イザベラの著書を読んだ人はいなかっただろうが、欧米には熱狂的な読者がいた。その読者たちは、異国趣味の目からだけでこの「紀行」を読んだのだろうか。イザベラのこの訴えをどう受けとめたのだろうか。

イザベラ・バードは日本と中国を訪れただけではない。1894年から97年にかけて4回にわたり李氏朝鮮を訪ねて「朝鮮奥地紀行」も著している。ちょうど日本と清国が、朝鮮の権益を賭けて争っている時期に当たる。中央ではなく地方の、表舞台の人とではなく黙々と生きる人々への視線がやさしいイザベラの著書。いずれ目を通して、ご紹介したい。

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NHK籾井会長、百田・長谷川両経営委員の辞任・罷免を求める署名運動へのご協力のお願い。
下記URLからどうぞ
http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-3030-1.html
http://chn.ge/1eySG24
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    NHKに対する「安倍首相お友だち人事」への抗議を
☆抗議先は以下のとおり
 ※郵便の場合
  〒150-8001(住所記入不要)NHK放送センター ハートプラザ行
 ※電話の場合 0570-066-066(NHKふれあいセンター)
 ※ファクスの場合 03-5453-4000
 ※メールの場合 下記URLに送信書式のフォーマット
    http://www.nhk.or.jp/css/goiken/mail.html
☆抗議内容の大綱は
  *籾井勝人会長は即刻辞任せよ。
  *経営委員会は、籾井勝人会長を罷免せよ。
  *百田尚樹・長谷川三千子両経営委員は即時辞任せよ。
  *経営委員会は、百田尚樹・長谷川三千子両経営委員に辞任勧告せよ。
以上よろしくお願いします。
(2014年3月26日)

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Published in 水曜日, 3月 26th, 2014, at 22:47, and filed under 未分類.

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