澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

政治資金の動きはガラス張りでなければならない

本日(4月8日)の、朝日・毎日・東京・日経・読売・産経の主要各紙すべてが、みんなの党・渡辺喜美の党代表辞任を社説で取りあげている。標題を一覧するだけで、何を言わんとしているか察しがつく。

 朝日新聞  渡辺氏の借金―辞任で落着とはならぬ
 毎日新聞  渡辺代表辞任 不信に沈んだ個人商店
 東京新聞  渡辺代表辞任 8億円使途解明を急げ
 日本経済  党首辞任はけじめにならない
 読売新聞  渡辺代表辞任 8億円の使い道がまだ不明だ 
 産経新聞  渡辺代表辞任 疑惑への説明責任は残る

各紙とも、「政治資金や選挙資金の流れには徹底した透明性が必要」を前提として、「渡辺の代表辞任は当然」としながら、「これで幕引きとしてはならない」、「事実関係とりわけ8億円の使途に徹底して切り込め」という内容。渡辺の弁解内容や、その弁明の不自然さについての指摘も共通。

毎日の「構造改革が旗印のはずだった同党だが最近は渡辺氏が主導し特定秘密保護法や集団的自衛権行使問題など自民党への急接近が目立ち、与党との対立軸もぼやけていた。いわゆる第三極勢自体の存在意義が問われている。」と指摘していること、東京が「『みんなの党は自慢じゃないけど、お金もない、組織もない、支援団体もない。でも、しがらみがない。だから思い切った改革プランを提示できる』と訴え、党勢を伸ばしてきた。党首が借入金とはいえ8億円もの巨資を使えるにもかかわらず、『お金がない』と清新さを訴えて支持を広げていたとしたら、有権者を欺いたことにならないか」と言及していることが、辛口として目立つ程度。これに対して、産経は「新執行部は渡辺氏にさらなる説明を促し「政治とカネ」の問題に率先して取り組み、出直しの第一歩にしてもらいたい」と第三極の立ち直りにエールを送る立ち場。

もの足りないのは、巨額の金を融通することで、みんなの党を陰で操っていたスポンサーに対する批判の言が見られないこと。政治を金で歪めてはならない。金をもつ者がその金の力で政治を自らの利益をはかるように誘導することを許してはならない。

DHCの吉田嘉明は、その許すべからざることをやったのだ。化粧品やサプリメントを販売してもっと儲けるためには、厚生行政や消費者保護の規制が邪魔だ。小売業者を保護する規制も邪魔だ。労働者をもっと安価に使えるように、労働行政の規制もなくしたい。その本音を、「官僚と闘う」「官僚機構の打破」にカムフラージュして、みんなの党に託したのだ。

自らの私益のために金で政治を買おうとした主犯が吉田。その使いっ走りをした意地汚い政治家が渡辺。渡辺だけを批判するのは、この事件の本質を見ないものではないか。

政治資金規正法違反の犯罪が成立するか否かについては、朝日の解説記事の中にある、「資金提供の方法が寄付か貸付金かは関係なく、『個人からのお金を政治資金として使うのであれば、すべて政治資金収支報告書に記載する必要がある』として、違法性が問われるべき」との考え方に賛意を表したい。

仮に、今回の「吉田・渡辺ケース」が政治資金規正法に抵触しないとしたら、それこそ法の不備である。政治献金については細かく規制に服するが、「政治貸金」の形となれば一切規制を免れてしまうことの不合理は明らかである。巨額の金がアンダーテーブルで政治家に手渡され、その金が選挙や党勢拡大にものを言っても、貸金であれば公開の必要がなくなるということは到底納得し得ない。明らかに法の趣旨に反する。ましてや本件では、最初の3億円の授受には借用証が作成されたが、2回目の5億円の授受には借用証がないというのだ。透明性の確保に関して、献金と貸金での取扱いに差を設けることの不合理は明らかではないか。

主要6紙がこぞって社説に掲げているとおり、事件の幕引きは許されない。まずは「みんなの党」内部での徹底した調査の結果を注視したい。その上で、国会(政倫審)や司法での追求が必要になるだろう。

政治と金の問題の追求は決しておろそかにしてはならない。

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      向島(墨堤)のあのご婦人はまぼろしであったのだろうか
花の季節は忙しく、疲れる。天気模様を見ながら、仕事のあいまをぬって、チャンスを逃さないように、果敢に出かけなければならない。とかく気ぜわしい。

今日は「江戸の花見」。墨堤(ぼくてい)へ繰り出した。吾妻橋を墨田区側に渡って、隅田川の河岸の遊歩道に下りた。下水臭い匂いが鼻につくが、10分もすれば慣れて気にならなくなる。広々とした隅田川の流れとどこからもみえるスカイツリーをバックにした青空のおかげだ。川の両岸を飾る主役のソメイヨシノは盛りをとうに過ぎてしまったが、風に舞う花びらと散り敷いたピンクの道路は別の美しさがある。人が少なく、名残の春をしみじみ味わえる。

隅田川沿いには3本の遊歩道がある。1本は川岸の小道。ジョギングやイヌの散歩道。2本目は小道から2メートルほど高いところを通る幅1間ほどの道。高い位置にあるので、浅草(台東区)側の桜並木もスカイツリーもよく見える。テント張りの出店も出ている。道端にソメイヨシノがずらりと植えられていて、盛りの頃の人出は歩くのも難しかったろうと想像される。その外側に2車線の車道が走っている。

その車道を隔てて、3本目の小道がある。それが今日のお目当て。ソメイヨシノだけでは花の季節が短すぎることに気がついた墨田区公園課がその3本目の小道に39種76本のサトザクラを植えた。こちらはやっと咲き始めた品種がならんでいる。真っ白な「白妙」、ふっくらとした薄いピンクの「一葉」、黄色い「鬱金」、緑色の「御衣黄」など珍しい花が植えられている。

もともと隅田川堤に桜を植えたのは8代将軍徳川吉宗であった。隅田川の水質保全と水害対策のため、向島の堤に桜を植えたといわれている。「江戸名所花暦」(岡山鳥)に「隅田川は江戸第一の花の名所にして、此花は享保の頃、依台命(たいめいによって)植えし処の物にして、今も枝を折ることを禁ずるは、諸人のしる所なり。堤曲行にして木母寺大門へ向かう所、左右より桜の枝おいかさなりて、くものうちに入るかと思うばかりなり。」と記されている。また、「東都第一の花の名所にして、彼岸桜より咲き出でて一重、八重追々に咲きつづき、弥生の末まで花のたゆることなし」とも書かれているので、上野とならぶ江戸の三大名所、隅田川堤や飛鳥山でも花は一か月は咲き続けていたと思われる。

その古いサクラの名前や図は伝えられているが、現物は失われてしまったものが沢山ある。それを研究者や園芸家が見つけ出したり、再生させる懸命の努力を続けてきた。墨田区公園課もその努力を引き継いで、3本目の小道に結晶させようとしている。あと5年もすれば、一か月といわず二か月も咲き続ける桜の名所が出来上がるだろう。但し、残念なのは、この3本目の道の上を首都高向島線が通っていること。騒音と圧迫感はサクラの美しさも、花見の風情も吹き飛ばしてしまう。

その高速道路の暗い影の下で、夢のような薄いピンクのサクラ「衣通姫(そとおりひめ)」の前に佇んでいると、年配のご婦人が突然、「ここに防空壕がありまして、東京大空襲の時、14歳の私は焼夷弾が花火のように降ってくるのを見ていたんです」と話しかけてきた。マスクをかけたくぐもった声が「隅田川には毎日毎日たくさんの死体が流れてきたんです」とつづける。「何もかにもみんな焼けて、亀戸の向こうまでずっと見渡せました」「70年が夢のようです。せめてスカイツリーが建ったのを見れたのがよかったと思います」と、耳を近づけなければ聞こえないような声で話す。目だけが、強く光っている。

しばらく話を交わして別れて、言問橋の上で隅田川の波間に漂う都鳥が鳴き交わす声を聞いていると、あのご婦人が実在の方であったのか自信がなくなってきた。桜に酔った日のまぼろしではなかったか。
(2014年4月8日)

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Published in 火曜日, 4月 8th, 2014, at 23:51, and filed under DHCスラップ訴訟.

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